留美の言葉に、祐一のみならず、全員が思案に沈む。
偽者の目的が何なのか……これは、祐一達にとっても無視できないことなのだから。
「はっきりと断言できるわけじゃないけど……まぁ普通に考えれば、目的になりそうなものは限られてくるよな」
しばらく後に、祐一が話し始める。
ちなみに、みさきは周囲を警戒することに集中しているため、話し合いには参加しない。
これも祐一達の基本スタイルだ。
「……普通に考えれば、『アルハース家』の財産、ならびに各種利権が狙い、となるでしょうね」
祐一の言葉を受けて、佐祐理が一般論を口にする。
確かに、富豪の一族、それも家督相続の渦中に偽者が紛れ込んでいるのならば、その財産が狙いである、と考えるのが普通だろう。
「そだね。時期が時期だし」
「はい。このタイミングで偽者が現れている、という時点で、その財産に全く関連のない目的の持ち主とは考え難いです」
詩子も茜も、佐祐理の言葉に同意を示す。
どうあれ相続争いに加わっている以上、それと彼女の目的が全くの無関係、と考えるのは難しいところだ。
「あぁ、確かにな。偽者がいつからこの家にいたのかはわからないけど……」
「祐ちゃん」
祐一の話を遮るみさきの呼びかけ。
その瞬間、祐一は口をつぐむ。
これは、合図。
そして、佐祐理が全員分のお茶を淹れ始める。
とは言え、既に用意されていたので、後は注ぐだけだったのだが。
「はい、どうぞ」
「ん、ありがとう」
まず祐一に。
次いで、茜、詩子、留美、みさき、そして自分、と。
何事もなかったように、彼女は笑顔で全員にお茶を注いで回る。
「む……やはり金持ちは違うな」
「うんうん、もう、香りからして別物だよね」
「美味しいです……」
「お茶菓子が欲しくなってきちゃうよ」
「まだ食べる気ですか?」
いつもの雰囲気を漂わせつつ、お茶を楽しむ。
先程までの空気とは明らかに異なり、展開されるのはどこか平穏な光景。
その雰囲気がある限り、誰一人として、祐一達が何を話しているのか、何を考えているのかを読み取ることはできないだろう。
みさきが警戒している以上、誰かに話を聞かれる危険性は、限りなくゼロに近い。
だからこそ、彼らは周囲を気にすることなく、大っぴらに会話ができるのである。
さておき、静かにお茶を楽しむ祐一達。
みさきの合図があるまでは、その姿勢を崩したりはしなかった。
神へと至る道
第31話 狐と狸の化かし合い
「……うん、もう大丈夫」
「オッケー。えーと、どこまで話したっけか……」
「偽者がいつからこの家にいたかはわからないけどってところまでよ」
みさきの合図を受けて、祐一が再び話し始める。
話の再開の位置を悩んでいたところには、留美のヘルプがあった。
「あぁ、とにかくいつからいたのかはわからないが、俺達にコンタクトをとってきたのは、偽者の方だと考えていいだろう」
「それはそうでしょうね。本物の方が呼んだというのは考え難いですし」
佐祐理の言葉に頷く祐一。
本物が祐一達を呼んだ後に、偽者が入り込んだ、という可能性もゼロではないだろうが……この可能性は相当に低いと考えていいだろう。
先のやり取りを考えても、自分達を招いたのは、現在“レベライン”を名乗っている偽者である、と考えた方が自然だ。
もし彼女が自分達を招いたのではないのならば、話をしている中で、どこかに不自然さが出てくるはずだから。
「そして、俺達をこのタイミングで招く目的は、と言えば、それはやはり家督相続と無関係ってことはないだろうな」
全員を見回して、祐一がそう締める。
それに頷く五人。
だが、話はここで終わらない。
「で、だ。目的もそうだが、それ以上に重要なのは……」
「……動機、ですね」
祐一に続いて発せられた茜の言葉に、全員の視線が集まる。
そう、重要なのは、その動機。
何をしたいのか、だけではなく、なぜそれをしたいのか……これも考えておくべきだろう。
彼女に協力するか否か、を決定するためにも。
彼女がなぜこのような行動をとることを決めたのか……問題はそこにある。
ただ財産を欲しているだけなのか? それとも他に理由があるのか? それは祐一達に関係してくるのか?
その動機如何では、協力してもいいだろうし、あるいは邪魔することになるかもしれない。
「一番単純なのは、金に目が眩んでってとこか」
「簡単で、かつ最も可能性が高いのではないでしょうか?」
突き詰めて考えれば、動機として一番考えやすいのは、確かにこれだろう。
金銭に対する欲望。
「……微妙だな」
「どうしてですか?」
自分で提示しておいて、それを否定する祐一に、佐祐理が疑問を投げかける。
「成功する確率が低過ぎる。まぁ賭けに出たって可能性もないわけじゃないけどさ」
つまり、リスクが高過ぎる……祐一はそう言いたいのだろう。
もっとも、それでもなお賭けに出た可能性までは否定しきれなかったが。
莫大な財産の相続を巡る争いともなれば、当然その候補たる人間のそれぞれが、自分以外の他者を警戒する。
あるいは、自分が蹴落とされたりしないか。
あるいは、相手を蹴落とすことはできないか。
それが、人間の欲望の恐ろしいところでもあるし、ある種仕方がない部分でもある。
自分が油断して隙を見せれば、自分が蹴落とされるし、相手が油断して隙を見せれば、相手を蹴落とす。
実に醜い争いではあるが、これは回避できないこととも言える。
何せ、相続できるのは一人だけなのだから。
誰かを蹴落として自分が相続できる確率を上げることに、魅力を感じない人間は少ないだろう。
いずれにせよ、この相続争いの渦中にいる人物の警戒心は、相当に高いと判断せざるを得ない。
となれば、今この家に偽者が紛れ込んでいて、財産を掠め取ろうと画策しているとしても、それが成功する可能性は、かなり低いと言わざるを得ない。
「うーん……でも、今はまだ誰にもバレてないんじゃないの?」
留美が首を傾げる。
現状、レベラインを名乗る女性が偽者だと分かっているのは、自分達だけではないだろうか?
となれば、もしかしたら成功するかもしれないのでは?
そんな疑問が、思わず口をついたのだ。
「いや、おそらくバレてるはずだ。と言うより、バレてない方がおかしい」
けれど、その意見はあっさりと否定される。
そして、そのまま祐一が言葉を続ける。
「部外者である俺達でさえ違和感を感じたんだ。仮にも本物のレベラインと血が繋がった存在なら、加えて隙あらば蹴落とそうと注視していたような人間なら、違和感を感じない方がむしろ不自然だ」
莫大な財産を得るために画策しているような人間の注意力が、それに気付かないほど散漫であるとは思えない。
もし、彼らがそれに気付くこともできないとしたら、それはむしろ祐一達にとって歓迎すべきことではあるが。
「それじゃあ、何で追求しないの?」
さらに疑問を返す留美。
偽者だと分かっている、少なくともそれを疑っているのならば、指紋やDNA鑑定など、本人か否かをチェックすればいいところを、なぜそうしないのだろうか?
「“今”追求するメリットがないからだろうな」
即座に返される答え。
そう、偽者ならば、いつでもそれを追い出すことが可能なのだ。
それなら、何も急ぐ必要はない。
むしろ、ここで偽者を弾劾して、本物を救出するようなことになった方が、都合が悪いと言える。
自身の目的たる財産の相続候補は、少ないに越したことはないのだから。
いずれにせよ、気持ちのいい話ではない。
だからか、祐一の口調も、少女達の表情も、嫌悪感を隠そうともしていない。
「ところであの偽者だが、馬鹿には見えない」
突然の祐一の言葉。
あまりにも唐突に話が変わり、少女達は微かに目を見開く。
「まぁ、そうだね」
それでも、祐一の言葉に賛同するのは詩子。
先程の会話などから考えても、少なくとも彼女が無能な人間とは思えなかった。
「だとすればだ。こちらもまた、自分の正体がバレていること、そして、自分の立場が極めて危ういところにあることも、おそらく理解しているはずだ」
少なくとも、その危惧の念は抱いているだろう、と付け加える。
つまり、祐一の話を要約すると……
「とすると、表向きには、お互いがお互いを騙し合ってる状態で、けれど両者とも内ではそれをしっかりと見破っている、ということですか?」
一方は、偽者として、そしてそれがバレることも考慮に入れて、家督相続争いの渦中に身を投じた。
もう一方にしても、偽者であることを知りながら、なおそれについて何も言わない。
「そうだな。そして同時に、お互いに何らかの企みや、あるいは切り札のようなものも持ってるんじゃないか?」
双方が双方を警戒し、また同時に、双方とも、何らかの勝算があるのだろう。
そうでなくば、現状安定した状況にあるはずがない。
まぁ、膠着状態と言えなくもないわけだが。
「ふーん……じゃあさ、結局何が言いたいの?」
留美が、結論へと話を持っていこうとする。
だが、その表情は疑問のそれとは少し違う。
「まぁ、皆も想像ついてるんだろ?」
軽く笑いながら、祐一が全員の顔を見回す。
そして、全員が苦笑気味に頷く。
「よほどの愚か者でない限り、単純に財産を掠め取ろうと考えたとしても、すぐにその成功率の低さとリスクの高さに気が付くはず。されば実行に移す可能性は、相当に低いでしょう」
口火を切るのは茜。
「それでも彼女は、偽者としてこの家に入り込んでいます。そして、特に慌てているようにも見えません」
佐祐理がそれに続く。
「それはつまり、現状彼女の計画どおりに事が進んでるってことだよね」
さらに詩子が付け加える。
「となれば、彼女の目的は財産そのものではなく、むしろそれをカモフラージュに利用しているって可能性が一番高いだろう」
そして、祐一が締める。
これが、現時点での祐一達の結論……彼女は、財産を狙っているのではないだろう、と。
財産狙いと思わせておいて、何かもっと別の思惑があるのだろう、と。
「……ってことはさ、目的って……」
みさきの再びの合図により、しばらく話が中断されていたが、それが過ぎると、留美が再び口を開いた。
しかし、その言葉は単なる問いかけではなく、確認の様相を持っている。
言ってみれば、答えを持っていて、それが正しいのかどうかを尋ねるような調子だった。
「財産狙いでないなら、動機は一つだろ」
それがわかっているからか、祐一もぼかして言う。
「……復讐、ですね」
結局、快楽犯罪者などの類でないのなら、こうした行為に関して考えられる動機は、金銭関係か、あるいは怨恨というのが相場だ。
だから、茜が代表するようにその言葉を口にした。
とは言え、普通なら、こんな風に簡単に判断できるわけがない。
詳しい事情を知っているわけでもないのだから。
だが、茜の言葉には迷いがなかった。
一体なぜ簡単に怨恨だと言うことができるのか。
「では、彼女は“ルセイム”の……」
「その可能性が高いと思う。まぁ、まだ断定はできないけどな」
佐祐理の口調は、どこか重いものだった。
少し沈んだ声。
“ルセイム”、という言葉……これが、彼らが財産問題から怨恨へと動機をシフトできた理由。
早い話が、この『アルハース家』が、誰かに恨まれるような何かを成したという、その証。
「だから、デジタルカメラで撮影したんですね?」
「あぁ。今から美汐達に連絡をとって、調べてもらうつもりだ」
そう言うと、鞄の中からパソコンを取り出し、自分達の家に、画像を添付したメールを送る。
もちろん、自分達の考えや情報を書き添えて。
「お、早いな」
「ふぇー……さすがは美汐さんと雪見さんですね」
メールを送ってから一時間と経たずに、彼女達からの返事が届いた。
思わず、祐一も佐祐理も感嘆の息を漏らす。
送られてきたメールの内容は、これ以上望むべくもない内容だった。
早さと正確さを兼ね備えた、情報収集力と判断力。
それは感嘆もしようというものだ。
「では、基本方針も決定ですね」
「あぁ。動機も納得できるしな……」
美汐から送られてきたメールを全員が読み終わったところで、彼らの相談は終了。
祐一達は、彼女に協力することに決めた。
「虐げられた能力者、と聞いて、黙ってられないわよね」
留美の言葉は、全員の言葉でもあった。
なれば、自分達が利用されようとも、何も問題はない。
自分達は自分達の。
彼女は彼女の。
お互いの目的のために、お互いを利用し合えばいい。
「でもさ、大丈夫かな? 残り二人の相続候補だって、いつまでも黙って放置するはずがないと思うんだけど」
詩子が不安を口にする。
それは、協力することを決めた彼女の身の安全について。
確かに、彼らとてバカではないだろう。
されば、何らかの策を講じていると考えた方がいい。
となると、彼女に危険が及ばないということは考えられない。
何らかの形で、彼女の排除を狙ってくるはずだ。
もしそれが、明後日の午前十時までの間に行われるのならば、祐一達が何とかできないこともない。
しかし、その可能性は低いだろう。
相続権を得ることが、彼らの最大の狙いであり、偽者の排除はいつでもいいのだから。
故に、襲われるとすれば、明日の午前十時以降だと考えられる。
だが、そうなった時、祐一達には何もできない。
その不安が、詩子には拭い切れないのだろう。
「ん? ま、大丈夫だろ」
詩子の不安の言葉に対して、少しやる気なさげに返す祐一。
それを見て、少し疑問に思う少女達。
「少なくとも、神器を入手しないことには相続権を得られないんだ。なら、強力な能力者は、遺跡内部に行くはずだしな」
一つの意見を口にする祐一。
確かに、どうあれ神器を入手しないことには、相続権も何もないのだ。
遺跡は、A級ハンターをして、生存率が数%という場所。
されば、戦力の大半をつぎ込んでくるに違いない。
「でも……」
それでもまだ不安を感じている詩子の表情。
祐一の言葉は確かに頷ける要素はあるが、見落としていることがある。
財力にものを言わせれば、いくらでも戦力になる存在を集められるだろう。
されば、いくら戦力の多くがそちらに向かうといっても、とても安心できるものではない。
「大丈夫だって。それに、彼女にしたって、そのくらい覚悟してるはずだし。なら、何か策を用意してるだろ」
けれど、祐一はそんな心配を封じ込める。
見れば、少し笑っているようだ。
何かを企んでいるような、そんな表情。
あるいは、祐一もまた、何か対策を考えているのかもしれない。
「さーて、と。話は終わり。じゃ、そろそろ寝るか」
祐一が時計を見ながら言う。
時刻は午後八時。
寝るには少し早い。
だが。
「午前九時に迎えにくるって言ってたし……午前八時には起きとこう。となると、あと十二時間……ちょうどいいな。じゃ、三交代制で、各四時間ずつってことで」
全員の顔を見渡しながらの祐一の発言。
端的な言葉であるため、これだけ聞いても何のことかはっきりとは分からない。
もっとも、彼らにとってはいつものことなので、意味が分からない訳はないのだが。
「分かりました。それでは、どういう風に分けるんですか?」
そして、少女達は一つ頷き、茜が代表して祐一に質問をする。
「ん〜、まず茜と詩子が十二時まで。んで、俺とみさきが四時まで。最後に佐祐理と留美が八時までってことで」
祐一の言葉に、全員が頷く。
祐一の言葉は、見張りと言うか警戒役と言うか、その割り当てを決めるためのもの。
こうした場所において、全員が一斉に寝るというのは、危険と言うしかない。
何せここは敵地……常に不測の事態に備えなければならないのだから。
それ故に、何人かが起きて警戒しておく、というのはごく当たり前のことだ。
「じゃ、よろしくな」
「二人とも頑張ってね」
「お休みなさい」
「それじゃ、よろしくね」
祐一達は、茜と詩子を除いて、それぞれベッドに潜り込んだ。
寝つきが良い彼らだからか、ほどなくして寝息が聞こえ始めた。
「はい、お休みなさい」
「任せといて」
茜と詩子の返事が聞こえていたのかどうか……それは分からない。
けれど、何の遠慮も躊躇いもなく熟睡している四人のその姿こそが、茜と詩子を絶対的に信頼している何よりの証。
だから、茜も詩子も、微かに嬉しそうな表情をしていた。
もちろん、周囲への警戒を怠ったりすることはなかったが。
「何もないのが一番なんだけどね」
「それを願いますよ」
何があっても対応できるように警戒しているわけだが、それが無駄に終わるのがベストなのだ。
そうあることを願いながら、見張りを続ける二人。
もっとも、結果を言ってしまえば、何も起こらなかったのだが。
こうして、穏やかに、緩やかに、夜は更けていった。
あるいはそれは、嵐の前の静けさに過ぎなかったのかもしれないが。
続く
後書き
微妙に理屈っぽい話になってますが、どんなものでしょう?
個人的には、こういう話の方が書きやすくはあるんですが。
第二章なんかは、わりと戦闘一色なんで、そう小難しくはならないと思いますが(もっとも、戦闘の展開はちょっとややこしくなるかも)、第一章と第三章はそうもいかないもので。
SSも創作活動の一種、難しいのは当然ですけど、いや実に大変です。
完結は遠いなぁ。