一際大きい羽ばたきと共に、祐一達を乗せた竜が、着地の体勢に入る。
雄大と言ってもいいほどの巨体が、ゆっくりと大地へと近づいてゆく。
その大きな翼が起こす風で、大地さえも震動しているかのようだ。
祐一達が今いるのは、学園から百キロ以上離れた山中。
ここは、そんな位置にひっそりとそびえる大きな洋館の庭にあたる部分だが、庭と言うより、広場と言った方が適切ではないか、と思うほどにその敷地は広く、また所々に大きな木が点在していた。
そんな木々の合間を縫うようにして、竜がその巨体を下ろす。
かなりの振動と騒音だが、周囲に人はいないらしく、誰も気にした様子さえ見られない。
「お疲れ様でした、到着です」
にこにこと笑いながら言う佐祐理。
その佐祐理の声を受ける格好で、全員が竜の背から降りる準備をする。
「よっと」
真っ先に祐一が地面に飛び降りる。
十人が乗れるほどの巨体であるが故に、竜の背中と地面の距離は、それなりに高かった。
もっとも、それが苦になろうはずもないのだが。
「んー……」
降り立ってすぐに、一つ伸びをする祐一。
見ると、全員が同じように、体をほぐしている。
「お疲れ様、ジェネラス」
佐祐理は、ねぎらうように竜の首筋を撫でている。
竜の表情はわからないが、どことなく嬉しそうな気配が感じられる。
「あ、その竜の名前ってジェネラスなんだ」
祐一が竜を見ながら聞く。
感心したような驚いているような、そんな声。
「はい、そうなんですよ。かっこいいですよね」
ねー、舞、と言いながら、笑顔で同意を求める佐祐理。
「……うん、かっこいい」
舞は、いつも通り表情をあまり変えない。
それでも、声には確かに感嘆の様子が窺えた。
「で、世話はどうするんだ?」
「あ、食事の用意だけでいいと思いますので、食糧調達だけで充分ですよ。ここ、敷地も広いですから」
祐一の、至極当然と思える疑問に対して、佐祐理は何でもないように答える。
すなわち、食事以外に気にする必要はない、と。
「何食うの?」
「何でもって言ってますけど……」
「うーん……じゃあ、野生の獣か魔獣か、あるいは、牛を丸ごと買ってくるとか」
「そうですねー」
祐一と佐祐理が、ああだこうだと話し合っているのを見かねたのか、美汐が近づいてきた。
それに気付き振り返った二人に対し、表情を変えずに、美汐は淡々と告げる。
「その辺りのことは、落ち着いてから、今後の方針と一緒に考えればよろしいのでは? とりあえず家に入りましょう」
「ん、そうだな」
「はい。あ、そう言えば、雪見さん、買い物はしてましたよね?」
美汐の言葉に素直に頷く二人。
と、佐祐理が雪見の方を見ながら、質問をする。
「えぇ、大丈夫よ。じゃあ行きましょうか」
頷いて答えた雪見のその言葉を合図に、全員が家の玄関へと歩き始めた。
何せ敷地が広い。
正門から玄関までの部分だけでも、その広さは学校の運動場にも匹敵する。
また、遠くに見える家も相当に大きい。
水瀬寮に負けず劣らずの規模だった。
さすがに、玄関を入ってすぐに噴水があったりはしないのだが。
少し大きな音と共に、玄関の扉が開け放たれる。
そんなことからも、しばらくの間、家が空けられていたことが推察できる。
ともあれ、玄関の扉が開かれたわけだが。
「ただいまー」
「おかえりー」
「おう、詩子もおかえりー」
「うん、ただいまー」
祐一が扉を開けた瞬間に、さっとドアの内側に滑り込んだ詩子。
それを見て即興のホームドラマを演じる祐一。
息はぴったりだった。
「で、舞も佐祐理も雪見もみさきも茜も留美も美汐も澪も、おかえり」
「うんうん、おかえりー」
そのホームドラマは、出演者の数を一気に五倍にする。
突然振られた『おかえり』の言葉に、全員が苦笑交じりの微笑みを浮かべる。
そして、全員の口から紡がれる、『ただいま』という言葉。
そこにあるのは、確かな喜び。
そんな些細なことも楽しめるほどの親しさ。
そう、ここは紛れもなく、全員の“家”なのだ。
「うん、水瀬寮も悪くなかったけど、やっぱり自分の家が一番だな」
「何? 旅行から帰ってきたみたいな言い方ね……って、祐一からしてみれば、一ヶ月の旅行とも言えるんだから、しょうがないか」
「そうだなー……雪見達は三年近く、茜達は二年近くもここを離れてたんだよな」
「そんな顔しないの。わたし達も納得の上でやったことだし、そもそも必要なことだったんじゃない」
少し申し訳なさそうな顔をする祐一に、雪見が軽くたしなめるような、からかうような口調で言った。
「そうですよ、祐一。学園生活は学園生活で楽しかったですし……」
「そうそう、気にしない気にしない」
さらに続いた茜と詩子の言葉で、祐一も表情を崩した。
「そっか。さて、じゃ、まず荷物片付けて、部屋の掃除だな」
「そうね、色々荷物持ってったから……あー、大変そう」
『頑張るの』
留美と澪の言葉に小さな笑いが起こったのも束の間、それからすぐに、雪見に荷物を出してもらい、各自部屋の片付けに取り掛かることにした。
と、各々の部屋に向かう直前に、祐一が皆を呼び止める。
「あ、一時間後には必ずリビングに来てくれよ」
「……どうして?」
その祐一の言葉に、舞が首を傾げる。
時間制限をつける理由に見当がつかないのだ。
そんな舞の疑問に対し、祐一はすぐに答えを返す。
「あの人に連絡がついたんだよ。で、今から二時間後に会いに来るって」
「あの人って?」
「あ、流離いの錬金術師さんですね」
舞は疑問を顔に出したままだったが、その隣にいる佐祐理は、パンと手を鳴らして、笑顔で言った。
それに対して、頷いてみせる祐一。
「そ。だから、全員集合しとかなきゃ失礼だろ? 飯も食わなきゃなんないし、だから一時間後には集合しててくれ」
「……正論ですね」
「うんうん、真琴さん、うるさいからね、そういうところ」
『そんな言い方も、真琴お姉さんに失礼な気がするの』
流離いの錬金術師……伝説のハンターとして知られる女性で、本名は沢渡真琴。
日本が誇る最強の能力者……と言われているが、当人は全くそんなことを気にしていない。
とにかく、気楽に気ままにのんびりと、をモットーに生きている自由人。
S級賞金首を撃退した唯一の民間人であり、保護機関に十二使徒入りを打診されるも、面倒臭いという理由で突っぱねる。
一歩間違えれば保護機関を敵に回すような行為……常人ならできないことだが、彼女は平然とやってのけた。
その事実が、そんなことを可能にするだけの実力を兼ね備えている、ということを、何より如実に示している。
「まぁ、とにかくそういうことだから、忘れないようにな」
「……祐一の方が心配です」
話を終わらせようとする祐一に対し、待ったをかける茜。
半眼で見られているせいか、祐一が、うっと詰まる。
「な、何がだね?」
「今まで待ち合わせの時間に遅刻したこと、何回ありましたっけ?」
「そ、それは……」
茜の言葉に対し、二の句を告げない祐一。
実は祐一は、割と時間にルーズだったりする。
まぁ、重要度の高いものが絡んでいる時は、そうでもないのだが。
けれど、例えば買い物に出かけて、そこで各自自由行動をとった時。
あるいは、食事をとる時。
祐一が遅れてくることは、割と多かったりする。
ぼーっとしていたり、単に忘れていたり。
理由は色々とあるが、とにかく、親しい人間が来る時間となると、忘れる危険性はやはり無視できない。
「茜も、朝食の時間とか、大抵遅れてきてるけどね」
「う……」
隣からの留美の指摘に、今度は茜の言葉が詰まる。
茜は、名雪ほどではないにしろ、朝が弱い。
家ではいつも、詩子が起こしに行くまで夢の中にいるくらいだ。
さらに言えば、それに加えて寝起きが非常に悪い。
起こしてから数分は、ぼーっと、何をするでもなくベッドに佇んでいるのも、もはや習慣だったりする。
「ま、まぁ、こんな時間に眠れるわけもないし、大丈夫でしょ」
雪見の取り繕うかのような発言で、とりあえず話はそこで終了する。
見れば、皆が苦笑を隠せずにいた。
あるいは、これからまた始まる日常に、想いを馳せているのかもしれない。
どうあれ、彼らにとって、それは楽しい時間なのだろう。
「おなか……」
「我慢しなさい、せめて片付けが終わるまでは」
みさきの弱弱しい言葉は、けれど、いつも通り雪見によって封殺される。
その光景に、再び笑いが起こった。
これも、彼らの日常。
神へと至る道
第22話 現実の始まり
所変わって、水瀬寮。
「どうして?! お母さん?!」
突然立ち上がった名雪の声は、かなり強い調子を持っていた。
秋子の発言に明確な拒否を見て、とても平静ではいられなくなったのだろう。
「確かに、あなた達が決めたのなら、わたしも了承してあげたいです……ですが」
そこで言葉を濁す。
何かを言いにくそうにしている秋子を見て、香里が、はっきりと聞いた。
「あたし達が“能力者じゃないから”、ですね?」
「……そうです。祐一さんの言っていたとおり、あなた達は、まだ能力者じゃないんです」
「どういうこと? わかんないよ……何でなの? わたし達だって、今までずっと頑張ってきたし……」
祐一がそう言っていたのは、この場にいる全員が覚えている。
だが、それは自分達を諦めさせる方便だったのではないか、と思っていたのだ。
学園で行われる能力者の授業もずっと受けているし、自身の能力だって開花している。
また、武闘会でも八強に残ったのだ。
これでもなお自分が能力者でないなど、認められるはずがなかった。
「能力者の定義。覚えていますか?」
「え……?」
静かに発せられた秋子の問いに、全員が言葉に詰まる……いや、香里だけは、表情を変えていなかった。
それはなぜか?
答えは簡単。
名雪達と違い、あの時の祐一の発言の真意を見抜いていたからだ。
それ故に、秋子の発言の真意もまた、彼女は見抜くことができたのだ。
「香里さん」
「“生命エネルギーを自在に操り、様々な効力を得ることができる者”、ですね」
秋子の問いかけに、正解でもって答える香里。
それに対して頷く秋子。
だが、他の面々は、まだ両者の意図を掴みきれていないらしい。
「それが……何なの?」
「大事なのは、その前半部分。“生命エネルギーを自在に操る”というところ。そうですよね?」
「そうです。誤解されがちですが、能力者とは、能力を使える者のことではありません」
香里と秋子の説明に、名雪達は、余計に疑問を深めたような顔をする。
表情だけでなく、それを言葉にして、二人に問いかける名雪。
「どういうこと?」
「能力を使えるだけでは意味がないのよ。例えば、実戦において、常日頃から能力に頼った戦い方をしてると、どうなると思う?」
「え……?」
「能力というのは、万能ではないの。長所があるのと同様に、必ず短所もあるわ。能力に頼っているだけでは、すぐにその弱点を見破られ、死に至ることでしょう」
能力は、使い方を誤らなければ、確かに強大な力となり得る。
だが、その能力に頼りすぎるとどうなるか?
弱点のない能力はない。
すなわち、絶対に攻略できない能力など存在しないのだ。
そうである以上、実戦においては、誰もが相手の能力を、そしてその弱点を見抜こうとするのが自然の理。
いつ戦闘になるかわからない。
どこに敵がいるかわからない。
誰が敵になるかわからない。
それが、ハンター達の生きる場。
されば、いつ、どこで、誰が、自分の力を分析しているかわからないのだ。
そんな世界で生きていこうとするならば、知らなければならない。
能力の使い方を。
能力者とは何かを。
「能力と能力者のあり方についてわかりやすく説明するなら、トランプの大富豪を例にとるのがいいかしらね」
「? どういうこと? お母さん」
「能力はジョーカー。能力者がプレイヤーって考えてみて」
「?」
焦りが見える名雪に、秋子は優しく諭すように語りかける。
いや、名雪だけでなく、その場にいる全員に、であろう。
「例えば、ゲーム開始早々に、何も考えずにジョーカーを使う人っている?」
「それはいないと思う。だって勿体ないし」
これは当然のことだろう。
自身の持ち札の中で最も強いカード。
それを粗末に使うなど、勝つ気がないとしか思えない。
そしてそれは能力にしても同じだ。
何も考えずに使ってはいけない、という点で、両者は共通している。
「これと同じことよ。そして忘れてはいけないことが一つ。大富豪において、ジョーカーは最強のカード。でも、それがある人が勝つとは限らないでしょう?」
「うん」
最強のカードを持っていても、それが即、勝利に結びつくとは限らない……これも当たり前のことだ。
一回のターンで勝敗が決するわけではないのだから。
「いくらジョーカーを持っていても、むやみやたらと考えなしに使うだけで勝てるほど、ゲームは甘くないわ」
「そうだね、ジョーカー持ってるだけで勝てるんなら、ゲームじゃないもん」
「そうよ。そして、それが能力との共通点。能力を使えば常に勝てるほど、戦闘というものは甘くないということ」
「あ……!」
つまりはそういうこと。
確かに能力は素晴らしい効果を与えてくれることが多い。
けれど、それがすぐに勝利に繋がるわけではないのだ。
戦闘において能力を使用することとは、一回のターンにおいてジョーカーを出すことに近しい。
それで全てが決するわけではないのだ。
そのターンは優勢に進められても、次のターンはどうなるか?
そもそも前のターンはどうだったのか?
戦闘は、たった一ターンで終了するようなものではない。
ましてや、相手も能力者……つまり、ジョーカーを持っている、と考えなければならないのだ。
そんな状況でありながら、ほいほいと軽々しく能力を使うなど、間が抜けていると言われても仕方がない。
「さて、じゃあもう一つ。大富豪の勝利条件は?」
「え? 自分の持ち札を全部失くすことだよね」
「えぇ、そうよ。わかる? 勝利条件に“ジョーカー”の存在は必要ないの。極論を言えば、ジョーカーなしでも大富豪はできるでしょう?」
「うん」
「それも忘れてはならないこと。能力者だからって、能力を使わなければならないわけじゃないわ。あくまでも、能力というものは、能力者にとって切り札の一つに過ぎないのよ」
「あ……そっか。大富豪で一番大事なのは、ジョーカーの存在じゃなくて、カードの切り方だもんね」
「そう。戦いにおいてもっとも重要なのが、その駆け引き」
これも忘れてはいけないことである。
戦うのはあくまでも人間。
重要なのは、能力のあるなしではない。
戦闘において能力がなければ勝てないなど、大富豪でジョーカーを最初から持っていなければ勝てない、というようなもの。
そんな泣き言を言っても、誰にも相手はされまい。
大切なことは、自分の手札をしっかりと認識し、自身の現状で最良と思われるカードを切ること。
その際の思考力と判断力こそが、能力者に一番求められるものなのだ。
ジョーカーはあくまでもジョーカー。
切り札であるべきものなのに、それを当てにした戦いしかできないようでは、能力者を名乗ることなど許されるはずもない。
ジョーカーも含めた全てのカードを、どのように切っていくか、しっかりと考えること……これが重要なのだから。
「……じゃあ、能力は使っちゃダメなの?」
名雪が眉根を寄せる。
いつもほんわかとしたムードを漂わせている彼女にとって、最大級の困惑の表現なのだろう。
それでも、ずいぶんのんびりとした空気しか感じられないのだが。
「あのねぇ、名雪。秋子さんの話をちゃんと聞いてたの? 何でトランプのジョーカーなんて言い方をしたと思ってるの?」
「え? どういうこと? 香里」
「大富豪で、ジョーカーって使っちゃいけないカードなの?」
「そんなわけないよ」
「そうでしょ? それと同じ。要は、使う時を考えなさいってこと」
「そのとおりです。大切なことは、能力を使わないことじゃなくて、使うべき時を見極めること」
大富豪において、ジョーカーは最強のカード。
その最強のカードも、使わなければただのカードだ。
積極的に使えというのではない。
要するに、使い時を誤るな、ということである。
能力を最大限に活かす状況を見出す、あるいは創り出すこと……これが、最も大事なことなのだ。
「よくわかんないよ……」
「……例えば、名雪なら、大富豪をしていてジョーカーを持ってたとして、どんな時に使う?」
「えっと、やっぱり、他の人が上がりそうな時とか、自分の勝利を確実にする時とか……」
「そうでしょ? それと同じよ。戦闘でも、使う時はよく考えなくちゃならないの。使うべき時でないなら絶対に使わない。でも、使うべき時ならば躊躇せず使う。これが大事なの」
そうですよね? と視線で聞いてくる香里に、秋子は静かに頷きを返した。
「自分達の戦い方を思い返してみればわかりますよ、どれだけ能力に頼っていたのか、が」
言われて、全員が自身の過去を振り返る。
そして、全員が悟る……秋子の言うとおり、自分達は、まず能力ありきの戦い方しかしていなかったことが。
「香里さんくらいでしょうか。能力に依存していなかったのは」
「誇れはしませんけど。相沢君達には到底及ばないんですから」
「……そうですね。祐一さん達は、紛れもなく能力者でした」
名雪達は、自分の能力にばかり目がいってしまっていた。
それに対し、祐一達はどうだったか。
「そうなの?」
「あのねぇ……あの時の彼らのエネルギーを見たでしょ?」
祐一が発していた、ナンバー7と呼ばれた男のエネルギーに負けず劣らず強力なエネルギー。
その強さは、まさに戦慄すべきものだった。
「でも、祐一とかも能力がバレちゃってるよ?」
「そうよ。茜とか詩子の能力もわかったわよ」
確かに名雪と真琴の言うとおりだ。
彼らの能力についての情報も、あの時得ることができた。
祐一の能力は、どんなケガでも病気でも治せること。
茜は、蒼い鞭のような武器を創り出す。
詩子は、布でエネルギーをかき消した。
だが……
「えぇ、そうね。でも、それで弱点とか対処法はわかった?」
「え、えっと……」
確かに能力の片鱗は見えた。
けれど、それが勝利に結びつくかどうかは別問題である。
祐一はケガを治せる。
じゃあ対処法は? と言われても、どうしようもない。
問題は、彼が戦闘において、どのような能力を使うのか、である。
ケガを治せるだけ、と考えて終わるわけにはいかない。
そうである以上、彼に対峙することがあっても、この情報がで有利になることなどないだろう。
茜は、武器を創り出すことができる。
だが、問題は、それに付与されている力である。
タイプMの能力者が創り出した武器には、何かしらの特性が付与されていることが多い。
それがわからないことには、彼女の能力を知ったことにはならない。
詩子の場合、極めて高い防御力を持っていることがわかった。
だが、それはどこまでのものなのか?
何でも防げるのか?
それとも、何か制限があるのか?
それがわかれば、対処法の考えようもあるが、そんなことを彼女が教えてくれるはずもない。
そして、それがわからない以上、ダメージを与えることが不可能だ、とわかっただけということになる。
「わかりますか? 祐一さん達は、バレてもいい部分しか見せていません。いえ、むしろ知られることがプラスになるようなこと、と言った方がいいかもしれませんね」
「どういうこと?」
「生兵法はケガの元って言葉があるでしょ? 中途半端に知ることは、全然知らないよりも性質が悪いことがあるの」
「それって、今日の祐一達の戦い方がそうだったってこと?」
「全部がそうじゃないけど……でも、例えば柚木さんなんかそうね。あの場面で能力を使う必要はなかったもの」
祐一達のエネルギーは強大なものだった。
その障壁が、言っては悪いけれど、久瀬の能力で突破できたとは思えないのだ。
それなのに、わざわざあんなことをした理由……それは、牽制だろう。
並大抵の突破力では、彼らに届くことさえ叶わないのだ、と。
そして、それはそのまま香里達自身にも当てはまること。
能力を知ろうが何をしようが、今の自分達では、どうやっても彼らに勝つことはできないだろう。
いや、ダメージを与える事だって、できるかどうか。
「あ……」
「わかったでしょ? 悔しいけど、これがあたし達と相沢君達の違いね」
「そうですね。あなた達の戦い方は“点”のもの。それに対して、祐一さん達の戦い方は“線”のもの」
目の前のトーナメントしか見えていなかった自分達。
いずれ誰が敵になるかわからないことを念頭に入れ、目の前の戦闘だけではなく、先々のことを見据えて戦う祐一達。
「え……」
「祐一さん達は、能力を自身の手札の一枚として捉え、決してそれに頼っていませんでした。だから、能力者たり得るんです」
「だから、わたし達が、能力者じゃないって……」
「そう。能力に頼るのではなく、能力がなくても戦闘が可能であり、能力を使うべきでない時には決して使わず、けれど、使うべき時には躊躇うことなく使う。これが能力者のとるべき姿勢です」
全員が顔を俯かせる。
秋子の言葉は、耳に痛かった。
確かに、祐一達は能力に頼らずとも戦っていけるだろう。
あの、タイプPかと思わせるほどのエネルギーの高まりを見れば明らかだ。
それこそが、能力者の定義である、“生命エネルギーを自在に操る”ということなのだろう。
結局、能力に頼らないためには、タイプPのように、純粋に自身の強さを高めなければならないのだから。
そのためには、莫大な量の生命エネルギーをコントロールする術を身につけなければならない。
タイプPでもないのに、あそこまでの高みに到達するのに、一体どれほどのトレーニングを積んできたのだろうか?
エネルギーの質や量を高め、それを自身の意思でコントロールできるようになるには、地道に基礎修行を繰り返すしかないのだ。
自分達は、それをどれだけやってきただろうか? そう名雪達は自問自答する。
が、やってきた、などと言えはしない。
能力の発動速度や精度にばかり気をとられ、基礎を疎かにしていた。
どうやって能力を相手に当てるかしか考えていなかった自身の姿勢を振り返り、思わずため息が出てしまう。
能力を発動しさえすれば勝てる……そんな風に、安易な考えを持っていたことを、深く反省する。
文字どおり、自分達と祐一達の間に、大きな壁が立ち塞がっていることを、誰もが実感していた。
「……じゃあ、わたし達は、祐一達を追いかけられないの?」
名雪が泣きそうな声になっている。
そんな名雪に対し、秋子が少し表情を緩めながら話す。
「えぇ、今は」
「……今?」
「そうよ、名雪。それに皆さんも。これから三ヶ月……死に物狂いでトレーニングに取り組む覚悟はありますか?」
その秋子の言葉で、全員の目に光が戻った。
秋子の発言はつまり、可能性の提示。
難しい。
でも、不可能ではない。
それを聞いて、否定の返事など、できるはずもなかった。
全員の返答を聞き、秋子は満足そうな表情になる。
「特別講師を頼んでますから、本当に厳しいですよ?」
「誰なんですか?」
香里は、興味津々といった表情だ。
いや、むしろ楽しみにしているというところだろうか。
栞を治すことができて、目標がなくなるかと思っていたところに、わざわざ現れてくれたのだ……とてつもなく大きな目標が。
燃えないはずがなかった。
「沢渡真琴さんよ」
「真琴さん? それって、真琴お姉さんのこと?」
「あぅー……真琴はあたしよぅ」
「あなたじゃないわよ」
秋子が、苦笑しながら真琴の頭を撫でる。
真琴はくすぐったそうに、どこか嬉しそうに、その手を受け入れている。
「昔この近辺に住んでいた人で、過去の武闘会の優勝者でもあるのよ」
その秋子の言葉に、全員が色めき立つ。
武闘会の優勝者は、皆名の知られるハンターとなる、という話。
学校で聞いたその話のとおりなら、その人物も相当の実力者ということになる。
そんな人に三ヶ月間師事できるなど、夢のような話だ。
「皆さん、頑張ってくださいね」
そんな秋子の言葉に、全員の言葉が一致する。
遠い目標だけれど。
迷惑かもしれないけれど。
それでも。
黙って別れを受け入れることなんてできないから。
大切な、友人だから。
いつか会う日のために、今は頑張ろう。
そう、思った。
三ヶ月……つまり五月になるまで、春になるまで、名雪達は祐一達を追うことはできない。
でも、可能性があるから、だから、きっと頑張ることができる。
待つだけの辛さを味わうことはないのだから。
そして、舞台は移る。
激動と騒乱の、ドラマの舞台へと。
〜The way to God 〜
The curtain is opened
But all actors don't appear on this stage yet
続く
後書き
ふぅ、やっと序章が完了。
でもまだ半分にも行ってない(泣)
これから過去編の改訂もしなきゃいけないしなぁ。
さて、もう一踏ん張りしますか。
ってことで、設定2と合わせて公開していきますので、しばしお待ちを。
それでは。