――ねぇ、雪ちゃん――


――なぁに、みさき――


――雪ちゃんはさ、将来、何になるの?――


――え? うーん、わかんないわね、そんな先のこと――


――むー。つまんないよ、そんな答え――


――あのね……つまんないとか、そんな問題じゃないでしょ?――


――ぶーぶー、マンネリだよ、雪ちゃん。資本主義の危機だよ――


――何でも単語並べりゃいいってもんじゃないわよ、みさき――


――うー……雪ちゃん極悪だよ。極悪さんだよ――


――はいはい。で? わたしに聞くって事は、あなたにはあるんでしょ? 何か――


――あ、よくわかったね。さすが雪ちゃん――


――そりゃあね。何年もあなたと一緒にいれば、嫌でも先が読めるようになるわよ――


――雪ちゃん、何か棘を感じるんだけど……――


――あら? そんなことないわよ――


――うー……まぁ、いっか。でね、雪ちゃん――


――なぁに?――


――私のね、将来の夢はね。雪ちゃんの……――


――わたしの?――


――お嫁さん――


――ぶっ!――


――あははっ、すごい顔――


――みさき! 何バカなこと言ってるのよ!――


――やれやれだよ。まったく、冗談の一つも通じないんだから……――


――あなたの冗談、性質が悪いのよ!――


――あははっ、ごめんごめん。でもね……――


――なによ? 今度はお婿さんとでも言うつもり?――


――同じネタは何度も使わないよ。芸人さん失格になっちゃうから――


――失格も何も、あなた、芸人じゃないでしょ――


――それよりも! 私ね、大人になっても、結婚しても、おばあちゃんになっても、ずっと、ずーっと、雪ちゃんと一緒にいたいんだ――


――はぁ……何を言い出すかと思えば――


――あぁっ! ため息つくなんて、ホントに極悪だよ!――


――あのね、みさき……そんなこと、いちいち確認するまでもないでしょ?――


――え……?――


――あなた、わたしが見ててあげないと不安だからね。ちゃんと近くにいてあげるわよ、ずっと――


――雪ちゃん……――


――ね? 大丈夫、心配しなくても――


――……うん! あーあ、それにしても、私が男の子だったらなぁ――


――はぁ……またそのネタ使うの? マンネリになるんじゃなかったっけ?――


――わ、わ、今のなしね――


――はいはい……――


――むー、投げやりさんだね……でも、うん。ずっと一緒にいようね、雪ちゃん――


――ええ、もちろんよ、みさき――












神へと至る道



番外編Z  光を求めて












私と雪ちゃんは、いつも一緒だった。

小さい頃から、まるで姉妹のように。

よく、冗談半分だろうけど、本当は姉妹じゃないの? とか、言われたりもした。

冗談とわかってても、それは嬉しい言葉だった。


雪ちゃんが大好きだった。

そして、今も、大好き。

雪ちゃんがいなかったら、私、こんなに幸せになれなかったと思う。

感謝の気持ちで一杯で……いつか、そう、いつかこのお返しができればいいのに。

そう思っていた。

それが実現できるものだって、そう、思っていた。


あの時までは。

私の不注意で、あんなことになるまでは。

雪ちゃんへの感謝の気持ちに、申し訳ないって気持ちが加わってしまうことになった……

あの時、までは。















わたしとみさきは、いつも一緒だった。

幼い頃から、まるで姉妹のように。

冗談半分だろうけど、本当に姉妹じゃないの? とか、そんなこともよく言われた。

冗談だとわかっていても、それは嬉しい言葉だった。


みさきのことが、大好きだった。

もちろん、今も、大好き。

みさきがいたから、わたしは、幸せだった。

感謝の気持ちで一杯だった……いつか、そう、いつかお返しができればいいのに。

そう思っていた。

それが実現できるものだって、そう、思っていた。


あの時までは。

みさきが不幸な事故に遭う、あの時までは。

悲しくて、そして悔しかった。

みさきを助けてあげたいのに、でも、わたしには何もできなくって。

どうして……どうして、みさきがこんな目にあわなくちゃならないの?

どうして……?















それは、私の不注意から起きた。

それは、中学校の入学直前に、好奇心に負けて学校に忍び込んだ時のこと。

化学室の棚から落ちてきた薬品が、私の目から光を奪った。


雪ちゃんが注意してくれたのに。

忍びこんだりしたら、ダメだ……って。

でも、私は、好奇心に勝てなくて……


辛かった、私の目が見えなくなるのは。

だって、雪ちゃんの笑顔が見れないから。


辛かった、私の目が見えなくなるのは。

だって、雪ちゃんが、悲しむから。


雪ちゃんが、自分を、責めるから。


ごめんね……ごめんね、雪ちゃん……















それは、本当に不幸な事故だった。

でも、防ぐことができたはずの、事故だった。

中学校の入学前に、みさきが学校の化学室に忍びこんで、そこで薬品を目に浴びて、光を失った。

わたしは、止められたのに。

みさきが忍びこむ前に、止めることができたのに。

でも、みさきの好奇心を、甘く見ていて……


辛かった、みさきの目が見えなくなったのは。

だって、みさきに夕焼けを見せてあげることもできないから。


辛かった、みさきの目が見えなくなったのは。

だって、みさきが、わたしに迷惑をかけるって考えてしまうから。


みさきが、自分を、責めるから。


ごめんね……ごめんね、みさき……















でも、本当に辛いのは、それからだった。

私に、能力が与えられた……雪ちゃんと同じように。


その力は、すごく珍しいものだった。


私の能力を手に入れようと、いろんな人達が言い寄ってくるくらい。

私の能力を嫉む人が、現れてしまうくらい。

目が見えなくなってよかった……そんな陰口を、囁かれるくらい。


みんなが……雪ちゃん以外のみんなが、変わってしまうくらいに。

私を見る目が、私に対する態度が、変わってしまうくらいに。


いらないのに……周りの人達を変えてしまうのなら、こんな能力なんて。

いらないのに……雪ちゃんと一緒に生きていけるのなら、こんな能力なんて。


目が見えなくなって、でも、能力のおかげで、色々と視えるようになって。

そしてそのせいで、私はたくさんのものを失ってしまった。


雪ちゃんは、私の能力を狙う人達から、私をかばってくれた。

私の目を治せるお医者様を、一生懸命探してくれた。

きっと、私の目が治れば、私達は戻れるって……そう、信じて。

そんなことないって、心のどこかで分かっていながら、でも、信じるしかなくって。

出口のない迷路だなんて、認めたくなくって。

だから雪ちゃんは、いくら探しても見つからない、私の目を治せる人を、探し続けて。


嬉しくはあった……雪ちゃんの優しさが。

でも、それ以上に悲しかった……そんなことをさせてしまう、自分の不甲斐なさが。


雪ちゃんを、苦しませたくなかったのに……それなのに……

私、どうしたらいいの?

私達は、どうしたら、今までみたいに生きていけるの……?















でも、本当に辛いのは、その後だった。

みさきに、能力が与えられた……わたしと同じように。


けれど、それはすごく珍しいタイプの能力だった。


みさきの能力を利用しようとする人間が現れるくらい。

みさきの能力を妬む人が、現れてしまうくらい。

目が見えなくなってよかった……そんなひどいことを言う人達が、現れるくらい。


今まで友達だった人達の態度が、変わってしまうくらいに。

異質なものを見る視線に、変わってしまうくらいに。


そんなすごい能力を与えられるのなら……みさきに光を返して。

そんなすごい能力を与えられるのなら……みさきに笑顔を返して。


目が見えなくなって、でも、みさきは色々と視えるようになって。

そしてその代償として、たくさんのものを失ってしまった


わたしは、みさきを利用しようとする人達から、みさきを匿った。

みさきの目を治せるお医者様がいないか、方々を調べまわった。

きっと、みさきの目が治れば、わたし達は戻れるって……そう、信じて。

そんなことないって、心のどこかで分かっていながら、でも、信じるしかなくて。

答えのない問題だなんて、認めたくなくて。

だから、たとえ治療法がないなんて言われても、諦めたくなくて。


嬉しくはあった……みさきのために、何かができることは。

でも、それ以上に悲しかった……みさきに笑顔も取り戻してあげられない、自分の不甲斐なさが。


みさきを、苦しませたくなんてなかったのに……それなのに……

わたし、どうしたらいいの?

わたし達は、どうしたら、今までみたいに生きていけるの……?















それから一年近く経った頃、私達は、偶然、一人の男の子に出会った。

その男の子は、私の目が見えないことを、ずばりと言い当てた。

遠慮の欠片もなく。

同情の欠片も、なく。


そして、私に特異な能力があることも。

呆れるくらいあっさりと。

爽やかなくらいきっぱりと。


でも、自己紹介の直後に、彼が……祐一君が喋った言葉は、それ以上に私を驚かせた。


『俺なら、みさきさんの目を治せるよ』















それから一年近く経った頃、わたし達は、偶然、一人の男の子に出会った。

わたし達の一つ下の子で、名前は相沢祐一。

彼は、みさきの目が見えないことを、呆れるくらいにあっさりと看破した。

遠慮の欠片も、同情の欠片も、感じさせることなく。


みさきの能力の特異性も、一目で見抜いた。

怒る気にもならないくらい爽やかに。

追い返す気にもならないくらい涼やかに。


そして、自己紹介の直後、それを上回る衝撃をもたらす言葉を、彼は口にした。


『俺なら、みさきさんの目を治せるよ』

























祐一君が話した内容は、すごく簡単なものだった。

『俺の能力で、みさきさんの目に生命を取り戻させる』

たったこれだけ。

ただし、と言って、祐一君は言葉を続けた。

『能力は失われるけどな』

と。


私は、ふと気になって、聞いてみた。

「どうして、私の目を治してくれようとするの?」

返ってきた言葉もまた、簡単なものだった。

『だって、俺の能力って、本来そう使うべきものだから』

これが能力者じゃない普通の人間だったら、話は別だけどな……って、そんな言葉も付け足してたけど。















「それで、わたし達に何を求めるつもりかしら? 目的は何?」

飛びつきたくなるような話だけに、警戒せずにはいられなかった。

裏があるのだろう、と勘ぐって、そんなことを尋ねてみても、そんなもんいらない、の一言。

その理由を尋ねてみても、やはり答えてくれなくて。

だから、わたしは苛立った。


「みさきの目を治してくれるのは嬉しいけどね、理由もわからないんじゃ、信用なんてできないわ」

確証がほしかった……みさきの目が治るという。

確信がほしかった……この男の子が、信用できるという。















雪ちゃんが男の子に詰め寄ってるのは、能力で視えていた。

止めたくもあったけど、止める気はなかった。

だって、私も俄かには信じられなかったから。

そんな簡単には、信じられないことだから。

治った結果、私がどうにかなったとしても、それだけなら、まだ許せるけど。

雪ちゃんに迷惑がかかるのは、絶対に許せないことだから。


雪ちゃんの強い剣幕にも、祐一君は、冷静な態度を崩したりはしなかった。

そして、しばらく黙ったままだったけど、少ししてから、ゆっくりと口を開いて、こう言った。


『能力で……自分の能力で苦しんでる人は、見たくないから』















わたしの詰問に返ってきたのは、そんな言葉。

でも、その言葉そのものよりも。

その目が……目に宿った感情が、わたしの心を揺さぶった。


そこにあったのは、苦しんだ者しか持ち得ない感情。

同じ苦悩を知る者にしか、出せない色。

だからこそ感じられる、確かなみさきへの想い。


だから、わかった……わかってしまった。

彼は、みさきを傷つけるなんてできないんだってことが。

そして、みさきを傷つけるものを許さない、と、そう考えてくれていることが。















嬉しかった。

祐一君の言葉の裏にある、その想いを感じて。

初めてだった……雪ちゃん以外で、本当に私のことを心配してくれた人は。

私を……そして、雪ちゃんを、助けようとしてくれた人は。


だから。


祐一君を信じてみたくなったから。

信じられると思ったから。

だから、私は、こう言った。

「目が見えなくてもいい……だから、私達と一緒にいてくれないかな?」















みさきのそんな言葉を聞いて、でも、わたしは止めたりなんてするつもりになれなかった。

だって、初めてだったから。

わたし達の能力じゃなくて、わたし達自身を見てくれた人は。

打算も何もなく、わたし達に手を差し伸べようとしてくれた人は。


だから、みさきは一緒にいてほしいって、そう言ったんだろう。


支えて、支えられて。

助けて、助けられて。


そんな当たり前の関係になれるって、そう思っただろうから。

失ってしまった日常が、そこにはあるだろうから。


だからこそ、目が見えなくてもいい、と言ったんだろう。

能力者として、同じ場所に立っていたいから。


そうしたら、彼は、呆れたように言った。

『そりゃ友達になるのは歓迎だけど、意味ないだろ? 光を失ったままじゃ。それじゃ何のために声をかけたかわかんなくなる』















そんな質問に。

予想された質問に。

私は、間髪入れずにこう答えた。


「ううん、そんなことないよ。あなたが……あなたが、私の光になってくれるって、そう思うから」


嘘偽りのない答えだった。

自信をもって、そう言える。


だって、能力があるから、目が見えなくて困ったことなんて、なかったんだから。


辛かったのは、私の能力を利用しようと近づいてくる人達がいたこと。

悲しかったのは、私の能力しか見ずに、心無い言葉を浴びせてくる人達がいたこと。

苦しかったのは、楽しかった日常を失ってしまったこと。


私達をちゃんと見てくれる人なんて、今までいなかったけど。

でも、祐一君は、ちゃんと見てくれてたから。

偽りのない優しさを、私達に向けてくれてたから。

私達の行く道を照らし出してくれるって、そう信じられたから。

だから……















みさきの答えに、淀みはなかった。

嘘偽りのない本心……わたしには、それがわかった。

だから、わたしもこう言った。


「そうね、あなたと出会えたってだけで、意味は十分だと思うわ」


これは、わたしの偽りのない本心。

だって、みさきを苛んでいたのは、目が見えないから、というだけの理由ではないのだから。


辛かったのは、みさきの苦悩を考えもせずに、利用しようと近づいてくる人達がいたこと。

悲しかったのは、みさきの苦痛を知りもせずに、心無い言葉をかけてくる人達がいたこと。

苦しかったのは、楽しかった日常を失ってしまったこと。


そんな色眼鏡なしでわたし達を見てくれる人は、初めてだったから。

偽りのない優しさを、わたし達に向けてくれていたから。

わたし達の行く道を照らし出してくれるって、そう信じられたから。

だから……















祐一君は、どこか呆れたように、でもどこか嬉しそうに笑って。

そして、私達にこう言った。

『分かった。それじゃあさ、俺の仲間を紹介するよ。きっと気が合うだろうから』



彼はきっと、私達の気持ちを分かってくれたんだって、そう思う。

だって、楽しそうな、嬉しそうな、そんな笑顔がそこにあったんだから。

そんな笑顔につられて、私達も、笑った。

本当に久しぶりに、心から。



それが、私達の苦悩の日々の終わり。

そして、私達の新しい物語の、始まり。










 続く











後書き



それにしても一人称って難しい。

手を加えようにも、それができないときた……難儀です。

妥協も卑怯も場合によっちゃ有効だそうですし、まぁある程度は仕方ないんでしょうけど(笑)

上手くなりたいもんです、切実に。