激しい衝突音と同時に、祐一の体が後方に吹っ飛んでいく。
その場に残されたのは、振りぬかれた箒。
鈍く輝く銀色のそれには、微かに血が付着していた。
それを見たグルーヴは、小さく舌打ちすると、懐からハンカチを取り出して、血を拭き取っていく。

「全く、血なんてつけないでほしいもんだね」

軽く首を左右に振りながら、鬱陶しげに文句を口にするグルーヴ。
自分が殴ったせいで着いた血であることは、まるで考えていないらしい。
もっとも、それを伝える人物は、遠くの廊下で倒れ伏しているのだが。



「ぐっ……っとに厄介な……」

よろよろとふらつきながら、ゆっくりと身を起こす祐一。
口元からは、血が流れていた。
転がった時にでも、口内を切ったのだろう。

だが、それは些細な事だ。
問題なのは、攻撃を受け続けている部位。。
内出血と思しき青痣を其処彼処につけている両腕。
震えるその手は腹部に添えられており、懸命に痛みを堪えている様子が窺える。
あるいは、内臓にもダメージがあるかもしれない。



「あんたも中々やるよ。これだけやられておきながら、まだ立てるんだからね。大したもんだ」
「……」

ようやく満足したのか、ハンカチをしまって、改めて向き直るグルーヴ。
苦悶に表情を歪めながらも、相対する彼女を睨むようにしている祐一。
戦況はまだ、双方に予断を許さない。

だが現時点では、祐一が一方的にやられていることは事実。
蓄積したダメージは、決して浅くはない。
それでも、戦闘不能にはまだ遠いことも、確かな事実。
未だ強い輝きを放つ祐一の目が、それを確信させる。
戦う意志がある以上、彼は何度でも立ち上がるだろう。
グルーヴは、その心を折るべく、再び箒を振りかざした。















神へと至る道



第61話  魔女の秘術 -U















言葉もなく睨み合う両者。
状況は間違いなく祐一に不利ではあったが、グルーヴがそれに驕ることはない。
些細なことで戦況がひっくり返され得るのが、能力者の戦闘なのだから。
積み重ねてきた経験が、彼女に油断を抱かせないのだ。

それはつまり、彼女に付け入る隙がほとんどないことを意味している。
祐一の表情が厳しさを増すのも、それが故。

これまでに、何度も激突してきた両者だったが、その度に、祐一は吹っ飛ばされている。
攻撃力も、速度も、攻撃範囲も、その全てが祐一より老婆――グルーヴの方が上なのだ。
まともにやりあったところで、祐一がそれを超えることは至難。

それがわかっていてもなお、祐一は攻撃のスタイルを崩さない――否、崩せない。
激突の度に、その体には深刻なダメージが刻まれ、どんどん蓄積している。
おそらく、あと数回もくらえば、行動にも支障をきたすだろう。
速く重いその攻撃を防ぎきるには、決定的にエネルギーが足りないのだ。

けれど、今の祐一には、それ以外に取れる選択肢など存在しない。
何のために、この場に一人で残ったのか……それを考えれば、たとえ無謀に思えようとも、ぶつかってゆくしかないのだ。

決意を新たにして、祐一がエネルギーを両腕に集中させてゆく。
いつでも飛び出せるように、姿勢を低くして、その瞬間に備える。

対するグルーヴもまた、箒を静かに構えた。
彼女は、未だにほとんどダメージも受けていない。
左腕に幾重にも重なっている傷は、全てかすり傷。
エネルギーもほとんど減ってはいない。
既に呼吸も荒い祐一に比べれば、ほぼ無傷と言って差し支えないだろう。





「はっ!」
「やっ!」

気合に満ちた掛け声と同時に、二人が同時に床を蹴った。
負傷していてもなお、祐一の速度は十分に速い。
それでも、やはりグルーヴの速度には及ばない。

振り上げられる箒。
目視できるほどに高められたエネルギーが宿るそれが狙うのは、一直線に向かってくる祐一の頭部。
振り抜かれれば、それは祐一の命を容易く奪うだろう。



だが、激突の瞬間が訪れるその直前に、祐一がいきなり進行方向を変え、真横へと飛ぶ。
突然の行動に意表を突かれたのか、大きく目を見開くグルーヴ。
真横に飛んだとて、それが何になると言うのか。
そんな思考を置き去りに、目で祐一を追いかけるグルーヴは、そこに答えを見る。



周囲に響き渡る破砕音。
祐一が、飛び出した威力を加味して、ある部屋のドアをぶち破ったのだ。

廊下で戦い続けていただけに、部屋に入るという可能性はあったのだが、グルーヴは、その可能性をまるで考えていなかった。
する意味がないと思ったことが、その最大の理由である。
一体、祐一は何を狙って、わざわざ部屋の中に移動したのだろうか。



「何を考えているのか知らないけどね! 部屋に逃げたって意味は……」

逃がすわけにはいかないと判断したグルーヴ。
ドアを破壊した勢いのまま室内に入り込んで、姿を隠した祐一を追いかけるために、彼女もまた、勢いがついていた自身に急制動をかけ、すぐに部屋へと飛び込んでゆく。
だが、彼女が加速を開始した瞬間に、部屋の壁が突然破壊される。

既に動き始めていたその体を静止させることは、さすがに不可能だった。
破壊された壁の破片が、まるで弾丸のように彼女に襲いかかる。
降り注ぐ破片の速度に、自身の加速が加味されて、その威力は生易しいものではない。
コンクリート片の強度は、破砕されていてもなお高く、彼女の体を容赦なく叩く。
それでも。

「小賢しいよッ!」

その全てを耐え切り、破砕されて広がった部屋の入り口に突っ込んでいくグルーヴ。
多少のダメージなど、気にも留めていない様子だ。
彼女にとって重要なのは、ここで祐一を逃がさないこと。
今、優位に立っているうちに、その息の根を止めなければならないのだ。

仮にもS級と認定された存在。
現状、グルーヴに翻弄されっ放しの祐一だが、それが実力であると考えるほどグルーヴは愚かではない。
どんな隠し玉があるかもわからない。
ならばこそ、殺せるうちに殺しておくことが最善だ。





「……コンクリート片で攻撃するって策は、中々良かったよ」

部屋へと足を踏み入れたグルーヴは、一旦そこで止まる。
彼女の目に映るのは、薄暗い部屋の奥でしゃがみこんだままグルーヴの方を睨んでいる祐一の姿。
その姿は、まるで追い詰められた鼠のようだった。

「でも、それもこうやって耐え切ったさ。あんたはもう袋の鼠だ。大人しく殺されるんだね」

直接的に攻撃できないのなら、間接的に攻撃する――その思考を、グルーヴは静かに評価する。
実際、先の一撃は、確かに彼女に傷を負わせたのだから。

だが、それはとても決定打には及ばない攻撃。
この程度では、足止めにすらならない。
ダメージを感じさせない彼女の立ち姿が、それを証明している。

そして同時に、祐一は部屋の隅に追い詰められているのだ。
結局祐一は、一矢報いるために、自分を窮地に追いやったことになる。
だからこそ、グルーヴは評価しつつも、勝負が決したと判断したのだ。





「……日本のことわざに、こんなものがある」
「ん?」

一瞬の沈黙を挟んで、祐一が突然、何の脈絡もない話を始めた。
訝しげに見るグルーヴの視線を無視するかのように、その言葉を続ける。

「『窮鼠猫を噛む』……意味、わかるかい?」
「何だって?」

祐一の問いかけに対し、不思議そうな表情をするグルーヴ。
箒を構えた姿勢をそのままに、強く睨みつける彼女には、一部の隙もない。
それを意にも介した様子もなく、祐一は喋り続ける。

「弱者であっても、追い詰められれば、強者に噛み付くことがある。まぁ、そんな意味さ」
「ふん……今のこの状況で、あんたに勝ち目があるとでも言いたいのかい?」

その言葉から、まだ勝利への執念を捨てていないことを察し、グルーヴの声に苛立ちが混じる。
現状、贔屓目に見ても、祐一に勝ち目があるとは考え難い。
ボロボロの体に、消耗したエネルギー。
それに対して、グルーヴの方はまだまだ体力にもエネルギーにも余裕がある。
何より、グルーヴの能力に、祐一はなす術もなく翻弄されてきたのだ。
一体どこに、勝機などあるというのか。



「噛みつく牙は、まだ残してるつもりだけどな」
「……?」

現状を理解しつつも、なお余裕を崩さぬ祐一に、さすがに何かを感じたのか、グルーヴの表情が少し変わった。
そこに浮かぶのは、怒りよりもむしろ疑問。
箒を掲げたまま、部屋の隅で姿勢を低くしている祐一を凝視する。

遠目に見ても、顔に脂汗が浮いているのがわかる。
だが、目は輝きを失ってはおらず、戦う意志を捨てていないことは明白。
両足は、少し震えているようにも見えるが、それでもまだ立つことに支障が出るほどではなさそうだ。
右手は、だらんと力なく下げている。
そして左手は……何かを、握り締めている。



「何を持ってるんだいっ!」

グルーヴが、祐一の左手に不審の匂いを嗅ぎ取ったのか、表情を一変させ、右手を振り上げる。
その動きを察知し、祐一の表情もまた厳しいものに変わった。

祐一が、左手を振り上げようとしていた。
握り締めた拳を、グルーヴに向けようとしているらしい。
それが、何か自分にとって良くないことだと瞬間的に判断したグルーヴは、接近戦ではなく、右手の箒を遠隔操作することによって潰すことにする。

「くらいなっ!」

右手を離れた箒は、凄まじい速度で祐一に襲いかかる。
グルーヴの焦りがそのまま威力に変換されたかのように、それは容赦なく祐一の左腕へと食らいつく。
振り上げようとしている祐一の左手は、その途中で強制的に静止させられた。





衝撃の瞬間。
骨の砕ける嫌な音が、祐一の左上腕部から鈍く響く。
対象を砕いてもなお、箒はその力を緩めず、後ろの壁との間で押し潰さんとばかりに唸りを上げる。
箒の命中した箇所から、血が少しずつ噴出し、箒を伝いながら床を赤く染めてゆく。
もしかしたら、再起不能の傷となるかもしれない……そのくらい、見た目にも危険な傷。

衝撃の瞬間に、顔を大きく歪める祐一。
走る激痛に、けれど意識は途切れさせない。
奥歯を噛み締めながら、痛みに耐えている。

だが、潰された左腕は耐えられなかったらしく、握り締めていた拳から力が抜ける。
それと同時に、隠し持っていた何かが、その手から零れ落ちようとしていた。
それを見て、祐一の狙いを潰したことに安堵の息をつくグルーヴ。
祐一の左腕に、致命的なダメージを与えたその立役者たる箒を、自身の手元に戻そうとする。










だから、グルーヴは何もできなかった。
祐一の左手に握り締められていたものが、何をしようとも。










「?」

箒を呼び戻そうとした時に、祐一の左手に隠されていたものが、完全にグルーヴの視界の中に入ってきた。
それは、黒っぽい球形の物。
そんなものが三つ、祐一の手の中から、零れ落ちようとしていた。

ゆっくりと開いていく祐一の左手。
同じくゆっくりと零れ落ちてゆく、手の中の何か。

箒に意識を移しながら、目でそれを追うグルーヴ。
手元に箒を戻すことに集中しているからか、あまり注意を払っていない。
そしてそれが、完全に祐一の手から離れた瞬間に。





突然加速を開始した。





「な?!」

零れ落ちた物体が、突然運動の方向を変え、グルーヴへと一直線に迫る。
それはもはや、目にも止まらない速度。
対処する暇などありはしない。
驚きの声を上げるのとほとんど時を同じくして、その黒い物体が全て、余すことなくグルーヴの体を穿っていた。

言葉も上げられないグルーヴ。
まるでとてつもなく大きな銃弾をその身に浴びたような衝撃に、反応さえ許されない。
体は後方へと凄まじい勢いで吹っ飛ばされ、廊下で何度も跳ねながら、階段の近くまで転がっていく。

黒い何かが命中したのは、彼女の右腕、右肩、左肩の三箇所。
エネルギーを展開して防御していたにも関わらず、それは正確にグルーヴの各所の骨を砕いていた。
と同時に、抉るようにして体に食い込んでいた物体が地に落ち、それと同時に、攻撃を受けた三箇所から、一斉に血が噴き出した。

「なん……だいっ! これは……っ!」

言葉を出した瞬間にも、激痛が体を襲い、グルーヴは大きくその身を震わせる。
凄まじいまでの威力。
何がそれをもたらしたのか、全くわからない。
それを知ろうと彼女が視線を動かすと、その目に入ってきたのは、血に濡れた、黒いボール。

それを認識する間にも、血はどんどんと溢れ出し、激痛が身を苛み、エネルギーが浪費されていく。
信じられない出来事。
あり得ないダメージ。
一体どうして、こんなことが起こったのか。





「……くっ!」

痛みに耐えている間に、箒が彼女の手元に戻ってくる。
顔を上げるグルーヴ。
もはや立ち上がることすら厳しいのだが、それでも寝ていようものなら、間違いなく殺されてしまう。
両腕はもはや使い物にならないので、彼女はゆっくりと膝立ちになると、そこから両足の力だけで起き上がった。
箒は、そんな彼女の傍に浮いたままだ。
激痛に耐えながら、グルーヴがドアの方を見ていると、やがて祐一がそこからゆっくりと出てくる。

「……勝負は、これからって、ことかい?」

脂汗を浮かせながら、グルーヴが祐一にそう声をかけた。
部屋を出てきたとはいえ、祐一の体は、激痛からか小刻みに震えている。
その左腕は見るに耐えないくらいにボロボロで、完治するかどうかも怪しいほどの重傷。

だが、それはグルーヴとて同じなのだ。
黒いボールに抉られた三箇所は、いずれも重傷の部類に入る傷を負った。
骨は砕け、祐一のそれほどではないにしろ、出血もひどいし、痛みも激しい。
となれば、まだ勝負はこれからだろう。










「……いえ、残念ですが、勝負はつきました」

祐一の口調が変わった。
現れた彼の表情は、痛みに耐えてはいるものの、それまでの形相が嘘のように、どこか穏やかさを湛えてすらいる。
突然の変化に、不審な目を向けるグルーヴ。

「……どういうことだい? それは」

激痛に耐えながら、グルーヴが問いかけた。
勝負は、まだついていないのだ。
能力はまだ使える。
負傷だってお互い様だ。
しかし、祐一は小さく笑って、その言葉を口にした。





「理由はたった一つです。だって、コツを掴みました(・・・・・・・・) から」





その瞬間に、突如として、祐一の前に不思議な装丁の施されたファイルが出現した。
虚空から現れたファイルが、光を放ちながら大きく開くと、その中から一枚の白紙が飛び出す。
と、淡く輝くその白い紙に、凄まじい速度で、浮かび上がるようにして、文字が現れてくる。
どんどんその文字数は増え、やがてその紙面は、何かの文字で一杯になった。
するとその紙は光を失い、再びファイルに収まる。
閉じられたファイルが落ち着いたのは、祐一の右手。

突然の出来事に、呆気に取られるグルーヴ。
目の前で起こったことに、頭の情報処理が追いつかないらしい。
それほどに衝撃的な事態だったのだ。
彼女の持っている情報では、祐一の能力は、誰かのけがや病気を治すこと。
他にも何か特殊な能力を持っているという話は聞いていたが、こんな変なファイルを出現させるような能力などではなかったはず。





「あんた……それは、何なんだい……?」
「あぁ、いつまでも祐一さんの姿を借りているのも悪いですね」

祐一は、軽く微笑みながらそう言うと、ファイルのとあるページを開く。
と、いきなりその姿が光に包まれる。
驚愕の表情を変えないままで、グルーヴはそれを眺めていることしかできない。

そして、その光が収まった時、祐一が立っていた場所にいたのは、一人の少女。
目を剥くグルーヴに、その少女は、栗色の髪を揺らしながら、ゆっくりと一礼をする

「はじめまして。倉田佐祐理と申します。以後お見知りおきを」

と、そこでようやく一つの情報に思い至るグルーヴ。
九龍のメンバーには、他人に変身できる能力者が存在しているという噂。
それが、彼女だったのだろう。
だが、問題は手段ではなく、その動機。





「なんで、あんたは、姿を偽ってたんだい……?」

驚きを隠せないグルーヴの声。
祐一の姿になっていたのは、おそらく彼女の能力なのだろう、と推察できる。
だが、なぜそんなことをしたのだろうか?

「その答えは、これですよ」

と、ファイルを開き、一枚の紙を取り出す佐祐理。
それが虚空に消えると、彼女の右手に、光が集約してゆく。
幾重にも絡み合い、何かを織り上げてゆく光。
やがてそれは、一つの物体へと姿を変えた。

「そん、なっ?!」
「あ、色が違いますね」

グルーヴの大きな驚きの声と、佐祐理の小さな驚きの声が唱和する。
佐祐理の右手に現れたのは、黄金色をした一本の箒。
グルーヴの手元の銀色の箒と、まるで対の物のようだ。
実際、色を除いては、見た目は全く同じだと断言してもいい。
呆気に取られたままのグルーヴ。

「あたしの、能力を、学習したのかい……?」
「そうです。そしてこれが、佐祐理達がこの戦いに参加した理由の一つでもあります」

佐祐理の言葉に、はっとするグルーヴ。
つまり、九龍は保護機関の要請だからという理由だけで、この戦いに参加したわけではなかったということだろう。
S級として名を馳せるアルテマに在籍しているような、強力な能力者……その能力を、あわよくば学習し、自分達の力にすること。
それもまた戦いに参加した理由だったわけだ。

「わざわざ別人の姿をしていたのは、あたし達を油断させるためかい……」
「そうです。佐祐理の姿のままだったら、警戒されてしまって、能力の学習もままなりませんから」

淡々と話すグルーヴと佐祐理。
苦虫を噛み潰したような表情のグルーヴと違って、佐祐理の表情は、少し安堵したようなものだったが。

「でも、まだ勝負は終わったわけじゃないよ……」
「そうですか?」

そこで、佐祐理がファイルからさらに一枚の紙を取り出す。
警戒するグルーヴ。
だが、佐祐理はその右手を、左腕の傷口に触れさせただけだった。
走る痛みに、顔を顰める佐祐理。
何を考えているのか、とグルーヴが訝しむ暇もなく。



――妖精の祝福(フェアリー・ヒール) ――



淡い光が、佐祐理の左腕を包み込んだ。
ようやくそれが治癒系統の能力であることを察し、グルーヴは、そうはさせじと箒を飛ばす。
だが、その箒はもう、グルーヴだけのものではない。

「くっ!」

黄金の箒と白銀の箒がぶつかり合う。
高く響く衝撃音。
全く同じ能力なだけに、威力も互角、速度も互角。
そうである以上、箒は箒を越えられない。
遠隔操作であることも、両者に等しく作用している。

しばらく鍔迫り合いのような状態が続く。
やがて、佐祐理は治療が終わったのか、右手を離す。
既にもう、そこに出血はなかった。

「骨も筋肉もぼろぼろですから、動かせはしませんけど、応急処置としては上出来ですね」

全く動かない左腕。
だが、出血はなくなったし、痛みも若干ひいているらしい。
佐祐理の顔色も、先程よりは良くなっている。

それに対し、グルーヴの症状は悪化の一途を辿っていた。
何の治療も施していないし、状況が既にひっくり返されていることがわかったからだ。
肉体的にも精神的にも、彼女は痛めつけられていた。



「長く戦うつもりはありません。大人しくしていただければ、すぐに済みます」

佐祐理が構えている黄金色の箒。
右手でその先端を持ち、そのまま水平に伸ばす。
箒と右腕が一直線になり、エネルギーが蓄積されていく。
それと時を同じくして、佐祐理が、グルーヴに敗北を告げる。
だが、その表情には、余裕よりもむしろ懇願の色が滲み出ていた。

それがわかったからか、グルーヴは、ニヤリと笑った。
そして、小さな声で呟く。

「仕方ないね。あたしはそいつの強さを、誰より知ってるんだから」

既に能力は互角……だが、身体能力において、両者には大きな差があるのだ。
もはや、グルーヴに勝機はない。
呟いてから、彼女は静かに目を閉じた。
佐祐理は、一瞬だけ目を伏せると、すぐに顔を上げ、右手を水平にかざしたまま、意を決したようにグルーヴへと視線を送る。

「……さようなら」

その言葉が場に浸透すると同時に、佐祐理は前方に飛び出して、掲げた右腕を、全力で横薙ぎに払う。
それによって、佐祐理もまた、この能力の強さを、初めて自分のものとして実感することになった。















「……すごいですね、これは」

呟いた声は、若干震えていた。
恐ろしくなるくらいに軽々と振るえるにも関わらず、重厚な武器のごとき破壊力を持っている。
その上、これを使えば空だって飛べるし、さらに遠隔操作まで可能。
本当に、優れた能力だ。

「……さて、どうしましょうか、これから」

傷は塞いだが、それは治療とはとても呼べないもの。
重傷である事実は動かない。
若干ひいてきたと言っても、激痛は耐えず彼女を襲っている。
エネルギーも大量に消費したし、体力も底を尽く直前だ。
とは言え、新しい能力を習得できたからか、彼女の表情に暗いものはない。

「……大人しく、舞達を待つことにしましょう」

今の自分では足手まといになるだけだと判断し、佐祐理は、その場を動かずに、舞達が上階の敵を片付けて降りてくるのを待つことにした。
部屋の近くの壁にもたれかかって、少し休みながら。



当然、彼女は目の前を警戒してはいたが、エネルギーを展開して、周囲を探査していたわけではない。
そんな余裕はなかったし、その必要もなかったからだ。

だが、もしその時、佐祐理がそうしていれば、あるいは彼女も気付いたかもしれない。
別の階段を使って、階下から誰かが上がってきていることに。









 続く












後書き



気付いてた人もいるかもしれませんが、まぁそういう決着です。

やっぱり一度くらい能力習得の瞬間を書いておきたかったですしね。

他人に変身する能力って便利だなぁ、とか思ったり。

何にしても話全体から見ても、戦闘の回数自体が相当少ないだけに、こういう機会は大事にしたかったんですよね。

色々と書くことができて、今回はそれなりに満足してます。

さて、次回はまた時間がかかるかもしれませんが、気長にお待ち頂ければ有難いところです。

それではこれにて。