――四月某日、某所にて――



荒涼たる砂漠。
そう表現したくなるような荒廃した世界が、そこに広く展開されていた。



「…………」



だが、それは見た目だけの話。
実際それが砂漠か、と問われると、これは多少語弊があると返さざるを得ない。

なぜなら、そこには様々な瓦礫が点在しているのだから。
少なからぬ人々が、少し前までそこで生活していたことを示す、様々な破片が散らばっているのだから。
すなわち、ここは元はこんな荒れ果てた土地ではなかったということだ。

故に、ここは砂漠というよりは、荒地か廃墟とでも言うべきだろう。
確かに、そこには見渡す限り砂地が広がっている。
植物も生えていなければ、動くものもいない。

それでもここは、砂漠ではなく、あくまでも人が住んでいた場所の跡地に過ぎない。
これが何年後かになれば、そうした痕跡も消え去り、あるいは砂漠と言われるようになるかもしれないが。



「…………」



見渡す限りの荒地。
360°が地平線に囲まれている地。

そんな場所に。
もはや生物の生息できる条件をほとんど満たしていない、そんな場所に。

一人の男が、瓦礫の下敷きとなって、けれどどうにか命を繋ぎ止めていた。
既にもう動く気力を失いかけてはいるが、それでも、まだ生きていた。



「……み……みず……」



無意識に、熱に浮かされたように。
そんな言葉が、男の口から漏れる。

男とて、その希望が叶えられると思って発したわけではないだろう。
ただ、文字どおり意識もせずに、言葉を紡いだに過ぎない。
耐え難い苦痛と渇きに、思わず口走った言葉に過ぎない。

当然、それに答える者はいない。
そして、男もそれを重々承知していた。
少なくとも、まだ意識もはっきりしていて、脱出を試みていた時分には。



「……みず……」



だが、男はもう諦めかけていた。
朦朧とした意識の中、それでも自分が死ぬだろうことだけは知覚していた。
少なくとも、自力での脱出は不可能。
何かの偶然が重なって、よしんば脱出できたとしても、生き延びることはやはり不可能。
死を望むわけではないくとも、諦めるしかないのが現状だった。



ここは、彼の属する組織が居を構えていた場所。
人里離れた地に築き上げられた、彼らの組織の研究施設があった場所。

少し前までは、男は、そこで研究員の一人として、組織の掲げた目標のために、日夜研究に没頭していた。
確かな信念を抱き、それを疑うことはなかった。
けれど、終わりは唐突に訪れる。
予期せぬ出来事により、全てがいきなり灰燼へと帰したのだ。
抗う間さえ与えられず、組織は壊滅し、今に至る。

物理的にも精神的にも、男は今、絶望の淵に追い詰められていた。
彼以外の人間は、おそらく全滅。
そして、生き残っているとは言え、彼もすぐに死んでしまうことは間違いない。



「みず……」



うわ言のように呟き続ける男。
もう、死は間近まで迫ってきていた。
そんな状況で、男は朦朧とした意識の中、それでも思考する。

なぜ、こんな状況になってしまったのか
なぜ、組織が滅びの道を辿ったのか。

それが、不思議であり、疑問だった。
組織を信じ、目標に邁進してきた彼が、初めて抱いた疑問。

その研究が、間違っていたのか?
その目的が、間違っていたのか?

そんなはずは……
疑問が頭を駆け巡るも、答えは見つからない。



「…………」



やがて思考する気力も失い、彼は悩むのを止めた。
ただ目を瞑り、最後の時を静かに待つ。
もっとも、単に何もできなくなったから、そういう形になっているに過ぎないのだが。

もう、彼には何もない。
全てを失った。
だとすれば……



――ポツッ……――



この雫は……天からの、男への最後の贈り物なのだろうか?
全てを失い、絶望に暮れる男への、最後の思いやりなのだろうか?
それとも……



「…………」



最後の力を振り絞って開いた口に落ちる雫は、何よりも深い味わいを持っていた。
それで安堵感でも覚えたのか、男の体から力が抜けてしまう。
目を閉じて、もう動くこともなく、ただ最期の瞬間が訪れるのを待つだけ。





場には男以外誰もいないはず……
風もない……
なのに……

カツッ、と。
男に程近い場所から、瓦礫の一部が、静かな音を立てた。
それと同時に、瓦礫に一つ、小さな影が下りた。















神へと至る道



第44話  三者の思惑















――同日、アメリカ国内、アルテマ本拠にて――



「リーダー」
「何だ?」

アルテマという組織を束ねる者……その人物の部屋に、二人の人間がいた。
だがしかし、組織の長が座す部屋にしては、そこはあまりに殺風景な部屋だ。
机とイスなどの必要最低限の物しか置いておらず、けれど、防衛に関しては色々と考えられている、そんな場所。
だから、一見すると殺風景な部屋に見えるのだろう。

「少し気になるニュースが入ってきました」
「保護機関に関することか?」

そして、そんな部屋の、簡素なイスに座る男が一人……彼が、『アルテマ』のリーダー。


金色の髪を短めにしており、やや細面で鼻筋のしっかり通った、三十代後半くらいの男性。
少し細身な体からは、到底強者の雰囲気はないように思われるが、鷹を思わせる鋭い眼と、内在する強大なエネルギーが、彼を脅威の存在に仕立て上げる。
およそ穏やかとは程遠い、触れれば切れるような空気を身に纏うこの男は、確かにS級の名を冠するに相応しい。


そして、机を隔てて、その男の目の前に立つ者……こちらは、報告にきた人間、というところか。
鋭い眼光にも臆すことなく、彼は淡々と言葉を続ける。

「わかりません……可能性はゼロではないでしょうが」
「……」

何も言わず、視線で先を促すリーダーの男。
それを受けて、報告者は手に持った紙に目をやる。

「三時間ほど前のことなんですが、S級賞金首の一つ、『ロウソサイエティ』の施設が、跡形もなく消滅したそうです」
「何……? どういうことだ?」

ぎしっ……と、イスをきしませながら、尋ねるリーダーの男。

「はい。詳しいことはまだ分かっていないのですが、研究施設、住居などが集結している箇所で、何らかの異変が起こり壊滅。構成員、研究員、共に絶望的とのことです」
「……それは確かなのか?」

疑わしげな言葉。
仮にもS級と位置づけられる存在が、そんなに呆気なく消滅するものだろうか。
ぱら……と、紙をめくる音に合わせて、その疑問に対して返答がくる。

「一切の連絡が取れないことと、つい先程撮られた航空写真の様子から、まず間違いないかと思われます」
「廃墟と化していた、とでもいうのか?」

その質問に対し、男が、リーダーの前に、航空写真を置くことで答える。
写真に写っているのは、確かに『ロウソサイエティ』があった地域の写真。
そして、そこが更地となっている様が、明確に表されていた。

「この通りです。生存者もおそらくいないでしょう」
「なるほどな……となると、問題は、これが事故なのか、そうでないのか、だな」

両者が、航空写真から目を上げる。
互いに、これを見て思うところがあるのだろう。

「はい。よくわからない研究をしていたらしいですから、事故の可能性もありますが、同時に……」
「危険を感じた保護機関、ないしはどこぞの組織が手を下した、という可能性もあるな」

そこで、二人の顔に小さく笑みが広がる。
それは、確かに現状を楽しんでいる表情。

「詳しく調べますか?」
「いや、必要はない。どちらにしても、俺達が今考えるべきは他にあるからな」

その笑みをそのままに、次の言葉を続ける。

「……対保護機関、ですね?」
「そうだ。五月には来るらしいからな。盛大に迎えてやらんといかんだろう?」

危機を前にしているにも関わらず、どこか楽しそうな空気さえ漂わせている両者。
少なくとも、保護機関を敵に回した組織の取る態度ではない。
けれどそれが、アルテマの姿勢なのだろう。

「それに、神器を狙って……」
「あぁ。『九龍』の連中も来るらしいな。さすがは保護機関……利用できるものは、何でも利用してくる」

組織の長であると同時に、戦闘員でもあるが故の、それは喜びだろうか。

「『九龍』ですか。神器を集めて、一体何をやるつもりなんでしょうね? まさか伝説を信じているんでしょうか」
「二十五番目……そんなもの、この世のどこにも存在しないのにな。バカなのかバカじゃないのか、今一つ見当がつかん」

それとも、未知なる者への、それは単純な興味だろうか。

「何を考えているかわからない、という意味では、敵としてどんな手を打ってくるのか……楽しみではありますね」
「まぁ、お手並み拝見といくかな」

ともあれ、彼らの話は、それからも続いた……保護機関のこと、九龍幻想団のこと、などだ。
けれどこれ以降、『ロウソサイエティ』壊滅の件が話題に上ることはなかった。















――同日、保護機関本拠にて――



「何ですって?! 壊滅?! 『ロウソサイエティ』が、ですか?!」
「はい。先程報告がありました。連絡は一切とれず、また手に入った航空写真も……」

保護機関本拠の最上階に位置する、とある部屋にて、アリエスの報告を受けるマリアの驚きの声が響いた。
思わず座っていたイスから立ち上がったマリアの目の前の机に、アリエスが、静かに航空写真を並べる。

「……これは……」
「おそらく、生存者も絶望的かと」

広げられた航空写真を見て、絶句するマリア。
淡々と言葉を紡ぐアリエス。
しかし両者に共通すること……それは、予想外の事態に対する驚き。

「……原因は?」
「現時点では全く不明です。今後の調査次第となりますが……どうしますか?」
「…………」

考え込むマリア。
どうするか、という質問。
これが意味するところは一つ……すなわち、十二使徒が出動するか否か。
そして。

「……そうですね、現時点では、十二使徒の出動は見送りましょう」
「わかりました」

保護機関の戦力の要である十二使徒には、五月にアルテマの殲滅を成さねばならない、という責務がある。
されば、ここで十二使徒をムダに動かすわけにはいかない。
『ロウソサイエティ』は、確かにS級指定を受けている。
だが、理由はどうあれ壊滅してしまった以上、もはや十二使徒が出る必然性はない。
そこに戦力を割いて、他の活きているS級の監視が疎かになっては、本末転倒だからだ。

「派遣するのは、アルテマ殲滅以降に、なおこの問題が解決していない場合、としましょう」
「了解しました」

危険がないわけでもないだろうが、それまでは、保護機関の他の実行部隊に任せればいい。
十二使徒だけが、保護機関の戦力というわけではないのだから。
そして。

「現時点で重要なのは、アルテマですからね」
「はい。ところで“彼ら”は大丈夫でしょうか?」

“彼ら”……それが表す単語は、現時点では一つだけ。

「『九龍』ですか? また最近、一暴れしたそうですし、まぁ多分大丈夫でしょう」
「例の事件ですね」

と、そこで小さな笑いが漏れる。
先の件で、十二使徒が関わることはなかったが、情報はもちろん彼女達にも入っていた。

「賞金首でなければ、英雄扱いだったかもしれませんね」
「どうでしょう?」

十二使徒の中には、祐一達を毛嫌いする者もいる。
隙あらば殺そうと進言してくる者や、単に戦ってみたい、と思っている者など、その理由は様々だが。

それと同時に、比較的友好的な存在もいるのだ。
マリアとアリエスの場合は、後者だった。
もっともマリアの場合は、戦っても負けることはない、という確信があるからこそ、とも言えるのだが。

「しかし、これでアルテマを倒せば、二十種。『教団』と合わせれば、二十四種……」
「それで、現存する全ての神器(・・・・・・・・・) が、彼らの手に集まるわけですか……二十四種揃えただけでは何も起こらないことは、歴史が証明しているのに、彼らはそれで一体どうするつもりなんでしょう?」



そう……過去、神器の伝承を信じ、二十四種を揃えた者がいなかったわけではないのだ。
しかし、神器を二十四種揃えることができても、何も起こることはなかった。
あるいは何か他にも特別な条件が必要だったのかもしれないし、それとも伝承が嘘だったのかもしれない。
いずれにせよ、二十四種揃えることができた者も、結局神器の謎を解明することなくこの世を去り、神器もまた、散り散りとなってしまう。
そんな事情もあってか、神器を全て揃えようとする者が現れることは、これ以降なかったと言う。

それを知らないわけではあるまいに、それでも神器を収集する祐一達……疑問に思うのも当然である。
あるいは、マリアは何かを知っているのかもしれない、と思い、それとなくアリエスが聞くが……



「さぁ、どうするんでしょうね?」
「……リーダー、楽しんでませんか?」

マリアは、小さく笑うだけ。
何かを知っているからそんな風に笑っているのか、何も知らないからそんな風に笑っているのか。
そのどちらにもとれる、そんな笑みを見て、アリエスは嘆息する。

「ふふ……まぁ、そうかもしれません」
「上層部の耳に入れば、いい顔はされませんよ?」
「大丈夫でしょう。元々彼らを潰すつもりもないわけですし、対アルテマに関しては、協力者でもありますから」
「そうですね……」

その後も、二人の話は続いた。
アルテマとの戦いを控えている最中での、一時の休息。
それもあってか、やはりこれ以降、『ロウソサイエティ』壊滅の件が話題に上ることはなかった。















――同日、日本国内、祐一達の家にて――



「んー……」
「すー……」
「……」

リビングのソファにて、祐一が体をだらしなく伸ばしたまま、気を抜いていた。
それに倣っているわけではないだろうが、同じくソファで気を抜いているのは、みさきと澪。
それに注意を払うことなく、のんびりとお茶菓子を楽しんでいるのは、舞と茜と詩子。
この六人は、それぞれにマイペースに過ごしていると言える。

「だらけすぎじゃない? 祐一」

手に持っていた紅茶のカップをテーブルに置くと、留美が、祐一にそんなことを言う。
少しばかり呆れた声音だが、積極的に止めさせようという気もないらしい。
ソファにもたれるではなく、背筋をぴんと伸ばしたその姿勢は、祐一とは対照的だ。

「んー……まぁしばらくはのんびりしよーぜ」

まどろんでいるのか、言葉が若干不明瞭だ。
そんな気の抜けた態度を見て、留美が、やれやれ、といった感じのため息をつく。

「まったく……」

呆れているようだが、それでも何も言わない雪見。
そして彼女は、すぐに手元の本に目を落とす。

そんなメンバーの様子を見て、静かに微笑んでいるのは佐祐理。
彼女は、人数分の紅茶を、新しく淹れているところだ。
人数が人数だけに、割と大変なのだが、特に気にした様子も見せない。
楽しそうにお茶の準備をしている。

ともあれ、平和な光景。
いつもの日常。

トレーニングは早朝に終わらせているし、買いに行かなければならないものがあるわけでもない。
五月になれば、アルテマとの戦いが待っているわけだし、休息も必要だろう。
かと言って、気が抜けていていいわけでもないのだが。





「では、少し真面目にならざるを得ないニュースをお伝えしましょうか」

と、そこで美汐が、数枚の紙を手にして、部屋に入ってきた。
いつものように、凛として研ぎ澄まされた空気を携えながら。
彼女の辞書に、だらける、という言葉など存在しない。

「ん? 何だ?」

美汐が入ってきたことにより、少し表情を変える祐一。
彼女の情報に対する、それは信頼の証。
ゆっくりと体を起こし、話を聞く態勢を作る。
次いで、同じく目を覚ましたみさきと澪が、目を擦りながら、それでも身を起こした。

「何かあったの?」
『眠いの』

二人は、小さく欠伸をしている。
どうやら、まだ眠気がとれないらしい。
だが、何か大事な話があるだろうということを察したのか、すぐにしっかりとソファに座り直す。
他の面々も、それぞれにソファに腰を落ち着け、美汐の話を聞く態勢に入る。



「さてと。で、何なんだ? 一体」

佐祐理が淹れてくれた紅茶を、礼を言ってから一口飲み、それから話を切り出す祐一。
その言葉を聞いてから、美汐が静かに口を開く。

「はい。つい三時間ほど前に、S級組織の一つ、『ロウソサイエティ』が消滅しました」
「……消滅ってことは……」
「はい。原因は不明ですが、生存者はおそらくゼロでしょう。航空写真によれば、施設は完全に瓦礫と化していて、ほとんど更地です」

手元の紙に目をやりながら、淡々と言う美汐。
それから、テーブルの上にその写真を置く。
すぐに、全員が一斉に身を乗り出して、それを確認しようとする。
そして次の瞬間、その写真が示す状況に、誰もが一瞬言葉を失う。

「……『ロウソサイエティ』っていうと……よくわからない研究に没頭してた組織だったわよね?」
「はい。徹底した秘密主義を貫き、外部には一切情報の漏洩がなかったため、何をやっていたのか、結局わからず仕舞いとなってしまったことになります」

少しして、写真から目を上げながら雪見が言った言葉に、静かに答える美汐。
美汐や雪見は、他のS級組織の情報収集を行っていたのだが、『ロウソサイエティ』に関する情報は、ほとんどといっていいほど入ってくることはなかった。
それ故に、彼女らは気になるのだろう……一体、何があったのか、ということを。

「じゃあ、その研究か何かが失敗しちゃったのかな?」
「その可能性はありますね」

詩子と茜が、それぞれ意見を口にする。

「十二使徒の介入という可能性も、ゼロではないんじゃないですか?」
「……別のS級かも」

佐祐理と舞も、別の可能性を提示する。

「うーん……でも、全然調査とかもされてないんでしょ?」
『まだ決めつけるのは危険なの』

それらの意見に対して、留美と澪が、釘を差してくる。

「アルテマって可能性もあるのかな?」
「どうだろうな……」

みさきが、自分達がこれから衝突する相手の名を挙げるが、やはり祐一は慎重だ。

「問題は、わたし達に関係があるのかどうか、じゃないかしら?」
「はい。推測はいくらでも可能ですが、少なくとも、アルテマと保護機関が絡んでこない限り、今の私達にはどうでもいいことです」

冷酷とも言える言葉だが、実際、自分達と関係のないことにまで色々と考えを巡らせることができるほど、余裕があるわけでもないのだ。
だから、雪見も美汐も、そう口にする。
そしてまた、祐一も同意見だった。

「だな。で、そのどっちかが絡んでる可能性は、どんなもんなんだ?」
「ゼロではないでしょうが、可能性はそれほど高くないかと」
「そうね、五月に戦闘があるとわかっていながら、この時期にそんな派手な行動はとらないんじゃないかしら」

祐一の問いかけに対して、美汐と雪見の答えは、簡潔なものだった。
まず無関係だろう、というもの。
現状を考えるに、それがまず妥当な答えだろう。



「……だな。けど、一応心に留めといた方がいいかもしれない」

祐一の言葉は、それでも警戒を促すもの。
それに不思議そうな顔をしたのは舞。

「どうして?」
「これが自滅なら、確かに問題はないけどさ、もしどこぞの組織なり保護機関なりがやったのなら、S級を簡単に壊滅できるだけの何かを持っているってことになるだろ?」
「……警戒はしておいた方がいい、ということ?」
「まぁな。確かに無関係の可能性の方が高いけどさ、でも、どうあれS級が壊滅したわけだし、無視するには危険な気がするんだよ」
「それはわかる」
「だから、一応注意はしといた方がいいだろ。ってわけで美汐、雪見。一応この件も調べるようにしてくれ」
「わかりました」
「わかったわ」

祐一の言葉に、美汐と雪見が頷く。
一応の警戒……必要以上に恐れるのは愚かなことだが、全く警戒しないのも問題だ。
もしここに何がしかの脅威があったとするなら、それが自分達に降りかからないとは言い切れない。
故に、一応の注意を払うことにすることが、現時点での祐一の判断。





「まぁ、当面の問題は、アルテマよね」

そこで、留美が話の方向転換をすべく、言葉を発した。
それと同時に、全員の表情が引き締められる。
まず答えるのは祐一。

「そうだな。連中を倒せば、神器も二十種の大台に突入。で、残りは……」
「『教団』、ですね。そこの人達が四種持ってるわけですし」

それに頷きながら続いた佐祐理の言葉を聞いて、祐一が、何かを思い出したような表情を見せる。

「そういやさ、教団の連中、神器を五種集めてるとかいう噂があったよな?」

言いながら、少しいたずらっぽく笑う祐一。

「あ、そういえば、そんなこと言ってたよね」
「謎ですね、それは」

詩子も茜も、少し笑っている。

「二十五種目を手に入れた、とでも言いたかったのかしらね」

雪見が、皮肉っぽい言い方をする。

「それこそ謎ですね。存在しないものを、どうやって手に入れると?」
「確かに。あるいは、俺達にプレッシャーを与えたかっただけなのかもしれないけどな」

美汐が言った話……『二十五種目の神器が存在しない』……これは、あまりに不自然な言葉だ。
そして同時に、あまりにも不可解な言葉。
祐一達はそれを求めているはずなのに、なぜ存在を否定するような言葉が出てくるのだろうか?

だが、誰一人として、何も言わない。
それが当たり前のことだ、と考えているかのように。



「どっちでもいいんじゃない? 彼らの四つをあたし達が手に入れる。それだけなんだから」

留美がそんなことを言う。
そこに見えるのは、絶対の自信。

「あぁ、そうだな」

祐一もまた、不敵に笑う。
見れば、全員が自信に満ちた表情をしている。





そして、そこで真面目な話は終了してしまう。
再度広がるのは穏やかな落ち着いた空気だが、それでも先程のように気を抜くことはなかった。
その意味では、美汐の言葉は効果覿面だった、と言えるだろう。
とにかく、これ以降、『ロウソサイエティ』壊滅の件が話題に上ることは、やはりなかった。









 続く












後書き



さて、第二章の始まりです。

ここからはそんなに修正するところもないでしょうし、そういう意味では気楽です(笑)

今回の話については……ノーコメントで。