エイラート事件

第2次大戦終結の3年後、中東地域に新しい国「イスラエル」が建国されました。
しかし、住み慣れた土地を追われたパレスチナ人、イスラエルを取り巻くアラブ諸国の強烈なナショナリズムは米・ソの 冷戦構造と複雑に絡み合って度々戦乱を繰り返しました。
1948年の第一次中東戦争、1956年の第二次中東戦争はイスラエルの勝利に終わりましたが、これはアラブ諸国の反イスラエル活動をいっそう強めることとなりました。
1967年エジプト軍を中心としたアラブ軍は一挙に雌雄を決すべく秘密裏に軍備を増強していました。
これを察知したイスラエル軍は、エジプト軍の軍備が整う以前にこれを叩こうと、同年4月突然エジプトに奇襲をかけました。
イスラエル空軍は滑走路に並べられた大量のエジプト空軍機を片っ端から爆撃し、戦争初日にその70%を撃滅してしまいました。
また、イスラエル陸軍は第2次大戦時のドイツ軍電撃作戦のように空軍の傘の下、猛進撃を開始し、たちまちのうちにシナイ半島からエジプト軍を駆逐し、戦争はたったの6日間で終結してしまいました.
これが第3次中東戦争、世に言う「6日間戦争」です。
空陸での戦闘では、数が勝っていたにもかかわらず良い所の無かったエジプト軍でした。
が、その後の海軍の戦闘では新しい展開が見られました。
1967年10月21日イスラエル海軍の駆逐艦「エイラート」にエジプト海軍のミサイル艇が遭遇しました。
駆逐艦に比べればボートのようなミサイル艇、たちまちのうちに砲撃を食らって沈没かと思はれたのですが、ミサイル艇の甲板上には大きな蚕に羽が生えたような物体が載っていました。
これがソ連から供与された艦対艦ミサイル「スティックス」です。
エジプトミサイル艇は駆逐艦の射程外からこのスティックスを発射、エイラートはあっという間に轟沈してしまいました。
この年の戦争はアラブ軍、イスラエル軍に多くの戦訓を残しました。
すなわち、アラブ軍には「イスラエル空軍恐るべし」、イスラエル軍には「艦対艦ミサイル恐るべし」、そして両軍には「短期間で終わってしまう戦争のための事前情報収集の重要性」です。

中東戦争
エイラート事件


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新規作成日:2002年2月25日/最終更新日:2002年7月15日