映画 THIRTEEN DAYS

2000年12月29日久々に、映画を見た。映画 THIRTEEN DAYS である。
言うまでもなく、1962年10月16日〜28日にかけて生起した、キューバ危機である。

事件は、私も生れて間もなくのことであり、そもそも、「キューバにソ連がミサイルを配備しようとして、アメリカが海上封鎖をして、米ソ核戦争の危機があった」という程度の認識であり、それほどの印象も無かった。

今回の「映画 THIRTEEN DAYS」は、映画である以上、多分に事実を脚色してあるとは言え、この13日間の緊迫を伝える一作であった。

戦闘シーンその物は、殆ど無いのだが、手に汗握る、緊迫の場面が続く。

時折見せる、核爆発シーンが、終末戦争の恐怖を伝える。
赤茶けた画面一杯に広がる、きのこ曇。その破壊力を想像すると、言語を絶する。

キューバにミサイルが配備されると、アメリカの大半が射程に入る。そして発射から5分で、アメリカ国内で核爆発が起き、アメリカ国民が犠牲になる。
キューバのミサイル配備は、アメリカの存亡に関わる。全面対決をも辞さない、覚悟が必要だった。
そういう意味では、テポドンの存在は、我が国における同様の局面ではあるが、我が国はいたってノー天気である。

空爆を主張する軍部。それを押さえる大統領・ホワイトハウス。
そして、対するフルシチョフとクレムリン。
情報戦と、政治判断の駆け引き。
最終的に、ケネディ大統領と、フルシチョフ首相が、よく周囲、軍部を押さえ、核戦争を回避し、平和的解決に向かう。

当初、アメリカの軍部は、空爆、もしくは空爆後進攻を提案する。その後、海上封鎖(公称 臨検)がオプションに加わった。
空爆や空爆後進ではなく、海上封鎖(公称 臨検)を選択した大統領は、海軍中尉として太平洋戦争に参加しており、陸空軍の出身であれば、別の選択となった可能性が大きい。

想定されるシナリオ。あくまで「想定」である。相手の意図が正確に掴めない場合、あくまで推定するしかなく、対するこちらの動きに対して、更に未知なる対応が待っている。
マクナマラ国防長官の発言は意味合い深い。
海軍提督が、現場艦長に発砲命令を発した時、「照明弾だ」と主張するのに対して、「クレムリンが攻撃と思ったらどうするか」と、たしなめたが、
後日、ベトナム戦争を振り返って、「ベトナム軍は、指揮系統も劣悪で、組織戦は望むべきもなかった」とするベトナム軍指揮官に、「ベトナム軍がそう意図していたとは思わなかった」と、回想していた事が、対照的だ。

「敵を知り、己を知らば、百戦危うからず」と言う。
相手の意図を正確に掴む事。こちらの意図を正確に示す事。これは、戦争抑止にもっとも必要な事である。
戦闘の始まりは、恐怖を感じたほうの、先制に始まる。そして反撃。
恐怖を与える意図が゛あったかどうかではなく、恐怖を感ずるかどうかと言う点が重要である。
核抑止力。超大国が信ずる「相互確証破壊の法側による国際平和」。(参考 抑止力 の考察)
相手の強大な戦力を、恐怖とし、対抗戦力を備える。にらみ合っているだけなら、まだ平和だが、ひとたび危機感を受けたなら、勝算のあるうちに先制をするのは軍の定法。
映画の中でも、しばし誤解を増長する動きが、発生する。
キューバ危機の後、米ソの間で、ホットライン(アメリカ大統領と、ソ連首相・書記長との直通電話)が引かれ、意図の確認を直接行う手段が講じられた。

また、注目すべきは、よく軍部を押さえている事。
シビリアンコントロール。文民統制と言うが、最高指揮官を大統領とし、国民の支持が、国家戦力の最高指揮を司る。
軍と言うものは、その戦力を磨き、為に、しばしその実力を過信する。また、彼我の戦力差により、今が勝機と力説する。
その軍部を、外交を含めた、政治が押さえている事は、大切な事である。
勿論、その指揮を執るに足る、国家政府である必要が有る。
自己の利益と保身に走る、政府官僚では、心もとない事は言うまでもない。
かつて、真珠湾攻撃に出撃する攻撃隊に「攻撃中止が下命されたら、直ちに反転」との命令が伝えられる。攻撃隊員から「途中から引き返すなど、とんでもない」と声が上がる。しかし「戦争をせずに平和が守られるのに、何の問題が有るのか。従えないものは、出撃させない」とたしなめる。
軍隊と言う実力組織は、往々にして、実力発揮に勇む傾向はある。しかし、その実力を秘め、磨き、一朝有事の時こそ、全力を傾注できるものこそ、真の武人(もののふ)である。

字幕で「海軍」と訳されていたが、「ジョン・ポール・ジョーンズ」提督が、実際に使われている単語であり、気になった。
ジョン・ポール・ジョーンズ
イギリスと戦った英雄。その後ロシアに移り、提督を勤める。
日本で言えば、勝海舟、坂本竜馬、はたまた、東郷平八郎に対応する、海軍の英雄である。


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新規作成日:2000年12月29日/最終更新日:2000年12月29日