神へと至る道



プロローグ












街を一望できる丘……ものみの丘と呼ばれる場所。


「ねぇ、祐一君」
「ん? どうした、あゆ?」


その山頂近く、樹齢数百年は下らないだろうと思われる大樹の下。


「あのさ……」
「何だ?」


二人の幼い子供が、木の根元に腰掛け、たい焼きを食べながら、楽しげに話をしていた。


「うん、ちょっと聞いてみたいことがあるんだよ」
「だから、何だ?」


一人は少年……見るからにやんちゃ坊主といった風情で、けれど、どこか優しげな雰囲気を持っている。


「笑わない?」
「内容によるな」


一人は少女……活発そうな、笑顔の似合う女の子で、風に揺れる白いリボンが、可愛らしい感じを与えている。


「うぐぅ……そういう時は、笑わないって答えてくれないと困るよ」
「じゃあ、笑わない方向で」


二人を取り巻く雰囲気は優しく穏やかで、もしこの光景を見る者がいれば、きっと微笑んでしまうことだろう。


「うぐっ、方向って何なの?!」
「まぁ気にするな」


もっとも、こんな山中にそうそう人が訪れることなどあるわけもなく、さしずめここは二人の秘密の場所といったところなのだろう。


「気にするよっ!」
「まぁいいだろ? とにかく言ってみろって」


少年は、少女をからかうような喋り方で、けれど、少女に向ける目は、優しさに溢れていた。


「うぐぅ……何だかごまかされてる気がする」
「気のせいだ」


少女は、少年のからかいに過剰に反応しているが、それでも、少年に向ける表情は、明るいものだった。


「気のせいじゃないと思う」
「じゃあ、眼の錯覚だ」


何でもない光景……どこにでもある光景……


「眼は関係ないよ!」
「んじゃ、口か? 耳か? 鼻か? 好きなのを選べ。今なら特別に30%増量中だぞ」


特別な要素など全くない……二人にとっては、いつも通りのやりとり、いつも通りの一日。


「選べって何?! それに増量って?! って、そうじゃなくてっ!」
「あぁ、何か聞きたいことがあるんだったな」


けれど、いや、だから、二人にとって、その時間は何よりも大切なものだった。


「そうだよっ! もう、祐一君はすぐ話をそらすんだから」
「そこが俺のいいところだからな」


いつまでも続くと思っていた、楽しい日々。


「うぐぅ……それはいいところじゃないよ」
「何?! あゆあゆは俺の長所をバカにするのか?!」


終わりが来ることなど、全く考えなかった、大切な日々。


「あゆあゆじゃないもんっ! それに、何でボクが怒られるの?!」
「……何でだろう?」


夢のような、でも、確かな現実で。


「……祐一君、ボクのこと嫌い?」
「んなわけないだろ? ったく、冗談の通じないヤツだ」


現実だけれど、でも、まるで夢のような日々。


「祐一君、冗談が多過ぎだよ……」
「それが俺の長所……やめよう、話が進まないし。それより、聞きたいことがあるんだろ?」


楽しい時間が過ぎるのは一瞬で。


「うん、えっとね」
「何だ? 早く言えって」


苦しい時間は、永遠とも思えるほど長く感じる。


「祐一君は、神様って、いると思う?」
「はぁ?! またえらくいきなりな……うーん、わかんないなぁ、そんなこと」


そんな理不尽な現実など、露ほども知らぬ子供達。


「ボクはね、祐一君。神様って、いると思うんだ」
「何で?」


そんな二人に、大人たちは優しく接してくれることだろう。


「だって、ね……会えたから。祐一君に、ボクは、会えたから。会うことが、できたから。そして今、すごく、すっごく幸せだから」
「ば、ばかっ! んな恥ずかしいこと……」


けれど。


「恥ずかしくなんてないよ、本当のことだもん。ねぇ、祐一君は? ボクと会えてよかったって思ってくれてる?」
「……よかったって思ってなかったら、こうやって一緒にいるわけないだろ」


現実は、決して優しくはない。


「あ、祐一君、真っ赤になってる。あははっ」
「笑うな!」


聖者のように清らかな人物に対しても、人とは思えぬほどの極悪人に対しても、その態度を変えることはない。


「ごめんごめん。でも……」
「ったく。何だよ?」


すなわち、平等。


「こうやってさ、いつまでもずっと、二人で一緒にいられたらいいよね」
「また恥ずかしいことを……」


楽しい日々が終わりを告げるとき……それは、必ずやってくる。


「だから、恥ずかしくなんてないよ。ボク、祐一君のこと、大好きだから」
「うっ……お前なぁ。もうちょっと、こう、何ていうか……」


一切の慈悲も、一欠片の容赦も、そこには存在しない。


「祐一君、ボクのこと嫌い……?」
「だーっ! そんな言い方すんなっ! まるで俺が悪人みたいじゃんかっ!」


だからこそ、思い出は美しく、尊い。


「だって……」
「あーっ! 泣くな泣くな! ったくもう……好きだよ。俺も。あゆのこと……」


他人事ならば、そんな言葉で納得することもできるだろう。


「ホントッ?!」
「……こういうことで嘘は言わねーよ」


あるいは、そんな言葉に感銘を受ける人もいるかもしれない。


「……うん、そうだね。ありがとう、祐一君」
「礼を言うことじゃないだろ?」


しかし、そのときが自分に訪れたらどうだろう? 納得できるだろうか? 諦められるだろうか?


「ううん、そんなことないよ。だって、ボク、嬉しかったから。祐一君が、好きだって言ってくれて」
「じゃあ、俺も礼を言わなきゃなんないのか?」


そんな人はまずいないだろう……少なくとも、即座に納得できる人は。


「? 何で?」
「だって、俺も嬉しかったからな。あゆが、好きだって言ってくれて」


簡単に諦められないから……終わりなど認められないから……それが故に、大切なのだから。


「祐一君……」
「だから、礼を言う必要なんてないんだって。おあいこ、だろ?」


そんな、諦めきれない、納得できない終わりが訪れたら……


「……うん!」
「よし、それでこそあゆだ」


泣き叫ぶ人も、まわりに当り散らす人も、静かに自分の内に抱え込む人もいるだろう。


「……えへへ」
「何だ? いきなり笑い出して」


悲しみ方も、その内容も、人それぞれ……けれど、悲しみに、苦しみに押しつぶされそうな心が上げる悲鳴は、きっと共通。


「うん、やっぱり楽しいなって」
「そうか?」


長い長い……本当に長い、人類の歴史の中で、一体、どれだけの悲劇が生まれてきたのだろうか。


「うぐぅ……そうなんだよ!」
「ま、確かに。あゆあゆはからかいがいがあるからな」


歴史に残されているもの……誰も知らないもの……誰かの栄光の陰に隠れているもの……


「あゆあゆじゃないって言ってるのに……」
「はっはっは、気にするな」


その、誰にでも訪れる、訪れてしまう、終わりのとき……今それが、この二人にも近づいていた。


「気にするよっ!」
「やれやれ。そんなことじゃ大きくなれないぞ?」


牛歩のようにゆっくりと、けれど、確実に。


「関係ないよ!」
「うむ、確かに」


『運命』などという言葉では片付けられない……片付けたくない、そんな悲劇は、もう目前まで迫っていた。


「うぐぅ……祐一君、言ってること、むちゃくちゃだよ」
「むむむ、あゆに呆れられてしまうとは……何たる不覚!」


何の兆候もなかった……何の前触れもなかった……


「はぁ……」
「こらぁ! あゆ! 何だ、そのため息は?!」


それは例えば、海で遊んでいる時に、小波に紛れて不意にやってくる大きな波のように突然に。


「ううん、やっぱり祐一君だなぁって思って」
「当然だろ? これが俺なんだから。お前はよく知ってるだろ?」


予期できない時に、予期できない形で、襲いかかってくる。


「うん、もう嫌というほどにね」
「……何か言い方に棘を感じるな」


ほんの些細な偶然がきっかけになって。


「そ、そんなことないよ」
「まあいいや。とにかくだ! 俺はいつまでも俺のままでいるつもりだ! だから、あゆ、お前もそうしろ!」


とても小さな思いつきが引き金となって。


「?」
「あー、つまりさ、いちいち考えなくても、こうやって今まで通りにしてれば、ずっと一緒にいられるって思うんだ、俺は」


少年は耐えられるだろうか……身を引き裂かれるような、大切な人との別離に。


「祐一君……」
「お前は、そう思わないのか? 神様に頼んないと、俺達は一緒にいられないって思うのか?」


少女は耐えられるだろうか……大好きな、本当に大好きな人が、自分のせいで悲しみの底に落とされる、その現実に。


「……ううん」
「だろ?」


少年を襲う絶望の……少女を襲う苦痛の……


「うんっ! 祐一君、ずっと、一緒にいようね」
「あぁ、もちろんだ」


そして、そこから始まる……始まってしまう、物語の開幕まで、あと少し……




















『……約束だよ』 『……約束だぞ』










 続く












後書き



さて、設定でも書きましたが、まずは初めまして、GaNという者です。

この度は、諸事情により、別のHPで連載させて頂いていたこの作品を、こちらで掲載させて頂くことになりました。

何しろ既に五十話を越えている話……修正やら改訂やらを行えば、そこまで追いつくだけでもかなり時間はかかってしまうため、その点が心配ではありますが、可能な限り頑張りたいと思います。。

本当に完結までどれだけかかるか全くわかりませんが、もしよろしければお付き合いくださいませ。

それでは。