シャディードの声が部屋に浸透した瞬間、祐一達の表情がはっきりと強張った。
その反応は、言葉に込められた強大な闘志と、絶対の殺意によるもの。
それが自分達に向けられているという事実が、彼らの動きを抑制せずにはおかなかったのだ。

縫い止められたかのように動かない祐一達。
だが、シャディードが一歩踏み出した瞬間、全員が即座に後方へと飛び退く。
考えるより先に、体が反応を示した。

祐一達が動いたことを確認して、シャディードは再び足をそこで止める。
次いで、祐一の方に視線を向けたまま、ゆっくりとその口を開いた

「あぁ、言い忘れていたが、俺がやり合いたいのはお前だけだ。他の人間に用はない」

喋りながら向けた指先は、ただ祐一だけを示している。
その目もまた、祐一のみに向けられていた。
言葉の通り、他の三人は眼中にないらしい。

意識が自分に集中していることを理解し、祐一の目が微かに細められる。
探るような目つき。
シャディードの真意を測ろうとしているのだろう。
意識を彼の動きに集中させたまま、それを問う祐一。

「へぇ……なら、みさき達は見逃してくれるってのか?」
「正直どうでもいいんでな。まぁどうしてもというのなら、殺して排除してやるが」

口の端を軽く持ち上げるシャディード。
そして、その言葉が嘘でないことを証明するかのように、その身に纏っていた殺気を霧散させた。
さらには姿勢を崩し、倒れている舞を顎で示しながら、言葉を続ける。

「待っていてやるよ。そこで倒れてる女も連れて、さっさとここから出て行け」
「……」

動かぬまま黙考する祐一。
だが、ものの数秒でその思考を止め、みさきと雪見に一瞬だけ視線を向ける。
不安げな表情の二人だったが、その視線から、彼が言いたいことを悟り、一つ頷いて見せてから、舞の傍まで駆け寄る。
シャディードは、動こうともせず、ただ祐一の方を見ているだけだった。



「舞、しっかり」
「舞ちゃん、立てる?」
「……なんとか」

雪見の肩を借りてゆっくりと立ち上がる舞。
意識は取り戻しているようだが、心配そうなみさきに返す声を聞く限りには、いつまた気を失ってもおかしくはなさそうだ。
ゆっくりと出口へと向かう三人。
祐一はそれを見送るように、シャディードはそれを待っているように、二人は動かない。



「……祐一、無理は、しないで」
「祐ちゃん、死んじゃダメだよ」
「信じてるわよ」

ドアの近くまで辿り着くと、三人は一度だけ振り返った。
かけられた言葉に、祐一は無言で頷いただけだったが、それだけで互いには十分だったらしい。
再び歩き出した三人は、二度と振り返ることなく、部屋から姿を消した。

結局、祐一は舞の治療をすることはなかった。
もちろん彼とて、彼女の負傷が気にならないわけではない。
だが、下の階には佐祐理がいる。
合流した際に、彼女がある程度の治療は施してくれるだろうという目算があったのだ。
故に、少なくとも命の危険に関してはないと考えてもいい。
そして何よりも、今は微かなエネルギーの消費さえも避けたかった。
そう考えさせるほどの何かを、彼は目の前の存在から感じていた。





「ようやく行ったか」
「一つ、聞いておきたいんだが」

組んでいた腕を下ろしたシャディードに、祐一が厳しい表情のまま問いかける。
問われた彼は、一瞬だけ疑問の表情を見せたが、すぐに何かに思い当たったようだ。

「あぁ、神器のことか? それなら奥の部屋に置いてある。俺に勝てたら、持っていけばいいさ」
「……そうか。けど、聞きたいことはそれじゃない」
「ほぅ。他に一体何を聞きたいんだ?」

若干目を見開かせるシャディード。
祐一達が神器に対して並みならぬ執着心を示していることは、この世界ではよく知られている。
だからこそ彼も、質問があるとすればそれ以外にないだろうと考えていたのだ。

しかし実際、祐一は神器の安置場所に関して、興味をほとんど示すことはなかった。
というよりも、それ以上に気になることがある、という方が正しいか。
いずれにせよ、そのことが、シャディードの好奇心を僅かばかり刺激したらしい。
問うその声にも、興味の色が滲み出ている。

一瞬訪れる沈黙。
だがそれは、続く祐一の言葉によって破られた。



「あんたは、なんでここにいる? 何が目的なんだ? どうして俺と戦いたがる?」

口を開くと、その問いかけは一息に発せられた。
それだけ、彼にとってこの疑問は大きなものだったのだろう。

実際、現在のシャディードの行動は、祐一にとって不可解なものでしかない。
今回の保護機関の強襲は、事前に彼の耳にも届いていたはずだ。
だというのに、どうして彼がここにいるのだろうか。

自分が立ち上げた組織の壊滅を防ぎたいのならば、十二使徒が襲う本拠の方にこそいるべきだろう。
また、襲撃の脅威を逃れたいのならば、本拠はもちろん、こちらにもいないはずだ。

だが、実際にはシャディードはこうして祐一の前に立っている。
彼がこちらにいる以上、本拠の壊滅は避けられまい。
同時に、未だにこんなところに姿を見せているのだから、再興を考えているとも考え難い。
組織の長が取る行動としては、愚かと思えると同時、滑稽にすら思えてしまう。
それが故に、祐一にはシャディードの考えが理解できなかったのだ。





「俺がここにいる理由、か?」

目を細め、シャディードが薄く笑う。
その瞬間に、まるで自分の周囲の空気が重く圧し掛かってくるような、そんな錯覚が祐一を襲った。
震えがくるほどの、それは強烈な圧力。
それを発している当人は、そんな祐一の様子など、気にも留めていない。

「そうだな……理由は三つある。一つ、いくら襲撃があるからといって、S級組織たる我々が、容易く尻尾を巻いて逃げるわけにもいかない。 二つ、とはいえ真っ向から十二使徒とぶつかり合うのは得策ではない。さすがに十二使徒の複数を相手にするのは厳しいからな。 三つ、ならば仮にもS級である『九龍』を潰せば、一応の面子は保てる。と、そんなところか」
「……」

聞くにつれて、祐一の表情が目に見えて厳しさを増してゆく。
噛み締める奥歯からは、ぎりぎりといった音が聞こえてくるようだ。
その表情は、まさに不覚を取ったと言わんばかりのもの。
シャディードの言葉から、アルテマの打算が理解できたからだろう。



「だがまぁ……」
「……?」

と、シャディードが、そこで否定の言葉を入れる。
一転して不審の色に染まる祐一の表情。

「これは、ただの建て前に過ぎない」
「建て前?」
「そうだ。俺がここに残った理由は、ただ一つ」

理に叶っていたはずの三つの理由を否定するシャディード。
その刹那、彼の視線が鋭さを増す。
身を硬くする祐一。

「それは……お前と戦うことさ、アイザワ。タイプA能力者である、お前とな」
「俺と戦う、だと?」
「あぁ。俺の中の何かが告げるんだよ……お前と戦え、とな。お前と戦うことで、俺は新たな何かを得ることができる。新しい何かを知ることができる。新たな領域に足を踏み入れることができる。そのためにこそ、俺はここにいるのさ」

とんとん、と自分の頭を指で軽く叩くシャディード。
口元に薄っすらと浮かぶ笑みを見るに、その言葉に偽りはなさそうだ。
確かな喜びがそこにあることが、容易に窺い知れるのだから。

そのことが示す、一つの可能性。
そこに思い至り、祐一の表情が一変する。
自身の常識では取り得ない、否、考えもしない選択肢。
もはや驚愕を超えて、恐怖にも近い感情に突き動かされるように、祐一は叫んだ。





「お前は、そのために……ただ自分の目的のためだけに、アルテマを捨てるのか?!」















神へと至る道



第64話  異端たる所以















静寂の中、響き渡る祐一の叫び。
その目は、信じられないものを見るかのようだ。

シャディードの言葉に、嘘はないのだろう。
となると彼は、ただ自身を成長させるためだけに、他の人員共々、逃げもせずに襲撃を待ち構えていたことになる。
戦闘員を配していたのは、自分が祐一と一対一で戦える状況を作り上げるためではないか。
事実、祐一達が襲撃したここでも、アルテマの人員を戦わせるように仕向け、その戦力を削った。
確認したわけではないが、おそらく十二使徒が襲撃している本拠の方には、こちら以上の戦力が注ぎ込まれているはず。
もし本拠に敵がいなければ、こちらに来るはずだからだ。
故に、祐一達よりも遥かに強い十二使徒を足止めしようと思えば、そうせざるを得ない。
すなわち、アルテマの戦力となる人員の全てが、この戦いに注ぎ込まれているとしか考えられないのだ。

だからこそ、こう結論付けることしかできない。
シャディードは、自身の成長のためだけに、アルテマという組織さえも捨てようとしている、と。



「……とんだ勘違いだな。どうやら『アルテマ』の名が示すものを組織と考えているようだが、そこからズレてるんだよ」

狼狽気味の言葉を聞き、シャディードが小さく口の端を持ち上げる。
それは、祐一を嘲笑うかのような表情。
だが、彼にはそこに気を回す余裕すらなかった。
一拍おいてから、シャディードが続ける。

「『アルテマ』とは、俺のこと。『アルテマ』という言葉が示すのは、ただ俺の存在だけなのさ」
「なん……だって?」
「組織は何度でも立ち上げればいい。構成員は何度でも集めればいい。頭が潰れない限り、『アルテマ』は何度でも再生する。俺がいる限り、『アルテマ』は消えないんだよ」
「……そういうことかよ」
「わかるか? この戦いも、結局は俺を成長させるための通過点に過ぎない。俺が新たなる領域に足を踏み入れるための試練に過ぎない。『アルテマ』が成長するための、儀式に過ぎないのさ」

そこまで言うと、シャディードはだらんと下げていた両手をゆっくりと上げながら、同時に姿勢を低くする。
展開してゆくエネルギー。
強大にして濃密。
それはまるで、その空間を一色に染め上げようとするかのように。
目に見えると錯覚するほどの圧迫感。
あまりの威圧感に、一瞬呼吸を忘れる祐一。
気を抜けば飲み込まれそうなほどの、それは強烈な奔流。
こうして相対しているだけでも、圧倒されてしまいそうになる。










「さぁ……」
「っ!」

先とは違い、強く一歩を踏み出すシャディード。
空気ごと移動したかのように思えるほど、そのエネルギーは膨大。
自身の周囲を全て焼かんとばかりに迸るそれが、祐一の体を圧してくる。
その目に見られているだけで、まるで背中に氷を突っ込まれたように総毛立つ。





「お前は、俺に何を教えてくれるんだ?!」





瞬間、その場を飛び立つシャディード。
ほとんど反射的に構えをとる祐一。
迫りくる脅威に竦みそうになる体だったが、ここで止まることは、そのまま死に直結する。
それを察知したが故に、彼の体が反応したのだろう。
やや遅れて、頭の方でも覚悟が決まる。
真っ向から戦うべく、挫けそうになる心を奮い立たせ、エネルギーを展開した。

と、いきなりシャディードが左手を前方に掲げる。
それを訝しむ暇もなく、頭上から小さな音がした。
何かが落下してくるような、そんな音が。

前方からはシャディード。
頭上からは得体の知れない何か。

それぞれが自分に接近しているのを知り、まずは距離をとろうと、祐一が床を蹴る。
その足元が小さく爆ぜ、体は後方に飛ぶ。

シャディードのそれよりは遅いものの、相対的な速度を落とすには十分すぎる反応。
祐一の視界に、迫る敵の姿が大写しとなる。
左手を前に突き出すようにしながら迫るシャディード。
迎え撃つ祐一の頭が、それを如何にして迎撃するか考え始めたのと時を同じくして、その目は、頭上から落下してきた何かがシャディードの手に収まる瞬間を捉えた。

落下してきたのは、鉄製の棒らしきもの。
それが何を意味するかについて、祐一の思考が到達するより早く、シャディードが横向きのそれを水平に薙いでいた。
唸りを上げる鉄塊は、凄まじい速度で迫ってくる。
祐一が咄嗟に右手を上げ、防御の体勢をとった瞬間に、衝撃が彼の体を襲った。



「っが……!」

激しい炸裂音を残して、祐一の体が吹き飛ばされる。
視界に一瞬ノイズが走ったと思うと、体は宙に浮いていたのだ。
その一撃だけで、シャディードの攻撃力の高さがわかる。

床に着く前に意識が戻ったため、祐一も何とか着地の態勢を整えることはできた。
着地した足で滑るようにして速度を落とし、体勢を立て直す。
どうにか動けるようになったものの、その間シャディードが止まっている理由などありはしないのだ。
既に攻撃の射程圏にまで入られていることを、祐一は悟らされる。

ほとんど反射的に、すくい上げるような形で左手を突き出す祐一。
守勢に回れば、嬲り殺しにされるだけだ。
その意味では、攻撃の選択肢をとった祐一は正しい。
もっとも、それがシャディードの計算内だった、という要素を除けばの話だが。





攻撃のために突き出した左腕。
それが、シャディードの右手に強く掴まれる。
そして同時に、半開きになっている祐一の左手に、自分が持っている鉄棒を押し付けてきた。

攻撃とは違う動作。
だが、意味はわからずとも、それが危険であることだけは間違いない。
放っておけば、自分にとって極めて不味い事態を招くことを察し、祐一が右手に力を込める。
シャディードの体が動かないのなら、攻撃は当たるはずだ。

だが、今の祐一はしゃがみこんだような体勢。
対するシャディードはというと、姿勢を深く沈めて、溜めが効いている状態だ。
追撃が叶うのはただ一人。
体勢を立て直すだけで精一杯だった祐一に、攻撃の機会は与えられなかった。

両手を固定したまま、低い軌道からの蹴りが、祐一の右肩に叩き込まれる。
若干不安定な体勢だったからか、その威力はそれほど高くはなかったが、祐一の動きを抑制するには十分だ。
歪む表情と漏れる苦悶の声から、それは容易に知れる。

祐一が動かない状況で、当然シャディードが悠長に構えているはずもない。
攻撃後、一瞬静止したその足を、さらに追撃へと繋げてくる。
左手をシャディードに完全に捕らえられているため、祐一にはその左足を右腕でガードする以外の選択肢は存在しなかった。
蹴りが叩き込まれた瞬間に、痺れるような痛みが、祐一の右腕を襲う。
一撃ごとに歪む表情。
それでも、ガードは解かない。

一瞬の空白の後、腕で受けている左足を掴むべく、右手を開く祐一。
やられたままで済ますつもりはなかった。
そして、その手がシャディードの足を掴むかと思われた瞬間に、左腕を引っ張られる感覚で、祐一は攻撃を断念させられる。





「ほら……」

痛みすら覚えるほどに強く引っ張られる左手へと、祐一が目を向けると、シャディードが、左手に持っていた鉄棒を振り上げようとしているところだった。
祐一の左手は、それを握り締めたような状態になっているため、引っ張られる形になったのだろう。

「よォッ!」

シャディードは、両手で鉄の棒を掴んで、思いっきり振り上げようとしている。
結果、鉄棒を握り締めている祐一の体もまた、それに続いて宙に上げられようとしていた。

「なんで……っ!」

このままでは、鉄棒ごと振り回され、床なり壁なりに叩きつけられる。
そうでなくば、左腕をへし折られるか。
逃れるためには、左手を離せばいいだけ。

それがわかっていたにも関わらず、祐一の左手は、鉄棒から離れない。
握り締めていた手を開こうとしているのに、まるで固定されてしまったかのように、左手は動かなかったのだ。
鉄の棒と一体化してしまったような感覚。
どうあれ、このまま振り回されては、左腕も無事では済まない。

反射的に飛び上がりながら、右手で鉄の棒を握る祐一。
それを待っていたかのように、シャディードが両腕にエネルギーを集中させる。
深いものへと変貌する笑み。
それを視界の端に捉え、祐一の表情に恐怖の影が走る。
一瞬の空白の後、シャディードは両腕を振り下ろし、鉄の棒に掴まっている祐一を、全力で床へと叩きつけた。

響き渡る破砕音。
飛び散るコンクリート片。
祐一の口から、押し潰したような呻き声が漏れた。
限界まで見開かれた目が、彼の味わっている痛みの程度を物語る。
背中から落とされたため、呼吸にも支障が出ているらしい。
その表情は、凍りついたように固まっている。





「ふんっ!」

だが、シャディードは、祐一に休む暇を与えてはくれない。
掴んでいた左手だけを離して、右手で鉄の棒を勢いよく引っ張った。
鉄の棒と繋がっているかのように左手が離れない祐一は、それに引きずられる形で、無理やり体を引き起こされる。

引っ張られながらも、祐一は何とか体を半回転させて、真っ向からシャディードに向かい合うような体勢を取った。
右手を床につけて、弾くようにして体を起こし、攻撃態勢へと移る。
痛みは強く残っていたが、それで止まっているわけにはいかないのだ。



と、またしてもシャディードの左手が、祐一が起き上がった瞬間を狙い澄ましたかのように、下に突き出された状態のその右腕を掴む。
先程と全く同じパターン。
が、祐一がそれに反応するよりも早く、シャディードは動いていた。

引き起こされた祐一の腹部目掛けて、右足を叩き込む。
その攻撃力の高さは、既に先程味わっている故に、祐一は反射的にエネルギーをそこに集中する。
一瞬遅れて叩き込まれる右足。
防御してもなお走る鈍痛。
硬直する体。

その間を利して、シャディードが、今度は祐一の右手を鉄の棒と接触させる。
原理は不明だが、そうされると触れた部分がそこに固定されることを知っているので、祐一もどうにか抗おうとするも、それを許してはくれない。

防御していることは承知の上か、腹部目掛けて、今度は膝を叩き込んでくるシャディード。
両手を固定されているため、祐一はそれを受けるしかない。
苦渋の選択。
エネルギーを集中させていても、到底防ぎきれる威力ではなかった。

蓄積するダメージ。
漏れる呻き声。
過ぎていく時間。



そして、接触から三秒が経過した時に、シャディードがようやく両手を離す。
傾ぐ祐一の体。
叩き込まれた膝の影響か、その動きは鈍い。
意識を失っているわけではなさそうだが、回復には時間がかかりそうだ。
それを理解したシャディードは、右手で祐一の顔面を殴りつけた。

「ぐっ……」

それほどの威力ではなかったが、それでも硬直状態の祐一には、十分に重い一打。
痛みのため漏れた声だけを残して、後方へ飛ぶ体。
一瞬後、床に転がる祐一。
それを冷静な目で見ているシャディード。










「げほっ、ごほっ……ぐっ……これが、お前の、能力か……」

激しく咳き込みながら、祐一がゆっくりと体を起こす。
だが、その様はひどいものだった。
両手は鉄の棒に固定されており、まるで手械をはめられた罪人のように見える。
当然のことながら両手を使えないため、立ち上がるのも一苦労といった風だ。

対するシャディードはと言うと、そんな祐一の様子を見下ろしながら腕を組んで待っていた。
追撃のチャンスなのに、それをしようとしない。
ただ、無表情に佇み、立ち上がってくるのを見ているだけだ。
そして、どうにか祐一が両の足で立ち上がったのを確認してから、やっとその口を開いた。

「そうさ。強制的な接合(タイト・バインド) ……効果は見ての通りだ」
「くっ……手に持った、物体同士を、無理やり接合できる、ってことかよ……まさか、そんな能力で……」

若干足元は覚束ないものの、視線の強さは先と変わらず、闘志はまだ揺らいでいない。
祐一は、恨めしげに鉄の棒に接合させられた自分の両手に視線を落とし、それから顔を上げてシャディードを見る。

同時に口をつく悪態。
それは、シャディードの能力に対する些細な疑問。
ただ物を接合するだけの力。
アルテマを率い、世界に脅威と判断されるにまで上り詰めた存在が扱う能力にしては、確かにインパクトに欠けると言いたくもなるだろう。
その言葉に対し、僅かに目を見開かせるシャディード。



「そんな能力か……まぁ、確かにそうだな。俺の能力は、早い話が瞬間接着剤みたいなもんだ。もっとも強度は比べ物にならんが。だが、それ以上の何かがあるわけじゃない」

微かに浮かぶ笑み。
どこか自嘲気味なセリフにも関わらず、心ではそう思っていないようだ。
楽しげな様子から、自身の能力に対する信頼のようなものが垣間見える。

「実際よく言われるよ。下らない能力だ、とな」

堪えきれぬとばかりに、くつくつと漏れる笑い声。
その楽しそうな声音に、祐一が僅かに目を細める。
何を考えて喋っているのかはわからないが、体力回復のチャンスには違いないのだ。
とりあえず、話すに任せるのが得策と判断した。
そんな祐一を気に留めるでもなく、シャディードは話を続ける。



「だがな……そう言ったヤツらは、皆死んだよ。生き残ったのは、その下らない能力とやらの使い手だけ」

口の端に浮かんでいただけの笑みは、いつしか顔中に広がっていた。
それはどこか凄惨さを帯びた表情。
見ている祐一は、気圧されたように息を呑む。

「勘違いしてるヤツは多いが、下らない能力など存在しない。下らないとすれば、それは使い手の方さ。能力が何か、は問題じゃない。その能力を如何に使うか、が重要なのさ」

自信に満ち溢れた声。
それは、彼がこれまで積み重ねてきた経験故のものだろう。
喋りながら、シャディードは、右手の人指し指をゆっくりと上げ、自分の頭に当てた。

「能力を生かすも殺すも使い手次第。戦術の幅を広げるのは、能力そのものじゃなく、使い手の頭なんだからな」

とんとん、と頭を軽く叩くシャディード。
そこでようやく、はっきりと祐一へとその視線を向ける。
そして、笑みを浮かべたまま静かに問うた。





「さて、お前はどうなんだ? お前もまた、下らない能力者に過ぎないのかな?」









 続く












後書き



さて、ここからは少しペースダウンして行かせて頂こうかと。

暑くなってきましたし、無理したくはないので。

ここからがまぁ正念場でもありますし。

一話や二話で終わる話でもないし、ゆとりを持って望むのが吉。

ということで、次回以降も気長にお待ちくださることを願います。

それでは。