「通称“ルセイムの能力者狩り”。表向きには、十五年前、ルセイム地方の危険思想の持ち主である能力者の撃退と、その者達が強奪したという神器の奪取を成し遂げた、アルハース家の者達の英雄活劇」

静寂の場に響き渡る声。

「だがその実態は、能力者に対する一般人の誤解と思い込みにつけこんだ、単なる虐殺と強奪」

静まり返った場を意にも介さず、ゆっくりと歩み寄ってくる少女が一人。

「十五年前、事業に行き詰っていたアルハース家は、持つ者に富と繁栄をもたらす、と謳われていた“白銀の三神器”に目をつけた」

少女――雪見は、静かに言葉を続ける。

「だが、それを所有していたのは、能力者達が住む街……交渉は上手くいかなかった。そのため、あろうことか非常手段に訴える」

静かに、静かに。

「武力でもって街を攻め、有無を言わさず強奪するという暴挙に出ることを選択し、そして実行に移した」

冷厳な眼差しで。

「ここには、二つのメリットがあった……すなわち、富と名声の一挙両得」

冷厳な声音で。

「当時の風潮を利用すれば、能力者達の虐殺を正義にすることは、さして難しいことではなかった……マスコミと民衆の感情を、上手くコントロールすることさえできれば」

無表情に、けれど、無感動ではなく。

「結果、危険な能力者を未然に討ち取ったとして、アルハース家の名は、広く知られることになる」

確かな怒りを、そこに。

「そして、教会に安置されていた神器と金品の奪取。狡猾だったのは、強奪した金品を、慈善団体に寄付したこと」

静かな憤りを、そこに。

「それ故、アルハース家に対する一般人からの反応は上々。また、事業も軌道に乗り、確かに富と繁栄がもたらされることとなった」

確かに、静かに、感じさせながら。

「けれど、成したのは、ただの虐殺とただの強奪。平和に暮らしていた能力者達に対する、許されざる暴虐……そう、彼らには、戦う術などほとんどなかったのに」

歩み寄る速度は変わらず。

「街に住んでいた者達は皆、家族を……生活を……幸せを……理不尽に奪われた」

表情も、変わらず。

「その数日後、報復行為に出た一人の男がいた……名前は、クリス。婚約者の味わった苦痛と恐怖と屈辱を、その無念を、少しでも晴らすべく、彼はアルハース家を襲撃した」

余裕を失った二人に。

「だが、それが成功することはなく、単なる逆恨みとして扱われ、復讐を遂げることもできずに、無念の死を遂げる」

言葉も失った二人に。

「そして、不幸にもそのことが、能力者の危険性を、アルハース家の正当性を、補強することとなってしまう」

ようやく絶望を知った二人に。

「結果、ルセイム地方の能力者達は、それからも度々、謂れ無き暴力を味わい続けることとなってしまった」

冷ややかな視線を向けながら、やはりゆっくりと歩み寄る。

「……それだけのことをやらかしたんだから、追い詰められた以上、潔くしてほしいものね」

そして、美汐達の傍まで辿り着き、発せられるのは最後の詰問。

「さぁ、選びなさい。大人しく白状するか、大人しく殺されるか。答えは一つしかないでしょ?」















神へと至る道



第42話  幕引きのとき















シリックとミランは、ただ恐怖に震えていた。
さしもの二人も、もう恐怖に支配されずにはいられなかった。
突然現れた彼女らの、その冷酷さも、その強さも。
もう、自分達が絶望的なのだ、と自覚させられるものだったのだから。

「さてと。みんな、お疲れ様」
「……大したことはなかった」
「えぇ、そうですね」
『問題ないの』
「えへへ」

雪見の言葉に、微笑みながら返す少女達。
場の空気にそぐわぬ、穏やかなやり取り。

「で、結界は?」
「もう解除しましたよ」

美汐が指差す。
そこには、未だ呆けている執事と、ぽっかり口を開いた洞穴の入り口。
安心したように頷く雪見。

「ふーん……あら、どうやら時間切れみたいね」



と、執事が我を取り戻したかのように、辺りを見回す。
そして、その視線が美汐達の方向を向いた瞬間、その目が驚愕に満ちる。
視界の先には、屈強な騎士に身柄を拘束されている自らの主。

「だっ、旦那様っ!」

慌てた様子。
狼狽がそのまま表れた声。
そして、少女達を睨みつける。
懐に手をやる……武器を取り出して、少女達に攻撃を仕掛ける算段だろう。
けれど。





「させない」

静かなその言葉が執事の耳に届いた瞬間、彼の目の端に、踊るように空を舞う黒髪が見えた。
また、その意味に、その後の展開に、彼の思考が達するより早く。

彼の視界が、一瞬のうちにノイズで埋められる。
遅れて感じる、自分が物凄い勢いで吹っ飛ばされている感覚。
さらに遅れて、肺が潰されるような強烈な圧迫感。

「……かっ……」

上げようとした悲鳴は、けれど言葉にならず。
動こうとしたその手も、けれど形をとらず。

「しばらく、大人しくしてて」

涼やかな声音。
けれどそれはもう、執事の男には届いていなかった。
彼の攻撃を妨害し、沈黙させたのは、舞。
彼女が剣を振りぬいた格好でいたのも束の間……すぐに直立の体勢に戻ると、一瞥さえくれることなく、元いた場所へと踵を返す。





「ひっ……」

腰を抜かしていた老女……シリックとミランの母親が、体を大きく震わせる。
一瞬のうちに、自分達が危機的状況に叩き込まれたことを察し、その場を逃げようと後ずさる。

「……動かないで」
「っ……!」

静かに響いた舞の声。
その声の持ち主は、彼女の頼りにしていた戦力をゼロにした張本人。
それが故に、彼女は動きを止めざるを得なくなる。

「……これ以上、手間を増やさないでください。大人しくしていれば、何もしませんから」

美汐の声。
淡々としてはいるが、それが故にかきたてられる恐怖。
下手に動けば、男達を戦闘不能にした剣は、彼女に襲いかかってくるだろう。
それを理解してなお動く気力など、彼女にあるはずもなかった。

「とりあえず、あの連中は拘束しておいた方がいいんじゃない?」
「いえ、その必要はないかと。もはや自力で立ち上がることもできない状態ですから」

動きを止めた老女から、倒れ伏すボディーガード達を見渡しながら、雪見と美汐が言葉を交わす。
美汐の言葉どおり、男達はただ大地に沈むのみ。
抵抗以前に、身動き一つ満足にとれない状態ならば、美汐の言うとおり、拘束する必要はないだろう。
雪見もそれに頷き、改めて洞窟の入り口へと目を向ける。
当面の課題は一通り片付けた。
後は……










「よっと。お、結界が消えてる」
「わ、ホントだ」
「あ、みんな来てるね」
「……これが祐一の策だったんですか」
「あの二人も倒れてるし、上手くいったのね」
「あ、舞ー」

雪見の視線を待っていたかのように、タイミング良く洞穴から出てきた祐一達。
その表情は、出てきた瞬間にそれぞれ変化を見せる。
もっとも、祐一以外は、留守番だったはずの四人が来ていることに驚いているようだ。
佐祐理は、単純に舞の姿がそこにあったことに喜んでいるようにも見えるが。

そんな驚きの表情も、次の瞬間には安堵のそれに変わる。
留守番組の少女達の表情が、全て上手くいったことを教えてくれていたからだ。
駆けていた速度を緩め、歩いてそちらへ向かう祐一達。





「あ、あなた達……」

驚愕の声を漏らすのは、レベラインだった女性――もう、自分が元の顔に戻っていることさえ忘れているらしい。
それは、絶望的に思っていた祐一達が、ほとんど無傷で帰還したことに対する、その驚愕故か。
そんな彼女に対して、祐一は軽く手を上げて口を開く。

「よ、レベラインの偽者さん……いや、ミシル、か」

何でもないことのように話す祐一。
彼は、軽く微笑みさえ浮かべていた。

驚くのは彼女――ミシル。

どうして、自分の名前を知っているのか。
どうして、自分の素顔を知っているのか。
どうして、利用しようとした自分に、笑いかけられるのか。



「どうして……?」

様々な意味をこめた、“どうして”という疑問の言葉。
それ以上、言葉が続かない。
見開かれた目は、やはり祐一に固定されたまま。

「ん? まぁ、伊達にS級名乗ってるわけじゃないってことさ」

変わらず軽い調子で。
穏やかに微笑みながら。
祐一はそれに答える。

だが、そんな穏やかな空気もここまで。
祐一は表情を引き締めると、ミシルに対して、改めて言葉をかける。
その声音は、先程までのものとは明らかに異なっていた。

「突然だけどな……こっからは俺達の領域だ。復讐したい気持ちが理解できないわけじゃないけど、譲ってやるつもりはないからな。下手なことしたら、保護機関もうるさいし」

その言葉にはっとするミシル。
だが、その表情が変わる前に。

「……で、美汐。状況はどうなってるんだ?」

祐一は、ミシルから美汐に視線を移し、説明を求める。
それを受けて、簡潔に状況を説明する美汐。





そして、その説明が終わると、祐一が視線をシリックとミランに向ける。

「そうか。じゃ、さっさと聞きだすか」

二人に歩み寄りながら、祐一はさらに言葉を続ける。

「さて、もうこれ以上説明の必要もないだろ? 俺達の言葉に従うか、俺達に殺されるか、どっちがいいんだ? 答えろ」

発せられたのは、場を一気に冷却させるような声。
ミシルも、その仲間達も、改めて言葉を失うほどに。
直接それを浴びている二人は、もはや呼吸さえもままならない。

「たっ……助けてくれ!」
「し、死にたくない!」

反射的にそう答える二人。
その目に浮かぶのは、絶対的な死への恐怖。
自身の命が、まさに今、風前の灯となっていることに、心の底から恐怖しているのだろう。

「死にたくない、か」
「た、頼む! 何でもする! だから、命だけは……」
「そ、そうだ! 命だけは助けてくれ!」

すぅっと目を細めた祐一に対し、必死で命乞いの言葉を紡ぐシリックとミラン。
そんな救いを求める言葉に反応したのは、しかし祐一達ではなかった。

「何言ってるのよ! あんた達に、命乞いする資格なんてあると思ってるの?! みんなを……何の罪もなかったみんなを、虫けらみたいに殺したあんた達にッ!」

激昂して、二人に向かって憎悪に満ちた視線を向けるのは、ミシル。
その言葉は、その声は、限りない怒りに満ちていた。

「あんた達のせいで……あんた達のせいで、私達はっ!」
「ミシル」

感情的な言葉を吐き出すミシルに、祐一が静かに声をかける。
その視線は、しかし動かずに、二人に固定されたままだったが。
その声に、思わず視線を祐一へと移すミシル。

「少し、黙っててくれないか? ここからは俺達の領域、と言ったはずだ」
「冗談じゃないわ! そいつらは殺さなきゃならないのよ! 私が! 私達が!」

そう言うと、彼女は一気にエネルギーを展開し、拘束されているシリックとミランに、先程よりなお厳しい目を向ける。
恐怖に震えていた二人は、それだけでまたも震え上がる。
ボディーガードに守られていた先程と違い、今や二人は、何の力もないただの一般人なのだから。
怒りの表情のまま、二人に飛びかかろうとするミシル。
けれど。



「止まって」

その場を飛び出そうとしたミシルの手を、けれど瞬時に接近した舞が掴む。
決して強く拘束しているわけではないが、それでもこの状態では、彼女も攻撃に移ることなどできない。
咄嗟に、舞に強い目を向けるミシル。

「何をするの! 離して!」
「ダメ。あなたにあの二人は殺させない」

叫ぶようなミシルの懇願にも、舞は首を縦に振らない。
ミシルとは対照的なまでに静かな調子で、静止の言葉を口にする。
当然、それで止まる彼女ではない。
振り解こうと腕を動かしながら、舞を睨み続ける。

「私達は、あいつらを殺さなきゃならないのよ! 邪魔しないで!」
「人質はどうするの?」

ミシルの抵抗にも微動だにせず、静かに舞が呟く。
それに対して、ミシルのみならず、後方で戸惑っていた他のルセイムの能力者達も大きく反応する。
舞の言うとおり、まだ捕らえられている者達がいるのだ。
その人質達を助け出すためには、その居場所を知る二人の口を割らなくてはならない。
ここで感情的になっても、何も解決しないのである。
息を呑んだミシルは、ほどなくして、エネルギーをこめていた腕から力を抜いた。



「それに、あなた達がやるべきことは、復讐なんかじゃないはず」
「え……?」

力の抜けたミシルの腕から手を離しながら、舞が静かに告げる。
その言葉に、思わず視線を向けるミシル。
意味を掴みきれず、同じく舞に目を向ける後方の者達。
その目に答えるかのように、舞がゆっくりと口を開いた。





「ルセイムの能力者達は、まだ名誉の回復もされてない。街だって、人だって、何一つ元通りになってない」





その言葉に、はっとするミシル。
そして、後ろの能力者達。
そう……まだ世間には、ルセイムの者達が、危険な能力者として撃退されたことになっているのだ。



「復讐したい気持ちはわからないわけじゃない。だけど、他にやるべきことがあるのなら、そっちを優先すべきだと思う。あの二人を殺してしまったら、名誉の回復も、街の復興も、できなくなる。それでもいいの?」



舞の言葉に、心を揺さぶられるミシル達。
復讐にばかり気を取られていて、気付くこともできなかった。

父も、母も、姉も、弟も、クリスも、他の皆も。

殺されて当然だった、と考えられているのだ。
そんな風に、歴史に記されているのだ。

そんなことを、許せるだろうか?
そのままにしておいていいのだろうか?

いや。



「……そう、ね。みんなの名誉の回復。それが実現できないと、意味がないのよね」



大好きだった。
みんな、大好きだった。

平和に暮らしていたのに。
幸せに暮らしていたのに。
何の罪も落ち度もなかったのに。

殺されて、それが正当化されて。
そして今なお、それが真実とされていて。
それを放置して、復讐に走って、それで満足していいはずがない。


負の想いに囚われていたから、こんな大切なことも忘れていた。


みんなが不当に殺されたんだ、と。
みんな、何も悪くなかったんだ、と。
悪いのは、アルハース家の人間達だったんだ、と。

世間に、歴史に、知らしめなければならない。
そして……



「そうだよ。そしてそれは、あなた達にしかできない。でしょ?」

みさきが、優しく声をかける。
まだ、やれることが、やらなければならないことがあるのだ、と。
復讐のような不毛な行為よりも大事なことが、彼らにはあるのだ、と。

「それに、ルセイム出身者が不当な差別や暴力を受けてるケース、まだなくなってないんだよ? 助けを求めてる人、まだいるんだよ?」

詩子の言葉が、それに続く。
その言葉が、ミシル達の心を固める。
もう復讐しか残されていない、と思っていた。
けれど、それを否定する……否定してくれる、言葉。
やるべきことを、教えてくれる言葉。



だから。



「……えぇ」

静かに、小さく頷く。
やらなければならないことはたくさんあるのだ。
憎しみが消えるわけではない。
殺してやりたい気持ちがなくなるわけではない。
けれど、それ以上にやらなければならないことがあるのなら……





「さて、それじゃ、お前らのことだな」

そんなやり取りを見届け、ミシル達から攻撃の意志が消えたことを確認すると、祐一は視線を二人に戻す。
二人とも、命の危機が回避されたからか、脱力したようにうな垂れている。
もはや、彼らに抗う気力は欠片さえ残されてはいなかった。

「死にたくないんなら、まずは人質の解放からだな。人質はどこにいるんだ?」
「お、俺達の所有している港の倉庫……そこに、監禁してある」
「見張りと連絡はとれるのか?」
「で、電話を持たせてある」
「番号は?」
「――だ」
「よし、それならそいつらに命令して、見張りを止めさせるんだ。そして、俺達が迎えに行くまで動かすな」
「わ、わかった……」

祐一の言葉に、素直に従うシリックとミラン。
折られた腕の痛みよりも、恐怖に顔を歪めている。



「じゃあ舞、雪見。悪いけど、人質の人達を迎えに行ってくれるか?」
「了解」
「わかったわ」

祐一の言葉に、静かに頷く二人。
そして、すぐに目的地へと駆け出した。
あっという間にトップスピードに入り、姿が見えなくなってしまう。
留守番中に、雪見はこの周辺の地理に関しても調べていた。
だからこそ、迷いなく駆け出したのだろう。





「あぁ、そう言えば、本物のレベラインは?」

二人を見送ってから、思い出したかのように、祐一がミシルの方に振り返りながら尋ねる。

「私が住んでた家に監禁してるわ。仲間が見張ってくれてる」

それに対し、ミシルは静かに答える。
どうやら、冷静さをきちんと取り戻せたらしい。

「そうか、それじゃ、後はそいつも連れてこないとな」
「えぇ、わかってるわ」



祐一の言葉に頷くミシル。
そして、改めて祐一がシリックとミランに目を向ける。

「さて、後はお前らの処遇だな」
「お、俺達をどうするんだ?」
「た、助けてくれるんじゃなかったのか?」

怯えた眼差し。
眼前で揺れる死に、心が震えている。
そんな様子を見て、ミシルの表情が硬くなるのがわかる。
だが、それを遮るかのようにして、祐一が言葉を発する。

「保護機関の仕事だからな、それは。俺達の知ったことじゃない」
「おっ、俺達に何をさせる気だ?」
「もちろん、真実を全世界に向けて告白してもらうことになるな」
「そ、そんな!」
「お前らに選択肢はない、と言ったはずだ」

出された条件に、震えるシリックとミラン。
彼の言葉が示すのは、自分達の破滅に他ならないからだ。
だが、表情一つ変えずに二人を見据えたまま、祐一はそっけなく答え続ける。

「そ、そんなことをしたら、俺達はお終いだ!」
「知るか。今死ぬよりはマシだろう?」
「捕まったら、どうせ死刑にされるじゃないか!」
「どうだろうな。まぁ、財産なんかを一切合財放棄して、ルセイムの復興に使えば、あるいは情状酌量されるかもな」
「お、俺達に財産を捨てろって言うのか?!」
「どのみちもう使うことなんてできないんだ。それなら、せめてそうするのが筋ってもんじゃないのか?」

喪失に対する恐怖の言葉だが、祐一はにべもない。
そして、なおも言い募る二人に対して、祐一は、止めとばかりに言う。



「それとも……やっぱり今ここで死ぬか? 最低でも一人生き残ってれば、証言は得られるんだしな」

この言葉で、騒ぎ立てていた二人も静かになった。
祐一の向こうには、やはり怒りや憎しみを殺しきれていないルセイムの能力者達。
その恐怖を前にしては、もう黙らざるを得なくなる。





「それでは、本物のレベラインも連れてきて、仕上げにかかることにしましょうか」

いつの間にか祐一の隣に歩み寄っていた美汐が、ミシル達にそう告げる。
一瞬動きを止めるも、すぐにそれに頷いて答えるミシル。

「色々ややこしそうだけどな」
「諦めてください」

思わず零れた祐一の愚痴を、美汐が小さく笑いながらたしなめる。
その向こうでは、既にアルハース家の屋敷へと足を進め始めている彼の仲間達。
その後ろには、未だ意識を失ったままのボディーガードを含めたアルハース家の者達を、その肩に担いだ澪の騎士が続く。
彼らは全員、保護機関に引き渡さなければならないからだ。

そんな光景を、遠い目で眺めるミシル。
復讐の相手だった者達が、どんどん遠ざかってゆく。
けれど、ミシルは動かない。

と、彼女の傍に、ルセイムの仲間達が歩み寄ってきた。
無言でそちらへ振り返るミシル。
同じく無言で、視線を向けてくる仲間達。



「私達も、これから大変ね」
「あぁ、そうだな……だが」
「えぇ、しなきゃならないこと、だもの」

そこで、ようやく全員の表情に、微かな笑みが浮かぶ。
まるで憑き物が落ちたかのように、それは穏やかなものだった。

全てが解決したわけじゃない。
憎き仇も、まだ生きている。
それでも、今、自然に微笑むことができている。

復讐は微塵も達成できなかった……が、それで良かったのだろう。
何となく、ミシルはそう思った。



降り注ぐ太陽が、何だか暖かかった。
頬を撫でる風が、どこか優しかった。
咲き誇る花々が、きれいだ、と素直に思えた。



と、感慨に耽っていたミシル達の耳に、既にかなり遠くまで歩いていた祐一達の呼ぶ声が聞こえた。
それに返事をしてから、全員で歩き始めた。
そう、再び、彼らは歩き始めた。










舞と雪見が、捕らえられていた人質達を。
ミシルの仲間が、レベラインを。

それぞれ連れ帰ってくるのに、それからほとんど時間もかからなかった。
それぞれに休息も兼ねて、食事をとると、祐一達は今後のことを話し合うことにした。
家の明かりは、結局、一晩中消えることはなかった。









 続く












後書き



あとはエピローグだけです。

詳しいことはそっち……とかに書くことにしましょうか(笑)