祐一達が案内されたのは、客室の一つ……だが、その広さはかなりのものだった。
これはもう、広間と言うべきだろう。

部屋のあらゆるものに、凝った意匠が施されている。
頭上のシャンデリア状の照明然り、四台あるベッド然り、テーブル然り、ソファ然り。
成金趣味、とまではいかないにしても、かなり金をかけていることは間違いない。
もっとも、部屋を彩るその意匠が統一されていなければ、祐一達も成金趣味と断じただろうが。



「さて、まずは長旅お疲れ様でした」
「気にすることじゃない。これはビジネスだろう?」

部屋に入り、まず発せられたレベラインの挨拶に、祐一は軽く返す。
レベラインもまた、それを見越していたかのように、話を切り替える。

「そうですね。では、早速本題に入りたいのですが、よろしいでしょうか?」
「あぁ、構わない」

大きなテーブルを挟んで、レベラインと祐一達が向かい合ってソファに腰掛ける。
と、そこでドアがノックされる。

「何ですか?」
「レベライン様。お茶をお持ちしました」
「わかりました、入って構いません」
「失礼致します」

さすがに豪邸……扉の音も一味違う。
その扉から入ってきたのは、この家のメイド。
深々と一礼し、静かに歩み寄ると、紅茶とケーキをテーブルに並べていく。



「どうぞ、召し上がってください」

メイドが下がった後、レベラインが祐一達に勧める。
その言葉に心動く二人の少女。

「話は俺がしとくから、みんなは食べてていいぞ」

祐一がまた、遠慮も何もなく言う。
実際祐一しか発言することもないわけだし、少女達が手持ち無沙汰になってしまうことは否めない。

祐一の言葉に頷き、もう一度強く勧めるレベラインの言葉に、みさきがまず陥落。
一人が陥落すれば、後はもう雪崩式に、茜、詩子、佐祐理、留美、と陥落していった。
これだけ豪勢な家で出されるケーキに興味があったということだろう。
ちなみに、祐一の分はみさきの前へと、いつの間にか移動されていた。



「さて、じゃあ本題に入ろうか」

改めてレベラインを見据える祐一。
レベラインも、その目を受けて、居住まいを正す。

「はい。では、詳しいことをお話致します」















神へと至る道



第30話  仮面を被り、役者は踊る















「で、具体的に、俺達は何をすればいいんだ? 確か、明後日に何かあるんだよな」

祐一が、まず一番気になっていたことを尋ねてみる。
何をするのかわからないことには、考えるも何もない。

「はい。明後日の午前十一時から、ここ『アルハース家』敷地内に存在する地下遺跡へと行っていただきます」
「? どういうことだ?」
「遺跡の最深部に、家宝たる三神器が安置されているのですよ。そして、それを取ってきた者に、相続権が与えられる、というわけです」

レベラインの言葉に、少し考え込む祐一。

「……つまり、あんた達三人の雇った人間達に、宝探しをさせるってことか」
「端的に言えば、そういうことになります」
「人数制限は?」
「ありません」
「出入り口は一つだけなのか?」
「もちろんです」
「遺跡は何階層あるんだ?」
「地下五階まで、と聞いています」
「ふーん……遺跡内に魔獣の類は?」
「生息しているそうです」

祐一の出す質問に淀みなく答えるレベライン。
機械に相対しているかのような、極めてスムーズな言葉のやり取り。

「で、その神器は、一体誰がそんな物騒なトコに隠したんだ?」
「頭首が、A級ハンターを数十人雇って、隠させたそうです」
「A級ハンターをな……またずいぶんと金をつぎ込んだもんだ」
「もっとも、遺跡から帰ってこれたのは、わずかに数名という話ですが」

恐ろしい内容を、眉一つ動かさずに告げてくるレベライン。
祐一も、ここで質問を一旦止め、考え込む仕草を見せる。



少女達は、ゆっくりと目の前のケーキを味わっていた。
さすがは富豪と謳われるだけある……市販のモノとは、まさに一味も二味も違う。
滅多に口にできないクラスの味だ。
急いで食べ終えるには惜しい。

特にみさきと茜は、その傾向が顕著だった。
一口一口を、噛み締めるように深く深く味わっていく。
留美にしても、その傾向は小なり見られている。

佐祐理もまた、同様に舌鼓を打っているように見えるが……
実際は、何気ない風を装って能力を発動し、眼前で展開されている二人の話を吟味していた。



――真実と嘘の境界線(ライ・アンド・トゥルース)――



この能力で、話している内容の真偽をチェックし、真実なら何も言わず、嘘なら祐一にその旨を伝える。
これが、こうした会談の場での佐祐理の仕事。
もちろん教えるといっても、直接言うのではなく、何らかの合図を送るという形でだが。





しばらくの間、考えに沈んでいた祐一も、やがて顔を上げた。
ゆっくりと口を開き、確認するようにレベラインに尋ねる。

「つまりこういうことか? 『他の連中を潰せ。神器の入手は二の次』」
「……そういうことになりますね」

祐一の言葉に対し、まるで何でもないことのように答えるレベライン。
そう……これは、単なる宝探しなどではない。
『神器を発見した者』の勝ちではなく、『神器を持ち帰った者』の勝ちなのだから。

神器の入手よりも先に、自分達以外の神器を狙う者達をどうにかしなければならない。
誰が見つけようが、何をしようが、最終的に神器を持って地上に帰り着いた者が勝ちなのだから。
おそらく、他の二人の雇った人間も、こう指示されていることだろう。


『他の連中を殺せ』


神器を探すのは、それが終わってからでもいいのだ。
要するに、宝探しとは名ばかり。
実際には、神器を巡ってのサバイバルが展開されることになる。



「やれやれ……面倒なこった」
「ですが、神器入手の条件と思えば、かわいいものではありませんか?」
「そりゃそうだ」

苦笑する祐一。
確かにそれはそのとおり。

五月に祐一達が身を投じることになる『アルテマ』との戦闘を思えば、実にかわいいものだ。
S級が相手であることと比較すれば、条件は相当に緩いと言える。
むしろ、かなり楽なのではないだろうか。



「ま、大体わかった」
「そうですか」
「あぁ、そういや、他の二人はどんなヤツなんだ?」

思い出したように尋ねる祐一。
対するレベラインは、事前に用意してあったのあろう写真を机の上に置きながら、答えを返す。

「名前はシリックとミラン。二人は兄にあたります。容姿ですが、それはこの写真を。右がミランで、左がシリックです」
「ふーん……」

その写真を手にとって、じっと睨むように見る祐一。
そして、少女達も祐一の横から身を乗り出して覗き込む。

そこに写っているのは、すでに中年の域に達している男性が二人と、目の前の女性……いわゆる家族写真か。
男性はどちらも四十代だろう。
とりあえず、その写真を見て最初に思うことは……

「……わかりやすいな」

ぼかして言う祐一。
その真意は簡単。


いかにも欲に目の眩んだ人間らしい顔だ、ということ。


性格の悪さが顔に滲み出ている、と口にしてしまいたくなるが、それはグッと堪える。
思うのは自由にしても、口にしていいことでもない。
どうあれ、不用意な発言は注意すべきだろう。

「できれば直に会っときたいな。遠くから見るだけでもいいんだが」

そんなことを言う祐一。
どうあれ、敵対している人間なのだ。
情報は得られる限り得ておきたいと思うのは当然だろう。

「それでしたら、その窓から庭をご覧頂ければ。今の時間は、庭でくつろいでるでしょうから」

レベラインが、何の表情も顔に出さずに言う。
少なくとも、兄の話題を扱っている者の言葉とは思えない。
まぁ、それは仕方がないのかもしれないが。



「……ふーん」

祐一が窓に歩み寄り、そこから庭を眺める。
そこにいたのは、確かに写真の人物二人。

庭先のイスに向かい合って座っている。
何やら話し込んでいるようだ。
冷徹な眼差しで、両者を見据える祐一。





「……で、俺達は今日、ここで寝泊りしろっていうことだよな」

しばらく観察した後、ソファに戻り、そんなことを尋ねる祐一。
大筋は理解した、ということだろう。
となれば、後は細かいことの確認をしておくべきだ。

「はい。食事は運ばせますので、明日の午前九時までは、この部屋をお出にならないようお願いします」
「わかった」

頷く祐一。
確かに、客とはいえ部外者が屋敷をうろつくのは良くないだろう。
幸い、この部屋は広いし、風呂も洗面所もちゃんとあるのだ。
一日や二日なら、問題なく過ごすことは可能だ。

「相続の手続きが完了し次第、神器はお渡ししますので、よろしくお願いしますね」
「心配しなくても、ちゃんと完遂させるさ」

そこで、レベラインが立ち上がり、つられて祐一達も立ち上がる。

「それでは明日の午前九時に迎えにきますので」
「わかった」
「それでは」
「あぁ」

そして、豪勢な扉からレベラインが姿を消し、扉には外から鍵がかけられた。
勝手にうろつかれないように、ということだろう。
元々そんなつもりもない祐一達は、特に気にも留めなかった。
それよりも。















「みさき……」

祐一が、みさきの名前を呼ぶ。
呼ばれたみさきは、無言で能力を使い、周囲を調べる。

「……うん、大丈夫。誰もいないし、盗聴器もカメラも何も仕掛けられてないよ」
「レベラインはいないか?」
「え? うん、もう相当離れちゃってるよ」

疑問顔のみさきだが、とりあえず聞かれたことにはちゃんと答える。
さきほど感知したレベラインのエネルギーは、もう大分離れたところにいることが、みさきには視えていた。
というよりも、この部屋の周囲には、もう人はいない。

「よし。じゃあ佐祐理、悪いが……」
「……あ、アレですね?」

祐一は、みさきの答えに一つ頷くと、佐祐理の方を向いた。
佐祐理は、一瞬戸惑いを見せたが、すぐに祐一の意図を読み取ったのだろう。
笑顔で、ファイルを出現させる。
そして、取り出された一枚の紙。



――その場限りの演技(トリッキー・システム)――



その紙が消失した瞬間、佐祐理の体が光に包まれる。
そして、その光が収まった時、その場には、佐祐理とは似ても似つかぬ別人がいた。

変わってないのは性別だけ。
顔も、体つきも、髪も、着ている衣服さえも、先程までとは全く別なものになっている。

「あははー、どうですか? 祐一さん」

口調こそ佐祐理のものだが、その声は、佐祐理のそれとはこれまた全くの別物。
少なくとも、祐一達は、過去においても、この姿の女性に出会ったことはない。
他者に変身する能力……佐祐理が使ったのは、まさにそれだ。





「……ものは試し、とはよく言ったもんだ」

その佐祐理の姿に、祐一も驚きを隠せない。
それでも、すぐに気を取り直し、満足気に頷いた。

「佐祐理さん、誰に変身したんですか?」

だが、祐一達以外は、疑問顔のまま。
代表するように、茜が問いかける。

「レベラインさんですよー」
「え?」
「嘘!」
「本当に?」
「え? 何? 何?」

茜だけでなく、詩子と留美も驚きの声を上げる。
みさきだけは、まだよく分かっていないらしい。
少し動揺した感じで、祐一に詳細を尋ねている。



だが、その驚きも当然のことだ。
なぜなら、今の佐祐理の姿は、服装や髪型こそ先程のレベラインと同じだが、顔が全然違うのだから。
年齢は、おそらく二十代の半ばから後半。
全く別人の顔……年齢の違いを差し引いても、こちらの方がずっと整っていると言える。
何よりも、優しそうな眼が、彼女は先程の人間とは別人だ、と主張している。



「おそらく能力だろうな。レベラインを名乗ってるのは、当人ではなく別人ってことだ」

未だ戸惑っているみさきだけでなく、全員に話しかけるように、祐一が説明を始める。
もっとも、彼自身もまだ考えをまとめきれていないのか、その口調はゆっくりとしたものだったが。

「誰かはわからんが、別人が、おそらくレベラインを拉致するなり何なりした後、何食わぬ顔で屋敷に潜りこんでいたんだろう」

祐一の言葉に、驚愕を隠せない少女達。
相続候補だと思っていた人間が、実は偽者だったとなれば、それは驚いて然るべきだろう。





「どうして見破ることができたんですか?」

不思議そうに、茜が聞く。
思いも寄らない展開なだけに、それを見抜いた祐一に驚いているのだろう。

「いや、わかったわけじゃなくて、念のためにやっとくかって程度の疑いだったんだよ」

ソファに身を沈めながら祐一が言う。
柔らかいソファは、ゆったりと彼の体を受け止める。
リラックスしながら、さらに言葉を続ける祐一。

「まぁ、元々怪しかったわけだしな、色々と」
「あぁ、神器を簡単に手放すのは変だって言ってたもんね」

詩子が、出発前日のことを思い出し、口にする。
それを聞き、全員がそれを思い出す。

「まぁな。それに、今日の会話もちょっと気になるところがあったし」
「どういうこと?」

思わせぶりな祐一の言葉に、首を傾げる留美。
それに対して、祐一は腕を組みながら答える。

「どうもな、今日の話聞いてると、覚えてる知識を披露してるだけって感じがしたんだよ。質問に対する答えなんか特にな」



レベラインの淀みのない受け答え……これは少しばかり不自然だった。
普通、自分の家のことを尋ねられた場合、淀みなく答えることは、そうそうできるものではない。
身近にあるが故に、細部まで覚えていないのが普通なのだ。

まぁ、最終的に思い出せるとしても、全く考え込むことがない、というのはやはり少し気になる。
まるで、テストのために答えを丸暗記した人間の回答のような、そんな感じが拭いきれなかった。



「だから思ったんだよ。もしかしたら、『知識を詰め込んだだけの別人』なんじゃないかってな」

もちろん、その質問を事前に想定し、答えを用意していた可能性だって決して低くはなかった。
祐一にしても、確信を持っていたわけではないのだ。
それでも可能性がある限りは、それを確認しないわけにはいかない。
そんな祐一の言葉に、少女達も納得の表情を見せる。

「それで、佐祐理ちゃんに『その場限りの演技(トリッキー・システム) 』を使わせたんだね」
「そういうこと」

頷きながらのみさきの言葉に、祐一は小さく笑いながら答える。
そして、懐からデジタルカメラを取り出し、目の前の女性を写真に収めてゆく。
前後左右の写真を撮り終えると、そのまま佐祐理の傍へと歩み寄る。



「じゃ、佐祐理、お疲れさん」

そう言うと、祐一は佐祐理の肩に手を置く。
すると、再び佐祐理が光に包まれ、その光が収まると、変身は解除され、元の佐祐理の姿に戻っていた。

「いいえ、このくらい大したことはないですよ」

そして、佐祐理本来の笑顔で、祐一達に言葉を返した。





「うーん、いつ見ても面白い能力だよね。やっぱり佐祐理さんはすごいよ」

詩子が拍手しながら佐祐理を褒める。
手放しの賞賛に、少し照れる佐祐理。

「そんなことないですよ」

だから、その言葉を紡ぐ様子も、少し恥ずかしげなものだった。
けれど、話はそこで終わらない。

「うんうん、佐祐理ちゃんは頼りになるからね」
「さすがですよね」
「本当です」

そんな風に、次々と賞賛の言葉が紡がれてゆく。
彼らの会話は、夕食が運ばれてくるまで続いていた。










「それではごゆっくりご賞味ください」

メイドが恭しく頭を下げ、部屋から出て行く。
祐一達の目の前には、普段はとてもお目にかかれないような食事が並んでいる。
特権階級の食事とは、かくも豪勢なものなのか。
世に存在する経済格差の大きさを、期せずして実感することになってしまい、一瞬言葉に詰まる祐一達。

「ま、せっかくだし食うか」
「さんせーい」

とりあえず、食事に毒が混入されていたりしないか、警戒することを忘れたりはしない。
まぁ、まさか自分達の家で死人を出したりはしないだろうから、まず大丈夫という読みはあったが、念のためだ。

「美味しいよー」

大丈夫と判断されると、みさきが恐ろしい勢いで食べ始める。
のんびりしていたら自分達の取り分がなくなってしまう、と祐一達も焦らなければならないのには、苦笑せずにはいられなかったが。
とりあえず、その味が絶品であったことは、六人が揃って証言するところである。



何はともあれ、食事も終わり、少しくつろぐ。
ソファで身を休め、ずいぶんのんびりとした様子の六人。
もちろん、警戒を怠っているわけではないが。

と、周囲に人の気配がなくなった、とみさきが告げる。
そこで、待ってましたとばかりに、留美が口を開いた。

「それで祐一。レベラインって人は偽者なんでしょ? 何が目的なのかしら?」









 続く












後書き



よくよく考えれば、これを最初に公開したのは丁度去年の今頃だったはず。

一年経って同じ位置にいるってのは、何というか微妙な心地ですな。

来年の今頃は、どこまで進んでるのかなぁ(鬼に笑われるぞ、と)

まぁ第二章は終わってくれてるとは思いますが、第三章までは……正直微妙(汗)

もういっそ第三章で完結にしちゃおうかなぁ、とちょっと画策中だったりします。

それが不可能じゃない構成にしてありますし。

まぁそれもこれも第三章まで書き上げてからの話ですが(笑)





倉田佐祐理 能力ファイル No.2(タイプS)

能力名 : 真実と嘘の境界線(ライ・アンド・トゥルース)

効果 : 対象が口にしている話の内容が嘘かどうかを判別することが可能な能力。
     話を聞くだけで発動できる能力で、使用に制限時間や条件などはない。

     ただし、わかるのは、話していることが嘘か本当かということだけ。
     どんな嘘をついているのか、とか、本当は何なのかなどはわからない。
     また当然のことながら、だんまりを決めこまれても、一切対応できない。
     使い勝手がいいのか悪いのか、少し判断が分かれるかもしれない。





倉田佐祐理 能力ファイル No.6(タイプS)

能力名 : その場限りの演技(トリッキー・システム)

効果 : 過去二十四時間以内に、直接自分の手で触れたことのある人間に変身することができる能力。
     変身すると、声も体も顔も匂いも全てがその人と同一になる。
     ただし、口調や表情は意識的に変えなければ変わらない。

     なお、整形などで変わっていた場合、その姿、声にはなれない。
     逆に言えば、整形を受けているかどうかを見破ることができる、とも言えるが。

     誰かに触れられると変身が解けるので、注意が必要。
     また触れられなかったとしても、変身後二十四時間が経過すると、強制的に変身は解けてしまう。