あれは、夢だったんだろうか?
楽しかった……本当に楽しかった、あの日々は。
俺があゆをからかって……
あゆが怒って……
あゆをなだめるために、たい焼きを買って……
二人で、食べて……
最後は、笑顔で……
いつも、笑顔で……
ずっと、一緒にいられるって、そう、思っていたのに……
ずっと、二人で生きていけるって、そう、思っていたのに……
あの日……あの、いつもの場所で。
いつものように、待ち合わせて。
いつもは、たい焼きを持っていってたけど、その日は少し、特別で。
ほんの少しの勇気と、たくさんの想いを詰め込んだ……カチューシャを手に、俺は、そこに向かっていた。
懐は寒くなってしまったけど、でも、心は温かくて。
きっと、あゆに会えたら、もっと温かくなるって、そう思って。
待ち合わせに、少し遅れてたって理由を自分への言い訳にして、あゆの元へ走った。
あゆは、やっぱり、いつも通りそこにいて。
でも、いつもと少し違って。
あゆは、高いところが好きで。
高いところから見る、街の景色が好きで。
だから、その場所にある、大きな木に登るのが、好きで。
だから、あゆはその日も木に登っていた。
いつもは、俺がそこに着いて、たい焼きを食べてからだったけど。
でも、その日は、俺が遅れたから。
遅れてしまったから……
何が、悪かったんだろう? あゆは、ただきれいな景色を見ていたかっただけなのに。
何が、悪かったんだろう? 俺は、あゆに喜んでほしかっただけなのに。
何が、悪かったんだろう? ただちょっと、ほんの少し、強い風が吹いただけなのに。
どうして?
……どうして?
どうして、あゆがこんな目に会わなきゃならないんだ?
どうして、何も悪くない、あゆが……?
これが……運命だって、言うのか?
運命だから諦めろ、とでも言うのか?
神なんて、いないのか?
それとも……これが、神の決めたシナリオなのか?
……もし、そうだとしたら。
俺は、許せない。
絶対に、許せない。
でも、それ以上に許せないのは……自分だ。
何もできなかった、自分。
何もできない、自分。
大事な人を、守ることも救うこともできなかった、そんな自分。
神も運命も関係ない……俺は、何もできなかったんだ。
でも、だからこそ。
だからこそ、俺は。
俺は、もう二度と……
神へと至る道
番外編\ 月に誓う
事故の日からずっと、あゆは病室で眠っていた。
そう……眠って、いた。
ただただ、深く眠り続けていた。
ケガは、完治した。
完全に治した。
だけど……
だけど、目を覚まさない。
一度たりとも、目を覚ましてはくれない。
本当に、眠っているだけ。
今にも、目を覚ましそうなのに……
でも、その目が開けられることなんてなかった。
あゆが木から落ちて……微笑みながら意識を失った時、俺は泣き叫んだ。
真っ赤に染まる雪に、力を失っていくあゆに、底知れないくらいの恐怖を感じながら。
でも、まだ、あゆは生きていたから。
微かなはずの鼓動が、なぜかはっきりと聞こえていたから。
だから、急いで病院に運んだ。
涙で顔をぐしゃぐしゃにして。
震える膝も、軋む体も、必死に抑え込んで。
いろんな感情が心を荒れ狂っていても、ただ足を動かして。
医者は、最善を尽くす、とか何とか言ってた気がする。
でも、あゆは、手術が終わった後も目を覚まさなくて。
医者の表情は、曇ったままで。
はっきりとは言わなくても、その表情から、あゆの容態が良くないことは、簡単にわかった。
俺は、医者が悲しげな表情で通してくれた集中治療室で、あゆの手を握り締めながら、ずっと、泣いていた。
何で、泣いていたのか……
悲しくて……? いや、違う……まだ、あゆは生きてるから……絶対に、生き続けるから。
苦しくて……? いや、違う……苦しんでいるのは、あゆだから。
悔しくて……? うん、きっと、そう。
あゆを、守ってあげられなかったこと。
あゆを、助けてあげられないこと。
あゆを、苦しめていること。
あゆに、何もしてやれない、こと……
あゆを、守りたかった。
あゆを、助けたかった。
あゆを、治してあげたかった。
どんなことをしても……
どんなことになっても……
そして、俺は覚醒した……自分の、能力に。
心の奥の、深いところに眠っていた、俺の……俺だけの能力に。
もしこんなことがなければ、きっとずっと眠っていたままだっただろう、力に。
その能力は、一言で言うなら、『対象に生命を与える』ことができる力。
そして、だから、あゆのケガを、あっという間に完治させた。
その時、俺の後ろの方では、医者が騒いでいた。
俺を見て、俺を指差して、何かわめいていた。
でも、そんなことどうでもよかった。
それよりも。
なぜ、あゆが眠ったままなのか。
どうして、目を覚ましてくれないのか。
それが、分からなかった。
そして、辛かった。
何よりも、辛かった。
それから、俺は毎日、あゆの元に通った。
そして、ずっと待った……待ち続けた。
あゆが、目を覚ましてくれる時を。
病院にいる人間や、街で見かける人間の中には、俺を冷たい目で見る人もたくさんいたけど、そんなことは気にならなかった。
中には、露骨に悪意に満ちた言葉をかけてくる人間もいたけど、そんなことも気にならなかった。
あるいは、石を投げてくる人間だっていたけど、そんなことさえも気にならなかった。
あゆが治ってくれるのなら、自分はどうなってもよかったから。
自分の受ける苦しみなんて、小さなことだったから。
あゆの苦しみを思えば、この程度のことなど、取るに足らないことだったから。
あゆが、目を覚ましてくれますように……
もう一度、あゆが笑顔を見せてくれますように……
そう、祈るような気持ちで、あゆが目覚めるのを、待ち続けた。
ずっと、ずっと待ち続けた。
だけど……
あゆは、目を覚ましてはくれない。
いつまで経っても。
どれだけ待っても。
いくら祈っても。
あゆが木から落ちてから、かなり経ったある日のこと。
いつものようにあゆの病室を訪れた俺は、けれど、あゆに会うことはできなかった。
医者は、母親があゆを連れて行った、と。
いつも通りの視線で、それだけしか教えてくれなかった。
そのまま俺は、病室から追い払われた。
病室を追い払われたことなんか、どうでもいい。
あゆは、一体どこに行ったんだろう……それだけが、心に重く残った。
あゆの母親。
確か、もういないって……そう、あゆは言ってたはずなのに……
病院で知り合った佐祐理に話したら、調べてくれるって言ってくれた。
ほどなくして、佐祐理が教えてくれたのは、あゆも知らなかった事実。
あゆの母親は、死んでしまったわけではなく、生きていたらしい。
詳しいことはわからなかったけど、何かの事故に巻き込まれて、そのせいで一時的に記憶喪失になっていたそうだ。
その間、どこかのお世話になっていて、でも記憶喪失なので事情も説明できず、当然連絡を取ることもできず、結果、周囲の人達には、死んだものと考えられていた、という話だった。
そうなれば、あゆが母親が死んでしまったと思っていたのも仕方がないかもしれない。
でも、実際はそうじゃなかった。
やがて記憶が戻り、あゆを迎えにきて、ケガのことを知り、連れて行ったということらしい。
その時、あゆの母親はかなり取り乱していた、という話だった。
悲しかった……あゆがいなくなって。
辛かった……あゆに会えなくなって。
でも、俺にそんなことを言う資格なんてなくて。
苦しかった……あゆと引き離されて。
悔しかった……追いかけることもできなくて。
でも、それは当然のことで。
だって、俺のせいだから。
悪いのは、俺なんだから。
俺が、遅れなかったら……
俺が、もう少し早くあゆのところに着いていたら……
俺が、もっと早く、能力を使えていたら……
あゆは、あんなことにならなくて、済んだはずだから。
あゆが苦しむことなんて、あゆの母親を悲しませることなんて、なかったはずだから。
だから、俺は誓った。
もう会えないかもしれないあゆに、だからこそ、誓った。
もう二度と、同じことを繰り返さないって。
守るって決めた人を、しっかりと守れるようになるって。
大事な人を守れる強さを、きっと手に入れてみせるって。
いつか……もし、いつか、あゆにまた会えたら、笑顔で話せるように。
それから、たくさんの出会いがあった。
佐祐理……舞……美汐……詩子……茜……澪……みさき……雪見……留美……
みんな、大切な仲間。
辛いことがあって……悲しいことがあって……
みんな、苦しんでいた。
あるいは、理不尽な不幸に襲われ。
あるいは、理不尽な状況に落とされ。
何も、悪くないのに。
ただ、人より少し特殊なだけだったのに。
ただ、普通に生きていたかっただけなのに。
それだけで、よかったのに。
でも、人から疎まれ……嫌われ……憎まれ……
同じ人間なのに、そう考えてもらえなくて……
それぞれが、それぞれの苦しみを抱えていた。
道を見失い、救い求め、さ迷い続けていた。
でも、俺達は、出会った。
出会い、そして惹かれ合った。
だからこそ、仲間になった……仲間になれた。
守りたい、助けたい、そう心から思える仲間。
そして、守ってくれる、助けてくれる、頼もしい仲間。
全員の初顔合わせの時、俺は、一つの提案をした。
みんなと出会ってから、ずっと、ずっと、考えていたこと。
家を創ろう、と。
俺達が帰るべき家を。
帰ることができる家を。
誰一人として、驚きもせず、呆れもせず、もちろん、怒りもせず。
当たり前のように、受け入れてくれた。
それが当然だ、と言わんばかりに話は進んだ。
だって、仲間だから。
俺達には、俺達だけしかいないから。
皆と一緒に、ずっと一緒に、いたいから。
だから、当然のことだった。
それは、必然だった。
金に困ることなんてなかった。
いくらでも……その気になれば、いくらでも稼ぐことができた。
俺の能力は、本当に使える……本当に、嫌になるくらい。
だって、どんなケガも、どんな病気も、治せるのだから。
不治の病だろうと、致命傷だろうと、関係ないのだから。
だから、金を稼ぐのに困ることなんてなかった。
医者の仕事よりも確実に、そして早く治せる俺の能力は、重宝がられた。
“仕事の依頼”が絶えることなんて、なかった。
やりたいことではなかったけど。
気持ちのいいことではなかったけど。
でも、俺は能力を使った。
使い続けた。
たくさんの人間を治した。
たくさんの金を得た。
たくさんの人脈を得た。
たくさんの、情報を、得た。
そう、“情報”を手に入れた。
幸か不幸か、手に入れた……手に入れてしまった。
『神へと至る道』を切り開くための、情報を。
知ってしまった俺達は、もう後戻りすることはできない。
そして、そこから俺達の物語は始まった。
続く
後書き
これで残すところあと一つ。
さっさと仕上げてしまいますかね。
まぁ今回はこれだけということで。