「ブライアン・ミッドクリッドが捕まっただぁ?」
ヒリュウ改の格納庫に、怒鳴り声とも取れる言葉が響いた。
それを発したのは言葉遣いに反して女性である。
襟に中尉の階級章を付ける彼女名はカチーナ・タラスク。
20代半ばの気の強そうな面差しで、赤い右目と緑の左目を持っている。
神秘的と評しても構わないであろう整った容姿の彼女だが、言葉遣いや態度がそんな点を全て相殺していた。
「はい。ブリッジの方で、そういう内容の通信を傍受したそうです」
カチーナに応える温和そうな青年の名はラッセル・バーグマン少尉。
直接の上司であるカチーナが、我が強く好戦的な性格である為、その抑えに何時も回っている。
短く刈り上げた茶色い髪を持つ人の良さそうな男だ。
ヒリュウ改で一番の苦労人だと、まことしやかに囁かれる人物でもある。
「誰、それ?」
「タスク君、少しはDコンでニュースを見た方がいいわよ?」
「俺、芸能情報ぐらいしか見ねえからなあ…」
タスクと呼ばれた少年は楽しそうに笑った。
緑地に青でポイントの入ったバンダナを頭に被るように巻いている。
彼は、とにかくやんちゃそうな印象を受ける少年だ。
タスク・シングウジ少年は、れっきとした曹長の位を持つ軍人なのだが。
「…ブライアン・ミッドクリッドという人はね、コロニー統合府の大統領。かつての『NID4』…コロニー自治権獲得運動の中心的人物よ」
「彼のおかげで、コロニーは地球連邦からの無血独立を成し遂げることが出来たんです」
「ふ〜ん。それじゃ、統合軍とはソリが合わなかったから捕まえられたってわけか」
「ええ。コロニー内では絶大な支持を受けているし、連邦政府にも影響を与えられる人物だもの……」
そんなタスク少年に、ブライアン大統領の経歴を話して聞かせていたのは、カチーナとはまた別の女性だった。
褐色の肌と緑の目、ラーダ・バイラバンという名の彼女からは、思慮深く物静か感じを受ける。
着衣はインドの民族衣装であるパンジャビドレス、頭にはターバンに似た紫の布を被っていた。
穏やかな微笑みを浮かべて話を続けている彼女は、軍人ではなくPT開発の大手であるマオ社からの出向社員である。
カチーナとは対照的に所作は女性然としており、誰に聞いても美人だと言われるだろう。
「あの人の動き次第では、統合軍も足をすくわれかねないわ」
「しかし…開戦後から今まで逃げ切っていたとは…先読みと機転が利く人物のようだな」
その場に現れた5人目の男が口を開いた。
今までは格納庫で自機の調整を行っていた彼だが、一段落ついたのか話に加わる。
黒いシャツと赤いズボンを身に付け、ズボンと対になっている赤いジャケットを肩にかけた男だった
前髪の一部に金のメッシュが入った濃い茶色の髪と、精悍な−無愛想と評しても良いかもしれない−顔つき。
初見では話し掛けるのに躊躇しそうな印象を受ける青年だが、慣れているのか他の面子は普通に挨拶する。
一番階級の高かった女性が一番ぞんざいだったが、誰も気にしなかった。
「しかも、相当な勝負師とみた。会ってみてえなあ」
「そうね。写真で見たことがあるけど、素敵な紳士だし…。私も会ってみたいわね」
「ヘッ、どうせガチガチの堅物に違いねえ。苦手だね、そういうタイプは」
「………」
タスクとラーダは大統領の人物像にかなり興味を引かれたのか、お互いに笑みを交し合う。
カチーナは彼の職業的な点が気に入らなかったのか、ばっさりと切って捨てた。
そんな上官にラッセルは苦笑を浮かべる。
すぐさまばれて彼女にどつかれたが。
そして最後に加わった男は1人、沈黙と伴に思案していた。
男はキョウスケ・ナンブ少尉。
彼を含む5人は、ヒリュウ改に所属するPT操縦者だった。
十数分後、ヒリュウ改艦橋。
キョウスケは格納庫で形を成した考えを口に出した。
「……ミッドクリッド大統領を救出するのですか?」
「はい。上手く行けば、状況を好転させられるかも知れません」
その場で一番若いであろう女性が、キョウスケの案に反応を返した。
若干19歳にして、艦長たる要職を預かるレフィーナ・エンフィールド中佐。
年齢的に見れば落ち着いた佇まいを見せる彼女には、清楚で可憐という形容詞が付く事だろう。
驚きで少し見開かれた碧眼と、それを含む整った顔に柔らかそうにカールした髪。
軍服でもあるケープと艦長を示す帽子を着けて指定席に座っている。
「しかし、今は一刻も早くコルムナを奪回しなければなりません。大統領を助け出す余裕は、とても……」
「艦長、キョウスケ少尉の言うことにも一理あります」
「どういうことですか?」
「ミッドクリッド大統領は統合軍にとって邪魔な存在。にも関わらず拉致したということは、彼らには大統領を殺せないわけがあるのです」
「え……?」
提案に難色を示したレフィーナだが、少佐の階級章を持つ3人目の人物が待ったをかける。
前髪で右目だけを隠した長髪その男はギリアム・イェーガー。
ユウイチやゼンガー、エルザムと同じく元教導隊に所属していた男だ。
現所属は情報部であるが、故あって現在はヒリュウ改に同乗している。
切れ長の目に整った顔立ちが冷たい感じを与えるが、口調は穏やかで暖かみがあった。
「ふむ。マイヤー総司令は政治家としても優れた男……。
人気者の大統領を殺せばどういう事態を迎える事になるかよくわかっているはずですしね。
むしろ生かしておいて利用する事を考えるでしょうな」
「ええ、おそらく」
会話していた最後の人物の言葉にギリアムは頷く。
発言者はブリッジで一番の年長であろう灰色の髪を持つ男だった。
かつてダイテツ・ミナセと共にヒリュウに乗り、太陽系外への進出という偉業を成し遂げんとしたショーン・ウェブリーである。
ソフトな物腰の55歳で、酒と麗しい女性を何より愛す英国紳士だ。
「皆さんの言いたいことはわかりました。しかし、大統領の居場所がわからないことには……」
「では……コルムナへ向かう途中で大統領を拉致した部隊に遭遇すれば救出する、ということでいかがでしょう?」
「賭け金はおれ達の命、賞品は…大統領の命か」
「若い娘だったら、もう少しやる気も出ますがね」
「……わかりました。私もその賭けに乗りましょう」
お互い趣味に絡めて冗談めかした言葉を交わし、キョウスケとショーンが笑みを交わす。
そんな彼らに、艦長たる彼女も笑みを浮かべて頷いた。
部隊の行動目的と人道的見地、ともに合致しているのだからレフィーナも否はない。
すぐさまブリッジクルーに指示を出すと、ヒリュウ改は月から第三次防衛線上へと進攻を開始した。
そこには宇宙ステーション『コルムナ』が、そしてそのルート上に大統領がいると信じて。
「艦長、大統領を拉致した部隊ですが……」
「はい?」
「おそらくは進攻ルート上でぶつかると思われます」
「本当ですか!? ……少佐は何故それを?」
「情報部の力……と言いたいですが、今回は友人から報告を貰いましてね」
「はぁ、友人……ですか」
「はい。かつて同じ部隊で戦場を共にした、かけがえのない友人の1人ですよ」
スーパーロボット大戦 ORIGINAL GENERATION
Another Story
〜闇を切り裂くもの〜
第14話 白金と王水 A part
ヒリュウ改艦橋で進攻ルートを決する数時間前。
前回戦略的敗北を喫したプラチナのブリーフィングルームには、多数の人間が存在していた。
宙域図らしいものが映し出されている大型モニターの脇には、ユウイチとマコトが簡素な椅子に座っている。
彼らから少しスペースを置いて、アカネとシイコの姿もあった。
「外は大丈夫だったか?」
「ええ。レーダー範囲に敵影は無し。もし見つけても、この艦なら統合軍より確実に早く察知出来るわ」
「単独戦闘用のプラチナならでは、か」
「レーダーの有効範囲は地球圏一でしょうね。さすが私のプラチナ」
「何時からお前のになった……」
苦笑して妻に言葉を返す。
マコトは5年前のあれからよ、と簡単に答えた。
あの件に関して強く出られない事を理解しているユウイチは、その発言を聞いて苦笑を深くする。
前を向いたまま目線を交わす事もなく会話を続ける2人。
彼らの前には、モニターがよく見えるよう配置された席に座るべく行動するクルー達がいた。
この部屋にいる人間は10余人と言ったところだろうか。
「2人で楽しく話しちゃって、私もお喋りしたい〜」
「シイコ煩いです」
「だってだって〜」
横手から話し掛けたのはやはりシイコ。
アカネのツッコミに対してくねくねと体を動かしている。
台詞もあって幼児が駄々をこねているような、そうでないような。
親友と目されるアカネ嬢は頭が痛い。
「その動きやめてください。……索敵に関しては私も助かっていますよ。先に見つけられるので仕事が減りますから」
「シイコさんも結構助かってるなぁ。焦らず移動地点を決められるしね」
「相変わらず変わり身早いわねシイコ」
「そりゃもう先輩に鍛えられましたから!」
「……どういう事?」
「厳しい扱きで保身が身についやいや、私の特技ですから」
「それを言うなら長所だろうに」
チラっと色のない視線を向けられて、シイコは即発言を翻す。
ユウイチのツッコミなんて右から左へ流れて消えた。
感情が何も込められてない視線は怖いものだ、特にマコト・アイザワという名の女性のものは。
彼女の脳内ランクにおいて、敬愛する先輩は怒らせてはいけない人間トップクラスである。
トップを争う位置にマコトと同じ苗字を持つ2人の人間がいるのは秘密だ。
「そろそろ皆さん席に着かれたようです」
「お、そうか。じゃあそろそろこっちも始めるか」
「そうね。シイコは出なくて良いの? 結果を後で私が教えるつもりだったのだけど」
「アカネはどうなんです? それに今更ですよ」
「私は色々と報告する事がありますから。オペレーターの義務です」
「ふぅん。まぁそれでも雑用係も必要でしょ先輩?」
「そうね」
「いてくれれば助かるがな」
ユウイチは1つ頷いて立ち上がる。
確かに宙域図の切り替えなど、携帯端末の操作は必要だ。
報告時はマコトかユウイチが、それ以外はアカネがやるはずだったが、操作だけをやってくれる人間がいるにこした事はない。
端末の操作だけに人を呼ぶ必要性を3人とも認めなかったので、他に連れてこなかっただけだったのだ。
「それではブリーフィングを始めたいと思う」
モニターを背に立ち、ユウイチは部下10数人に向かって敬礼。
クルー達も、座ったままだが返礼した。
アキコ以下のパイロットが真中に横一列に、マークと数人の整備士やヒジリ他のクルーが席の端に縦一列に座っている。
部隊長の顔を見る各員は、皆一様に真面目な面持ちだ。
モニターがよく見えるようにする為か、室内の光量が落ちて薄暗くなる。
「適度に楽にしてくれ。取り敢えず差し迫った状況ではないからな」
「ほっ、リラックスリラックス。ほらナナセ、お前もダラけろ」
「何でよ。適度って言われたでしょ、適度って」
「俺にとっては適度なのだよ〜。椅子が無ければ寝そべるね」
「オリハラ少尉、お前は楽になり過ぎだ」
「え〜」
周りから笑い声が上る。
コウヘイに巻き込まれた感があるルミは、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
根が真面目で少し頑固な彼女にとっては恥ずかしすぎる事だろう。
だが室内の雰囲気は目に見えて柔らかくなる。
「オ、オリハラァ、後で覚えてなさいよ!」
「何の事やら」
押し殺したルミの声にも嘯くコウヘイ。
恥ずかしさと怒りで俯いていた彼女は気づかなかった。
ユウイチとコウヘイの目が合った瞬間、彼らが軽く頷いていた事に。
どうやらコウヘイ・オリハラ、ただ調子に乗って喋っていただけではないようだ。
「さて、次の作戦行動について……と言いたいが各班からの報告から聞こう。まずは食料や生活品はどうか」
ユウイチの発言を受け、1人の男が立ち上がる。
手元のバインダーに目線を落とした男の階級は大尉とそれなりに高い。
40を幾らか超えているであろう彼は、補給関係全般を取り仕切る責任者であった。
「食料その他補給物資はまだ余裕があります。このままのペースで消費しても1月はもつでしょう」
「そうか。打ち上げ前の補給が利いているな」
「はい。後は、敵の攻撃が倉庫に直撃でもしない限り問題ないかと」
「分かった。報告書は後で俺か艦長に頼む」
「はっ」
バインダーを小脇に挟み、ユウイチに向かって敬礼をして着席する。
その目には歳若い責任者に対する負の感情は欠片も見出す事は出来ない。
少なくともユウイチは悪い上司ではないようだ。
「キリシマ軍医少佐、医薬品の備蓄はどうか?」
「ああ問題ない。大怪我を負った人間もいないからな」
「結構」
座ったまま応えたヒジリにユウイチは軽く頷く。
軍医は完全に軍人と言うわけでもないので、今回のように対等に返す事がある。
ある意味、階級に左右されず誰とでも対等な位置にいるのがこのヒジリだった。
本人の性格や、階級差に囚われない雰囲気がこのプラチナにある所為かもしれないが。
「最後に整備班はどうか?」
「おう。前回の戦闘は機体装甲にさしたるダメージも無かったからな、その点は問題ないぞ」
「ならば一安心か」
「パーツなんかも新規に手に入れられたからの。各パイロットの適正に合わせて乗機に組み込んでおる」
「ん? こんな状況で新しく手に入るのか?」
元からの軍人ではないユキトが不思議そうに声を上げる。
それはそうだろう、敵勢力の只中で物資が手に入るなら戦争は楽だ。
だがよく考えれば分かるが、新しく手に入ったのはパーツのみ。
当然これはカラクリがある。
「別に不思議でも何でもないんだなぁこれが」
「オリハラも知っているのか、理由を」
「ああ。まぁ簡単に説明すると、撃墜した敵機から使えそうなパーツをパクってるって事だ」
「そうなのか爺さん?」
「ま、パクると言えば人聞きが悪いがその通りじゃな」
撃墜といっても敵機体の破損状況は千差万別。
大破して木っ端微塵になる場合もあるが、コックピットブロックのみ撃ち抜かれている事だって当然ある。
前者の時は無理でも、後者の状況ならば分解して必要なパーツを取り出す事も可能だ。
使えそうなパーツを宇宙空間で拾って売るジャンク屋なる仕事もあるが、売る以外は同じだと言えるだろう。
「……とまぁそういう事だ。分かったか?」
「ああ、軍って思ったより大変なんだな」
説明を受けたユキトは理解した事を示すよう頷いた。
表情には感嘆の色が若干見える。
艦外から部品を持ってくる作業は、新米であるルミやコウヘイの仕事だったが、それはまた別の話。
その内ユキトも宇宙空間に慣れさせる為、ユウイチかマークからお呼びがかかる事だろう。
「宜しい。弾薬その他消耗品は?」
「減ってはいるがまだ大丈夫だな。具体的には……前回規模の戦闘が4回程度はいけるはずだ」
「4回、ね」
「ここは敵さんの勢力下だからな、気をつけてくれよ。まぁユウイチは言わなくても分かってるだろうが」
「了解了解」
「お前らも頭の片隅にでも置いといてくれ。特にコウヘイは忘れないようにな」
「何故!?」
「そりゃお前……言わぬが華ってやつだろ」
「ぐぅ。ナナセの所為なのになぁ……」
「ちょっと人聞きの悪い事言わないでよね!」
「ホントだろうが。お前が突っ込むからその援護で弾薬の消費が」
「ぐ」
身に覚えがあるのか口篭もってしまうルミ。
それを見て、彼女と似た攻撃方法のマイは無理な突っ込みに気をつけようと思ったとか。
人のふり見て我がふり直せ、である。
「はいはい、2人ともそこまでにしておいてくれ。一応ブリーフィング中だしな」
「は〜い」 「はい」
周りの失笑を切り裂くようにユウイチの仲裁が入った。
その後の2人の返事でまた失笑が広がったが。
ルミが突っかからなければこうも面白い会話に発展しないのだが、それは性格的に無理なのだろう。
ならば周りが教えてやれば良さそうなものだが、皆2人の会話を楽しみにしていたりもするので不可能だった。
漫才じみている彼らの会話は、さしずめ軍隊生活の清涼剤か。
「4会戦分と言っても、心配する事は無いだろな」
「何故じゃ? まだ戦争は初期だと言うに」
「色々推測が立つんだよ。それじゃマーク准尉報告ご苦労様」
「うむ」
「報告書もしっかり上げてくれ」
「……うむ。クロフトに書かせよう」
「1度で良いから自分で書いてくれ。地球で貰ったのも直筆じゃなかったし。軍曹泣いてたぞ」
「ふん。あれはあれで喜んどるわ」
「……そうかい」
クロフト軍曹とはマーク老人の補佐をしている人物の事。
整備士としての腕と人柄の良い好青年なのだが、報告書の代筆等の雑用をよくやらされていたりする。
所謂マークのパシりである悲しき男なのだ。
「次に前回我々に苦汁を嘗めさせてくれた部隊についてだ」
ユウイチの発言と共にモニターの映像が切り替わる。
激戦を繰り広げるゲシュペンストと敵機、大統領搭乗の小型艇を取り囲むAMの様子等が複数のウインドウに表示された。
いかなる理由か粗い画像で敵艦を映しているものもある。
「サトムラ少尉説明を」
「はい。敵隊長の言を信じるなら、部隊名は『
意味は王水、濃塩酸と濃硝酸とを体積比三対一に混合した黄色の発煙性液体の事です。
我が方の母艦名の元となった金属である
「転じてウチを破る部隊って事ね」
「その通りです」
「まぁ良い。部隊名から見ても、当面はこいつらが我々の相手になるだろう」
「そこまで意識してくれていると、なんだか嬉しくなるわね」
「正直迷惑ですが」
仕方ありませんと、アカネは鷹揚に頷く。
彼女からは隊長たるユウイチへの、延いては自らの部隊への信頼が感じられる。
それについては同感なのか、皆一様に刹那軽い笑みを浮かべた。
しかし座っている各クルー、とりわけパイロット各員の真剣な眼差しは一瞬たりともモニターから離れない。
直接戦闘で引けを取ったわけではないが、部隊を退かされたのは事実であるのだから。
「部隊の母艦はペレグリンらしいです。画像が粗いのは最大望遠の為ですのでご了承ください」
「見たところ変わったところはないようだな」
「外観的にはそうです。正確なエネルギー値が分かりませんので、内部に改造が加えられている可能性もありますが」
複数の内1つのウインドウが、大きいサイズへと変更されて表示される。
アカネの言う通り粗い画像だが、艦の形状を判別するくらいは出来た。
例の特徴的なシルエットのペレグリンが映っているが、別段変わった形になっているわけでもない。
続いてアカネは別のウインドウを拡大する。
「前回の戦闘で確認したAMの機種は2つ。地球でも確認したこのスマートな機体と、砲撃戦用らしいこの機体です」
「エルザムやカミオ大尉、前回俺を足止めした2人はこれに乗ってたな」
「はい。敵通信を傍受したところ、その機体はガーリオンと言う名称らしい事が判明しました。もう1つの方はバレリオンとの事です」
「ガーリオンとバレリオンか。艦内ではそれを正式名称として通達してくれ」
「了解しました」
「さすがに尖ったのとか銃頭ってのを正式にするわけにもいかんしな」
「そうですね。そのガーリオンですが、どうやら更に2タイプに分かれるようです」
比較するように、同じ形の機体を映した映像が左右に並ぶ。
右側は、ゲシュペンストが労せず薄青い機体を落とす様子が映される。
地球でエルザムが乗っていたものと同じだが、パイロットの腕故か手強さは数倍違っていた。
無論映像内の方が弱い。
「最初に大統領の小型艇に向かったガーリオンは全てこの色だったな」
「はい。機体のレコーダーでも確認しています」
左側の映像では黒いゲシュペンストと緑色のガーリオンが2機、激しく斬り結んでいる。
緑の機体は薄青いそれの数割増しで動いているが、まだ余裕が感じられた。
その機動には操縦者の腕の差以上の何かが感じられる。
「あの時はそれ程余裕が無かったが、確かに機体色が違うな」
「戦闘データを解析した結果、どうやら緑のガーリオンはフルチューンした指揮官機のようですね」
「双方の差は?」
「こちらの攻撃も当たりませんでしたので、装甲や耐久値は分かりかねますが……」
「まぁ仕方ないな、それで?」
「内包するエネルギーは4割ないし5割増、運動性は約2割増だと思われます」
以上だと言うアカネに頷いてみせる。
鹵獲して分解してみたわけでもないのだから、ある程度分かっただけでも僥倖だろう。
座って聞いていたパイロットも思い思いに頷いている。
ユウイチとアカネがしっかりとやり取りしたお蔭か、他に聞きたい事もないようだ。
「部隊長はケイスケ・タチバナ大佐。軍のデータベースに情報が残っていましたので映像出します」
「ふむ。年齢は42か、見た限りでは30代かと思ったが」
「聞いた事がある名前ね。確か……対テロ戦闘で指揮を執る事が多かったとか、情報部と独自の繋がりがあるとか」
「どこでそんな話を仕入れるんだ?」
「内緒。しいて言えば艦長だから?」
「なんだそれ」
モニターには、胸部から上の画像が拡大表示されていた。
濃い茶色の髪と温和そうな顔の整った容姿の男性。
脇には年齢や経歴等のプロフィールも同時に映し出される。
「童顔だけど中々感じの良いおじ様ですね」
「サユリ現金」
「でも顔は二枚目ですよね。勿論私はユウイチさんが一番ですけど」
「アキコさんあんな事言ってますけど、先輩は?」
「……ノーコメント。アキコとはスタンスが違うのよ」
「それは言っているのと同じ事では?」
「まぁ中々の男だが、まだまだ渋さが足りん渋さが。もう20年ばかし磨きをかければ儂の渋さに対抗出来るやもしれんの」
「さすが師匠! 若さとスタミナなら俺も負けないんだが、渋さとテクニックは無理だな」
「……なんで張り合ってるのよ」
「そりゃナニで」
「死ね」
「ぶったね、親父にもぶたれた事ないのに!」
「でも妹には折檻されるんでしょ」
「……うん。最近甘えてくれなくなって俺寂しい」
あーうるさい、とは一般人の意見。
この艦に乗っている人間は末端に至るまで一般的ではない。
その証拠に、会話に参加しない人間は面白そうに見ているばかり。
ヒジリも今回は会話に入らず観察するばかり。
「どうかしたか?」
「あ、いや何でもない」
全く会話に関わらず、モニター上を見つめ続けていたユキト。
そんな彼に常と違うものを感じたのか、ユウイチは声をかけた。
声色は気遣う様子もなく何時も通りのものだったが、その方が良い事もあるのだと歳若い大佐は経験上知っている。
伊達に教官などしていなかったと言う事か。
「そうか。何かあれば医務室に行けよ」
「ああ」
「行き辛いかもしれないがな。何せ未来の義姉だし」
「なっ! そ、それは……」
「ん? そうじゃないと? もしかしてミスズを取ってカノは捨てるのか?」
「いや! そんな事は無い!」
「ならば良いだろ。戦時任官とは言え一応軍人になったんだからな。重婚の申請も通り易い」
ユキトはぐうの音も出さずに黙り込む。
軍の機体に搭乗して戦闘までこなした彼だから、当然民間人として放っておくわけにもいかなかった。
そこで戦時任官という形で、軍人としてプラチナに乗艦しているのだ。
罪に問われかねないデメリットと、上記のユウイチが言ったようなメリットを考えれば彼に否を選ぶ事は出来なかった。
「ところで……」
「まだ何か?」
「いや、お前には兄がいるな?」
「いるが……話したか?」
「聞いてないが、前回の戦闘でリュウヤ・クニサキご本人から聞いてな」
「戦闘って……」
「ああ。敵の部隊にお前の兄がいる」
「なっ……んだと」
「慌てるな。ついてはその事について話を聞きたい。時間があるときに連絡をくれ」
「わ、分かった……しかし兄貴が…………」
ユウイチから告げられた言葉は、消して小さくない衝撃をユキトにもたらした。
数瞬前に浮かんだ考えが簡単に消え去るほどの衝撃を。
敵部隊長の顔に、彼が愛する女性との共通点があった事を。
疑問にさえ感じる前に忘れ去ったそれが、良い事かどうかは分からない事だったが。
暫くして、モニターから全ての映像が消えて元の宙域図へと戻った。
ユウイチが座席へ戻り、代わりにマコトが立ち上がる。
状況が変化した事を知ったクルー達は、自然と私語を止めた。
「宜しい。最後に、我が艦のこれからの行動について説明したいと思う」
凛々しい顔つきで言葉を紡ぐ彼女には、若さにそぐわぬカリスマが見て取れた。
20代の女性ながら、単独戦闘艦の艦長を任せるに足ると万人に納得させられる堂々たる立ち姿だ。
ブリーフィングルーム内に存在するクルーは、一部の人間を除いて襟を正した。
何の変化なかったのは、ユウイチやアキコ、ヒジリにマークなどのそれなりに人生経験豊富な面子だけである。
いの一番に効果音が出そうなほど姿勢を正したのは、マコトの仕官学校時代からの後輩だったのは当然と言うべきか。
「現在の我が艦の位置はこの青い点。大統領を拉致した部隊の予想位置は赤い点になるわ、サトムラ少尉」
「はい。あくまでも予想ですので、少なからず外れている可能性は存在します」
「移動時間での誤差±10分という位置だと思ってもらいたい」
「『Koenigswasser』は前回戦闘後他の部隊と合流を果たしています。L4への移動は未確認、おそらく大統領もそこにおられるはずです」
地図の上を北と見れば、敵部隊はプラチナから東南東方向となるだろう。
青い点は赤い点と統合軍本部があるL4宙域の直線上に位置。
大統領を送るならばやはりマイヤーのいる『エルピス』になるだろうから、プラチナのレーダー圏内を通る可能性は高い。
プラチナの正確な位置を知らぬ以上、もし大統領を移動させるならば最短距離を進むだろう。
今もってそれがないという事は、向こうに大きな動きは無い証左と言える。
「それを踏まえ、我が艦の作戦目的は大統領奪回の為の陽動になる。何か質問は?」
「はい!」
「オリハラ少尉」
「ノリ悪いなぁ。ここはオリハラ君ってくれよ姐さん」
「誰が姐さんか」
「それだ!」
イチイチ煩い男である。
挙手1つでここまで騒げるこの男は間違いなく真性に違いない。
何の真性かと問われれば答えに困るが…………多すぎて。
「で、質問どうぞ。それだ、に対するツッコミはしないからそのつもりで」
「相変わらず家族以外に厳しい事。艦長は先ほど陽動と仰いましたよね?」
「その通りよ」
「陽動って事は本命があるわけで、プラチナ以外で連邦の部隊はヒリュウ改しかないと」
「分かってるじゃない。大統領の奪還はあちらにやってもらうわ」
「別に俺らが仕掛けても良いんじゃないんですか? 前回横から掻っ攫われた借りを返したいんだけど」
コウヘイの発言は、ユウイチを除いた全パイロットの総意であると言ってもいい。
直接戦闘したユウイチは悔しさの質が違うのだが、他のパイロットは何も出来ず大統領を拉致され無力感を感じていた。
自分達が先に艇を保持していたら、と考えずにはいられないのだ。
言ってみれば部隊を分けたユウイチのミスだが、彼らはそれで良しとしなかった。
そのユウイチも大統領奪還は自らの手で成し遂げたかったが、確実を期する為マコトが立てた陽動作戦に賛成している。
「敵もそう思っているでしょうけどね。陽動が目的ならこの艦の方が向いているのよ、今回は」
「今回は?」
「まぁ取り敢えず続きを聞きなさい。サトムラ少尉、進行ルートを」
「はい」
「まずは……ここ。この地点にはごく小規模の監視衛星が存在するから、これに接近してこちらの位置と進行方向を示す」
「防衛戦力の反応はなし。移動開始後の監視範囲内への到達予測は約15分後です。以後この衛星をポイントAと呼称します」
現在地点だろう青い点と、そこからあまり遠くない場所に明滅する黄色い点が出現する。
地図の上を北と見れば北東というところだろう、アカネが言うところのポイントAだ。
青い点から黄色い点へ進行ルートを示す白い矢印が表れる。
「進路を見せた後は直進。比較的規模の大きい通信衛星を襲撃する」
「ポイントA通過後、約20分後に到達する予定です。こちらはポイントBと呼称」
「Aとは規模が違う為、こちらには防衛戦力があるはず。パイロット各員はその点を念頭に置くように」
「数多く存在する衛星内の1つなので、おそらく戦力はそう多くはないはずですが注意願います」
アキコ以下の6人が一斉に頷く。
彼女らもアカネの言葉には同感だが、だからといって気を緩めるような人間はいない。
彼らは過信や油断が即死に繋がる事を知っている。
ミサイルの1発で死ぬ事さえあるのが機動兵器戦闘なのだから。
「位置と時間的にポイントB襲撃後、『Koenigswasser』とぶつかる可能性が生じる。彼らを引きずり出せれば作戦は完了でしょうね」
「あの艦長……」
「何かしら、ナナセ少尉」
「可能性という事は、敵が来ない場合もあるんですか?」
「無論そうね。監視衛星に映っただけで向かってくるかは五分五分。普通なら来る可能性は下がるけど、部隊性質上5割と見てる」
「性質上、ですか?」
「ええ。彼らの目的は我が部隊の殲滅ないし無力化みたいだし、見つければ向かってくるでしょう」
なるほどその通りだとルミは頷く。
前回もそんな発言があったとユウイチから聞いている為、その言葉には説得力がある。
彼女は取り敢えず、そんな事も分からないのかと馬鹿にした顔をするコウヘイの足を踏んでみた。
踏まれた方は座ったまま仰け反る。
実に器用。
「これがプラチナが囮になる理由。分かったかしらオリハラ少尉?」
「サ、サー」
「足痛そうね。でも心配しないのであしからず」
「うお厳しい」
「それで艦長、もしポイントB襲撃後に敵部隊が出現しなかった場合は?」
「アイザワ少佐、良い質問です」
「茶化さない」
「はいはい。その場合は……この衛星に攻撃をかける」
アカネが端末を操作し、宙域図へまた新たな光点を発生させる。
今度のそれは、赤い点からそれ程離れていない場所に存在した。
現在までに10000近い衛星が打ち上げられていた為、どのような場所でも大抵衛星は見つかる。
当然新たな光点はポイントCと表示された。
「ポイントCの襲撃も考えて、ポイントBでの敵戦力殲滅は避けるように。情報を流さないと陽動にならないからね」
「気をつけるのはそこだけですね」
「そう。敵部隊との戦闘開始後は後退しつつ応戦。少しでも大統領がいるであろう場所から遠ざける」
「まだ大統領が彼らの艦に乗っていた場合は?」
「人質にするならともかくそれは無いわね。身柄を押さえた以上、マイヤーの意思は彼を生かしておく事だから」
「追討任務には関係ないと」
「そ。軍事行動に積極的に関わらせるはずはないわ」
「分かりました」
さすがと言うべきか、彼女ら2人の質疑応答は一瞬の停滞もない。
質問を浴びせていたアキコは、発言が一段落すると椅子に座りなおした。
室内はざわめきに満ち、周りの人間は情報の整理で意見交換している様子も見受けられる。
例外はあらかじめ知っていた人間か戦闘に直接関与しない人間くらいか。
「私からも質問いいでしょうか?」
「勿論よ、クラタ少尉」
「はい。私達が囮をする事は理解しましたけど、ヒリュウ改の方はそれを知っているのでしょうか?」
「……ここは敵地」
サユリが訊くまで出なかった疑問だが、それが1番クルーの知りたかった事かもしれない。
マイが最後に言った言葉が、生じた疑問の大本と言っても良いだろう。
統合軍に通信施設全てを抑えられているこの宇宙。
連絡のやり取り出来るのか、それ以前に通信が届くのかどうか。
「ん、問題ないみたいわ。向こうからの返信もあったし」
「だ、大丈夫なんですかぁ?」
「別に全通信封鎖されているわけでもないし、やり取り自体は出来るもの。傍受はされているでしょうけど、ちゃんと暗号も噛ませたし」
「解読されたりは……」
「それは分からないわね。アイザワ大佐殿は問題ないと考えているみたいだけど?」
そう言って、マコトはこの艦唯一の階級上位者へと視線を向ける。
話を聞いていた他の面子も一斉にそれに倣った。
薄暗い室内を10人単位の人間がゆっくりと、しかも一糸乱れぬ動きで自分の顔に目を向けるのだ。
(うげ。って怖ぇよ!)
辛うじて口には出さなかったユウイチだが、実際は全身総毛立っていた。
変に薄暗い所為か向けられる目は光っているし、顔の凹凸には陰影がついているしで怖いのだ。
本気で下手なホラー映像より不気味で恐ろしいのだから、視線を向けられた方は堪ったものではないだろう。
思わず現実逃避で娘達がこの場にいない事を感謝してしまったユウイチだ。
彼女らが見たら絶対に泣く。
「あ、暗号は教導隊のモノを使ったからな、まずばれないと思うぞ、うん」
「そういう事らしいわ」
「唯一ばれる可能性はゼンガーが見た場合だが。一パイロットの彼まで情報が浸透する前には終わっているはずだ」
「分かりましたけど、何故教官はどもったんですか?」
お前達の所為だ、とは言わなかった。
曖昧に笑ってごまかす。
「ではブリーフィングを終わる。各員一層の奮起を期待する。解散」
着席していた人間は、皆一斉に立ち上がり敬礼。
それをもって今回の会合は終わった。
「やっぱり男言葉は疲れるわね、肩凝った」
「そんな、凛々しかったですよ先輩。でも途中から元に戻ってましたけど」
「そうですよ。マコトらしさが出ていましたよね、ユウイチさん?」
「ああ、惚れ直した」
笑み混じりの発言に対し、マコトは後ろから夫の背を叩く事で応えた。
分かり易い仏頂面で照れを示した彼女に、周りの人間も笑みを見せる。
明かりの点いた今のブリーフィングルームにいるのは7人。
アイザワ夫妻3人+アカネ、シイコ、ルミの一団と、いまだ座して何事か考えているユキトのみだ。
「コウヘイ君は何であんなに急いで帰ったのかなぁ。アカネは分かる?」
「さぁ? 何か気になる事でもあったのではないでしょうか。ですがシイコ、聞くなら私よりナナセさんでは?」
「あ、そっか。じゃあルミちゃんどうぞ」
「あたし!? 何でよ?」
「「「コンビだから」」」
「アキコさんまで!」
シイコとアカネのみならず、会話に加わっていなかったアキコもツッコミをハモらせた。
ガビーンと衝撃を受けるルミに、アキコはあらあらと返すだけだ。
それほどまでセットだと思われているのだろうか?
ツッコミがいないとボケられないコウヘイ的には、是非にと望むところなのだろうけど。
「でも実際一番付き合い長いですし」
「シイコだってアカネだって知り合ったのは同じくらいじゃない」
「中学出た後は違うよ。私なんかいた惑星自体違うもん」
「ぐ……」
「私も専攻が違いましたから当然接点はありませんでしたし。同じ敷地ではありましたが」
「ぬぬ」
「それに比べればルミちゃんはねぇ」
「ええ。士官学校を出た後の部隊も同じで……付き合いは7年ほどでしょうか?」
ねぇ、とお互い顔を見合わせてルミを追い込む2人。
会話に加わらない既婚者3人は微笑ましそうに見守るだけだ。
ユキトは相変わらず……多分兄の事を考えているのだろう。
「だ、だからってあたしにもオリハラの奇行は理解できないわよ?」
「そりゃそうでしょうよ」 「当たり前です」
「へ?」
「稀代の変人コウヘイ・オリハラと言えば中学時代から有名だったもん」
「コウヘイの行動を全肯定出来るのは、それこそ彼の奥方達しかいません」
「は、ははは」
酷い言われようだ。
確かに普通の人ではついていけない事が多々あるが。
そのコウヘイだが、解散を告げるマコトの声から数秒で姿を消していた。
マークと共に『Zの鼓動が聞こえるー』と絶叫しつつ走り去っていったのだ。
あまりの事に固まった他の面子は思った、
『Zの鼓動って何?』
と。
「ここだよね?」
「うん。電気点いてるけど、中誰かいる?」
「カノりんパパとママは?」
「いますか?」
入口で小さな声が上がると、中を窺うようにそろーっと扉の外からカノの顔が現れた。
完全に出入り口は開ききっているので普通は遠慮無用なのだが、やはり会議だったという事を気にしているのか。
確かにブリーフィング中にいきなり乱入かましたら双方嫌な空気を感じる。
今回はしっかり終了しているので、そんな事はありえないのだが……。
「ふぅ、ちゃんと終わってたよ。皆大丈夫みたい」
「ほ、良かった。偵察ありがとーカノりん」
「任せてよミスズちん。カノりんはプラチナ偵察隊隊員1号さんだからね! ミスズちんは隊員2号さんね」
「あーあたしは? あたしはカノりん?」
「マリアは、うーん。……隊員3号さんブラックで、アキナは隊員3号さんホワイトね!」
「えへ、ありがとーカノりん」 「カノりんお姉さんありがとう」
「うん。お礼言われるのはやっぱり嬉しいよぉ」
顔を綻ばすカノとそれをニコニコ見守るミスズ。
同じ男性を好いている2人だが、関係は良好なようである。
アキナの呼び方には少し微妙な顔をしたが。
「あたしがブラックでアキナがホワイトか」
「じゃあ2人はプリキュ――」
「んん!! あまり危ない発言はしないように」
「――あ、お父さん」
「パパ!」
「私も私も!」
『抱き!』とでも効果音が付きそうな勢いでマリアが引っ付き、一拍遅れてアキナがそれに続く。
2人を左右の足に抱きつかせた人物は、アキナの発言を遮ったユウイチである。
アキナの発言だけ繋げると、実は完全に遮られていないのは秘密だ。
「い、何時の間に……このカノりんが察知出来ないとは」
「私も気づかなかったよ」
「そりゃ話に夢中だったからでしょう」
「あールミちゃんだ」
「あのねぇカノ、ルミちゃんは止してよ。二十歳過ぎてちゃん付けって結構あれなのよ」
「大丈夫大丈夫、まだまだ若いよール・ミ・ちゃん」
「シイコあんたねぇ……」
「何かなぁルミちゃん?」
ニヤニヤと笑うシイコに、思わず拳を握り締めちゃうナナセ少尉。
腰を回転させて顔面に打ち込めば、等々いささかやばい考えが脳内会議で検討中。
後一言彼女から何かあれば条件反射で右腕が唸るかも。
「からかい始めたシイコは無視するに限りますよ。コウヘイと同じです」
「……サトムラさん中々言うわね」
「シイコとは付き合い長いですから」
「そうそう、アカネと私は運命の黄色いハンカチで結ばれてるもんね」
「改めて、カノさんとミスズさんこんにちは」
「うん、こんにちはぁ」 「こんにちは。ナナセさんもこんにちは」
「はいはいこんにちは。で、何しにきたの?」
「あの2人がユウイチさん達に会いたいって言うから連れてきたのと」
「あれ? 私には挨拶ないの……?」
言葉に誘導されるようにアイザワ家の5人を見る。
その際上がった小さな声は丁重にスルー。
ルミとアカネは悪ふざけしたお仕置き、ミスズとカノはどうしたら良いか分からず消極的に乗った。
「パパ抱っこして」 「私もお願いします」
「はいはい……よ」
「わ、高ーい」 「高いねぇアキナ」
「これで宜しいですかお姫様方?」
「「うん」」
輝くような笑顔で周りを見回す。
片腕に愛娘を1人ずつ乗せてもユウイチはこ小揺るぎもしない。
機動兵器の加速や諸々に耐える為、パイロットはそれなりに体を鍛えているのだ。
数年経ったらどうなるかは謎だが。
「ママもいるんだけど?」
「……うん」
「本当に2人はユウイチさんが好きなのね」
「はい! ……やっぱり高いですね」
「パパ良いなぁ」
「そうか?」
「羨ましいです」
「やっぱりユウが良いのね……」
「何を今更……」
はぁ、と母親同士溜息は同時に。
ユウイチに抱えられて歓声を上げる娘を見てちょっとブルーだ。
父親の方は、娘たちの相手をしつつもそんな2人を見て苦笑した。
「なんと言うか……」
「家族の団欒ですね」
「いじけてるのが馬鹿らしいよね」
当たり前の家族。
そう言う他ない光景に、3人とも普段通りに戻る。
アカネとルミはお仕置きたる無視をやめ、シイコも無視されてイジけるのを止めた。
そういった人を微笑ませる力が、この団欒風景には確かにあった。
「……良いなぁ」
「……うん」
微笑ましく見ていたルミとアカネだが、脇から聞こえてきた沈んだ声に目線を向けた。
その先には羨望の眼差しで一家を見るカノとミスズ。
艦内で少なくはない時間を共に過ごし、彼女らの家庭環境を知ったアカネとルミはそれを思い出して固まる。
普段は場を明るくする事に長けているシイコでさえ一瞬口篭もった。
「シイコ、何とかしてください」
「な、何故私!?」
「何時もしょうもない事言ってるんだから、普段通りでいきなさいよ」
「そ、そんなコウヘイ君と同類みたいに言われても」
「軽口を叩けないシイコはただの女です」
「し、しどいアカネちゃん……でもユウイチさんの前ではただの女だし」
その言葉が気に入らなかったのか、ピシりとアカネのコメカミ引き攣った。
なんだか乙女チックな表情のシイコを冷たい視線で凝視。
お互いの立場を知っていても、言葉にされると気に入らない事というのは多々あるのだ。
(ダメだわこの2人)
やるせない顔で、ルミは生暖かく見守ったままダメ出し。
特定の条件下では普段冷静なアカネも使いものにならないと判断した。
ここは自分がなんとかするしかない! と腹をくくる。
「カノ、ミスズ」
「んー」
「何かなー」
「そんな羨ましそうに見ないでも、あんた達なら大丈夫でしょ」
「「え?」」
意外な台詞だったのか、今までの呆然状態から発言者へ視線が向く。
何かしら感ずるところがあったのだろう。
だがこれに慌てたのは言った本人。
(こ、こんな食いつき良いなんて!? 今更適当に言ったなんて言えない!)
まぁ、そういう事らしい。
2人の意識を向けさせる以上の意図はなかったようだ。
穢れない無垢な視線(だと彼女からは見えた)を向けられ、打開策を探して周りを見回す。
アカネとシイコは相変わらずで、あの一家は団欒を継続。
そして―――
(いたわ。おあつらえ向きの人間が)
―――彼女の瞳はターゲットを捕らえた。
カノとミスズの想い人にして、家族問題を解決させる事が出来る人間。
その名をユキト・クニサキと言う。
ルミは彼を指し示した。
ある意味追い詰められた彼女は、大して考えもせず口を開いてしまう。
「あいつと家庭を作れば良いのよ。籍入れて子供産めば家族だし」
「「…………」」
「あ、外した?」
「「そ……」」
「そ?」
「それだよぉ!!」 「それだよ!!」
「えらい力の入りようね。……ええ、もはやそれしかないわ!」
そんなわけがない。
わけがないのだが、ミスズとカノにとっては望みに合致する第三者のお言葉。
ルミに礼を述べると先ほどとは対極の明るい表情で、未だ座ったままのユキトへと駆けて行った。
「ふぅ、何とかなったわね」
「……」 「じー」
「な、何よ?」
何とかなってホッと一息のルミ。
そんな彼女を復帰したアカネとシイコがまじまじと見ていた。
シイコなどは露骨に口で表現する程のジト目だが、アカネの顔には若干の驚きと悲しみが……。
「すみませんナナセさん。もうそこまで……」
「……何で謝られるのかしら?」
「やはり付き合いが長すぎたんだねぇあはは」
「シイコ、あんたその笑いムカツクわ」
「だってしょうがないじゃん。気づいちゃったんだから」
「何をよ?」
「私からはとてもとても。きっとアカネが教えてくれるよ〜。あ、先輩ちょっと」
言いたい事だけ言って去ってゆく。
ルミから見ればマコトに話し掛けるところなど逃げたとしか思えないわけで、思わずシイコの背を睨んだ。
だが答えてくれる人間がいるなら良いやと、追いかけはせず示された人物に顔を向ける。
アカネは無表情だった。
「そっくりでした」
「へ?」
「もう手遅れかと」
「だから」
「先ほどの、2人を
「……え?」
固まる、と言うか表情が凍りついた。
アカネも全く動かないので、期せずして微動だにしないまま対峙する2人。
周りの空間さえ凝固しているような錯覚さえ覚える。
当然そんな事をやっていれば他の面子も注目するわけで、残る9人が近づく素振りを見せ始めた。
「え、ちょ……サトムラさん、もう一度言ってくれるかな?」
「はい。先ほどのナナセさんの発言ですが、2人を元気付ける為の発言内容がコウヘイそっくりでした」
「そ、そう? べ、別に普通じゃないかな?」
「いえ、出産や入籍を絡めて煽るところがコウヘイっぽいです。彼ならもっと軽めでしょうけど」
「そ、そんな……」
膝から崩れ落ち、床に両手をついて頭を垂れる。
コウヘイにそっくりと言われてそこまでショックだったのだろうか?
……あのぶっ飛んだ個性を考えれば、やはりショックかもしれない。
「影響を受けるのは仕方ありませんよ」
ポンと、屈んだアカネは目前の肩に手を乗せる。
その顔は発言時の無表情が嘘のように慈愛に満ちていたが、ルミにとっては慰めにもならなかった。
朱に交われば赤くなると、まぁそういう事だ。
「何をやっとるんだお前たちは」
「青春の光と影です」
「……は?」
「嘘です」
「はぁ」
寄ってきたユウイチが、アカネのボケに微妙な顔で応える。
彼の両腕には相変わらず愛娘が2人。
彼女らも、ついてきたマコトとアキコも視線は打ちひしがれたルミに釘付けだ。
シイコだけは彼らの後ろでニヤニヤ笑っている。
「パパ、パパ」
「ん?」
「私たちを降ろしてください」
「もう良いのか?」
「うん」
「分かった」
交互に発言する娘に応じ、片膝を着くと二人を降ろした。
父に礼を言って、すぐ傍でピクリとも動かない女性へと歩み寄る。
何故か声をかけずに彼女を中心に周回し始め、色々な角度から眺めていた。
2周ほどして満足したのか、姉妹は顔を見合わせると頷いて手を伸ばす。
「ルミお姉ちゃん」 「ルミお姉さん」
「……」
声だけでは効果がないと悟ると、両の肩をそれぞれがポンポンと叩く。
少女たちの身長からすれば、四つん這いで固まっているルミの肩は良い位置。
少し低いが、それでも直立したまま肩を叩けた。
「大丈夫?」
「どこか痛いのですか?」
「多分心が痛いのでしょう」
「そうなのか?」
「知らしめた私が言うのですから間違いありません」
アカネは変に容赦なかった。
付き合いの長いシイコは苦笑で済ますが、ユウイチ達は黒い発言に絶句。
特にアイザワ夫妻は故郷にいる妹を思い出したり。
「ぅ……」
「辛いの?」
「元気出してください」
「…うん……ありがとう」
2人の言葉が届いたのか、ルミは顔を上げた。
彼女は精神的受けた多大なショックを乗り越える事が出来たのだ。
「感動的だよ〜」
「ミスズちん感動した」
「私も……あ涙が」
結構間抜けな場景だが、カノとミスズは真剣なようだ。
シイコに至ってはわざとらしくハンカチで目元を拭う。
確かに目の下には雫が……。
「逃げたくせに白々しいですね、シイコ」
「ぐ、アカネちゃんツッコミ厳しい」
「私に押し付けた軽い罰です。それと……」
「ん?」
「目薬は面白みがありません。容器が落ちてますよ」
「えぇマジ? どこどこ?」
床を見回すシイコ。
その様子からすると、どうやら本当に目薬らしい。
「カマをかけただけです。落ちてません」
「……ぐ」
「じゃあ立ってください」
「ほらほら」
「2人とも」
子供に手を貸してもらって立ち上がるのは、実際なんだかアレだが今のルミには関係ない。
優しい言葉、情けが身に沁みるぜってなもんだ。
ありていに言えば感動している。
どれくらいかと言うと、生温かく見守る残り8人が意識に上らないほど。
「心配してくれる子がまだ……あたしはここにいていいのね?」
「「うんうん」」
「ありがとう」
礼を述べると、ルミは爽やかな顔で宙を仰ぐ。
どうやら補完されてしまったようだ。
要所で頷いていた姉妹だったが、当然その内容は理解していない。
まぁ5歳児に理解出来る事ではないし。
「話は済んだか?」
「大佐」 「パパ」 「お父さん」
「ふむ、なんだかルミは晴れやかな顔になったな」
「ええ勿論ですよ!」
「そ、そうか」
いやに力ある発言に身が退きかけるが、そこは部隊のトップ。
表面上は何でもないように耐えた。
その間に、彼の両手はそれぞれ娘たちに捕らえられる。
「彼女の補完は成し遂げられました」
「や、結局落ち込んだ理由は解決されてないけどね」
「ユキトさん大丈夫? なんだか元気ないけど」
「そうか?」
「うん。お姉ちゃんのところに行ったらどうかな?」
「全てはシナリオ通りです」
「アカネちゃん聞いてよ」
「マコトはこの後どうするの?」
「またブリッジ。クゼ君と交代してね」
「そう、大変ね」
「いや、大丈夫だ」
「なら良いけど。ダメだと思ったら、アタシとミスズちんで無理にでも連れて行くよ?」
「その時は頼んだ」
「そういうアキコは?」
「私は――」
続々と、残っていた人間が集まってくる。
各人好きに話していた為か、かなり発言が錯綜していた。
いくらそれなりに広い部屋といえど、一ヶ所に集まれば意味はない。
「何時までもここにいるのもあれだな。取り敢えず閉めるか」
「それもそうですね」
「じゃあ皆外出てくれ」
はーい、と異口同音に了解の声を上げる一同。
その最後尾を、
(学校の先生か俺)
そう思うのも無理からぬ事。
部下の名誉の為、保父さんだと思わなかったのはユウイチの精一杯の理性かもしれない。
「これで良いかな」
明かりの消えたブリーフィングルームを見回し、1つ頷くとユウイチは扉を閉めた。
どうやらつつがなく閉室作業は終わったようだ。
扉から通路方向に向き直ると、数人の女性が目に入る。
「ん? ユキト達はどうした?」
「彼らですか? クニサキさんがお疲れの様子でしたので部屋に帰られました」
「そうか、まぁ無理もないか」
「は?」
「いや、なんでもない。何か言っていたか?」
「ああそういえば、『来るならこい、俺は誰の挑戦でも受ける』、とか言っていました。何の挑戦でしょうか?」
「……そうか」
相当動揺していると見て間違いない。
まぁユウイチには言いたい事が伝わったので問題はないが、本当に誰か挑戦しに来たらどうするのだろうか。
ユキトに聞きに行った時の第一声は、『挑戦しにきた』で決まりだなと彼の脳内で即決定した。
「俺は作戦時間までフリーだが、お前たちはどうするんだ?」
「私―」 「―達ですか?」
「ああ」
さすがと言うべきか、阿吽の呼吸で言葉を繋いだのはマコトとアキコ。
不可分な関係を示すように、彼女らは自然とお互いに同調している。
それぞれの娘達と同じ姉妹のような自然さは、付き合ってきた長さと家族たる証明。
「私はブリッジに戻るわよ。クゼ君に留守番頼んでるから交代してあげないと」
「ちゃんとタカアキに了解を得て代わったのか?」
「失礼ね。それは当然、ちゃんと首肯してくれたもの」
「あいつは口下手だからちゃんと見てやってくれよ」
「はいはい。旦那の数少ない男の友人だしね」
「ぐ、少ないは余計だ」
言葉に詰まったユウイチに、周りで聞いていた女性陣が笑う。
釣られて娘達も笑い始めたが、多分意味はわかっていないだろう。
マコトの言う通り、ユウイチは男の友人が極端に少ない。
経歴以前に彼の女性関係が問題なのだ。
美人の妻が2人いて、恋人関係の女性が数人……それはそれは盛大にやっかまれる。
「嫉まれてるからねぇユウイチさんは」
「その点クゼさんは稀有な人ですね。器が大きくていらっしゃる」
「そ、そうなんだ。タカアキは良い奴だからマコト頼むぞ」
「はいはい」
あからさまに話を逸らしたユウイチに、マコトは笑い混じりに頷く。
今更のようなものだが、彼でも女性関係を突っ込まれると焦るものなのだろうか。
相手が1人なら直接手段に訴えるユウイチも、多数の女性に囲まれると弱かった。
しかも愛娘2人が両手を掴んで話を聞いている。
親ばかな彼が迂闊に行動を起こせるはずもない。
「まぁまぁマコト。そこらへんにしてね。ユウイチさんも困っているし」
「ええ。相変わらずアキコはユウに甘いわね」
「そうかもしれないわね」
「あっさり肯定されてもね。からかい甲斐のない」
「ふふ。わたしはルミさんとシミュレーターをやる約束がありますよ、ユウイチさん」
「あ、ああ。そうなのか?」
いきなり話を振られてどもるユウイチだが、反射的にルミへ確認する。
それほどアキコの話題転換は唐突だった。
周りの人間も少し唖然として固まっており、いわんやルミもすぐには反応出来ない。
「……え、っと。ええ、アキコさんにシミュレーター訓練を付き合ってもらう約束をしています」
「そうか、熱心だな」
「そんな……あたしはまだ未熟ですから」
「それがわかっているだけ良い事だ。頑張ってくれ」
「はい!」
ポンと肩を叩くと、ルミは晴れやかな笑みと弾むような返事を返す。
微笑ましい彼女のお陰か、先ほど上った女性関係の話題は完全に消えてしまった。
内助の功と言うか、アキコの発言があればこそ。
(色々助けられているな)
見えないところで妻に支えてもらっている事をユウイチは自覚している。
今回はちょっと情けないが、普段の彼があるのは女性の力あればこそなのだ。
先ほどはからかう側に回ったマコトだが、彼女にも助けられている。
(俺は恵まれているな)
というのが何時もユウイチが思う事。
昔家族をなくした少年は青年となり、かけがえのない家族を創り上げた。
……まだまだ増えるが。
「着いたー!」
「着いたー」 「着きました」
扉を開けるとまずはシイコが、そしてマリアにアキナが続いて部屋へと入っていく。
数秒遅れて、苦笑しながら扉をくぐったのはアカネとユウイチだ。
「家主より先に入るとはどういう了見でしょうか」
「すまんな」
「いえ、確実にシイコの悪影響です。考えた方が良いかもしれませんよ?」
「ははは、そうだな」
ここはアカネの部屋。
マコト達3人とはブリーフィングルーム前で別れ、ユウイチ以下5人はここに着た。
ユウイチは自室で娘達と遊ぶつもりだったのだが、同じく自由時間だったアカネに誘われたのだ。
娘達はアカネの部屋に行った事がなかったのですぐに賛成。
ユウイチとしても断る理由もないので、請われた通りお部屋にお邪魔させていただいている。
「シイコは普通についてきたが、大丈夫なのか?」
「何時もの事です。諦めました」
扉から続く短い廊下を抜けるとすぐリビングにたどり着く。
途中左手にバス、トイレ、キッチンなどへの扉があったが、取り敢えず今のところはスルー。
リビングにはソファセットにテーブル、テレビなど一般的なものが置かれていた。
「遅い遅い、あまりにも遅いから寛がせてもらってるよー」
「よー」
「マリア! ご、ごめんなさいアカネお姉さん」
「良いですよ。悪いのは全てシイコですから」
「えーなんでー? ぶーぶー」
シイコのあげる抗議の声もむなしい。
何せ彼女は長いソファの上に寝転がっている状態。
アキナは大人しく別のソファに座っているが、マリアもシイコと同じ格好で転がっている。
間違いなく
「やれやれ、すまんなアカネ」
「だから気にしないでください。あ、お手伝いします」
「ああ、ありがとう」
「いえ」
ジャケットを脱ぐべくボタンを外していたユウイチ。
その行動に気づいたアカネは、そっと彼の背後に回った。
袖から両腕を抜くのを手伝うと、脱いだジャケットを軽く畳んで片腕に下げる。
部屋を見回して見つけたハンガーを手に取り、ジャケットを掛けて壁のフックに吊り下げた。
「……ほぇ〜」
「何か?」
「や、随分様になってるなぁと」
「そうですか?」
「……お母さんみたい」 「……ママみたいだった」
「つまりは夫婦みたいだったって事だね」
「俺も結構自然にやっちゃったが、すまん」
「い、いえいえいえ! そ、そうですか……ふ、夫婦……ですか」
真っ赤になって俯いてしまうアカネ。
自然とやっていた事を第三者から指摘されて照れてしまっている状態だ。
無論喜びも多分にあるが。
「アカネ? アカネちゃ〜ん」
「夫婦……夫と妻。めおと。婚姻関係にある男女。これなら何時結婚しても……」
「あ〜、うん! こりゃダメだね。暫く放っておこう」
「そうなのか?」
「数分はトリップしたままなんじゃないかなぁ。ユウイチさんも座って待ってた方が良いですよ」
「ああ」
ユウイチは空いているソファに座ると、相変わらず俯いたままのアカネを見やる。
首筋まで真っ赤になって、今にも湯気を出しそうだ。
それほどまでに照れているのかと思うと、微笑ましさやら可愛らしさを強く感じる。
「マリア、アキナ、じゃあ私たちはちょっと別のところで遊ぼうか?」
「え、どこどこシイコ
「勝手に行って大丈夫でしょうか?」
「問題ないない。アカネの部屋は私の部屋だから」
「エライ暴論だな」
「実際ここにいても、あまり騒ぐ雰囲気じゃなくなりましたからねー」
まぁ確かに、とアカネを見やりつつ頷く。
今の状態の彼女を無理やり正気に戻すのは忍びないかなー、なんてユウイチも思っていたり。
言外に賛意を感じ取ったのか、シイコは姉妹を促して立ち上がる。
「ユウイチさんはそこでアカネを見ていてください」
「はいはい」
「じゃあ私たちはあの扉を目指してしゅっぱ〜つ」
シイコの目的地は、キッチンとは逆の壁にある扉のようだ。
何度となく入ったことがあるユウイチは、そこが寝室である事を知っている。
何の用事で入ったのかは言わぬが華か。
別に言わなくてもアカネとの関係を考えれば予想は容易なのだが。
「ここは寝室、つまりベッドルームね」
「寝るとこだね」
「良いのでしょうか?」
「だいじょぶよー。アキナはもう少しアバウトに過ごしなさいな」
「あばうと……ですか?」
「そそ。じゃないと責任感で潰れちゃうわ」
「よく、分かりません」
「ちょっと難しかったかな。その内分かる分かる」
シイコは、アキナの頭を優しく撫でる。
彼女なりに娘の事を心配してくれている様子に、ユウイチは笑みを浮かべた。
ふざけているようでしっかりと気配りが出来る。
シイコ・ユズキはそんな佳い女なのだ。
(ああいった悪さを教えてくれる大人も教育には必要だからな)
表面上は結構な事を考えているユウイチである。
事実表面だけ見ればそうとしか言いようがないのが、シイコのシイコたる所以というところ。
それでも彼女の事を深く理解しているからこそ、シイコと肌を重ねられる事を光栄だと思う彼だった。
「アカネのベッドメイクは達人レベルなのよ」
「達人」 「……レベル」
「そ、
「「凄そう」」
「楽しみにね」
「「うん!」」
徐々にユウイチに届く声も小さくなっていく。
そして扉の向こうへ3人が姿を消すと、彼女達の声は聞こえなくなった。
だがユウイチには、シーツに触った娘達が上げるであろう歓声が容易に想像出来たのである。
彼も始めて”それ”に触れた時は、想像を絶する衝撃を受けたのだから。
「どうするか、な」
「場所はやっぱり白いチャペル? でも日本人だし神式も……」
「……暫く静観」
少しだけ冷や汗を流し、アカネから視線を外した。
発言内容もユウイチにとってクリティカルなものだし。
だが彼にとって既に答えは出ているのだが。
「茶でも入れるかねぇ」
思いっきりソファに背を預けつつ、考えを口に出していた。
話し相手がいないと、独り言の機会が増えてしまうのは致し方ない。
背もたれに首を引っ掛けて上を向く。
(まぁ、勝手知ったるアカネの部屋……と言ってもそこまでやるわけにはいかんか)
それなりの回数お邪魔しているので、キッチンの配置程度は覚えているユウイチだが、それとこれとはまた別。
人様の部屋の冷蔵庫等を勝手にあさるのは人道に
女同士なら気安いかもしれないが、彼は男だし微妙にフェミニストだった。
(なら考え事でもするしかないわけで、現状考えるべき事は……やっぱ敵についてなんだよな)
一パイロットならば向かってきた敵を倒せば良いのだが、生憎とユウイチはそうではない。
大局的視点ではマコトに負けると理解していても、彼はこの部隊の責任者である。
それに、特定の人間に関しては彼にしか分からない事もあるのだ。
例えば―――
(かつての教導隊が目指したもの、とかな)
―――あの掛け替えのない日々に、彼が所属していた部隊について。
中核をなした人間が永遠に失われ、残った6人も別々の陣営に所属している。
当時は上手くいっていた部隊も、たった数年で見事にバラバラ。
最強を誇った部隊も夢幻の如く、その存在は人の記憶とデータに残るのみ。
(儚いな。結局隊長あっての部隊だったって事だが)
誰からも好かれていた。
気難しいテンペストでさえ隊長には笑みを見せた事がある。
豪放磊落で、所属当初は部隊のお荷物だったユウイチの面倒もよく見てくれた。
彼がいたからこそ自分は教導隊でやっていけたのだと、ユウイチは誰よりも理解している。
(あれがカリスマと言うんだろうな)
自然とついていきたくなるような、そんな雰囲気。
今にして思えば、そんな彼の雰囲気を軸にして教導隊は纏まっていた。
ならばやはり、その彼が行方不明になった時に部隊の瓦解は決定していたのだろう。
(その教導隊が目指していたもの……)
目を閉じる。
今なお鮮やかに脳裏に甦る場面がある。
『このPTが量産化されれば、地球圏の武力は一気に膨れ上がる』
『そうですな。巧く使ってくれるとこっちとしても助かるんですが』
『ふん。連邦に効果的な運用が出来るとは思わんがな。カイ中尉も分かっているだろうに』
『そう言うなテンペスト。もう一杯呑んどくか?』
『……どうも』
『む……エルザム、この料理は美味いな』
『それは良かった。
『美味いですよ』
『さすがはエルザムだな。しかしユウイチ、いい加減その敬語は直さないのか?』
『ギリアム中尉、そうは言っても中々……』
『まぁ追々直していけば良いか』
『良いかお前ら!』
『は?』
『また始まったか』
『……』
『これが部下なら説教ものなんだがな』
『む、美味い。今度は鮪を持ってくるか……』
『こちらの世界、いや、この部隊は面白いな』
『うるせぇぞー』
『はいはい』
『俺の夢はな、地球圏を1つにする事だ!』
『いい加減耳たこですが』
『煩いぞそこ! PTが出来ても、人類が一致団結せねば異星人には勝てん!』
『その通りですな。しかし毎度の事ですが、酒の席で言う事ではありませんなぁ』
『そうだな、ははははは』
『笑い事じゃないですって』
『なぁにぃ、文句あんのかユウイチ!』
『い、いえ! 全然ありません! 崇高な理想だと』
『そーかそーか。ならユウイチ呑め!』
『なんですか隊長! 呑んでます、呑んでますって!』
『そんなチビチビやってんじゃねぇよ! 酒はもっとガっといけ! ガっと!!』
『……うえ』
『ははははは』
『ふっ』
『災難だなユウイチ』
『今日の生贄は決まったな。予知するまでもなく分かっていたが』
『もしそうなれば、復讐も止められるか……』
すっと浮かんできた回想を打ち切った。
思い出した後は何時も、当時の楽しさと二度と手の届かない事への切なさ、そして酒の苦さをも感じる。
教導隊に所属していた期間を過ぎ、ユウイチは少々の酒では酔わなくなった。
(毎回毎回あれだけ呑まされれば、いい加減耐性もつくってもんだよなぁ)
隊の解散後、1人で行方不明の隊長を偲んで呑んだ事もあった。
ユウイチにとって、あるいは隊長のカーワァイ・ラウという男は父親に等しかったのかもしれない。
他のメンバーも程度の差はあれ、彼の事を兄のように思っていたのだろう。
(その隊長が語った理想が隊の目指すものとなったのは、当然だったのかもしれんが)
壮大すぎる理想だが、隊の人間はそれを目指した。
少なからず各人が思っていた事だった事もある。
個人的に胸に帰するものがあった人間もいた。
(隊長とこの面子なら出来ると、根拠もなく思ってたっけな)
当時の気持ちを思い出してユウイチは笑みを浮かべる。
それは若干の自嘲を含んでいた。
無鉄砲だった昔の自分をか、それとも今の自分を嘲笑ったのか、それは彼しか分からない。
(結局それも隊長が行方不明になって隊も解散して……)
教導隊のメンバーがバラバラになって数年。
無論忘れた事はなかったが、それでも胸の奥の方に追いやられていた。
しかし敵として相対したゼンガーは、教導隊の理想がまだ生きていると言ったのだ。
「終わったと思っていたんだが、な」
DCとコロニー統合軍は、武力による地球圏統一に乗り出した。
だがそれはカーワァイ大佐の理想とは違う。
強制ではなく、あくまで人類圏全体の一体化を目指していたはずだ。
だからこそ壮大な理想。
「だがエルザムとゼンガーはあちらに加担している……」
「……はっ! 私は一体?」
「ん? おかえり」
「は、はいただいま帰りました?」
ようやくトリップしていたアカネが我に返った。
何となくかけられた挨拶に、彼女は呆けた顔で返す。
その様子が微笑ましいのか、ユウイチは思わず笑みを浮かべた。
笑われる理由が分からないのかアカネは疑問顔。
「ッッ!!」
「お、真っ赤」
「ふ、不覚です! あんな、あんな……」
(更に赤くなったなぁ)
アカネが少しかわいそうだったのか、言葉にせず内心で呟く。
それ程までに彼女の全身は真っ赤になっていた。
顔を赤くして、上目遣いにユウイチを見る様子はまるで少女のようだ。
ますます笑みを浮かべた彼を見て、アカネは着ている上着の裾をキュっと握って俯く。
「の、飲み物を持ってきます!」
「はいよ。俺はアイスコーヒーで、娘達は紅茶で良いぞ」
「はい!」
必要以上に力が入った声を上げ、アカネはキッチンへと入っていく。
その後姿にユウイチは押し殺した笑い声を上げた。
オープンキッチンなので、逃げてもあまり変わらない事にアカネは気づいていないようだ。
白いフリルの付いた清楚なエプロンを着けてキッチンへ入っていった。
(ああいうところが可愛いよな。佳い女だな)
いささか俗な事を考えつつも、表情は真剣みを増していく。
中断された形になった考察を再開。
その表情を見たアカネがまた顔を赤くしたりするが、今のユウイチは気づかなかった。
(解せない事がある。何故敵は攻撃衛星やMAPWを使わないのか)
開戦当初から今まで、DCと統合軍はAM主体の戦闘を行っている。
主要な基地への派兵こそあったものの、遠距離から有無を言わさず、などと言うことはない。
事によると戦力の逐次投入等という下策さえ行っているのだ。
研究者のビアン・ゾルダークは分からなくないとしても、マイヤー・V・ブランシュタインが容認しているのはやはり解せないだろう。
(やはり鍵はゼンガーの言葉か。実は全ての答えは出てるんだが……)
そう、ある程度全体を見れる人間なら分かる。
彼らは
強大な敵であるDCとコロニー統合軍を倒すには、地球圏の力を結集する必要がある。
地球連邦が纏まって彼らを打倒出来れば良し。
逆に纏まらず敗れ去れなくとも、その時は武力による地球圏の統一は成るのだ。
どちらに転んでも地球圏の戦力は1つになるだろう。
「馬鹿馬鹿しい。地球圏全体の、命を掛けた軍事演習かよ」
それは普通の人間なら笑ってしまう程馬鹿馬鹿しい事。
だが、後の事を考えれば誰かがやらなければならなかった事。
時間があれば、こんな急な展開にはならなかったかもしれない。
しかしビアン・ゾルダークの言葉が真ならば、外宇宙から、今まさに敵が迫っている。
「本当に……馬鹿馬鹿しいな」
呟きの中に込められた感情は複雑だった。
ユウイチ本人ですら理解できないほどに……。
「出来ました」
軽い音を耳にして、脱力していたユウイチは視線をテーブルに向けた。
両端に取っ手のついたトレイをアカネが下ろしたところだ。
その上には、飲み物の入った5つのコップの他に、ミルクやガムシロップが入ったポーションが幾つか乗っている。
こちらを窺う彼女の瞳に心配そうな色を見つけ、ユウイチは苦笑を浮かべて少しだけ頭を振った。
「いや、何でもない」
「……何か考え事でも?」
「まぁ、な。少し思うところがあっただけだから大丈夫だ」
「分かりました」
数秒だけ視線を絡ませ、頷いたアカネはそれ以上の言葉を控えた。
シイコがいれば、目と目で通じ合って等とまた茶化された事だろう。
何かあれば向こうから話してくれる、という信頼がアカネにあるからこそ、なのだが。
「それで……シイコ達はどこでしょう?」
「ここにいないなら残る選択肢は1つじゃないか?」
「そうですね」
「まぁシイコだけなら風呂やトイレに隠れてる可能性もあったが」
彼女も人をからかうのが好きなタイプの人間だし。
ユウイチは知らないが、実際1度やった事があった。
その時はトイレに隠れていたが、それに気づいたアカネが外開きの扉を開かないように閉じ込めたのだ。
シイコは力ずくで開けようとしたが1時間後にリタイアし、最後には半泣きでアカネに詫びを入れた。
2人が幼い時の心温まる思い出である。
「じゃあ呼びに行きましょう」
「娘達もいるし、俺も行くか?」
「いえ。2人いても狭いですし、ゆっくりしていてください」
「ん、了解」
パタパタとスリッパを鳴らしつつ、アカネは寝室に向かった。
何時履いたのか不明だが、何となく癒される音だとユウイチは思う。
エプロン姿もそのままなので、今の彼女は若奥さんそのものだ。
普段の凛とした雰囲気は影を潜め、柔らかで可憐な印象を振り撒いている。
(よいよい)
うむうむと頷いて、1つだけ褐色の液体が入ったコップを手に取った。
思考がオヤジ化しているように見えなくもないが、本人が気にしていないので良いのだろう。
落ちても割れないようにか、プラスチックのコップからコーヒーを一口、ブラックのままで啜った。
上等なモノでないのは仕方がないが、それでもユウイチの味覚に心地良い苦味を感じさせる。
視界の隅でアカネが取っ手に手を掛けている。
「シイコ、お茶が入りま」
扉を開けて固まった。
あまりに予想通り過ぎて若干興味が薄れるな、と客観的に見ているのはユウイチ。
アカネがああなるとは、部屋の中はかなりの惨状なのだろう。
「……これはどういう事ですか?」
「―――――――」 (ええとこれは)
「言い訳は要りません」
「―、――――」 (そ、そんなぁ)
「シイコだけ……お仕置きです」
「―、―――――――――! ―――――――――――――――」 (そ、それだけは勘弁して! アキナとマリアだってやったのに)
「2人は良いんです、子供ですから。でもシイコはダメですね。先導した責任がありますから」
「―、――」 (い、いや)
「違うとでも?」
「……―――――」 (……違いません)
ユウイチのところまで全ての会話は聞こえない。
部屋の中にいる人間は、辛うじて息遣いが分かるという感じだ。
だがまぁ、アカネの声は聞こえるので、彼には大よそ内容は理解できた。
一言で述べるならシイコの自業自得。
……人様の寝室に勝手に入った以上、それ以外の言い方も他にないのだが。
「ほら、入れたお茶を飲みましょう」
「――――――――」 (アカネお姉ちゃん)
「――――――」 (ごめんなさい)
「良いのですよ、2人とも。どうせシイコが部屋に案内したのでしょうから」
「―、――――――――――――?」 (い、今すぐお仕置きじゃないの?)
「ええ。ユウイチさん親子が帰ってからです」
「――――――」 (ならその時に)
「……残虐ですから」
「ぐっ! ごはごほ」
「ユウイチさん? 大丈夫ですか?」
「ああいや、大丈夫だ」
心配そうに視線を向けてきたアカネに手を振って応える。
彼女の言葉が聞こえてきた瞬間、驚愕したユウイチは咽ていた。
かなり苦しかったが、そんな事より今彼の内心を支配しているのは1つの疑問
すなわち…………残虐なお仕置きって何だろうか?
遠からず、シイコはそれを受けるのだろう。
……冥福を祈るばかりだなと、寝室を凝視しながら薄情な男は思った。
「紅茶ですが、2人ともそれで良いですか?」
「おっけーで〜す」 「私も良いです。紅茶好きです」
「私はコーヒ」「シイコは少し反省してください」
「はい」
ユウイチが新しい疑問に直面している間に、4人はすぐそばまで移動してきていた。
お世辞にも広い部屋ではないので当然か。
それでも士官用なので下士官用の部屋よりは断然広いのだが。
1人部屋だし。
「あ! お父さん!」
「ん? 何だアキナ、大きな声を出して」
「だってまだコーヒーブラックで飲んでる」
「好きなんだから仕方ないの」
「でも胃に良くないって言ってた。……でも胃って何だろう?」
「ママはミルクだけ入れてるよね。パパもそうしたら?」
「いや、でもパパはブラックが好きなんで―――」 「ダメ!」「ダメー!」 「―――分かった分かった」
「ふふ、はいどうぞ」
「あ、すまん」
脇から伸ばされた手にはミルクポーションが乗っていた。
渡りに船とばかりにユウイチはそれを受け取ると、仕方なく開封してコーヒーに入れる。
恨めしそうに、彼は黒から茶色になる液体を見ていた。
「ふふ」 「あはは」
「……何だ?」
「いえ――」 「部隊の最高責任者が子供達に押されまくったのが面白かっただけで〜す」 「―――シイコ」
「はっきり言うな」
ふん、と鼻を鳴らして残っていたモノを飲み干した。
かき回してもいなかったので完全に混ざってもいない。
ユウイチにはそのブラックコーヒーだったものが、異常に甘ったるく感じた。
「じゃあいただきま〜す」 「いただきます」
「はいどうぞ」
娘達は父がコップを置くのと同時に紅茶を飲み始めた。
まるでユウイチが飲み終わるのを確認していたかのような感じだ。
挨拶に応えたアカネもそう思っていたのか、笑いの残滓を見せながらコップを手に取っている。
「何時の間にかユウイチさんの隣に座ってるし」
「何か?」
「べっつにぃ。ここはアカネの部屋だもんね」
「早い者勝ちですよ」
「へーへーそうでございますね」
シイコの言う通り、アカネはユウイチの横に腰掛けている。
彼らの座るソファは2人掛けなので、もうそれ以上誰も座れなかった。
体も密着していて、動くたびに肘や肩がすり合う。
幼馴染の親友とはいえ、恋敵が有利な状況ではシイコでなくても不貞腐れるだろう。
「そう、私の部屋ですよねシイコ?」
「そうだけど?」
「ええ、だからお仕置きするのです」
「ぐぅ……」
澄まして紅茶を飲むアカネとは対照的に、シイコの表情は苦い。
彼女本人も拙い事をやったと理解しているから更にだ。
(逃げなければ……逃げなければ殺される! ……かもしれないよね〜)
テーブルを注視して、手をつけていない紅茶の水面をボーっと視界に収める。
だが、考えている事はあまり緊張感がなかった。
2人ともスキンシップのようなものだと分かっているからだろう。
そんな呆けているかのように見えるシイコの両肩に、左右からポン、と小さな手が乗せられた。
「ん?」
「元気出してシイコ姉――」 「――きっと良い事がありますから」
「……あんがと」
ふっ、と笑って左右に座った姉妹を抱き寄せる。
そうして2人の髪の毛をわしゃわしゃとかき混ぜた。
きゃーきゃーと、歓声だか悲鳴だか分かり辛い声を聞きながら、シイコは声に出した。
「情けが身に沁みるぜ」
「何わけの分からない事を言っているのですか」
すかさずツッコミが飛んでくる。
容赦も何もないが、こんな関係が自分達には合っているとシイコは思う。
そう思うと、我知らず笑い声を上げていた。
アカネは憮然としていたが、瞳の奥には柔らかで楽しそうな光が確かにある。
そんな4人を、口元を緩ませたユウイチが慈しむように見守っていた。
To Be Continued......
後書き
……今度は4ヶ月ぶりのアップですか。
正直SS作家としてどうなのか。
待っていた方がいらっしゃったらすみません。
さすがに1つの長編だけ書きつづけるというのは、モチベーションの維持が大変だと痛感しています。
第三次スパロボαでもやってテンション上げないとね。
さて、今回の話はまだ終わっていません。
長すぎたためABパートにしてみました。
まぁBパート掲載して少ししたら統合する気ですが。
Bパートは敵部隊から始まる予定。
新キャラが……4人程出てくるのは確定しています。(オリではありません
出るまで予想してみるのも一興かも。
冒頭でOGのキャラが数名出ているのは、原作との兼ね合いとサービスです。(笑
地の文考えるのが結構大変でしたけど。
私生活の都合(仕事や第三次α等)で、多分Bパートは9月以降になるかと思います。
どうかご容赦いただきたい。
ご意見ご感想があればBBSかメール(chaos_y@csc.jp)にでも。(ウイルス対策につき、@全角)