神へと至る道
第21話 幻想の真実
真琴の素朴な疑問が、全員の注意を集めた。
神器を盗んだという事実ばかりに意識を奪われていたが、そもそもその動機がはっきりしない。
祐一達がどうして神器を盗んだのか、いや、盗んできたのか。
「そう言えば……」
よくよく考えれば、かなり疑問が残る。
神器は確かに素晴らしいものだ。
だが、それを収集する目的とは一体何なのか。
どうしてわざわざ賞金首になってまで、神器を追い求めるのだろうか。
少なくとも、ただ興味本位で収集しているわけではないだろう。
祐一達を見る限り、そんな風に趣味でやっているような空気はなかった。
彼らの纏う空気は、もっと重く、もっと強いものだった。
絶対の決意。
不変の信念。
彼らから感じ取ることができたのは、そういう類のものだった。
ただ収集したいだけの人間に、そこまでのものが出せるのか、と考えると、やはり疑問を覚えずにいられない。
かと言って、金が目当てではないかと考えても、やはり首を傾げずにはいられない。
そもそも、金が欲しければ、いくらでも稼げるはずだ、祐一の能力があれば。
死の淵に立たされている病人やケガ人は、世界中に数多く存在している。
それは悲しいことだけれど、それでも、覆すことのできない現実。
この現実が示すものは、祐一の能力を欲する者が大勢いるということに他ならない。
生きるためならば、人は、金に糸目などつけないだろう。
である以上、彼が金に困ることなど、まず考えられない。
「お金のためじゃないだろうし……単なる収集ってわけでもないだろうし……」
栞が、眉根を寄せながら考えに沈む
指を口元に据えながら、困ったような表情で悩む姿は、真剣なのだろうが、どこか可愛らしさを感じさせた。
もっとも、そのことに気を払う余裕のある人間は、この場にはいなかったが。
「うーん……」
全員が、それぞれに悩む仕草を見せる。
けれど、答えはどこからも出てこなかった。
意味のない呟きと、重いため息しか、彼らの口からは出てこない。
改めて考えてみると、神器を、奪ってまで収集する目的というものは、何も思い当たらないことに気付く。
神器の資産価値が高いことは、誰もが知っていることだが、その重要度と知名度の高さもまた、誰もが知っている。
それはすなわち、神器に関わることがいかに危険であるかを、誰もが知っているということだ。
神器を盗んで、それを売る、という例を考えてみても、そこには数多くの困難が付き纏う。
何せ、ものは神器。
力も金もない人間が所有していることなど、まずあり得ない。
また、その持っていた者の元をいつ離れるかもわからない。
伊達や酔狂で『幻想の武具』と呼ばれているわけではないのだ。
すなわち、そもそもまず盗むこと自体が極めて困難なのである。
加えて、首尾よく盗むことができたとしても、それを買い取ってくれる者が、果たしてどれだけいるか。
公私問わず、神器を所有している者は、まず間違いなく、そのことが広く知られている。
高価で希少価値の高い物を手にして自慢する者もいるだろうし、あるいは、何らかのイベント時に披露されたりするケースも少なくない。
そうした知名度の高さがある以上、盗んだ者が神器を表立った美術商のところに持ち込めば、すぐに通報されてしまう。
普通の美術品などを扱う者にとって、神器は重過ぎるのだ。
常に危険を纏っているような代物を、一介の美術商が取り扱おうとするはずもない。
ではアンダーグラウンドに持ち込めば、と考えても、むしろこっちの方が危険だろう。
表の舞台よりも、裏の舞台の方が、信用というものの力は強い。
それ故に、裏に住まう者達は、決して神器には手を出さない。
貴金属とはわけが違うのだ。
もしアンダーグラウンドに強い影響力のある者が所有していた神器だったりしたら、と考えれば、その理由も簡単に知れるだろう。
よって、表裏問わず、盗品の神器がそうした取引の場に持ち込まれたりしたら、元の持ち主に知らされることは、まず間違いない。
それが例え盗品を扱うような場であってもだ。
血眼になって捜しているだろう元の持ち主を敵に回すような行為など、そもそもとれようはずがないのである。
なぜなら、神器を所有するほどの金と力を持つ者は、皆、上客となり得る人間なのだから。
一見の盗人と天秤にかけた場合、どちらをとるかなど、火を見るより明らかだ。
盗むことにも、それを持っていることにも、また売ることにも。
危険と困難が、どこまでも付き纏うのだ。
神器に関わる限りは、永続的に。
もし、それでもなお盗めるだけの力量があるのならば、言い方は悪いが、他の、例えば美術品や現金などを盗んだ方が、よほど効率が良いだろう。
実際、過去に神器を盗むような人間がいなかったわけではないが、祐一達のように、一つの組織が盗むようなことはなかった。
組織というものは、基本的に一個人の思考では動かない。
何か行動を起こす際には、リスクとリターンを常に天秤にかける。
それ故に、明らかにリスクの方が高い神器の強奪を行うことなど、選択肢にすら上らない。
かと言って、じゃあ他に盗む理由があるのかというと、これがまた難しい。
“神器”でなければならない理由が、何も思いつかないのだ。
浩平達には、せいぜいコレクター説くらいしか考えられなかった。
だがその考えは、可能性にすら上げられない。
そんな趣味の延長線上にあるような目的とは、どうしても思えなかった。
何か、もっと絶対の理由があるはずだった。
あそこまでの決意をさせるだけの、理由が。
神器でなければならない、理由が。
祐一達は、はっきりと言った。
『神器が必要だ』
と。
これはつまり、彼らの行動には、他では代替の効かない理由があるということだ。
神器だからこそ実現できる、何かが。
そう考えればこそ、彼らの決意も理解できる。
だが、肝心のその何かがわからない。
いくら考えても、どう考えても、思いつかない。
なぜ、神器を求めるのか?
なぜ、神器でなければならないのか?
けれど、そうやって悩むのと同時に、浩平達は、わからないのも仕方がない、とも考えていた。
なぜなら、彼らは神器について何も知らないのだから。
わかっていることなど、あくまでも神器の表面上のことでしかない。
それは、至高の芸術作品と言えるほどに美しいものである、ということ。
それは、武器としてもすばらしいものである、ということ。
それは、世界に二十四種しか存在しない、ということ。
この程度の知識しか持っていないのだ。
学園の授業でも、神器について詳しく教えてくれることはなかった。
精々が、今挙げたような簡単なことだけ。
よって、浩平達では、いくら考えたとしても、答えを導き出すことはできるはずもない。
何も知らないが故に。
だが、それでは思い至る者はどこにもいないのか、というと、実はそうでもない。
なぜなら、神器について人が持つ知識は、そんな表面上のものだけではないからだ。
あまり知られていない――というより、知っている者が極端に少ないということなのだが――神器には、一つの伝承があった。
神が残したと今に伝えられる、伝承が。
知っている者は、決して多くはない。
だが、知っている者がいないわけではない。
そして、幸か不幸か“それ”を知っている者が、水瀬寮に一人だけいた。
「……伝承が事実であれば、考えられることは一つですね」
その伝承を知る者……水瀬秋子が、静かに口を開いた。
呟くその声は、微かに掠れていた。
表情に浮かぶのは、驚愕と疑念。
彼女は思っていた。
“それ”は、おとぎ話でしかない、と。
“それ”は、非現実的で荒唐無稽な話に過ぎない、と。
だが、状況は、その話を真実と考えた方が、まだしも筋の通った説明が可能なものとなっていた。
そのくらいしか、いや、それ以外には、祐一達の犯行の動機になり得るものはない……そう考えずにはいられなかった。
ならば、そのことを知らせなければならない。
教えなければならない。
考えられる唯一の理由なのだから。
たとえそれが、自分自身が信用していないようなものであろうとも。
「伝承、ですか?」
その秋子の言葉に、瑞佳がようやく口を開き、呟きを発した。
けれど、まだその表情は沈んだまま。
今の言葉も、搾り出した、という感じが拭いきれない。
しかし、今は、そのことを気にかけられるだけの精神的余裕を持っている者は、この場にはいなかった。
瑞佳にとって、それはありがたいことだったのだが。
「はい。神が残したといわれる書物――“神書”に、こう書かれているんです」
そう言って、秋子は朗々と読み上げる。
いや、詠み上げる、と言った方が適切だろうか?
少し高めのアルトが、広間の空気へと浸透してゆく。
『神器を二十五種捧げた者の前に、神の世界へと至る道が開かれる』
その言葉は、不思議な重さをもって、全員の心に染み込んでいった。
秋子の雰囲気がそうさせたのか?
それとも、言葉の内容がそうさせたのか?
ともあれ、全員がその言葉に心を奪われていた。
「…………あれ? 神器って、二十四種類しかないんじゃなかった?」
そんな中、ふと真琴が気付く。
有名な話なのだから、間違っているはずもない。
だから真琴は、秋子が数字を間違えたのだ、と考えたわけだが……
「えぇ。だから今まで信用してなかったんだけど……でも、これ以外に、祐一さん達が神器を求める理由を説明できるものはないのよ」
秋子は、複雑な表情で真琴に答える。
どうやら、数字を間違えたわけではないらしい。
ということは、“二十五”という数字に、間違いがないということになる。
神の残した伝承にしては、疑わしい話だ、と秋子も思っているようだ。
だが、それも当然だろう。
なぜなら、神の残した神器が“二十四”種である、と今に伝えるのは、他ならぬ“神”の言葉なのだから。
それ故に、秋子は、今までこの伝承を信じていなかった。
何かが、あるいはどこかが間違っている……そう考えた方が自然だ。
言った本人が疑問に思っているのだ。
その場にいる者も、その多くは疑わしそうな表情をしている。
「でも、もしそれが本当なら……相沢君達は、神の世界へ繋がる道を探しているってことになるのよね」
「荒唐無稽な話とは思いますけど、でもそれなら、神器を求める理由にはなるんじゃないですか? なんで神様を目指してるのかはわかりませんけど」
けれど、その中にあって、香里と栞は、秋子の言葉を受け入れつつあった。
というより、その伝承を信じてもいいのではないか、とまで思っていた。
神器を見た者は、そこに神の姿を見る。
美しき形状も、漂う雰囲気も。
確かに、人間の作り出せるものではない。
ならば、神がいたとしても。
神へと至る道を切り開いたとしても。
おかしくないのではないだろうか。
「ちょっと待ったちょっと待った。どのみち神器は二十四種しかないんだぞ? どうやって二十五種集めることなんてできるんだよ?」
ところが、住井がここで待ったをかける。
数字の間違い、という点に関して。
確かに、これは見逃せない問題だ。
神の残した言葉では、神が地上に残した神器は二十四種。
ところが、同じく神の残した伝承で、神器を二十五種揃えたら神への道を開くことができる、とあるわけだ。
そんな矛盾を目にすれば、正しいのかどうか疑いたくなるのが人情というものだろう。
というよりもむしろ。
「……どっちかが間違ってるんじゃないかな?」
名雪が口にした言葉。
そう、どちらかが間違っている、と考えた方が正しく思える。
どちらかの伝承に、間違いが存在する、と。
しかし、である。
「神が残した書物が嘘を並べてるってのか? だったら、そりゃ偽物だろ」
浩平はそう言ってあっさりと否定する。
確かに、神が地上に残した書物に嘘がある、というのも不自然な話だった。
もし一つでも嘘があるとするならば、そこに書かれてある全ての内容を疑わなければならなくなってしまう。
それならいっそ、その書物が偽物なのだ、と考えた方が、まだしも自然に思える。
あるいは、その書物を翻訳した人間が何かを間違えた、という可能性をとるか。
だが、それとて限りなくゼロに近い。
言葉の一部だというのならまだしも、問題になっているのは数字なのだ。
数字を読み間違えるようなヘマなど、する方がむしろ難しい。
嘘や間違いがあると考えても、そのどちらかが偽物だと考えても、不自然さは拭いきれない。
結局、全員を納得させられるだけの説明は、現時点では誰にも不可能だった。
「そもそも、神器を揃えてどうしたらいいんですか? 揃えるだけでいいんですか?」
香里が秋子の方に向き直りながら、そう尋ねる。
伝承に関する問題は、数の違いだけではないのだ。
問われた秋子は、思い出すようにしながら答えを返す。
「えぇと……確か、クレリック・ヒルにある遺跡のモニュメントの一つ、“神の御座”に捧げれば、ということでしたが……」
「クレリック・ヒル? 思いっきり観光地ですね」
香里の表情が、疑問の色に染まる。
そしてそれは、他の面々についても同様だった。
クレリック・ヒルとは、香里の言葉にあったとおり、風光明媚で知られる観光地だ。
のどかで穏やかな雰囲気と、点在する数々の美しい遺跡のために、季節を問わず、多くの観光客がそこを訪れる。
ある意味では、かなり俗っぽい場所だと言えるかもしれない。
そんなところから神の世界へ行ける、というのは、確かに少し疑わしい。
けれど、完全否定するには、論拠があまりにも拙い。
観光地にしたのは、人間なのだから。
観光地になる前は、それこそ、神聖な遺跡群だったのだから。
その神聖さに惹かれ、観光地になっていったのかもしれないのだから。
「クレリック・ヒルの神の御座なら、写真があったはずだけど。えーと…………あ、あった」
香里の言葉の後、名雪は思い出したようにフロアの片隅へと向かった。
そこに置かれていた旅行関係の雑誌やパンフレットの束の中から、名雪が、クレリック・ヒルについてのものを取り出す。
そして、引っ張り出してきたその雑誌を、急いでめくっていき、そこに目を走らせる。
「神の御座……神の御座……と、あ、これだね」
ほどなくして見つけたページ。
名雪は、それをテーブルに置き、全員の目が届くようにする。
ページの中ほどにある写真に、全員の意識が集中する。
そこは、名所案内の一ページ。
写真に写っているのは、紛れもなく神の御座。
「……確かに二十五あるわね、台座が。それも、何かを捧げるかのような」
香里が顔を上げながら、そう呟く。
神の御座は、二十五の台座のようなものが、円周上に等間隔に設置されているモニュメントで、その円の中心部には、不思議な紋様が描かれていた。
その二十五の台座に神器を捧げれば、中心部から神の世界へと行けるのだろうか?
何となく、そんな光景が頭に浮かんだ。
「じゃあ、二十四種っていうのが間違いなのかな?」
「……神様が嘘ついたの?」
瑞佳の言葉に、繭が疑問を発する。
やはり、どう考えても、これが最大の問題となってしまう。
神が嘘をつくというのは、どうにも不自然。
だが、そこに嘘がないのならば、なぜ二つの伝承で数字が異なるのか。
終わりのない堂々巡り。
「……祐一さん達は、このことに気付いているんでしょうか?」
栞が、静かに言う。
それは、どこか独り言のような響きがあった。
「それは気付いているはずですよ。今“神書”を持っているのは、他ならぬ祐一さんですから」
秋子がその問いに答えを返す。
それに少なからず驚きを見せる栞。
そう……数年前に、保護機関で保管されていた“神書”を、祐一達が譲り受けたのだ。
名目上は一時的な貸与だが、実質、移譲である。
そんなことが許されるのも、彼らがS級だからだろうか?
それとも、疑わしい記述が書いてある書物に、価値はないと判断されたのだろうか?
いずれにせよ、今、件の“神書”は祐一達の手にある。
これは紛れもない事実。
「じゃあ、相沢君達は、このことをわかった上で、神器を集めてるの?」
瑞佳が、誰にともなく聞く。
“神書”を持っているのならば、今、秋子が言ったことは既に知っているはず。
伝承の矛盾にも、もちろん気付いているはず。
それにも関わらず、なお神器を収集しているのは、一体どうしてなのだろうか?
「そうなるわね。もっとも、これが彼らの目的だって決まったわけじゃないんだから、関係あるって断言はできないけど」
「でも、“神書”を今もわざわざ持ってるんだったら、全く無関係だというのも考えにくいですよ」
香里と栞が、それぞれに、意見を口にする。
あくまでも、彼女達は伝承にこだわっているようだ。
だが仮にそれが真実であったとしても、確かめる術は今はない。
「……結局、本人達に聞くしか、知る方法はないって事か」
浩平のこの発言の瞬間、時が止まった……そんな風に、誰もが感じた。
それは、誰かが言わなければならなかった言葉。
そして、誰もが言いたかった言葉。
「……皆さん、祐一さん達を追いかけるつもりですか? 追いかけたいと、そう思っているんですか?」
秋子が聞く。
広場の面々を射抜かんばかりの力強い眼差しと共に。
それは、嘘も誤魔化しも冗談も許さない、という意思の表れ。
「わたし……やっぱり、諦めたくないよ。あんな形でうやむやにお別れなんて、絶対に嫌だよ」
「あたしも、嫌だから。これでお別れなんて、絶対に嫌」
名雪と真琴が、それでも静かに答える。
諦めるつもりはないのだ、と。
あの時は、ついていくことはできなかった。
だが、今は状況が違う。
少なくとも、後の心配はいらないのだ。
諦めたくなかった……今追いかけなければ、きっと後悔するだろう。
自分の気持ちに決着をつけないまま、一方的に別れを受け入れることなど、できなかった。
「それは同感ね。恩を売るだけ売って、それでさよならなんて認めたくないわ」
「そうです。まさにドラマのような展開じゃないですか。ここで引き下がっては女が廃るってもんです」
香里と栞も、語気強く言う。
勝手に助けて、勝手に去って。
そんな話を簡単に受け入れることなど、彼女達にはできるものではなかった。
「みんな、友達だから……だから、悪いことしてるなら、止めなきゃいけないって思うから」
「そうね。あっちがどう思ってても、私にとっては、みんなは友達。追いかける理由には充分だと思うわ」
繭と真希も、決意を秘めた眼差しで答える。
彼らはみな、大切な友人なのだ。
そんな友人達が賞金首だ、と言われて、大人しく引き下がることなんてできない。
だからこそ、止めたいと、そう思った。
「……だな。オレ達だって、黙って引き下がっちゃいられないさ」
「おうよ! 俺だってそうだ。黙ってなんかいられるかよ」
北川も住井も、何やら燃えている。
祐一達が賞金首であることには、確かに驚いた。
だが、だからと言って、それで、はいさようなら、などできるわけもない。
熱血タイプの、そして友情に厚い彼らだけに。
「……オレは、あいつらを止めたい。あいつらに、これ以上犯罪行為なんてさせたくない」
「……わたしも、浩平と同じ気持ちだよ。悪いことなんて、してほしくないもん」
浩平と瑞佳は、どこか悲痛な表情でさえあったが、その目は、強い輝きを帯びていた。
決意だけでなく、悲しみさえも感じられる、そんな言葉。
けれど、意志は固い。
大切な人達だから……だから、止めたい。
この想いに、偽りはない。
「そうですか……」
秋子は、全員の顔を見回す。
場の面々の視線は、秋子にまっすぐ注がれている。
まだどこか重々しい、けれど沈んでいた先程よりは若干軽いな空気が、部屋を満たしていた。
次の言葉を待っていると、さほど時間をおかずに、秋子が決心したように一つ頷く。
場の誰もが息を呑む。
「あなた達の覚悟はわかりました」
その言葉に表情を変えるよりも先に。
「けれど……」
秋子の言葉が付け加えられる。
それは、否定の言葉。
前述の言葉を、否定する、言葉。
「それを許可するわけには、いきません」
厳然と。
現在の気候よりなお冷たいとさえ思える声音で。
秋子は、全員に告げた。
“祐一達を追いかけることは許さない”
その、残酷とも言える言葉を。
場を凍てつかせるに足る、言葉を。
続く
後書き
あぁ、あと一話で序章の改訂作業も終了。
長い道のりだったなぁ、と振り返るのもいいけれど、所詮はまだまだ一合目。
振り返るのは、あくまでも改訂が全部終わってからにした方が良さげですね。
しかしまぁ、何とかせにゃならんと思っちゃいるけど、改訂作業ってなかなか手が進まなかったりします。
多分やったことのある方なら同じ感想を抱くと思いますけど。
……ダメージ大きいです、ぶっちゃけ。
何話くらいまでいけば、あまり手を加えずに済むのでせうか?(汗)