「こちらです」
先導する淡い金髪の女性は、豪奢な扉の前で立ち止まった。
それに続き歩みを止めたのは3人の男女である。
1人は濃い茶色い髪を持つ、壮年細身の男。
もう1人はオッドアイに黒髪の男で、中々の美丈夫である。
最後の1人は、薄紅色の髪に魅力的な肢体を持った、些か気の強そうな女性だった。
襟の階級を見れば、茶色い髪の男は中佐で、残りの2人は大尉だ。
「それでは宜しいですか?」
確認をする金髪女性の階級は中佐。
白い肌の美しい外見とは裏腹に、現在この広い廊下にいる4人の中では、先の男と同じく最も階級が上だ。
彼女の言葉に、後ろの3人は無言で肯定の意思を送る。
「……失礼致します」
1つ頷くと、ノックの後に扉を開けた。
扉の上には、総司令室と書かれた趣のあるプレートが打ち付けてある。
「来たか。リリー中佐、案内ご苦労だった」
扉の正面、見事な艶を放つ机と革張りであろう椅子に着く男が声をかけた。
リリーと呼ばれた金髪の女性は、いえ、と軽く会釈する。
そのまま男の座る椅子の右へと進むと、扉の方に向き直った。
男の左側には、灰の髪に厳しい顔の男が控えている。
「お初にお目にかかりますマイヤー総司令、私はケイスケ・タチバナ。後ろの2人はハルコ・カミオとアルシエル・ファレスです」
場が整ったのを感じると、直立不動のタチバナなる男は完璧な敬礼を見せる。
彼の1歩後ろに控える2人も、同じく見事な敬礼を見せた。
相対する3人も同様に敬礼を返す。
「私は全体の指揮を、彼らは機動部隊の副隊長を担っております」
「ご苦労、私がマイヤーだ。諸君は我が盟友ビアンの名代としてここにいるのだ、楽にしてくれたまえ」
「はっ」
直立から休めの姿勢に変える3人。
幾ら名代と言っても階級差以前に格が違う為、自然と身が引き締まる。
それほどまでにマイヤーと言う男は本物だった。
「本来なら機動部隊長の人間も連れてきたのですが、生憎とその男は艦に残っておりまして……」
「何か大事か?」
「はっ。何分急な編成で出来た部隊ですので、その点をご了承くださると助かります」
「うむ、分かった。……ではこちらも紹介しよう、今諸君らを案内してきたのがリリー・ユンカース。階級は中佐だ」
右に控えた金髪の女性が体を折って礼をする。
敬礼ではなかったのは、軍人としてと言うより単純に個人としてという事か。
あるいはこの部屋では、マイヤーの秘書的な立場に徹しているのかもしれない。
男2人は普通に敬礼を返すが、ハルコだけは一瞬しそうになった敬礼を止めて軽く頭を下げた。
「反対側にいるのがゼンガー・ゾンボルト少佐だ。一時期DCにいたので知っているかもしれんな」
ゼンガーは頷くような軽い礼を返す。
頭を下げるのを由としない性格なのだろうか。
今度は3人とも敬礼を返した。
「さっそくだが本題に入ろう。こちらからも戦力は出すが、貴官らからもう一度任務内容を聞きたい」
「はっ」
タチバナが再度敬礼をし、直立不動の体勢をとった。
しっかりとマイヤーの目を見据え、唇から声を紡ぎ出す。
「我々の目標は、連邦軍戦艦プラチナです」
スーパーロボット大戦 ORIGINAL GENERATION
Another Story
〜闇を切り裂くもの〜
第13話 影に舞う2つの部隊
「はい、はい。なるほど、そうですかぁ」
情事後の独特な熱気と、ベッドサイドのほのかな灯りのみが満ちる部屋。
その中で柔らかい女性の声が響く。
音源はダブルベッドの上にある人影の1つだ。
「え? 救難信号? はい……はい」
「ん」
艦内の内線で喋る彼女−サユリ−を、その隣で横になっているマイは見上げている。
会話内容が気になったのだろうか。
だが、脇で窺っても分からなかったのか、すぐにサユリから視線を外す。
「……」
「……」
視線を転じたマイが目に入れたのは、少し離れた場所にいるユウイチだった。
彼も通話内容は理解の外らしく、目が合うと肩を竦める。
ジェスチャーの意味を理解したマイは無言で頷いた。
「はい、それで場所は?」
素肌に薄い夜具だけを巻きつけた姿は、何とも言えず艶かしい。
光量が低いのも一役買っているだろう。
陰影を際立たせて、普段と違うゾクリとした女性の生々しさを感じさせている。
(まぁ中身は普段通りだがな)
ベッドから些か離れた位置に立っていたユウイチは、のほほんとそんな事を考えていた。
椅子に掛けておいた軍服を着ていく。
サユリをそれなりに長く視線に収めていたユウイチだが、彼でなければセクハラだろう。
「了解です。……え? 知りませんよ〜。はい、見かけたらお話しておきますね。それでは」
受話器を元の場所に戻す。
カチャリという音と伴に、サユリはふぅっと息を吐き出した。
「良し、完了」
きっちりとジャケットに袖を通したユウイチ。
さすがに女性の部屋と言うべきか、マイとサユリの部屋にあった姿見で全身を軽くチェックする。
問題がない事を確認して頷くとベッドに向きなおった。
「どうかしたか?」
ジっと自分を見つめる部屋の主達に疑問の声を上げる。
マイは寝たまま首だけをちょこんと出し、サユリは相変わらずの胸元まで夜具で隠した姿。
ユウイチは襟元を気にしつつ、ジャケットのファスナーを引き上げる。
「ユウイチに見惚れてた」
「あはは〜、そうなんですよ〜」
「普通に服着てただけだぞ?」
「それでも、ですよ〜」
「男の人にはわからない」
女性にしか理解できない男の色気でもあったのだろうか?
当然ユウイチには分からなかったので、首を捻る事しきりだ。
(そう言えば、アキコやマコトもニコニコしながら見てる事があったが……)
そんなものかと判断する。
女性とは肉体的に限界まで近づけても、やはり精神的には違う地平の存在なのだと再確認したユウイチである。
同時にその方が面白い、とも。
マイがプライベートでは自分を呼び捨てにし、マコトやアキコは『さん』付けなのもそこらへんが理由らしい。
一度その疑問を娘達に尋ねた事があったのだが、乙女心は色々複雑なのだと、背伸びした表情で教えてもらったのだ。
それには感謝したが、勉強の為だと少女漫画を渡すのだけは勘弁してほしいと、真剣に思う2児の父であった。
「惚れ直したよねぇマイ?」
「惚れ直した」
「それは光栄の至り。普段なら態度で表したいところだが、生憎ともう服を着てしまったからなぁ」
それにシたばかりだし、と悪戯っぽく笑うユウイチ。
ベッドの2人はちょっと顔を赤らめ、同じく相槌を打って相好を崩す。
視線を絡ませた3人は、情事後の独特の気だるさも忘れ、暫し笑みを交し合った。
「それで、さっきの連絡はブリッジからか?」
「はい。艦長からです」
1人掛けのソファに腰を下ろしながら、若き大佐はベッドの部下に話を振る。
問われたサユリは、居住まいを正して肯定。
マイは枕を動かして体勢を変え、首だけを直立させて親友と教官が見えるようにした。
「微弱ですが、救難信号をキャッチした、と」
「この状況下でか?」
「はい。しかも10秒ほどで消えたそうです。辛うじてレーダー圏内だった為、なんとかこちらで拾えたらしく」
「妙だな」
「はい。一応ある程度は、その地点までプラチナを進めてみるそうです」
「分かった」
軍人の顔で報告を行うサユリ。
その発言内容に頷いて、ユウイチは眉根を寄せて腕を組む。
頭脳労働は上官と親友に任せているのか、マイは口を開く気配が無い。
現在宇宙は、言うまでもなく統合軍の勢力圏だ。
確認されている連邦軍は、プラチナの他にヒリュウ改だけだが、彼らは未だ月に留まっている事が確認されている。
とすれば、連邦軍から発せられたものではないだろう。
民間船は戦時下で航行が制限されている事を考えれば、やはり統合軍のモノという事になる。
(兵士の脱走……にしてはお粗末だが。まさか海賊船でもあるまいし……罠、か?)
一番の懸念は罠。
単独で動いているプラチナだが、さすがに敵に存在は知れた。
遊軍を捕捉するのは辛いものであるが、敵に来てもらえれば見つけるのは容易い。
誘き寄せる為の罠だとユウイチが疑うのも当然だろう。
「重ねて、統合軍の戦艦が一隻そのポイントに向かっているそうです」
「一隻だけか?」
「はい」
「変」
「だよね」
「ふむ」
マイの言葉に頷くサユリを横目に、ユウイチは更に深く考える体勢になった。
しっかりと背もたれに体を預け、両の腕を組んで天井を見やる。
自動的に周りの音を遮断し、思考に意識の殆どを傾けて沈黙。
「教官黙った」
「あ、瞑想中だから邪魔しない方が良いよ〜」
「may-So?」
「可能性じゃないよ、マイ」
「冗談」
ベッド上で喋る2人だが、格好が格好なので見ようによっては問題である。
本人たちが気にもしていないので如何ほどのものでもないが。
この部屋唯一の男性が沈黙状態であるし。
「分からんな」
沈黙してから約5分、結局ユウイチの口から漏れたのはその一言だった。
どうにも現状では情報が不足している。
プラチナだけでは情報収集に難があるのは否めない。
「分かりませんか」
「ああ」
「考えたのは無駄?」
「でもないぞ。小さなものでも積み上げれば何か得られるはずだからな。まだ情報を集める段階って事だろう」
立ち上がって一つ伸び。
座っていた時間は短いが、集中していた所為かちょっと体が固まっていた。
「あ、それ昔お父様も言っていました。集積して体系化がどうとかって」
「サユリのお父さん?」
「クラタ議員か」
「あ、マイは会った事なかったっけ? 教官は知ってらっしゃるんですね」
「ない」 「俺は一応上官だからな」
ユウイチは、分かるような分からないような答えを返す。
マイは会った事はないようだが、どんな仕事をしているのかは知っていたようだ。
地球上の国家は1つに纏まり、かつての国は殆どが地区となっているが、政治自体はそう変わっていない。
各地区ごとにある程度の自治能力は認められている。
これは、未だ残る宗教・人種対立を少しでも緩和させる為の処置なのだ。
無論ある程度なので、好き勝手振舞う事はできないが。
閑話休題。
サユリの父は議員である。
一般市民の事をよく考えている政治家だと高評価されている人物だ。
仕事内容は旧西暦時代と変わらず、議会に出席して議決に参加し物事を決める。
議員といっても、選出地域ではそれなりに顔が利く程度で、別に異常な権力があるわけでもない。
一般家庭よりは裕福だが、異常に金を持って大きな豪邸に住んでいるわけでもないし、クラタ家が財閥だったりする事もない。
知らない人は変に金持ちだ、等と勘違いするが、地方議員は割と普通なのである。
「つまり……小さな事からコツコツと?」
「そ、それはどうかなぁマイ」
「それもありだろう。まぁ、下手の考え休むに似たり、なんて事になる場合もあるけど」
「そんな」
「教官下手?」
「マ、マイ!」
「まぁマコトと比べれば下手の考えだろうな。戦略と戦術は勝てない勝てない」
勉強してないしな、と肩を竦めて見せる。
ユウイチとマコトでは、士官学校のカリキュラムが違ったのだから仕方ない。
目指すべき方向が違うのだし。
「そうですね。サユリ達も、機動兵器の扱いを学ぶ比率が多かった気がします」
「戦術理論は苦手」
「はは、俺も在学中は大嫌いだったぞ、座学」
「教官も?」
「ああ、実技に力を入れすぎてよく疲れて居眠りしたもんだ。お蔭で座学の成績は平均ギリギリだったな」
「サボって平均なんて、教官凄いんですねぇ」
「凄い」
「これは俺の力と言うか、優秀な
当時を思い出したのか、そう言ってユウイチは笑う。
勉強を教える報酬として、アキコはよくデートを望んだ。
士官学校と言っても軍であるから、長く自由な時間は取れなかったが週末にはよく出かけた。
マコトとは士官学校どころか居る惑星が別々だった為、ユウイチが一緒に遊びに行く女性はアキコだけだったのだ。
アキコが、頻繁にデートに誘ったのは女除けの為だと知ったのは結婚した後の事。
当然知っていたマコトに、学校の長期休暇で帰省したの時散々デートに付き合わされたが、当時は彼女らの策略など知らなかった。
「私もよくサユリに勉強教えてもらった」
「お、なら俺と同じだな」
「教えたと言っても少しだけです。マイは自分で頑張ったんですよ〜」
「そんな事ない」
「次席だったんだろ? なら十分頑張ったって事だ」
「そうだよマイ」
2人に誉められ、頬を染めて目を伏せるマイ。
ちなみに主席はサユリだが、当時は女性がトップ独占と言う事で問題も出たらしい。
賢明な教官の数人は男性社会の弊害だと理解していたが、大多数はこの結果に異を唱えていた。
第一期生だったのだから当然と言えるだろう。
逆に、生徒たちは第一期生だった為、異を唱えるものが少なかった。
PT操者には実力が全てだと考える人間が多かったお蔭か、トップが目元麗しい2人だったからかは判断できないのだが。
結局時の校長が自分の首をかけて認めさせ、マイとサユリはトップのまま卒業した。
彼女らが卒業した士官学校は、その校長の薫陶の賜物か、パイロットとしてのレベルとモラルの高い人材を毎年輩出しているらしい
「よく考えると、俺の周りは優秀な成績だった人間が多いよな」
「ブリッジの女性陣は3人とも凄かったみたいですねぇ」
「艦長も主席」
「アカネは主席だしアキコは次席、シイコもあれで上位5指には入ってたらしいな」
話に出なかったコウヘイとルミだが、それ程成績が低かったかと言えばそれも違う。
2人とも全体の成績で言えば上の下なのだが、筆記の方が真ん中よりやや下だった。
つまりは操縦技術で底上げしていたのだ。
女性のマコトが主席で問題が出なかったのは、士官学校が火星だった事も関係していたようだ。
自然環境が穏やかな地球と違い、テラフォーミングされたと言え未だ荒涼たる火星では人の考え方も違ったらしい。
優秀な人間をありのまま認められる土壌が出来ていたのだろう。
「あれ? ユウイチさんも主席でしたよね?」
「そのはず」
「あーんー、まぁそうなんだが」
何故か歯切れが悪い。
自分で自分の成績を話すのは面映いのだろうか?
ベッドから視線を天井に向けて頭を掻く。
座学では平均ギリギリだった彼が主席になれたのは、やはりその飛び抜けた操縦技術であった。
「ただ1人の生徒が、実技試験の平均ラインを50点も下げたって聞きましたよ?」
「教官の事」
「……何で知ってるんだ」
「在学時に校長が教えてくれました。ユウイチさんと会った時は、すぐに気付きませんでしたけどね」
「あのジジイ……」
士官学校在学時、ユウイチの操縦技術(PTは存在しない為戦闘機)と空間認識能力は並外れていた。
当時彼に次ぐ操縦技術を持つアキコでさえ、ユウイチに対する勝率は4割あるかどうか。
その彼女と他生徒の差はかなりあったのだから、彼との差は推して知るべし。
あまりの差に平均点50も落ちた事からも分かるだろう。
上限が100点なら、ユウイチと他の生徒の腕に差がありすぎる分平均点が下がるのは道理だ。
「まぁその結果総合でアキコを上回ったんだけどな。多分5点くらい」
「実技では最高の成績だ、って校長は仰ってましたね」
「私もサユリも目標にしたけど超えられなかった」
「そう簡単に超えられたら困るわ」
ユウイチが当時、座学を殆ど犠牲にして打ち込んでいた実技なのだから超えられまい。
我武者羅にフライトシミュレーターに取り組んだ彼の心内は分からない。
ただそれこそが、ユウイチにとって軍人、いや、『大人』になる事を1番実感出来た事だったのかもしれない。
「まぁお蔭で教導隊に推薦してもらう事も出来たし、座学を犠牲にした甲斐はあったな」
「……座学を犠牲にすれば良かった」
「マイってば」
「冗談」
「俺もアキコがいなかったらそんな暴挙には出なかったろうが、な」
天井から視線を離す事もなく遠い目。
一方を犠牲にして励みつづけたからこその教導隊入り。
それ程までの修練がなければ、士官学校出の新人が最精鋭部隊への配属等ままならないだろう。
将来性も考慮に入れられていたとは言え、当時の自分がよくあのバケモノ揃いの部隊に入れたなと、ユウイチは常々思っている。
(アキコには勉強と食生活、マコトには心理面と衣生活でそれぞれ助けられてるよな)
感謝感謝。
昔からアキコとマコトに頼りっぱなしだと思っているユウイチだが、彼女らに聞けば全く別の答えが返ってくるだろう。
3人ではあるが、正しく比翼といったところか。
複数の女性に愛情を向けるユウイチだが、彼女ら2人へのそれは他の女性たちとは色が違う。
強弱の差はないが、それぞれの女性に求める愛情の質の差、と言い換える事も出来るかもしれない。
「しかしプライバシーもあったもんじゃないな。次会ったらあの爺さんには一言言ってやらねば」
「校長と親しいんですか?」
「当時の担当教官だったからなぁ。世話になったと言えばなった」
士官学校への入学年齢を満たしていたとはいえ、まだまだ子供だったユウイチとアキコ。
そんな彼らを気にかけてくれたのが、サユリ達の言う『校長』である。
お茶目な性格の初老の人物で、かつては叩き上げで佐官まで上り詰めたとか。
「不思議な縁」
「全くだ。まぁ何だかんだと言っても軍は狭いって事だろう」
「士官学校も少ないですから尚更でしょうね〜」
「よし、そろそろ行くか」
ソファの肘掛に手をつく。
士官学校の話で少し盛り上がった後、おもむろにユウイチは立ち上がった。
時刻は標準時で17時過ぎ。
真昼間からナニをやっているのかと言われそうだが、宇宙空間だと色々気にならないらしいから不思議だ。
「他に何か情報はあるか?」
「私は言う事ない。サユリは?」
「そうですねぇ。あ、月でまた戦闘があったみたいです」
「ほぉ」
その報を聞くと、ユウイチはベッドサイドで足を止めた。
月にはまだヒリュウ改が駐留しているはずなので、狙いは彼らだったのだろう。
サユリが切羽詰っていない事から、大事には至っていない事も読み取る。
「戦闘の規模としては、前回の月面戦闘時とほぼ同レベルだったようです」
「ヒリュウの損害は?」
「無視できる程のようですね。航行中に直せる程度でしょう」
「……やる」
「だな。着実にレベルアップしていると言う事か」
ゼンガーが言っていただけあるな、とユウイチは考える。
その中核をなしているのは、きっと彼が目をかけた漢なのだろう。
このまま進めば、一大戦力として確立していく事は想像に難くない。
(敵にもその方が都合がいい、か。ゼンガーに敵として遭わなければ気付かなかったかもな)
我知らず苦笑して思った。
ある意味壮大過ぎる茶番劇だが、現状を打破するならそれ程の壮大さは必要なのかもしれないと。
「何か?」
「いや、人間と言うのは度し難いと思ってな」
「……はぁ」
「教官変」
「すまんすまん」
苦笑から自嘲に変わりそうな笑みを引っ込める。
全体がそうでも戦う人間自体はリアルだし、また全てが思惑通り進むとも限らない。
今のところ自分の予想上での推論でもあるし、よしんばその通りでも動き出した事態は止まらないのだ。
ユウイチは、自分が全てを何とかする力があると錯覚する子供でもない。
「月宙域にポッドを残しておいて正解でしたね」
「ん、ああ。離れたから映像が届くのは遅いが、何があったか知る事は出来るからな」
「サユリ、そのポッドは?」
「休眠モードで待機中。単独でこちらまで向かわせられないからね」
「統合軍に撃ち落されるか接収されるかしかないからな」
あくまでも映像を送るだけの装置なのだから、攻撃手段があろうはずもない。
中に人が乗っているわけでもなし、余計な機能を増やしても制作費が増えるだけだ。
破壊されると痛いが、人的被害が出ない分痛さも『それなり』でしかない。
「聞く事は以上かな?」
「はい。後は大佐の機体についてマーク准尉がお話があるそうなので、格納庫までご足労願いたいそうです」
「壊れた足の事」
「だろうな。了解」
ベッドに覆い被さるように身を屈めると、軽い音が続けて2つ。
ユウイチがそれぞれの女性にキスをした音だ。
本当に軽く、しかも頬にではあるが。
「ん……何だか照れるね、マイ」
「はちみつくまさん」
2人とも頬を赤らめる。
サユリは赤くなった頬に手をやり、マイはそれを隠す為か目元まで夜具を引き上げた。
情事中とは違い、落ち着いた状態で不意打ちされると普通は照れるものだ。
ユウイチは2人の仕草に愛らしさを感じて微笑むと、後ろ髪を引かれつつも部屋を後にした。
格納庫。
この艦で一番忙しい時間が多く、かつ活気のある場所と言えばここだろう。
無重力状態に保たれているそこでは、現在も怒声や修理の音がひっきりなしに木霊している。
左右2つのカタパルトデッキへ通じる扉の間には、各PTが2列縦隊で固定されていた。
不慮の事態で機体の安定を損ねない為だろう、コックピットの前には整備用のブリッジが掛かっている。
「弾丸足りないよ! 何やってんの!!」
「見える、そこ!?」 「いて! 何だ?」
「こらー! スパナ寄越せと言っといて避けるな!?」
「お前の所為か! 修正してやる!?」
「下、いや正面か!?」
「避けるな!?」
楽しそうな整備員達の声を聞きつつ、ユウイチは一番手前にある自機に向かう。
彼の愛機は両足が付け根から存在しない状態で、天井から伸びる頑強なフレームにしっかりと固定されていた。
機体外観が全て視界に入る位置で立ち止まる。
「自分の機体が傷ついてるのを見るのは切ないなぁ」
ほぅ、と溜息を吐き出す。
相手のパイロットの腕と機体差、状況から見ればあれがベストだったとは言え感情は別である。
数年乗り続けた愛機はもう彼の分身と言えるのだから。
「ユウイチ」
「ん? ヒジリか」
横手から女性の声がかかる。
やや右前方からヒジリが流れてくるのが目に入った。
胸に『喧嘩上等』とプリントされたTシャツにタイトズボン、上に羽織った白衣が後方に靡いている。
「ほら」
「助かる」
流れるのを止める為、ユウイチは軽く腕を広げた。
ヒジリはその腕の中に自然な動きで身を躍らせる。
抱擁。
自然すぎる流れでヒジリは相手の首に手を回し、ユウイチは腰に手を添える。
時間にして2、3秒か、そんなごく短い時間でその状態は終わり、2人は分かれて立った。
短すぎる時間と注視している人間もいなかったので、生憎とその接触を見られずに済んだ。
まぁ2人にとっては見られても問題はないのだろうが。
「どうした?」
「いや、負傷者の治療が一段落してな。暇だから見に来た。一番暇つぶしになる場所だからな、ここは」
「まぁ確かに」
「疲れている時に来ると、活力を分けてもらえる気もするのでな」
それには頷けるところだと返すユウイチ。
実際整備員たちは皆生き生きと働いている。
見ているだけで、力が涌いてくるような気にもなるだろう。
そんな事を考えつつ、チラりと自機のコックピット辺りに目を向ける。
「忙しそうだな」
「ご老人か? 先ほどからあの調子だ」
「さよか。じゃあ暇になるまで待とう」
「私も付き合うぞ」
「さんきゅ」
忙しく立ち回るマーク老人の姿を確認すると、向こうからリアクションがあるまで待機する事に決める。
ちょうど良く話し相手も出来た事だし、待つのは楽になった。
作業の邪魔にならぬよう、ヒジリを促して壁のところまで移動する。
「負傷者の治療は終わったと聞いたが、どんな様子だ?」
「む? 怪我の大きさの事か?」
「ああ。報告は上がってきてるが、一応医師の口から聞きたいと思ってな」
「そうか」
2人とも、壁に寄りかかりながら会話を続ける。
その間は10センチと言うところ。
ピタリとくっ付くような距離でもないが、柔らかい表情の彼らは確かな関係を窺わせる。
他に人がいれば、リラックスした雰囲気が漂っている事が分かるだろう。
言葉だけなら、男同士が話しているようにしか聞こえないのが難点といえば難点だが。
「負傷者は合計で15人。これは報告書で上げてあったはずだな?」
「ああ。殆どが擦り傷なんかだと書いてあったな。急な方向転換のツケだとか」
「まぁ直撃で死ぬ事に比べれば大した事はないから、その点は問題ないだろう。一番酷い怪我でも単純骨折だったからな」
「シイコはよくやってるって事か」
「私としても大怪我をした人間がいなくて一安心だ」
職業が職業だからこそ、ヒジリは怪我人がいない事を喜んでいる。
戦艦では彼女の仕事がない方が良いに決まっているのだ。
だが彼女の仕事が成り立つのは怪我人や病人がいればこそ。
医師とは存在が矛盾した商売だ、と常々周りの人間に言っているヒジリである。
「その怪我人の遠因、ゼンガー少佐らしいな」
「何処から知ったんだか」
「医務室にはそういった情報も入ってくる」
「ま、医者には口も軽くなるか」
「敵でもないのだから問題あるまい?」
「まぁな」
視線を交わさず、2人は正面を見つめる。
ヒジリも医師として教導隊に関わっていた人間だ。
彼女もゼンガーやエルザムとは実際会って話した事もある。
「2人目だな」
「ん?」
「かつての同僚と直接やりあうのは辛くはないか?」
「肉体的には辛いな。疲れるし」
「昔はよく医務室に運び込まれた人間だからな、ユウイチは」
「ははは。この艦でそれを知ってるのはお前だけなんだから、内緒にしておいてくれよ?」
「ふふ、分かっている」
思わず笑いが零れる。
2人が初めて会ったのも、ユウイチが運び込まれた医務室だった。
まだその頃は他の隊員の技量に追いつけず、ユウイチは毎日毎日ボロボロになるまで扱かれていた。
「楽しかったな」
「ああ。だからあの連中と戦場で戦っても、精神的には充実している」
「何故だ?」
「敵味方に分かれても、仲間だからなんだろうな。打倒する為に戦っていても、それはもう一生変わらない」
「……そうか」
「例え結果どちらかが死んでも、共に過ごした過去が確かにある。お互い立ち位置が変わっただけさ」
「過去か。あの日々が無ければ、私はユウイチと今の関係になる事はなかっただろうな」
「我ながら情けなかったからなぁ、あの当時は」
「その姿に乏しい母性本能が刺激されたのだと自己分析してみたのだがどうだろう?」
「聞かれても分からん」
左手をパタパタと目の前で扇ぐ。
どう答えたら良いか分からない問題ではあった。
特に男にとっては。
「ユウイチ!」
「ん。やっとお呼びがかかったか」
「行くか?」
「ああ」
背中で壁を押して、反動を付けると歩き始める。
視線の先では、手が空いたのだろうマークがコックピット部分の整備用ブリッジから招くのが目に入った。
何故か隣にコウヘイがいるのが気になる。
微妙に嫌な予感を感じて眉を顰めたユウイチだが、さりとてここで帰るのも拙いので大人しく向かう。
「何かあれば医務室に来てくれ。話くらい聞こう」
「そうだな。その内昔の話をしに行くか」
「待ってるぞ」
「了解」
右手をヒジリに見えるように上げると、背後で彼女も動くのを感じた。
どうやら医務室に戻るようだ。
こうして教導隊を直に知る2人は、また『かつて』を話す事を約して、ひとまずそれぞれの向かう場所へと歩み始めた。
「おう、ヒジリ嬢ちゃんとの話は終わったみたいじゃな」
「ああ。そっちも一段落みたいだな」
「うむ」
一度自機の顔まで飛び上がり、軽く力をかけるとブリッジの部分に立った。
挨拶を交わす両人。
重力下だと、この場所はブリッジではなくタラップだっただろう。
「隊長お〜っす」
「元気そうだなコウヘイ」
「それが俺の取り柄の1つらしいし」
「ホントかよ」
「はっはっは、正直自分じゃ分からん!」
マークの隣からコウヘイがフランクに挨拶した。
上官に対する口調ではないが、ユウイチ自体拘らないので問題ない。
挨拶した方は、この部隊に来る前それで苦労していたようだが。
本人も同僚も直接の上官も。
「で、何で爺さんと一緒なんだ?」
「えー、ちょっと整備状況を聞いてたんだよ。うん」
「なんか怪しいぞ?」
「そ、そんな事ないよな爺さん?」
「……うむ。一緒にこの機体を見ていただけじゃ。話してみると波長が合ったしの」
「波長ねぇ」
2人ともユウイチのゲシュペンスト、しかも
その視線の先には、幸いユウイチは気付かなかった。
波長が合う、と言うフレーズに何か頭痛のしそうな予感を感じてそれどころではなかった所為で。
コウヘイとマークが誼みを通じているように、艦内では部署の違う乗員同士で親交を結ぶ事も増えた。
この部隊での作戦行動もそれなりの日数が経っている為、クルーの交歓はしっかりと進んでいるらしい。
一部カップルも出来たとか出来ないとか。
「まぁ良いか。爺さん、俺のは後回しで他の機体の整備状況はどうなってる?」
「ん、おお。全体的に見ればそう大した事もないわい」
「俺の愛機も殆ど無傷だったしなぁ。……隊長と違って」
「煩い」 「ぃて。冗句だと言うのに」
軽く小突かれたコウヘイが口を尖らせる。
彼が言うように冗句だからこそ、ユウイチもちょっと叩いた程度に済ませたのだろう。
じゃれ合っているような感じか。
「くく」
「何か面白かったか?」
「さぁ? お前の顔?」
「酷っ! 隊長ともあるものが部下にそんな事言っても良いんかい!?」
「コウヘイだからOK」
「そうか……ってそんな事あるかよ!」
「はははは。仲良いのぉお前さん方」
何となく仲のいい兄弟を思わせるやり取りに、部隊最年長の老人は益々笑みを深くする。
軽口を言い合う2人は、第三者にすれば気が置けない間柄に映るだろう。
それほどまでに自然だった。
「仲が」 「良い?」
「「俺たちがねぇ」」
セリフがハモった事も気にせず、お互い顔を見合わせる。
歳もそれ程離れていないし、男では数少ない士官、それに同じパイロット同士でもあるのだから当然だろう。
嫌い合っていなければ必然的に仲も良くなる。
「まぁそれはそれとして、じゃ。話を元に戻そうかの」
「ああ」
「いかに俺様の操縦テクが素晴らしくて機体損傷が無いか語れば良いんだな?」
「機体自体は既に整備は完了しておる」
「それは重畳」
「え、無視?」
「問題はグルンガストじゃな」
「剣、か?」
「うむ」
「ショボーン」
軽く跳ねると、膝を抱えて丸まってしまうコウヘイ。
無重力空間である格納庫なのだから、弱い勢いでも回転しながら天井まで上がっていく。
くるくるくるくる。
回転速度は遅いが、確実に天井で跳ね返るだろう。
誰も注意しないし。
「グルンガストのあれは、計都羅喉剣と言うんじゃが、さすがに実用には堪えん」
「一応接着は出来そうな口ぶりだが?」
「出来るには出来るんじゃが、衝撃を受けるとボキりと行くじゃろうなぁ」
「あそこか。……見事に」 「真っ二つじゃのぉ……」
格納庫の端に置かれている
半ばから少し先端よりの部分で真っ二つに断ち斬られていた。
遠くこの場所からでも見事な断面だと予想できる。
その鋭利な断面に、改めて零式斬艦刀と乗り手の技量に戦慄する2人であった。
「うーん。刀身の両方に穴を開けて、パイプのようなもので留めるのはどうだ?」
「接着よりは実用的じゃが、あの硬度の刀身に穴を開けるだけで大分時間が掛かるわ。その場合穴は最低でも4箇所いるしの」
「じゃあ、剣は取り敢えず放置しかない、な」
「うむ。して、替わりの武器はどうする? カワスミ嬢ちゃんの斬機刀がもう一本余っとるが」
「それしかないだろう。ユキトは射撃があまり巧くないし」 「あうん!」
「「…………」」
話している間に、カン、と2人の頭上で軽い音が発生した。
同時に上がったふざけた悲鳴は華麗にスルー。
一瞬格納庫全ての音が停止したのは、果たして気の所為か否か。
「分かった。グルンガストには、予備の斬機刀を持たせておく」
「頼む。……で」
取り敢えず会話を終わらせると、2人同時に先の音源へと目を向ける。
予想通りというか、目に入ってきたのは跳ね返ったコウヘイ。
背中が垂直に当たったのだろうか、回転せず落ちてくる。
「……波長が合ったのか? あれと?」
「すまん。ちょっとその発言後悔」
「だろうな」
さもあらんと頷くユウイチに傍らの老人は虚ろな笑みを浮かべる。
それなりに人生の荒波に揉まれたマークにとって、コウヘイの若さは眩しすぎるのだろう。
あの行動が若さの発露かと問われれば、世間一般の若者は首を横に振る事は確実だが。
「なんと!」
「おお!」
「って俺かよ!」
前方転回そのままに、見事に揃った足がユウイチを襲ってきた。
ブリッジ目前で手を突き出したコウヘイは、両足を振り上げて逆立ちの態勢に持っていったのだ。
何故逆立ちなのかも分からないが、勢いよく動いた足が無重力空間で作った新しい流れ、その向かう先が若い大佐だった。
「まぁ遅いけど」
「ぬは」
向かってきた足を軽く避けて、ペシりと掌を叩き込む。
ごく弱い力でも、この空間では簡単に運動エネルギーへ変わる。
コウヘイは殆ど直立した態勢で、背中からブリッジにぶつかった。
「受け止めてやったら良いものを」
「やだね。男を抱きかかえる趣味はない」
「まぁそれは同感じゃが」
「なんとー!!」
ブリッジで跳ねて浮き上がり、今度は両手前方に勢いよく突き出す。
反動で下半身が逆方向に下がって無理やり直立。
しっかりと靴底で地面となる『橋』を踏みしめた。
「復帰して元通り!!」
「どうでも良いが、リアクションと声がでかいのぉ」
「これが若さか」
多分違う。
「で、一番ダメージの大きいお主の機体じゃが……」
「ふぅ、やっとかよ」
「ここまで引っ張られたのは、主に
「何の事やら。若さってのは振り返らない事だぜ」
「パクリか」 「パクリじゃな」
「うわ同時。でもパクリじゃないよー、引用だよー」
無駄口を叩きながら、まず目前にあるゲシュペンストの顔を見上げる。
それから確認するかのように視線を少しずつ下げる3人。
計ったように、彼らの観察する動きは揃っていた。
先ほどからこっち、この一見遊んでいるかのような行動は、格納庫内にいる整備員の士気に影響を及ぼさないのだろうか?
一応彼らの内2人は部隊の最高責任者と整備責任者なのだが。
「ん、左の指も直してくれたか」
「うむ。しかし見事に壊したの。あの手の精密部分はパーツがなくなるとキツイぞ」
「零距離だと殴って離れるしかない場合が多くてな。残りは?」
「3機分じゃな。当然右だけは1つ余分有りじゃが」
「それだけあれば何とかなる。前回程の難敵はそうそういるものじゃないからな」
「俺も安心して壊せるってもんだな」
「……無論冗談じゃろう?」
「モ、モッチロンデスヨー、だから喉元のドライバーしまってー」
「ならば良し」
マークが軽く手首をこねると、異常に鋭利なドライバーは手品のように消失した。
凶器が喉元から去って、コウヘイはちょっと脱力。
ユウイチは老人の心情が分かるだけに、苦笑するだけで済ませた。
本人たちにとって、所詮じゃれ合いの延長上だという事も分かっているからこそ、だろう。
「ま、遊び半分に機体を壊したら上官じゃろうとヤるがの」
「こわ〜。俺の脳内では殺るで変換されたのは何故だ……」
「コウヘイが後ろめたいからだろ。爺さん故意に、とは言わないんだな」
「致命傷を避ける為のやむを得ぬ処置と言うのもあるからのぉ、お前さんの左手のように」
「そうだな」
整備士としての半生を歩んできたマーク老人にすれば、手を入れた機体は子か孫のようなものなのだろう。
それを乗り手の遊びで壊されれば怒り心頭するのは想像に難くない。
ユウイチとしても、愛娘達に何かされれば激怒する事は確実であるし。
「ま、その話は置いて、次だ次」
「うむ」
「頑張って壊さないようにすればOKだしな。ナナセにも言っとこ」
「じゃあ最後は一番損傷した部分だな。ここからだと見辛いから、ちょっと降りるか」
ブリッジ上では、斜めに視線を向けてやっと手の指まで見える程度。
股から更に下を見るのなら、やはり地面から見上げる方が楽だろう。
さっと仮の地面だったそこから身を投げだして、ブリッジ端を掴むと天井方向に力を入れた。
そのまま格納庫の床に着地。
踵までしっかり力を込めて地面に立つと、もう1度愛機に視線を向ける。
損傷した両足は、付け根の部分から全て取り除かれていた。
確認作業をしていたユウイチは、同じように2人が自分の左側に降り立ったのを感じた。
「うーん」
「わくわく」 「…………」
「何だ?」
「うんにゃ何でも」 「ないぞ」
「そうか。今の状態だが―」 「わくわくわく」 「……」
「ホントになんだ?」
尋ねるユウイチに、何でもないと2人揃って首を横に振る。
だが当然気にはなる。
マークはじっと凝視して視線を外さなかった…………ユウイチの顔から。
コウヘイはもっと変で、自分の口で「わくわく」等という擬態語を発していた。
誰が見ても『怪しい』の1語だろう。
(何かを言わせたいようだが……何かあったか?)
流石と言うか変なところで鋭いユウイチ。
2人の狙いを即看破した。
が、彼にはとっさに思い浮かぶ単語もセリフもなかったようだ。
「あーなんだ、足?」
「うむ」 「そうそう」
重々しく頷く老人と、えらい勢いで首を縦に振る青年。
共通するのは、ユウイチの一言を待ち焦がれていると言う事か。
コウヘイなどは胸の前で両手を握っちゃって、胸が高まってるという事を示しているつもりなのだろう。
男が、しかもそれなりに美形だが美少年でもない彼がやっても、正直結構気持ち悪い。
(足……機動兵器で足? メカニックと俺……は大佐。…………ああ)
何やら思い浮かんだらしい。
そして同時に頭を抱えたくなった。
彼が思い出したのは、何時だったかマークに旧西暦のオールドムービーを見せられた時の様子。
マニアと言うほどでもない老人が、趣味で集めたロボットモノのアニメの中の1つを鑑賞した時だ。
忘れていればどんなに楽だっただろう、自分の記憶力の良さに内心密かに涙するユウイチ。
「仕方ない。……今のままで80%の性能は維持できるのか?」
「そこからやってくれるか!? 80%? 冗談じゃありません、現状でゲシュペンストの性能は100%出せます!!」
「……足はついていないな」
「あんなの飾りです! 偉い人にはそれが分からんのですよ!」
「ぉぉぉ」
セリフ4つの寸劇お終い。
准尉は酷く満足気に、少尉は低い音声で恍惚となり、……大佐はそんな2人を完璧な無表情で眺めた。
ユウイチの内心を今言葉にするならば、『こいつらソックリだ』、になるだろう。
間。
「満足したか?」
「「応」」
「……ふぅ」
寸分の狂いもなく同時に、しかも輝かんばかりの笑顔で頷かれた。
思わず溜息を吐き出したユウイチだが、誰が見ても今の彼には同情する事請け合い。
マークらと同じ趣味を持たない人間ならば、と付くが。
「爺さんはともかく、何でコウヘイまで”そう”なんだ?」
「ん?」
「儂が洗脳してやったわ」
「洗脳されてやったわ」
「「はっはっは」」
総司令部基地で再編を待っていた間、マークから暇潰しにこれを見よ、とDVDを渡されたのが始まりらしい。
見て嵌り、以後暇な時はコレクションを借りて見ていたそうな。
オフ日が2人とも重なった前日などは、揃って24時間耐久鑑賞会を開いていたとかなんとか。
老人の奥様方はもう諦めたらしい。
「俺を巻き込むなよ?」
「えー」
「ユウイチにも一度見せたじゃろうが」
「無理やりな。巻き込むなら他の人間にしてくれ。幸いパイロットにはもう1人男がいるだろ」
「おお、そうじゃったそうじゃった」
「次のターゲットはユキトで決定」
「そうしろ」
全く態度を変えず、ユウイチは平気で人身御供を提供する。
誰だって我が身が可愛いのだ。
鬼と呼ぶなら呼べと、内心開き直って胸を張る。
これ以上家族との時間を取られたくない、アイザワ家の大黒柱であった。
「そろそろ良いか?」
「だからあの3人ごと、む。取り敢えずコウヘイよ、洗脳作戦は次に持ち越しだ」
「ラジャー師匠!」
関わりたくないからかガス抜きの為か、好きに喋らせていたユウイチだがついに彼らの会話を止めた。
ちょっと物騒な単語が聞こえたがサラっと無視。
洗脳されるかどうかはやられた本人次第であるし。
マークとコウヘイの間には、会話中に何故か師弟関係が出来上がっていた。
「先ほどの会話じゃないが、このまま戦闘出来るのか?」
「足の事じゃな」
「ああ」
「でも隊長。宇宙空間じゃ、必ずしも足は要らんでしょ?」
「その通りなんだけどな。宇宙だと、蹴りもあまり実用的じゃない」
「重力が無いからの、地上より接触時の衝撃が伝わらないんじゃな」
軽く押しただけでも流れる宇宙空間だから、インパクト後のダメージが敵機に浸透しきらず、運動エネルギーに早変わり。
ならば光学兵器に頼った方が楽だし効率も良い。
大気中では拡散するビームが、真空ではスペック通りの威力を出すのだから。
「かといってそのままなのも勿体無い。物資があるなら、だが」
「その通り。実際両足を丸ごと交換する事もできぬではない。補給物資はまだ余裕があるからの」
「じゃあさっさとやれば良いんじゃないか? 俺やナナセの機体は終わってるんだし」
「まぁ待て。せっかくの宇宙空間なんじゃ、別のアプローチしてみても良かろうが」
「別の?」
「その言い方だと、スンナリ両足を取り替えるだけじゃ済まなそうだな」
「うむ。ちょうどこの位置から反対側なんじゃが、耳を澄ましてみぃ」
老人に言われる通り、2人は格納庫内の雑多な音声に意識を集中させた。
すると、大きな音の殆どはある一点からのみ聞こえてくる事が分かる。
その場所がマークの言う地点なのだろう。
生憎と各機体を挟んでいる為視認する事は出来なかったが。
「確かに一部分からのみ音がするな」
「俺気にもしてなかったぜ。不覚だ」
「まぁ格納庫が煩いのは普通じゃからな。気にせんのも当たり前じゃろ」
「それで、あそこでは何を?」
「ゲシュペンスト用のブースター・ユニットの点検じゃ」
「「はぁ?」」
「だから推力アップの為のブースター・ユニットの整備をしておる。あ、ちなみに発注書は補給前に出してあったからの」
計らずも、パイロット2人の声は同じ音を紡いだ。
いきなりそんな事を言われれば、このリアクションも仕方なかろう。
特に部隊の責任者で、整備班からの発注要請を承認した記憶があるユウイチにすれば青天の霹靂。
記憶はあるが、その資材がどのように使われるかまでは分からなかった。
要請書には『特殊整備部品』としか書かれていなかったし。
「…………そのブースターが、例の『特殊』整備部品だと?」
「うむ! こんな事もあろうかとじゃ。そう、こんな事もあろうかと儂が密かに作っとった!!」
「おお、さすが師匠! 博士にとっての至言をここでお使いになられるとは!?」
「じゃろ? そうじゃろ?」
「このコウヘイ・オリハラ。か ・ ん ・ ぷ ・ く」
「「わははははは」」
「誰か、誰か常識人はいないのか……」
俄かに湧き上がった鈍い頭痛に耐えるべく、患部に手を当てて軽く頭を振る。
懊悩する25歳、若いながら管理職の辛さを実感中。
それでも胃に全然問題ないのは、彼の図太さを表しているようなそうじゃないような。
「だが爺さんは整備員であって博士じゃないぞ。軍人だから使われる側」
「「ははは……は?」」
「な、なにぃぃぃ! ならば儂はこんな事もあろうかと、と言う資格はないのか!?」
「知らん。大体資格って何だ」
「な、なんてこった!」
「な?!」
クワッと、一瞬劇画調の顔になって叫ぶ。
その顔をまともに直視してショックを受けるユウイチ。
目を擦ってもう一度見直してみれば、何かの間違いの如く何時も通りのマークの顔があるだけだ。
「なんだったんだ?」
「ぬぐぅ……こうなったら儂はもうダメじゃ。コウヘイ!」
「ハッ! 何でございますアルか師匠?」
「お前が儂の後を継げ。そして何時か博士になって、あの、あのセリフを……がく」
「師匠、師匠ぉぉぉぉ!」
口で効果音を告げると、マークの首が力なく落ちる。
抱き起こしたままのコウヘイは、天に向かって慟哭の声を上げた。
反対側のブースターに人が集まり過ぎて、こちらを誰も見ていないのが幸いだろうか。
誰かいたらユウイチはかなり距離を取っていたはずだ。
「気はすんだか?」
「「応」」
「ならば良し。話を戻して、そのブースターは使えるのか?」
「儂と部下たちが作ったんじゃ、使えるに決まっとろうが。テストもしっかりしてある」
「なら結構。肝心の推力は?」
「1.5倍は堅い。パワーがありすぎて姿勢制御が難しいが、ま、お前さんなら大丈夫じゃろ」
「俺は俺は? 俺だとどうなりそう?」
「振り回されて終わりじゃろう。デブリにでも体当たりしてどっかーん、じゃな」
「げげ」
「コウヘイでは宙間戦闘での慣れが圧倒的に足りんわい」
宇宙空間での初陣を経験したばかりのコウヘイでは仕方あるまい。
軍籍、PT操縦時間において数倍の開きがあるのだし。
ユウイチにも宙間戦闘のブランクは少しあったが、それも既に完璧に埋められている。
「それじゃあ何も言うまい」
「持つべきは話の分かる上司じゃなぁ」
「多分1時間後程度には出撃だが、それまでには?」
「しっかり終わらせるぞ」
「OK。じゃあコウヘイ行くぞ」
「何処に?」
「ブリーフィング。そろそろアカネが放送入れるだろう」
「了解」
「じゃあな爺さん」
「さらばです師匠」
「応よ。儂も仕上げじゃ」
挨拶を交わすと、それぞれの目的地へ向かうべく背を向ける。
2人のパイロットはユウイチが格納庫に入ってきた扉へと。
1人残った老人は、きっと反対の例の場所へ行くのだろう。
「ああ、爺さん」
「む? なんじゃ?」
「今回の件、ちゃんと報告書出してくれよ」
「お、おう」
「追われているという事は、やはり特別な艦なのかしらね」
「見たところ普通の小型艇ですよねぇ。実は爆弾で、近づいたら爆発したりして」
「シイコ、縁起でもない事を言わないで下さい。心配しなくても、あれは統合軍で使われている一般的な連絡艇です」
「な〜んだ、つ―――」
「つまらないとでも言うつもりかしら?」
「―――いえそんな滅相もナイデスヨ?」
シャキーンと背筋を伸ばして舵を握りなおす。
シイコにとって、もはやマコトは無条件で上位の存在になっているのだ。
昔何があったのか、つくづく気になるところである。
「結構。アカネ、敵集団の現在位置は?」
「約2時50分の方向、距離は7000。速度はこちらがやや上、小型艇までの距離は若干向こうが近いかもしれません」
「このままだと、同時に到達しそうね」
「はい」
「先輩どうします?」
「目標との距離は?」
「約13000です」
「砲撃準備の後、汎用周波数で小型艇に通信」
「了解。…………こちら地球連邦軍総司令直属、特務艦プラチナ。応答されたし」
「シイコはすぐに回避行動とれるように」
「アイアイサー」
メインスクリーン上の小型艇を見据えながら、艦長たるマコトは適切な命令を出していく。
現状の宇宙では、罠である可能性が高いのは事実なのだ。
反対から敵の一団も向かっている事も、見方を変えればそうと取れる。
怪しい素振りを認めたなら、彼女はすぐさま砲撃開始を告げるだろう。
『こちらはコロニー統合府所属の連絡艇だ。そちらは本当に連邦軍か?』
「識別信号は出ているはずですが?」
『無論確認している。だが今の宇宙は統合軍の勢力圏。罠である可能性も否定できまい?』
「それは最も。アカネ、メインスクリーンに回して」
「了解」
マコトの命令で、正面の画面上にウインドウが出現する。
そこには統合軍の紫のノーマルスーツにヘルメットを着込んだ人間が映っていた。
生憎と階級は分からないが、簡素なその格好から佐官ではない事は明白である。
「それでは改めて自己紹介を。所属は先ほどの通信の通り、私は艦長のマコト・アイザワ中佐よ」
『中佐殿ですか。失礼致しました! では、本当に連邦の艦なのですね?』
「疑り深いなぁ」
「現状を鑑みれば仕方ないでしょう?」
「そうだけどね、アカネはもっと面白い意見を出してくれても……」
シイコは疑り深いと言っているが、モニター内の兵士は7割方こちらの言い分を信じていた。
理由としては、プラチナのブリッジクルーが連邦の軍服を、しかも改造して着用している事。
連邦と統合の両軍では、士官以上の人間は常識の範囲内で軍服の自由化が認められている。
極端な話ジーンズにTシャツでも良いのだ。
だがそれでは周りの視線が辛いので、大抵の人間は基の軍服に手を加える程度に止めていた。
そんな理由からマコト達は連邦の軍服を改造して着ている為、逆に正規の軍人である信憑性が増しているのだ。
『中尉、僕に代わってもらって良いかな?』
『しかし閣下』
「閣下だってアカネ!」 「しっ! 黙ってシイコ」
『声からすると麗しいお嬢様方だろう? そんな彼女達が騙し撃ちをするとは思えないのでね』
『そう言う問題ではありません!』
(それ以前に何故声で麗しい? 私の声ってそんな特徴的かしら?)
『第一、反対から統合軍の追手が迫っている。両方から逃げ切る事は不可能だ』
『それは……分かりました』
『うん、ありがとう』
映像の外でのやり取りは、見えない分想像を掻き立てられる。
声で判断するなら軍人と話していたのは男。
陽気で軽そうな態度と性格みたいだが、発言内容からは知性も感じられる。
だが一番の疑問は―――
「シイコ、この声聞いた事ありませんか?」
「あ、アカネも? 実は私もどっかで……先輩はどうです?」
「私もよ」
―――これに尽きる。
3人が3人とも心当たりがある声なのだから、かなり有名な人間かもしれない。
夫にも聞いてみたいマコトではあったが、現在は機体の最終調整中だろう。
聞いてはいるだろうから通信を入れれば話せるが、それでも旦那の邪魔はしたくない奥様なのだ。
『どうも始めまして美しいお嬢様方、これからは僕が話させてもらうよ。ブライアン・ミッドクリッドだ。先に言っておくけど本物だからね』
『―――ブライアン・ミッドクリッドだ。先に言っておくけど本物だからね』
「「おいおいおいおい」」
機体調整でコックピットにいたユウイチとマークは、思わずハモって顔を見合わせた。
コンソールの上を踊っていた指をも止め、通信機とモニターに意識が引き寄せられる。
それほどこの人物の登場は意表をついていた。
『コロニー統合府の大統領ですか……』
『凄い』
『大物ですね。お父様も優秀な人物だと仰っていましたっけ』
『俺はいまいちよく知らんぞ?』
『ダメだなユキト、ご馳走だぞ?!』
『何でだオリハラ?』
『大物=ご馳走だ』
『うわ単純思考』
『ガーン!! 突撃しか出来ないナナセに単純って言われた……7秒ほど立ち直れない』
『突撃しか出来ないわけじゃないわよ!?』 『……何で7秒?』
「煩いな」
「まぁ仕方なかろう。それ程の大人物じゃからの」
口ではそう言っても2人の顔には笑み。
驚いているが、全員動揺などはしていないからだ。
格納庫の整備員がブライアン大統領の登場を知ったらどうなるやら。
ブライアン・ミッドクリッド、コロニー統合府大統領。
160年代初頭に活発化したコロニー独立運動−別名『NID4』−の指導者。
政治的手腕は大胆かつ繊細で、人柄も誠実的と言われている。
その実績は輝かしく、彼のお蔭でコロニーは地球連邦からの無血独立を成し遂げることが出来た。
彼がいなかったら、コロニーの独立は後20年は遠のいていたとも言われている偉人だ。
当然ながらコロニーでの人気は絶大的で、連邦内にいる穏健派の政治家にもかなりのシンパが存在。
『革命の父』と呼ばれ、政界では『魔術師』や『ペテン師』と並ぶ3巨頭と称される。
民衆には一番知られており、かつ支持されている『政治屋』ではない数少ない『本物の政治家』であると言えよう。
『―――そちらのお美しいお嬢さんが艦長さんかな?』
『そうですが、お嬢さんって歳でもないのでは?』
『いやいや僕にとっては美しい女性はすべからくお嬢さんさ』
『嬉しいお言葉ですが、生憎夫と子供がおりますので』
『なんと! それは残念だ。出来れば食事に誘いたかったのだがね』
オーバーアクションで肩を竦める大統領閣下。
残念そうではあるが、その顔から笑みが消えていないところを見ると挨拶の類なのだろう。
モニター内では、マコトも珍しく薄い笑みを浮かべている。
「マコトは断ると信じていたが、人の妻を口説くとは……でも挨拶だよな?」
「お主口元引き攣っとるぞ?」
『夫婦の危機だ! アイザワ家ピンチ!』
「コウヘイ後でシミュレーター戦闘50セット」
『え゛』
『自業自得ね』
ルミからの冷たいお言葉にも、固まったコウヘイは無反応。
彼の心は既に遥か彼方。
本人も口を出さなければ大丈夫だとは分かっていた。
分かっていたのに口を出したのは、やはり彼がコウヘイ・オリハラだから……。
『すぐにウチの艦長をナンパとは……やりますねぇ。でも先輩はあげません』
『そうかい? なら君はどうかな?』
『好きな人がいるのでダメでーす。ちなみにもう1人もダメですよ?』
『ううむ残念だ。ブリッジクルーにこれだけ美人がいるなら、他にもいるんだろう?』
『それにはお答えできません。重要機密なので』
『それはますます……いやぁそちらの艦のクルーになりたいなぁ』
通信機から流れる会話に、コックピット内に何とも言えない微妙な空気が漂う。
今のシイコの態度に大統領から苦情が届いたら、小言を言われるのは自分か妻のどちらだろうかと真剣に悩むユウイチ。
そんな危惧を抱く一方で、内心大丈夫だろうと思わせるのはこの大統領の魅力なのかもしれない。
「この場合、大統領に物怖じしないシイコ嬢ちゃんが凄いのか?」
『サユリだったら緊張してしまいますよ〜』
『私もシイコみたいには出来ない』
『俺は普通に話せるだろうな。何せ知らないし』
「ユキトの言は置いても、実際話すまでは何とも言えんよな。まぁタメ口のシイコに何も言わない大統領も、器がでかいが」
『そうですね。噂通り出来た方のようです』
『噂ですか? アキコさん、佐官になるとそんな話も聞くんですか?』
『士官学校時代の友人は統合軍にもいますからね。ルミさんも友人は大事にした方が良いですよ』
『はい。といっても今ここにいる同期はオリハラだけだし……』
発言しなかったそのオリハラ青年はというと、現在機体のコンソールを弄るのに忙しい。
ブリッジの通信を自分で録音しているのだ。
何故そんな事をするのかは、彼だけしか理解出来ない事だが。
『さて話を本筋に戻そうか』
『そうしていただけると助かります』
『私は話し足りないんだけどなぁ』
『そうかい? ならば次に逢った時にでも。今度はディナーもどうかね?』
『それはダメです』
『ガードが堅いな、残念。君の想い人にも会ってみたいが、時間が無いからね。艦長良いかい?』
『は、ええ。こちらが向かってくる敵集団の相手を致しますので、その間に迂回して本艦に向かってください』
『了解した。適度に距離を取って近づき過ぎないように、だね?』
『はい。流れ弾が無いとは言えませんので』
『うん。それでは頼んだよ』
『ご期待に添うよう奮起いたします』
バイバイと手を振って、ブライアンが笑みを浮かべたまま通信が切れた。
最後まで面白い人物だ。
緊急時には疲れるマイペースぶりではあったなと、コックピットでユウイチは1人思った。
『ブリッジ移行、第一種戦闘配置。面舵30、後敵集団へ正射三連。敵を引きつける』
『了解で〜す』
『了解しました。総員、第一種戦闘配置。繰り返す、総員―――』
放送から僅かの後、緩やかに艦が回頭した。
地上より横Gはキツクないが、まだ無重力に慣れていない整備員の数人が流される。
続けて若干の振動が3度続けて起こった。
『ユウ聞いてた?』
「ああ。砲撃まで終わったようだな」
『躱されたけど目を向ける事は出来たわね。AMが4機大統領を確保しに向かっているから、足の速い機体で頭を抑えてくれる?』
「了解。慣らしも必要だから丁度良い。敵のタイプは?」
通信機に問いかけながら、ユウイチはコックピット内のスイッチをオンにしていく。
起動信号は速やかに伝達され、メイン以外のコンソールへ火が灯る。
脈動するかのように、ゲシュペンストが微かに震え始めた。
『アカネ』
『はい。全てリオンですが、細部が若干変化している為、強化型だと思われます』
「ん、分かった。敵艦の方は?」
『レーダー上では11。砲撃戦用の機体が7、ノーマルタイプのリオンが4です』
「了解した。爺さん機体は?」
「ん……良し! 問題なし、何時でも出られるぞ。ハッチまではこちらで移動させる」
「分かった、すぐにやってくれ」
老年の整備主任は、サムズアップするとコックピットから離れた。
ユウイチも同じ動作で応じると、コックピットを閉じる。
全天とはいかないが、コンソールから上の視界ほぼ全てがスクリーンとなった。
一時期全天周囲モニターの開発も行われていたのだが、逆に圧迫感があると見送りになっている。
「パイロット各員、聞いてたな?」
『はい』 『勿論ですよ〜』 『聞いてた』 『また出撃か……』
『聞いてたというか聞こえてきたと言うか。録音は無事に終わったけど』
『聞こえていました』
「なら良し、大統領の方に向かった敵は俺が相手をする。スペック上ならこれが一番速いからな」
これ、の部分でコンコンとコックピット内の壁を叩く。
マークの言った通りの性能を発揮したのなら、確かにスピードはダントツ。
だが改造してから初の戦闘なので、実際には何が起こるか分からない。
その点から考えても、ユウイチ1人で行動する方が色々と良いだろう。
「敵艦の方はアキコが指揮を執ってくれ」
『分かりました』
「ユキトは斬機刀を受け取ったか?」
『ああ。でも普段と長さが違うから使い辛そうだ』
「不安なら銃器を持って砲台に徹しろ。撃つのが苦手でも、無理に突っかかって死ぬよりは良い」
『了解』
ユウイチが矢継ぎ早に指示を出す中、固定したフレームごと移動を開始された。
天井と接続された部分が、そこにある道に沿ってゲシュペンストをハッチに導く。
カタパルトデッキへと進入すると、格納庫へ続く2重の扉が閉まってゆくのが見える。
外部の音声は拾っていないが、きっと重々しい音を響かせているだろう。
『全機発進後、本艦は大統領の保護に向かいます』
「了解した」
ユウイチの返事が終わる瞬間、デッキの照明がレッドからグリーンへと変わる。
格納庫への扉が完全にロックされた事を示す合図だ。
そして徐々に外部へのハッチが開く。
壁に備え付けられているラックから、自機専用のビームライフルを取り外す。
「……さて」
先陣を切る男は、唇を軽く舐めた。
パイロットスーツの襟首に繋がっているヘルメットを被ると、軽くてをやってバイザーを下げる。
準備を全て終えると、両の操縦桿を握り締めた。
開ききったハッチから見えるのは、深遠なる宇宙。
吸い込まれそうなその漆黒をユウイチはただ目に映す。
『進路クリア、発進どうぞ』
「了解した。ユウイチ・アイザワ、ゲシュペンスト出るぞ」
『御武運を』
アカネの言葉を契機としたのか、機体を固定していたフレームが外れた。
間を置かず、背部に増設された大型ブースターが主の名を受け、その力を解き放つ。
艶やかな黒い機体は背の一部のみを閃光のように煌かせ、鮮烈な輝きを以って白亜の
その描く軌跡はまさに、闇を切り裂くもの
と称えられるに相応しき美しさを有していた。
有り余るパワーは設計された通りに放出され、機体に一番適した前傾姿勢を取らせる。
数秒で目標へと詰めた距離は、以前のゲシュペンストとほぼ同等。
「なかなか」
次いで、両足の換わりとなったブースター・ユニットを始動させる。
その瞬間、ユウイチの体感したモノを文字に表すなら、グン、か、グッ、のどちらかとなるだろう。
問答無用でシートに押し付けられ、強烈なGが体を締め付ける。
効率よく推力を得る為、機体はうつ伏せで顔だけを前に向けるようになった。
「ぐ……」
レーダー内に映る4つの光点が、物凄い速さで迫る。
並みのパイロットでは、悲鳴をあげて瞬時に緩めるであろう加速。
ユウイチがそうしなかったのは、パイロットとして矜持かそれとも意地か。
ますます操縦桿をしっかり握り締め、眼光鋭くモニターを睨む。
「この程度では!」
脳裏に浮かぶのは数年前の自分。
あの時は、思い通りにならない機体を動かすなど日常茶飯事の事だった。
それに比べれば今乗っているのは既に半身とも言える愛機。
乗りこなせない筈はない。
「それに!!」
更に自らの思考に埋没する。
誰にも明かさず、また自身さえも明確に認識していなかった思い。
その心の深奥で思うのは、自らの不甲斐なさ。
相手が相手とは言え、1対1の勝負で遅れを取る自分の姿。
だがそんな状態でも、彼の目はレーダーを見、体は目標へと適切な行動を取る。
機体の性能差?
そんなものを理由に歩みを止めるのは甘えだ。
戦闘に措ける決定的な要因にはなりえない。
同等かそれ以上の腕を持つ、元教導隊の仲間?
どんな相手でも人間なら、いや人間だからこそ勝機は存在する。
同じ戦場は2度とないのだから、腕の差を覆す事も可能。
結局は自分の怠慢なのだろうと、ユウイチは全ての思考にケリをつける。
現状に留まり、向上する意欲を些か失ってはいなかったか?
人に教える立場、人の上に立つ立場だという事に驕っていたのではないか?
自分は既に歩みを止めたとでも言うのか?
成長する余地は無いのか?
否
この身は未だ先へ進めるはずだ。
事実、自分より上にいる人間がいるならば―――
そこで彼の思いは1点に収束して終わりを見る。
根拠の無い自信だと俺を知らない人間は笑うだろうか、とユウイチは苦笑した。
初めは辛かったGにも何時しか慣れ、そうして笑みを浮かべる状態。
モニター正面には、左側面やや後方を見せる目標の4機が映る。
視界に入る星々の位置が凄まじい速さで流れる中で、彼は射程範囲に入った瞬間引き金を引いた。
「ち、外れたか!」
常と違う機体速度と、慣れたとは言え体を苛むGが火線を狂わせる。
それでも片足に命中させたは、ユウイチのパイロットとしての非凡さか。
敵は速度差から逃れえないと感じたのか、1機を残して向かってくる。
大統領の確保は確かにそれで事足りる。
「当たれよ」
すぐさま2射目を放ち、敵機中心を外したと見るやもう1射。
確実に修正された射撃は左肩を穿ち、都合3射目はコックピット部分を貫いた。
真ん中の機体が撃ち抜かれたと分かると、左右の2機はそれぞれ散る。
が―――
「甘いな!」
―――当然ユウイチも行動を起こしていた。
向かって左の敵機を次の目標と定めると、機体速度はそのままに突如軌道が左にズれる。
それは右側面が爆発したかのような、機体ごとスライドするかの如く急な針路変更。
ブースターの増加に伴い、その扱い難さが大幅に増したゲシュペンストだが、当然機体制御も一考されていた。
急制動、並びに急速転換を可能とするべく、機体の各所には小型だが高出力のバーニアが多数新しく設置されたのだ。
それにより更に乗り手を選ぶ事となるが、ユウイチは見事に使いこなした。
回避行動する敵機に追従し、文字通り滑るように正対する。
そして、その時既にビームは放たれていた。
停滞する瞬間などありはしないと錯覚するかのように、2機目のリオンは撃ち貫かれる。
最早用はないと、爆散寸前で動きの停止した敵機の横をすり抜けて旋回。
小型艇へ向かった1機をモニター正面に捉える。
「余裕だな」
レーダーで艇までの距離をザっと計算すると、ユウイチは口元を緩めた。
先行されているが、今の愛機ならば問題なく追いつける。
と、モニター内の一部が赤く染まり鳴り響くアラート。
「後ろからか」
掠る事さえなく、ゲシュペンストの左へと消えゆくエネルギー。
先に向かってきた3機のリオンの内、生き残った機体が背後から撃ってきたようだ。
速度差から段々と距離が開いているが、それでも射撃の手を緩める事は無い。
「……そこか」
ひらりひらりと、敵の攻撃を全て躱しながら呟くように一言。
言葉が口から零れ落ちると伴に、ミサイルポッドから後ろの敵に向けて一発の弾丸を射出した。
すっ、と。
無音の宇宙空間で尚、その瞬間のみ静寂の中にあるように、ごく自然に敵中心部へ到達する。
それこそが当たり前であると、そう言うかのように。
いっそ優しいとさえ言えた攻撃をその身に受けた敵は、機体もパイロットも宇宙へ塵と消えた。
(またこの感覚か)
自分を中心に意識が拡大していくような、そんな感覚の中にユウイチはいた。
ちょうど数日前食堂で体感したような。
目を瞑っていても、そこにあるものが見えるような、そんな感覚。
全能感を感じるとともに、どこか危うさも感じているのは何故だろうかと自問する。
「まぁ良いさ」
戦闘中だと自らを戒めて、残った1機に意識を向ける。
自機と小型艇を結ぶ同一線上を飛ぶ敵機。
万が一回避された時のリスクを考えれば、射撃で撃ち落すのは下策だ。
ならばと、ライフルを腰部後ろのアタッチメントに取り付け、右手でプラズマカッターを抜く。
「一意専心と、ゼンガーなら言うかな?」
フットペダルを踏み込んで、一気に最高速近くまで加速させる。
攻撃方法は薙ぐのではなく突き。
そのまま斬り捨てて爆発させたならば、まだ距離が離れているとは言え、最悪破片で小型艇に被害が及ぶ。
ユウイチは進路を微妙に下方に修正して、敵の下に潜り込むような軌道を選択する。
「終わりだな」
高速機動によるその動きは、敵からすれば下方から一瞬で出現したようにも見えただろう。
パイロットがその瞬間を理解出来たかどうかは分からない。
何故なら、リオンを貫いたプラズマカッターはコックピットブロックを一瞬で蒸発させているのだから。
正面股関節部分から操縦席を通って斜めに背部までが、その一撃で消滅した。
「仕上げだ」
突き刺したまま加速して上昇。
ある程度距離を稼ぐと手にした武器からエネルギーを消す。
敵機体と接点がなくなると、何も持っていない左手で強く右方向に押し退けた。
自機はスピードを殺す事なくその場から離れてゆく。
爆発。
大統領確保に向かった4機のリオンは、ここに1機のゲシュペンストによって殲滅された。
そしてユウイチは、自分が成長している確かな手応えを得る。
『敵AM部隊の殲滅、及び敵艦の撃沈を確認』
『小型艇との距離280。収容準備開始します』
アキコとアカネの声が通信機から流れてきた。
レーダー内の敵反応は全て消えているが、味方の反応は全て健在。
ユウイチの戦闘宙域は彼女らのそれより倍は離れていたが、敵を殲滅するのに同じ程度の時間がかかったわけだ。
向こうには10数機の敵機と戦艦がいた事を考慮に入れれば、6人の腕も上がっているのだろう。
「ん?」
部下の戦いに満足して、帰艦行動に入ったユウイチの感覚に何かが触った。
いや正確には、ゲシュペンストに搭載されたT−LINKシステムが何かを拾ったと、そう言った方が良いのかもしれない。
そしてそれは歓迎せざる事態の前触れ―――
『レーダーに感! 戦艦クラスです!! 距離6000!?』
『なっ! エネルギーを切って近づいた? 小型艇の収容はどうなってるの?!』
『まだです! 残り150』
『シイコ寄せて』
『了解!』
―――より難しい状況へ至る、更なる一手。
「プラチナ避けろ!!」 『高熱源体急速接近!!』
『右舷カット、左舷スラスター全開!!』
『なんとー!』
ユウイチの警告とアカネの報告はどちらが早かったか。
マコトは躊躇する事もなく命令を発し、シイコはほぼ反射的にそれを実行した。
左舷の小型艇に向かいかけていたプラチナは、使っていたノズルを瞬間的にカット。
更に逆のノズルを一斉に煌かすと、無理やり艦体を右に流す。
内部の人間にはかなりの横Gがかかるが、敵艦からの砲撃と思われる高出力のエネルギーをギリギリで避けきった。
『続いて攻撃きます! 同時に機動兵器の発進を確認!!』
艦砲射撃だろう太い帯のようなエネルギーの奔流。
1射や2射などではなく、連続して降り注ぐそれは雨のようだ。
ビームの放射は執拗に、プラチナを追い立てるかのように延々と続けられていく。
「ちっ!」
プラチナに向かいつつモニターを見ていたユウイチは、敵の意図を正確に見抜いた。
即ち小型艇とプラチナの接触を断つという狙いを。
進路をプラチナから小型艇へと微修正する。
「プラチナは退いて態勢を立て直せ! 大統領は俺が何とかする!!」
『了解!』 『頼んだわねユウ!』
ああと返し、操縦桿を握る手をペダルを踏み込む足に力を込める。
今のゲシュペンストならば、この程度の距離は瞬きの間。
数秒で到達できただろう。
『止めさせてもらおうか』
『生憎と、行かせるわけにはいかないのですよ』
敵からの妨害がなければ、だが。
ユウイチの進路上に出現したのは、敵艦から始めに飛び出してきた2つの機体。
かつての戦いでエルザムやハルコが乗っていたガーリオンの、しかも細部が違うところを見ると指揮官用のカスタムタイプのようだ。
「っ!」
先手を取られ敵機から繰り出された斬撃を、咄嗟に右手のプラズマカッターで打ち払う。
弾くように機体右へ押し出し、ユウイチは尚も小型艇を目指す。
だが更に眼前から新たな機影が迫って来ていた。
「ちっ、速い!」
『お褒めに預かり恐悦至極』
真正面からの点にしか見えない突きを、機体各所のスラスターで反射的に躱す。
無理やりに機体を捻るような回避行動は、ユウイチの思惑と正反対の方向へとゲシュペンストを導く。
急ぐあまりに機体速度を上げていたのが災いした。
数秒で機体を立て直しても、小型艇からかなりの距離を流される。
『だがまだまだ』
『2人がかりと言うのが気に入りませんが、まぁこれも任務』
完全に足を止めるのが目的か、ブレードのよる接近戦をしかける敵機。
前後左右上下斜めと、目まぐるしく移動を繰り返しながら攻撃をかけてくる。
今の機体なら振り切る事も出来るユウイチだが、それをさせないようにゲシュペンストの進路を巧みに塞ぐ。
ならばと敵と鍔迫り合いしたまま目標に向かおうとすれば、残った1機が横合いから斬りかかって邪魔をする。
相手2人の技量は、ユウイチの目から見てもかなり高次元に位置していた。
「邪魔だっ!」
だが、それでも今のユウイチは一味違った。
繰り出される斬撃全てを、二刀を持った自機で捌き、躱し、流し、払って弾き飛ばす。
T−LINKシステムは全力で稼動し続け、ユウイチの拡大した感覚は敵の攻撃を悉く読みきる。
武器同士の接触面がエネルギーの干渉による色を発する中、黒いゲシュペンストにはただの一太刀も通ってはいない。
『さすがは、と言う事か!』
『かの少佐の言われた通りだったな!!』
「何?」
聞こえてきた敵パイロットの発言に疑問を感じるが、気にかける間もなく降り注ぐ攻撃に対応する。
少しずつ戦闘時間が経過すると伴に、徐々に分かってくる相対する者達の力量。
気付いた時には、2機の技量の高さとそのコンビネーションの良さに、ユウイチは思わず通信機に尋ねていた。
「これ程の腕とは……何者だ?」
『その質問を待っていましたよ。私の名はアルシエル・ファレス。以後お見知りおきを』
『アルめ、それでは俺も答えないとならぬではないか』
『良いではないですか、これから長い付き合いになるのですし』
『一理あるか? なら名乗るか……俺はリュウヤ。リュウヤ・クニサキだ』
「クニサキ……だと?」
『ハルコから聞いたが、ウチの弟が厄介になっているそうだな』
「ユキトに兄がいたとはな!」
放たれた刃を打ち払い、己が逆の剣を繰り出して攻防を重ねる。
打ち合う斬撃の合間合間に、敵同士の彼らは、しかしそこに負の感情など無く言葉を交わす。
3機の戦闘は均衡を作り上げ、小さくも苛烈な戦場は膠着状態となった。
離れた戦場で戦っていた味方は、未だ到着してはいない。
「厄介過ぎる。このままだと―――」
『プラチナの諸君、聞こえるかな?』
「―――ん?」
全周波で、通信機からブライアン大統領の声が流れてきた。
相変わらず2機を相手に立ち回っていたユウイチだが、埒が開かないと見て一旦距離を取る。
相手も消耗していたのか、存外素直に合わせるように退いた。
双方流れてきた通信が気になった事も一因だろうか。
危険度が下がったので、ユウイチは送られてきた映像をモニター端で開いてアクティヴに。
『君達、特にそこの黒い機体の奮戦はありがたいと思っている。だがこれ以上はよした方が良いだろうね』
『だ、大統領! 何を仰られるのですか』
『だってそうだろう中尉? 私達も周りを囲まれてしまったし、ここから救出するのは辛いんじゃないかな?』
「……」
その通りだなと、ユウイチの心の一部分は冷静に判断する。
プラチナが下がり、自分も足留めされていた間に、小型艇は数機の敵に包囲されていた。
全て落とす事も可能ではあるが、そうなると艇も爆発に巻き込まれるだろう。
拉致されるか、それとも死なせてしまうか、今起こせる行動ではその2つしか道はない。
『もし助けてくれるつもりなら、態勢を立て直してその内助けにきてくれないかな?』
「……」
『中々楽しいお話ですが、それはこちらとしても困るのです、大統領』
『君は?』
『DC特務部隊所属、隊長のケイスケ・タチバナ大佐です』
理知的な声とともに送られてきた映像には、30代の男の姿が映し出されている。
軍人としてはやや線の細い男は、見ようによっては学者にも見えた。
艦のブリッジにいるのだろうが、画面は彼のみを映している。
(ん?)
初めて目にした男の顔に、何故だかユウイチは違和感を持った。
誰か似たような人間を見た事があるような、そんな感覚。
こちらの映像は送られていない為、そんな怪訝な顔は相手側からは分からないだろうが。
『こちらとしても、みすみす敵を見逃すわけにはまいりませんね』
『ま、そうだろうね。僕が大人しくついて行くと言ってもかな?』
『現在閣下の身柄は私達の手の中ですから、それも交渉材料にはなりえないでしょうな』
『当然だね。ならば、この艇を爆破すると言うのはどうだろう?』
『……は?』
一瞬、その声を聞いていた人間全ての動きが止まった。
あっさりと、自らの命を捨てる発言をした人間以外は。
画面内の大統領は最初から変わらず、ニコニコと笑みを浮かべている。
『正気ですか?』
『本気じゃなくて正気ときたかい。無論だよ』
『信用しかねますね。その小型艇に自爆装置があるとは思えません』
『別に舌を噛み切るだけでも事足りるしね。ああ、中尉を巻き込まない分そっちの方が良いかな』
『あなた程の方が、最後は自殺ですか?』
『政治家の最後なんて大抵そんなものだよ。捕まった後に利用されるのが分かっているんだ、抵抗してみたくなるだろう?』
『……』
通信機では拾えないような声を出し、唸るタチバナ。
この隙に逃げる事も出来るユウイチだが、それでは相手に攻撃の口実を与えてしまいかねない。
今は彼らのやり取りを見守っているしかない。
ブライアン・ミッドクリッドと言う男は、完全に今この瞬間を支配していた。
『良いでしょう。プラチナが撤退するまで、こちらから手出しはしません』
たっぷり数分は無音の状態が続き、モニター内のタチバナは答えた。
同じブリッジ内の何処からも反論するような声は上がらない。
完全に部隊を掌握しているのか、あるいはそれしかないと皆理解しているのか。
『良いのかい?』
『大統領が持ちかけた取引ですが? まぁ、我々としてもこう簡単に部隊の存在意義を失うのは面白くありませんからね』
『私も賛成ですね』
『アル!』
『隊長もでしょう? 戦っていて楽しそうでしたし』
『む……』
『カミオ大尉や、カオリ君も、相手を考えれば賛成してくれるでしょうしね』
微妙な距離を取っていた正面の2機から、タチバナの声に割り込みが入る。
知った名前が出たが、どうやらあの2名もこの部隊にいるようだ。
あるいは、大統領を確保している機体のどれかに乗っているかもしれない。
『存在意義とは、是非聞かせてもらいたいね』
『何、我々がプラチナを潰す為に組織された部隊だと言う事ですよ』
「俺たちを、だと?」
『ちゃんと聞いていたか。そう言う事だ』
思わずユウイチは声に出していた。
それなりに動いてはいたが、自分たちを潰す為に部隊を出してくるとは、流石に神ならぬ身の彼では予想外だ。
あるいは余計な動きをしないようにする牽制か、と自問も生じる。
例えば、ヒリュウ改に接触させないように……。
『そんなわけで簡単に目標が無くなると張り合いがない』
「後悔する事になるかもしれんがな」
『そうなる事を期待している。取り敢えず初顔合わせは我々の勝ちだ。』
「……ち」
『我々の部隊はKoenigswasser。君達の天敵となる部隊だ』
宣言するかのように、タチバナは朗々たる声で言葉を紡ぐ。
ここに、歴史の影に舞う2つの部隊は邂逅を果たした。
『Koenigswasser』とは、白金を溶かす液体の名。
もしその通りの効果を示すならば、確かに天敵となるだろう。
だがこの”プラチナ”は、自ら動いて浴びせられる液体を躱す事も可能。
激突するならば、その結果がどうなるかを知る者は、未だ何処にも存在しない。
『話は纏まったようだし、退いてはくれないかな?』
「…………」
みすみす要人を奪われた悔しさは無論ある。
パイロットとしてレベルアップした事は少しの慰めにはなるが、帳消しにはならない。
数年前の自分なら、あるいは突っ込んでいったかもしれないとも何処かで思った。
それでも――
「……分かりました」
―――ユウイチは隊長であった。
どうしようもないほどに。
部下に対する責任も背負っている人間なのだ。
ただひたすら操縦の腕を磨いていた昔の自分とは決定的に違うのだと、彼は今更ながらに理解した。
『ユウ、良いの?』
「大統領の仰る事は正しい。ここは退くしか方法がない」
『うん。分かってくれたようで嬉しいね。君は?』
「は。ユウイチ・アイザワ大佐。一応この部隊を預かっている身です、大統領閣下」
『すると君が艦長の旦那さんかな?』
「は? ええ、そうですが……」
『それはそれは、何れ食事でもどうだい? お美しいご婦人を口説き落とした君の話を聞いてみたい』
「ふっ、平和になりましたら是非」
『うん。楽しみにさせてもらうよ』
ブライアンなりの気遣いから出た言葉なのだろう、少しだけ心が軽くなった。
彼からは見えない事を承知で、ユウイチはモニター内の大統領に敬礼して機体を反転させる。
約定通り、敵からの攻撃は一切ない。
敵の行動は軍人らしからぬ甘さとも取れるが、ある種小気味良さも覚える。
敵じゃなければいい関係を築けたかもしれないなと、埒もない事を考えながらユウイチは帰艦の途についた。
「奴らの注意はこちらに向く、か。大統領奪還は『向こう』に任せるのが最善か?」
ユウイチは1人、愛機の内で決意する。
今回の借りを返す為に、ヒリュウ改にいる”あの男”と連絡を取る事を。
To Be Continued......
後書き
ふぅ、3月ぶりに本編をアップします。
待っていてくださった方、お待たせして申し訳ない。
今回はスランプに突入して大変でした。
相変わらずグダグダな話ですが、楽しんでいただければ幸いです。
今回のメインは……なんでしょうね?(爆
読者の方によって色々思うところがあるのではないかと。
オリジナル機体の一発目はこんな感じになりました。
完全オリジナルは嫌いなので改造になりましたけど、如何でしょう?
イメージはSガンダム ブースター・ユニットでしょうか。
背部のブースターが真ん中に1つですが、足はあんな感じです。
そしてユウイチ達の敵対者が登場。
『Koenigswasser』は独逸語で、作中の通りある液体の名前です。
実は日本語読みが分からなくてこのまま使ったんですが、まぁそれはそれで良し。
この部隊にはプラチナ同様原作キャラはいません。
イレギュラーなユウイチ達は、同じくイレギュラーな彼らが対する事でしょう。
所属している人間はその内書かれるはずです。
最後に、後主役を喰った感がある大統領閣下。
偉大だなぁ彼。(笑
当初はもうちょっと顔見せ的な感じだったんですが、書いている内に喋りまくりました。
これが一流政治家の存在感か!?(違
まぁこんな感じで原作キョウスケ編の14話繋がります。
今回負け戦でしたが、次回はきっと勝ってくれるでしょう。
主人公強いくせに、これほど負けてるスパロボSSもあまり無いんじゃないかなぁ。(苦笑
ご意見ご感想があればBBSかメール(chaos_y@csc.jp)にでも。(ウイルス対策につき、@全角)
『Koenigswasser』の正確な日本語の発音を教えてくれる人募集!!(結構切実です