神へと至る道



第26話  不穏な招待状















「面白いメール……ですか?」

笑みを浮かべる祐一を見て、美汐が小首を傾げる。
それを見て、祐一は表情を変えないまま、言葉を続けた。

「あぁ、情報屋を介して、な」

祐一がそう言うと、美汐のみならず、その他の者達の表情にも、理解の色が広がっていく。
情報屋という単語には、それだけの意味がこめられていた。





情報屋とは、文字通り、情報を売ることを生業とする者達のことである。
この世界において、ハンターにしろ、賞金首にしろ、情報の収集は、死活問題に関わる事柄だ。
それ故、情報を金で取引することなど、日常茶飯事。
なればこそ、それを商売とする者の出現は、自然の理である。

彼らは、客を選り好みしない。
たとえ相手が悪人であろうと善人であろうと、相応の金を払うのであれば、彼らが情報を売ることを拒否する理由はない。
もちろん、金が積まれれば、逆に、誰にも情報を流さないようにすることも厭わない。
それが故に、情報屋と関係を持たない組織は存在し得ないとも言える。





「では、例の件ですか?」

情報屋と神器。
その二つの単語から、何かに思い至ったのだろう。
佐祐理が、人差し指を口元に当てながら祐一に尋ねる。
対する祐一は、頷いて返す。

「あぁ。“白銀”だ」
「“白銀の三神器”だよね、交渉が成立したのかな?」

祐一の発言を聞いて、みさきが食べる手を一旦止めて、笑顔で聞く。
どうやら彼女は、事態をかなり楽観的に捉えているらしい。
だが……

「……それだったら、『危険な』、などという言葉は使わないでしょう」

手を合わせ、「ご馳走様」と言ってから、茜が、自分の意見を口にする。
その表情は至福……どうやら、久しぶりに好物を堪能できたことで、今、相当に機嫌がいいらしい。



彼女が、はっきりそれとわかる笑みを浮かべることは、実はそれほど多くない。
笑うことがあったとしても、それは微笑み止まり。

とは言っても、その微笑みも千差万別……微かな表情の違いに、多くの感情表現が隠されている。
もっとも、それをちゃんと認識できるのは、幻想団のメンバーくらいだったりするのだが。



ともあれ、茜のその発言に反応したのは、留美と澪。

「そうね……どういうことなの? 祐一」
『はっきり言ってほしいの』

眉を寄せつつ、祐一に詳しい話を求める二人。
留美に至っては、首を捻るようにして、疑問を面に出している。

「面白いって言うんだから、手に入りそうではあるんでしょ?」

詩子が、「ね?」と聞きつつ、祐一に同意を求めた。
そんな詩子の言葉に対して、祐一の表情は若干渋いものに変わる。

「まぁ一応な。ただ、一筋縄ではいきそうにないんだよ、これが」
「……前は、簡単にいきそうだ、とか言ってた」
「前は、な」
「何か状況が変わったってことかしら?」

舞の言葉に口を濁す祐一。
そんな様子を見て、雪見は、ある程度の察しがついたらしい。

彼女は、“白銀の三神器”を自分達が手に入れるのは、時間の問題だと考えていた。
そしてそれは祐一も同じ。
だが、それがここにきて、一筋縄でいかなくなってしまったとすれば、原因として考えられることは、ただ一つ。










“白銀の三神器”……世界的に名を知られる富豪の一族、『アルハース家』が、家宝として所有している神器の別称である。

 内訳は、シルヴァーチャーム、シルヴァーパトリアーク、シルヴァービュレットデイ、の三つ。
 家宝とは言うものの、そもそも『アルハース家』の歴史は極めて浅く、現頭首が一代で財を成し、のし上がり、現在に至っている。
 『アルハース家』の名が、本格的に知られるようになったのは、ほんの十五年前のこと。
 それまでは、さほど大きくもない会社を経営する一族に過ぎなかった。

 だが、“とある事件”で一躍脚光を浴びることになり、それが彼らにとって望ましい方向に作用した結果、僅か数年で、世界的に名を知られるほどの存在になったのだ。
 その事件のために、良くも悪しくも、『アルハース家』は、人々の記憶に刻まれていた。
 ちなみに“白銀の三神器” は、その事件の最中に手に入れたものであるため、家宝となっている。





「あぁ。何でも、現頭首が急死したらしい」
「……?」

雪見の予測したとおりの答えを口にする祐一。
けれど、雪見と美汐以外の面々は、まだそこまで思考が回っていないのか、疑問を顔に表するのみ。
祐一は、さらに説明を続ける。

「いや、そいつには持病があったんだけど、それが悪化してってことらしくてな……」
「……あぁ、そう言えば、持病を治すことと神器の取引を持ちかけてたんでしたっけ」

疑問顔だった茜の顔にも、理解の色が広がる。
だが、それは一瞬のこと。
次の瞬間には、再び疑問を面に出す。

「待ってください。死んでしまっては、取引も何もないのでは? それで、一体どうやって神器を手に入れるつもりですか?」





『アルハース家』の頭首が、持病持ちであることを知る者は、決して少なくなかった。
結果、神器の所有と共に、その情報は、祐一達の耳に届くこととなった。
当然、祐一がそれを聞いて、黙っているはずがない。
祐一達は即座に彼に連絡をとった……取引をしよう、と。

祐一達は、神器を手に入れることを、至上の命題としている。
結果、最悪、手段を選ばないこともある。
だが、常に力に訴える手段をとるわけではない。

できることならば、どこにも危害を加えたくないし、不必要な攻撃行為は避けたいのだ。
それが、罪のない人間であるならば、なおさらである。

彼らは皆、痛みを知っている。
苦しみを、悲しみを、知っている。

ならばこそ、無意味に人を傷つけることなど、できるはずがない。
できる限り一般人と関わろうとしないのも、それが理由だ。



人は、痛みを知れば、人に優しくなれると言う。
もちろん、例外はある。

騙された者が、人を騙す。
傷つけられた者が、人を傷つける。

これは歴史も証明しているし、ある意味日常的に、世界の各地で行われていることとも言える。
そしてそれは、決してなくなることはない。

だが、祐一達は、前者だった。
自分達が受けた苦しみを、悲しみを、痛みを、人に与えたくはなかった。

だからこそ、神器の所在が明らかになった時、基本的には相手に取引を持ちかけ、交渉により入手するため、最善を尽くしてきた。
金を望むならば、望みの額を用意し、祐一の能力を望むならば、喜んで行使し。
それ故に、今まで、武力に訴えて手に入れたことは、先の学園でのものを含めても、僅かに二回。

そして、今回も、交渉をしていたわけだが……





「そうですね。そもそも、なぜ、これまで取引に応じようとしなかったんでしょう?」

美汐が聞く。
それはもっともな疑問だ。
対して、祐一は少なからず憮然とした表情で、その答えを口にする。

「んー……どうも、その持病を甘く見ていたらしくてな。神器と交換するほどでもないって、取り付く島もなし」



祐一の答えを聞いて、美汐が納得の表情を見せる。
つまり、死病でもないのに、仮にも家宝と謳っているものを、取引材料にしたくはなかったのだろう。
確かに、死が間近に迫っているならいざ知らず、死が明確なビジョンを持ってもいない状態では、いくら治せると言われても、条件次第、ということになるのも当然かもしれない。

死の淵に立たされているならば、何を投げ打ってでも助かろうとするだろう。
だが、そうでなければ、人の心にはどうしても打算が働いてしまう。
それが、一代で財を成したような商家の人間ならば、なおさらだ。

まぁ、死んでしまった、という結果を見る限りには、その判断が間違っていた、ということになるのだが。
商売の判断は的確でも、自分の体調については、的確な判断を下せなかったのだろうか?



「なるほど……」
「だから、時が経てば考えも変わるかな、と思って、後回しにしてたんだが……」

祐一がそこで言葉を濁す。
見れば、軽く唇を噛んでいる。
彼に非は無いのだが、判断をしくじった、とでも考えているのかもしれない。

「まぁ、終わったことを気にしても仕方がないわ。それで、肝心の話の内容って何なの?」

雪見が、先を促すように、慰めるかのように、祐一に声をかける。
言葉は簡潔でも、どこか優しい声音に、祐一の表情も和らぐ。

「そうだな。で、話なんだが……またこれがややこしくってな」
「……なるほど。そういうことですか」

なおも言葉の歯切れが悪い祐一。
その祐一に皆まで言わせずに、しかし美汐は納得の表情で頷く。
話の先まで、既に想像がついているようだ。

彼女は、このように、話の先を読むのが得意である。
得意というよりも、それを楽しんでいる、というべきかもしれないが。
一を聞いて十を知る、という言葉を体現することにかけては、彼女の右に出る者はいない。

そんなわけで、今回も、祐一の言葉から、大方の予想がついたらしい。
疑問顔のメンバー達に対し、美汐の表情は涼しげですらある。
と言って、別に優越感に浸っているわけではない。
達成感というか満足感というか……そういったものを感じている様子だ。





『美汐さん、教えてほしいの』

澪が、美汐に向かって、首を傾げながら催促する。
二人だけしか理解できていないというのは、やはり気持ちのいいものではないのだろう。
彼女の手のスケッチブックが、忙しげに揺れていた。

「『アルハース家』の頭首には、三人の子供がいるそうです。それを踏まえて、今回の頭首の死亡と、私達が神器を入手できるかもしれない危険な可能性を考えれば、そこから導き出されるのは」
「! そっか、家督相続ね」

澪に優しい眼差しを向けながら話す美汐の言葉を遮ったのは、雪見。
美味しいところを取られた形になった美汐は、少し不満そうにしていたが、それもまぁご愛敬だろう。





「そういうこと」
「うーん……よくわかんないよ。美汐ちゃんも雪ちゃんも、二人だけで納得しないでよー」

みさきが眉根を寄せて、非難の声を上げる。
非難の声というには、ずいぶん穏やかでのんびりとしたものではあったが。
ともあれ、置いていかれているのはみさきだけではない。
だからか、同じく想像がついているらしい茜が静かに口を開く。

「……端的に言ってしまえば、家督相続争いに、私達を利用したい、という趣旨だったんですね?」
「あ、なーるほど」

その茜の言葉に、詩子が、ポン、と手を打つ。
そして祐一が、さらに詳しい説明を加える。

「はっきりそう書いてあったわけじゃないけどな。でも、ま、多分そういうことだろ。今回の話は、その三人のうちの一人から持ちかけられたんだから」
「それで、具体的には何て書いてたの?」
「何か、相続権を持つ三人が三人とも、自分以外を蹴落とそうとして、話が進まなかったらしい。んで、それならということで、かなり荒っぽい方法をとることにしたんだとさ」
「荒っぽい方法?」
「詳しいことは、来てくれたら話す、とか」

留美の質問に対して淀みなく答えた祐一に対し、聞いていた他のメンバーは、難しい顔で考え込んでいる。
彼女達の心中に浮かんでいるのは、悪感情に近いものなのだろう。





「……他人の家の、そんな醜い争いには、巻き込まれたくないですけど」
「そだね。どうしたって、ヤな気分になっちゃうと思うし」

家督相続……さしたる財産がないのならばいざ知らず、世界の長者番付に載るほどの財産や権益を巡ってのものとなれば、それも争う人間が複数であるとなれば、それがこじれることは多い。
そこに見えるのは、醜く汚い、人間の欲望の縮小図。
もちろん、スムーズにいく場合もあり得るだろう。
だが、今回のケースでは、そうではなさそうだ。
少なくとも、『荒っぽい方法』とやらを取ろうというのだから。



「……でも、神器は必要」
「そうですね。どうあれ、神器を手に入れるチャンスなわけですから」

舞の言葉に、少し悲しげな表情の佐祐理が続く。
自分達の目的と、自分達の感情。
天秤にかければ、どちらが重いかは、わかりきっていることだ。



その言葉を受けて、美汐が最終確認をとるために口を開く。

「それで、どうするのですか?」
「受けるつもりだ。最悪俺一人でも大丈夫だとは思うんだが……何があるかわからないからな」
「心配しないで。祐ちゃんが行くなら、私達だって、ついて行くよ」
「そうよ、祐一。あたし達はチームなんだから」
『頑張るの!』

困ったような祐一の表情を見て、みさきも、留美も、澪も、それぞれの言葉で、祐一に告げる。
一人でやる必要はない、と。
自分達は、チームなのだ、と。
そしてそれは、全員に共通する思い。



「そうね。で、どうするの? 全員で行くの?」

雪見が、代表するかのように聞く。
何人で行くのか? と。
一人では行かせない、と暗に示して。

その意見に対し、当たり前のように受け止める祐一。
それも当然だろう。
彼もまた、チームの一員なのだから。

ともあれ、雪見の問いかけに対し、祐一は少し考える仕草を見せる。
そのまま、思考をまとめようとしているのか、ゆっくりと話し始めた。

「……情報収集とかも必要だし……全員で行くってのは無しだな」
「では、二手に分かれるということですね。どのように分けるのですか?」

祐一の言葉に、特に異論を挟む者はいない。
そして美汐が、肝心な部分について尋ねる。



「とりあえず、みさき、佐祐理は、俺と一緒に来てもらいたいな。二人がいれば、罠の心配もいらないし」
「うん、わかったよ」
「はい、了解です」

祐一の言葉に対して、みさきと佐祐理は、当然のごとく快諾。
元より、彼女達が祐一の頼みを断ることなどないのだが。



「で、美汐は、家で情報収集の方を頼む」
「わかりました。内容は?」
「神器、“アルテマ”、ドミネーター、あと、『アルハース家』について、詳しく調べてくれ」
「『アルハース家』……ですか?」

若干眉をひそめる美汐。
現状、自分達にとって重要なのは、神器の入手のみ。
『アルハース家』が何であろうと、彼らにとってはどうでもいいことのはず。
だから美汐も疑問に思ったのだが、祐一は難しい表情で言葉を続ける。

「あぁ。どうも気になるんだよな……思い過ごしならいいんだけどさ」
「では、“あの事件”についても……?」
「もちろんだ」
「わかりました。連絡はメールでいいですよね?」
「あぁ。連絡してくれるのは、『アルハース家』についてのことだけでいいぞ」
「はい」

微笑を浮かべながら返事をする美汐。
大切な仲間のために自分が役に立てることは、やはり嬉しいことなのだろう。



「それで、私達はどうすればいいの?」
「そうだな。俺達はまず戦闘は避けられないだろうし、かと言って、ここを手薄にするのも拙いし……」

舞の質問を聞いて、祐一が考えに沈む。
どうやら、頭の中で、色々とシミュレートしている様子。
全員の能力や、戦闘スタイル、戦闘思考や、性格なども考慮に入れているのだろう。

「……よし。留美、茜、詩子。俺達と一緒に来てくれ」
「わかったわ」
「わかりました」
「オッケー」

留美も茜も詩子も、特に嫌がる素振りも見せない。
暗い争いに巻き込まれる可能性は高いが、それでも彼女達は躊躇わない。
それはやはり、何よりも優先すべきものがあるからだろう。
それに、一人ならまだしも、仲間が一緒なのだ。
恐れる理由は、どこにもない。

留美、茜、詩子に対して小さく頷いてから、祐一は残る三人に目を向ける。
同じく祐一に目を向ける三人。

「舞、雪見、澪は留守番を頼む。雪見は、美汐のサポート。舞と澪は、ここの護衛と、必要があれば、美汐と雪見の判断に従って行動してくれ」
「……わかった」
「えぇ、任せて」
『しっかり頑張るの〜』

誰一人として、不平を口にする者はいない。
留守番組は、祐一達について行けないことに不満がないわけではないが、それでも祐一の判断に異を唱えるつもりはない。
祐一が、冷静に分析し、下した判断なのだ。
そして何より、この振り分けは、確かに最適と言っていいものだった。





幻想団内で、特に戦闘技能が高いのは、祐一、舞、茜、留美、澪の五人。
また、魔竜が敷地内にいる以上、これも戦力として数えてもいいだろう。
ならば、これは二つに分けるべきである。

また、佐祐理は、戦闘技能こそ上の五人に若干劣るが、芸の多彩さにおいて、彼女の右に出る者はいない。
もちろん、戦闘技能とて、十分に高い。

詩子は、攻撃手段こそ限られるが、その絶対的な防御力は、他の追随を許さない。
防御に特化した能力……その存在の意味は、極めて大きい。

加えて、みさきの能力は、未知の場所、未知の相手に対して、多大な情報を与えてくれる。
あらゆる局面で、彼女の能力は祐一達に有利に働くことだろう。

この三人がいれば、守りは万全と言ってもいい。
結果、祐一は、先のチーム分けを考えるに至った、というわけである。





「それで、向こうに行くのはいつなんですか?」
「ちょうど二週間後の夕方の飛行機で行くことになってる」
「そうですか」

祐一の返答に対して、茜が一つ頷く。
二週間あれば、休息にも準備にも、十分な時間をとれる。
とりあえず、時間に追われるようなことがないだろう。

「ま、そういうわけで、しばらくはのんびりしようぜ」
「そうですね」

同じことを考えていたのか、祐一がそんなことを言い、また全員がそれに笑顔で頷く。
二週間後には旅立たねばならない、とは言え、逆に考えれば、二週間は休むことができる、とも言えるのだから。
もちろん、トレーニングを欠かすことはできないし、準備の時間だって必要だ。
だがそれでも、息抜きの時間には十分だ。










その後も、しばらくの間、今後の予定について話し合い、夕食の時間となる。
今日の担当は、佐祐理。

その確かな味覚に裏打ちされた深い味わいは、全員の舌を唸らせる。
他の面々もレベルは高いのだが、やはり、こと料理においては、彼女が一番だった。

全員が、先程までの話を忘れたかのように、楽しそうに笑いながら、食事を進めていた。
みさきの、美味しいよー、というBGMが響く中、穏やかに夜は更けていった。









 続く












後書き



しかし進行が遅いですね。

でも先へ先へ急ぐだけってのも味がないし……さじ加減が難しい。

しかし今年中にどこまでいけるやら……

こればっかりは予測しきれるものじゃないし。

まぁ、それなりに進めばいいや、なノリでいきますか(笑)