元EOTI機関本部、機関長室。
現在はDC総帥の執務室へと名を変えたそこで、部屋の主は報告を聞いていた。
「プラット少佐の報告では、兵の練度、機体の数、母艦の能力等を平均化するば、現在のヒリュウ改と同等以上である、と」
「ここにきて、ハガネ、ヒリュウ改に続く第3の部隊じゃと言うのか?」
「はい、少佐はそのように分析しております」
ビアンの横に立っている老人が唸り声を上げる。
老人の名はアードラー・コッホ。
狡猾な光を宿す目をもった小柄な体に、怪我でもあるのか、両眉があるだろう位置から鼻先まで金属で覆われていた。
ビアンとは専門分野が違うが優秀な科学者であり、現在はDCの副総帥を務めている。
「ヒリュウ改と同等クラスの母艦なぞ、スペースアークの参番艦くらいのはず…………まさかそれか?」
「いえ、少佐が持ち帰った映像を解析した結果、艦体外部のかなりの部分にシロガネのパーツが認められました」
「シロガネじゃと!?」
「外装部分がシロガネの映像と60%ほど一致いたしました」
「ぬぬぬ……南極でコソコソと動き回っていたのはそのためか!」
部屋内を忙しなく歩き出す。
その様からは容易に不安の感情が見て取れる。
泰然自若とし、デスクに着いているビアンとは雲泥の差だ。
少なくとも組織のNo.2の態度ではない。
「落ち着け、アードラー」
「し、しかし総帥」
「……」
「は、はい」
ビアンが目を向けると、アードラーは圧されるように姿勢を正す。
人間として器が違いすぎる2人である。
部下に見せてはならぬ醜態だが、報告している兵士は何事も無いように立っていた。
「それほどの部隊ならば、我が方も相応の者を送り込むしかないな」
「は? きゃつらは宇宙に上がったのですぞ。マイヤーめに任せておけば良いのでは?」
「無論統合軍にも連絡は入れる」
「ならば何故?」
「こちらでも宇宙の状況を見ておく必要もあろう」
「……はぁ」
釈然としない顔でアードラーは頷く。
そんな老人を気にかける事もなく、ビアンは正面の兵士へ視線を向ける。
「タチバナとアルシエルを呼べ」
「はっ!」
敬礼をし、総帥室を辞す兵士。
(見極めを邪魔されても困るからな)
内心の声は誰にも聞かれる事はなかった。
スーパーロボット大戦 ORIGINAL GENERATION
Another Story
〜闇を切り裂くもの〜
第11話
ユウイチは格納庫の端、階下を一望できるデッキの上にいた。
手すりに体を預け、格納庫内部の様子を眺めている。
「こらユキト! ちんたらしてんじゃねぇ!」
マークの怒声に気を引かれて引かて見てみれば、ユキトが資材を持って流れていくところだった。
勢いをつけ過ぎて、目標地点であろう彼の機体にぶつかって別方向へと流れる。
まだ無重力に慣れていないようだ。
ユキトの様子からも分かる通り、現在プラチナは宇宙に在る。
大気圏を離脱してより1日あまりが過ぎ、宇宙戦闘に必要な各種の事柄を為していた。
ヒリュウ改が、まだ大きな行動を起こしていない状況だからこそ可能な事である。
彼の部隊は宇宙に出てきた直後に戦闘があり、ヒリュウ改自体にもかなりの損傷があったらしい。
現在は月軌道へ移動中だとユウイチは報告を受けていた。
正確な目的地が判明していない為、プラチナは未だ待機のままである。
「ユウイチ〜!」
「ん?」
名前を呼ばれてその方向を見れば、マークがユウイチに向かって手招きをしていた。
至って普通の様子なので深刻な事ではないのだろうと当たりをつけ、手すりを掴みつつデッキより身を踊らせる。
流される前に力を天井方向斜め上にかけ、押し出すようにして下降する。
「っと」
「お見事」
靴底に仕込まれたマジックテープを巧く使い、マークの真横に着地。
相手はその滑らかな動作に賞賛の声を上げる。
「昔取った杵柄ってやつだ。教導隊時代は宇宙暮らしが長かったしな」
「儂にも教えてもらいたいもんじゃ」
「こればかりは慣れるしかない」
「まぁそうじゃな」
軽く話をしながら、ユウイチは格納庫全体を見回す。
愛機に目を向けると、数人の整備士が張り付いている。
他の機体も同様に幾人かで整備を行っているようだ。
「今は?」
何をやっているのかと、声に出さず目線で問う。
目線で察したのか、マークもユウイチの機体に目を向けて答えた。
「ん? ああ、セッティングを地上戦用から宙間戦用に変更しておるところだ」
「迷惑かけるな」
「仕事じゃからな。それに、自分の手でこれだけの機体を弄れるのは嬉しいものじゃ」
「そんなものか?」
「うむ。整備士冥利に尽きるというものよ」
人型機動兵器が7機。
パイロットであるユウイチに実感はないが、整備士のマークとしては嬉しい状態だ。
特に、グルンガストと元祖ゲシュペンスト・Rを同時に揃えている部隊など他に存在しない。
違う種類の機体を弄れる環境は、趣味と仕事が一緒になっているマークのような人間にとっては天国だろう。
「まぁやつはどうかわからんがな」
マークが視線を転じた先に目を向けると、ユウイチの視界に人影が入る。
何らかの機材を持ってまだ流れているユキト。
重力下では数百キロはあるだろうモノを持って移動できるのは、やはり無重力故だろう。
しかし……。
「何やってんの?」
「何じゃろうな」
彼はまともに進んでいなかった。
あっちへフラフラこっちへフラフラと、無軌道に流されている。
その様子を誰も気にしていないのが、彼にとって良い事なのか悪い事なのか悩むところだ。
「無重力にまだ慣れてない所為か?」
「その通りじゃろうなぁ。それでもまだ始めに比べればマシではあるがの」
そう言って思い出し笑いする。
始めのころは壁に当たっては跳ね返り、また壁に当たっては跳ね返りの繰り返しだったのだ。
整備員皆で温かく見守ってやったらしい。
その様子を横目で見ながら食事したり……。
「それも飽きてな、今に至る」
「あぁ、だから誰も気にしてないのか」
「そうじゃ。ほれ、あやつらも気にしておらんぞ」
親指を立てて後ろを示す。
そこは、先ほどまでユウイチがいたデッキ下の位置であり、今4人の人間がいた。
ミスズにカノ、ヒジリとコウヘイだ。
ユキトの方を見もせず、何事か盛り上がっている。
最後に目に入ったコウヘイが、何故彼女らと一緒にいるのか疑問だな、と思いつつユウイチは視線を戻した。
「そもそも何でクニサキがここにいるんだ?」
「整備の手伝いじゃが? 何ぞ問題あるか?」
「あれでも貴重なパイロットなんでな、あまり扱き使わないでほしいんだが」
「整備はついでじゃ、無重力に慣れさせる為にやらせておるのじゃよ」
「嘘だな」
「無論じゃ」
即嘘と断定するユウイチに、臆面もなく肯定するマーク。
お互いユキトに目線を合わせたままニヤリと笑う。
対象者であるユキトの肩がびくっと震え、周りを見回すとまた元に戻った。
「おぉ〜」
「ん?」
「何じゃ?」
背後で歓声と拍手の音。
何事かと振り返った2人の目には、手を叩くミスズとカノの姿が映った。
ヒジリも腕を組んで感心しているようだ。
「手品……?」
「のようじゃな」
3人の女性の対面では、コウヘイが手品を披露していた。
トランプを宙に浮かせ、1枚1枚バラバラになっているのを確認させるとまとめて両手で包む。
数秒して手を開き、再度トランプを宙に浮かせると、そのトランプが全て繋がっていた。
所謂蛇腹状態である。
「ほー、中々」
「無重力状態のここでよくやるのぉ」
無論本職の人間には及ばないだろうが、無重力という慣れないであろう環境での芸としては十分過ぎるだろう。
常日頃からエンターテイナーを自称するだけはあるという事か。
再度ミスズとカノが拍手喝采を上げているし、珍しくヒジリも感嘆の面持ちで頷いている。
「あの人形劇より確実に面白いな」
「まぁそうじゃが、…………ユキトの前では言うでないぞ?」
「何で?」
「あれで結構気にしているみたいなんじゃ」
「……わかった」
微妙な表情で頷く。
何故か涙が出そうになるユウイチだった。
「パパ」
空気の抜ける音と伴に、デッキ下の扉が開く。
同時にユウイチを呼びながら現れたのはマリア。
パンツルックとワイシャツ姿に活発さが相俟って、ポニーテールにした長い髪がなければ男の子に見えなくもない。
シューズの底を巧く使い、危なげない足取りで近づく。
そして無重力の利点を生かし、ユウイチの目の前でふわりと跳び上がって胸元へと抱きついた。
「ん〜」
「よしよし」
すりすりと、ユウイチの胸に頬を摺り寄せる。
子犬っぽい仕草をする娘を軽く抱きしめ、ポンポンと背を叩く。
それに一層嬉しそうに笑うと、マリアは更に強く抱きついた。
羨ましそうに見ている老人はこの際無視。
「それにしても、歩き方巧いじゃないか」
「ユキトにも見習わせたいもんじゃ」
抱擁を緩めると、ユウイチは無重力の歩き方を誉める。
マークもかなり感心したようで、真面目な顔で相槌を打った。
マリアは2人に誉められると、えへへとはにかみながら笑う。
生来の運動神経の良さか、それとも適応能力が高いのか、どちらにせよ見事な動きだったのは間違いない。
「さすが俺の娘」
「親ばか」
「何か言ったか?」
もう1度強くマリアを抱くと、コウヘイをギロりと睨む。
かなり音量が小さかったが、何故聞こえたのだろうか?
コウヘイも聞こえるとは思わなかったのか、焦ってそっぽを向いた。
「アキナはどうした?」
「んー。途中まで一緒だったからもう来るんじゃないかな?」
抱きついていた状態から床の上に降り、くぐってきた扉を見やる。
マリアに倣い、視線を同じ扉へ向ける一同。
「お父さん、マリア〜」
と、良いタイミングで開いた扉から格納庫にアキナが入ってくる。
ユウイチとマリアの名を呼び、数瞬内部を見回す。
7人の視線が自分に向いている事に気づき驚くが、目的の人物を見つけるとほわっと笑顔になった。
ユウイチへと歩み出す。
「あ……」
しかし巧く歩けないのか、目標地点へたどり着く前に体が浮いてしまった。
マリアと違い、お嬢さまっぽい白いワンピースの彼女。
そんな彼女が浮かび上がると―――
「きゃっ!」
―――当然スカートは捲くれ上がる。
まだ1桁の年齢とは言えそこはレディらしく、可愛らしい悲鳴を上げてスカートを押さえた。
それによりまたバランスを崩し、回転しかけてしまう。
「おぉ」
時を同じく彼女の背後で上がるコウヘイの歓声。
……それで良いのか
「……ヒジリ」
「了解した」
コウヘイの発言に顕著に反応したのが親ばかユウイチ。
能面のような無表情になると、ビシりと擬音が付きそうなほどコメカミが震える。
ヒジリに声をかけアイコンタクトを交わすと、アキナが浮かんでいる位置まで飛び上がった。
「カノ」
「サー」
「え? ちょっ! なんばしよっとですか!?」
ヒジリの命令を受け、カノがコウヘイの後ろへ。
跳ねるようなステップで、無重力状態を感じさせない滑らかな動きを見せる。
コウヘイの両腕を後ろに回してホールド。
「ごめんねオリハラさん、今のお姉ちゃんには逆らえないのだー」
「それは同感だが、笑いながら言うな!!」
「よし、そのままだ。インパクト前には離れるんだカノ」
「はーい」
なにやら体の前でクロスしていた腕を広げ、コウヘイに向かって進攻を開始。
無重力ゆえか、空中浮遊で滑るように肉薄する。
「こ、この
「じゃあ頑張ってね、オリハラさん」
「……無理」
ヒジリと接触する寸前の刹那の間でコウヘイから離れるカノ。
その見極めは既に匠の域である。
最早逃げる事は不可能と、コウヘイは安らかな顔で待ち構えた。
それは殉教者の顔だったと、笑いながらマークが後述している。
接触する2人。
そして閃光。
如何な効果によるものか、2人が接触した地点だけに眩い光が溢れた。
目に焼きつくような鋭い光ではなく、ただ物が見えない白く暖かい光。
その中で、打撃音が鳴り響く。
当然発生源もあの2人が接触を果たした地点だ。
「大丈夫か?」
「うん。ありがとうお父さん」
右腕でアキナを抱え、回転を停止させる。
慣性そのままで流れたからか、2人の身は天井付近まで上昇。
アキナはますますスカートを抑える。
娘を抱えたユウイチは、残った手で天井を押して反動で床まで戻った。
「靴底をしっかり地面につけて、踵に力を入れると安定するからな」
「はい」
「良いなぁアキナ?」
「えへ」
アキナをマリアの隣へと降ろしつつ、無重力下での注意をする。
ユウイチに抱えられた所為か、マリアは羨ましそうな顔。
マリアに照れ笑いを向け、床に足を着けたアキナは、父の言を意識したのか些か踵に力を入れすぎた立ち方をした。
少々危なっかしいが、ユウイチの言う事を守ろうとしているのだろう、その姿は微笑ましい。
ユウイチもそんな娘の姿を見て目を細め、無意識なのか娘達の頭を撫でた。
「……ふむ」
息を詰める気配をそこかしこから感じ、2人の頭を撫でたままユウイチは目を向けた。
そんな父を見上げていたアキナとマリアも、倣うように視線を転じる。
格納庫で今最も注目を浴びているだろう2人へ。
やっと光が消え去ったそこで、まず目に付くのは悠然と立つ1つの人影。
観客に背を向けるかのように壁を向いたヒジリの白衣が、如何なる作用か風もなく捲くれ上がる。
その下に見える濃いグレーのTシャツの背中には、真紅で染め抜かれた『天』の文字。
その足元には倒れ伏した
「しゅ、瞬○殺…………ガクリ」
一瞬顔が上がり、技名を述べるとパタリと落ちる。
首の落ちる音を口で表現するなど、実はノリノリだったのかもしれない。
その気絶した顔は、何事かを成し遂げた漢の顔だったとか。
「それで、何か俺に用事か?」
「え? あ、うん」
「そ、そうでした」
水を向けられた娘達は、今起きた出来事に呆然としつつも応える。
格納庫にいる他の人間などはまだ固まったままだ。
普通に活動しているのは元凶のヒジリとカノ、年の功かマークくらいなものである。
「ママがブリーフィングするから食堂に来て、って言ってた」
「お母さんも言ってました。お父さんを呼んできて、って」
「ん、了解」
その発言内容は予想の範疇だったのか、別段表情に変化もなく頷くユウイチ。
ヒジリに目を向けると、今後の行動を目線で問う。
彼女は数瞬思案すると、カノとミスズを促して歩み寄る。
「私も行こう。ちょうど喉が渇いたところでね」
「あたしも〜」
「わ、私も……かな?」
キリシマ姉妹こそ普段通りの態度だが、ミスズは顔が引きつっている。
ある特定の場所を凝視しないように歩み寄ってきた。
チラチラと見てはいるが。
「じゃあ行くか」
「はい」
「はーい」
「うむ」
「しゅっぱー……何? ミスズちん」
さっさと歩き始めたアイザワ親子とヒジリに続くべく声をあげたカノだが、服の裾を引かれて立ち止まる。
何事かとミスズを振り向いた。
「オリハラさんは、あのままで……良いのかな?」
「……うーむ」
相変わらずの表情で、ミスズは一瞬コウヘイを示した。
彼はまだ先の場所に倒れ伏したままだ。
その姿を見たカノは、さすがに姉の犯行が気に病むのか腕を組んで考え込む。
確かにあのまま放置するにはあまりにアレっぽい。
その証拠に注意深く格納庫を観察すれば、彼に何ともいえない視線が注がれているのがわかるだろう。
と、その時コウヘイの顔が上がった。
左右を見回し、自分を見ている2人を見つけると顔を固定。
ズリズリと左手を動かしてサムアップし、口を動かした。
「あ、あいるびーばーっく」
口から僅かに覗く歯がキラリ。
命かけてるのか、何故か彼の歯は芸能人のように真っ白。
でも全身が震えているのが少し情けなかった。
「だいじょぶそうだよ?」
「……そうだね」
全然余裕ありそうなコウヘイに、ミスズはやっと相好を崩す。
改めて出発の声を上げると、先に出た4人を追いかけるべく移動し始めた。
その動きは機敏にして滑らか。
背後を一瞥もする事もなく背中が遠のく。
「で、でも誰か助けて欲しいなー、なんて。……まだ体中痺れてるんだよ。 …………聞いてる?」
なので彼の声は2人には聞こえなかった。
ちなみにコウヘイは、元の状態に戻るまでユキトに備品で突かれたりする事になる。
「で、これからの動きはどうするわけ?」
カップのコーヒーをスプーンで軽く混ぜ、そこにミルクを注ぎながらマコトが口火を切った。
この食堂は、格納庫と違い当然重力があるので、皆しっかりと椅子に座っている。
このテーブルに着いているのは、アイザワ夫妻とシイコ、アカネの5人。
内の1人であるマコトは、質問者の割にカップの中で渦を巻くミルクに目を向けたままだ。
「そうだなぁ」
そんな妻から視線を宙に移し、ユウイチはカップを傾ける。
相変わらず飲んでいるのはブラックコーヒー。
「シイコさんは一気に統合軍本部に攻撃をかけたら面白いと思いまーす」
「おバカ」
「あうち!」
はーいと手を上げて発言したシイコをすかさず叩く。
マコトと彼女のやり取りは既に漫才の域にまで消化されつつあった。
……軍人としての是非はともかく。
「シイコほど極端な事は言いませんが、何時までもこの場所にとどまるわけには……」
「そうですね」
「まぁそうなんだが」
アカネの意見にもっともだと頷くアキコと、それに相槌を打つユウイチ。
彼としても、久々の宇宙。
じっとしているよりは行動は起こしたいと思っている。
部隊の性質上難しい事ではあるが。
「俺たちの任務はヒリュウ改のサポートだからな。彼らが動くまで待ちの一手だ」
「そのヒリュウ改に動きは?」
マコトがアカネに確認を取る。
彼女は1つ頷くと、手元のバインダーに視線を落とした。
収められている数枚の紙をめくり、目的の箇所を見つけたのか手を止める。
「ヒリュウ改ですが、成層圏離脱時に統合軍から攻撃を受けたようです」
「その所為で艦が損傷。現在はおそらく修理中、だったわよね?」
「はい、しかし修理は終わったようです。現在は移動を開始しています」
「ならこちらも移動しないといけないのでは?」
「そうなのですが、やはりまだあちらの目標が絞り込めませんので、追跡は危険かと」
「通信衛星や偵察衛星を抑えられているからな、行動は筒抜けになる可能性が高いか」
「はい。ヒリュウ改の方もそれを理解しているでしょう」
「ん? そんなにバレバレなら、何でプラチナは大気圏脱出する時見つからなかったの?」
シイコの発言に驚愕を表す4人。
彼女が何を言ったか不可解でしょうがないと感じているような顔だ。
「……シイコ」
「え? 何々?」
「貴方はプラチナが打ち上げ前に施された処理を忘れたのですか?」
「……ん? 物資の補給だけじゃなかったっけ?」
「「「「はぁぁぁぁ」」」」
4人が同時に溜息。
ユウイチはテーブルに突っ伏し、マコトは椅子に背を預けて脱力、アキコは宙を仰ぎ、アカネは額に手を当てて
そんな彼らを目にしながらも、シイコははてな顔。
何故こうなったのか全く分かっていない様子である。
「何? 何かあった? 今のそんな面白い?」
「溜息の出る言葉がどうして面白いんですか……」
「あんたこの艦の副官でしょうがっ! 補給中に色々やってたでしょ!?」
「……何を?」
「装甲にフェライトを塗ったんですよ」
「フェライトには電波吸収の効果があるのよ?」
「それくらい知ってますよ! じゃあステルス艦に?」
「一時凌ぎに過ぎんがな」
アキコが優しく説明し、マコトが幼子に言い聞かせるよう補足、その後出た新しい疑問にはユウイチが答える。
中々コンビネーションの良い夫婦である。
プラチナは、アキコの言う通り打ち上げ時の補給でフェライトを外部装甲に塗布してある。
宇宙における全ての情報ネットワークが統合軍に抑えられている以上、少しでも発見される確率を下げるための処置だ。
無論ステルスと言えど消えるわけではないので、目視されればバレる。
ユウイチの言う通り一時凌ぎに過ぎない。
「そこで先ほどのシイコの質問に対する答えが出るわけだが」
「今日の夕飯は何かな? ってあれ?」
彼女のボケはスルー。
いちいち付き合いきれないようだ。
いくら地球を囲むように存在する監視網と言えど、弱い所は存在する。
元は敵対関係に無い連邦と統合軍なので、各衛星の位置はデータとして存在してるのだ。
比較的騙し易い場所を、ヒリュウ改との戦闘で注意が向いている隙に潜り抜けた。
成層圏さえ越えれば潜伏場所には事欠かない。
治安の悪さ故、襲われた船の残骸などで構成されたデブリ帯が数多く存在するためだ。
「皮肉なものだがな」
そういってユウイチは話を締めた。
教導隊時代に落とした宇宙海賊等のお蔭で見つからないなど、皮肉以外の何ものでもない。
「でもヒリュウ改を囮にする事はなかったんじゃないの?」
「楽に上がる為には仕方ないですよ、シイコ」
「それはそうなんだけどね」
釈然としない顔をする。
確かに友軍を囮にして……と言うのは思うところがあるのだろう。
それでヒリュウ改が沈みでもしたら本末転倒でもある。
「ちゃんと敵戦力を確認して、あれなら落とされないだろうと思ったのよ?」
「ホントですかぁ?」
「何? 先輩を疑う気?」
「いえいえ滅相もありませんよ〜」
あははと笑って追及をかわす。
『サユリに似たか?』とユウイチは思った。
「まぁ」
ユウイチは1つ呟いて話を中断させた。
溜めを作るかのように目を閉じてコーヒーを1口啜る。
「あの程度の戦闘で終わるなら、地球圏の平和は夢のまた夢だろう」
カランと言う軽い音をたててカップを置くと、重々しく口を開く。
宙に向けた鋭い視線は、食堂の壁を貫いてヒリュウ改を見ているのだろうか?
今の言葉はユウイチ自身の考えでもあったが、ノーマンからの命令でもあった。
沈黙の中、違うテーブルからの騒がしい声のみが聞こえた。
「ってシリアス止め止め! 暗くなっちゃうし」
「うむ」
「そうね」
「そうですね」
「……シイコにしては良い事言いますね」
「してはって何よ? してはって!」
「いえ、別に……」
そっぽを向くアカネに自分の方を見るように言うシイコ。
ユウイチと彼の妻達は、そんな2人を微笑ましく見守る。
内心若いって良いなぁとか思ってたり思ってなかったり。
そんな中、マコトは懸念すべき事柄が1つ残っている事に気づいた。
「で、シイコ」
「はい先輩」
シュパッと擬音でも上がりそうな速さで姿勢を直すとマコトに目を向ける。
余程恐れているらしい。
アカネはどこかおかしいと思いつつも、何時もの事と割り切って何も言わなかった。
「プラチナが攻撃されなかった理由はわかったわね?」
「はい」
「この話はブリッジで一緒に聞いてたはずなんだけど? あなたがちゃん舵の前にいたのを見てるし」
「私もオペレーター席から確認しました」
シイコの幼馴染も、『アカネはどう?』と目線で問うマコトに頷く。
ユウイチもアキコも興味深そうに見ているだけで、介入する気は無いようだ。
「あー……5時間は停艦って聞いたから」
「聞いたから?」
「なんとなく予想がつくな」
「そうですね」
「…………補給中寝ちゃってました」
テヘっと可愛らしく首を傾げる。
笑って誤魔化す気100%。
しかし―――
「……ふっ」
―――同性に通じるわけが無い。
「いた、いたたたたた! 先輩痛いぃぃぃ!!」
マコトは刹那にも満たぬ速さで右手を繰り出し、反応さえ許さずシイコの頭をロック。
その速度に劣らぬ素晴らしい笑顔で、アイアンクローをかます。
相手が相手なので、かけられた方は積極的に外せず悶え始めた。
「お茶が美味いです」
「そうですねぇ。軍艦の食堂としては破格ですね」
「いやいや、アキコの淹れてくれるコーヒーも美味くて俺は好きだな」
「あらあら、そうですか?」
そんな2人を普通にスルーして、残りの3人はほのぼのと各自のカップを傾けていた。
シイコがバシバシとテーブルを叩く音がいいBGMらしい。
「ギブ、ギブギブギブギブ! 割れるから! 頭割れるぅぅぅ!」
「割れてしまえぇぇぇ!!」
「いぃぃぃやぁぁぁぁ!」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「うぐぐ、頭痛ぁ。あぁ! でこの横が凹んでる……」
荒い息を吐くマコトと、額に手を当てて患部を確認するシイコ。
仕掛けたマコトの方が疲れているようなのが印象的である。
シイコは耐性があるのかもしれない。
アイアンクローに耐性があるなんて、何か嫌だが。
「ほれ」
「……ありがと」
テーブルから避難させていたカップをマコトの前に置く。
ガタガタと揺れるテーブルから、飲み物だけはさすがに引き上げていたようだ。
そのまま空のカップを持って、ユウイチは食堂のカウンターまで歩む。
どうやらお代わりを求めているらしい。
「今日は激しかったですね」
「そうですね。マコトもストレスが溜まっているのでしょう」
アキコとアカネも椅子を元の位置に戻した。
少し距離を取っていたのだろうが、彼女らの発言からこの手の騒動が日常茶飯事だと分かる。
「久々の宇宙だからテンション上がっちゃったのよ」
「それにしてもパワフルだった気が……」
「うん。今日の先輩、激しかった。……ポッ」
「……誰の真似よそれ」
「イメージは下級生の物静かな女の子。性格は当然内気で、三つ編みの眼鏡装備済み図書委員ってとこでしょうか?」
「今時いないだろ、そんな子」
新しいコーヒーを淹れて戻ったユウイチが、苦笑しながらツッコミを入れる。
ユウイチの人生でも、そこまで特定の趣味層を狙った女性はいなかったようだ。
彼は一般とは違う意味で図書室に縁のあった少年時代を送っている。
蔵書を読むのではなく査定したり……。
「ちっちっちー。甘いですね」
「口で言うなよ」
ご丁寧に人差し指を振っていたりする。
漫画的な動作と言うかなんと言うか。
「実はですねぇ―――」
「シイコが言ったような子が中学時代に実際いました」
「…………」
シイコは言おうとしていた台詞を横から掻っ攫われた。
幼馴染の裏切りによって。
ギシギシと音が鳴りそうな緩慢な動作で首を回し、何の感情も見えない視線をアカネに向ける。
「へぇ、ホントにいるとこにはいるものなのね」
「はい。図書委員として熱心な良い生徒だったと記憶してます」
「その言い方だと下級生だったみたいですね」
「1つ下でしたね」
シイコの視線にも動じず、アカネは質問に答え続けた。
代わりに彼女の幼馴染がこなすはずだった役として。
「俺のタイプではないな」
「それは何よりです」
「どういう意味かな〜?」
「いえ」
ユウイチの言に頬を染めて俯く。
普段と違うその可愛らしい仕草を、アキコとマコトも微笑ましそうに見守った。
そんな視線も恥ずかしいのだろう、背けるように顔を動かすと、自分を凝視するシイコとバッチリ視線が合う。
「……何か?」
「裏切ったな! 僕の気持ちを裏切ったな! 姐さんと同じように裏切ったんだ!!」
「いえ別に」
「……………………うぐぅ」
勢いで圧そうとした台詞を無表情で流されると辛い。
シイコは落ち込んだ。
ユウイチもマコトも気の毒そうな顔で苦笑するしかない。
ボケとツッコミの機微を知らないアキコは不思議そうな顔だったが。
……と言うか姐さんって誰?
「あ! マリア窓の外見て!」
「え? あ、クマのぬいぐるみだ!」
「あー、ホントだ。ミスズちん見てみて」
「うん。でも何でこんなところにあるんだろうね?」
4つ程離れたテーブルで突如黄色い声が上がる。
その発言内容から窓の外に目を移すと、なるほどぬいぐるみが流れているところだ。
ユウイチと、同テーブルに着く4名は一様に顔を暗くする。
見ればアキナ達と同じテーブルのヒジリも苦い表情だ。
現在プラチナが存在している場所は、月と地球から程よく離れたデブリ帯である。
隠れるにはもってこいの場所であるが、ある意味ここは墓場。
宇宙空間を流れる物体が集合して出来た場所だ。
その場所にぬいぐるみがある……。
良い予想はし辛い。
「嫌なものだな」
ユウイチの一言に皆頷く。
その後数分は、彼らの間に会話は無かった。
「あーっと、他の人たちはどうしたのかなぁ? ほら、サユリちゃんとかマイちゃんとか」
沈黙に耐え切れなくなったのか、口火を切ったのはシイコだった。
重苦しい雰囲気が薄れ、ホッとした空気が流れる。
他の面子にしても些か堪えがたい沈黙だったようだ。
「あの2人ならナナセを引っ張ってシミュレーター中だろう。宙間戦闘用のプログラムで頑張ってるんじゃないかね」
「そうなのですか?」
「アカネさん、何か問題が?」
答えるユウイチに、アカネは若干驚いた顔で質問した。
そんなアカネを変に思ったのか、今度は彼女にアキコが質問する。
「……確か、この後にパイロットの皆さんは宇宙用のシミュレーションを行うはずでは?」
「へぇ。アカネ、それホント?」
「はいマコトさん」
「ユウ、それ見に行っても良い?」
「あ、シイコさんもー」
「出来れば私もお願いします」
「別に構わんが、ブリッジを長時間空けて良いのか?」
ユウイチは、ある意味今更な事を聞く。
停止状態とはいえ、現在の宙域も敵の勢力化であるのだから索敵は必須なはずだ。
ギリギリのブリッジ要員が席を外すなど、数日前のプラチナでは不可能な事である。
と言う事は、現在のプラチナはブリッジクルーに余裕があるとの推測が成り立つ。
事実、現在は補充人員が警戒・索敵を遂行していた。
前回の補給時に追加人員として派遣された彼らのお蔭で、マコト達に自由な時間出来たわけだ。
「大丈夫よ。まだ交代まで時間はあるから」
「そうです」
「でーす」
「……なら良いが」
「ユウイチさん、あの子達も連れて行きましょうか?」
アキコが目線を別のテーブルに向ける。
そこには興味深そうにこちらを見る一団。
話が聞こえていたらしく、その目は連れて行けと雄弁に語っていた。
「……そうだな。俺が何かしないように見ていればいいか」
「ん? ユウはやらないの?」
「やらんぞ」
カップを持って立ち上がる。
釣られるように他の面子も腰を浮かす。
見れば、向こうのテーブルでもヒジリが立ち上がるのが見えた。
「えー? 何でですか?」
「楽しみにしてたのですが……」
「といっても最初から決めてた事だからな」
「そうなの?」
「ああ。外からシミュレーターを操作する人間がいないとな」
壁まで歩き、カップをダストシュートへ。
同様に処理しながら、マコトやシイコも一応の納得は見せた。
「パパッ! わたしたちも行って良いんだよね?」
「ああ。その代わり静かにな」
「はーい」
嬉しそうに笑って腰辺りに抱きつく。
マリアの年齢では腕が回らないので、しがみ付くと言った方が良いが。
彼女が離れると、今度はアキナがズボンを掴んだ。
「お父さん、私も良いですか?」
「勿論。ただ、羽目を外さないようにな」
「「はめ?」」
可愛らしく小首を傾げる2人。
それを目にした人間が微笑まずにはいられない愛らしさだ。
ユウイチも例外ではなく−むしろ筆頭−薄く微笑むと2人の頭を優しく撫でた。
「簡単に言うと、暴れるなって事だな」
「わたし暴れないよぉ」
「私もです」
「そうだな」
少し拗ねた口調で応える愛娘たちに、ユウイチは笑みを深くした。
2人の艶やかな髪を梳くように撫でる。
アキナもマリアも、父の手の優しさに表情を柔らかなものに変えた。
「お取り込み中すまないが……」
「ん?」
ほんわかした雰囲気の3人に声をかけたのはヒジリ。
他の面子は微笑ましそうに、あるいは羨ましそうにユウイチ達親子を見ていた。
ヒジリも後者の表情が垣間見え、彼女も可愛がって欲しいのか判断に困るユウイチである。
「私は医務室に戻ろうと思ってな。さすがに空けっぱなしでは問題がある」
「そうだな。……頼むよお医者さん」
「ふっ。カノは行きたがっているようだから、連れて行ってくれ」
「了解した。その内、また医務室にお邪魔させてもらうぞ」
「その時は私がコーヒーを淹れよう」
目元を緩め、うっすらと微笑む。
それは、普段表情があまり変化しないヒジリのユウイチにだけ見せる微笑。
それを見たカノが、嬉しそうだなぁお姉ちゃん、と小声で呟いた程だから相当のものだ。
「ではな」
「ああ」
颯爽と歩き出す。
靡く白衣が、『風を切って歩く』と言う表現をそのまま形にしたように目に映った。
「それじゃあ俺たちも行くか」
去っていくヒジリの背を少し眺めた後、他の面子に声をかける。
ユウイチの背で感じる頷く気配と、他にも複数上がる了解の声。
同時に娘たちの頭から手を下ろすが、すぐに両の手を小さな掌が握る。
「えへへ〜」
「行きましょう、お父さん」
「ああ」
娘たちと手を繋ぎながら、ヒジリとは逆方向に歩き出した。
向かう先は、当然シミュレーター室である。
『うがー! 巧く飛べないぃぃぃぃ!!』
『あははー、やっぱり宇宙は大変ですねー』
『……心頭滅却』
シミュレーター室への扉が開いた瞬間、一行の耳に3つの声が飛び込んでくる。
言葉通りというか、良い感じにダメな映像も目についた。
1機のゲシュペンストは、姿勢制御をミスっているのか高速で無重力空間を流されている。
また1機のゲシュペンストは理由があるのか、亀のように鈍いスピードで小刻みに飛行。
3機目のゲシュペンストは前の2機とは違い、各所が発光を繰り返しながらも停止していた。
「うわぁ」
「予想以上に……良いわね」
「何がでしょうか?」
「ルミお姉さんだけは簡単にどれかわかります」
「そうだね。1番元気なやつね」
「あたしはノーコメント」
「あはは、私も……」
「皆さんそんな事仰ってはいけませんよ」
苦笑しつつも窘めるのはアキコ。
パイロットとして、宇宙空間での操縦がどれほど困難か理解している故だ。
「でも情けないよ?」
「士官学校出があれでは……」
「頑張ってるみたいだけど効果なさそうだし」
「容赦ないコメントありがとう。まぁ彼女らの名誉のために弁解させてもらうとだな―――」
ユウイチもアキコのように苦笑。
その残滓を口元に残しながら話し始めた。
彼女らは地球にある士官学校を卒業した。
場所の所為かトップの教育方針か、戦闘訓練の殆どは重力下でのモノ。
宙間戦闘のシミュレーションを行う訓練もあるが、その頻度は驚くほど少ない。
まずは大気圏内の戦闘を完全に行えるようにとの狙いもあるのだろう。
確かに宇宙空間よりは障害物も多く、重力も存在しているので危険なのだから。
「―――っとまぁそんな感じで、地上の士官学校では宇宙の事を知る機会が少ない」
「なるほどね」
軽く説明したユウイチに、代表となる形でマコトが応えた。
アカネもシイコも頷いている。
話を知っているアキコは、娘達を席に着かせていた。
軍関係に興味の無いミスズとカノも、姉妹と同じテーブルに着く。
(本当はそれだけじゃないんだがな)
その言葉を、ユウイチは口に出さず胸の内に留めた。
「ぬぉ、出遅れた!?」
「同じく」
重力発生下の廊下から、高速で床を叩く音を伴ってコウヘイとユキトが姿を現した。
扉の前に到達すると片足を踏ん張ってブレーキ。
ユウイチが振り向くと同時に、2人とも眼前30センチ手前で止まる。
「まぁ隣の男が何時までも格納庫で寝ていたからで、俺には全然責任が無い事を明言するが」
「あ? てめぇ1人だけ良い子ちゃん振りやがって! おまえがモップで突かなければ早く起きたんだよ!」
「阿呆な事を言うな。モップが体に当たる度にクネクネ動きやがってこの軟体野郎」
「あ、聞いた? 聞きました奥さん?」
「誰が奥さんか」
目の前の人物の両肩をバシバシ叩くコウヘイ。
ユウイチのツッコミも耳に入らないのかスルーした。
「俺が軟体ならお前は鋼体だこの鉄人28号FX」
「それは誉め言葉か? 鉄人って強さの象徴だと認識するが」
「そうか? あー、んー……、なら良いや」
「そうか」
何か納得したのかコウヘイは1つ頷き部屋の中へ。
ユキトも何事も無かったかのように続いた。
扉のすぐ内にいたマコト達も道を開ける。
訳がわからなかったのか、それとも2人の勢いに退いたのか……。
「……何だあの2人は?」
「さぁ?」
「コウヘイとクニサキさんですか」
「二人揃うと変な反応爆発?」
口々にコメントしつつも、部屋の中へと続く。
11人も入るとさすがに手狭だ。
「ぶはははははは! な、何だあれナナセか? ナナセなのか? かっけぇ!!」
壁をバンバン叩きながら笑う笑う笑うコウヘイ。
体をくの字に折ってまで笑っていると言う事は、相当ツボに入ったのだろうか?
笑いすぎで皆から温い目で見られているのだが、幸い気付かないようだ。
「向こうに聞こえなくて良かったですね、コウヘイ」
「そうなの?」
「通信機は動作していないようだからな」
「……後でこそっとルミちゃんに教えちゃおーっと」
シイコの言でコウヘイの未来は決まった。
想像を絶する責め苦が与えられる事となるだろう。
ルミは天才的な力加減で命だけは残していくだろう、そうユウイチは確信していた。
「ユキトさん頑張ってね、ミスズちんと応援してるから」
「うん。ユキトさんファイトだよ」
「ああ。それは心強いな」
あまり笑わないユキトだが、2人の言葉に淡く微笑んだ。
椅子からユキトを見上げたミスズとカノは、愛しい男の様子にこちらも頬を染めて微笑む。
局地限定の絶対不可侵領域の完成である。
コウヘイの笑い声も耳に入っていないようだからかなりのものだ。
「ラブラブ? ラブラブ?」
「マリア! そういうことは思ってても言っちゃいけないんですよ」
「そうだった。邪魔しないで観察するんだったよね?」
「ええ。『こうがく』のための勉強だって、マコトお母さんが言ってました」
顔を見合わせて頷くと、2人は対面の3人を観察しだした。
傍のアキコもどう言っていいのか首を傾げる。
マコトの教育は方向性が少し間違っているのではないだろうか。
「あんな事言ってるが?」
「んー、確かにそう言ったような……」
「先輩、それ変じゃありません?」
「そうかしら。アカネはどう?」
「変です」
「即答。……立派なレディへの英才教育を施しているつもりなんだけど」
「何時の間にそんな……」
方向性が間違っているとユウイチは確信した。
同時に父として、娘達の間違った知識を正そうと決意。
他にも何か言われている可能性もあるし。
「それじゃあ良いか?」
操作パネルの前で、ユウイチは通信機に声を放った。
シミュレーション用の筐体に入った3人から了解の声が上がる。
プラチナのシミュレーションルームは、戦艦としては破格の広さと言って良いだろう。
シミュレーション用のコックピット数は6。
2列のかなり短い間隔で設置されているが、数としては申し分ない。
すぐ傍にはテーブル2つの広さだが、シミュレーション内を見れる休憩室もある。
そちらにあるモニターは6つで、それぞれ各シミュレーターに対応した機体を映し出す。
なお、総司令部基地のようにシミュレーションルームと休憩室が区切られてはいない。
「サユリ達も、目の前に突如機体が出現する可能性があるから気をつけるように。特にルミな」
『了解ですよー』
『……わかった』
『わぁかりましたぁぁあぁぁ』
キッチリ応えてくれるが、3機とも先ほどと同じ機動を続けている。
ルミの機体は見てて危なっかしくて仕方がない。
さすがのユウイチも、出現座標を彼女から少し離れたところに再設定。
「じゃスタート。訓練だから、ま、気楽に」
『久しぶりの宇宙ですね』
『クク、ナナセ待ってろや』
『見られてる以上、無様なまねは……』
「聞けよお前ら」
それぞれ思うところがあるのか、ユウイチの言葉など意識の彼方。
特にユキトの言葉は男にとって理解し易い。
『母としていいところを見せるチャンスですか』
『ククク、今日こそナナセより俺の方が上だと証明したる』
『ミスズ、カノ、俺は頑張るからな。だから巧くいったら後でラーメンセット奢れよ』
「…………」
ドクンと額付近の血管が脈動するのを感じる。
次いで、ユウイチ主観で何かが切れる音……そうプチンって感じ。
「あ、キレた」
『っ!』
マコトとアキコには何故か分かったようだ。
夫婦間の超感覚だろうか?
ユウイチは素晴らしく無表情で、一瞬のうちにシミュレーター3機の起動ボタンを同時に押し込んだ。
『ぬぁっ!!』
『な、なんだっ!?』
『やっぱり……』
宇宙空間のバトルフィールドにいきなり3機の機体が出現する。
ゲシュペンストMk-U・Mが2機とグルンガストが1機。
当然アキコ達3人の機体だ。
そこに
『いっ、いきなり何しやがるっ!!』
『そ、そうだぞ。こっちはまだ心の準備が……』
「あ?」
『い、いえ何でもありません』
『こ、こっちも……』
ユウイチの発言で即文句を引っ込める。
音声のみで映像は見れない通信だったが、恐ろしさは十二分に伝わったのだろう。
そしてそれは正しい。
彼は未だ無表情の極み、視線も絶対零度であるのだから。
「君たち前見てるか?」
『当然見てないが』
『前……っ!』
ユキトは慌てて回避行動を行う。
無重力をアレだけ体験した彼は、急いでいてもゆっくりとした動きだ。
その機動を見てユウイチは頷いた。
―――ユキトは無重力空間と言う環境をしっかり把握している。
「コウヘイ前見ろよ」
『んー、はいはい……って何じゃそらぁぁぁぁ!!』
味方機急速接近。
コウヘイがいるシミュレーター内の計器にはそう警告メッセージが出ていた。
彼が気付いていない為意味は無いが。
『オリハラぁ! あんた何時までそこにいるのよっ! 退きなさいって言うか退けこの野郎!!』
『ってナナセおまっそれ乙女としてどうよっ!!』
『うっさい!! 退けッたら退けぇぇぇ!!』
コウヘイは相手との距離を見て頭の中で即計算。
高度や速度も大よそ見て取る。
(近すぎて上昇回避は不可。となると、回避は左右!)
刹那の間をもって操縦桿と手元のパネルを操る。
機体は主の命を受け、左肩バーニアのみを点火して右へ回避。
『ぬぁっ! 当たりはせん、当たりはせんぞぉぉぉぉ!!』
接触―――
『ほ、間一髪。最初から避けなさいよね、オリハラ』
―――は、せずにすんだ。
……が。
『の、のぉぉぉぉぉぉ!!』
コウヘイの機体は吹っ飛んだ。
回避行動の素早さは、見ていたユウイチも感嘆する程のものだったのだが……。
「残念ながらそこは宇宙でした」
「コウヘイご愁傷様です」
「頑張ったみたいだけど。ねぇユウ?」
「ああ」
シイコの言う通り、現在のバトルフィールドは宇宙空間。
宇宙空間だからこそ回避できたのだが、急加速をかけた機体はすっ飛んで行く。
大気圏内では空気抵抗でこうはいかないだろう。
『うっお止まらねぇ!! 何だこりゃ機体暴れまくりですよ? 誰か、誰かアドヴァイスプリーズ!!』
「慣れろ」
『そ、そんなご無体な……』
あちらこちらへ無軌道に飛び続ける。
機体制御が巧くいかないのだろう。
熟練者なら感覚で理解しているバーニアの調節がまだ分からない故の悲劇だ。
ユウイチの言う通り慣れるしかない。
バーニアをカットしても慣性で飛び続けることになるのだし……。
「しばらく放置」
「放置プレイだって、オリハラ君嬉しい?」
『嬉しくねぇよっ!!』
スピーカーからコウヘイの怒鳴り声。
普通なら聞こえないだろうユウイチ以外の声も、この狭い部屋では通信機まで届いたようだ。
マイクの感度もかなり良い。
「ユキトはそのまま。自分の思う通りに動いていれば良い」
『了解』
「ユキトさん頑張って」
「ユキトさんファイト」
『おう』
ミスズとカノの声援を受ける。
モニター内のクニサキ機は、心なしか力強い動きをし始めた。
メンバーは暫しその機体を目で追った後、他のところに目を向ける。
緩慢な動きの機体を見続けていても楽しくはないのだ。
「あの2人はともかく、さすがはアキコね」
「そうですね、スイスイ移動してます」
「先ほどは少しぎこちない感じでしたけど、今は消えていますね」
「さすがアキコママ。ね、アキナ」
「うん。お母さんかっこ良い……」
ユウイチの背後から黄色い声。
ミスズとカノはクニサキ機を気にしているが、他の面子は優れた機動を見せるアキコの機体に賞賛の声を上げている。
コウヘイ&ユキトとは違い、彼女はバトルフィールド出現時から移動を開始していたのだ。
「私がさすがって言ったのは違うところなんだけどね」
「どういう事ですか?」
「別に凄いところが?」
「そ。さすがなのは、ユウの心理状態を察して停滞せず行動に移ったところ」
苦笑しながら質問に答える。
アキコがコウヘイらと同じような事をやってたら、彼らと同様矢面でユウイチのあの声を聞いていただろう。
マコトはそれを回避した事を賞したのだ。
「なるほど」
「深いですなぁ」
アカネとシイコも尊敬と賞賛を顔に。
まだまだマコトとアキコの域には及ばないと再確認した。
いずれ追いつくと心に誓い、お互い頷き合う。
『人聞きが悪いですね』
「あ、聞こえてた?」
『そちらは狭いですから、よく聞こえますよ』
「はは、ごめん」
『わざと聞こえるように言ったくせに……』
「やっぱり分かるか」
『当然です。何年の付き合いだと思ってるんですか?』
「そうね」
『それであの人は?』
何気ない風を装っているが、アキコの声には緊張が。
対象の動きが余程気になるのだろう。
誰の事か問い返す必要もなく分かっているので、マコトは彼の人物をそっと窺った。
釣られてシイコとアカネも横目で見る。
「ん、問題ないわ」
『そうですか』
「喜ぶ娘達を見て、表情緩めてるし」
『……相変わらずですね』
「何であんな親ばかになったのかしら?」
娘達がアキコ機の流麗な機動に歓声を上げる様子を、ユウイチは微笑ましそうに見ていた。
当然シミュレーター操作の合間に、だが。
一歩間違うとアレな様子のユウイチだが、その手の方々と視線の質が全然違うので勘違いはされないだろう。
「あ、気付いた」
マコトの言う通り、複数の視線に気付いたユウイチは目を背けた。
その際わざとらしい咳払いなんかして顔を背ける。
よく見ればその頬も赤味が増したような感じだ。
「何か可愛いですね」
「シイコさんの母性本能が……」
『ユウイチさんは可愛い人ですよ』
「それは認めるわ」
狭い室内では当然彼女らの言葉も聞こえたのだろう、ユウイチはまた咳払い。
マコト達は顔を見合わせて笑った。
『わはははは。この美男子成人コウヘイ・オリハラに不可能はない! ナナセよ、この私を崇め奉れ!!』
『誰があんたを崇めるかっ! 逆に呪って埋めるわ!! それに美男子星人ってどこの星の人間よ!?』
『何を勘違いしとるかツインテール! 星人じゃなくて成人。成年に達した人間の事じゃそれくらい気付きなさいよお嬢さん』
『気付けるわけないでしょうが! 大体自分で美男子とか言うなこのシスコン!』
『ははは、今のナナセに何を言われても痛くも痒くもないぞ。まずはまともに動いてみなさーい。私はここよー、おほほほほほほほ』
『くっ! このオリハラそこに直れ!! その首落としてくれる!!』
『お? いきなり時代劇か? じゃあナナセがお代官で俺が町娘だな。あーれー。ははははは』
画面内で2機のゲシュペンストが動き回っていた。
1機は巧みなバーニア調節で、宇宙空間にもかかわらず見事な軌道を描く。
逆にもう1機はまだバーニアを巧く活用できていないらしく、方々へとガックンガックン動いて頼りない。
コウヘイとルミ、どちらの機体に誰が乗っているかは、各人の台詞で判断できるだろう。
「この短時間で上達したわね、オリハラは」
「シイコさんもちょっと意外」
「コウヘイは昔から未知との遭遇が多かったですから……」
「コウヘイお兄ちゃん凄い」
「でもお母さんには負けますね」
アキナが母を引き合いに出して批判。
経験で圧倒的に勝るアキコの方が上手なのは当然なのだが、コウヘイばかり誉められてちょっと気分を害したらしい。
大好きな母が蔑ろにされたような感じを受けたのだろう。
大人びているとは言え、まだまだ親離れが遥かに遠い歳だから当然だ。
余談だが、マリアがコウヘイを「お兄ちゃん」と初めて呼んだ時ちょっとした騒動が起こった。
マリアが発言し終わる前に、「ミサオ」と言いながら抱きしめようとしてユウイチに撃墜されたのだ。
それによって、めでたくコウヘイの恐怖対象にユウイチが仲間入りしたとか。
その対象者トップは、何故かナナセと「ミサオ」なる人物が熾烈な争いを繰り広げているらしい。
「俺もあそこまで早いとは思わなかったが」
『わたしもです。少々オリハラ少尉を見くびっていたかもしれませんね』
「全くだ」
ユウイチとアキコも、通信を交わしながらオリハラ機を見ていた。
適度な距離を取って、ナナセ機の周りを周回している。
未だ巧く飛べない彼女をおちょくっているのだろう。
「あれはもう才能としか言えないだろうな。適応能力がずば抜けてる」
『わたしとしてはアカネさんの発言が気になるのですが……』
ユウイチも大いに頷けるところだ。
彼も「未知との遭遇」とやらは気になる。
が、取り敢えずはうっちゃって他の機体を見る事にした。
監督役としては、全員の状態を把握する必要があるという事だろう。
『あははー、コツを掴みましたよー』
『開眼』
通信機から声が流れると同時に、2つの機体が高速で動き出した。
低速で動いたり、長時間静止状態だったクラタ・カワスミ両機である。
今までの機動からして、微妙なバーニア調整での流れを学んでいたのだろう。
『ギュンギュンですよー』
『宇宙は面白い』
サユリとマイのゲシュペンストは、更に1段階スピードを上げて宇宙空間を翔ける。
2機が描くのは、予め定められたレールがあるかのように同じ軌道だ。
『サユリ、中々やる』
『そう言うマイこそ』
『それじゃあ勝負』
『良いよ。それじゃあ先に遅れた方が負け』
『わかった』
またデッドヒート再開。
機体的にはサユリの方が重いのだが、それを計算してマイの方が同等のスピードに抑える念の入れ様。
勝敗は純粋にパイロットの腕次第と言う事になる。
パイロットならば、この勝負は意地にかけて負けられない。
「2人とも程ほどにな」
自身もパイロットであるだけに、そう言うしかないユウイチだった。
苦笑した顔が彼の内心を表している。
『あ、あたしは巧く動かせないのに……マイとサユリの薄情者ー!!』
通信機越しのルミの声は、悔しさが形になったかのようだ。
例えるなら、3人何時までも一緒だと誓ったのに、友人たちだけ大人の階段を上ってしまたようなものだろうか?
……違うかもしれない。
『怖かろう。悔しかろう。例え鎧を纏おうとも、心の弱さまでは守れないのだぁ!!』
『訳わかんない事言ってるんじゃないわよ!』
『何を言う。これは師匠の決め台詞なんだぞ』
『その師匠はどこのどいつよ!?』
『ん、医者。ちなみに外科医ね。手術の時に言うらしいぞ』
『嫌な医者ね』
聞いていた人間は一斉に頷いた。
皆さんいい加減この2人の会話に入るのが面倒なので、聞く事に終始している。
『そんな外道な医者の事はどうでも良いわ。あたしにはまだ最後の砦クニサキが……』
彼女の言に釣られるように、ユウイチ達もクニサキ機を探す。
モニターの1つが当然彼の機体を映し出しているのだから、見つけるのは簡単だ。
カノとミスズが注視し続けているモニターでもあるし。
「わ、ユキトさん上手」
「ホント。カノりん惚れ直しちゃった」
「あ、ミスズちんも惚れ直しました。えっへん」
『何だその台詞は……』
そのモニターには、見事に飛び回るグルンガストの雄姿。
華麗とは言い難いが、それでも充分実戦が可能な動きを行っている。
極端な機動のナナセ機とは雲泥の差と言えよう。
『最後の砦か?』
『くっ! 何でそんな動けるのよクニサキ!』
『何でとは?』
『あんた宇宙初心者だったでしょうがっ!! 初心者ならエンストとかギアチェンジ間違えたりするもんでしょ? そうでしょ?』
『同意を求められてもな』
第一それは車だ、とは口にしないユキト。
言えば火に油だと理解している。
『で、どう操縦したの? 巧く動かせた理由は何なの?』
『理由は……』
しばしの沈黙。
モニター前の人間も固唾を飲んで見守る。
特にその度合いが強いのは当然2人の女性。
『…………好いた女が見ている前で無様な姿を晒す訳にはいかないだろう?』
『その通り! 漢だなクニサキ、いやさユキト!!』
『……そんな理由』
『そんなじゃないぞナナセ。男にとっては大事な事だ』
想像外の答えに茫然自失のルミ。
コウヘイはそんな彼女に男の行動原理を説き始めた。
確かにナナセにとっては些か酷な答えだったかもしれないが、男としては納得できるだろう。
『そんなものですか、ユウイチさん?』
「そんなもんなの、ユウ?」
「男なんてそんなもんだ」
そんな彼らを見て、アキコとマコトから異口同音に尋ねられる。
問われた夫はあっさりとその疑問に同意した。
男は好きな女の子の前ではカッコつけたいものだ。
ユウイチにも大いに頷けるユキトの上達理由である。
『じゃ、じゃあ、あたしはどうやって上達すれば……』
『諦めろ』
『うっさいオリハラ。……大佐、どうしたらいいでしょうか?』
「んー、宙間での機動は個人の慣れが大事だからなぁ、俺が言ってどうこうできるもんでもないし」
髪を軽く掻き上げつつ視線を天井に向ける。
何か良い案はないかと思案するユウイチだが、生憎簡単には出てこない。
結局個人で慣れるしかないと言う結論に戻る。
『あたし1人だけ足手まといに……?』
かなりショックを受けたらしく、ルミのゲシュペンストからバーニア光が全て消えた。
機体そのものは慣性で動きつづけるが、普段の力強さが微塵も感じられない。
「な、何とかなるってルミ」
「そうですよナナセさん」
シイコとアカネが慰めの言葉をかけるが、効果なし。
逆により落ち込んだのか、機体の肩が心なし下がる。
今の彼女には慰めの言葉より、奮い立たせる悪口の方が効果があるだろう。
『仕方ない、この美男子が一肌脱いでやろう』
ならばこの男の出番。
ルミを怒らせる事にかけては並ぶものなし。
対ルミ・ナナセ用最初−にやられる−兵器コウヘイ・オリハラである。
『ナナセよ、俺様がコツを教えてやろうか?』
『……』
『俺推薦の方法だぞ。これで俺も動けるようになった』
『…………そんなの無いでしょ』
コウヘイの言葉に小声ながらも返事。
藁をも掴む心境なのだろうか?
マコトは目でコツの有無をユウイチに尋ねるが、肩を竦めるのみ。
現状ではコウヘイの言葉は灰色という事だろう。
……限りなく黒に近いと皆さん内心思っていたとしても。
『コツはある。俺を信じろ!』
『誰の何を信じろって?』
『マイ、ハート』
『…………胡散くさ』
『おいおいそう言うなよ。この澄み切った目を見てみろって』
『シミュレーターには映像の送受信機能ないじゃない』
『……そうだった?』
疑問系の言葉はスルー。
機能が無いのは殆ど常識のようなものだったのだが、やはりと言うか彼は知らなかったようだ。
主機能が使えれば後はどうでも良い人種なのかもしれない。
ユウイチはこの時、シミュレーターについてコウヘイに勉強させる事を決定した。
『ま、まぁそれはともかく。ここで俺からコツを聞かないとダメのダメダメだぜ、ナナセ』
『うっ!』
『宇宙は敵の勢力圏内だし、早めに戦闘出来るようにならないといけないよねー』
『うぅ……』
『俺達が戦闘してるとき、ナナセは1人シミュレーター訓練だったりして?』
『なっ、そ、そんな事は』
『あるかもよ?』
ルミは考える。
戦闘中の揺れるプラチナで、独り寂しくシミュレーター室に篭る自分。
僚機は現実の宇宙で苛烈な戦いを繰り広げ、自分の機体は仮想空間でのろのろと亀の歩み。
コウヘイは敵を撃墜し、自分は機動失敗で仮想の中のデブリに撃墜されたりして……。
『い、嫌過ぎるわ……』
『そうだろう、そうだろうとも! ならばする事は分かっているな? この俺、いやこの私の手を取りたまえ』
『で、でもオリハラの手を借りるなんて…………そんなどん底まで堕ちるわけには』
『……どん底かよ』
「どん底ね」 「どん底ですね」
『……お前らも言うか』
付き合いの長いシイコとアカネは同時に頷く。
普段の彼はそこまでの事をやってきた実績があるのだ。
真面目な時は頼りになる人間なのが唯一の救いと言えば救いなのだろう。
『でも隊の為には……』
『そう! お前は俺の手を借りねばならぬ!』
『わ、わかったわ。あたしも女よ。一時の恥くらい忍んでやるわ! オリハラあたしに手を貸しなさい!!』
「ナナセさんあのコウヘイに……」
「立派。立派よルミ! 今のあんた輝いてるわ!!」
アカネは、何か信じられない言葉を聞いたかのように驚愕し、開いた手で口を抑えるかのように固まった。
シイコの方は、うんうんとしきりに頷いている。
眼から流れる汗が止まらねぇやと、ハンカチで目の下を拭ってもいた。
「エライ言われようだな」
『オリハラさんは親しまれてるんですね』
「と言うか、玩具にされてるだけなんじゃない?」
彼らを見ていたある夫婦の台詞。
やはり生温かく見守っている心算らしい。
『ほらオリハラ、早くあたしにコツを教えるのよ!』
『やだ』
『なっ!?』
『教えを請うときは、頭を下げてお願いしますだろ? 頭下げるのは見れないから、取り敢えずお願いしますからな』
『ぐっ、ぐぐぐぐぐ』
「正論ですが、コウヘイが言うと変な感じがするのは気のせいでしょうか?」
「耐えて! 今は耐えるのよルミ!! 教わったら闇討ちでもすれば良いのよ!!」
シイコの言う事も大概常識外れであるが、誰もツッコミを入れない。
観客は皆、ルミの発言に神経を傾けていた。
時々サユリの笑い声やマイの気合の声が聞こえるが、コウヘイとルミが今の主役であるのは間違いないだろう。
『お、おねがいします』
『あぁん? 聞こえんなぁ』
「外道ですね」
「ルミ頑張ってー」
『お、おねがいしますコツを教えてください』
言い切った。
しかも見事な棒読み。
その発言に感情の一欠けらさえ感じる事が出来ないほどのだ。
彼女の内心で、どのような感情が渦巻いて吹き上がるのを待っているのだろうか?
想像するのは面白いと同時に酷く恐ろしいなぁと、他人事でユウイチは思った。
『まぁそこまで言うなら仕方ない。ちょっと情緒に欠けてたが』
『そ、それはどうも。は、ははははは』
「うわ、表面張力いっぱいって感じ? 笑いが破綻してるよ」
「オペレーターとしては警報を発したいですね」
『さて、ではナナセ待望のコツを教えよう』
『ええ、さっさとしてちょうだい。あたしもかなりいっぱいいっぱいなのよねぇ』
『うむ』
コウヘイが息を吸い込む。
その音を通信機が拾うと、一同心なしか身を乗り出して耳を傾けた。
ミスズやカノも気にしている事から、他の面子の注意度は押して知るべし。
『コツなんてものはない』
言った。
言ってしまった。
『は? 今なんて言ったのかな? もう一度言ってくれる?』
『年かナナセ、耳が遠くなるとは。まぁ良かろう、よく聞け。宙間機動にコツなどないと言ったのだ』
『……へぇ』
『自分で努力せなばな。人の力を当てにするなんて甘い甘い。わはははははは』
瞬間。
何かが切れる音を聞いたと、その場にいた人々は口を揃えて語った。
もうこうブチっと。
『オリハラ』
『あん? 怒ったか? テンパってたナナセを助ける軽いジョークだろ?』
『あんた死になさい』
『うっ』
「うわ、あれマジね」
「……鳥肌が」
ルミの声は、聞いた人間の背筋にナニか走らせた。
その声は、確かに普段コウヘイに叫んでいるものから比べれば静か過ぎるものだ。
口調も優しげで、今にも子守唄を歌いだしかねない程の声。
だがそれ故に恐ろしい。
言葉から感じられる感情が、口調や声の大きさ、その他全てを完全に覆す。
込められた感情は極寒の吹雪か、あるいは永久凍土のような冷たさ。
寒すぎると気持ちよくなるらしいから、優しげな口調と反しないと言えばしない。
コウヘイにのみ向けられた言葉だったから良かったものの、普通ならアキナやマリアはトラウマになってもおかしくなさそうだ。
『こ、これは逃げるしかないな。さらばっ!』
「賢明ですね、とは私は言いません」
「ねぇ。どうせシミュレーターから出たら殺されるんだし」
『うっさい! 今は逃げ延びる事が大事だ!!』
カタパルトで射出されるかのように、一瞬で高スピードをたたき出す。
スラスターが残光を残して、今までの位置から遠く離れる。
遠く遠く、ただひたすら遠くへと、それこそが逃走だと言うように。
『幸いナナセはまだ巧く飛べない。このまま逃げ延びてやるぜっ!!』
『逃げ延びられたらね』
『うっぇ!?』
ルミの声がする。
普通に通信機から聞こえたはずの声だが、コウヘイは何故か耳元で囁かれたかのように錯覚した。
思わずレーダーを確認すると―――
『ふふ、オリハラ。あたしが逃がすと思う?』
―――いた。
しかも追従するかのようにコウヘイの機体に密着している。
台詞とあいまって、ほとんど怪談に出てくる幽霊だ。
『ま、待て待て待て待て!! なんでナナセが付いてこれるんだ? 貴方様はまだ動けなかったのではないでしょうか!?』
『ふっ、愚問ね。あんたを殺す為ならこの程度の障害』
『ちょ、この程度ですか? そんな根性でどうにかなったら色々問題あるんじゃないですか?』
『良いのよ。まずはあんたを血祭りに上げてから考えるわ』
『え、本気?』
『無論』
言うが早いか、ナナセ機から繰り出される拳拳拳拳。
マシンガンのような連続拳打がオリハラ機にヒットし続ける。
なし崩しで宇宙戦闘に突入する2機。
『ぬぁ! ぐぁ! うぉ! っちょ何これ避けられねぇもしや追尾式かよいたたたたた!!』
『避けようなんて甘いわね。あたしは今、このコブシで神をも殺せるわ! 追い込んだ自分を呪いなさい』
その通り、回避行動も何もあったものじゃない。
相手の動き全てを読み、牽制し、誘導して打撃を当てつづける。
彼女は今確かに神の領域に踏み込んでいた。
シミュレーターは、Gやダメージ時の振動などもしっかりフィードバックされる。
彼女とは逆に、現在のコウヘイは悪夢の領域に突き落とされているかもしれない。
「ユウ、放っといて良いの?」
『あのままだと撃墜も時間の問題ですね』
「まぁいい訓練には違いないし、放っておこう。正直干渉するの惜しい攻撃だし」
手出し無用とユウイチ。
興味深そうにナナセ機の打撃を観察している。
攻撃されている相手も自業自得ではあるし。
『そ、そんな殺生なぁぁぁ!!』
アキコの言う通り、機体が耐え切れなくなったのか爆発。
コウヘイの断末魔を最後に、シミュレーションは終了と相成った。
空気が抜ける音が響くとともに、扉の1つがスライドして開かれる。
そこから3人の男女が現れた。
今開いた扉のある部屋に住むアイザワ夫婦だ。
アキナとマリアが部屋から出てこないところを見ると、娘たちとは別行動らしい。
「心臓に悪い呼び出しだ」
「やれやれね。せっかく久しぶりだったのに」
「そうですね。少し無粋です」
急いで着たかのように着崩れていた軍服を各人正す。
マコトとアキコは乱れていた髪も整えていた。
2人の頬は少し紅潮していて普段より艶があるが、そこに答えがあるかもしれない。
「一通り済んだ後だったのは幸いだな」
「それはそうですけど……ねぇ」
「ええ」
「おいおい、2回ずつしただろ? 何か問題があるのか?」
少々機嫌を損なっている様子の2人に、ユウイチは困惑した様子。
マコトは表面上変わらないが、ユウイチには若干の険が見て取れた。
また普段は笑みを浮かべているアキコも頬をふくらませている。
この場合、怒っているのではなく拗ねているのかもしれないな、とユウイチは思い直した。
「”それ”は良いのよ。問題は終わった後」
「マコトの言う通りです。3人でゆっくりするはずの時間があの連絡で潰されてしまいましたもの」
「あぁ、何故かピッタリだったな」
「ええ。終わって何分も経ってませんでしたよ?」
「連絡してきたのがシイコって言うのも何かありそうね。…………狙って通信寄越したなら、お仕置きね」
「ピロートークする暇も無かったからなぁ」
「至急じゃなかったから、もう少し寝てても良かったかもね」
「そうしたかった気持ちはありますね」
「ま、そうもいかんだろ。俺もそうしたかったが」
苦々しく、文字通り苦笑するユウイチ。
彼としても心休まる時間が潰れて、理不尽な怒りをちょっと感じていたりする。
それが誰かに向かう事は現状ないが。
軽く頭を振って、夫から部隊のトップとしての思考へ無理やりシフト。
「じゃあ、行くか」
「ええ。シイコを血祭りに……」
「マコトったら。あ、あなたちょっと止まって」
「ん?」
「少し屈んで下さい」
「了解」
2、3歩進んでいたユウイチは、アキコの声で立ち止まる。
横にいたアキコが前に回ってくるのと同時に、何も言わずに膝を屈めた。
「少しじっとしていて下さいね」
「ああ、そういう事ね」
「何?」
後ろのマコトには分かったようだが、やられる方は疑問顔。
妻の方は気にする事もなく、すっと夫の首に両手を回す。
突然抱きつくような動きをされ、目の前に白い首筋が出現してドキリとするユウイチ。
そんな男心には気付かぬのか、アキコは滑らかな動きで少し
「はいお終い。急いでいた所為でしょう、襟が縒れていましたよ」
「……ん、そうか。ありがと」
「どうかなさいました?」
「あー、いや……」
反応が遅い事を気にしたのか、アキコは目を合わせて尋ねる。
不意の状況でまたドキリとしたユウイチだが、別に問題ないかと思い直した。
夫婦である事だし。
「うん。アキコが抱きつくのかと思ってちょっと驚いた」
「あ、そうですね。そんな体勢でした」
「それと……」
「?」
「アキコは良い匂いがするなと思ってな」
「え? も、もうあなたったら!」
「む」
ニヤリとユウイチが告げた言葉に、アキコは一瞬の間を置いて頬を染めた。
普段の落ち着いた彼女とは違う可憐さ、思わずユウイチの鼓動が速まる。
蚊帳の外で面白くないマコトが抗議の声を上げるが、聞き入られる感じがない。
屈んだままのユウイチを見て、マコトは強硬手段に訴えた。
「えい」
「うぉ何だ?」
「え、あ、マコト」
「マコトか、何をする」
「私を無視して2人の世界に入るからでしょうが」
ユウイチの背に負ぶさるように抱きついたマコトが口を尖らせた。
手を体の前面に回し、そのまま体重を前にかけはじめる。
普通なら足がつかないが、ユウイチが屈んで身長差が埋まっている今ならば可能。
ユウイチの背に、2つの柔らかな感触が広がる。
「重い重い」
「なんですって?」
「あいた、首絞めるな首を。ギブギブ」
「分かればよろしい」
「ふふ」
2人のじゃれ合いを見たアキコが笑みを浮かべる。
ユウイチ言葉は背の感触に対する照れの表れ。
それを分かっていて、マコトはじゃれるように軽く首を絞めた。
彼らにとって軽いスキンシップだからこそ、アキコも微笑ましく見守る。
「よっと」
「きゃっ! ちょっといきなり立たないでよ」
抗議の声を上げた割に、マコトは負ぶさったまま。
身長差が10センチ以上ある両者だ、普通はユウイチが立った彼女は瞬間ずり落ちて地に足が着くはず。
だが今のマコトは、ユウイチと同位置に頭を持ってくる為、相手の両肩に体重をかけて体を被せるように乗せている。
1人背負って揺るがないユウイチもユウイチだが、腕だけでその体勢を維持しているマコトもマコトだ。
「と言うか降りろよ……」
「嫌よ」
「何でよ?」
「ん〜、なんとなく」
「答えになってませんよマコト」
「まぁ良いじゃない。ほら、出発出発」
「へいへい」
マコトの声に従って歩き出す。
傍から見るとかなり間抜けな図ではなかろうか?
「今回の連絡は何についてでしょうか?」
「急ぎじゃないから、私たちが不利になる事じゃないでしょうね」
「即戦闘になるような事ではないな」
自室から少し歩き、今3人は艦橋がある階へ進むエレベーターのただ中にあった。
それは大人が7人ほどで一杯になるだろう円柱状のものである。
ユウイチは腕を組んで扉に対する壁に寄りかかり、アキコは階層を指定するパネルの前に。
マコトはアキコと正反対の位置に立ち、中央を向いて壁に背を預けていた。
「地球からの通信はさすがに無いだろうし」
「宇宙には友軍がいないからそちらからの通信もなし」
「だとすれば、おのずと内容はわかりますね」
「本来の任務って事だ」
3人が顔を見合せて頷くと、図ったかのようにエレベーターが停止する。
ポン、と抜ける音とともに扉が左右にスライド、現在位置は最上階を示していた。
「それじゃあ行きましょう」
「OK」
「おーよ」
アキコの言葉に続くように、エレベーターから出るマコトとユウイチ。
戦闘態勢ではない現在、ブリッジは外からでも分かる最上部の位置に存在する。
これが有事であるなら、ブリッジは今の位置から下へ移動して戦闘艦橋になるのだ。
「っと」
「すみません」
曲がり角で女性仕官とぶつかりそうになり、ユウイチは軽くステップを踏んで回避する。
相手の女性は誰か確認する前に頭を下げる。
「いや」
「え? わわっ」
階級章から相手が大佐だと気付くと、女性は慌てて敬礼した。
その慌てぶりに少し驚きつつも、相手に合わせて返礼。
襟元の階級章を素早く確認し、ユウイチは腕を下ろした。
それを確認すると、女性はホッとした感じで息を吐く―――
「わ」
「ん?」 「何か?」
「い、いいいえ!」
―――が、次いで
それを済ますと、ポニーテールの頭を何度も下げて脱兎のごとく駆け出す。
勢いそのままに目的地で『開』のパネルを押すと、扉が開ききる前にエレベーターに飛び込んだ。
「……別に逃げる事ないじゃない」
「緊張してたのでしょうね」
「みたいね。階級は少尉だったし」
「彼女は、確か補充人員のオペレーターだったよな?」
ユウイチが確認の問いを発する。
補充したブリッジ要員の中に、確か彼女の顔があったなと思い出したのだ。
1度だけ顔合わせは済ませてあるが、戦闘直後と補給の忙しさで忘れかけていた。
「そうね。確か私たちの2つ下とか」
「また若いですね」
「ブリッジクルーの平均20代前半だよな。若い若い」
「と言うか、補充人員3人も送ってもらって良いのかしら?」
「操舵主とオペレーターに、……主計でしたか?」
「最後のがいまいち分からないけど、彼の仕事って結局何なの?」
「あいつの仕事は事務全般だな。俺もマコトも書類仕事がダメだって、ノーマン大将にはバレてるからなぁ」
「……家族ぐるみの付き合いって、変なところで厄介ね」
「全く」
苦笑しつつもそれで助けられているのは事実。
地球軍も余裕が無い状況なのだから。
彼らの責任は重大である。
「着いた着いた」
「さてお仕置きの時間ね」
「ほどほどにしてくださいね」
トップに緊張感が欠けているような気もするが、果たすべき責務は重い。
今はこの態度を余裕と取るべきだろう。
3人がブリッジに入ると、一瞬視線が集中する。
と言っても、先にいた人間も同じく3名だけなのだが。
ユウイチ達は艦長席のある位置に上がる。
「3人とも遅いですよ」
まず発言したのはシイコ。
彼女は何故か補充人員の操舵手より腕が良かったので、引き続きメインで舵を取る事になった。
「緊急じゃないんだから文句いわない」
「そうなんですけどねー」
「何か言い残す事があるの?」
「言い残す? まぁ良いや。呼んでから何分も何やってたんですかねぇ」
肩を竦めて両手を広げ、やれやれと溜息を吐く。
両肘を曲げているので、より嫌味っぽいジェスチャーだ。
マコトの眉毛と肩がピクリと……。
「アカネさん、報告をお願いできますか?」
「はい」
ナチュラルにマコトとシイコを無視したアキコは、アカネへと問い掛ける。
そんなアキコに苦笑しつつ、ユウイチもアカネの方へ耳を傾ける。
横目に、シイコとの会話を中断して報告を聞く様子のマコトが目に入った。
「ヒリュウ改が移動を開始しました。予想進路は月です」
「月か」
「マオ社が目的でしょうか?」
「どうかしらね。PT開発の最大手とは言え、あそこは民間企業だし……」
「追ってみれば分かるか。アカネ、レーダーの索敵範囲に敵影は?」
「ありません。だた発進はしばらく待つ必要があるかと」
アカネは淡々と報告の言葉を紡ぐ。
オペレーター席に着いている時の彼女は、努めて感情を殺しているようだ。
「何か問題があるのか?」
「はい。今発進しますと、ヒリュウ改より早く月に到達する事になります」
「何故だ? 向こうの方が月に近かったはずだが……」
「数時間前救難信号を受信したらしく、そちらへ向かっていたみたいです」
「なるほどね。じゃあヒリュウ改がある程度月に近づくまでこのまま、って事ね」
「はい。大よそ1時間と推測されます」
了解の意として頷くと、マコトは操舵席に向かった。
やる事が分かったのか、ユウイチもアキコも苦笑。
そのユウイチもサブオペレーター席へ向かう。
「お疲れ、この艦には慣れたか?」
「ああ」
そこに着くと、座っている人物の肩をポンと叩く。
叩かれた相手は、短い言葉とともに浅く頷いた。
タカアキ・クゼ――
彼こそが3人目の補充人員であり、マコトやユウイチに「彼」や「あいつ」と言われていた人間である。
先のユウイチの台詞にもあったが、この部隊の事務的仕事を全て任されることになるのだろう。
「何すか先輩? そのワキワキ動く指は……」
「お仕置きよ」
「な、何故!?」
「あなたの知る必要がない事よ」
「あ、なんかカッコ良い事言ってるけど意味が全然通ってませんよ?」
「自分の胸に聞いてみるが良いわ」
会話する2人の背後でどたばたと。
怒声と悲鳴と、たまに打撃音が聞こえてくる。
ユウイチは後ろを見ないように頑張った……。
「……こんな職場ですまん」
「…………」
今度は、タカアキがユウイチの肩を叩く。
彼の目が気にするなと言っているようで、ユウイチは何か天井を見上げたくなった。
思い出したくも無いのに、格納庫や食堂、シミュレーター室で今日起こった出来事が頭に浮かんでは消える。
ユウイチは、きっと哀しくなんかないと、プラチナの発進まで自分に言い聞かせ続けた。
To Be Continued......
後書き
本編は久々ではありますが、今月も20日なので掲載です。
今月は我がサイトも100万HITという事で、ちょっと頑張って書いてみました。
まぁ容量を見れば分かる通り、今までのものより増量しております。
その所為で逆に長すぎて飽きるかもしれませんが、その時はご容赦願いますね。(笑
今回は訓練の話。
いきなり宇宙戦闘が出来るようなご都合にはしません。
時間かけたお蔭か、各人それなりに宇宙でも戦えるようになった事でしょう。
ユウイチは人知れず、1人で訓練してるんでしょうね。
ヒリュウ改を囮に使ったりして、宇宙に上がってたプラチナ。
ユウイチも言ってますが、簡単に落とされるとは思っていませんでした。
危なくなってもすぐ手助けする気もありません。
彼はある意味ビアンやマイヤーと同じような事考えてるのかも?
彼らが目立ったほうが隠密行動はとりやすいですしね。
後半に夫婦の会話がちょーっとあります。
これについては皆さんどう思うのでしょうか?
これからも入れたほうが良いのかなぁ……。
子供たちの言葉遣いも気になるところです。(全部平仮名にすべきか、とか
ちなみに最後の方に出たポニーテールの女の子、彼女は名も無いオリキャラです。
ご意見ご感想があればBBSかメール(chaos_y@csc.jp)にでも。(ウイルス対策につき、@全角)
もっとラブを増やせー、とか。(笑