【 天の祈り、明日への翼 ---パラレル//アス×天使キラ



【1】






「君はずっと其処にいるね。どうして?」

聞こえてきた知らない声に、腹の底からの溜め息が漏れる。
なんとタイミングが悪いのだろうか…と。
いや……もしかしたら、タイミングが良いともいえるのかもしれないけれど。

「ねぇ、聞いてる?さっきからぼーっと道路を見下ろしてる、そこの君のことなんだけど」

先ほどよりも近づいてきた声。
ただ、こちらには付き合う気はさらさらなかった。
またどこかの名も知らないおせっかいやきが、興味本位で近づいて来ただけだろうから。

「そんなに、死にたい?」
「………っ!!」

思わず息を呑む。
何を言われても無視しようという計画は、どうやらすぐに駄目になったらしい。
振り向いた先にいたのは、白で統一された服を身に纏った同い年か少し年下くらいに見える少年だった。

「君にとってこの世界は、そんなにまで息苦しい場所なの?」
「…君、は………」
「僕は君の事をとてもよく知ってる。これからしようとしていた事もね。だから、隠す必要も、誤摩化す必要もないよ」
「……でも、俺は君を知らない」
「うん、知らなくて当然だよ。だって今日初めて会ったんだもの」
「え……?」

支離滅裂な言葉に、頭を抱えたくなった。
一瞬『ストーカー』という言葉が脳裏を過ったが、まさかなとその考えを却下する。
初対面とはいえ、何故かこの目の前の少年にはそんな負のイメージがまるで当てはまらないように思えた。
人懐っこそうな笑みが、そう思わせるのだろうか。

その微笑みを見ていたら、何の構えもなく突然言い当てられた事実に動揺していた心が、すっと解けてゆく気がする。
何故知っているのかと問いただすことすらも、なんだか無意味に思えてきてしまうのが不思議だった。

「ええと、こういう時ってどうしたら良いのかな。とりあえず……君、死ぬのやめてみない?」
「…………とりあえずって…」
「あ、ちょっと笑わないでよ!仕方ないじゃん、良い切り出し方が分かんなかったんだもの」
「はは…っ。そ、そんな風に止めてきた奴、初めてだ」
「……悪かったね。慣れてないんだよ、こういうの」
「なんだ、わざわざ自分から面倒ごとに首突っ込もうとするくらいだから、そういうのが好きなのかと思った」
「まさか!今日が初めてだよ、こんなこと」

何しろこっちに来るのも初めてなんだから…と。
そうぼそぼそ呟いたのが聞こえたけれど、ただの独り言だと思ってあえて聞き返す事はしなかった。
それにしても────と思う。
他人とこんなに自然な会話を交したのは、いったいいつぶりだろうか。
ずっと人との最低限の接触以外を拒否し続けて来た自分が、初めて会った人間と会話して、その上笑うだなんて。
知り合いが見たら腰を抜かしそうになるかもな、と思うとなんだかひどく愉快な気がした。

「うーん。こういうのって、もっと正攻法で行ったほうがいいのかな……」
「自殺を止めさせる正攻法?例えばどんなだよ」
「ええと……『君の実家のお母さんが泣いてるぞ!』とか 」
「…………他人はどうか知らないが、俺にはその手は通じないぞ。絶対に」
「え?なんで断定なの?」
「俺の母は6年も前に死んでる。俺が10歳の時だ」
「うん、知ってるよ」
「……こら、張り合って嘘言うな。知ってるわけないだろう」
「嘘じゃないよ。彼女は……レノア・ザラは6年前の10月29日に、つまり6年前の今日に亡くなったんだ。君の誕生日を家族で祝う筈だったその日に事故に遭って」
「え………」
「理由は飲酒運転の暴走車から君を庇ったから。死亡時刻は19時27分。……そうだよね、アスラン・ザラ?」
「お…まえ……なんで………」
「言ったでしょう?よく知ってるって」

穏やかで心地よくすらあるその声が、急に薄ら寒いものに感じた。
姿形も、声音も、先ほどまでと何も変わっていないのに。
ただひとつ────その顔に笑みが浮かんでいないことを除いては。

知らぬうちに、足が一歩後退した。

「お前……"誰”だ?」
「そうだね……君のお母さんの深い知り合い、かな」
「母上の知り合い?………そうか。なら、お前もか」
「うん?何か良からぬ誤解をしてそうな顔してるね」
「誤解なものか。お前も言いに来たんだろう?………俺のせいだと」
「………アスラン?」
「父のように、祖母や祖父のように!俺のせいで母が死んだんだって……!!俺が代わりに死ねば良かったんだって……!!」
「…………………」
「知っているさ、そんなことは俺が一番…っ!!だから、だから俺は………っ」
「死んで、その命をレノアに返そうとしたっていうの?馬鹿だね、君は」
「……そ…うだよ!俺が…おれ…が…馬鹿だったから」
「違う。今の君が馬鹿」

彼の声は優しかった。
言葉とは裏腹に、頬に触れてくる冷たい指も。
痛くて、辛くて、もう無茶苦茶で………自分で自分が何を口走っているのか分からなかったけれど、何故か自分が許されていると感じて。
あまりにやさしくて、目頭が熱くなった。

「……とはいえ、君がそう思うようになったのは君のせいじゃないものね。何故、レノアの想いは、レノアの大切な人たちには伝わらなかったんだろう。彼女は、自分の身を以てそれを示したっていうのに……」
「母上の想い……?」
「そうだよ、アスラン。僕は、それを伝える為に君のところに来たんだ。彼女が望んだとおりに」
「母上の…のぞみ……」
「そう。レノアのたったひとつの願い、それが君だ」
「…………君は…誰なんだ?」
「ふふ、二度目だねその質問。良いよ、今度はちゃんと教えてあげるね」

髪を梳いていた手が、離れて行く。
背中を抱いていてくれた温もりも。
それがなんだかひどく寂しく感じて、追いすがるように手を差し伸べた。
彼は笑って、手を取る。
そして、真っ白な光が視界中に溢れた。
太陽の光とは違う、ただただ白くて、温かさがなくて。
目を射す激しさのない、どこまでも清廉で優しい光。

「……て…んし………?」

目の前に現れた天使が笑う。
一切の穢れのない一対の白い翼を広げて、無邪気に微笑んでいた。

「さぁ、受け取って。これが彼女の想い、そして願いだよ」

繋がった指先から、流れ込んでくる。
言葉にできない何か。
分からない。
分からないけれど………確かに感じた。
あの人の────母の、優しい温もりを……。
体中で、その存在を感じていた。

視界が歪む。
ああ、あの真っ白な天使は────母は、今どんな顔をしているだろう。
滲んで、何も見えなかった。
けれど……なんとなく分かる。
きっと、困ったような顔をしながら……それでもきっと微笑んでいてくれるだろう。
どこまでも優しく、微笑んで。


────いきなさい。

────たくさんのものをみて、おおきくおなりなさい。

────あいしているわ、わたしのだいじなたったひとりのいとしご。






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なんというか、アスランに優しくない設定だなぁ(他人事?!)。
しかも短編だけのはずだった拍手展示品なのに続いてます……。最終的にアスランにひとつでも幸せを届けられればいいなと。

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