(シオリ……)
ジュン・キタガワは、ガラス窓の向こうに横たわる恋人を見つめ、両拳を握り締めた。
彼の目で確認できるのは、顔の一部と淡いブルーのパジャマに包まれた全身。
口のやや上から頭まで、彼女は大型機械の一部に収まっていた。
病院にあるCTのようなものかと当たりを付け、金髪の少年は内部で走査する紅い光を見つめる。
(くっ! 本当ならこんなヤツらに……)
内心の不満と怒りを押し殺し、検査を行っている人間達を横目で一通り見回す。
同じ室内に存在する数人の男達の、無感情そのものの視線がキタガワの目に入った。
それに釈然としないものを感じたが、誰も下卑た視線を送っていないのが救いか、とすぐに目線を戻す。
キタガワは人間性の欠片も感じられない彼らが好きではなかった。
いや、もっと端的に言えば大いに嫌っていると言えるだろう。
特に責任者のアードラー・コッホには、彼の人生で最大限の嫌悪を感じていた。
しかし、今はそのいけ好かない人間の手でも借りるしかないのが現状。
そんな自分に自嘲と歯がゆさを感じ、彼はまたきつくきつく両の掌を握り締めた。
まだ年若い彼が気付かなかったのは、ある意味仕方ないのかもしれない。
男たちの視線に感情が無いのではなく―――
実験動物を観察するに等しかった事に
スーパーロボット大戦 ORIGINAL GENERATION
Another Story
〜闇を切り裂くもの〜
第13話 月と刀
アイザワ家が暮らす一室で、ユウイチは心地よい
ダブルより少し広いであろうベッドには、彼の他に誰もいない。
枕が2つある事から、同衾者が既に起きて活動を開始している事がわかる。
時間で言えば午前8時。
宇宙空間を航行中のプラチナに朝も夜もないのだが、一応地球標準時刻に沿ってクルーは行動している。
分かり易い生活サイクルなので、深夜に奇襲を受ける可能性もあるにはあるが、ブリッジは2交代なので問題はないだろう。
待ち伏せを食ったとしても、PTの攻撃一発で落とされるような事はまずない。
外壁が壊されても、居住区等の重要施設は艦内部に集中している事だし。
一撃で落とされる可能性があるのは戦艦の主砲だが、それならばエネルギー量の関係でレーダーが捉える。
現行のレーダーを掻い潜る大型ステルス艦等はまだ存在しないのだ。
「アキナ、マリア、お父さんを起こしてきて。まだ寝てるでしょうから」
「はい」 「は〜い」
「起きないようなら強硬手段に訴えて」 「……マコト」
「冗談」
ユウイチの寝ている所から、木造のドア1つを隔てた次の部屋。
そこから家長を抜いたアイザワ家女性陣の声が聞こえた。
数秒してその扉が開く。
艦の廊下へと続くモノとは違い、その扉はノブを回すタイプだった。
どうやら戦艦と言えど、住居の中は一般的な家屋と造りは同じらしい。
事実艦内の住居は、家人の趣味に合わせてカスタマイズされている。
ドアにフローリングの部屋だったり、あるいは畳に襖の部屋なんていうのもある。
アイザワ家にも1部屋畳張りのものがあり、マリアなんかはよくそこで転がっていた。
「きょうこうしゅだんって……何?」
ドアノブを回して、一歩部屋に入ったマリアが後ろを振り返る。
続いているのは当然アキナだ。
そのままの態勢で部屋を移動する2人。
「何だろうね? でもお母さん達の話し方だとあまり良くないのかも?」
「いつもやってる事だし、同じ起こし方で大丈夫よね?」
「うん」
ベッドサイドに到着すると、漸くマリアは前を向きなおした。
目下の
目を閉じているからか、実年齢よりかなり若く感じられる。
「寝てるわね」
「そうだね。お父さん可愛いねぇ」
「うわーお髭がちょっと伸びてる」
「あ、ホントだ」
手を伸ばして顎を撫でる。
それほど濃くはないようだが、寝ている間に伸びたのだろう。
シャリシャリと手に感じる感触に、お互い変な感じだねと顔を見合わせて笑った。
「……ぅ」
「わわっ」 「起きないでー」
くすぐったかったのか、身じろぎするユウイチに慌てて手を引っ込める。
2人にとっては幸いか、すぐに元の態勢に戻る父親。
その際、目の前にパジャマに包まれた右腕が現れた。
掛け布団がずれて肘から先だけ見えている。
「危ない危ない」
「ちゃんと起こさないとね」
また顔を見合わせてホッと一息。
1つ頷くと、再度ユウイチの方に顔を向ける。
アキナは今しがた布団から現れた右腕の袖に、マリアは右肩にそれぞれ手を添えた。
「パパ起きて」 「お父さん朝ですよ」
そっと声をかけ、手を添えた部分に力を入れる。
しかしその力は弱く、起こす気があるのか疑問に思われる。
袖はチョンチョンと浅く引っ張られるだけだし、肩に加えられる力は触れるように緩やかだ。
「起きないわね?」
「うん。起きないね」
「じゃあ例のアレね」
いくらかの時間をそのままで過ごし、笑い合う2人。
1つ言うなら、この場合はユウイチが起きないのではなく、彼女らが積極的に起こそうとしていない。
2人以外起きている人間がいないのでツッコミが入ろうはずもないが。
「布団めくって」
「上って」
アキナが掛け布団を腰上辺りまでめくと、マリアがベッドサイドへ足をかけて上った。
しっかりと彼女が立つと、重みでユウイチの右脇付近が少し凹む。
その際、邪魔な右腕はベッド下に垂らされている。
普通これだけやれば起きそうなものだが、やはりそれはナユキの従兄妹。
眠り自体は浅くなったようだが、自ら覚醒する兆しは見えない。
血の繋がりとは斯くも呪わしいものなのだ。
「じゃあ行っくよ〜」
「落ちないようにね」
ベッドの上に乗ったマリアが、無理やりしかめっ面を作ってミッションの開始を告げた。
アキナは顔からデフォルトの微笑を消し、真面目っぽい顔を作る。
まぁ年齢が年齢であり、目が笑っているので可愛らしさは微塵も減じていない。
「とーぜん!」
最後の『ん』が口から音として紡がれる刹那、マリアは若干屈むように踵へと力を込める。
スプリングの効いたベッドはその機能を充分に発揮し、反発力を以って少女の軽い体を浮かばせた。
そして跳躍。
直立状態からすぐさま腕を広げ、捻りを加えつつ飛び込むカタチへ移行する速さは既に熟練の域。
彼女の目指す場所はユウイチの上半身だ。
「っ!」
自らを弾丸と化したマリアの体は、狙い違わず目標の上に着弾。
同時に首に腕を回して抱きつく感じでシフト。
あまりの巧みさに、傍で見ていたアキナがパチパチ小さく拍手。
「……ぅ、な、何だ? 敵襲か!?」
その衝撃で、彼女らの父は完全な覚醒を果たす。
目を見開くと素早く左右を確認し、即体を起こそうと―――
「……ん?」
―――する前に感じる重みに目を向けた。
首だけを持ち上げて胸元を見ると、自分に抱きつくように飛び乗っている愛娘の姿。
視認すると、何も言うことなく頭を枕に落とす。
「またか……」
「またー」 「またです」
「アキナは何時も通りベッドサイドだな」
「はい。さすがお父さん、アキナの事はお見通しですね」
「いい加減覚える」
はぁ、と溜息を1つ。
彼の言から判断するに、この朝の1コマは半ば習慣と化しているらしい。
かといってすぐに起きずに寝っぱなしだと、いざと言う時困る。
2人の体のサイズと強度から、衝撃はそう大した事がないのが救いか。
(対ナユキじゃないんだから、もう少しこう、なぁ……)
ユウイチとしては、もう少し穏便に起こしてもらいたいらしい。
天井を見上げる目は少し虚ろだ。
それを娘たちに言っても、愛ゆえの行動だと言われるのがオチなのだが。
「パパ、パパ」
「何だマリア?」
「いつものやって」
「何時もの、とは?」
言いたい事は分かっているらしく、返答はちょっととぼけるよう。
目線は相変わらず天井だが、その口元が緩んでいるのが証拠。
自分に注意を向けたいのか、それとも拗ねたのか、首筋にかかったマリアの手に力が入る。
「むー。ぎゅーってして!」
「はいはい」
「あ、えへへ」
「良いなぁ」
娘の望み通り、腕を回して抱きしめる。
無論そんなにキツクならないように加減はしているが、マリアは嬉しそうだ。
表情がほにゃっとなって、まさに至福。
もう1人の羨ましそうな声が聞こえたからか、ユウイチはマリアの体から腕を外す。
「むっ」
「起き上がらんと拙いか……」
下半身だけ移動させ、両足をベッドから下ろす。
マリアに気付かれる前に慎重かつ迅速に。
「あ」
「何アキナ?」
「ううん、何でもないよ」
ユウイチの動きに気付いたアキナが声を上げるが、父がウインクして見せると知らん顔。
彼女は愛する姉妹より、愛する父親の味方に回ったようだ。
確認の為片足ずつで1回床を踏むと、合図もなしに立ち上がった。
「……きゃっ!」
「わぁ、お父さん凄い」
「そうでもないだろ」
「落ちる落ちるぅぅぅぅ!!」
マリアの足がバタバタ。
彼女は自らの腕の力で、ユウイチの首にぶら下がる。
しかし哀しいかな、少女の腕力では数秒で落ちる事は必至。
「下ろして下ろして! 落ちちゃう落ちちゃう!!」
「じゃあこれからはもう少しソフトに起こしてくれ」
「うん、うんうんうん! 起こすよ起こすソフトクリームのようにふわふわだよ!!」
「……まぁ多分大丈夫か」
かなり錯乱した娘の言に苦笑しつつ、屈んで床に下ろしてやる。
足がつくと、マリアはそのまま後ろにゴロンと転がってしまう。
そして、「腕が、腕がー」とうめきながら左右にゴロゴロゴロ……。
「マリアは大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ。しかし行動パターンがマコトによく似てるぁ」
「そ、そうなんですか?」
「ガキの頃はああいった起こし方をよくやられた。お互い体小さかったし……」
「そうですか」
そこでユウイチは気付いた。
アキナが、体の前で組んだ両手を落ち着きなくしきりに組み替えている事に。
言うなればモジモジしている、という感じだ。
「どうした?」
「あ、あの……」
「うん?」
「わ、私もその……」
彼女の視線は、チラチラと父の顔と自分の手を行ったり来たり。
まだ屈んだままだったので、その仕草はユウイチの目の前で繰り返される。
頬に差す赤みが徐々に増える様は、殊の外可愛らしい。
(……ん? ああ、なるほど)
直前のマリアとのスキンシップを思い出し、ピンとくる。
要するにアキナも甘えたいのだな、と。
自ら強く触れ合いを求めない奥ゆかしさは、ユウイチに幼少時のアキコを思い出させて苦笑させる。
彼女もマコトから1歩引くような位置だったなと思いながら、慎ましい我が子に向けて両手を広げた。
「はい」
「え?」
「ぎゅっとして欲しいんだろ?」
「ぁ、は、はい」
「じゃあどうぞ」
「はい!」
パッと嬉しそうな明るい笑顔を浮かべ、広げた腕に飛び込む。
体格差から、ユウイチの首筋にぶら下がるようになるのは仕方ない事。
頬と頬を寄せ、アキナは小動物のようにすりすりと擦り合わせる。
やはり先のマリアのように表情は至福。
「ん〜、お父さん?」
「ん?」
「お髭がくすぐったい」
「はは、それは仕方ない。まだ剃ってないからな」
「うん。じゃあお終い」
「もう良いのか?」
「マリアが拗ねるもぉん」
「拗ねないわよ」
甘えている時は口調が歳相応になるアキナ。
そんなところまで親に似なくてもなぁ、とユウイチは苦笑を隠せない。
彼女に応えたところを見ると、マリアもゴロゴロからは復帰したようだ。
離れたアキナに合わせ、ユウイチも立ち上がる。
「じゃあ移動だな。だいぶ待たせたから、母さん達は怒ってるかもなぁ」
「ええぇぇ、あたしたちは言われた通りパパを起こしただけだから大丈夫だよ…………多分」
「マリア、多分って言った。でも怒られたらパパが守ってくれますよね?」
「仕方ない。可愛い娘達の頼みだからな」
父親は、笑いながら2人の背を押して移動を促す。
娘達は数歩進んで振り返ると、父の大きな手を取って引っ張るように歩く。
3人の顔には笑顔。
これからアイザワ家の1日は始まるのだ。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきま〜す」 「いただきます」 「いただくわね、アキコ」
「はい、召し上がれ」
ユウイチの一言を合図に、他の3人もそれぞれ一声。
朝食を作ったアキコは嬉しそうに笑う。
「洋食も良いが、やはり朝は和食だな。基地勤めの時はこれだけが不満だったんだよ」
「日本じゃないんだから仕方ないじゃない。簡単な和食も無かったわけ?」
「あったはあったが、どちらかと言えば和洋食だったな。あれはあれで美味かったが、純然たる和食じゃない分逆に、な」
「まぁ言いたい事は分かるわね」
和食っぽいが完全な和食でない為、余計に食べたくなるのだろう。
ちなみに今日の朝食は、ご飯に豆腐とわかめの味噌汁、焼いた鯵にほうれん草の御浸し、卵焼きと漬物が数点である。
基地の食事について会話するユウイチとマコトの隣では、同じく娘達とアキコが話している。
「お魚嫌ーい」
「私はお漬物が……」
「あらあら、あまり好き嫌いしては駄目よ?」
「だって巧く骨が取れないんだもん。アキコママ取って?」
「仕方ないわね。アキナはまだお漬物苦手なの?」
「……」
無言でコクリと頷く。
その様子に苦笑しながら、マリアの鯵に箸をつける。
無理に食べさせてもいけないわね、と考えながらも箸は素早く魚の解体作業。
熟練を感じさせる箸捌きで、どんどん身と骨が分離されていく。
「うわぁ、凄い凄い」
「お母さんは何でそんなに上手にお箸が使えるの?」
「慣れよ。あなた達より長く生きているから出来るようになったの。はい、お終い」
目を輝かせて見ていたマリアの前に皿を置く。
2人がアキコに向けるのは、紛う方ない憧憬の眼差しだ。
骨に全く身が付かないような箸遣いは、彼女たちにとって一種手品的でさえあるのだろう。
「ありがとーアキコママ」
「良いなぁマリア。私も綺麗なお魚食べたかった」
「へへーん。んー、美味しい。ママじゃこうはいかないわね」
「悪かったわね」
「はわ。……聞こえてた?」
「そりゃ聞こえるでしょう、隣に座ってるんだから」
「そ、そうだよね。はは……は」
「何その笑いは? 別に怒ったりはしないわよ。アキコと比べれば箸遣い下手なんだし」
純然たる事実に苦笑する。
昔から家事関係は何一つアキコに勝った事ないなぁ、と。
それが悪いとも妬ましいとも思わないが、実は女として少し悔しいマコトである。
「でも、アキナはまだ漬物が苦手なんだな」
「……はい」
「でもこの歳で漬物大好きって子供も、何か変じゃない?」
「それもそうか」 「そう言われると、そうですね」
マコトの言に頷く夫婦。
毎日和食じゃないアイザワ家では、漬物大好きになる下地が無いと言えば無い。
母の隣でマリアもうんうん頷く。
実は彼女もちょっぴり漬物が苦手だ。
「でも貴方、マコト。好き嫌いは無いに越した事はありませんよ?」
「それはそうだけど……ねぇ?」
「ああ。嫌いなものを無理に食べる事なんて無いぞ?」
「ホント」 「ですか?」
良いコンビネーションで顔色を窺う娘たちに、肯定の意を頷きで表すユウイチとマコト。
何故か親2人は爽やかさ溢れる笑顔。
百万の味方を得た心境か、見事に漬物を意識外に置いて食事を再開させる子供たち。
そんな娘を溜息混じりで見やりつつ、アキコは視線を転じる。
「まぁ、2人はそう言うしかないでしょうね」
「……な、何の事だ?」
「……さぁ? わ、私は知らないわねぇ」
滅多に見られないアキコ人の悪い笑顔。
それを見たユウイチは露骨に視線を逸らし、マコトは体は動かなかったものの、言葉の語尾が不自然に上がった。
子供2人は食事の手を止め、挙動不審な大人2人を不思議そうに眺め始める。
「何々?」
「お母さん意地悪な顔になってる……」
「あらあら。ふふ、そう?」
「でも美人だよーママ」
「ありがとう。そういうところはお父さん似ね、マリアは」
「えへ、どうアキナ? パパに似てるってさ」
「む。それは良いんです。お母さん言う事があるんじゃないんですか?」
姉妹のやり取りに、まぁまぁと微笑しつつも片頬を抑えて首を傾げる。
年齢以上に若さと艶やかさを感じさせる仕草だ。
この部屋唯一の男性はそれを見ていなかったが……。
「なぁ、何を言うつもりだと思う?」
「流れ的には分かるんだけど……」
「やっぱ昔の話か?」
「普通なら笑い話なんだけどねぇ」
でも娘達に聞かれるとヤバイ。
主に親としてのプライドとか体面とか色々。
密談中の親2人は意見の一致をみた。
「と言うわけで却」
「昔は好き嫌いばかりだったのよ、あの2人」
「っておい!」 「言っちゃった!?」
「ふふ」
「そうだったんだー」 「知りませんでした」
目を丸くして凝視する娘達に、ユウイチとマコトは親としての威厳が崩れる音を聞いた気がした。
こう、ガラガラ、と。
実はそんなものは元からあまり無かった事に、幸いと言うか2人とも気付いていない。
「くっ」 「アキコの鬼ー」
「あらあら」
「ごちそうさまー」 「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様でした」
マリアは元気良く、アキナはそっと両の掌を合わせると、揃って食後のご挨拶。
すぐさま椅子から立ち上がって、自分の食器をキッチンに持っていく。
こういったところはアキコの教育の賜物だな、と満足げに頷くユウイチ。
「私も躾はしっかりやってるんだけどね」
「……ホントか?」
「ええ」
「なんでそこでアキコに確認するかなぁ」
「すまんすまん。なんとなくな」
些か憮然としつつ、マコトは食後の紅茶を啜る。
片目を瞑って謝罪の意を表すと、ユウイチも珈琲を1口。
アキコもまた、2人の様子に口元を綻ばせると紅茶を口に含んだ。
先に食べ終わった大人3人は、優雅に食後の一服を過ごしている最中らしい。
「じゃあ行ってきます」 「まーす」
「おう」 「気をつけなさいね」 「他の人に迷惑かけないように」
「はい」 「はーい」
返事もそこそこに、いそいそと部屋を出てゆく2人。
自動で閉まる寸前、廊下からはパタパタと軽い足音が響いた。
「元気だねぇ。良い事だ」
「そうね。良い子に育っててくれて嬉しいわね」
「全く」
うんうんと頷いてまたコーヒーを一口。
艦内廊下への入り口を目を細めて見やる。
彼の脳裏には、きっと微笑ましい愛娘達の姿がエンドレスリピート。
「でも向かった先はオリハラさんのところですよ?」
「ぶっ!」
むせた。
そりゃもう見事に。
「げほ! な、ごっ、なんだって? がっほ!! ごほ……はぁ……げっほ、はぁ、はぁ、はぁ……」
気管支でも入ったのか、かなり激しく咳き込む。
それだけならすぐ治まっただろうに、無理に喋ろうとして更に咳き込んだ。
そこまで行き先がヤバイという事なのだろうか?
「はいはいそんなショック受けないで良いから」
「すみません。飲み終わってから話すべきでした」
「ごほ……はぁ、さんきゅう。助かった」
見かねたのか、奥様方が旦那の背中を擦って叩く。
その甲斐あってか、ユウイチの呼吸も何とか平常時に戻った。
椅子の背に体を預け反り返るように脱力。
結構真剣に生命の危機を感じたり感じなかったり。
「それで、何故やつのところに向かったんだ?」
「そう言えば、私も彼の部屋に行くとしか聞いてないわね。何しに行ったかアキコ聞いてる?」
「ええ。何でも手品を見せてもらうとか。昨日寝る前に、手品を見せてもらったと言うミスズさん達の話を羨ましそうにしてくれましたから」
「……確かに格納庫でやってたな」
「へぇ、彼ってば手品なんか出来たのね。変なところで多芸な軍人もいたもんだわ」
「話からすると、かなりの腕みたいですね」
「巧かったのは認めよう」
「ますますもって変よね」
けらけらと面白そうに笑うマコト。
見た目何時も通りのアキコだが、内心は迷惑かけないか心配。
何せ今は朝だし、月宙域まで残り僅か。
ユウイチは何事か考えているか、コーヒーの表面を凝視して動かない。
「由々しき自体だ。確かに最近コミュニケーション不足気味であった」
「は?」
「不足、ですか?」
「うむ」
重々しく首肯する一家の大黒柱。
彼を支える両翼は、顔を見合わせて呆れたような顔を見せる。
真剣に何を考えていると思えばこれとは。
「不足かしら?」
「いえ、以前と比べれば雲泥の差でしょう」
「よねぇ。今は一緒に住める分だけマシだと思うけど」
「……実は本人も分かっているんじゃないかしら?」
「可能性は高いわね。遊びたいだけ?」
「んんっ!」
ユウイチに聞こえるギリギリの音量で好き勝手言う奥方達だが、それを遮った咳払いも相当にわざとらしい。
結局似たもの夫婦なのか……。
「……で、だ」
「コミュニケーションを増やすと言っても、今あの2人は珍しい手品にお熱ですよ?」
「そこが問題だ。コウヘイの手品野郎を上回るインパクトが要る」
「ユウも手品習ってみたら? オリハラに頭下げて、プッ」
その様子を思い浮かべたのか、噴き出すマコト。
同様の考えに至ったのか、アキコの方は若干目尻が下がった。
思わずユウイチもその様子を想像しそうになって―――
「却下」
―――即座に中止。
自分で想像して結構クるものがあったのか、ユウイチはかなり力強くも恐ろしい声でダメ出ししてくれた。
「ふっ、くくっ」
「あらあら、うふふ」
その声がまた笑いを誘う。
憮然として残っていたコーヒーを一気に飲み干す。
カップを置くと、若干溜めを置いて立ち上がった。
「ここはやつの力を借りよう。まだ自室か?」
思い立ったら即行動のユウイチ。
カップをシンクに置いて軽く水で流すと、寝室に引っ込む。
「じゃあ行ってくる」
数分で準備を全て整えて部屋を出る。
「行ってらっしゃい」 「行ってらっさ〜い」
「どなたに力を借りるんでしょうね?」
「さぁ」
夫の行き先を気にもせず、彼女らはまだ食後の一時を満喫する事にしたらしい。
ある意味旦那を信じていると取れる………………かもしれない。
「と言うわけで教えてくれ」
「何をだ何を。肝心な部分が分からんじゃないか」
「それくらい分かれ超能力者。サイコキネシス使うならテレパシーも使ってみせろ」
「あんた言ってる事無茶すぎだぞ。そこんとこ理解してるか?」
「勿論」
「なら良いや」
「い、良いのかな?」
「さぁ〜? 2人とも個性的な人だし」
「あはは〜、日本人は察しと思い遣りですよ〜」
「……それにあれは漫才」
お互いに椅子に座りなおす。
隣のテーブルに着く4人が顔を寄せ合って小声で会話しているが、ユウイチとユキトは礼儀正しくスルー。
これも察しと思い遣り。
現在この6人がいるのは、食堂入口から1番距離のある端の2卓。
思いつきを実行に移すべくユキトを部屋まで呼びにいったユウイチだったが、見事に留守だった。
そこで諦めるのもつまらないと艦内を放浪し、シミュレーター室にいたユキトを拉致してここまで連れてきたのだ。
2人用のテーブルに向かい合い、一息ついて冒頭の台詞となる。
「マイ、ユウイチさんは何が知りたいんだと思う?」
「ユキトに聞く事は1つしかない」
「そっか。そうだねぇ」
「ミスズちん仕事は良いの?」
「うん。ジュエル小母さんが休憩にして良いって。そういうカノりんは?」
「食堂と違って何も無い時は暇なんだよー。アタシの手が必要なのは手術とかだからね」
男2人はうっちゃって会話する女性陣。
最初こそ静かに隣のテーブルの様子を見ていたが、進展がないと見るや姦しい。
サユリとマイ、カノはユキトを拉致ったシミュレーター室から、ミスズは飲み物を運んできてそのまま居座っている。
今回彼女達はユウイチ・ユキトとは直接関係ないわけで、話が進まなければ静かにしている義理もない。
「煩いな……」
「耐えろユキト。女性と付き合っていくには忍耐が第一。あ、これ常識な」
「そ、そうなのか?」
「ああ。お前より少し長い人生経験で培った、生きた知識だ」
「おお」
泰然自若としてコーヒーを飲む様が何とも言えず大人だと、今まさにユキトはそう感じている。
確かに落ち着き払ったその姿は、大人の男と評するに余りある。
顔にちょっと哀愁漂ってるけど。
(俺より3、4ほど年上だと聞いたが、やはり経験豊富? これからの事も考えて、少し教えを請うべきか……)
主に女性関係で。
ぶっきらぼうで旅暮らしだったため、恋人とは縁の無い生活をしていたユキト君。
恋愛関係のスキルがいろいろと未熟なのを痛感しているようだ。
顔が良くて押しに弱いので、結構行きずりの女性とは縁があったらしいのだが……。
「長々と前置きしたが、本題に入る。ユキト・クニサキよ……」
「なんだ?」
「お前の超能力を俺に教えてくれ」
「は?」
「だから超能力だ。例のサイコキネシスな、人形動かすやつ。今なら大サービスでプリーズもつけるぞ?」
噛んで含めるようにもう一度詳しく、しかもそこはかとなく偉そうに頼む。
頼まれた方は困惑混じりの不可解な表情。
考え込むように、腕を組んで首を傾げてる。
「ね?」
「サユリの言った通り」
「あ、それならあたしも知りたい! 教えてユキトせんせー」
「私も。先生教えてください!」
「面白そうですねぇ。サユリにも教えてくださいます? あ、マイもやる」
「私は」
「ええ〜い、煩いわ。少し静かにしてくれ。肝心のユキトが喋ってないぞ」
ピタリと話を止めると、5人ともユキトの顔を確認する。
見れば、ユキトは眉間にしわまで寄せて考え込んでいた。
考えすぎか、右方向に体が傾いている。
「ねえユキトさん、どうしたの?」
「ん」
「調子悪いならお姉ちゃんとこ行かないと」
「いや」
「やはり超能力は一子相伝なのか。実はユキトの体には7つの痣が……」
「そう、それだ」
「どれ?」
「あれだよマイ。食堂裏メニューのカップル3回転半捻り定食。食べたらアクロバットなプレイが」
「違うぞ」
「じゃあ7つの痣か?」
「そう。お前は既に死んでいる、ってそれも違う!!」
「良いノリツッコミだよぉ。お母さんがいたら誉めてくれたんだろうなぁ」
「ユキトさん必殺ツッコミ人だよ。後でお姉ちゃんに教えよっと」
「止めてくれからかわれる」
「……冗談はこのへんにして、超能力の事だな?」
「そう。そこが問題だ」
「どこ?」
「マイ、それはもう良い」
「……わかった」
ユウイチにダメ出しされてマイはしょんぼり。
すぐさま彼女を慰めるサユリ。
そんな2人を横目で見てからユキトに意識を戻し、ユウイチは目線で先を促した。
「うむ。まず聞きたいのは……」
「ああ」
「どきどき」 「カノりん、しっ!」
「超能力って何だ?」
「は?」
時が止まる。
思わず『頭大丈夫かこいつ?』とユキトの顔を凝視する面々。
それほど今の発言はトンチンカンで訳が分からない。
彼を愛するミスズとカノからしてそうなのだから、その衝撃は押して知るべしである。
「いや超能力は当然知ってはいるぞ。だからそんな哀れむような顔で見るな!」
「なんだ冗談か」
「ほっ」
「そのリアクションは何だ、ミスズ……」
「それはユキトさんが頭のかわいそ、はっ!」
「……その続きは?」
「にはは……が、がお」
「ほれ」
「あいた、ユキトさん酷い」
ポカりと叩かれ、ミスズは恨めしそうに上目づかい。
だがユキトには、『ミスズが、がおと言ったら叩いていい』との大義名分があるのだ。
第一そんな強く叩いていないし。
「恋人同士のスキンシップは良いが、結局話が全然進んでないぞ」
「スキンシップではない、躾だ」
「私、大人」
「で、俺に超能力を教わりたいと言う事だが」
「うむ」
「わ、サラっと流された」
「それが宿命なのだよ」
カノが肩を叩いて慰める。
マイとサユリは既に不干渉モードで話の先を待つ態勢だ。
警戒宙域まで後1時間を切ったわけだし、さっさと話を進めたいのだ。
「超能力を教えるのに問題があるのか? 実は乳児からじゃないと無理とか」
「そうなのか?」
「お前に聞いてるんだがな」
「それ以前に、俺は超能力が使えるのか?」
「はぁ? 何時も人形動かしてるじゃないか。あの盛り上がりに欠ける人形劇」
「盛り上がりに欠けるとは何だ! 自分でもちょっと思ってるけど」
「やっぱり思ってるんだな」
「う、うるさい! それにあれは超能力じゃなくて法術だ」
「超能力じゃないのか?」
「え? ミスズちんは手品だと思ってたんだけど……」
「カノりんは超電磁パワーだと思ってたのにぃ。その内必殺超電磁人形スピンが見れると信じてたあたしの立場は……」
「あはは、サユリはてっきり千分の一ミクロンの糸で操ってるのかと思ってました」
「……煎餅」
「お前らは……。特にクラタ! 俺はあんな物騒な
それぞれ好き勝手話し始める。
ネタ元のほとんどが前西暦の作品なのだが、本当にこの6人新西暦に生きる若者なのか甚だ疑問だ。
警戒体制前の残り少ない貴重な時間が減っていく。
「そんな理由で法術を習いたいなんて、きっと前代未聞だ。法術教えてくれた母さんが聞いたら…………確実に爆笑するんだろうな」
「ほぅ、中々出来たご母堂だ」
呆れて嘆息するユキトに、堂々と胸を張っているユウイチ。
現時点で内面のベクトルが正反対な2人だが、カップに口をつけるタイミングは完全に同時だった。
隣のテーブルの4人も、呆れと感心がない交ぜになったような視線をユウイチに向けている。
ひとまず数分前の騒ぎも落ち着き、法術を習いたくなった理由をユウイチが喋ったらこの状態。
ユキト達は親ばかもここまで……と思っているが、実際はちょっと違う。
娯楽に飢えているユウイチが、親ばかを装って遊んでいるだけなのだが、気付いているのは妻2人だけ。
子供の行動を全て縛ろうなどと考える底の浅い男ではないのだ。
「それで伝授してくれるのか? その法術とやらを」
「別に教えてもいいんだが、大した事は出来ないと思うぞ?」
「と言うと?」
「この力は浸透させるのが難しいんだ。特別なモノじゃないと複雑な動きは無理なんだよ」
「じゃあじゃあ、ユキトさんの使ってるあの人形は?」
「ああ、アレが特別なモノだ。昔から俺の先祖が使い続けてきたものだからな、力の通りが良い」
「普通の物体ならどの程度可能だ?」
「そうだな……」
ユキトはテーブルを見回し、備え付けの容器からスティックシュガーを取った。
それを目の前に置いて手をかざすと、小刻みに揺れ始める。
5秒ほどの後、ゆっくりと起立する白い袋。
中の砂糖が移動する様子がザラザラという音でよくわかる。
「ま、こんなもんだ」
「わ、びっくり」
「これでも充分凄いよぉ」
「ああ、俺にとってはこれくらいで問題ない」
艦の擬似重力に逆らって、見事直立するスティックシュガー。
カノの言う通り、これだけでも中々に驚く光景だろう。
ユウイチにとっても、これだけ出来れば満足だ。
別にユキトのように人形遣いを生業にするわけでもないし。
「なのでやり方教えてくれ」
「何がなのだ、だ」
「それくらい察しろ」
「じゃあユキトさん、私にも教えて下さい!」
「あたしにもあたしにも! 覚えてお姉ちゃんを驚かせるのだ」
「私は別にいい」
「そんなぁ、マイも一緒にやろうよ? あ、サユリにもお願いしますね……」
「わかったわかりました! どうせ一緒にやり方聞くんだから同じ事だし」
他の面子の教えて攻撃に耐えかねたか、ユキトは首を縦に振る。
そんな彼らを視界に入れながら、サユリの表情が少し暗い事に気付くユウイチ。
一瞬だけ目を鋭く細めると、その様子をしっかり記憶した。
「それじゃあ始めるぞ。各自砂糖1つずつ取ってくれ」
「「は〜い」」
「ほら、マイ」
「……わかった」
サユリが元の表情に戻ると、ユウイチも何時も通りの顔に戻して他の5人に倣う。
刹那の出来事。
鋭いマイでさえもサユリに注意を逸らされ、今の2人の変化には気付かなかった。
「うむむむむ。……ダメだ、カノりんリタイア」
「む〜。ミスズちんもリタイアです」
「あはは、サユりんもリタイアですよ〜」
ユキトが力の込め方をレクチャーして約5分。
3人が全く動かせずにギブアップした。
「ホントにユキトさんはその方法で動かせてるの? 見えない手をイメージするって難しいよ?」
「さっきやって見せただろうに。それに始める前に言ったろ? 誰でも出来るわけじゃないって」
「むぅ、お姉ちゃん仰天八倒計画が……」
「何だそれは」
「文字通り驚いたお姉ちゃんが天を仰いで転げまくると言う……」
「変な熟語を作るなよ」
「にはは」
見切りをつけたカノとミスズは、ユキトも巻き込んで雑談モードに移行し始めた。
一方で諦めずトライし続ける男もいる。
6人中男は2人しかいないので、当然それは彼なのだが。
「……ぬぬ」
「教官、もう少し」
「ねぇマイ?」
「く……まだまだ」
「振動してるからもうちょっと。何、サユリ?」
ユウイチの挑戦を見ながら声援を送っていたマイは、隣の声の主に顔を向ける。
その間もチャレンジし続ける我らが大佐。
直立まで行かないが、不自然に白い袋が揺れているところを見ると、マイの言う通り後少しなのだろうか?
「うん。さっきから一度もやってないけど、マイはやってみないの?」
「見たいの?」
「うん。見たい見たい」
「…………わかった」
若干の間の後、サユリの要望にゆっくりと頷いた。
マイの態度からは、気が進まない節が窺える。
それでも親友の為か、マイはテーブルの上にある白い砂糖袋に視線を注ぐ。
手を対象にかざす事もなく、両の腕は卓の下で組まれたままだ。
「ん」
「はぇ? え? え?」
アッサリと、それこそ特別な事など何も無いかのように―――
「わ、ユキトさんユキトさん」
「あ? ……な、に?」
「うっそぉ。あたしが仰天だよぉ」
「む、中々やるなマイ。俺も負けていられないぞこれは」
「……サユリ、これで良い?」
―――彼女は対象を立ててみせた。
余りの事に二の句が継げられない面々。
1人だけ普通にコメントして自らの作業に戻った男がいるが、彼の精神構造は色々変なので論外。
その他の4人―――特にユキトの衝撃は計り知れないだろう。
苦も無く簡単にやられたのだから。
「お、おまカワスミ! それ何時から出来たんだ?」
「……昔から。お母さんに教えてもらった」
「マイさん黙ってるなんて酷いよー、教えてくれても良かったのに」
「普通の生活には必要ない力だから……」
スティックシュガーを倒したり起き上がらせたり。
手持ち無沙汰なのか、マイは会話中もその動作を行い続ける。
パタパタと、白い袋は振り子のように動く。
それはサユリがかつて見た事のある場景。
作り出した人間こそ違えど、目の前に広がる光景は確かに彼女の記憶にある。
『ねぇねぇお姉ちゃん、ぼくこんなのできるんだよ?』
『わぁ、どうやって動かしてるの?』
『へへ、タネはないしょね。母さんに聞いたら、ちょーのーりょくって言うんだって』
『超能力でしょ』
『そう、それ。面白いでしょ?』
『そうだね』
「カ……ズヤ」
「サユリ?」
「ぁ。あ、な、何?」
「どうしたの?」
「……何でもないよ。うん、大丈夫」
自分を見て呆然と言葉を吐き出したサユリに何かを感じたのか、マイは少し眉根を寄せて声をかけた。
しかし返ってきたのは遠回しな拒絶。
そこに何か言えない事を察知した彼女は、そう、とだけ返した。
(カズヤ……ね。亡くなった弟だったはずだが、さて)
微妙な雰囲気の隣に意識だけ向け、ユウイチの目線は正面で揺れる袋にのみ注がれていた。
外見上は変化の欠片さえ見せず、内心でサユリの身上報告書を思い起こす。
スパイである可能性が皆無ではないため、乗艦前にクルー全員の身元は洗ってあるのだが、こういった時にはそれが役に立つ。
(3つ下の弟で……11年前テロで、か。今の様子からすると、彼も力があったようだな)
あくまで書類上の、しかも昔の情報である為分かる事は少ない。
今回の戦争には関係ないだろうが、情報部の人間と会った時にでも調べてもらうか、と考えて思考を打ち切る。
人のプライバシーを探るのは良くないが、ユウイチとしては公私両面で憂いは除いてやりたい。
部隊の長として戦闘に支障が出ないように、恋人として純粋に。
「お、おい」
「ん?」
内面に埋没していると、動揺そのものを固めたようなユキトの声がかかった。
姿勢は全く変えず、顔を対面の人間に向ける。
驚いた顔のユキトだが、チラッと視界に入った人間は何故か一様に同じ表情。
「何だ?」
「何だって、気付いてないのか?」
「んん?」
「ユウイチさん下下」
「下……っておぉ!?」
隣からの声に目線を下げてみる。
するとどうだ、そこには直立したスティックシュガーが―――
「やったな俺」
「あ、倒れた」
「あはは〜、儚い命でしたねぇ」
―――すぐ倒れた。
ユウイチが意識を向けた瞬間、こう、パタっと。
それからまた先ほどの振動状態に戻る。
「何故だ?」
「集中が切れたんだろ。雑念が入ったとも言うなー」
「うわ、ユキトさんコメントおざなり」
「立て続けに真似されてやさぐれちゃったんだよぉ。今夜は一緒に優しく慰めてあげようね? ミスズちん」
「え……うん」
「なっ! おいお前らそういう台詞をこんなところでだないや言ってくれるのは嬉しいがもうちょっとこう」
「あは、ユキトさん照れてる」 「照れてるねぇ」
「っ! もう良い」
「ラブラブですねぇ〜」
赤くなってそっぽを向いたユキトに、それを見て幸せそうに笑うミスズとカノの2人。
サユリはユキトを追い詰める気か、的確なツッコミを吐く。
で、残りの2人はまた別の話。
「ふむ、何故出来んのか」
「多分……」
「何か思い当たる事があるか?」
「うん。多分、教官は固定観念が打破できてない。でも能力があるから袋が震えてる」
「……なるほど。つまり俺の奥底では超能力で袋が立つなんてありえねー、って感情がまだあるんだな」
コクリと頷くマイ。
言われて見ればなるほど、ユウイチ自身その考えは内心に存在した。
今までの生活であまりに縁の無さ過ぎる言葉と力だった故、まず否定が立つという事だ。
情けない。
その瞬間ユウイチの心情を言葉にすればこれに尽きる。
自分は何時の間にか、頭の固い大人になったしまったのか、と。
俺は、誰もが夢物語だと断じるような世界をこの身で体験した人間ではないか。
ならば出来るはずだ。
全く見た事もないものなら信じられないが、実際に見て感じられるこの力は顕現させる事が必ず出来る。
言い聞かせるまでもなく、それはユウイチ自身が過去から得た当然の考え。
目を閉じて、自らの内にある常識と言う名の鎖を外し、思考を細く細く―――
(あの世界に行ったからこそ、今の俺がある)
―――今は遠い彼の世界を想う。
そして、集中の極みに達し白くなっていく意識の中で、ユウイチは確かに一筋の流れる力を感じた。
(これか)
認識すると、意識は拡大する。
目を閉じているのに、周りに何があるのか見える感覚。
人の動き、呼吸、場の流れが読める。
(これは、何だ? 意識のみが加速しているの……か? いや、それも後だな)
熟考して考え込んでしまいそうな中で、当初の目的通りスティックシュガーに意識を向ける。
漠然とした想像のみで構成されるこの意識の中、やはり目標も感覚のみで出来ていた。
細長く横倒しになっている砂糖袋のイメージを、ゆっくりと直立させる。
なるべく詳細に、精密に。
「お」
「もう、少し……」
辛うじて感じられる意識の外から声がかかる。
この感覚の範囲はまだ1、2メートルかと、ユウイチの冷静な部分は計算した。
目標が自らのイメージ通りの位置にくる。
「ふむ」
……ユウイチは目を開けた。
まず目に入るのは、直立したままの細長く白い袋。
視線を少し上げれば、マイを除いてまた一様に驚きの表情を浮かべる面々。
だが、一瞬だけサユリの顔に哀しさが宿ったのをユウイチは見逃さなかった。
「す、すすすす凄いよユウイチさん! ねミスズちんユウイチさん凄いよねねね?」
「う、うん凄い」
「あたしは無理だったけど、ユウイチさんに手伝ってもらえばお姉ちゃんを倒せるよぉ」
「結局倒すんですね〜」
「あはは、その時は是非サユりんも見にきてね?」
「あはは〜、わかりました〜」
暴走状態のカノに引っ張られるように、一気に姦しくなる3人。
その内容は、即座にユウイチと関係ないところに飛ぶ。
必然的に、ユウイチは残った2人と話す事になる。
ユキトは複雑そうな、マイは無表情な顔が印象的だ。
「ガキみたいに簡単に受け入れられる歳ならともかく、価値観が凝り固まった大人の今になんでやれんだよ……」
「教官、凄い」
「常識なんて通用しない事は身をもって知ってるからな」
「それだけで出来るなんざ、あんた変すぎ」
「よく言われる」
「教官は変じゃない…………親ばか」
「……それもよく言われる」
その言には苦笑せざるを得ない。
今回の事も、表層的には親ばかから発生したと説明した身としては。
内心はかなり違うとしても、彼らの目にはそう映っているだろう。
「だが、こんな簡単にやられてしまっては、人形遣いとしての俺の立場が……」
「私は物心ついた時からやってた。簡単じゃない」
「俺はあれが精一杯だろうしなぁ。あんな風に人形を動かす事は出来ないだろ」
がっくりと肩を落としたユキトを慰める。
事実、ユウイチが彼のように自在に人形を動かすには、それなりの期間が必要だろう。
直立させるだけでかなりの集中を要したのだから、前に見た人形劇などは無理に決まっている。
「そ、そうか?」
「ああ。本職の人間には勝てんさ」
「そうかそうか」
その旨を教えると、ユキトは安心したように力を抜いた。
自らの存在理由を保ったと言うところだろうか。
『全クルーに通達。10分程で目的宙域に到達、同時に第二種戦闘配置に移行。各クルー、及びパイロットはは所定の配置に―――』
食堂にいた全員が一斉に立ち上がる。
入口に近い人間から、整然と駆け足で食堂を退出。
「ミスズはここ頼むな。カノは医務室でヒジリさんの手伝い頑張ってくれ」
「うん。ユキトさん怪我しないようにね?」
「ああ」
「大丈夫。お姉ちゃんなら即死じゃない限り蘇生させてくれるよ」
「……ああ」
「くくっ」
「笑うな!」
「いや失礼」
「ミスズちゃ〜ん」
「あ、じゃあねユキトさん」
「お、おう」
ユキトが返事する前に若干の間が出来た理由が簡単にわかり、ユウイチは思わず笑ってしまった。
非難の声を軽く流すと、食堂のおばちゃん達に呼ばれたミスズが別れて駆ける。
「じゃあ俺たちも行くぞ」
「はい。いこっかマイ」
「うん」
「ゴー!」
「カノはすぐ別れるだろうが」
緩やかに走りながら、ユウイチは人形劇を見たときの感想に修正を加える。
かなり高度な修練の賜物、と。
内容が面白くない事実にはひとまず目を瞑った。
「こちらアイザワだ。ブリッジどうだ?」
パイロットスーツの襟元を気にしつつ、最優先でブリッジと通信を繋げる。
一方で微塵の停滞もなく、流れるような手捌きで計器に火を入れていく。
もし今のコックピットを見ている者がいれば、熟練の域に至ったパイロットの貫禄を感じるだろう。
『こちらブリッジ。サトムラです』
「お、どうやら交代したようだな」
『はい。新任の方と代わりました。シイコやマコトさんもこちらにいます』
「わかった、こちらもそのつもりでいく。月の様子はどうだ?」
『現在月地表、ムーンクレイドル外殻部付近で戦闘によると思われる反応を感知。確認の為ポッドを射出しました」
「戦闘か、分かった。何か動きがあればまた連絡をくれ」
『了解』
通信はそのままに、機体のチェックに移る。
コンソールに次々とチェック項目が表示され、それに合わせたパーセンテージを表すバーが動く。
(各バイパスに関節、モニター、指先も問題なく動く。さすが爺さんの仕事だ、全て正常)
各種チェックはオールグリーン。
完全に整備がなされ、機体のアビリティは100%発揮出来る状態だ。
と、機体正面のデッキにマーク老人の姿。
一般用のノーマルスーツを着込んだ数人の整備員と共に、各機の起動状況を見守っている。
「爺さん相変わらず良い仕事だ。助かる」
外部スピーカーからユウイチが声をかけると、老人はニヤリと口元を吊り上げてサムズアップ。
ユウイチも笑みを深めた。
『なぁオリハラ?』
『なんだねクニサキ君? このプロフェッサーオリハラに質問かね?』
『ムーンクレイドルって何だ?』
『あ、それあたしも知らないのよね。オリハラ知ってんの?』
『無論知るわけがない』
『でしょうね。マイとサユリは?』
『残念ながら』
『私も知らない』
『そう言えば、わたしも詳しくは知りませんね』
『アキコさんもですか?』
『ええ。名前くらいは聞いた事があるのですが』
現在は少佐のアキコだが、元の階級は大尉である。
『クレイドル』の情報は佐官以上の人間に公開されているものなので、彼女が知らなかったのも無理はない。
調べれば分かったのだろうが、実際目にするまでそのような考えも浮かばなかったのだろう。
「地球のアースクレイドル、月のムーンクレイドルは、簡単に言えば保険だ」
『保険、ですか?』
『と言うか地球にもあったんだな』
「ああ。あそこは大規模な人工冬眠施設。人類滅亡を迎えた時の為に、人の種を未来に残す救済策の雛形」
『それじゃああそこには何人もの人が既に?』
『冬眠中かも』
「いや、まだ未完成らしいから関係者以外の人間はいないはずだ。完成すれば、数千人規模で参加者を募るだろうがな」
『数千ねぇ。まぁ政治家と軍のお偉いさん、そいつらの家族が先に入っちゃうんだろうけど』
『容易に思い浮かぶ未来予想図ですね』
『種の保存ですから、若い男女と子供が選ばれるんじゃないでしょうか?』
「可能性はあるが、権力者は自分の為ならどんな事でもやるぞ? 無理やり特権でねじ込むかもな」
苦笑と言うには苦過ぎる笑みを浮かべるユウイチ。
そこら権力者の嫌な話は、ノーマンから愚痴としてかなり聞いていたのだ。
彼ら上層部の態度が、この戦争におけるかなりの原因を担っているのは間違いないだろう。
『ポッドが予定宙域に到達。映像出ましたので送ります』
通信機からアカネのキレのある声が流れると、機体のモニターに映像ウインドウが出現する。
ポッドというのは俗称で、正式名称は遠隔式小型撮影機。
簡単に言えばテレビカメラの小型版である。
音声こそ拾えないが、性能は一般のそれを上回り、ステルス素材で作られている為発見され難いと言う偵察の切り札だ。
今映っている映像は遠目かららしく、幾つかの爆発などが見えるが機体ごとの詳細な絵は得られなかった。
『戦闘が始まってるなぁ』
『オリハラ! そんなのんびりしてる場合じゃないわよ! 大佐、救援には行かないんですか?』
「戦況次第だが……アカネどうだ?』
『はい。現在ヒリュウ改の方ですが、母艦を合わせて10の反応を確認しています。対する敵機の反応は残り4。所属不明が5です』
『不明?』
『クレイドルを守るように布陣していますので、おそらく防衛用の無人機でしょう。機体はゲシュペンストMk−U・Mです』
『それなら助けは要りませんね?』
『はい。ただ、少し離れた位置に敵戦艦と思われる反応があります。様子を窺っているようですが……』
「ではその敵戦艦の様子を探っておいてくれ。それと、幾つか見える敵新型のデータも頼む」
『了解。映像を拡大します』
通信中も戦況は絶えず変化する。
ポッドが始めに拡大した映像には、2つの砲門を背負った白い機体が敵を牽制し、青い機体が敵を斬る様子が映し出された。
白い機体が両肩から放たれるビームで敵の動きを限定し、目にも鮮やかな青い機体が接近して止めをさす。
特に後者の機動は見事で、ベテランの玄妙さを窺わせる。
(あの機体は確か教導隊から情報部に行ったモノだな。あの動きを先読みしたような反応は、やはりパイロットはやつか)
ユウイチの脳裏に、かつて同じ部隊に所属していた人間の顔が浮かんだ。
彼の直感が、青い機体のパイロットはその人物で間違いないと告げる。
『何だあの白いの。両肩にごっつい砲があるんだが、ユキト知ってるか?』
『軍人じゃない俺に聞くな。あの青いのはゲシュなんたらだろ?』
『ゲシュペンストです。クニサキさんもいい加減機体名は覚えてください』
『いや……すまん?』
『そういうナナピーは知ってるのか? あの白いの』
『ナナピー言うな!! ……知らないわ』
『知らねぇのかよ!? 軍人の風上にも置けないやつー』
『知らないあんたに言われたかないわよ! それにあたしは格闘戦向きの機体に詳しいから良いのよ!!』
『どういう理屈だ?』
『だから俺に聞くな』
相変わらずの会話に思わず笑みがもれる。
他の3人も似たような感想を持ったのだろう、耳をすませば抑えた笑い声がした。
通信機の向こうではシイコが派手に笑っている声も聞こえる。
「アキコ説明してやってくれ」
『ふふっ、分かりました。あの白い機体は砲撃専用のシュッツバルト。青い方は初期のMk−Uですね』
『初期と言うと、3機しか存在しないと言うレアな機体だな。マニアに売ればさぞ高値が付くだろうて』
『そうなのか?』
『兵器が売れるわけないでしょ』
『危ないですからね』
『あ、アキコさん、論点はそこじゃない気が……』
次に出た映像では、頭部と砲門が一体化した敵機の攻撃を避け、赤と緑のゲシュペンストが連携して攻撃を仕掛ける。
赤い機体が一直線に肉薄し、緑の方がそれをフォローするような感じだ。
全速で突っ込んでいった赤いゲシュペンストは、突き刺さしたジェット・マグナムによって敵を攻撃する。
だが紙一重で躱され、敵機の左腕を吹き飛ばした。
『赤いゲシュペンストは随分直情っぽい動きですね。タイプとしてはマイと同じみたいだけ、一直線すぎない?』
『私はあんなにがむしゃらに突っ込まない。どちらかと言えばルミと同じタイプ』
『は? あたし? あたしだってあんな無謀な真似はしないわよ!』
『いーや、腕力に任せて解決しようって姿勢がそっくり。きっとあれに乗ってるのは気の強〜い女だな』
『ほほぉ、どうやらオリハラは命が要らないようね。……頚椎外すわよ?』
『っ! だからそれだ! その怖い発言を何とかしろって事だ!!』
『はっ! これじゃいけない? 乙女らしくしないとダメかしら。ユウイチさんはどう思いますか?』
「ん? ルミは今のままが良いぞ。生き生きしてるし。どうせ被害受けるのはコウヘイだけだしな」
『ほらオリハラ聞いた? こう仰ってくれてるからあたしはあたしらしくいくわね!』
『え、ちょ、おま最後の言葉聞こえなかったのか? って俺生贄か!?』
がちょんがちょん首を振って周りを確認するコウヘイの機体。
機動兵器でそれをやるとかなり滑稽だが、当人はかなり生命の危機なので問題なし。
さり気なく、どの機体も顔を合わせないように逸らした。
通信も沈黙。
『お、鬼だこいつら』
『む。こいつは……』
『おおクニサキ、この状況で声を出してくれる貴方様は勇者? どうしたどうした何でも言ってみ?』
『ああ、あの緑の機体はサポートが巧いんだが、どうにも動きに地味さを感じてしまってな』
『と言うか赤いのに使役されているような……』
『そんな感じですねぇ。サユリとマイみたいなコンビとも思えませんし……上下関係で縛られてそうです』
『突撃もない』
『赤いゲシュペンストの後にピッタリくっついていますから、組んでいるのは間違いなさそうですけど』
「確かに組んでるのは間違いないだろうな。赤いゲシュペンストに振り回されてるのも確かだろう。動きに若干の焦りもある」
赤いゲシュペンストの急機動に、一瞬の溜めの後追従する緑のゲシュペンスト。
今のが予め決められた動きでないのは、同じパイロットである彼らには見て分かる。
それでも緑色の機体はフォローし続け、赤い機体の一撃で敵は爆散した。
「格闘能力と踏み込みの速さは大したものだが、あれじゃあ1人で戦ったら死ぬな」
『緑の方も1人だと良い的ですね。PTの操縦に慣れていない感も少なからずありますし』
「それぞれ中々良いパイロットなだけに、惜しいな」
アイザワ夫妻のこの言葉を最後に、また映像が切り替わる。
灰色の懐中電灯に、レンチやニッパー等の工具をゴテゴテつけたようなカタチの戦艦が画面の中央に出現した。
コロニー統合軍に正式配備されている宇宙戦艦、ペレグリンである。
『これが最後の敵機です』
「3機目だが?」
『はい。もう1機は映像内の白と赤の機体によって即座に潰されました』
モニターに目を向けると、確かに存在する2機。
頭部に長い角、右腕には杭打ち機、左には3連マシンキャノンで完全武装した赤地に白の機体。
高機動で宙を飛び、機体より長いランチャーで狙撃し続ける白地に青の機体。
『北米ラングレー基地預かり、ATX計画用の機体です。データには赤い方はアルトアイゼン、白い方はヴァイスリッターとあります』
『古い鉄と白騎士ですか。白騎士はピッタリですけど……古い鉄とは?』
『アルトアイゼンのベースが、初代ゲシュペンストの3号機らしいので、その線では?』
「初代は古くないぞ」
『失礼しました。大佐の機体と同型でしたね』
些か憮然とした声に、アカネは謝罪。
子供みたいなユウイチの反応に、彼女の声に微笑ましさが滲んだ。
それを聞いた大佐殿も、ちょっと大人気なかったかと苦笑して頭をかく。
『なあナナセ? アルトアイゼンで古い鉄って言ってるが、どこの言葉だ? スワヒリ語?』
『何でスワヒリ語なのか分からないけど、多分違うでしょ。きっとエスペラント語よ』
『ドイツ語です』
アカネのツッコミで黙る。
ユウイチへの謝罪と全く感じの違う彼女だが、基本的に任務中の彼女は容赦ない。
と、映像内に新たな2機が入ってくる。
『灰色のはゲシュペンストだが、青いのは見たことないぞ』
『ゲシュペンストもノーマルタイプじゃないですね。多分タイプTTだと思います』
『ゲームと同じコックピットって聞いてますけど……』
『バーニングPTですね〜。暇な時はサユリもマイとやったりしました』
『ゲーマーもあなどれない』
『おお、俺もミスズとやった事があるな。……ハルコにボコボコにやられたが』
画面では、そのゲシュペンストから3つの刃のついた円盤状の物体が射出される。
刃が回転し、ブーメランのように敵機を向かう。
有線式かと見紛うばかりに、敵機を正確に追尾して切り裂いた。
『あの動き、大佐の新武装に似てません?』
『そういやホーミングっぽいとこが似てるなぁ』
「あれには俺の機体と同じ装置が組み込まれてるはずだからな」
組み込まれたT−LINKシステムを動かすには、特殊技能が必要だとはユウイチも分かっていた。
その名が念動力だと言う事も。
聞けば一般的な超能力を連想する言葉だが、彼には漠然とした違和感を与え続けている。
『うぉ! あの青い機体変形したぞ! かっけぇ、可変攻撃型のPTなんて初めて見たぜ!!』
『随分一瞬の変形だったわね』
『足の裏……』
『変なところからビーム出しますねぇ』
『しかもかなりの威力ですね。少し回避されましたが、それでも一撃で大分削ったようです』
念動力について考えていたユウイチだが、彼らの声で眼前のモニターに意識を向ける。
そこには銃のような形態からPTへ戻る1機が映し出されていた。
両足のドッキングが解除され、足裏が銃口から元に戻り、青をメインにした配色のスマートなPTが出現する。
「また無茶な変形機構を。上半身をかなり捻ってるから、フレームに負荷がかかりすぎるだろ」
『エネルギー値に若干の変動が見られますので、動力が不安定の可能性もあります。識別は連邦のもので、コードはARGAN』
『アールガンですが、ガンは先ほどの変形だとして、アールは……なんでしょうか?』
「極東支部で進められているSRX計画の機体は、型式の頭にRがつくらしいが、それ絡みの可能性もあるな」
直属の上司が主唱した計画を思い出す。
見せてもらった資料を思い出せば、メインの3機の他にサポート機体が2機ほどあった。
その1つがSWORDだった為、GUNがあってもおかしくない。
(ただ、SRXの3機があるハガネではなく、ヒリュウ改にある事が気になると言えば気になるか)
また新たな疑問に突き当たったユウイチを尻目に、月面では敵艦に最後の攻撃を加えようとしていた。
宙に静止したヴァイスリッターが、精密な射撃でビームを浴びせる。
攻撃が終わると、後ろにいたアルトアイゼンと流れるようにスイッチ。
すれ違った際の2機の間隔は、多分1メートルないだろう。
赤い機体が両肩からばら撒いた散弾が、ペレグリンを撃沈に追い込んだ。
『はぇ〜もの凄い連携でした。まだまだサユリとマイの連携じゃ歯が立たないですね』
『悔しいけど2対2じゃ勝てない』
『これからもっと訓練しないと。目標はあの2人だね、マイ』
『はちみつくまさん』
『アルトアイゼン、だっけ? あの機体とガチンコで格闘戦してみたら面白いでしょうねぇ…………いつか申し込もうかしら』
『ナナセよぉ。お前その性格何とかしろって』
『良いのよ。あたしの使命は強いPTと勝負する事なのよ』
『どこのゲームキャラだ……』
『クニサキさんもそうよね?』
『は? 俺か? 俺はだらーっと生きて、毎日のんびりラーメンセットが食えれば良いぞ』
『……若さが足りないわね』
『ほっとけ』
次々と口をつく言葉。
興奮気味の口調から、先の戦闘にどれほど衝撃を受けたかが窺い知れる。
それ程に画面に映った8機は練度が高く、特に最後の連携攻撃は巧みだった。
『いい刺激になったみたいですね、ユウイチさん』
『ああ。宇宙に出た甲斐はあったか、確かにあの2機のコンビネーションは見事だった。パイロットは親友か恋人かもな』
『案外夫婦かもしれませんね。わたしたちみたいに』
『かもなぁ』
何も知らない為、思った事をそのまま口にする2人。
彼らは知らないが、ヴァイスのパイロットが今の言葉を聞けば狂喜乱舞しただろう。
逆にアルトのパイロットは顔をしかめるかもしれないが。
『一応これで終わりか?』
『まだこそこそしている敵艦がいるじゃない。襲ってくるかもよ?』
『そのまま逃げるかもしれないけどな』
コウヘイの言う通り、戦場に新たなる動きは無い。
戦闘終了かと思える静寂が満ちる。
『っ! クレイドル付近のゲシュペンストがヒリュウ改に攻撃を開始!』
「なに?」
アカネの言と同時に、モニターではその場面を映し出す。
5機のゲシュペンストが半包囲するかのように、マシンガンで銃撃を浴びせ掛けている。
だが、その銃弾は、半分以上がヒリュウ改の前に存在する機体に防がれた。
『お、あれが最後の1機か? ……でかいぞ』
『なっ、あれは!』 『嘘でしょ!』 「な……」
ヒリュウ改以外の9機、その最後の機体が画面に出現した時、アキコとマコトから叫びに近い声があがった。
今まで全く通信機に声が入らなかったマコトもなので、その衝撃は分かるだろう
思わずユウイチも絶句した。
「ジガンスクード……宇宙で使う覚悟があるのか」
『どうしました?』
『あの機体に何か問題あんのか?』
『強そうで良いと思うんだけど』
『……皆さんくらいの年齢じゃ知らないかもしれませんね』
無人機ゆえか、5機のゲシュペンストは彼の機体とヒリュウ改に次々と落とされる。
特機であるグルンガストを凌ぐ巨体。
鮮紅色の胴と、何より目を引くのが、両腕の外に備え付けられた貫手のような巨大なパーツ。
このジガンスクードが、現代のPTとは一線を画すコンセプトで作られたものだと如実に表している。
ユウイチ達が驚いたのは、この機体が動いている事ではない。
機体をコロニー統合軍の勢力圏である宇宙で運用している事だ。
このジガンスクードは、連邦によって新西暦160年代初頭に建造された砲台としての側面を持つ巨大兵器である。
コロニーを含む宇宙での内乱を抑止−実際はコロニー独立自治権獲得運動を牽制−する為の「番人」として運用されていた。
しかし当時コロニーはテロが横行、ジガンスクードはテロリストに奪われる事になる。
その力が連邦軍から失われる事を恐れた一部の高官は、地上から特殊部隊−私的な工作員であったという説もある−を派遣。
テロリストが立て篭った六号コロニー・ホープの隔壁ごと、民間人を多数巻き込んでジガンスクードを破壊した。
「これがホープ事件。13年前に起こった事だ」
『3年前のBC兵器によるテロ、エルピス事件と並ぶ最悪の事件です』
『そ、そんな事が』
『酷い』
『……そう言えば、テレビで報道されてのを覚えてる』
『その事件は覚えていますけど、あの機体にそんな……』
『小学校低学年頃でしょうし、あなた達が覚えていなくても仕方ないでしょうね。けれどコロニーの住人には呪われた記憶なのよ』
「この2つの事件があった所為で、コロニーの独立が成った、と言うのが皮肉なものだがな」
吐き捨てるようかのように喋った後、ユウイチは沈黙した。
本当なら、軍人教育を受けたコウヘイも知っているはずの事だ。
だが、一部の人間のエゴで士官学校の教本からは削除されている。
ノーマンなどは憂いているのだが、昔から軍と政治家の上層部はほとんど変わらない。
『ムーンクレイドルへ高速で移動する機体をキャッチ!』
『アカネ照合!?』
『出ました! ラングレー基地所属のグルンガスト零式です!
「何?」
『映像出します。最大望遠』
今までとは別のウインドウが出現した事から、ポッドからではなくプラチナからの映像だと分かる。
そこには、ユキトの乗るグルンガスト弐式より鋭く精悍な黒い機体が映し出されてた。
身の丈ほどの長さ、胴回りに近い太さを併せ持つ大刀を逆さに背負っている様が目を引く。
『な、なんだあれ?』
『はぁ、あれは……でっかい出刃包丁?』
『せめて刀と言ってあげて下さいルミさん』
『まぁその感想も分かるが』
『マイの刀よりかなり大きいねぇ』
『多分、受けたら折られる』
「あれは斬艦刀。マイの斬機刀はあれの試作品だったものだ。攻撃力が高い分扱いが異常に難しいだろうな」
その斬艦刀だが、刀身の強度を均一にするのが難しかった為、刃を液体金属にした常識外の武器である。
巨大さに見合う攻撃力を保証する反面重量もかなりのもので、PTクラスの機動兵器ではまともに振ることさえ困難。
当然細かい斬撃は不可能である為、攻撃はほぼ一撃必殺になってしまう。
現在これを扱える機体は、グルンガストシリーズ最高の推力とパワーを持つ、グルンガスト零式のみ。
パイロットの技量が優れたものならば、一撃で戦艦すら叩き斬れるだろう攻撃力を備える刀だ。
「だが何故だ? 零式は、マンハッタン隕石孔で敵勢力圏までエルザムを追ったと報告があったが……」
『ヒリュウ改のPT部隊は部下だったのでしょう? 救援に駆けつけたのでは?』
「可能性はあるが、彼は目的を果たしてから追ってきたのかどうか。それによってあの機体の立ち位置は180度変わるはず」
モニター内の零式を睨むように凝視する。
プラチナのレーダーギリギリを移動しているのだから、零式のレーダー範囲にはこちらは映っていないだろう。
エルザムに追いつけなくて戻ったのなら良いが、逆なら?
追いついた先はDCの中枢だろう、そこで無傷のままここまで来たのだとしたら―――
『隠れていた敵戦艦が月面に移動! 内部から高エネルギー体を射出……MAPWです!!』
―――ユウイチの思考は遮られた。
彼の頭の中では、この時点である程度答えは出ていたのかもしれない。
『MAPWですか……』
『MAPWって何だ? 普通の大型ミサイルにしか見えんが』
『軍人じゃないユキトは知らんか。Mass Amplitude Preemptive-strike Weapon、大量広域先制攻撃兵器の略だ』
『ほぉ、そうなのか』
『この場合は非核戦術ミサイルかな? 爆発すれば、月に新たなクレーターが出来るだろうな』
『……嘘』
『はぇ〜』
『……これは夢』
『なんだそのセリフ! 俺が知ってたらおかしいかよ!!』
『うん』
『即答!?』
『一応コウヘイ君も軍人だったんだねぇ』
『てめぇシイコ! わざわざそれ言う為に割り込んできたのか!?』
『そ〜だよ〜ん』
通信機から流れる声を聞き流しつつ、ユウイチは画面に集中する。
緊張感のないメンバーだが、本気でこんな会話をしているわけではないと、彼は確信している。
事実、他の面々も軽快に動く口とは裏腹に、目は鷹のように鋭く月面上を凝視して離れない。
『さすがに向こうも手は出せないか』
『ええ』
『少し距離がありますね』
防衛用のゲシュペンストに向かったのが仇となったか、各機体からミサイルまで距離がある。
一瞬で詰められる距離ではない為、迂闊に動くとMAPWも動き出す公算が高い。
何事か通信でやり取りしているのか、現在は睨み合いのままだ。
『グルンガスト零式が戦闘地点に到達!』
ミサイルからそう離れていない場所に、零式が現れる。
一瞬その場で停止するが、すぐさま移動を開始。
高速機動のさなか、背の斬艦刀を抜き放った。
左手は柄を、右手は峰にある取っ手のような場所を掴む。
交差―――
斬
―――ミサイルを斬って落とした。
『……強いですね。さすがは、というところですか』
『同じグルンガスト……この機体でも出来るものか?』
『あの機体とサシではやり合いたくないわね』
『さすがのナナセでも無理か』
『無理ね。悔しいけど、パイロットの腕が違いすぎるわ』
『初太刀を躱すのが大変』
『あのスピードだもんねぇ』
袈裟斬りの一閃は、機動兵器に放てる最高速度の斬撃だろう。
映像を見ていたプラチナのクルーには、零式が比類ない力と速度を兼ね備えた鋼鉄の侍に見えた。
アキコ達は、機体と何より操縦者の腕に戦慄した。
同じパイロットである為に、あの斬撃を放つ事が出来る技量を否応も無く感じたのだろう。
『零式の行動により、敵艦月面より離脱する模様。艦長、大佐、如何致しますか?』
『う〜ん。ユウ、どうする?』
「敵戦力は極力減らしておきたい。今ならあちらさんも疲弊しているだろうしな」
『宇宙は9割方敵だしねぇ、やれる内に減らしておきますか』
『了解。第一種戦闘配置に移行、後に敵専用回線のジャミングを開始します』
同時に艦全体にアカネの声が流れる。
通信機ではその旨を放送する本人の声が聞こえているので、艦内放送と重複して変な気分だなぁ、とユウイチは苦笑。
だが、傍らのヘルメットを被ると、徐々に思考を戦闘モードに切り替えていった。
『弱った敵を襲うなんて、俺の趣味じゃないなぁ』
『オリハラつべこべ言わない。軍人は命令に忠実たれ、よ』
『そういうナナセさんも声に元気がありませんよ〜』
『不満がわかる』
『ぐっ……そりゃまぁ』
『俺には偉そうに言って自分はそれか。ふぅ、やれやれだぜ』
『あ、あたしだってねぇ』
『まぁ率先してやりたい仕事じゃないな』
『ク、クニサキさんまで』
プラチナから発進して敵艦を目指す各機だが、中では各人結構好き勝手言っている。
上官からはお小言が振ってくる事は無いと分かっている故だろうか。
シイコは真面目にやれとー、と野次っているが。
敵艦との距離は、レーダー上で約3キロ程なのだが、向こうから攻撃はおろか艦載機の発進さえない。
『言われてますよ?』
「その通りだろう? 俺だってホントはやりたくないからな」
『命令を出す方は辛いですね』
「まったくだ、が、放っておくわけにもいかんからな。削げる時には削ぐ。敵は強大だ」
『甘えたくなったら言ってくださいね?』
「ああ、その」
『敵艦より機動兵器の発進を確認! AMの反応が4です』
「今ごろか。指揮官は3流か、それ程疲弊していたか」
言ってからどちらもか、と思い直す。
まさか統合軍の勢力圏で、離脱してすぐ敵に捕捉されるとは思っていなかったのだろう。
そこまで警戒していたら1流の仲間入りだったかもしれない。
「この程度で損傷を負うのもバカらしいか、各機2機ずつで当たれよ」
『おっけーです』
『了解。オリハラ、あんたもう少し緊張感をねぇ』
『了解ですよ〜』 『……了解』
『了解です。クニサキさんはわたしとコンビですね』
『分かった』
「それじゃあ散開!」
敵と相対距離が近づき、7機は各々の目標に向かう。
が、敵も数の少なさを分かっている為密集して接近しているので、全機がそう離れる事はない。
目標はあくまでも敵艦だが、そちらに戦力を裂いてプラチナが攻撃されるのも困る。
結果、PTの行動は緩やかに半包囲するようになった。
「さて」
ユウイチは軽く呟くと四肢に力を入れる。
主の命を正確に受けたゲシュペンストは、スラスター光をたなびかせて速度を上げた。
敵は4機とも同型だが、彼の目標は1番右の機体。
機体を微妙に調節し、敵機との座標軸を擦り合わせてゆく。
「……射程は向こうが長いな」
頭と一体化した砲台からのレールガンらしき2発と、背後の敵艦からの援護射撃を軽く避ける。
自機の射程に入ると同時に、右に持った砲身を敵機へ。
照準と発射ボタンを押し込む間に刹那の差はない。
敵中心を狙って吐き出された青白い火線は、回避行動によって撃墜こそ逃したが右腕を吹き飛ばす事に成功。
「っと」
止め、と行く瞬間に左から砲撃を浴びせられ、ユウイチの指がコンソール上を滑らかに踊る。
各部に備えられたスラスターは見事にその役目を果たし、機体速度を変える事なく沈み込んだ。
両肩の上を通過する攻撃を既に意識から削除したユウイチは、経験と勘で射角を補整してビームを照射。
右腕の爆発と、それによって流れる機体を立て直していた先の敵機は、ゲシュペンストの一撃でコックピットを打ち抜かれた。
(動きを止めたのが敗因だな。……宇宙では流れに乗れ、か)
ユウイチは、かつて自らに宇宙戦闘のいろはを叩き込んだ人間の言葉を思い出す。
それはやはり正しかったのだと、より強く胸の内に刻み込んだ。
一抹の苦さと共に。
「感傷か」
『何か?』
『くぅ、やはり実戦だと難しいか?』
「いや何でもない。ユキトは大丈夫か?」
『……おぉ、なんとか』
見れば目標を撃破してきたのだろう、アキコのゲシュペンストとユキトのグルンガストが左に見えた。
敵攻撃圏内へはまだ間がある事を見取り、アキコの機体へと接近する。
意図がわかったアキコ機はさすがに滑らかな機動で機体を寄せてきたのだが、ユキト機はふらふらしてかなり頼りない。
他の4機を見てみれば、やはり彼らもぎこちない動きが目立つ。
『さすがに実戦だわな』
『ホントね。っとあぶな!』
『マイ右!』
『っ! サユリ上から』
『ナナセもういっちょ!!』
『マイ、援護するから行って!』
4機からは緊迫感溢れる多数の声。
それでも敵機に対し有利に立ち回っていられるのは、数の差とシミュレーター訓練の賜物だろう。
徐々に敵機へダメージを蓄積させている。
「各機落ち着いてやれ。敵艦はこちらで対処する」
『へ〜い。っと外れ』
『了解! オリハラ詰めて!』
『……了解』 『しました〜』
ユウイチの通信に、4者4様の返答が返ってきた。
これはこれで過度に緊張してなくて良いか、と感心しつつ苦笑。
その間にも迫る砲撃を避ける。
向こうも射程外なので狙いは甘いの一言だが、それでも直撃コースに至るものはないわけではないのだ。
「俺が正面から行く。2人は艦底部から仕掛けてくれ」
『了解』
『りょ、了解』
「ユキトのフォローは頼むぞ」
『はい』
傍受されないよう接触回線で伝えるべき事を伝えると、3機は進行方向の角度を変える。
戦闘中は殆ど専用回線が妨害されるので、接触回線か範囲内全てに聞こえるオープン回線でやり取りをするのが常だ。
黒いゲシュペンストは正面からやや斜め上方向へ、残りの2機はかなり下方へと進む。
「悪いが落とさせてもらうぞ」
『貴様ら連邦軍が何故宇宙にいる! 何者だ貴様!?』
「敵に名乗らせたいならそっちから名乗れ」
『ふん! このジーベルに、貴様のような一パイロットの名など必要ない!!』
通信機から聞こえる声は標準的な男の声だが、些か力が入りすぎている感じだ。
つまり煩い。
あの分だと自らの発言の矛盾にも気付いていないだろう。
そんな事はお構いなしに、ジーベルと名乗る男の叫びに呼応して敵艦からの弾幕が激しくなる。
射程内に入ったからか、ビーム砲は先ほどの牽制目的から当てる砲撃にシフト。
同時にホーミングと思わしきミサイルも発射される。
「ジーベル、ジーベルねぇ。確か統合軍に、そんな名前の男がいると聞いたな」
『ふっ、ただのパイロット風情が俺の名前を知っていたか! 誉めてやる』
「策士気取りの卑劣漢。だがその策もお粗末って話だがな」
『きっ、貴様!!』
はっ、と、相手側に馬鹿にしたニュアンスが伝わるように嘲笑う。
指揮官は頭に血が上ったか、ユウイチに向かう火線が一気に増える。
それに笑みを深めた。
「甘い甘い」
『くっ、何故当たらん! 砲手もっとよく狙え!!』
「自分の無能は棚上げか?」
『ぐぐ、砲撃を全てあの機体に集中させろ! 他の機体は捨て置いても構わん!!』
『しかし少佐! それでは』
『指揮官は俺だ! あの機体は指揮官機のはずだからな、落とせば敵の士気は落ちる!!』
『……はっ』
「バカが」
あの指揮官の下についた兵士に、敵ということも忘れて憐憫の情が湧く。
そんなユウイチの感情とは裏腹に、敵の火力が更に集中する。
だが当たらない。
複数のビームは砲身の向きから弾道を予測して躱し、ホーミングミサイルは撃ち落す。
機関砲の銃弾こそ何発か受けるが、その程度では牽制にもならない。
躱して躱して、その回避行動の合間に流星のようにビームを放つ。
レーダーを一瞥し、そこに映る反応を確認したユウイチは最後の仕上げに入った。
『何者だ貴様! これほどの攻撃で落とせんなどと……』
「自分で調べれてみろよ三下。ただし、ここから生きて帰れたらな」
『どいつもこいつもこの俺をコケにしおって!! ええい撃ち落せ!!』
瞬間、ペレグリンが傾いた。
火線が大きくズレ、何も無い空間を飛んでゆく。
『どうした!』
『艦底部に被弾! 敵機です!!』
『なっ! 両舷の銃座はどうした!?』
『そ、それが、艦上方の黒いゲシュペンストを照準していたため反応がままならず……』
そう、ユウイチの最後の仕上げとはこれの事。
攻撃が集中している事を逆手に取り、敵艦下方から進攻するアキコ達と逆に自機の高度を上げたのだ。
機関砲の銃座は180度回転が当然だが、正反対の位置への砲撃は突然変えられない。
彼の読み通りに、アキコとユキトは無防備な艦底を悠々と攻撃が出来たというわけだ。
『く……急速後退』
『は?』
『撤退だ! 何とか距離を空けて振り切れ!!』
『りょ、了解!!』
泡を食ったかのように、逃げ出す素振りを見せ始める敵艦。
ユウイチ達も、当然逃がすわけがない。
黒いゲシュペンストはビーム砲を腰部に戻し、右手に持たせたプラズマカッターで止めを刺すべく構えをとる。
彼の機体をかすめるように、前進して距離を詰めたプラチナの砲撃が疾った。
「さてチェックメイトと行く……っ!」
『高速で飛来する物体をキャッチ!!』
「アキコ!」 『はい!!』
ユウイチが直感した事とアカネの報告は、結果として同じ事実を表していた。
それによって得た感覚は思考を超え、狙われたアキコへ警戒を促す。
応じた時には、蒼のゲシュペンストMK−Uは既に回避行動に移っていた。
右から向かってくる物体を視認した彼女はともかく、ゲシュペンストのレーダー外から察知したユウイチは異常と言えよう。
『腕!?』
『クニサキ機もその場から離れてください! その物体は楕円軌道で飛んでいます!』
『わかった!』
『誰か知らんが好機。後退しろ!』
『続いて大型の反応が1!』
敵味方の通信が入り乱れる中、下方から攻撃をしかけていた2機はかなりの速度で退避。
緊急ゆえ加減なしの退避行動は、同じく後退するペレグリンとの距離を更に広げる。
ここが正念場だと分かっているのだろう、ユウイチ機に浴びせる弾幕1つ1つの狙いが今まで以上に厳しくなった。
それでもなお、その全てを自らの技量と機体を以って捻じ伏せんと、ユウイチは敵艦に追い縋る。
(敵の動きが見える、いや感じるのか?)
この戦況の渦中、ユウイチは不思議な感覚を覚えていた。
自分が機体と一体化するような……。
彼がこの感覚に慣れていれば、食堂で自覚したものと本質的には同じだと分かっただろう。
また、自機の一部分がその感覚を増大させている事にも。
「理屈は分からんが、これならいける!!」
『やらせん!!』
「な! 零式だと!?」
弾丸の如き速度で、大型の黒い機体はユウイチの眼前に迫った。
ゲシュペンストが右手を掲げられたのは僥倖。
プラズマカッターは、振り下ろされた巨大な刀とメインカメラの目の前で盛大な火花を散らす。
膨大な戦闘経験と類稀な第六感が、この場ではユウイチの命を救った。
『その反応速度見事! だが!』
「ちっ!」
『このまま押し切らせてもらう!!』
「パワーが違いすぎる!」
一塊のまま戦場を突き抜ける2機。
ユウイチの機体も全力で対抗しているが、零式からは倍以上のスラスター光が放たれている為、一方的に圧されている。
高出力プラズマのサーベルも、徐々に押し切られようとしている。
「まずい!?」
『もらった!』
「そう簡単に!」
ゲシュペンストはブースターをカットし、前面のスラスターを起動してバック。
推力の均衡が崩れ、一瞬だけ零式と間が空く。
相手の技量も凄まじく、すぐさま態勢を直して押し込むが、ユウイチにはその刹那さえあれば事足りた。
『ぬぅ!?』
空いていた左手を拳に固め、斬艦刀の刀身に横から叩きつける。
更に右のプラズマカッターを外へ薙ぎ、右に流れた零式に再度左拳を叩きつけ、反動と起動中の前部スラスターで離脱。
機体が撃墜されるのは防いだが、左の指は確実全損だろう。
『見事だ。3年前より腕を上げたようだな』
「やっぱあんたかよ」
『いかにも』
プラチナの近くまで流れ、距離を取り相対する黒い2機。
メートルにして500は取っているが、零式の性能なら数瞬で詰められるだろう事は、双方のパイロットとも理解している。
動きを止めて窺っている他のパイロットも、やはり分かっているだろう。
『ちょ、ちょっと零式って連邦軍の機体でしょ? 何でユウイチさんに攻撃すんのよ!?』
『パイロットは敵とか? ……あんた何者だ?』
『名を問うか、よかろう。ならば聞け!』
コウヘイの言葉を受けて、零式は動く。
抜いていた斬艦刀を元の状態に背負い、戦場を睥睨した。
言葉と共に放たれるパイロットの強烈な意志を受け、相対したゲシュペンスト以外身じろぎした。
ギリギリ追えるだろう敵艦を追撃しないのは、彼のパイロットによる威圧感を感じるゆえか。
『我が名はゼンガー! ゼンガー・ゾンボルト! 悪を断つ剣なり!』
正しく威風堂々。
名乗りは敵味方を超え、聞くものに様々な感情を思い起こさせた。
それにより各機は動きを止める。
『カッコ良い』
『俺も、何か名乗り考えるべきか? はぐれ人形遣い印象派とか』
『あははー、芸術家みたいですねぇ』
『なぁナナセ。悪を断つって……この場合俺らか?』
『まぁ今回はやってる事が、ね』
『あれはわたしたちに向けて言った事ではなさそうですよ?』
「アキコの言う通り、あれは口上そのものだ」
彼らの会話にゼンガーが介入する事はなかった。
ひょっとして浸っているのか、と昔から知るユウイチは思ったものだ。
動きのないまま過ぎ去ったこの奇妙な均衡は、敵からの通信で破られる事となる。
『貴様ゼンガー! 一体どういうつもりだ?』
『どう、とは?』
『先ほどは俺の邪魔をして、今度は助けに入る。恩を売ったつもりか!!』
『そんなつまらぬ事は考えていない。それより早く撤退するが良いだろう』
『……ちっ』
完全に離脱するつもりか、その場で旋回する敵艦。
味方機とペレグリンの間には零式がいる為、追おうにも牽制されて動けない。
睨み合いと駆け引きの均衡の中―――
『アカネ、ビーム砲狙って』
『了解』
―――最長射程を持つプラチナが動いた。
敵機を照準すべく、各所のビーム砲が角度を修正。
エネルギーの光が砲身奥に生じる。
『やらせんと言った!』
「やらすか!」 『いけない!』
『オリハラ射撃!』 『サユリ!』
素晴らしい速さで腰から砲を抜くと、ユウイチは目前の機体へとビーム射る。
ほぼ同時にアキコ機から、数瞬遅れてオリハラ、クラタ機からも銃撃の残光。
だが敵の動きが僅かに勝る。
『敵機の攻撃、右舷に命中した』
『っ、シイコ姿勢制御! アカネは構わず砲撃! 同時に退いて!』
『了解!』 『なんとー! かなりギリギリ』
零式が飛ばした腕が命中しながら、プラチナは数条のビームを発射。
その行方を確認する間もなく、艦首と左舷のかなりの箇所で姿勢制御のスラスターが発光を繰り返す。
少しずつ後ろに下がっていく艦の先では、放たれたビームが敵艦を掠めて消えてゆく。
「外れたか」
『我が攻撃を受けたまま撃ち切ったか、単艦で行動するだけはある。良い艦だユウイチ』
「そりゃどーも。そっちこそ何だその装甲は、2発当たっただろうが!」
『ふっ。この零式を甘く見てもらっては困る』
タイミング的に避けられず、2発の砲撃をその身に受けた零式だが、表面上ダメージは見られない。
攻撃から戻った右腕を元の位置にはめると、対峙する距離は更に空いた。
その間に敵艦の反応がレーダーから完全に消失する。
ここは敵勢力圏である宇宙、これ以上追うのは事実上不可能だろう。
『プラチナはこのまま後退』
『アイアイサー』
『こちらの攻撃、敵左舷上方に逸れました』
『私も見たわ。生意気にも回避行動とったしね。クゼ君被害報告は?』
『右舷F、G、Jブロック損傷、隔壁閉鎖した。外への穴は塞いである』
『結構。もう少し愛想良くしなさいよ?』
『そのうち』
するすると、機動兵器群から充分な距離を稼ぐ。
零式が何のアクションも起こさないところを見ると、既に眼中にないのだろう。
艦長のマコトからすれば、それはそれでムカツク事なのだろうが。
『完全に逃げたな。あの程度の男でも、今暫し役割が残っているのでな』
「個人的には嫌いって言ってるぞ」
『小人は度し難いもの、気にしている暇は無い』
「で、もう仕事は終わったんだから、そろそろお帰りいただけるかな?」
『それでも良いのだが……』
通信機からの言葉とは裏腹に、ゼンガーが気を張っていく。
かつて同じ部隊で過ごしたユウイチにはわかった。
攻撃をしかける寸前だと言う事が。
「各機、仕掛けてくるぞ! 接近戦はなるべく避けろ!!」
『我が使命の為、お前たちの力を見せてもらおう!』
停止状態から一気に加速。
プログラムされたモーションデータに沿って、背から流れるように斬艦刀を抜き放つ。
弾丸の如き速さと、強大なプレッシャーを振りまくこれは威の具現だ。
『俺!?』
『然り。見たところ腕は最も未熟。だがそれ故に試すに相応しい!』
『いい迷惑だ!』
「ユキト、迂闊に躱そうとするな! 下手な機動だと斬られるぞ!!」
一直線にユキト機へと向かってくる零式に、5機のゲシュペンストはミサイルやビームを浴びせる。
だが、何の痛痒を感じないのか、一顧だにしない。
ユウイチも敵の前面に回りこむように急行しているが、おそらく間に合うまい。
『なら覚悟を決めるか』
一言呟くとユキトのグルンガストも加速して直進を開始。
剣を抜き出すと、機体正面に構える。
真正面からの激突を選択したのは間違いない。
『正面から来るか!』
『機敏に動かせないならこうするしかないだろうが! それにこの方法が1番確率があるはずだ!!』
『その心意気や良し。……名を聞いておこう?』
『ユキト。クニサキ・ユキトだ!!』
『ならばユキトよ、我が一刀受けるが良い! 奥義! 斬艦刀・疾風怒濤ッ!!』
膨大な推進力を突撃に変え、零式が襲い掛かる。
まだパイロットになって日が浅く、絶対的に経験が足りないユキトには躱しようもない一撃。
反応するのも困難なスピードとパワーの一刀が迫る。
激突する両機。
無音の宇宙の中、しかしそれを見た人間の脳裏に剣戟の音が確かに響く。
刀と剣は2機の眼前で噛み合っていた。
『我が一刀、よくぞ止めた!』
『まぐれだ!!』
突撃のエネルギーが拡散し、一瞬であろう停滞に陥った2機の中で、パイロットは言葉を交わす。
ユキトはまぐれだと言うが彼は見た、否、感じたのだ。
零式の斬艦刀が振り下ろされる寸前、自らの意識が拡大するのを。
瞬間思考と反射が限りなく一致し、防ぐべく一撃を高速で繰り出した事を。
『だが!』
『っ! 重く……!?』
『我が一太刀は終わっていない!!』
段々と、しかし確実に剣にかかる圧力が増す。
比例して零式背後のブースターもその輝きを高める。
接触する剣から腕、そしてコックピットが小刻みに振動を始めた。
「ユキト、そのまま耐えろ!」
『耐えてどうすんだ!? ってうぉ!!』
鍔迫り合いを続ける剣、その接触した1点に亀裂。
攻撃用の為、高硬度に作られたグルンガストの剣が負けている。
恐るべきは斬艦刀か、それを扱うパイロットの技量か。
ゼンガーは勝機と見たか、瀑布の如き圧を集中させて押し込んだ。
『我に断てぬものなし!!』
「チェスト!!」 『ぐ!?』
斬撃が袈裟斬りの軌道を描き、豪、とでも形容すべき一撃は、狙い違わず剣を叩き斬る。
グルンガストを蹴り飛ばした、黒いゲシュペンストの両足もろとも。
零式は、即座に刀を振り切った状態のまま離れんとするが、ゲシュペンストは追い縋る。
『ユウイチ!?』
「ここでユキトを殺させたら、爺さんに申し訳がないからなぁ!! 無事かユキト?」
『なんとか無傷。あんたの方がヤバイぞ』
蹴りの動作で伸ばされた右足は大腿部から、左足は膝からそれぞれ断ち斬られている。
ここが地上なら、ルミを助けたように地面を爆発させる反動で、と言う手段もあったのだが宇宙では不可能。
愛機の両足はオシャカだが、誰も死んでないだけ上出来だ。
「こっちもこれで終わらせるつもりはない! かなり腕に負荷がかかったな? 今なら反撃は不可能なはずだ」
『む、見抜いたか。だがそちらも有効な手はあるまい』
「こっちも昔通りの機体じゃないんだよ。ブリット全弾発射! 受け取れ!!」
『……!』
零式から離れ、背部ポッドより黒い弾丸8つを全て射出する。
狙いは命中させやすい胴体。
モニター前にある敵右側面の1点に全てを叩き込む。
『ぐぅ!?』
「5発か!」
『武装を強化していたか。損傷が6割を超えたな……』
「それでも半分とちょいかよ。バケモノめ」
零式は、至近から狙った8発の内3発を斬艦刀を盾に防いだ。
だが、並の機体なら2発も喰らえば撃墜される弾丸だ、刀にもかなりのダメージが見受けられる。
三度対峙する両雄だが、その空気は張り詰めたものではない。
それがわかるのか、周りの機体も手を出さず見守っていた。
『教導隊時代とは違うと言う事か』
「お互い様だろう? エルザムとテンペスト少佐はともかく、あんただけはそっちにつくとは思ってなかった」
『我らは互いに戦う運命だったのだろう、先にギリアムにも言った事だ』
「やはりヒリュウ改のタイプRはやつか」
『そうだ。そしてユウイチよ、可能なら直接ヒリュウ改に手を貸すな』
「……何?」
思わず眉を顰める。
ただの敵なら分からなくもないが、相手はゼンガー・ゾンボルト。
正道を以って由とする彼の口から出た以上、そこには意味があるはずだ。
『彼らには辿り着いてもらわねばならん。かつての教導隊が目指したものに』
「……それはもう」
『そうだ。かつての我々が目指し、そしてついには叶わなかったもの。それを早急に、人類全体の為に成さねばならん』
「……そういう事か。ならばヒリュウ改にはいるんだな? あんたが見出した人間が」
『ああ。キョウスケ・ナンブ、アルトアイゼンのパイロットだ。やつが中核となるだろう』
それだけ言うと、その場で反転して離脱する。
その堂々たる退き様は、後ろから撃たれる事はありえないと言っているようだ。
実際、ユウイチは攻撃命令を発しなかった。
「ブリッジ聞こえるか?」
『ほいほいこちらシイコちゃんです』
『煩いですシイコ。……こちらブリッジ』
「格納庫の方に状況伝えといてくれ。後で怒られに行くってな」
『了解。お疲れ様でした』 『でしたー』
「全くだ」
『お疲れ様、ユウ』
「ああ。ありがとマコト」
緩やかな速度でプラチナを目指す。
ブリッジとの通信を閉じると、思いっきりシートに脱力した。
体の力を抜く為に大きく息を吐くと、もう1人の奥方から通信が入る。
『貴方、大丈夫ですか?』
「ん?」
『足だ足。爆発の危険ないん?』
『オリハラ、あんたまた上官に向かって! って大佐本当に大丈夫ですか?』
「大丈夫だって」
『教官痛そう』
『引っ張っていって差し上げましょうか?』
「俺の体は痛くない。引っ張るのは恥ずかしいから勘弁な」
グルンガストが寄ってきて、肩の部分を掴んだ。
接触回線で話したい事があるらしいなぁ、とユウイチは些か気の抜けた頭で考える。
既に疲れが出ているようだ。
『……さっきは助かった。あいつらのところに生きて戻れるのはあんたのお蔭だ、感謝する』
「まぁこれくらいはな。隊長だぜ、俺は?」
苦笑とともに言葉にする。
かなりギリギリのラインだったが、何とかなって良かったとまた思う。
『それでアイザワ、いやさ師匠!』
「は?」
『いや、教えを請うならこう呼ばないとな』
「はぁ。で、何を教えて欲しいんだ?」
『う、うむ。それは帰ってから』
「……まぁ良いが」
ユウイチの返事を聞くと、ユキト機は手を離してプラチナに向かう。
神ならぬ彼だ、まさか教えの内容が女性の扱い方などとは露にも思うまい。
ユキトは忘れていなかったらしい。
「エルザムに続いてゼンガー少佐がなぁ」
ボヤキつつ、自販機にカードを挿し込む。
各飲料に応じたボタンが点灯後、一瞬コーヒーの前で指を止めるが、最後にはスポーツドリンクを選択。
缶と排出されたカードを手に取ると、脇にあるソファに身を投げるように座った。
「たーまんねぇなぁ。これから先、ゼンガーやエルザムと全力で殺し合う機会があるのかねぇ?」
中身を半分ほど一気に呷り、先ほどの戦闘と数週間前の戦闘を思い起こす。
ユウイチも彼らも本気の戦闘を行ってはいたが、それでも全力ではない。
一般兵なら死闘と呼んで尚足りぬ戦いだが、彼らにはある意味手合わせの延長上。
それ程に積み上げてきたものが違う。
(……正直勘弁してほしいなぁ)
ソファに背を預け、首を背もたれに引っ掛けて天井を向いて目を閉じる。
肺の空気全てを吐き出すかのような、盛大な溜息。
将来起こる可能性がかなり高い戦闘に思いを馳せた所為だろう。
数分後、元の状態に座りなおったユウイチは、まず缶に残った分を飲み干した。
手に届く範囲にあったゴミ箱に捨てる。
彼が今いるのは格納庫近くの休憩スペースだが、かなり便利で使いやすい空間になっているようだ。
「教導隊が3、3で別れた。バランス的にはいい感じだねぇ」
冗談めかした口調の割に、その目は真剣そのもの。
上半身を前に倒して両膝の上で手を組むと、思考は段々と傾いてく。
かつて同じ部隊に所属した仲間だ、良くも悪くも個々の技量は分かっている為、気にするのを止められない。
敵味方に別れても、数年間を共に過ごした戦友なのだから。
「隊長が知ったら何て言うかね。やっぱ腹割って宴会だー、って騒ぐか」
くくく、と喉だけで笑う。
俺を含めた6人をまとめられるのは、やはりあの人だけだったと、苦さと伴に確認する。
ならばこの状況は必然なのかもしれないとも。
彼が行方不明になって、教導隊が解散した時に既に道は分かたれていたのだ……と。
「ま、なるようになるか」
あいつらと戦うのは恐ろしいんだけどなぁ、と付け加えた。
だが、吐き出した言葉とは違い、彼の顔には笑みが浮かぶ。
一パイロットして、強敵の存在は何よりも嬉しいものだと彼は知っている。
「……何笑っているんですか?」
「ちょっと怖いなぁ」
「ん?」
自然と瞼を閉じていたユウイチだが、口元だけは笑みの形になっていた。
声に惹かれて目を開くと、2人分の足が目の前にある事に気付く。
視線を上へ。
「お前たちか」
「あ、その言い方感じわる」
「全くです。シイコに同意するのは遺憾ですけど」
「ア、アカネちゃ〜ん」
アカネとシイコだった。
2人とも士官用の制服である。
前傾で座ったままのユウイチからだと、スカートの中身が見えそうで見えないギリギリ。
(それもまたそそる)
うむうむと頷く。
男性諸氏にはご理解いただけるだろう。
対象のご婦人方は疑問顔だが。
「で、どうした? 格納庫に用でもあるのか?」
「何を言ってるのかなぁこの人は」
「ユウイチさんを捜していたんですよ?」
「俺?」
「はい」
「私たちと一緒してもらおっかな〜ってね。そのために先輩と交渉までしたし」
「熾烈なネゴシエーションでした」
やれやれとアカネは肩を竦める。
この短時間にどんな話し合いをしたのか気になるが、彼女の顔が若干引き攣っていたので流す。
彼はフェミニストなのだ。
「中々見つからなくて、パイロットの皆さんにもお聞きしました」
「それで見つけたら、ユウイチさんは怖〜い顔で口だけ笑いしてるし」
「……そんなに?」
「うん」
「と言うよりは、戦闘時のような緊張感がありましたね。何をお考えだったんですか?」
「私も知りたいなぁ」
「ふむ」
アカネは少し眉を下げて心配そうに、シイコは表情こそ何時も通りだが、目の奥に同じく心配そうな光を宿して訊いてきた。
美人2人に心配されて嬉しくない男などいない。
ユウイチも軽く嬉しさを滲ませつつ、別段隠す事でもないので話し始めた。
「ってわけだ」
話を締める。
2人が座らないので、彼も立ち上がって話していた。
「そうでしたか」
「元気出してくださいよ。何ならアカネがお世話しますよ? それこそ誠心誠意ベッドの中まで!」
「シイコ!!」
「それは良いな」
一瞬で真っ赤になってシイコに怒ると、続くユウイチの言葉と視線に俯いた。
それでもチラチラと上目遣いで彼の顔を窺うのが可愛らしい。
シイコは精神力の大半を費やし、浮かびそうになる笑みを押し殺す。
「まぁアカネがダメでも、不肖この私がお世話しますよ旦那」
「シイコ!」
「それも楽しみだな。よろしく頼む」
「ユウイチさんも!」
うーっと両の掌を握り締め、真っ赤な頬で拗ねるようにユウイチを睨む。
その仕草が幼い少女のようで、ユウイチは微笑んだ。
笑われたと思ったか、ますます拗ねる彼女を抱き寄せると、ごく自然に唇を重ねた。
「ん!?」
「わぉ大胆」
「はいお終い」
「……あ」
キス自体はすぐ終わる。
始めの瞬間こそパニックになりかけたアカネだが、終わった今では幸せそうな表情。
そんな彼女を見て、またユウイチは微笑んだ。
「良いな良いな、シイコさんにも!」
「はいはい」
「ん〜……ん」
ねだられたユウイチは、軽く屈んで顔を動かす。
目を閉じて待つシイコへ、数秒の触れるだけの口付け。
「さてそれじゃあお嬢様方、お2人の部屋へ参りましょうか?」
「「はい」」
笑いながらエスコートするユウイチに、嬉しそうな声を上げて彼の左右に移動する2人。
満面の笑みで腕を組むと、3人は歩き出した。
一時の安らぎを求めて。
To Be Continued......
後書き
……長い。
12話より長いって言うのはどういう事だろうか……しかも20キロバイトも。
一話完結型の話なので、長くなるのは仕方ないと言えば仕方ないのですが、これは……。
更にグダグダな感が増してます、長すぎて飽きる方はすいません。
さて、今回のメインは何と言っても親分でしょう。
OGで一番人気の彼ですが、果たして私は上手く書けたのか?
ちょっと喋りすぎかとも思いましたが。
ある程度狙いを明かしちゃいましたが、お蔭でユウイチはヒリュウ改と接触しない道を選択します。
ジーベルは小物っぷりを発揮。
原作通りじゃないのは勘弁してもらいたいところですけど、どんなもんでしょう?
既に負け戦の後で部隊としても疲弊の極みだった所為か、あまり活躍の場がありませんでしたけど。
彼は最初から出す事は決定してましたが、投稿作家某氏Kさんのプッシュで会話とか増えました。
後は念動力関係のテコ入れ。
結構重要なのに、原作だと説明が中途半端なんですよね。
まぁ映像と音がある所為もあるでしょうけど。
ユキトの法術もこれで定義できた事ですしね。
ちなみに最後のラブ描写ですが、投稿作家某氏Gさんのリクエストによるものです。(笑
決して私の趣味じゃないんですよ? ……ホ、ホントダヨ?
後、今回少しお遊びが入ってます。
Tabキーを押してみるといいと思いますよ?(笑
ご意見ご感想があればBBSかメール(chaos_y@csc.jp)にでも。(ウイルス対策につき、@全角)
改善点とか。