――某国、国際空港にて――
「到着っ」
楽しそうに笑いながら、詩子が空港の出口を抜ける。
とその瞬間、彼女は軽く身を震わせる。
屋内は空調が効いていたため、かなり暖かかったのだが、一歩外に出た途端に、気温の差を体感したのだ。
とは言え、空高く位置する太陽から降り注ぐ光は、もう春のそれだったため、耐えられない寒さとはならない。
そんなわけで、詩子だけでなく続いて出てきた祐一達も、多少身を震わせたものの、すぐにそれに慣れてしまった。
「それで祐一、目的地までどのくらいなんですか?」
茜が、周りを軽く見回しながら尋ねる。
当然と言うか、日本人の姿は少ないため、自分達が目立つだろうことを懸念しているらしい。
もっとも、今は誰も祐一達に注意を払ってたりはしなかったのだが。
「大した距離じゃない。まぁ、歩いて三十分くらいだ」
「大した距離だと思うけど」
「そうですねー」
祐一の返答に対し、思わず口を挟む留美と佐祐理。
三十分も歩くとなると、確かに近いとはお世辞にも言えない。
「ま、タクシーとか待つのも面倒だしな。歩いた方がいいだろ?」
目を向ければ、タクシー乗り場には長蛇の列があった。
皆、空港から出てきたばかりの人間だ。
その後ろに並ぶとなると、果たして乗るまでにどれほど待たされることになるか。
「うんうん、折角だし歩こうよ」
みさきはニコニコと笑いながら、前向きな意見を口にする。
いつになるやも知れぬ順番待ちに身を投じるよりも、歩いた方が建設的ではある。
「そうだね。ま、三十分くらいならいいじゃない」
軽口でみさきの意見に乗る詩子。
また、他の面々もそれに続く。
何より、相手方との約束もあるのだ。
悠長にタクシーを待っている状況ではない。
「じゃ、行こうか」
祐一は荷物を肩にかけ、先頭に立って歩き始める。
それに続く五人。
さほど急いでいるわけではなく、さりとてのんびりというわけでもない速さで、彼らは一路、目的の場所へと進む。
きれいに舗装された歩道。
ここは、国際空港が近いこともあってか、多くのビルが林立しており、充分立派な都市と言える。
都市特有の、人の手により作り出された街路樹という名の植物により、シックな色合いの通りに、緑が申し訳程度に添えられている。
自然に暮らす人にとっては偽りとしか映らないであろうそれが、こうした都市の最中においては、街に季節を運んでくれる貴重な存在だったりする。
青のそれに春を感じ、緑のそれに夏を感じ、紅のそれに秋を感じ、失われれば冬を感じ。
無機質な物が溢れている中で、時の流れと共に緩やかなサイクルで移り変わってゆくそれは、いっそ異質にも見える。
それでもその存在は、この都市に色を添えている……微かでも、それは癒しの象徴。
たとえ作り物であっても、そうした植物の存在をもって癒しを求めるのは、人の生物としての本能によるものなのだろうか。
いずれにせよ、コンクリートで舗装された道と大きなビルだけの通りよりは、目にも心にも優しい。
そんな都市としての様相を見せているこの道も、今は人通りも少ない。
今日が平日であるということや、現在の時間が昼でも夕刻でもない中途半端な時刻であるということが、理由として考えられた。
片側三車線の道路を走る車も、走っていないわけではないが、それでもかなり少ない。
非常にスムーズな流れ。
また、歩道にしても、ほとんど人とすれ違うことはない。
と言って、ここがゴーストタウンの類ではないことは、其処彼処にある店の中から聞こえてくる話し声が証明している。
おそらく、ビルの中では、大勢の人間がそれぞれの役割を果たすべく、仕事にとりかかっていることだろう。
つまるところ、外を歩いている人間が少ないだけだ。
だからだろうか。
「……どうする?」
祐一が、歩く速さも向ける視線も変えずに、後ろの全員に静かに尋ねる。
彼らの様子に変化はない。
言ってみれば、日常会話の延長のようなもの。
故に、たまにすれ違う人がいても、一々彼らを気に止める者などいない。
都市という背景に溶け込んだ、人間というオブジェのような振る舞い。
だが、祐一の言葉が意味することは、そんな軽いものではない。
「……面倒ですが、仕方がないですね」
「ついてこられても厄介だし、関係のない人達を巻き込むわけにもいかないしね」
「では、ここで消えてもらいましょうか」
「それでいいと思うよ」
「そうね、ちょうどおあつらえ向きに裏通りに続くっぽい道もあるし」
そして、五人の少女もまた、常と変わらぬ調子で、常ならぬ言葉を紡ぐ。
「そうだな。じゃ、とりあえず俺がやるよ。フォローはよろしく」
祐一は、軽くそう言った。
そして、少女達もそれに静かに頷くのみ。
祐一達は、留美が指摘した裏通りへ続く道を曲がった。
表通りをちょっと離れただけなのに、途端に薄暗く感じるのは、無機質に立ち並ぶビルのせいで、日の光さえ満足の届かないからだろう。
祐一達は、しばらく歩くと、徐に立ち止まり、後ろを振り返る。
そこにいたのは、尾けてきていたのであろう七人の男達。
「ユウイチ・アイザワだな」
静かに語られた言葉は、単なる確認。
だが、そこにこめられているものは、明確な殺意。
そんなことを気にするでもなく、祐一は不敵に笑う。
「だったらどうするつもりだ?」
そう言うと、祐一は一歩前に出て、たった一人で七人に対峙する。
少女達は、動こうともしない。
動けないのではない、動かないのだ。
それはすなわち、目の前で殺気を発している男達を、まるで問題視していないということ。
男達は、そんな軽い調子の祐一達を見て、少し苛立ちを深めたのだろう。
滲み出る殺気が強まる。
だが、それでも祐一達に変化はない。
七人の男達は、前衛二人、後衛二人、そしてその間に三人というフォーメーション。
そして、前衛の男の片方が口を開く。
明確な意思を、言葉に変えて。
「死んでもらう」
神へと至る道
第29話 薄汚れた舞台へようこそ
男がそんな言葉を発した瞬間、祐一の姿が消える。
いや、少なくとも男達にはそう映った。
前衛の二人を除いて、だが。
前衛の男二人は、その瞬間まで祐一を注視していた。
だが、何もわからなかった。
目の前から彼の姿が消えた、と思う間もなく、なぜか目は空に向けられていた。
そして、空の青を確認する暇もなく、意識は途切れる。
残りの五人にしても、何も確認できなかったのは同じ。
いきなり祐一の姿が消え、次に現れたのは、前衛二人の間。
先程との違いは、両腕が、胸前で交差するように構えられていること。
あまりにも早い……脚も、腕も。
その腕で何をしたのか……過程を見ることはできなかったが、結果は目の前にあった。
前衛二人の首が、変な方向にへし折られていたのだ。
こきっ、という音だけは、耳に届いていた。
それを知覚した時には、祐一の姿が目の前にあったのだ。
そして、首をへし折られ、一瞬で死を迎えた二人。
まさに一瞬の出来事。
彼らは、自分達が死んだことさえ、気付くことができなかった。
だが、恐怖することがなかった分だけ、まだこの二人は幸せだったかもしれない。
「あと五人」
と、祐一が呟いた瞬間に、男達も身構える。
だが、迂闊には動けない。
こいつは危険だ……と、男達の脳内で警鐘が鳴り響いていた。
しかし、引き下がるわけにもいかない。
理性は仕事の遂行を促し、感情は逃走を促す。
頭と心が一致しない。
彼らの心を占めるもの……それは紛れもなく、恐怖。
それを見て取った祐一が、再び姿を消す。
「クッ!」
動き出す五人。
しかし、知覚できない相手に、一体何ができるというのか。
今度は後衛の人間の眼前で、祐一が動きを止めた。
「ッ!」
が、そこで対処しようとする男よりも早く、祐一の腕が動いていた。
グキッ、という嫌な音が響く。
三人の男達が振り向いた時、祐一が、後衛二人の目前に現れているところだった。
そして、祐一の両腕がブレたと思うと、後衛二人の首がへし折られる。
低く響きわたった音が、三人の恐怖をかきたてる。
守勢に回っていては、すぐにも殺される。
そう知覚し、動き出そうとする三人。
標的は、自分達に背を向けている祐一。
今なら……と、そう思って動こうとした、その時に。
響くのは、風を切る音。
静止する時間。
男達は気付かない。
自分達の体が、既に真っ二つにされていることを。
動き出そうとした瞬間、バランスを失い、倒れる体。
そこでようやく、三人とも、自分が斬られていることに気付く。
噴き出す鮮血。
後ろに倒れる下半身。
前に倒れる上半身。
なぜ?
背を見せている祐一は、動いていない。
男達の近くには、誰もいない。
気配も、存在も、何も。
何が?
一体、何が自分達を斬り裂いたというのか……薄れ行く意識の中で、男達の心に浮かぶのは、そんな疑問。
霞む目を後ろに向けると、先程と変わらぬ様子で立っている少女達が見えた。
だが、死の間際だから分かったのかもしれないが、先程とたった一つだけ、違いがあった。
「……」
静かに佇んでいる三つ編みの少女の手に、蒼く輝く剣があった。
無言、無表情のまま、こちらを見据える少女。
どうやって?
蒼い刀身……それは、どう見ても一メートル程度しかない。
少女から男達までの距離は、目測でも十メートル近い。
絶対に届かないはずの距離。
だが、少女は先程から全く動いていない。
そんな気配は微塵もなかったし、聞こえた音も、剣が振るわれる音だけだった。
となると、彼女がやったのではないということなのだろうか。
けれど、この空間において、他者を斬り裂くことのできるものなど、彼女の手にある蒼い剣以外にない。
では、この距離の壁を、一体どうやって超えたというのだろうか。
しかし、疑問に対する答えを見つけることもなく、男達の意識は闇に呑まれた。
後に残ったのは、七つの死体と、六人の少年少女。
「さて、出てこいよ。出てこないのなら、隠れてるところごと消し去るぜ」
祐一が、死体に目もくれず、路地の奥の方向に声をかける。
この裏通りも、それなりに入り組んでいるらしく、いくつか曲がり角があった。
その内の一つの角を、睨むように見ている祐一。
少女達は、何も言わずに、祐一の傍まで歩み寄ってくる。
その視線が向かう先は、祐一と同じ。
しかし、なお何の応答もない。
「……」
と、そこで祐一が身をかがめ、静かに地面に手を当てる。
ゆっくりと高められていくエネルギー。
と。
「ま、待ってくれっ!」
観念したように、男が一人、角から姿を現した。
それを見て取ると、祐一も再びその場を立ち上がり、男の方を強く見据える。
「さてと、一応聞いておこうか。何のために俺達を襲ったんだ?」
僅かに口の端を上げながら、静かにかけられた問いかけ。
祐一の表情には何の色も浮かばない。
透明な笑み、とでも言えばいいだろうか。
「し、知らない! ただ、金とお前らのデータを渡されて、殺せって言われたんだ!」
男は恐れていた。
一瞬で仲間を殺した祐一達を。
彼らの後ろに転がる死体が、嫌でも目に入ってくる。
圧倒的だった。
まるで相手にならなかった。
彼は、殺しを生業にしている自分達が、まさかここまであっさりと殺されるとは、夢にも思っていなかった。
こんな連中だとは、聞いていなかったのだ。
「そうか」
祐一の表情は変わらない。
それが、男の恐怖をかきたててゆく
「待ってくれ! 頼む、殺さないでくれ! お、お前らにはもう手を出さないから、だからっ!」
足が震えて、その場から動くこともできない。
死にたくない……その一念で、何とか命乞いの声を絞り出す。
だが。
「お前も、俺達と同じ世界に生きてるんだろう? なのに、俺の答えも想像がつかないのか?」
やはり表情を変えないまま、まるで宣告するかのように告げる祐一。
そして、言い終わると同時に、パチンと指を鳴らす。
「ぇ……?」
指が鳴る音が聞こえた瞬間、男は、腹部に焼けつくような痛みを感じた。
腹を、焼けた鉄棒で突かれたかのような感覚。
走る激痛。
湧き上がる灼熱感。
と同時に、体が浮き上がる感覚。
下を見ると、地面のごく一部だけが鋭く隆起し、腹部に深く突き刺さっていた。
まるで大地が槍を突き出したかのように。
先程までは、そんなものはなかった。
紛れもなくそこは、ただの大地だったのだ。
それが……
「殺意をもって襲ってきた相手を生かして返すことは、禍根にしかならない。俺達の世界の鉄則だろ」
かけられた祐一の言葉に反応を返すこともできず、激痛に顔を歪める男。
逆流してきた血が、彼の口から滴り落ちる。
と、腹部に刺し込まれていたものが、突然姿を消した。
支えを失い、路地へと崩れ落ちる男の体。
腹部からは、凄まじい勢いで血が噴き出し始める。
薄れ行く意識。
遠ざかる痛覚。
もう彼は、呼吸さえもできない。
とてつもない貧乏くじを引いたことを後悔する間もなく、男はその命を手放した。
「やれやれ……佐祐理、悪いけど、死体の処理を頼む」
振り返りながら、そう言う祐一。
「了解です」
佐祐理は即座に返事をすると、虚空からファイルを出現させる。
そして、そのファイルから、一枚の紙を取り出す。
目の前にそれを掲げ、彼女が意識を集中させた瞬間に。
――
秘密の小箱――
佐祐理の足元に、一つの黒い箱が出現した。
一辺が一メートル程度はあろう立方体。
その色合いは、黒よりも暗い、まさに深淵。
「それじゃあ、早く終わらせてしまいましょう」
佐祐理が、そう言いながら黒い箱の蓋を開けた。
その中には、何もない。
いや、何も見えない、と言うべきだろうか。
底があるかどうかも定かではない暗闇を内包した箱……じっと見ていると、吸い込まれそうなほど、その闇は暗く深い。
それを待ってから、祐一が男達の死体を引き摺って、その箱へと歩み寄る。
そのまま、躊躇うことなく箱の中へと放り込んでゆく。
まるで呑み込むかのように、死体を収め続ける箱。
明らかに容積をオーバーしているはずなのに、箱には何の変化もない。
死体を七体も入れられるスペースなどないはずだが、服の一片さえもそこからはみ出てはいない。
いや、この時点で箱の中を覗き込んでも、その死体を見ることができない。
それはあたかもブラックホールのごとく。
一分も経たないうちに、その通りから死体は全て消えていた。
「コレのおかげで助かるよ」
「そうですね」
ついさっき人を殺し、その死体を流れ作業のように箱に入れていた者とは思えないほどの軽い口調。
まるでそれさえも、日常の一部であるかのように。
しかし、これはある種当然のことでもある。
そういう世界なのだ……彼らが生きる世界は。
殺すか、殺されるか。
敵として対峙した以上、取り得る選択肢は、このどちらかしか存在しない。
殺さなければ殺されるのみ。
誰も、何も、救ってはくれない。
頼れるのは己の力だけ。
ならば、殺しにきた人間を返り討ちにしたとて、そのことに思いを巡らせる意味はない。
また、そのことに心を痛めていては、生きてはいけない。
「依頼主について、吐かせなくてもよかったの?」
留美が尋ねる。
こういう場合、殺しを依頼した人間について聞きだすのが普通だろう。
言うかどうかはさておいても、祐一はそもそも尋ねもしなかった……少し不自然である。
「想像はつくからな」
「あ、相続候補の二人のうちの一人ってことね」
「もしくは両方。おそらく、情報屋なり雇い主なりから、俺達のことが伝わったんだろうな」
確かに、このタイミングで祐一達を殺そうとする者となると、それ以外には考えにくい。
三人が三人とも、他の二人の行動を逐一チェックしているだろうことは、容易に想像がつく。
されば、祐一達がそのうちの一人の手助けに来ることも、知られていても何もおかしくなかった。
そのくらいは予想の範疇でもあったし、特に気にするほどのことでもない。
「まーいいけどね。んじゃ、行こっか」
祐一と佐祐理と留美の間に入るようにして、詩子が言う。
約束の時間もあるのだ。
いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。
「だな」
「はい」
「そうね」
祐一も佐祐理も留美も、詩子に微笑みながら同意を示した。
そして、六人で路地から離れる。
そして改めて、大通りに沿って、目的地の家へと歩き出す。
相変わらず通りに人の姿はまばらだったし、祐一達に目を向けてくる者もいない。
そしてそれは祐一達も同じ。
六人とも、先のことを完全に忘れたかのように、静かに歩き続ける。
結局それ以降襲撃者もなく、約束の時間を破ることもなく、目的地に到着した。
「ここだな」
「へー、おっきいね」
「すごいわね」
目の前の家を見上げる祐一。
その後ろでは、詩子と留美が、思わず感嘆の息を零していた。
黙っている茜と佐祐理も、驚いているのは同様らしい。
少し大きく見開かれた目が、そう物語っている。
「ふーん、確かに大きい感じだね」
みさきは目が見えない。
けれど能力のおかげで、大勢の人間が目の前の様々な高さに存在していることがわかる。
その高さの違いから、目の前の建物が三階建てであり、また幅も奥行きも相当あるだろうことは、容易に推察できた。
その結果、目の前の家が、相当の豪邸だということがわかるのだ、
そう、それはまさに豪邸。
祐一達も豪邸に住んでいると言えるだろうが、世界は広い。
目の前のそれは、彼らの家と比べてもなおスケールが違うのだ。
やはり、世界有数の富豪は違う、と思わせる。
多少街の中心部から離れているとはいえ、その敷地の広さは、祐一達のそれのさらに数倍。
また、広大な敷地に見合う大きさの家。
これは呆気にとられようというもの。
どこか風格すら漂う外観。
建てられてからかなりの年数が経っていることは、一目見ればわかる。
建物自体が、どこか威圧感のようなものを纏っているかのようにも感じられるのだ。
年月の経過を示すくすんだ色合いさえも、その建物を彩る効果かと思える。
これで蔦でも絡み付いていようものなら、あるいはお化け屋敷に見えていたかもしれない。
もっとも、そんなことはあるわけもなく、採光性を考えて大きく設計された窓や、きれいに整えられた庭先を見るに、生活感はきちんと存在している。
とりあえず、一度はこんなところに住んでみたい、と人に思わせるに足る家だった。
「……とりあえず行くか」
祐一の声にはっとする五人。
見とれていたところで、事態は動かない。
全員が祐一の言葉に頷いて返す。
そして、祐一が門のインターホンを鳴らした。
「……どちらさまでしょうか」
「ミス・レベラインに呼ばれて来たんだが」
「少々お待ちください」
そんなやり取りの後、待つこと一分。
重々しい音を響かせて、門が開けられる。
複数の監視カメラに加えて、ドアの自動開閉。
さすがに金を持っているところはやることが違う。
そんなことに思いをめぐらせていると、インターホンで、中に入ってもいいと告げられる。
一つ頷きあって、歩き出す祐一達。
六人が敷地内に入ると、開けられた時と同様の音を響かせて、門が閉じられた。
まるで、彼らの退路を断つかのごとく。
それでも祐一達は、気に留めることもなく歩き続ける。
「きれいな庭園ですね」
「ホント……あたし達の家もこんな風にしたいわね」
「あ、じゃあ帰ったらやってみましょうか」
「さんせーい」
「うん、植物も生き生きしてる。確かにいいね、こういうのって」
少女達が、口々に感想を言う。
醜い財産争いが起こっている舞台ではあるが、美しく整えられた庭園は、それとは無関係であると主張するかのように、優雅さを誇っていた。
自己満足ではなく、人に見せることを考え、作り上げられた園。
されど、過剰に手を加えるのではなく、調和の中にも自然が感じられる作りになっている。
みさきの言うように、花も木も、生気に満ち溢れている。
それ故、少女達はここが気に入ってしまったらしい。
あるいは、これから始まる争いの前の一時の休息、と考えているのかもしれない。
祐一達家の前まで到着した時、突然扉が開き、一人の女性が姿を見せた。
年齢は三十代の後半くらいだろうか。
肩口までの金髪をストレートにし、品のあるシックな洋服で身を包んでいる。
比較的整った相貌だが、それより何より、きついくらいに鋭い眼つきが印象的だ。
鳶色の瞳が、まるで睨むかのように祐一達に向けられている。
実際に睨んでいるわけでもないだろうが、そう見えてしまうのだ。
不幸と言おうか、それが彼女の魅力を下げている、と言わざるを得ない。
それが生まれつきのものなのか、それとも現在の彼女の状況がそうさせているのかは、祐一達には判断できない。
そんなことを考えながら歩く祐一達。
そしてほどなくして、その女性のすぐ前まで到着する。
「ミス・レベライン、だよな」
「レベラインで結構ですわ。あなた達が『九龍幻想団』ですね」
「あぁ」
短い自己紹介。
それぞれに名前を名乗り、そして、全員と握手を交わす。
それは、あくまでも形式的なものだ。
挨拶はすぐに終わり、レベラインは祐一達を家へと通す。
「では、お部屋にご案内します。詳しいことはそこで……」
「わかった」
そして、七人で屋敷の中へと入っていく。
バタン……と小さく聞こえる扉の閉じる音が、どこか不吉な響きを持っているように、祐一達には感じられた。
あるいは、感じていたのは祐一達だけではなかったかもしれないが。
続く
後書き
さて、本題に入りました。
第一章は、色々と試しながら書き進めていただけに、まとめるのに苦労したことを思い出します。
特に過去語り(と言うと多少語弊がありますが)の部分。
今読み返したら、色々と文章の粗も目立ちますが、それなりに構成は上手くいっていたなぁ、と感慨深かったり。
……早く改訂進めないとなぁ(汗)
倉田佐祐理 能力ファイル No.5(タイプM)
能力名 :
秘密の小箱
効果 : 何でも捨てられるゴミ箱のような箱を創り出すことができる能力。
外観は一メートル四方の黒い箱でしかないが、中は異空間に繋がっている。
なお、入れることができるのは物質のみで、生命体を入れることは不可能。
ただし、死体ならば入れることができる。
容積に限りはなく、箱の入り口より大きなものでない限り、いくらでも入れられる。
逆に言えば、箱に入らない大きさの物は捨てられない。
ただし、折り曲げたり潰したりして入れるのは可。
ちなみに、一度中に入れた物は、二度と取り出せない。
また、蓋を開けて一度閉めると、それから二十四時間は蓋を開けることができなくなる。
そして、一度蓋を開けてから一分経つと、自動的に蓋が閉まってしまう。
要するに、物を捨てられるのは、一日に一回、そして一分以内ということだ。