「あははっ、そうだよね」
「うんうん、それでさー……」


気付けば、私はいつも笑ってた。


「ホント、詩子っていっつも笑顔よね」
「えー? そうかなぁ……別にそんなつもりないんだけど」


嘘……ホントは、笑ってなんかいなかった。
笑いたかったんじゃない。
笑顔でいたかったわけじゃない。
ただ……


「詩子の笑顔って、何か安心するのよね」
「そうそう。心が癒されるーって感じ」
「あははっ、それは褒めすぎだよ」


笑うしか、なかった。
笑わなければ、いけなかった。

これは、壁。
笑顔は、壁。
“私”と“他人”を隔てる……壁。


「詩子っ。一緒に帰ろっ」
「あ、私も私も」
「うん、いいよー」


皆、騙される。
騙されてくれる。
こんなに簡単に。

私は、親しみやすい子だ……って。
私は、いつも楽しそうな、“普通”の女の子だ……って。
誰もが皆、そう思ってくれてる。


「ねぇねぇ、どっか寄って帰ろうよ」
「あ、そうしよそうしよ」
「よーし、けってーい」


でも、違う。
そうじゃないんだ。
私は、全然“普通”じゃないんだよ。
“普通”なんかじゃ、ないんだよ。

ただ、気付かれたくないから。
“あんな目”で、見られたくないから。
だから……


「じゃ、どこ行こっか?」
「いつものとこでいいんじゃない?」
「うん、問題ないよー」


私は、いつも笑顔でいる。
いつだって、顔には笑みを浮かべている。

何があっても。
誰に対しても。
常に、変わらず。

だって、そうすれば、何も問題はないから。
誰も、私を疎んだり、蔑んだり、嫌ったり、しないから。

嫌だった……能力のせいで、怖がられるのは。
嫌だった……嫌悪と恐怖の視線を、向けられるのは。

そして、何より……


「よーし、じゃ、ワッフルを食べに行こーう」
「そうしよーう」
「あははっ、行こう行こう♪」


“あの時”、何もできなかった……
“あの時”、何もしなかった……

そんな自分が。
何よりも、誰よりも。


「あ、なになに? ワッフル食べに行くの? 私も行きたーい」
「いいよん♪ みんなで行こーう」
「じゃ、売り切れないうちに行きましょ」


嫌、だった。












神へと至る道



番外編W  誰がための笑顔












能力に目覚めたのは、小学校低学年の頃。
本当に些細な偶然で。
でも、いずれは訪れていただろう必然で。
物心ついた時から、その兆候はあったんだけど。
“それ”が具体的ま形になったのは、ある日道を歩いていて、きれいなスカーフを身に着けたお姉さんを目にした時だった。


我ながら、何てわけのわからないところで、わけのわからない形で、目覚めたんだろうって、少し思う。


物心ついた頃から、ずっと感じていた……何か、私の中に、もやもやしたものがあるように。
何かがずっと、心に引っかかっていた。
それが、そのスカーフを見た時に、初めて形になったんだと思う。

本当にきれいだった。
どうしようもなく、心を掴まれた。
惹かれたのは、スカーフ自体になのか、それともそのデザインになのか。
それはわからなかったけど。

それは、ずっと……ずっと、心に焼きついたままで。
家に帰ってからも、宿題にとりかかっても、ご飯を食べていても、ベッドに入っても、ずっと。
頭の中から、そのスカーフの絵が離れることはなかった。



それから数日間、ずっと考え続けてた。
ずっと、思い続けてた。
一瞬だって頭から離れなかったけど、そのこと自体には、別に苦痛はなかった。
むしろ苦痛だったのは、“それ”が私の手になかったってこと。

こんなに記憶に残ってるのに……
こんなに心に残ってるのに……

どうして私は持ってないんだろう。
持っていることができないんだろう。
それが、不思議だった。



そんな風にずっと思ってて、たどり着いたのは、それじゃ作ろうかって。
そんな答え。
どうしてかわからないけど、唐突に、そんな答えに思い至った。
その発想に、面食らったのは自分の中の冷静な部分。


何を考えてるの? 私……


そう思う私がいる一方で、でも……そうだね、作ればいいんだねって、そう思っている自分もいた。
そのことに疑問を覚える前に、私は、なぜか両手を胸の高さまで上げ、手の平を空に向けていた。
まるで、空からスカーフが降ってくるのを受け止めようとしているのかのように。
まるでそれが、当然のことのように。





すると、“それ”は現れた。





前触れも何もなく、突然に。
当たり前だと主張するように、悠然と。
さっきまでは確かになかったはずの“それ”が、私の手に現れた。


それは言うならば、布だった。
とてもスカーフとは言えないだろう代物。
けれど、その布に描かれているのは、間違いなく、私の心を掴んだデザインそのものだった。


あの時、スカーフを見たからこんな能力になったのか。
それとも、この能力があったから、あのスカーフに心惹かれたのか。
それはわからない。
でも、それは確かに私のモノだった。





それが、嬉しくて。
こんな素敵なものを作り出せることが誇らしくて。
私は、真っ先にお母さんに見せた。
高揚した心のままに、きっと笑顔を見せてくれるだろうと思って。

けれど、そんな期待は一瞬で消えた。
その時のお母さんの顔は、今でも忘れられない。

それは、来る時が来てしまったという諦めの。
なぜ来てしまったのかという疑問の。
これから訪れることへの恐怖の。

そんなモノが入り混じったような……涙を流されるよりも、もっと心が辛くなる、そんな顔だった。
喜びに満ちていた私の心を冷やすに足る、そんな表情だった。



お母さんは、私に、その力は人に見せてはいけない、と強く言った。
私は、どうしてって聞いた……聞かずには、いられなかった。

こんなに素敵なのに。
とってもきれいなのに。



お母さんは、悲しそうな表情で、『それは素敵な力だけど、あなたに幸せをもたらしてはくれない』って。
そう言った。

私は、私の力は、特殊だ……って。
能力を持っている人は少なくないけど、でも、私は、その中でも特別だ……って。
そう、言った。

特別な力を持った人は、仲間外れにされる……って。
嫌われてしまう……って。
そう……言った。





お母さんは、嘘をつかない人だった。
お母さんの言うことは、いつも正しかった。
だから、その時も私は、無条件にその言葉を信じた。

悲しかったけど、でも、しょうがない……そう思った。
だって、嫌われたくないから。
仲間外れなんて、そんなの嫌だったから。





それから、私はずっと、能力を持っていることを隠し続けた。
人前はおろか、自分の家でだって、できるだけ能力を出さないようにしていた。

友達もたくさんできた。
みんな、私と仲良くしてくれた。
毎日が、楽しかった。

やっぱり、お母さんは正しかった。
やっぱり、お母さんの言ったとおりだった。





そう、悲しいくらいに……















私は、一人の男の子と仲良くなった。
一緒にいると楽しかった。
手を繋いでると、心が温かくなった。
公園のベンチで、二人並んで座ってるだけでも、心が踊った。

男の子の名前は、司。
名前、かっこいいねって褒めたら、ちょっと照れたような顔をして、でも、ありがとうって言って、微笑んでくれた。



嬉しかった……そんな何気ない言葉のやりとりが。
眩しかった……私に向けてくれる、その笑顔が。



多分、私は、司のことが、好きだった……



だった。
そう、これは過去形。
全てはもう、過去のこと。

だって、司は、もういないから。
私は、何もできなかったから。
何一つ、してあげられなかったから。

好きだったはずなのに……
それなのに、私は……















『詩子……俺のことは、忘れてくれ』

子供らしくなく、大人びた口調……でもそれは、彼が苦しんできた、その証拠。
突然か必然か、私にかけられた別れの言葉。
悲しみと哀しみに満ちた言葉。



司は強かった……私よりもきっと。
司は優しかった……誰よりもずっと。



私を巻き込みたくない……言葉以上に、その目が、そう語っていて。
それを隠れ蓑にして、私は、司との別れを受け入れた。
偽りのない悲しみを、偽りだらけの壁で隠して。



だって、私は見てしまったから。
司に向けられた、恐怖と憎悪に満ち溢れた、たくさんの人達の目を。

聞いてしまったから。
司にかけられる、敵意に満ちた、たくさんの人達の言葉を。

そんな目を向けられるくらいに。
そんな言葉をかけられるくらいに。
司の能力が、強かったから……



そして、私は司に会うことができなくなった。
その前後のことは、実ははっきりと覚えてない。
何か漠然とした不安が、心に残っているだけ。
きっと、嫌な記憶だったから、封印しちゃったんだと思う。


でも、確かなことがあった。
覚えてることが、あった。


司が、みんなに嫌われて、恐れられて、憎まれて、そして姿を消したんだってこと。
そのことから、浅ましくも、人前で能力を出すことが、いかに危険であるかを、私が学んだってこと。
そして、私がいかに醜い人間なのかを、思い知らされたってこと。



だって、私は、司が恐れられていることへの怒りよりも、その視線が私に向けられることへの恐れの方を、ずっと強く感じていたのだから。
好きな人への想いよりも、自分の安全をとったのだから。



それ以来、私は、笑顔を絶やすことはなかった。
あんな目で見られたくなかったから。
あんな言葉をかけられたくなかったから。

笑顔でいたら、誰も私を疑ったりしなかった。
私を……本当の私を見抜いてくる人は、誰一人いなかった。















そんな、貼り付けた笑顔が馴染んでしまった頃に、私は祐一に出会った。
一目見た時に気付いた……彼が、強い能力を持っていることを。
そのことがわかるくらい、その頃には、私の力は覚醒していた。

私は、祐一の強さよりもまず、彼がそのことを隠そうともしていないことに驚いた。
実際、祐一は、周りの人達に“あの目”で見られていた。



だけど、祐一は淡々としていた。
堂々と、そこにいた。

呆れるくらいに、悠然と。
羨ましいくらいに、平然と。

向けられる視線は、恐怖。
囁かれる言葉は、嫌悪。

けれど、それがどうした?
そんな風に主張してるように、私には見えた。





私は、思いきって声をかけてみた。
かけてみたくなった。

もう限界だったってこともある。
どのみち、いい加減こんな偽りの毎日を送るのは、しんどくなってたし。

貼り付けた笑顔で、白々しい演技で、それで得られたのは、偽りの安寧と消えざる後悔。
浅ましい笑顔と、上辺だけの演技で、それで失ったのは、大切な想いと幸せな日々。

なんてことはない。
どっちにしたって、私には楽しいことなんてなかったんだ。
自分の想いを捨ててまで手にした安息の日々は、静かに緩やかに私を苦しめるだけ。

だから、バレても、もういいやって……虚飾の日常との別れがきても、もういいやって……そう思ったから。
それも、理由の一つだった。

でも、それより何より、知りたかった。
どうして能力を隠そうとしないのか。
あの目で見られることを恐れないのか。

自己紹介もそこそこに、質問をぶつけた。
祐一は一言で答えてくれた。
驚くほど単純で、でも、それ故に、重い一言で。


「だって、好きだからな、自分の能力が」


それだけ?
それだけで、そんなに強くいられるの?


「それに、俺は一人じゃないから」


一人じゃ……ない……?
それじゃあ、私も……?





「……ねぇ、じゃあ、さ。私も……」
「うん? 何だ?」
「私も、なれるかな。あなたみたいに、強く」
「わからない……けど」
「けど?」


そこで、祐一は優しく微笑んだ。
それは、温かく柔らかい、春を思わせる微笑みだった。
司が私に向けてくれたそれと、よく似た微笑み。
私が好きだった、微笑み。


「自分の能力を好きでいてやれるんなら……なれるんじゃないか?」
「……うん。それじゃ、大丈夫なのかな」
「何が?」


だから……
その微笑みを、見ることができたから……


「私……好きだもん。自分の能力が」


言えた。
自信を持って。
誇りを持って。
あの時……初めてお母さんに言った時のように。
でもきっと、その時よりも、強く。


「ん。じゃ、大丈夫だろ」
「うん」
「そんじゃまたな」
「あ、待ってよ」


そして……


「何だ? こう見えても忙しいんだけどな」
「そんなこと言わないで。特別に見せたげるから、私の能力」


見せてみたいと、見てもらいたいと、そう思った。
私の能力と、それと……


「ふーん……ま、いっか、面白そうだしな。じゃ、見せてくれよ」
「ふっふーん。見て驚きなさい、そして光栄に思いなさーい」


心からの……


「何でそんなに偉そうなんだか」
「気にしない気にしない。さ、見せちゃうよー」


私の……


「へぇ……きれいだな、それ」
「でしょ? でしょ? あははっ、ありがとね」


笑顔を。










「? 礼を言うところなのか? 今の」
「褒めてくれたんだもん。当然だよ。じゃ、次は君の番ね」



心からの笑顔……できたかな?
うん、きっと、できてたはず。
できないはずなんて、ないよね。

……ねぇ、司。
きっと、私もあなたも、間違えてたんだよ。



「はぁ?」
「あ、ひょっとして見せないつもり? ずっこいよ、それは。私の能力見といて」



忘れるんじゃなくて。
逃げるんじゃなくて。
受け入れれば、よかったんだ。

私が、あなたを。
あなたが、私を。
二人で、事実を。

きっと、そうすればよかったんだ。
一人じゃなくて、二人なら、乗り越えられたはずだから。



「勝手に見せたんだろ?」
「だめだよー、結果が全てだから。言っとくけど、逃がさないからね」



だって、ほら、心が今、こんなにも温かい。

たとえ、周りの人がどんな目で見てたって。
どんな言葉をかけられたって。

そんなこと、気にならないくらいに。



「逃がさないって……」
「私を一人にするつもりなの? それはダメだよ。責任とってもらわないとね」



司……私、誓うよ。
私はもう、絶対に逃げたりしない。
自分からも、他人からも。



「な、何だよ、責任って」
「だって……」
「?」



一人じゃなければ。
それなら、きっと、笑っていられるはずだから。



「私の心をつかんじゃったんだから……ね」









 続く












後書き



あぁ、このあたりから改訂作業がめっちゃ楽(笑)

気合入れて書いてただけに、手を加える箇所が少ないのなんの。

当時の自分も頑張ってたんだなぁ、とふと思ったり。

いやまぁ、多分またもっと先に見返したら、納得いかないところが見つかったりするのでしょうが(汗)

この勢いのまま進めていきたいところです。

それでは。