「大分暖かくなってきたよな、しかし」

空港に降り立った祐一の第一声。
言葉の後、彼は眩しそうに空の太陽を見やる。
もう五月に入ろうかという季節でもあり、陽射しも大分強いものになっている。

「寒いよりはいいんじゃないの?」

祐一が寒がりだ、ということを言外に匂わせながら、詩子が言う。
見れば、全員が祐一達と同じように、空を見やっていた。
全員が手ぶら、ということもあり、変に注目を集めていたりしたが、彼らは特に気にしていない様子だ。

「まぁな。これが冬だったら、仕事にも差支えがでるよ」

気温が暖かいこともあり、祐一の表情も明るいものだった。
元より寒いのが苦手な彼だけに、冬の気配が消え去ったことを、心の底から喜んでいる様子だ。
彼は、強く輝く太陽に、満足そうな笑みを浮かべると、全員を促し、目的地へと歩き出す。



「待ち合わせってどこだったっけ?」

留美が誰にともなく聞く。
もっとも、疑問というよりも確認の色合いが強い質問だったが。

「ホテルムーンシェルですよ」

佐祐理が笑顔で答える。
もちろん正解なので、全員がそれに頷く。

「そこって、保護機関が出資してるんだよね、確か」
「そうよ。だからこそ、そこを拠点にしろって言ってきたんでしょうね」
「監視なんて必要ないのにね」

みさきの言う通り、これから行くのは、保護機関の手が入っているホテル。
雪見が考えているように、保護機関は、祐一達を自分達の手が届く所に置きたいのだろう。
みさきからすれば、それが無用な心配だ、と思えるのだろう。

「それは仕方がないでしょう。あちらの立場が立場ですから」
「えぇ、気にする必要はないと思います。おそらく実際に監視されることはないでしょうし」

そこで、美汐と茜の補足説明が入る。
祐一達は賞金首なのだから、保護機関という立場上、警戒しないわけにもいかない。

だが、今回の件には、こちらにも相手側の協力を求める理由がある。
神器の奪取と、マリアの協力。
この二つの理由が存在する以上、祐一達が保護機関の意向を裏切ることはあり得ない。
そしてそれは、向こうも理解しているはずだった。
故に、厳しい監視の目などないだろう、と考えられるのだ。



「……保護機関よりも、アルテマを気にした方がいい」

舞がポツリと呟いた言葉に、全員の視線が集まる。
彼女は、どこか遠くを見るように言葉を続けた。
あるいは、今もその脳裏で、倒すべき敵の姿を描いているのかもしれない。

「アルテマの戦闘員は、全員がかなり強いと思うから。簡単に勝てるなんて、とても思えない」

真っ直ぐに前を見据えて、自分自身に言い聞かせるかのように話す舞。
そんな舞の言葉を受けて、全員の表情も厳しいものになる。

「……あぁ、そうだな」

強い眼差しで前を見据えながら、祐一が同意を示す。
視界に広がるのは、きれいな街並みだったが、祐一の目は、それらを見てはいなかった。



舞の言葉は、紛れもない真実。
S級と一口に言っても、その中でもまた、格の違いはピンからキリまであるのだ。
A級を超えた存在は、その全てがS級扱いになるのだから。

だから、自分達とアルテマが同レベルなのだ、と言い切ることなど、祐一達にはできない。
いや、むしろ彼らが自分達よりも格上だ、という自覚こそが、祐一達にはあった。
単純に組織の力の比較をすれば、おそらくその足元にも及ばないだろう。

もちろん、だから勝てない、というわけではない。
戦闘というものは、単純に強い者が勝つとは限らないからだ。
もちろん、強い者の方が有利であることは間違いない。
だが同時に、それが全てではないことも間違いないのだ。
周囲の状況、個々の能力、両者の状態……勝敗は、様々な要因によって、容易に左右される。
いくらシミュレーションをしたとしても、結果を事前に知ることなど、絶対に不可能。

結局、強い者の方が、実際に戦った場合に勝つ確率が高い、というだけのことでしかないのだ。
能力者同士の戦いに、絶対などというものは存在しない。
故に、祐一達が勝てる可能性は、十分にある。

加えて、今回は保護機関と共闘するわけだから、その意味ではむしろ、祐一達の方が優勢だと言える。
戦力として考えた場合、保護機関がアルテマに劣るわけがないのだから。
けれど。



「何があるかわからない。誰と戦うかわからない。相手が格上だっていう意識を忘れちゃだめ」
『……大変なの』

舞の言葉に、澪がちょっとげんなりした様子を見せる。
けれど確かに、相手の戦力を過小評価するような真似は絶対にできない。
一瞬でも油断をしてはならない。
まだ死ぬつもりなど、毛頭ないのだ。

「……うん、そうだね」
「はい、もちろんです」

詩子も茜も、強い言葉で同意を示した。
もちろん他の面々もその意志は同じ。
全員が決意を新たにして、改めて歩き出す。



気を引き締めるといっても、今から緊張していては身が持たない。
それを自覚しているからか、彼らの表情は、やや柔らかいものになっている。

春の装いの街並みを見ながら、彼らはゆっくりと歩く。
通りかかる人の多彩な装いも、その春らしさに彩を添える。
まるで冬の重装備から脱け出したかのように、道行く人の足取りが軽くなっている……祐一達の目には、そう映った。

賑わう街並みは、まるで別世界のように、祐一達には感じられる。
果たしてこの中に、命懸けの戦いに挑もうとしている者が、どれほどいるだろうか?
その大半は、そんな殺伐としたものとは無縁の生活を送っているはずだ。
能力というものに触れることもなく、平穏無事に暮らしている者も多いだろう。

もっとも、それを良いことだと思いこそすれ、羨ましいと思うことはない。
彼らには彼らの生き方があり、祐一達には祐一達の生き方がある。
誰に決められたのではなく、祐一達で決めた生き方が。

そうである以上、特別な感傷を抱く必要もない。
知らない世界を覗き込んだかのような、不思議な感覚……そんな感慨があるだけだ。



「うーん、やっぱり暖かくなると、人は活発になるんだな」
「そんな冬眠してたみたいな言い方しなくても……」

通りに溢れた人を見て、うんうんと頷きながら祐一が放った一言に、留美が呆れながら言葉を返す。
そのやり取りに、軽く笑いが起こる。

「冬はいらないんだよ」
「それはムチャクチャよ」

寒がりな祐一故の極端な発言も、留美はばっさりと切り捨てる。
他愛のないやり取り。
そんな雑談をしていると、視界の先に大きなホテルが見えてきた。

「お、見えてきたな」

目の前にそびえるホテルに、祐一は満足気に頷く。
もちろん、眺めていても仕方がないので、彼らは歩く速度を変えないままに、自動ドアを抜ける。
入ってみると、まさに豪華絢爛という表現がぴったりのフロアが、そこで待っていた。
敷き詰められた絨毯は、歩いても足音を全て吸収してしまうほどに厚い。
三階分くらいはありそうな高い天井では、きらびやかなシャンデリアがその存在を誇っている。
訪れている他の客層もまた、見るからに上流階級といった風情。
特に着飾っているでもない祐一達は、ここでもまた、見事に浮いていた。
中には、じろじろと不審げに見てくる者もいる。
けれど、それを気にすることもなく、フロントへと向かう一行。

「お疲れ様でした」
「相沢だ。予約はされてあると思うんだが」
「相沢様ですね? 少々お待ちください」

浮いていることを自覚しながらも特に気にせずに振舞う祐一と、それを気にしていても顔に出さないフロント係。
何があっても物怖じしない図太い人間と、接客のプロ。
表面上は、極めて穏やかな構図だった。

「……お待たせ致しました。それでは、お部屋にご案内させて頂きます」
「あぁ、頼むよ」

さほど時間もかからず、チェックインの手続きは簡単に終わる。
保護機関からも話が入っているのだろう……フロント係の表情には、少なからぬ緊張があった。
もちろん、それを気にする祐一達でもなかったが。















神へと至る道



第47話  標的は















「うむ、絶景かな絶景かな」
「いい部屋だねー、ここ。何か得した気分」
「ホントですね」

案内された部屋は、最上階をまるまる占めるデラックスルーム。
広さだけでなく、調度品の質も最上級にして、展望も良し。
およそ庶民には縁のない部屋だ。
といっても、このレベルの部屋になると、値段だけが問題なのではない。
いくら金を用意しても、別の条件を満たさない限りには、泊まることは許されない。

そんな、おそらく今後訪れることもないだろう部屋に入り、まず感嘆の声を上げたのは祐一。
それに続いたのが、詩子、茜の二人である。





窓から見える景色は、高いビルの最上階、という位置付けからも想像できるように、まさに絶景。
都市の中心付近にあるホテルなのだが、遥か遠くにそびえる山の稜線さえ、薄っすらと眺めることができた。
目を横にずらしていけば、そのなだらかな起伏が空に溶け込んでいるかのように見える。
空の青と山の緑が、視界の果てにあると、とても似通った色合いに見えるため、空と山の境界がはっきりしないのだ。

さらに視線をずらしていくと、山が途切れ、海の青と思しき色が微かに知覚できる。
さすがに距離がありすぎるため、どんな海なのかはわからないものの、場所によって少しずつ濃淡が異なる青の色は、素直に美しいと思えた。
水平線は? などと思いながら目を凝らしてみても、さすがにはっきりしない。
山の場合はまだ異なる色だったが、海の場合は空と同じく青なのだ。
水平線付近と思しき箇所では、空と海が混じり合い、透明に近い薄い青色を形成している。
日没には、きっと空が燃えるような橙に染まり、もっと幻想的な光景が展開するのだろう。

改めて、今度は下に目を向けると、車や人が塵のようにしか見えない。
このくらいの高さになれば、高所恐怖症の人間でなくとも、少し足がすくんでしまうのは仕方がないだろう。
目が眩むような高さとは、まさにこのことを言うのだろう。





「……お腹すいた」
「うん、お腹すいたね」
「あははー……」
「はぁ……」

空腹を訴える少女の声に、全員が視線を部屋に戻す。
いくら美しい景色を眺めていたところで、腹は満たされない。
花より団子、景色より食事。
無粋と言うなかれ。
腹がへっては戦はできないのだ。

「あー、食事は部屋に運んでくれるように頼んであるから」
「それいつ?」
「えーっと……あと三十分くらいだな」

祐一がそう言うと、二人から、えー、という不満の声が上がる。
それをなだめるのは、佐祐理と雪見の仕事。
三十分というのは、何かをするには足りないし、何もしないには少し長い。
とは言え、何か解決策があるわけでもないので、食事の時間までは、静かに待つしかなかった。










「……ごちそうさまでした」
「さすがにお腹いっぱいだよ」

部屋に運ばれた質、量ともに申し分ない食事を堪能し、全員が満足そうに息をつく。
家から持ってきた緑茶を淹れて、揃ってすすっている辺りは、日本人らしい、と言えばいいのか。
これがなくては食事を終われません、とは美汐の言だ。
それが伝染でもしたのか、よっぽどのことがないない限り、全員食後には緑茶を楽しむことにしている。
緑茶をすすり一息つくと、思わずほうっとため息が漏れるのは、仕方がないところだろう。



「それで、いつ来るんですか? 保護機関の人間は」

緑茶の効果か、全員がリラックスしている中、佐祐理が口を開く。
豪華な部屋に落ち着いているとは言え、それが目的で、はるばる遠国まで来たわけではないのだ。

「えーっと、確か……あぁ、到着してから二時間後なわけだから、あと三十分くらい、かな」

手帳を取り出して、それに目を落としながら祐一が言う。
相手が約束の時間を破ることはないだろうから、確実にあと三十分は時間を潰さなければならないことになる。



「はぁ……美味しいねぇ」
『もう一杯ほしいの』
「はい、どうぞ」

詩子が、目を細めながらお茶を味わう横では、澪が美汐におかわりを頼んでいた。
柔らかい笑みを浮かべながら、澪の湯呑みにお茶を注ぐ美汐。
お礼の言葉を示してからそれを両手で持って、ゆっくりと口に運ぶ澪。
三人とも目尻が下がり気味で、リラックスしていることは一目瞭然。
何と言うか、平和な光景だった。



「それで、アルテマの拠点の場所はどこか聞いてるの?」

そんな平和な光景の隣で、物騒な話が展開されている。
雪見の問いかけは、自分達が向かう場所について。

「いや、それはまだ聞いてない。多分、今日教えてくれるだろうけどな」

祐一は首を横に振りながら答える。
襲撃場所を知らないことには、それこそお話にもならない。
だからこそ、早いうちに知っておきたいと思っているのだ。
まぁ、おいそれと話していいことでもないだろうが、これ以上秘密にされているのも困る。
雪見にしろ祐一にしろ、やはりそこが気になっているようだ。



「そういえば、デザートはないのかな?」
「……ないとおかしい」
「その通りです。ないなんて認められません」
「……あなた達、まだ食べるの?」

こちらはデザートをご所望の様子。
あんなに食べたのに、と言外に滲ませた留美の言葉だが、そんなことを気に止めないのがみさきと舞。
どれだけ食べてもスタイルが全く崩れない、というのは、一体どういう理屈なのだろうか? そんな風に羨んでいたりもするのだが。
茜の場合は、食事量は控えめだが、食後のデザートとなると話が変わってくる。
特に、こうしたホテルの食事となれば、それは期待もしようというもの。
みさきと舞と同様に、目を輝かせながら、デザートの登場を静かに待つ。



「当日はもう、予定通りでいいのよね?」
「あぁ。特に佐祐理、美汐の二人の仕事は重要だからさ、明日は頼むぜ」
「はい、任せてください」
「了解しました」

祐一が佐祐理と美汐に目を向けると、穏やかな微笑みが返ってくる。
今回のアルテマ殲滅戦においては、完全にアウェーの戦いとなるため、策を講じるにも限界がある。
だからこそ、用意できる策は、全て完全な形で用意しておきたい……これが祐一の思考だった。
表情を厳しいものに変えて、もう一度その内容を確認する。
全員が、間近に迫った戦いに思いを馳せ、決意を新たにした。





まぁ、それからしばらくして、デザートのご登場となった時に、またリラックスムードが戻ってきたのだが。





「うん、もう最高だね」
「……言うことなし」
「美味しいです……」

運ばれてきたデザートを口にするたびに、大きく表情を崩しているみさきと舞と茜。
まさに至福の表情で、一口一口を深く味わう。

デザートだけに、量はないものの、その味は絶品。
とろけるような舌触りと、一口ごとに口に広がる上品な甘さ。
心を揺らすくらいに甘く、それでいて後に残らない。
一度味わってしまうと、もう虜になってしまう。
喉を滑るように流れていくと、すぐに次の一口が欲しくなる。
それを繰り返せば、当然すぐになくなってしまう。

食べ終わってしまうと、少し物足りなくも思うが、デザートとは元来そういうもの。
そもそもたくさん食べるものではないのだ。
全員の表情が、その全てを堪能した、と雄弁に物語っている。
あとは、予定の時間までゆっくりと過ごせばいい。
口々に食事の感想を述べたりしているうちに、三十分という時間は、あっという間に過ぎていった。










「お久しぶりですね、皆さん」
「……まさか十二使徒の人間が来るなんてな。予想してなかったよ」
「まぁ、誰でもよかったのは確かですけどね」
「あー、とりあえず久しぶりだな、えーと、アリエス……でいいよな?」
「そうですね、ここならば問題はありません」

予定時間丁度に、祐一達の部屋を訪ねてきたのは、十二使徒のアリエス。
先の学校での一幕では、彼女の登場に助けられた部分もあるため、名目上は敵対関係にある両者だが、かなりリラックスしたムードになっている。

「この間はどうもありがとうございました」
「いいえ、あれはこちらのミスでもありますから」

佐祐理の感謝の言葉にも、柔らかい微笑みが返される。
この二人が話しあっている姿は、どこか上流階級のお嬢様同士の会話に見えなくもない。
滲み出る品位とでも言おうか。
上辺だけのマナーでは決して感じさせることのできない品格を、双方とも備えている。
たおやかに微笑む二人を見ながら、祐一はそんなことを考えた。



「それで、いきなりですけど、本題に入りませんか?」
「えぇ、わかりました。では……」

広々とした部屋の中心に存在する大きなテーブルを挟んで、祐一と雪見と佐祐理と美汐、そしてアリエスが向かい合う。
その他の面々は、ベッドやソファに腰掛けて、遠巻きに話を聞くことにしたらしい。

「まず一つ、お伝えしておきたいことがあります」
「? 何でしょう?」

わざわざ断ったということは、何か突発的な問題でも起こったのだろうか?
そんなことを思いながら、美汐が聞き返す。

「先日、アルテマを監視していた人間が、突然連絡不能となりました」

アリエスの放ったその言葉で、全員の表情が一変する。
今の言葉が意味するところを、彼らが想像できないはずがない。

「残念ですが、おそらく相手の手に落ちたものと思われます。すなわち……」
「こっちの情報があっちに漏れた、と考えなきゃなんないだろうな」
「えぇ」

祐一が、少し厳しい表情で言う。
情報の漏洩は、何よりも憂慮すべき事柄。
それでなくとも、今回の作戦の危険度は高いのだ。
それは苦い表情にもなろうというもの。
だが、覆水は決して盆に返らない。
ここは気持ちを切り替えるべきだろう。

「それで、保護機関はどうなさるおつもりですか? 予定を変更することはあるんですか?」
「いえ、当初の予定通りに行動することになっています」
「それでは、本拠に十二使徒が、もう一つの拠点にわたし達が、それぞれ突入するわけですね」
「そうです」

情報が漏れたことによる影響を懸念しての雪見の言葉だったが、予定の変更はない、という返事。
だが、それも当然のことかもしれない。
既に準備も終わっているのに、直前になっていきなり作戦を変更するのは、やはり感心できることではないだろう。



「……むしろ問題なのは、相手がどう出てくるか、でしょうね」

しばらくの沈黙の後、佐祐理が口を開く。
話題が話題だけに、やはりその表情はどこか硬い。

「その通りです。アルテマが無策でこちらを迎えるとは思えませんし、その上、こちらの戦力も知られてしまったのですから」

アリエスも、少しだけ表情が曇っている。
十二使徒の六人が本拠を叩き、『九龍』がもう片方を叩く。
この情報は間違いなく知られているはず。
それを知って、向こうがどうするかは、正直想像がつかない。
本拠に戦力を集中させる可能性もあるだろうが、逆に本拠を手薄にして、生き残りを図る可能性だってあるのだ。
そして何より……

「問題は、構成員ではなく、幹部以上の人間。特にリーダーのシャディードと、その側近のザール。この二人が問題なんです」
「シャディードとザール……か」
「えぇ。この二人さえ倒せば、アルテマは事実上壊滅です。逆に……」
「その二人が生き残ってる限り、アルテマは復活するってことか」
「はい」



組織において重要なものは多い。
それは例えば、資本であったり、実績であったり、信頼であったり、団結であったり、有能な構成員であったり。
それこそ、数え上げれば、両手でも余る。

しかし、アルテマのように急激に躍進してきたような組織において、最も重要なものとなると、答えは一つ。
それは、トップの人間。
一代でのし上がってきたような組織の成長力というのは、そのリーダーの力によるところが大きい。
そして、トップが力を発揮できる限り、そうした組織は力を失わない。

例えば、今回アルテマを襲撃して、二人以外の人間を全て撃退できたとしよう。
だがこの場合、何の解決にもならない。
二人は間違いなく、再び組織を立ち上げる。
アルテマがS級となり、今なお力を誇示しているのは、この二人によるところが大きいのだから。

それとは逆に、この二人だけを抹殺できたとするなら、この場合は、事態はほとんど解決したと言ってもいい。
残党の問題はあっても、所詮は寄せ集めの人間。
組織を立ち上げ、運営し、勢力を拡大していくようなことなど、そんな者達にできるはずもないのだから。
少しずつ確実に叩き潰していけばいいだけだ。



「となると、問題はその二人がどっちにいるか、だな」
「そうなります」

祐一の言葉に頷くアリエス。
話を聞く限り、この二人の強さは相当のものと考えるべきだろう。
祐一達からすれば、できれば戦いたくない相手である。
十二使徒としても、確実に葬り去るために、自分達が相手をしたいだろうが、どちらにいるかわからなくては、それも心配の種になる。

「事前に知ることができればいいんですけど……」
「駄目ですね。捕らえた下位の構成員は、何も知らされていません」
「はぁ……トップが力を握っている組織ってのは、本当に厄介だな」

雪見の言葉に、静かに首を振ったアリエス。
確かに、アルテマという組織は、事実上トップが全ての力を握っている形である。
となれば、肝心な情報が漏れてくることは、まず期待できない。
この辺が、公的機関との大きな違いである。
権力の一極集中は、組織にとってデメリットも大きいのだが、トップが健在な限りは勢力を失わないというメリットも存在する。



「とにかく、事前に知ることができないのでは仕方がありませんね」
「えぇ。ですので、最悪この二人とも戦わなければならない、と覚悟はしておいてください」

美汐がため息とともに呟くと、アリエスは一つ頷き、結論を告げる。
すなわち、強敵との対峙を覚悟しろ、と。

「……何か情報はないんですか? この二人について」
「一応、顔写真と簡単なプロフィールだけはあります」
「能力や戦い方については?」
「ありません」
「でしょうね」

情報がない、というアリエスの言葉にも、佐祐理は特に落胆はしていなかった。
このクラスの人間となると、その能力の情報がある方がおかしい。
事前に情報があったりすれば、それはむしろ罠であると考えるのが普通だ。
気を取り直して、アリエスが出した顔写真とプロフィールに、全員が視線を注ぐ。

写真に写っているのは、おそらく中年の、けれどそうとは思えないくらいに若さと強さを感じさせる二人の男。
金髪碧眼は共通だったが、それに加えて、強い意志を感じさせる射抜くような眼差しも似通っている。
二メートル近い長身に、鍛え上げられた全身。
写真で見るだけでも、どこか重厚な気配が窺える。
間違いなく、強い。
できれば、戦場で対峙したくはない相手だ。



「とにかく、もしこの二人がいれば、最優先で撃破ください。その結果、他の構成員に逃げられたとしても構いません」
「わかりました。仕上げはどうしますか?」
「全て片付いた時に、こちらに連絡を下されば結構です。事後処理は、全て私達が行いますので」
「了解です」

アリエスは、二人を最優先に、と強調する。
後のことを美汐が尋ねても、簡単に言葉を返すだけ。
それだけ、二人の殲滅は、重要度が高いのだろう。





それから、祐一達が襲撃する拠点の所在地や、地形的特徴、そこに行くまでの手順についての説明が入った。
当日――明後日だが――に、保護機関の車でその近くまで運んでもらい、そこから襲撃する。
その際、露払いというか、下級戦闘員の相手は全て保護機関の人間が担当するので、祐一達は、建物内部に潜入し、幹部クラス、特に件の二人を探して、発見すれば撃退するというのが仕事だという。
加えて、連絡手段など、他の細々としたことを話しているうちに、時間もあっという間に過ぎ去り、全ての話が終わった頃には、日が傾き始めていた。

「それでは、くれぐれも注意してください」
「あぁ、わかってる」

部屋を辞す際にも、アリエスは注意の喚起を促す。
失敗はすなわち死に繋がることを、祐一達が自覚していることは知っているだろうが、それでも注意せずにおれないのだろう。
それはつまり、シャディードとザールの二人が、如何に手強いかを物語っているとも言える。
自然に、祐一達の表情にも厳しいものが浮かぶが、それでも余裕を失いはしない。
焦りと不安は禁物。
戦いに重要なコンディションを、理屈ではなく本能で覚えているのだ。

「それでは、明後日に迎えをやりますので、それまでは無理のない範囲で行動してください」
「了解。それじゃ、お互い生きてまた会えることを祈ってるよ」

軽く笑いながらの祐一の言葉に、少しだけ表情を崩すアリエス。
アルテマを殲滅しないことには、再会も何もない。
相手は強大だが、それでもなお軽口を叩けるのなら、心配はいらないだろう。



そして、アリエスが部屋を去り、祐一達もまた部屋に戻る。
再会の時がくることを、双方ともに祈りながら。









 続く












後書き



戦い前の一幕です。

まぁ単純な戦闘とはいえ、それなりに背景というものは存在するわけで。

ご存知の方も多いかと思われますが、あと二話、こういう風な直接戦闘とは違う話があります。

個人的にはまぁ、そういう話の方が書きやすいんですよね。

戦闘シーンは……まぁ置いといて(笑)