――十五年前、ルセイム地方、同日午後六時――



豪華で温かい、そんな家族の晩餐が終わってもなお。
ミシルの家のリビングから、楽しげな笑い声は途絶えたりしなかった。

思い出話に花を咲かせ。
未来予想図に夢をのせ。

多少からかいの要素はあったけれど。
苦笑が混じったりもしたけれど。

それでも、とても楽しい時間が、流れていた。

ゆっくりと。
ゆったりと。
静かに。
穏やかに。

家族の間で交わされる話に。
温かい笑い声に。
終わりなんてなかった。





生まれた時のこと。
幼年時代に、やんちゃで手を焼かされたこと。
小学校での様々な出来事。
勉強や運動といった様々なことに打ち込んでいたこと。


妹の誕生。
お姉ちゃんぶって、率先して世話をしていたこと。
妹もまた、母よりも姉を慕っていたこと。
でも、やっぱり二人とも母に甘えていたこと。


学校を出てからのこと。
街を出て働いたりしたこと。
でも、やっぱりこの街に戻ってきたこと。
家族と共に過ごした毎日。


そして、出会い。
生涯を共に歩むことを願える人との、出会い。
幸せな毎日。
幸せな結末。


やっぱり、明日のこと。
明日から始まる新しい日々のこと。
家族を、家庭を持つこと。
これからの展望。





そんな話をすることは、とても幸せなことで。
そしてとても温かいもので。
心満たされる、そんなすばらしいことで。
そしてとても優しいもので。

だから、ミシルはこれ以上ないくらいの笑顔だった。
幸せに溢れている、そんな笑顔だった。

父が笑って。
母が笑って。
弟も笑って。
姉も笑って。
だから、ミシルも笑って。

平和な時間。
穏やかな時間。
素敵な時間。
大切な時間。

いつまでも続いていくと思う必要もないくらいの、ごくごく当たり前の日常で。
壊れるなんてことを考える必要もないくらいの、ごくごく自然な光景で。










でも。










やっぱり、永遠なんてないのだ、と。
壊れないものなんてないのだ、と。
不変のものなんてないのだ、と。
日常は、脆く儚いものなんだ、と。










知りたくも、なかったのに。
考えたくも、なかったのに。
気付きたくも、なかったのに。
理解したくも、なかったのに。















ミシルは、教えられることになる。
思い知らされることに、なる。

一切情の介入など存在しない……
そんな、最悪のシナリオの中で。















神へと至る道



第35話  自らの蛮勇に気付かぬ者















「邪魔よッ!」

走る速度を落とさず、空中から飛来した魔蝙蝠を、留美が拳で叩き潰す。
倒したそれに目をやることなく、留美は真っ直ぐに走り続ける。

「だいぶ深くまで来ましたねー」

佐祐理もまた、かなりの速度で走り続けているにも関わらず、大して疲れた様子も見せずに、そんな言葉を口にする。
祐一とみさきを置いて駆け出した後、襲い掛かってきたのは、洞穴内に生息している魔獣のみ。
その魔獣にしても、一撃で葬れる程度の強さしかないので、時間も手間もかからない。
その結果、さして時間もかからずに地下三階へと到達することができた。





と、通路を抜けた先にあった広間に、体長二メートルほどの狼が待ち構えていた。
まるで彼女達がやってくるのを待っていたかのごとき態勢。
ここが地下であることや、不自然なほどの銀色の毛並みも合わせて考えれば、答えは一つ。

「……能力、ですか」
「タイプMってことだね」

茜と詩子が、警戒を崩さぬまま、呟く。
隙あらば襲い掛かろうとしている狼。
これは、能力者が自身のエネルギーでもって具象化した架空の生物なのだろう。

「気をつけて。結構手強いわよ」
「お願いしますね」

留美と佐祐理は、動くつもりはないらしい。
二人の言葉に頷きを返したのは茜。
そのまま一歩前に出る。

「では、急いで片付けましょう」

茜は、その手に蒼き刀身を出現させ、何の躊躇いもなくそれを振り上げる。
対象たる狼との距離は、十メートルを下らない。
剣が届く距離などではないはずなのに、茜は意にも介していない。
それを見て取って、警戒するかのように身を屈める狼。
次の瞬間。



ヒュッという音を残し、蒼き刀身が牙を向いて、狼に襲い掛かった。
それは一瞬の出来事。
蒼の刃が、衝撃となって狼に迫る。
茜の手にあったのは、わずか一メートル程度の刀身だったのに、腕を振り下ろした瞬間に、いきなりぐんと伸びたのだ。
怖ろしいほどの速度で、蒼の衝撃が、狼の足元目掛けて押し寄せる。

足元を砕かんとばかりに迫る蒼の襲撃に対し、狼は跳躍することによって、これを回避。
そして、その跳躍の直後に、ズガッという破砕音と共に、刀身が床に食い込んでしまう。

完全に床に突き刺さった刀身……深々と呑み込まれているそれは、ちょっとやそっとでは抜けそうにない。

それを勝機と感じ取ったのか、狼が茜に目をやり、口元が少し歪む。
着地した瞬間に、その場を飛び出し、彼女に食いかかる心積もりなのだろう。
けれど。





「?!」

着地寸前に、狼の目が狼狽の色に染まる。
その目の前を、いきなり蒼い影が通り抜けたからだ。
それは確かに、茜の能力のそれ。
下から上へ……完全に床に突き刺さっていたはずなのに、なぜそれが未だに動くことができるのか?
そんな疑問を感じる暇もないままに、そしてそんな様子を嘲笑うかのように。



シュルッ、と一条の蒼が狼の首に回される……そう、まるでその首を絞めるかのように。
狼の目に飛び込んできたのは、刀だったはずのそれを、まるで鞭かロープかのように扱い、操っている茜。
そして、しなやかに空間を踊る蒼の刀身。
首に巻きついているひんやりとした感触に、恐怖を覚える前に。



「さよならです」



茜の言葉と共に、狼の首に絡まっている部分が、瞬時に刃に変わる。
そして、茜が思いっきり腕を後ろに引っ張った。
瞬間、狼の首が切断され、そのまま広間にボトリと落ちる。



「なっ……!」



広間の奥から響く驚愕の声……と同時に消滅する狼の体。
常軌を逸した不可思議な武器に対して、思わず漏れた声。

「そこにいたんですか」

茜がそちらに目をやる。
手から伸びた刀身は、床に突き刺さっている部分だけは刃のようになっていたが、それ以外の部分は、まるで一本のロープの様な柔らかさをもって床に横たわっていた。

くいっと腕を振り上げる茜……すると、まるで茜の手元に吸い込まれるかのように、刀身があっという間に短くなっていく。
床にだらしなく横たわっていた部分がなくなると、手元と突き刺さった部分が一直線となるため一瞬動きを止めたが、その抵抗も長くは続かず、バキンッという音と共に床がえぐれ、刀身は元の長さに戻る。

「……」

無言で駆け出す茜。
彼女は、声が漏れた方向へ迷いなく駆ける。
そして、人影を視界に入れると、再び腕を振るう。
繰り出された蒼が、その人影を斬り裂き、場は改めて静寂に包まれた。
あっという間の出来事。
呆気ないほどの幕切れ。





「さっすが茜」
「このくらいは当然です」

駆け寄りながら褒める詩子に、当たり前と言わんばかりに返す茜。
そして、四人は一つ頷くと、再び奥へと走り始めた。





祐一は、先に行け、と言った。
すぐに追いつく、とも。

ならば、立ち止まって待っている訳にはいかない。
期待を、信頼を、裏切ることなど、できるはずがない。

できる限り速く。
できる限り早く。

敵を排し、障害を排し、道を切り開き、神器を手に入れる。

それが、『九龍』の一員たる彼女達の仕事。
何よりも大切な誇り。
かけがえのない想い。

だから、迷いなく駆け抜ける。
焦らず、けれど迅速に。










「まさか、もうここまで来るとはな……あの役立たず共は、足止めさえも満足にできないのか」

ほどなくして、再び開けた視界に、三人の男達がいた。
攻略途中に鉢合わせたとも取れるし、少女達の存在を感知し、彼らが食い止めようと考えて待ち伏せていたたとも取れる。
どうあれ、これもまた敵。
排すべき障害。

地下一階にいた連中と違い、明らかに能力者の目。
ならば、戦う以外に選択肢はない。



「私達の邪魔をするんですね?」

茜が問う。
最後通牒とも言えるし、単なる確認とも言える。
どうあれ、この男達が引くことはないだろうから。
それが分かっているから。

「当然だ。それが俺達の仕事だからな」

そして、それは相手も同じ。
神器の奪取を最大の目的としている以上、排斥せねばならない。
茜達が引くとは、微塵も考えていないだろう。
戦闘態勢をとっていることからも、それは明らかだ。



「では、誰が行きますか?」

佐祐理の発言。

「順番だと佐祐理さんだね」

詩子の発言。

「それではお願いしますね」

茜の発言。

「あ、でもあまり派手な能力はダメですよ」

留美の発言。



「わかってます、では行きましょうか」

そう言うと、佐祐理はファイルを出現させる。
油断なく見据える男達。

出現させたファイルから何が飛び出すかわからない。
男達の目にあるのは、未知なるものへの警戒。
いつでも行動に移れるように、体勢を低くしたまま、機を窺う。



「では、これで行きますか」

笑顔でそう言う佐祐理が、一枚の紙を取り出す。
パタンと閉じたファイルは、すぐに虚空にかき消える。
そして、手元の紙もまた、無へと還る。



徐にポケットに両手を入れる佐祐理。
取り出したのは、スーパーボールが八つ。
それをグッと両手に握り締める。

エネルギーに満ちたその状態に警戒を強めていた男達だったが、その内の一人が、一瞬のうちに腰の剣を抜き放ち、一足飛びに佐祐理に斬りかかってきた。
先手必勝。
作戦としては悪くない。

「ふっ!」

駆けるその速度を加味した、峻烈な剣撃。
もっとも、それは普通の能力者にとって、の話だが。



その剣の速度よりなお速く、佐祐理がその場から姿を消す。
それを見て、男は一旦止まり、佐祐理の気配を探る。
後ろの男二人は動く様子も見せない……ここは手を出さない、ということか。

「それでは、さようならです」

一瞬のうちに壁際まで移動していた佐祐理が、両手を前に突き出す。
その声にハッとして顔を向けた男達の目に映ったのは、自分達に照準を絞っている、少女の両腕。



――絶えざる供給(マジカル・ショット) ――



と、その突き出された手から、猛烈な速度で、スーパーボールが飛び出す。
それはまるで弾丸。
その能力について考察する間もなく、男達に接近する八つのボール。

「くっ……!」

何とか間一髪回避。
耳元を掠めた瞬間の、空気を切り裂く甲高い音に、その威力の高さを知る。
ギリギリの時間。
ギリギリの距離。
第一撃は、三人共何とか切り抜けられた。



が。



「隙だらけですよ」

発射と同時に、高速で男達の一人に接近していた佐祐理が、回避に夢中で隙だらけだったその首をへし折っていた。
何でもないことのように話すその姿は、恐怖と美しさを兼ね備えたある種の威圧感を感じさせる。
だが、そんな彼女に意識を奪われる時間など、彼らにはなかった。



「ぐぁっ……!」

押し殺されたかのような呻き声が、別の方向に逃げていた、さらにもう一人の口から漏れる。
同時に聞こえたのは、骨が砕ける鈍い音。
肉を穿ち、噴き出す血がもたらす音。
体を抉られて、血反吐を吐きながら崩れ落ちる男。

その男に襲い掛かったのは、跳弾。
壁を破砕しつつも威力をほとんど落とすことなく、初弾を回避して、佐祐理に気をとられていた一人の男の背中に、その数発が突き刺さったのだ。
これが、この能力の特性。
初撃を回避しても、この狭い洞穴内では、幾度となく跳弾が襲ってくるのだ。
ボールがエネルギーを保持し続ける限り、その脅威は消えない。
決して一度や二度の回避で避けられる脅威などではない。



「くそっ!」

これで生き残っているのは、佐祐理に飛び掛っていた男一人。
悪態をつきながら、同じく自身に襲い掛かってきた跳弾を数発、剣で防ぐ。
その瞬間に彼の表情に苦悶の色が広がったのは、一瞬で二人の男が脱落したことによる精神的なものか、あるいは跳弾の威力による肉体的なものか。

「ほいっ」

そのずっと後方では、詩子が、三人の少女達に迫っていた跳弾を、春風の加護(フェアリー・クロス) で防御していた。
何をしていたかは当然男には分からないが、訪れた静寂から、もう跳弾がないことだけは理解できた。










男は、それでもすぐに気を取り直す。
同時に、眼前の標的に対する評価を改める。

危険。
この少女は危険。

脅威。
この能力は脅威。

男は、佐祐理一人に相手を絞る。
あるいは他の少女達に攻撃されるかもしれないが、そこまで気にしていては、また後手に回ることになる。
今の攻防から考えても、それは極めて危険な選択。

間違っていた。
最初から三人でかかるべきだったのだ。
相手が一人でくるから、男も一人で出ていたのに。
他の三人の少女達の警戒を、二人に任せていたのに。



この少女は、最初から男達三人を、一人で倒す気だったのだ。



実に恐ろしい。
そして同時に、その強さに、力に、感嘆せずにはいられない。
紛れもない強さを目にして、男の闘争本能に火がついた。



高揚感に浸る男は、迷いなく佐祐理に斬りかかる。
全身全霊の一撃。
相手に攻撃のチャンスを与えないための、渾身の一撃。
三人の少女達に対する警戒など、そこにはない。
それが故に、その力は強大。



初撃よりもさらに速い斬撃。
回避は難しいと判断したのか、佐祐理は動く気配を見せない。
そして、エネルギーを集中させた両手で、白刃取りのようにその一撃を防御する。
鈍い音と同時に、佐祐理の眼前で止められる男の剣。
衝突の瞬間、その衝撃に佐祐理の顔が微かに歪んだものの、それでも剣は止められてしまっている。

「くっ……」

しかし、これは男の理想の形。
佐祐理の苦悶の表情が、その何よりの証。








少女の能力は、おそらくタイプP。
男は、そう考えた。
凄まじい速度で牙を剥いたボール……これは確かに脅威。
跳弾も考慮に入れなければならないため、回避は困難。
そして生じた隙に乗じて、彼女自身も攻撃してくる。
後手に回っては、どこまでも危険。

故に、先手を取らせるわけにはいかない。
超高速でボールを発射する能力……これは確かに相当に強い。
だが逆に言えば、ボールを持たせたりしなければ、能力が発動されることはないということ。
ならば、両手を塞げばいいだけだ。



また同時に、彼女自身の攻撃力も侮れない。
隙をついたとは言え、十分な防御力を持つ彼の仲間の首を、一瞬でへし折ったのだから。
だからこそ、防御に集中せざるを得ない状態に、攻撃する余裕のない状態に、持ち込まなければならない。
それ故に、白刃取りで止めさせるというのは、男にとって理想的な形。



そして、彼は純粋なタイプP。
そんな自分の力と、この少女の力。
単純に比べた場合、軍配は間違いなく自分に上がる。
また、この膠着状態では、後ろの少女達とて、迂闊に手出しはできないだろう。

これ以上望むべくもない状態。
あとは、力でもって、彼女が力尽きるまで、剣を押し込めばいい。



勝利は、時間の問題。
それを確信し、けれど決して油断せず、彼女の一挙手一投足を見逃さない強い目で、男は正面から見据える。

佐祐理は、苦悶の表情で刀を必死で抑えている。
手にエネルギーを集中させ、攻撃の余裕はない。
同時に、防御も、もうもたないだろう。

けれど油断せず。
だから油断せず。

さらに力を込め、剣を押す。
徐々に、徐々に。
剣が佐祐理へと迫る。








「諦めたらどうだ? もう限界だろう?」

だからこそ、男は佐祐理に告げる。
諦めろ、と。
無駄なあがきで苦しむのはやめろ、と。

「もう、お前は十分やった。これ以上は意味はないぞ」

せめて楽に。
せめて一息に。

苦しまずに死なせてやる。

これが、男の礼儀。
強者に対する、礼儀。

事ここに至ってなお、後ろの少女達に動く気配さえ見えないことが多少不審ではあったが、特に気にもしない。
そして、佐祐理に言う……もう諦めろ、と。





「……そう、ですね。もう、これくらいで、いいでしょうか……」

佐祐理が、苦しみながらも、それでも何とか微笑み、それだけを言葉にする。
その言葉に、降参の意を見て取った男は、さらに力を腕に入れる。

せめて、一太刀で苦しまずに死ねるように、と。
そう、考えて。





「……さらばだ」

男が言う。

「はい、さよならです」

苦しそうに、けれど佐祐理は言う。










そして、佐祐理の手が離された。










噴き出す鮮血。

飛び散る血潮。

驚愕に染められた眼。



血で染まる視界。

血に濡れる広間。

静かにそれを見つめる眼。










「……強かったですよ、あなたは」

驚愕を貼り付けたまま、胸元まで己の刃で斬り裂かれて絶命する男に、そんな声をかけているのは、佐祐理。

生きていたのは、佐祐理。
勝ったのは、佐祐理。

死んだのは、男。
負けたのは、男。

佐祐理は、一度だけペコリと頭を下げる。
それが、礼儀。
彼女の、強者に対する、礼儀。

殺し合った者だが。
自分が殺した者だが。
自分を殺そうとした者だが。

それでも、彼女は敬意を表する。
受け止めた手に残る痺れが、男の力の何よりの証。





「それでは皆さん、行きましょうか」

それを終えると、彼女は振り返り、三人の少女達に先を促す。
ここでゆっくりとしている時間はないのだから。

「はぁ……やっぱり強いですね」
「跳弾は危なかったけど」
「それにしても、使える能力ですよね」

歩み寄ってくる三人。
彼女達は、あの危険な状況を見ても、佐祐理の勝利を、露ほども疑っていなかった。



なぜなら……



「そうですね。それに、この方が能力を勘違いしてくださいましたし」
「ボールを高速で飛ばす能力、とでも考えたんだろうね」
「そう考えさせるように仕向けたのでしょう?」
「さすが佐祐理さん……能力の使い方が上手いわ」

感嘆する三人。
そう、あの白刃取りの状況になったからこそ、三人は佐祐理の勝利を確信したのだ。





男は、佐祐理の両手を塞ぎさえすれば、彼女は無力化する、と考えた。
だが、それは間違い。

絶えざる供給(マジカル・ショット) は、そんなに底の浅い能力ではない。

その効果は、ボールを高速で飛ばすことなどではなく、“手にした物体に、運動エネルギーを与える”こと。
故に、手にする物体は、何もボールでなくても構わない。
それが物体である以上、彼女の能力は常に効力を発揮する。
そう、たとえ白刃取りの形であっても。

そして、運動エネルギーを与えられた物体は、彼女が手を離した時に、向けていた方向へと飛び出す。
飛び出すその瞬間までは、決して動き出すことはない。
それはまるで、バネにエネルギーを蓄えるが如く。


つまり、彼女がその物体を持ち続けている限り、そこにエネルギーは蓄積されていき、手を離した瞬間にその全てが解き放たれるのだ。


早い話が、白刃取りを続けている限り、彼女の手から剣へと、エネルギーを供給し続けることができるということだ。
そして、そのエネルギーが彼のそれを遥かに上回ってしまえば、手を離した時に、彼自身に襲い掛かることになる。

この能力自体も当然恐ろしいものだが、それ以上に、最初に高速のボールと跳弾、及び自身との連携攻撃を見せつけ、それがこの能力の特性だ、と印象付けるやり方。
佐祐理の能力の使い方と、相手の思考を巧みに誘導したことを、まずは褒めるべきだろう。





「さぁ、急ぎましょう」

そんな佐祐理の言葉で、四人は再び駆け出した。
『九龍』の進軍は、止まらない。









 続く












後書き



そも能力者による戦闘モノを書いてるはずなのに、本当に戦闘シーンが少ないなぁ、と改めて思ったり。

まぁ戦闘してれば面白くなるわけでもないですし、全体的な話の構造が明確に決まっている以上、思ったところで何もできないんですが(笑)

戦闘一色ってな話は、やっぱり書くの大変なんですよね、色々と。

第二章なんかまさにそれなんですが、本当に難しいですし。

必殺技なんか存在しませんからね、どうしても頭を使う必要があります……作者が(爆)

何とか上手く書き切れればいいんですけど。



さてさて、では最後に、佐祐理さんの能力説明を書いておきます。





倉田佐祐理 能力ファイル No.7(タイプC)

能力名 : 絶えざる供給(マジカル・ショット)

効果 : 生命エネルギーを運動エネルギーに変換し、手にした物体に与えることができる能力。
     佐祐理が手に持ちさえすれば、発動できる。
     そしてその物体は、手を離した瞬間に、向けられた方向へと運動を開始する。

     手に持つ時間が長ければ長いほど、大きなエネルギーを与えることができる。

     室内においては跳弾を利用できることもあり、スーパーボールを使うことが多い。
     なお、同時にエネルギーを与えられるのは、最大で八つまでである。