出発日前日の早朝。
祐一達の家の庭先から、何かがぶつかり合うような音が断続的に響く。
朝もやの中、拳を交し合う人影が二つ。
どうやら、祐一と留美のようだ。
徒手空拳による戦闘が基本スタイルである両者は、それぞれトレーニングの相手に最適なのだろう。
まだまだ薄暗いこともあって、周囲には、二人以外に人影はない。
「ふっ……」
「はっ!」
まるで風が吹いているかのように、やや高い音が、二人の小さな掛け声に混じって、静かに響いている。
それはまさに、常人には目に捉えることすらできない攻防。
留美の右拳が祐一の顔面を襲えば、祐一は左手の甲で、これを受け流し。
即座に振り上げられた祐一の右足を、留美が左手でガードし。
それを弾いた勢いのままに留美が左の拳を閃かせれば、祐一の左手による掌打が、叩きつけるように横からその拳の軌道を逸らす。
その回転を利用した祐一の回し蹴りを、留美はスウェーバックにより交わす。
高速で交わされる技と技。
流れるような動き。
両者とも、一歩も譲ることはない。
二人の攻防には、先の学園での一幕のような派手さはなかった。
静かに、穏やかに、エネルギーは展開されている。
大したことのない能力者ならば、そのエネルギー量の少なさを揶揄するかもしれない。
だが、見る者が見れば、その取り組みに感嘆の息を漏らすことだろう。
まず特筆すべきは、そのエネルギーの質。
静かで穏やかなエネルギーの流れの中に、確かな力が感じられる。
静寂の大河を思わせる、緩やかなれど揺らがぬ強さが、そこにはあった。
また、パッと見ただけでは決してわからないが、二人は、攻撃ないし防御の瞬間のみ、エネルギーを高めている。
ただエネルギーの量が多いだけではできない芸当。
ましてや、全身のエネルギーを高めているのではなく、攻撃や防御の部位のみ、ピンポイントで高めているのだ。
全身のエネルギーを高めるだけなら、そこまで難しいことではないが、特定の部位のみに集中させることは、非常に難しい。
それを実現させているだけでも驚嘆に値するが、それを極めて高速で行っていることが、それ以上に驚きだ。
その後、数分間続いたやり取りは、両者が後方に飛び退いたことで、終わりを告げた。
まるで演舞を披露しているかのような、洗練された高速の美しい技のやり取り。
これはある意味では、芸術的とさえ言える。
「ふぅ……」
「はぁ……疲れたぁ」
腰に手を当てて一息つく祐一に対し、ドサッとその場に腰を下ろす留美。
疲労度は、祐一よりも留美の方が高いらしい。
と、そこへ、タオルを腕にかけて、拍手をしながら歩み寄ってくる人影があった。
二人の視線が、しぜんにそちらへ向けられる。
「お疲れ様、二人とも」
歩み寄ってきていたのは、雪見。
それから、二人にタオルを手渡す。
「おう、ありがとな、雪見」
「雪見さん、ありがとう」
それを受け取って、笑顔で礼を言う祐一と留美。
どういたしまして、とこちらも笑顔で返す雪見。
「やっぱり二人とも凄いわね。思わず見とれちゃったわよ」
「んー、そうか?」
「でも、やっぱり祐一には勝てませんけどね」
軽い感じの祐一と違い、留美は、苦笑交じりにそんなことを言った。
それに対し、雪見は小さく頷きながら言葉を返す。
「そうね、エネルギーの量や質は留美の方が上だけど」
「えぇ。でも、それを操る技術が、あたしはまだ祐一には及びませんから」
「そうでもないと思うけどなー……」
二人のやり取りに口を挟む祐一。
この言葉は、決して嫌味でも謙遜でもない。
あくまでも客観的に考えたものだった。
タイプPであるため、力でもって相手をねじ伏せることを得意とする留美。
タイプAであることもあり、力ではなく、技で相手を翻弄することを得意とする祐一。
確かに、単純に比較することに意味はない。
例えば、両者が戦った場合、祐一が勝つ可能性の方が高いことは事実であるが、と言って、留美の勝つ可能性も決して低くはない。
「ご飯できたよー!」
それからしばらくの間、三人が雑談していると、家の方から彼らを呼ぶ声が届く。
見れば、詩子が、いつもの笑顔で三人に手を振っている。
それに手を振り返すと、三人は並んで家へと歩き始める。
遠く、山の稜線から差し込む朝日が、三人を静かに照らし出していた。
神へと至る道
第27話 一時の別れ
「んじゃ、二時間後にここに集合ってことで」
祐一の言葉に、全員が頷く。
その後、それぞれに動き始める。
ここは、いわゆる百貨店。
明日の出立に備えて、必要なものを買出しに来たのだ。
祐一も、皆と別れ、自分のものを買うために、歩を進めるのだが……
「どうやって時間潰すかなー……」
祐一の歩みは、かなり遅いものだった。
理由は、この独り言に集約されている。
女性陣と違い、基本的に彼は、買い物に時間をかけることはない。
まぁ、世の男性諸氏なら理解できることであろうが、一般的に、買い物にかかる時間は、女性の方が長い。
祐一の買うものは、それほど数もなければ、悩むものでもない。
時間にして、ものの十五分もあれば、全てが終わってしまう。
結果、その余った時間の使い道に頭を悩ませている、というわけだ。
「……終わってしまった」
立ち尽くし、ぽつりと呟かれた言葉。
次いでため息。
解散してから二十分後にして、もう用事がなくなってしまった。
どうやって時間を潰したものか、と頭を悩ませる祐一。
「……本屋ででも時間を潰すか」
結局、無難な意見に身を委ねることにした。
確かに、本屋で適当な雑誌を立ち読みでもしていれば、時間を潰すことはできるだろう。
あるいは、買いたくなる本が見つかるかもしれない。
所変わって、本屋にて。
割と真剣に雑誌を立ち読みしている祐一。
何だかんだ言っても、無為に時間を使っているわけではないらしい。
と、その祐一の背後から、そーっと忍び寄る人影一つ。
抜き足差し足忍び足。
ゆっくり静かに一歩ずつ。
そして、もうあと一歩で手が届く、というところで。
「なーにやってんだ? 澪」
祐一が、目線を本に落としたまま、背後に向けて声をかける。
かけられた方はというと、その声を聞き、一瞬息を呑む。
祐一は、少し苦笑しながら本を棚に戻した後、改めてそちらへと体を向ける。
「買い物は終わったのか?」
『ずるいの!』
話しかけながら振り向いた祐一の目に飛び込んできたのは、そんな言葉。
質問に対する答えにしては、いささか不自然ではある。
少し首を傾げる祐一。
「ずるいって何だ?」
『びっくりさせたかったのに、こっちがびっくりさせられたの!』
「それは俺が悪いんじゃないだろ?」
『言い訳なんて男らしくないの!』
「言い訳って言われてもなぁ」
『プンプン、なの!』
可愛らしく頬を膨らませながら、擬音語まで持ち出して文句を言う澪。
祐一を驚かせるつもりが、逆に驚かされたため、若干ご機嫌斜めのようだ。
いずれにしても、その容姿と行動に、微笑ましさを感じずにはいられない祐一。
自然に微笑が浮かんでくる。
そして、そんな祐一を見れば、澪の機嫌もますます急降下。
それを見て、祐一も笑顔の質を少し変える。
すっと澪の頭に手をやり、優しく撫でる。
「悪かったって。機嫌直してくれよ、澪」
『むーっ……』
「ほら、まだ時間あるし、あっちの喫茶店でご馳走してやるからさ」
『よろしい! なの』
一転して笑顔になり、祐一の手を引っ張るようにして、喫茶店へ歩き始める澪。
苦笑しながら、それに続く祐一。
それはまるで、仲の良い兄妹のような構図だった。
そしてきっちり二時間後、全員が集合場所に集まっていた。
それぞれに買い物を終えたからか、誰に顔にも満足そうな表情が浮かんでいる。
「今日は時間に間に合ったわね」
「澪ちゃんのおかげかな?」
そこで祐一にかけられた言葉は、雪見とみさきの軽い皮肉。
集合時間に到着していただけでも、皮肉の材料になるというのはいかがなことか。
「そこまで言うか……?」
少し恨めしげな視線を送る祐一。
けれど、涼しい表情の女性陣。
こういう時に物を言うのは、積み上げられた実績。
どうしたって、祐一の不利は免れない。
だからこそ、祐一もそれ以上文句を言うわけにはいかず、気を取り直して、歩き始めることにする。
「買い忘れとかないよな?」
「大丈夫よ」
百貨店から家までは、電車で一時間以上かかる。
座席に座るでもなく、比較的空いている車内の一角で、ひそひそと話をしている祐一達。
買い物帰りにも関わらず、誰の手にも、荷物一つない。
傍から見れば不自然な光景だが、祐一達にしてみればごく自然なこと。
それもこれも雪見の能力のおかげ……全くもって、本当に便利な能力である。
「結局、明日の何時に出発なんですか?」
始まる話は、自然に明日のことになる。
口火を切ったのは茜。
茜は、飛行機は予約してあると聞いていたが、具体的な時刻については全く聞いていない。
心配しているわけではないけれど、一応聞いておくべきだろう。
「明日の午後六時の飛行機だよ」
「空港までは電車ですか?」
「あぁ。家から空港まで、二時間近くかかるからな。二時半くらいに家を出ようか」
まぁ一時間半もあれば、搭乗手続きも余裕を持って行えるだろう。
そういう意図をもった祐一の言葉。
全員が、それに頷きを返す。
「それで、向こうではどうするの? どこに行くとか誰に会うとか」
次いで留美が口を開く。
発せられた疑問は、これもやはり当然のもの。
祐一も即座に答えを返す。
「あぁ。とりあえず、家に直接行けばいいらしい。有名だしな、道案内はいらないさ」
「ふーん……でも、一体何をすればいいのかしらね?」
祐一の返答に一つ頷いてから、留美がふと呟く。
その疑問は、全員の疑問でもあった。
家督相続争い……それも、泥沼の三つ巴の様相を呈している現状。
どう考えても、すっきり終わるとは思えない。
また、すんなりと決まらなかったからこそ、祐一達に白羽の矢を立てる人間が出てきたのだろう。
またそうである以上、他の二人も同様の行動を起こしている、と考えなければならない。
他にS級の人間が現れない限りには、祐一達が遅れをとることはそうそうないだろう。
だが、楽観視はできない。
S級であろうとなかろうと、能力者が相手の戦闘となれば、警戒して警戒し過ぎることはないのだ。
能力者同士の戦闘には、絶対などないのだから。
「まぁそれも気になるけど、それ以上に引っかかることがあるんだよな」
「ん? なーに?」
留美の疑問に答えるでもなく飛び出した祐一の言葉に、詩子が首を傾げた。
そしてまた、他の面々も祐一の方に向き直る。
その視線に押されるような形で、言葉を続ける祐一。
「いや、何で俺達なんだろうなって思ってな」
「何がおかしいの?」
「俺達を利用しようとする、ということはすなわち、神器を手放さなければならなくなるってこと。これはわかってると思うんだよ」
「それは当たり前」
「だろう? で、ところで“白銀”だが、これはアルハース家の家宝だ」
舞の同意の言葉に頷いて返してから、突然話の矛先を変える祐一。
そこで雪見も同じような疑問の表情に変わった。
祐一の言葉を引き継ぐ形で、彼女はそれを形にする。
「……なるほど。家督相続の争いの中で家宝を手放す、というのは、確かに少し不自然な気がするわね」
家督相続権を争う以上、勝つために様々な手を使う、ということ自体に不自然な点はない。
だが、果たして家宝と引き換えにするというのは、自然と言っていいだろうか?
金で雇える人間は、探せばそれこそいくらでもいる。
アルハース家の財産と言えば、桁から違う。
多少の出費など、それこそ痛くも痒くもないだろう。
だが、神器は違う。
これは代替の効かない代物なのだ。
ましてや、対外的にも“家宝”として公表している“白銀”である。
それを家督相続争いに利用して、結果失うことになる、というのは、正しい選択とは思えない。
家宝を簡単に手放すような家柄……果たして、世間はどう考えるだろうか?
金ならば、失ってもいくらでも回収は可能だ。
それだけの力が、今のアルハース家にはある。
だが、神器はそうはいかない。
一度失ってしまえば、二度とその手に戻ってくることはないだろう。
少なくとも、家督相続争いのどさくさで失っていいようなものではない。
それが証拠に、祐一達に連絡をとってきたのは、三人のうちの一人だけ。
祐一達が神器を欲していることは、三人とも知っているはず。
それ故に、神器を手放しさえすれば、祐一達を味方につけられることは認識しているだろう。
しかし、家督相続の結果、神器を失うことを良しとしないのならば、連絡をとってくるはずもない。
そのとおり、三人のうち二人は、祐一達に取引を持ちかけてくることはなかった。
そして、それが普通である、と祐一は思う。
ものは神器……そう易々と手放すことを選択するのは、やはりどこか不自然な気がするのだ。
と言って、単純に祐一達を騙そうとしている……すなわち、協力させるだけさせて、神器を渡さないと考えている、とも思えなかった。
どうあれ、祐一達はS級賞金首なのだ。
S級の存在を知っているのなら、彼らを悪意をもって利用しようとすればどうなるかについて、想像できないはずがない。
少なくとも、そのリスクの高さは容易に知れることだ。
だが、答えが見つからないとは言え、不審な点が残るのは事実。
となれば、何らかの罠なり嘘なりが、そこにある可能性を否定することはできない。
だからこそ、祐一は考える。
なぜ、自分達にコンタクトをとってきたのか。
なぜ、家督相続のためだけに、家宝を手放そうとするのか。
少なくとも、何か納得できる理由が見つからないことには、その思考を止めることはない。
また、止めるわけにはいかないのだ。
『神器を手放すに足る何か』
それが、必ずあるはずなのだから。
そして、その理由によっては、自分達の方針も変えなければならない。
これが、『九龍幻想団』のリーダーとしての意見である。
誰人にも支配されず、何物にも侵されず。
彼らは、これまでもそうあり続けてきたし、これからもそうあり続ける。
もし、誰かが悪意を持って利用しようとするならば、相応の逆襲は必定。
九龍の逆鱗に触れる者を、彼らは決して許さない。
「そういうことだ。だから、話の裏を考える必要があるだろ?」
「そうですね……まぁ、全てはその“裏”次第ですが」
「うん、そうだね。場合によっては邪魔することになるかもしれないけど……」
「逆に、協力してもいいかもしれないわけだしね」
そう……もしそこに、納得できる理由があるのならば。
話に裏があったとしても、それが理解できるものや共感できるものだとするならば。
祐一達は、協力を惜しまない。
利用されても構わない。
その時は遠慮なく、お互いに利用し合えばいいだけだ。
祐一達は神器のために、依頼人はその目的のために。
彼らの線引きは、どこまでもはっきりしている。
“悪意ある行為”や、“不当にして卑劣なる行為”。
こういった類のことであるならば殲滅するし、そうでなければ気にしない。
単純とも言えるが、それ故に脅威とも言える。
九龍は誰にも懐かない。
誰も操れない。
ただ、自身の信念に従うのみだ。
その信念に反するならば、叩き潰せばいい。
その信念に反しないならば、協力すればいい。
ただそれだけ。
「まぁ、直接会ってみないことには、何もわからないけどな」
祐一が、そんな言葉で話を締める。
注意の喚起以上のことは、今は必要ない、と判断してのことだろう。
「そうですね。とりあえず会ってみて、それから考えるべきです」
佐祐理も、祐一の言葉に続く。
現時点では、考えても答えは出ないのだ。
警戒を忘れさえしなければ、問題はない。
「それと、美汐と雪見の情報だな」
「はい」
「えぇ、任せて」
祐一が言うと、美汐と雪見も笑顔で答える。
真実を知るには、正確な情報が欠かせない。
そして同時に、正確さだけでなく、速度も求められる。
この二人ならば、きっとその期待に応えてくれるはず。
祐一のみならず、他の面々もそう考えていたし、二人にしてもその期待に応えられる自信があった。
そこで話は終了。
あとは、いつも通りの雑談を楽しむのみ。
物事にはメリハリが大事だ。
やるべき時にはしっかりやり、そうでないなら、適当に息抜きも大切である。
「じゃ、あとは頼んだぞ」
「行ってきます」
「行ってきまーす」
「行ってくるね」
「頑張ってきますね」
「行ってくるわね」
次の日の午後二時半。
祐一達は、家の玄関先に集結していた。
ドアを開け、しばしの別れを告げる六人。
「お気をつけて」
「皆、頑張って」
『行ってらっしゃい、なの』
「気をつけてね、皆」
それを見送る四人。
それぞれに、励ましの言葉を告げる。
だが、全員の顔に浮かんでいるのは笑顔。
楽観しているというわけではない。
ただ、自然体を崩さないだけ。
手を軽く振りながら遠ざかっていく六人と、笑顔で見送る四人。
雪見が留守番役のため、六人がそれぞれに荷物を背負っていること以外、特別なことはなかった。
六人の姿が見えなくなるまで見送っていた四人は、その後並んで屋内に戻る。
その途中、舞が何かを注視していることに気付く。
「……あら? 舞、それなぁに?」
舞の視線は、手元にある封書に集中していた。
それは、細長い封筒ではなく、葉書大の大きさの封書。
中に何が入っているのかはわからない。
『手紙なの?』
軽く首を傾げる澪。
澪だけでなく、雪見も美汐も、不思議そうな顔で舞を見ている。
「祐一が、出かける直前に渡してくれた」
「あぁ、そう言えば何か話してましたね」
舞の言葉を聞き、美汐が先程のことを思い出す。
出かける直前に、祐一が舞を呼び出して、何やら話をしていた。
おそらく、その時に手渡されたのだろう。
「それで、祐一は何て言ってたの?」
「それは……」
雪見が問うと、舞は祐一とした話について説明をする。
それを聞いているうちに、全員の表情に疑問の色が浮かぶ。
「ふーん……でも、どうするつもりかしら?」
「そうですね。何か考えがあるんでしょうけど……」
舞の説明が終わると、雪見も美汐も、首を傾げ考え込む。
ふと訪れた沈黙。
『その手紙は?』
沈黙を破ったのは、澪がスケッチブックに文字を連ねる音。
舞の手元の封筒を指差しながら、疑問の意を舞に示す。
「話が終わった後に渡してくれた」
「? なぜ封書にする必要があるんでしょう?」
疑問を顔に出す美汐。
だが、それも無理はない。
わざわざ封書にせずとも、直接渡すなり、あるいは話すなりすればいいのだから。
「祐一が、一通り情報収集が終わってから、開けて読んでくれって」
『? よくわからないの』
さらに疑問の色を深める澪。
どうにも祐一の考えが読めない。
一体何の理由があって、わざわざ封書にしているのだろうか?
なぜ、今開けてはいけないのだろうか?
「まぁ、祐一がそう言うのなら、そうすればいいんじゃない?」
「そうですね。意味はわかりませんが、何か考えがあるのでしょう」
雪見と美汐が、一つため息をついた後、しょうがないな、という表情に変わる。
長い経験から来る言葉。
その顔に浮かぶ微笑からは、絶対の信頼が感じられる。
「うん、わかってる」
舞もまた、微かに笑みを浮かべる。
『私達は、私達の仕事を頑張るの!』
気合を前面に押し出す澪。
疑問が解消されたわけではないが、祐一への信頼がそれに勝った、ということだろうか。
そうこうしているうちに、リビングに辿り着く四人。
家の外には、佐祐理の指示を受けたジェネラスもいるし、よほどのことがない限り、誰かと戦闘するようなこともないだろう。
あとは、澪の言うように、自分達の仕事を遂行するのみだ。
「でも、ちょっと寂しい……」
『ついていきたかったの』
広いリビング。
四人で使うには、いささか広過ぎる。
いつも十人で使っている時には感じることのない寂寥感を覚え、二人はそんな言葉を呟く。
「ふふふ……まぁ、しょうがないでしょ?」
「そうですね。不満がないと言えば嘘になりますが、信頼を裏切るわけにもいきませんよ?」
二人の呟きに、少し苦笑気味の雪見と美汐。
口にするのは、励ますような言葉
まるで妹と姉の会話のように思える。
年齢的に、少し疑問がないわけでもなかったが。
けれど、これもまた個性。
それぞれの魅力。
「頑張る」
『うん、頑張るの』
「そうそう」
「大丈夫、すぐに終わりますよ、この程度のことは」
気を取り直したらしき舞と澪。
そこで、美汐がさらに言葉を続ける。
美汐は、この仕事について、そこまで心配はしていなかった。
確かに、不穏な気配は漂っている。
けれど、六人の能力の高さは折り紙つきだ。
攻撃力の高い祐一と茜と留美
防御力の高い詩子と佐祐理。
補助に優れたみさきと佐祐理。
命の危険は、ほとんどないと言ってもいいだろう。
と言うよりも、こんなところでつまずいていては、先に待つもっと厳しい戦いを切り抜けることなど、できようはずがない。
そしてそれは、六人も重々承知しているはず。
そして、四人は笑顔のまま、自分達の仕事に取り掛かる。
もっとも、実際に仕事があるのは、美汐と雪見の二人だったのだが。
戦闘となれば力を発揮できる舞や澪も、情報収集のような仕事となると、残念ながら出る幕はない。
「……やることがない」
『寂しいの』
二人の言葉が、家に染み入る。
美汐と雪見の苦笑がそこに加わり、結果、そこには平和な光景が展開されることとなった。
続く
後書き
状況説明に終始している気がして、ちょっと微妙。
話の展開上仕方がないとは言え、あんまり楽しい展開じゃないかもしれません。
先々では、もっとややこしい話とかも出てくるんですが。
よくよく考えれば、これって読む人を選ぶ作品だなぁ、とか。
物語を創り出すっていうのは、本当に大変なものですね、はい。