――十五年前、ルセイム地方、翌日午前八時――















夢。

夢を見ていた。

幸せな夢。

幸せだった頃の夢。



私がいて。

父がいて。

母がいて。

姉がいて。

弟がいて。



もちろん、友達もいて。

お隣のおじさんとおばさんもいて。

市場のおじさんもいて。

みんな、いて。



とりたてて言うこともないような、当たり前の日々。

毎日が、すごく当たり前で、何の変哲もなくて。

だけど、すごく大切で、何物にも代え難い、そんな日々ばっかりで。



あまりに幸せすぎて。

あまりに楽しすぎて。

その日々の区別がつかなくなってしまうくらい。

区別がつかなくても、それでも全てが大切な思い出だって言い切れるくらい。



姉と弟と一緒に、草原を駆け回ったこと。

家族で夜空を眺めたこと。

雨の日に、窓辺でお話したこと。

みんなが祝ってくれた、毎年のお誕生日会。

笑顔の私。

笑顔のみんな。

どれも、素敵な思い出。

セピア色した、思い出。





……なんで、こんな夢を見るんだろう?

ううん、そうじゃない……そうじゃ、ない……



なんで、こんなに悲しいんだろう?

なんで、こんなに哀しいんだろう?



笑ってるのに……夢の中の私は、みんなは、笑ってるのに……

なのに、何でこんなに悲しいの?

涙が零れそうになるの?

胸が締め付けられるような、そんな感じがするの?





……わかってる。

ホントは、きっと、わかってる。

私が目を開けたとき、目を覚ましたとき、多分、私は知るのだろう。

知ってしまうのだろう。



昨日の、あのお姉ちゃんの表情が……夢の中のそれとあまりに異なる、その表情が……

そう、教えてくれてる。



だから、こんな夢を見る。

こんな、幸せな夢を見る。



せめて、夢の中だけでも。

せめて、今だけでも。



それは、あまりに悲しいこと。

そして、あまりに苦しいこと。





頭の中でリフレインする、楽しかった頃の皆の声が。

浮かび上がっては消えてゆく、楽しかった頃の情景が。



目を覚ましたとき、完全な思い出となってしまうことを……

もう決して戻らぬ“過去”となってしまうことを……



はっきりと、知ってしまうのだろう……

目を背けることも、耳を塞ぐことも許されずに、突きつけられてしまうのだろう……





あぁ、この甘美な夢の世界が現実であったなら。

昨晩のことこそが悪夢であったなら。

目を覚ましたときに、お姉ちゃんが抱きしめてくれたなら。



こんなことを考えてしまう、ということ自体が、何よりの証拠。

理解している、証拠。





セピア色の情景が、白黒の絵に変わり、少しずつ遠ざかってゆく。

父の、母の、姉の、みんなの笑い声も、どんどん遠ざかってゆく。

どんどん、どんどん、遠ざかってゆく。



意識の向こうから、別の声が聞こえてくる……

これは、泣き声。

多分、泣き声。

誰かが、泣いている。

誰かが、叫んでいる。

きっと、私の知っている人が、私の知っている人のことで、泣き、叫んでいるんだろう。

そして、私も……















夢の終わりは唐突で。

現実の到来もまた、唐突で。

ミシルは、ゆっくりと目を開け、現実へと帰還した。



それは、絶望の始まり。

悲劇の始まり。

夢か現か、遠く聞こえる知った人の慟哭が、ミシルの心を現実に固着させる。



つーっ、と。

頬を、何かが流れた。















神へと至る道



第39話  剛毅なる龍の牙は















「佐祐理ッ! 絶えざる供給(マジカル・ショット) で頼むッ!」

魔竜が繰り出した第一撃を、飛び上がることで回避しながら、祐一が叫ぶ。

「了解ですっ!」

佐祐理が、そう返事し、スーパーボールではなく、テニスボール大の鉄球を準備、エネルギーを蓄え始める。
あの強固な竜鱗がある以上、生半可な攻撃では効果を発揮しないだろう。
なれば、量ではなく、質で攻めなくてはならない。
この場において、それが可能なのは、佐祐理ともう一人。

「留美っ! 分かってるよな!」
「もちろんよっ!」

祐一の言葉を待つまでもなく、留美がエネルギーを開放する。
身体から溢れ出す眩いほどの光が、広間を覆いつくす。
そのエネルギーの高まりは、彼女自身を巨大化させたかのように、彼女の存在感と威圧感をも高められる。
目に見えるプレッシャーとなり、魔竜をも警戒させるエネルギーの煌きが迸った。



「やっ!」

と、その一瞬の隙をついて、留美がその場を飛び出す。
蹴りつけた床の部分が、そのあまりの強さに破砕する。
それほどの勢いをも力に加えて、魔竜の足に、右のストレートを叩き込む。

「ギシャアッ」
「くっ……」

場に響くのは、両者の苦悶の声。
極大までに強化した留美の拳でもってしても、その鱗を完全に破壊はできなかった。
魔竜が上げた悲鳴から、ダメージこそ負ってはいるものの、人間で言えば、打ち身程度のものだろうと窺える。
とてもではないが、魔竜のもつ莫大なエネルギーを減らせるところまではいかない。



「気をつけてっ! 下手に殴ったら、こっちの腕が折れるわっ!」

魔竜の追撃を、後ろに下がることで回避しながらの留美の忠告……その恐るべき内容。
あまりの硬度のため、殴った方がダメージを受けるという。
極限までに拳を強化している留美ですら、殴った瞬間苦悶の表情を見せていたのだ……祐一達となれば、もはや言うまでもない。



「くそっ!」

祐一が、悪態をつきながら、広間を駆ける。
その走った後を抉る、魔竜の攻撃。

魔竜の振り回す腕が、脚が、尻尾が。
空気を、大地を震わせる。

この六人の中で、最も攻撃力の高い留美ですら、あの始末。
となれば、彼の攻撃など、それこそ蚊に刺された程度のダメージにしかならないだろう。
むしろ、魔竜の攻撃の餌食になるだけで終わる可能性の方が、遥かに高い。



「参りましたね……」

魔竜の攻撃をくらわないように回避行動をとりながら、茜が困ったような表情を見せる。
能力者、あるいは小型の魔獣が相手となれば、無頼の攻撃力を誇る彼女の弱点は、大型の魔獣に対する決め手の欠如。
その鋭い刃も、描く軌道も、自分と同等以下の大きさの者が相手だからこそ、最大限に効力を発揮できるのだ。

莫大なエネルギーと、巨大すぎるその体。
これほどの相手となれば、まず何よりも力が要求される。
技術以前に、単純に大きな力が。

そして、茜にはそれはない。
彼女では、重量級の相手は務まらない。



「ムチャなこと考えちゃダメだよ、茜。間接攻撃で行こっ」

詩子が、茜の傍で囁く。
見ると、にっこり笑顔を返された。
それを見て、茜も微笑みを返す。

「はい。詩子、援護頼みますね」
「りょーかい」

その言葉と共に、茜が、何処までも深い蒼(ミスティック・ブルー) を振りかざす。
その勢いのまま刀身を伸ばし、魔竜の目元を狙う。
当然、魔竜は首を振るい、それを防御する。
硬い鱗は、傷一つつかない。
だが。



「せいっ!」
「グゥッ」

茜の攻撃に気を取られたところで、留美がエネルギーを溜めて、先程よりも強い一撃を、先程と同じ箇所に当てる。
まるで鉄でも殴ったかのような鈍い音が、全員の耳に届く。
苦悶の声を漏らす魔竜。
それでもなお、目に見える傷はない。

留美は、追撃など考えずに、すぐバックステップでその場を退避。
一瞬遅れて、魔竜の拳が地面に突き刺さる。

揺れる大地。
震える広間。

まともにくらえば即死しかねない攻撃。
だから、何よりもまず、回避を最優先にしなければならない。



続けられる、ヒット&アウェイの攻撃。
と、魔竜が大きく息を吸い込む。

「ッ!」

それを見て取った詩子が、春風の加護(フェアリー・クロス) を広げる。
そこを襲う超高熱のガス。



「くっ……」

竜の吐息(ドラゴン・ブレス)
魔竜の持つ最大規模の攻撃の一つ。
その威力、範囲、共に、人間が持ち得る能力とは比べ物にならない。
普通の人間がまともに浴びれば、塵さえ残らないとまで言われる。
否、たとえ優れた能力者だとしても、まともにくらってなお生きていられる者など、どれほどいるだろうか。
竜という種族にのみ許された力。
これこそが、魔竜が最強の魔獣と呼ばれる所以でもある。



「詩子ッ!」

茜の叫び。
いかな攻撃でも、詩子の防御力ならば、確かに防ぐことは不可能ではない。
しかし、漏れ聞こえた苦悶の声が、茜を不安にした。

「だ、大丈夫。それよりも!」

未だに熱気に霞む視界の奥から聞こえてきた詩子の声に、留美が反応を示す。
そして、今の隙に蓄えたエネルギーを、拳に宿す。



最大級の攻撃は、それだけ隙も大きい。
威力が高い故に、どうしても硬直時間や、蓄積時間が出てしまうからだ。
されば、それを回避した直後とは、何よりの好機。
逸する訳にはいかない。



「やぁっ!」
「ギャァッ」

瞬時に駆け出し、全力で拳を叩き込む。
同一箇所への繰り返しの攻撃。
何かを潰したような、濁った音が響く。
今の攻撃により、ようやく鱗が割れ、始めて留美の攻撃がまともに魔竜に突き刺さったのだ。
言葉どおりに、魔獣の肉を抉っている留美の拳。
傷口からは、どんどんと血が溢れ出す。
漏れる苦悶の声も、先程よりもはるかに深い。



「シャアッ!」

だが、魔竜もただではやられない。
留美が腕を引き抜く前に、その脚を上げて振り回すことによって、留美の体を、遠心力で吹っ飛ばしたのだ。

「ぁっ!」

ものすごい勢いで、頭から壁に迫る留美。
それに気付いた詩子も茜も、場所の関係から間に合わない。
だが。



「っし!」

一歩下がっていた祐一が、その留美の体を、自分の全身を使って受け止めようと構えている。
呼吸を止め、ショックに備える。
そして、すぐに訪れる衝撃。
あっという間に留美の体が、祐一にぶつかり、二人揃って後方へと飛ぶ。



「くぁっ……」

ある程度のブレーキにはなったものの、それでも勢い全てを殺せたわけではなかった。
結局、壁のところまで吹き飛ばされて、留美の体と壁の間に挟まれてしまう祐一。
それを覚悟し、背中にエネルギーを集中していたこともあり、祐一のダメージはそれほど大きくなさそうだが、それでも決して小さくもない。



「だ、大丈夫? 祐一!」

首だけで振り返りながら尋ねる留美。
声が少し上ずっている。
彼女自身のダメージは、大したことがなさそうだ。

「な、何とか……」

頭を打たないように注意していたらしく、きちんと言葉を返してくる祐一。
細められた目には、多少苦悶の色はあったものの、無理しているわけでもなさそうだ。



「……っと。さて、頼むぜ、留美。あの戦法で問題はないから。もう少し時間を稼いでくれ」

少し動きが鈍ってはいるが、それでも立ち上がる祐一。
同じく起き上がった留美に向かって、祐一がそんなことを言った。
見れば、茜が注意を引きつけてくれている。
しかし、いつまでも引きつけていられるものではないだろう。

「えぇ、わかったわ」

しっかりと頷いて、勢いよく駆けだす留美。
祐一もまた、少し前に出る。
そして、静かに大地に手をあてた。





燃え盛る炎のような音を轟かせて、再び茜を竜の吐息(ドラゴン・ブレス) が襲う。
躊躇うことなく茜の前に飛び出し、その全てを受け止める詩子。

「っ……!」
「詩子っ!」

何とか防ぎきった詩子に、祐一の声がかかる。
いくら詩子の防壁が強固でも、限界はあるのだ。
不安になるのも無理はない。

「だ、大丈夫だよ、まだ……」

詩子はそう言うが、とても大丈夫そうには見えない。
おそらく、春風の加護(フェアリー・クロス) の淵から漏れる余波のようなもので、ダメージを受けてしまうのだろう。
いくら大部分を相殺しているといっても、この調子ではあとどれだけ耐えられるものか……

「詩子! あと何発耐えられる?!」

留美の攻撃が再び決まるのを横目で見ながら、詩子にそう尋ねる祐一。

「ん……あと二回が限界かな、多分」

余波に自分が耐えられないという意味か、春風の加護(フェアリー・クロス) が耐えられないという意味か。
絶対の防御力を実現する詩子の能力にも、許容限界が存在するのだ。
それを超えれば、詩子に防ぐ手立てはなくなる。
ともあれ、彼女の言葉を信じれば、あと二回は耐えられるだろう。
その掠れた声から考えて、それさえもギリギリかもしれないのだが。



「何とか頑張ってくれ!」
「りょーかいだよ」

意識して軽い調子の言葉を交わし合う二人。
再び魔竜と対峙する留美と茜。
首をもたげる魔竜……またしても竜の吐息(ドラゴン・ブレス) だろうか。
そう判断して、詩子は春風の加護(フェアリー・クロス) を構え、留美は追撃のためにエネルギーを溜める。





「グゥゥゥゥゥアァァッ」

と、魔竜が大きく息を吸い込んでおきながら、竜の吐息(ドラゴン・ブレス) を吐くことなく、突然、両腕を大きく振り回してきた。
息を吸い込んだことはフェイント……それに気付いた時には、既に三人とも、竜の吐息(ドラゴン・ブレス) がくることを見越して行動を始めてしまっていた。

完全に虚を突かれた形の三人。
それでも、茜と詩子は回避できた。
だが、留美は、既に大きく踏み込んでいたため、まともに攻撃をくらってしまう。



「……!」

鈍く、けれど大きな衝撃音が、茜と詩子の耳に届けられる。
声も出せずに、後方へと吹き飛ばされる留美。
彼女の生命エネルギーの障壁を、易々と突き破る魔竜の拳。

骨の砕ける嫌な音と共に、鮮血が舞う。
宙を飛ぶ体、宙に散る鮮血。
まるでスローモーションのような、そんな映像。

時が止まる。
隙だらけの魔竜に、けれど誰一人攻撃できない。
と。



ドサッ、という音とともに、はるか後方に落下した留美。
傷口からは血が溢れ、地面へとそれが広がってゆく。
声もなく、ピクリとも動かない体。
目を見開く茜と詩子。
だが。





「茜ッ! 目を狙えッ!」

蓄積したダメージと、脚に集中した意識、そして攻撃直後の隙。
その好機を、祐一の声が、茜の脳へと届けた。
瞬間我を取り戻す茜と詩子。

「詩子っ! 援護をっ!」
「わかってるっ!」

二人並んで、魔竜に駆け寄る。
攻撃射程内に入るや否や、茜が腕を振り上げた。
凄まじい速度で、一直線に目へと押し寄せる蒼の衝撃。



「ギャアァァァァァッ!」

それが突き刺さった瞬間、確かに眼球を潰した、とわかる音が、微かに耳に届く。
遅れて発せられた一際甲高い悲鳴が、広間に木霊する。
狙い過たず、茜の手元から鋭く伸びた蒼は、魔竜の左目を貫いていた。
その刹那後、ほとんど反射的な行動なのだろう。
魔竜が、怒りの表情そのままに、竜の吐息(ドラゴン・ブレス) を、茜に向かって吐き出す。

「っ!」

それを、彼女の隣にいた詩子が防ぐ。
漏れる余波が、二人を焦がす。
肌を焼くような熱波に、表情を歪めて耐える両者。

そして、その攻撃が終わると、すぐにその場を飛び退く。
瞬間、大地に突き刺さる腕。
一瞬の遅れも許されない、限界ぎりぎりの攻防。

「ギャァァァッ!」

しかし、今回はそれ以上の追撃はない。
目から伝わる激痛に、魔竜がのたうち回っていたからだ。
腕が、脚が、尻尾が、辺り構わず振り回される。





「留美はっ?!」
「祐一っ!」

茜と詩子が、後ろに下がりながら、留美の容態に気を巡らせる。
あの魔竜の攻撃を直に受けては、即死すらあり得る。
いくら祐一でも、死んでしまった者は治せない。

不安が脳裏を過ぎる。
想像ばかりが先行する。

その内心を隠しもせずに、二人は祐一と留美がいるだろう方向に目をやる。
視界に飛び込んでくるのは、床に倒れている留美と、その傍に跪いている祐一。



「大丈夫だっ! 何とか治せるっ!」

祐一は、留美に両手をかざし、治療に当たっていた。
たとえ致命傷であろうと、その鼓動が止まってさえいなければ、完全に癒すことのできる白き光。
それが、祐一の両手から留美の体に流れ込み、その深い傷を癒していた。

祐一の能力が作用している以上、留美は絶対に助かる。
それを理解して、一瞬安心したような表情を見せる茜と詩子。
だが。



「茜っ! 詩子っ! 油断するなっ!」

その声に、はっとなる二人。
しかし、失態に気付いた時には既に遅し。
目を潰していたからといって、安心すべきではなかったのだ。

二人が振り返ると、左目から血を流しながらも、睨みつけてくる魔竜の姿があった。
一頻り暴れて、微かにでも落ち着きを取り戻してしまったのか。
その表情から窺えるのは、確かな怒り。
そして、それを認識した瞬間に、魔竜の巨大な口が開き、闇が二人の眼前に広がる。



「っ!」
「くっ!」

津波のように襲いくる、今までよりもさらに強力な竜の吐息(ドラゴン・ブレス)
反射的に振りかざした春風の加護(フェアリー・クロス) をも焼きつくさんとばかりに、高熱のガスが二人に向かって浴びせられる。
全てを焼き尽くし得るほどの熱量。
全てを塵へと帰さんばかりのエネルギー。
未だかつて経験したことのないほどの威力を前に、人である茜や詩子に抗する手段などなかった。

「っ……!」
「あぁっ……!」

漏れ出る余波も、先程とは比べ物にならない。
おそらく、この魔竜の最強の攻撃。
そのエネルギーの巨大さに、空気が揺らぐ。
まるで周囲の空気すらも燃えているようだ。
およそ人の知る領域にはない威力。

永遠にも思える一瞬。
しかし、それにも当然終わりはある。
そんな攻撃の終わった瞬間に。



フッ、と。
何の前触れもなく、春風の加護(フェアリー・クロス) が消滅した。
それはつまり、二人を守る防壁の消失に他ならない。

「きゃあっ……!」
「あっ……!」

最後の最後だったとは言え、竜の吐息(ドラゴン・ブレス) が、ほんの僅かだが、二人に直撃する。
微かに漏れる悲鳴も、ブレスの噴出音にかき消された。
それは一瞬の出来事。





「茜っ! 詩子っ!」

悲痛な祐一の声。
二人は吹き飛ばされ、そのまま大地に倒れ伏す。
春風の加護(フェアリー・クロス) の許容限界を超えたため、僅かにオーバーした分が、二人に襲いかかったのだ。
倒れたまま、言葉もない二人……生きてはいるようだが、意識はないらしい。
おそらく、全身が大火傷を負っていることだろう。
たとえ一瞬のことと言っても、あれほどの高熱ガスを浴びて、無事でいられるはずがない。
二人の負った火傷が重症の部類に入ることが、遠目にもはっきりとわかる。
間違いなく、生死に関わる事態。





「くそっ!」

ギリ……と奥歯を噛み締める祐一。
その表情は、どこまでも厳しい。
とそこで、留美のケガが完治する。

「う……祐一?」

目を覚まし、体を起こした留美が、すぐ傍にいる祐一を見る。
だが、彼が苦悶の表情でどこかを見ていることに気付き、それに倣う。
そこに見えたのは、大地に倒れ伏し、ぴくりとも動かない二人の姿。
その体に負った多大なダメージ。

「茜っ! 詩子っ!」

悲痛な声。
歪む表情。
カッと頭に血が昇りそうになる。
だが。

「落ち着け、留美。二人は生きてる。急いでこいつを倒すぞ」

冷静な声で、祐一が留美に告げる。
その声で、彼女も、失いかけた冷静さを取り戻す。



「……わかったわ。指示出して、お願い」

冷静に、しかし強く目の前を見据える留美。
今はまだ、二人の心配をするべき時ではない。
全ては、目の前の脅威を取り払ってからだ。

「あぁ。留美の攻撃で、大体相手の強度もわかった。もう十分だろう。アイツの腹に一撃入れてくれ。入れたらすぐに飛び退けよ」

指示を出す祐一。
こくりと頷く留美。



そして、一瞬後、力強く大地を蹴り、留美が鋭く前方に飛び出す。
虚を突かれたのは魔竜。
倒したはずの人間がいきなり全快していては、それは驚くだろう。
だが、その驚愕が一瞬生んだ隙は、致命的だった。

「はぁっ!」
「グァッ……」

渾身の一撃を、無防備なところにくらい、さすがの魔竜も一瞬動きを止める。
その隙に、留美はその場を離脱。
その直後、怒りに燃えた目を留美に向け、魔竜が追撃しようとした。

魔竜が見ていたのは、留美ただ一人。
それ故に、自身の足元の大地が、突然弾けたことに、気付くことはできなかった。



「ギャアアアアアッ」

悲鳴を上げる魔竜。
無事だった右目に、大地から突然飛び出した岩石が、すさまじい勢いで突き刺さり、その機能を奪い去ったのだ。
両目を失い、訪れた暗闇と激痛に、混乱の極みに達する魔竜。
もはや、攻撃どころではなかった。





時間は十分。
隙も作った。
攻撃できる箇所をも作り出した。
今が好機。





「佐祐理っ!」
「はいっ!」

祐一の合図に答える声。
今の今まで耐え続け、エネルギーを溜め続けていた佐祐理が、留美の拳によりひびの入った腹部に、照準を絞る。
左手を右手に添え、狙いを定める。
右手にあるのは、鈍く輝く鉄球。
怖ろしいほどに蓄えられたエネルギーを解き放つべく、彼女は静かに右手を開いた。



瞬間、束縛から解き放たれた鉄球が、一瞬のうちに最大速度にまで加速され、魔竜の腹部へと一直線に襲いかかる。
それはもはや、肉眼では捉えきれないほどの速度。
いくら硬くとも、ひびの入った鱗では止められるはずもなく、硬い壁を突き破ったような音とともに、鉄球は魔竜の腹に喰らいついた。
衝撃の瞬間に飛び散った鮮血と鱗の破片が、その威力の高さを物語る。

荒れ狂う一撃は、鱗を破壊した程度で治まるものではない。
牙を剥いた鉄の塊は、魔竜を内部から破壊してゆく。
鱗を突き破り、筋肉を、内臓を、食い破る。

血反吐を吐く魔竜。
おびただしい量の出血。
突き破った部分からも、口からも、溢れ出て止まらない。



「グオオォォォン……」



断末魔の叫びを残し、魔竜がその巨体を地に沈める。
微かに揺れる大地。
流れ出る血は止まらないものの、もう魔竜が動くことはなかった。










「茜っ! 詩子っ!」

急いで駆け寄る祐一。
遅れてやってくるみさきと留美と佐祐理。

「う……」
「祐ちゃん……」
「ひどい……」

二人の体も顔も、広範囲で焼け爛れていた。
ギリギリまで春風の加護(フェアリー・クロス) で防御していたのに、一瞬浴びただけでこの状態になったのだ。
改めて、この魔竜の強さが知れた。

火傷の程度も、重症の部類に入るもの。
服を焼き尽くし、皮膚を爛れさせ。
病院に担ぎ込まれたとしたら、医者は無言で首を横に振るだろう。
皮膚を失ってしまっては、人間は生きてはいけない。
移植手術という手段はあっても、それに耐え切れるかどうか、という次元の傷なのだ。
けれど。

「二人とも、今すぐ治してやるから……」

無言でみさきから渡された布を二人にかけてやり、すぐに治療にあたる。
目を閉じた祐一の両腕が、白い輝きに包まれた。

その手を、二人にそれぞれそっと触れさせる。
淡い輝きが、二人の負傷した部位を、みるみるうちに再生してゆく。
それは恐ろしいほどの速度。
文字通り驚異的な速度で修復されてゆく二人の体。
火傷する前の状態に治るのに、一分とかからなかった。

「ふぅ、一安心ね」
「よかったぁ……」
「よかったです」

その変化に、留美とみさきと佐祐理も、安堵の息を漏らす。
修復されているということは、二人が生きているその何よりの証。
死んでいては、いかに祐一の能力と言えど、効果を発揮しないのだから。

そして、三人とも笑顔に変わる。
どうあれ、全員生きて、魔竜を撃退できたこと……その事実が、三人に安堵をもたらす。

目が覚めるまでには、もう少し時間がかかるかもしれない。
そう判断し、祐一は三人に茜と詩子のことを任せてから、神器を取りに、奥の方へと駆けていった。
神器の入手を妨げる存在は、もうここにはいないのだから。





「ん……」
「あ……」

三人が祐一を見送ってから、ほどなくして二人が目を覚ました。
と、先程までの戦闘に思い至り、バッと体を起こす。
しかし、遠くに魔竜の死体が見えたことで、自分達の勝利を知り、こちらも安堵の表情に変わる。

「勝ったんだね」
「良かったです」

ホッとしたような声。
茜と詩子が、すぐ傍にいる三人に、笑顔を向ける。

と、無言で佐祐理が二人に服を差し出す。
それを見て、ようやく自分達の状態に思い至ったのか、少し赤くなりながら、急いで服を着る。
祐一が神器を一人で取りに行ったのも、このためだろうか。
とりあえず、二人が着替えを終えると、佐祐理が大声で祐一を呼ぶ。

だが、神器の安置場所が、かなりここから離れた所にあったらしく、祐一が戻ってきたのは、それからしばらく経ってからだった。
駆け寄ってくる祐一の手には、白銀の三神器。
それを見て、思わずため息を漏らす五人。

名前の通り、透き通るような白銀をしたその姿は、見る者が心奪われるのも至極当然のこと。
まるで一切不純物のない、まっさらな白雪のような色合い。
そんな薄く鋭い刀身は、けれど何にも勝る強さを秘めている。
触れれば壊れそうなのに、同時に触れた方をも壊しそうな危険な空気。
儚くも強く、美しくも恐ろしい。
なるほど、確かに本物の神器のようだ。



「じゃ、急いで帰ろうよ。レベラインさんも心配だし」

しばらくの間、神器に心を奪われていたのだが、みさきが言った言葉に、ようやく顔を上げる他のメンバー。
確かに、まだ全てが終わったわけではないのだ。
落ち着いている時間はない。

「そうだな、急ぐか」
「はいっ」
「うんっ」
「はい」
「そだね」
「えぇ」

祐一の言葉に力強く頷く五人。
そして、階段に向かって駆け出した。
最後に一度だけ、魔竜の方に目を向けてから。



あとは地上に帰るだけ。
帰って、“最後の仕上げ”を完遂させるだけ。
今、地上がどうなっているのかを気にしながら、意を新たにする祐一。

手は打ってある。
策は講じてある。

それでも、急ぐに越したことはない。
駆ける祐一達の速度が、少しだけ上がった。









 続く












後書き



長い長い。

さすがに今回の話はしんどかったですね、うん。

戦闘シーンを描くのって、難しいですね、やっぱり。

文章で情景を描写することの難しさを痛感します。

ちゃんと戦闘の臨場感を出すことって、できる人にはできるんでしょうね。

誰か上手く描く方法を教えてください(涙)