「ねぇ――ちゃん、新しい部隊ってどんなところかな?」
黒髪の女性が発言した。
声には抑えきれぬ期待感を感じる。
「そんなもの行ってみないとわからないわよ―――、当然ね」
薄茶色い髪の女性が応えた。
声には冷静さを内包する穏やかを感じる。
「酷いよ――ちゃん」
「何がよ?」
「ちゃんと考えて言ってる? おざなりな感じがするよ?」
「そりゃおざなりにもなるでしょうが。その質問何回目だと思ってるのよ」
「んーー4回目?」
「12回目よ。いい加減飽きるわ」
「そっか。やっぱり配属されてからのお楽しみが良いのかな?」
「ええ。そう考えておきなさい」
これはある輸送機に搭乗した女性2人の会話。
彼女達はこれから、軍人として新しい部隊へと配属される。
その部隊は『Koenigswasser』と言った。
スーパーロボット大戦 ORIGINAL GENERATION
Another Story
〜闇を切り裂くもの〜
第14話 白金と王水 B part
満天に星々を抱く広大な宇宙。
この果てしない広がりを感じれば、人間は自らの矮小さを自覚する事だろう。
それほどに宇宙とは広く深い。
『こちらコロニー統合軍、トロイエ隊隊長ユーリア・ハインケル。DC特務隊Koenigswasser所属艦応答されたし』
艦橋で漆黒の宇宙空間に魅入られていた男は、その通信により意識を現実に向けた。
男のいる場所は艦長席。
ケイスケ・タチバナという名のこの男は、この艦の艦長である。
「艦長、如何なされますか?」
「識別信号はどうか?」
「統合軍所属のペレグリン……本物です。まぁ
「言うなよ。安全時でも徹底しておかねば、危機感が無くなっていずれミスをするぞ」
口元に苦笑の残滓を残しつつ
言われた方も意図を理解しているのだろう、軽い笑みと頷きをもって仕事をこなす。
間を置かず、艦長席正面の大型メインスクリーンに敬礼をする人物が映った。
タチバナも艦長席から立ち上がって返礼する。
『お初にお目にかかりますタチバナ大佐。私はユーリア・ハインケル、コロニー統合軍少佐です。以後お見知りおきを』
「お噂はかねがね聞いているよユーリア少佐、こちらこそよろしく。ケイスケ・タチバナ、連邦軍での階級は大佐だった」
もっとも階級は元になるのかもしれないが、とタチバナは笑った。
画面の向こう側でユーリアと名乗った女性も薄く笑う。
彼女は癖のあるくすんだ金髪にダークブルーの瞳を持ち、その身からは軍人としての力強さが見て取れた。
強いて表すなら女豹か。
さすがに一部隊を率いているだけあり、女傑と言うに相応しい。
「我が部隊と接触してこられたのは例の件かな?」
『はい、マイヤー総司令からの命を受け、人員の派遣、ならびに補給物資をお届けに参りました』
「助かる。増員もありがたいが、速度優先で進んできた為にいささか物資も乏しかったところだ」
『総司令もそうではないかと申されておりました』
「ふ、さすがと言うか……。マイヤー総司令には後々私からも礼を述べさせていただくが、そちらからもよろしく頼む」
『はっ! それではこちらから輸送艇を出しますので、着艦後に指示をお願いします』
「了解した。作業用ハッチを開こう。誰か、整備と主計の各班長に連絡。手透きの人間を連れて格納庫に行かせるように」
了解の返事とともに、ブリッジ内が段々と活気付き始める。
各オペレーターは承った指示と、それに付随する業務に意識を移してゆく。
そんな部下の仕事振りに満足して軽く頷くと、タチバナは通信相手の顔へと視線を戻した。
「話を止めてすまないな」
『いえ、私の方も部下に指示するタイミングが取れましたので。それと、派遣人員の事ですが……』
「ああ、輸送艇に乗っているのかな? 人員は聞いていないが」
『これは失礼致しました。派遣人員は我が隊から2人。機体もありますので、格納庫にスペースを空けておいていただきたいのですが』
「ふむ、それも了解した。早速場所を作らせよう」
返事と同時に、更に部下へと指示を出す。
先と別のオペレーターが、これもきびきびとした動きで処理していく。
そんな部下達の仕事振りを、タチバナはまたスクリーンより視線を外して見ていた。
と、ユーリアの目を意識しなおしたのか、向き直って苦笑いを浮かべる。
「ああ、すまないな」
『いえ……』
「何分急ごしらえの部隊でな、まだ部下の仕事振りを目で追ってしまうのだよ」
『なるほどそうでしたか』
ははは、と軽く笑ってみせるタチバナ。
確かに『プラチナ』に対する為だけに作られた部隊ならばそれも道理。
個人個人の技量はともかく、部隊としての足並みは完璧とは言いがたいだろう。
『だとしても良い錬度かと』
「ふふ、そうか?」
『はい。各人己の領分を弁えているように見受けられました』
「相対する部隊が部隊ゆえか、高い技術を持つ人間を揃えた甲斐があったな」
『その部隊ですが、一戦を交えたとお聞きしましたが?』
「ああ。ブライアン大統領の介入で流れてしまったがね。それでも見事なものだった」
『手強いですか?』
「手強いな。もっとも……」
その方が面白いだろう? とタチバナは笑った。
一部隊を預かる人間にしては人好きのする顔で。
『弱敵は望まぬと?』
「軍人としてはどうかとも思うが、強者との戦いは心躍る。君もそうではないかな?」
『ふ、まさしく』
「それにビアン総帥やマイヤー総司令の意図からすれば、真に強者たる者こそが必要でもある」
『大佐』
「おっとすまない。これは聞かなかった事にしてくれたまえ」
『は』
変わらぬ笑みのままの謝罪。
底の見えぬ人間だと、画面向こうでユーリアは感じた。
「トロイエ隊からという事は、配属される2人は女性と考えて構わないか?」
『はい。我が隊の事はご存知で?』
「まぁ有名ではあるからね」
『そうですか……やはり女だけの部隊だからでしょうか?』
「無論そうだろう。まぁ、私は君を含むパイロット達の高い能力に注目している数少ない人間だがね」
『ありがとうございます』
「おや? 今の会話に何か礼を言われる事があったかな?」
『……いえ』
「ふふふ」
余った時間は互いの立場や簡単な状況確認、更には当り障りのない話を重ねる。
作業が終わるまで通信を切る事も出来たが、双方ともそれはしなかった。
中身が無いと分かっている会話を吐き出し、互いの目、仕草、全身から映像に映る相手の情報を収集する。
『なるほど、それは―――』
「だが―――」
同じ部隊の指揮官。
もう会う事はないかもしれないが、もし会う事があれば戦場だろう。
味方としてか敵としてかは分からないが、それでも”知って”おく事こそが大事だと、この2人は理解していた。
「艦長、物資の搬入終わりました」
当事者以外世間話のようにしか見えなかった会話は、予定通りの報告で終わりを告げた。
視線はそのままに、タチバナを振り仰いだオペレーターに頷く事で返事とする。
「輸送艇はどうか?」
「現在カタパルトデッキへ移動中です。もう間もなく発進となります」
「分かった。……という事だが、聞こえたかな? ユーリア少佐」
『はい。こちらでも貴艦のカタパルトハッチ開放を確認しました』
それを聞き、結構と頷く。
タチバナの周りは先ほどと違い静かになっていた。
目に見えて忙しいのは機体管制担当のオペレーターくらいだろう、他のところは遠くコンソールを打つ音のみが響いてくる。
逆にトロイエ隊の方は、輸送機の受け入れやAMの発進準備で慌しいのだろうなと、タチバナは内心で思った。
「それで、この後貴隊はどちらへ?」
『はっ、我々もこのままブライアン大統領の護衛に回るよう命令を受けております』
「ふむ。という事は我が隊と同行を?」
『いえ……我がトロイエ隊は、大統領を確保している部隊の周囲を見回る事になっています』
「……来ると思っているのだな」
『はい。”どちら”かは分かりませんが、何故か統一見解でした』
若干嬉しそうな感情を見せながら、ユーリアは笑った。
好敵手の存在こそ喜びと思う戦士の笑みだ。
しかしそれでいてマイヤー総司令に絶対の忠誠を誓い、熱くならず命令を遂行する冷静さも有していると聞く。
(勇猛にして冷静……部下としては理想的だな)
と、タチバナはそう思うのだ。
AMで戦場を駆ける彼女を、操縦適正の無い我が身を顧みて羨ましく思う気持ちもある。
しかし、同時に純粋な指揮官としては彼女に勝っているだろうとも思っていた。
ビアンとマイヤーの違いはあるが、自らの主に対する忠誠の深さでも勝りこそすれ劣っていないとも。
『私からも聞かせていただきたいのですが、そちらの隊は如何なさるのでしょうか?』
「我が隊か……」
『如何なさいましたか?』
「いや」
歯切れの悪い返事が帰ってきた事に疑問を感じたのだろう、ユーリアの言葉から心配するかのようなニュアンスが窺えた。
今までの会話でも、タチバナが口ごもった事などなかったのだから当然か。
実際は軽く思索にふけりかけたところで話し掛けられたので、若干思考が混乱しただけである。
思うところあれば、どんな人間でも外界に対する反応は鈍るのだ。
「結局は『プラチナ』の動向次第だからな、少し彼らの行動を推測していただけなのだが」
『そうですか。Koenigswasserは、何かあった場合独自に彼らを追っていただかなければなりませんからね』
「部隊上はそれが最優先なのでな」
『ええ。この宇宙での自由な行軍の権利も、マイヤー総司令から保障されていらっしゃるとお聞きしました』
「ああ。マイヤー総司令には本当に感謝している。ビアン総帥と盟友とはいえ、これほど便宜を図っていただけるとはな」
『その懐の深さこそが総司令ですので』
誇らしい顔で、向こう側のユーリアは頷いた。
やはり主に好感情を向けられると、忠誠を誓う人間として嬉しいのだろう。
『輸送艇着艦しました』
『ご苦労。引き続き2機の発進準備を』
『了解』
画面に映ったユーリア、その下の方から少し小さい声が聞こえた。
内容は今更確認するまでもない着艦報告。
会話している間、順調に輸送艇は2つの艦を行き来したようだ。
「着いたようだな」
『はい。残りはAM2機ですが、そちらの準備は宜しいでしょうか?』
「暫し待ってくれ。……どうか?」
「問題ありません」
「うむ。こちらの準備も完了しているようだ」
『それでは、部下と話もありますので、通信を終わらせていただきます』
「了解した。少しは時間もある。しっかりと挨拶を交わしてくれて構わないぞ」
『はっ。お心遣い感謝いたします。では』
しっかりとお互い敬礼を送り、そこで通信は切れる。
礼儀として立ち続けていたタチバナも、数十分ぶりに艦長席へと腰を降ろした。
「……」
無言で、再度通信画面が閉じている事を確認する。
それが終わると、ユーリアは軽く頭を振って1つ息を吐いた。
「すみません艦長。長時間この場所を独占していて」
「いや、気にしないでくれたまえ」
艦長と呼ばれた壮年の男は、謝罪を気にした様子もなく頭を振った。
ユーリアが今までいた場所へと移動し、入れ代わるように艦長の男がそこにあった椅子に腰掛ける。
どうやら彼女もタチバナと同じく艦長席の前に直立していたようだ。
「しかし艦長ならびにこの艦のクルーにはお礼の言葉もありません。エルピスからここまで我が隊を運んでいただいて……」
「ははは、そうやって礼を言ってもらえるだけで充分だよ。我が艦は君たちを運ぶ命を受けているのだから、気にする事もあるまい」
「は、ありがとうございます」
「ふふ、相変わらず君は硬いな」
「……性分ですので」
いよいよ艦長は笑みを濃くした。
口元にたっぷりとした髭を蓄えた強面の男だが、笑うと何とも言えぬ愛嬌がある。
この事で笑われるのは慣れているのか、ユーリアも苦笑を浮かべた。
「では艦長」
「ん?」
「部下と束の間の別れを交わすために、通信士席を1つお貸し願いたい」
「構わんよ。もっとも”既に”だがね」
「仰る通りです」
笑みと敬礼を交わし、2人は艦橋の中心から別れた。
そしてユーリアが向かうのは通信用の端末がある席の1つ。
艦の管制を担うメインの席ではなく、本当に通信だけが可能な端の席。
「レオナ」
「隊長、お話はお済みになられたのですね」
「ああ」
そこには金髪に碧眼、白面の美しい少女が座っていた。
彼女はレオナ・ガーシュタイン少尉。
ティーンの少女ではあるが、歴としたトロイエ隊所属のパイロットである。
「2人とも、準備は出来たか?」
『隊長ですか? ええ、こちらは終わっています』
『私も終わってるよ』
レオナの脇から通信を入れると、部下である2人からは色よい返事。
当然ながら聞こえてくる声は彼女のものだ。
しかし、これから新しい部隊に配属されるとは思えないほどリラックスした声である。
『向こうの食事は美味しいかなぁ』
『戦艦で食べられるものなんてどこも変わらないわよ。諦めなさい』
『えぇ〜美味しいモノを出してくれる戦艦だってあると思うんだけどなぁ』
『あなたは量さえ摂れれば充分でしょう』
『それは酷いな。味も大事なんだよ?』
『結局味”も”なわけね』
通信機から流れてくる声は、とても軍人が放ったものだとは思えないだろう。
何処にでもいる若い女性の会話のようにしか聞こえない。
ユーリアは何時もの事だと苦笑いで聞き流しているが、もう1人はそうもいかなかった。
「あ、貴方達……その緊張感のなさは何とかならないのかしら?」
『無理ね』 『無理だよ』
「即答!?」
「く、くく……」
「隊長!」
「い、いやすまない。相変わらずお前達3人は面白いなぁ……くく」
笑いを噛み殺すユーリア。
彼女の言の通りなら、この3人は何時も同じような会話をしている事になる。
―――確かに面白い。
「……そろそろか。まぁお前達2人なら、どんな部隊に行ってもそれなりにやっていけるだろう」
『そう?』
『そうね』
「隊長の仰る通り、私もその点は心配していません」
そして沈黙。
暫しの間4人は何の音も生まない。
彼女らの脳裏に去来するのは今までの過去か、それともこれからの未来か。
『それでは、そろそろ出ます。ミサキ良い?』
『おっけーだよユキちゃん』
「2人とも達者でな。またどこかで会おう」
『はい。隊長もお元気で』
「死ぬんじゃありませんわよ、特にミサキさん! 私があなたに勝つまで死ぬのは許しませんからね」
『ははは、レオちゃんも元気でね。もっと精進してまた会おうね』
2機の発進関連でオペレーターの声が響く中、彼女らは別れの挨拶を交わす。
戦場に立つ身である以上、もしかしたら二度と会う事はないかもしれない。
それでも再会を約す。
生きてさえいれば、その約束は果たされると信じて。
『ユキミ・ミヤマ出るわよ!』 『ミサキ・カワナ行くよ!』
軌跡を残し、2機のAMは飛び立った。
彼女らを待つ新しい仲間と、新たなる戦場へ到る為に。
「結局、最後まで私の事はレオちゃんでしたのね。男みたいで止めてと何度も言いましたのに」
「ははははは!」
2機のAMを見送って暫く、レオナがポツリと零した一言を聞いた瞬間、人目を忘れてユーリアは大いに笑った。
機体を置く為の隣り合った場所を指定され、そこに自機を収めて少し、何時の間にか機体十数メートル先の床に人影があった。
彼女達は気付いていないが、それは男性2に女性1の計3人。
周りでは整備員が仕事をしながらも、遠巻きにその3名と新しい機体を窺っている。
『ミサキ』
『うん』
通信を入れて示し合わせると、2人は同時にコックピットハッチを開いた。
動きの速さは違えど、同じように昇降ワイヤーに掴まり、同じように機体から降りてゆく。
向かって左のパイロットが、右のそれより数段速い動作で両足を床に着けると、被っていたヘルメットを脱いだ。
格納庫の人間がまず目にしたのは、邪魔にならないように纏められた長い髪。
ウエーブしているからか、ふわりとヘルメットから流れ落ちるそれは、人の目を集める不思議な魅力がある。
色素が薄いのか抜いているのかは分からないが、擬似重力に引かれて落ちた髪は明るい茶色。
すっと通った鼻梁と、薄い紫の瞳を支える少し勝気そうな顔は小さい。
整った容姿に、周囲の整備員から少なくないざわめきが起こる。
タッと、彼女の左から響いた音にそっくり視線が移動した。
もう1人のパイロットが降り立った床へと音だが、その人物もすぐさまヘルメットを脱ぐ。
まず目につくのはやはり髪だ。
右の同じように纏められた長い髪だったが、流れ落ちたのは対照的な質と色。
1つに縛られていてもサラサラと音がしそうな真っ直ぐさと、艶かしささえ感じる黒髪が何とも言えず溜息を誘う。
彼女もまた小さく整った顔をしているが、あるはずの色と輝きが感じられない薄黒い瞳、微笑を浮かべる口元が特に印象的だ。
隣の女性とはまた違った、だが同じく整った容姿の彼女から受ける柔らかで穏やかなイメージに、またしても格納庫はざわめく。
先の3人が彼女達に向かってゆく。
ケイスケ・タチバナとリュウヤ・クニサキ、そして最後の1人は女性だった。
格納庫内の様子に男2人は苦笑を、女性の方は微笑みをそれぞれ浮かべて目的の人物達へと歩を進める。
元々離れた位置ではなかった為、すぐに到着すると2人の女性の前で足を止めた。。
「君たちがトロイエ隊からの派遣人員という事で、良いかな?」
「あ、はい」 「その通りです」
お互い敬礼を交わしつつの会話。
確認の発言だったが、だからこそ本人の同意が得られたのでタチバナは頷く。
「着任の報告が遅れまして申し訳ありません。本日よりこちらの部隊に配属されました、ユキミ・ミヤマ少尉であります」
「同じくミサキ・カワナ少尉です」
両の踵をカチリと合わせ、ヘルメットは左脇に、右手はしっかりと敬礼の形に。
相対している3人も応じて同じく敬礼の姿勢を作る。
「着任を許可する。私がこの部隊、Koenigswasserの部隊長ケイスケ・タチバナだ。この艦の艦長も兼任している」
「お噂はかねがね。至らぬ事はあるかと思いますが、これからよろしくお願いします」
「お願いします」
「こちらこそ。我々は君達を歓迎する。これからの働きに期待させてもらうよ」
何時の間にか3人は、タチバナが1人前に出る形で立っていた。
残りの2人は後方に控え、彼を頂点とする三角形が出来上がっている。
「聞きたい事もあるが、まずは私の後ろにいる2人も紹介しよう。君達から見て左にいるのがリュウヤ・クニサキ少佐」
ユキミとミサキの視線が、タチバナの左後ろから一歩前に出た人間を捉える。
灰色の髪を後ろに流した、一般男子より身長が高いと分かる男。
整った顔立ちだが、それは”美”が付くような甘さを含むものではなく、シャープな力強さを感じさせる。
身に帯びる雰囲気もどことなく鋭い。
「2人ともパイロットだが、彼は機動部隊の隊長だ。君達の直接の上官になるので覚えておいてほしい」
「はっ」 「はい」
「少佐何かあるかな?」
「いえ。詳しい事は後で話しますから」
「分かった」
そのやり取りで、リュウヤは元の位置に下がった。
戻る寸前軽く頭を下げた彼に、前の女性2人もあたふたと頭を下げ返す。
それがおかしくて苦笑を浮かべる彼は、先ほどとは違って柔らかい雰囲気を感じさせた。
「そしてこちらが……」
「ウラハ・クニサキです。階級はあなた達より上の中尉なのですけど、気軽にウラハちゃんと呼んでくださいね?」
「は、はぁ……」 「はいウラハちゃん。私の事もミサキちゃんって呼んでくれると嬉しいな」
「まぁまぁミサキちゃんは話が分かるわね」
「そう言うウラハちゃんもかなりのものだと思うよ」
あははははと、完全に周りを無視してお互い朗らかな笑い声を上げる。
見事なまでに波長が合っていると分かる2人だ。
ミサキの隣で引き攣った笑みを浮かべているユキミとは、纏う空気からして違う。
「ユキミちゃんはミサキちゃんと違って硬いわねぇ。あなたもウラハちゃんって呼んで良いのよ?」
「い、いえ。それは遠慮させていただきます、中尉」
「ノンノン。ウラハって呼んでくださいな」
ウラハは笑顔でダメ出しをしてきた。
人差し指を立てて左右に振る仕草が何とも言えず若い。
隣では、ダメだよーユキちゃんと、ミサキまでNGを出してくる始末。
男2人もウラハ側なのか苦笑して助けてくれない。
彼らが虚ろな目でどこか遠くを見ていたのが気になったが、ユキミはあっさりと白旗を揚げた。
「ウ……ウラハさん」
「はい良く出来ました」
「ぷっ。ユキちゃん顔真っ赤」
「う、うるさいわね!」
噴出したミサキが指摘すると、ユキミの赤かった頬は更に紅潮した。
満面の笑みを浮かべるウラハとは見事に対照的だ。
士官の階級を持つ軍人達にしては実に微笑ましい光景である。
だがずっとそうやっているわけにもいかず、話を進めるべくタチバナが声をかけた。
「早速打ち解けてくれて何よりだ。この部隊で数少ない女性のパイロットだから、何かわからない事があれば彼女に訊いてくれたまえ」
「は、はい」
「あの、その言い方だと他にも女性パイロットがいるのかな……じゃなかった、いるんですか?」
「ああ、カミオ大尉とミサカ少尉という2人がいるね」
「あ、そんな高い階級の方もいらっしゃるんですか。じゃあ困ったら、そのカミオ大尉殿にお訊きしても良いんですね?」
「いや!」
「え?」
「……くく」 「ふふふ」
思わず否定の言葉を紡いでてしまったタチバナに、質問したユキミは困惑した声を上げた。
あまりにも自然に否と答えてしまった彼に、後ろにいる2人が笑い声を上げている。
リュウヤは何とか笑い声を押し殺しているのだが、ウラハに至っては口元に手を翳しているだけでごく普通の音量だ。
「カミオ大尉にお訊きしたら何か問題があるのでしょうか?」
「いや……人それぞれかな?」
「疑問系で言われても……」
笑い声がますます大きくなる。
はぐらかせばはぐらかす程、リュウヤとウラハには面白いのだ。
ユキミとミサキにも、何となくタチバナが件のカミオ大尉を苦手としている事がわかってしまった。
「まぁ豪快な人だから……結論としては会ってみるしかないね」
「はぁ」
結局タチバナは自らの口から語る事を放棄した。
人はそれを”逃げ”、と言うのだが、彼はその事を考えないようにしたのである。
「んん。報告は受けているのだが、では一応聞いておこうと思う」
場が一段落すると、咳払いを1つしてタチバナが真面目な顔で切り出した。
真剣な声色に、彼らの周りも自然と引き締まった雰囲気へと向かう。
「カワナ少尉」
「はい」
「君はその目で本当に戦闘に出られるのか?」
問われた本人より、隣のユキミの方がビクりと揺れた。
そう、ミサキ・カワナは盲目だった。
彼女の黒い瞳は光を放っていない
一般の人間と違う色は気になるらしく、彼女達は誰かに会う度、同じ質問を受け続けてきた。
そんな時、ユキミは何時も同じ場面を思い出す。
「そこっ!」
発射されたビームキャノンは、狙い違わず敵戦闘機を撃ち抜いた。
操縦桿を右にきって、爆発を避けるように軌道を残す。
敵機は周囲にあるデブリを巻き込んで四散した。
『やったねユキちゃん』
「ありがとうミサキ。でも自分の乗っている機体と同型機を落とすなんて、何だか変な気分……」
寄せてきた
敵は輸送船や民間機を襲っている宇宙海賊。
何時もなら、敵母艦を部隊の戦闘機で囲み、武装解除を促して終わりだった。
だが、今日は敵も戦闘機を出してきたのだ。
「しかもそれが同型のSF−28だってんだから」
『確かにねっと!』
今度はミサキの機体が敵をしとめた。
レーダーに頼れないデブリ帯にあって、時たま見せる彼女の第六感とも言えるこの動きは大いに助けになっていた。
目視する前に射撃を行っているのだから瞠目に値する。
「……相変わらずミサキのそれは凄いわね。何で敵の位置がわかるのかしら?」
「う〜ん、私もちょっとわからないよ。ただ嫌な感じがする時があるだけだし」
「やはり勘……なのかしら?」
「そうなんじゃないかな? 本当にたまにしかわからないから」
そう、と呟いてユキミは操縦桿を握りなおした。
会話の最中でも危なげなくデブリを回避出来ているのは、普段の訓練の賜物だろう。
実力主義の統合軍だからこそ、女である彼女達が一線でいるためには絶ゆる事のない修練が必要だった。
「そろそろ戻ろうか」
「そうだね。燃料も減っちゃったし」
この時”戻ろうか”と言わなければ、ユキミは思い出すたびにそう思う。
もう少し周囲を警戒するべきだったと。
帰艦を意識して2人が緊張感を緩めなければ、あるいはその後の悲劇は防げたのかもしれないと。
「今の座標がここだから……艦はこっちか」
「どれくらいで着く―――ユキちゃん敵!」
「なっ!」
4機編隊の戦闘機。
既に何機か潰していたから、普段と同じならばもう大丈夫だと見くびった。
辛うじて初撃は躱して前衛の2機は落したが、残り2機の攻撃は躱しきれず被弾。
激震するコックピットと体に生じる痛み。
そして、ミサキの絶叫。
「……い。……マ少尉。ミヤマ少尉!」
「っ! す、すみません」
タチバナの呼ぶ声に、ユキミは我に返った。
彼も、その後ろのリュウヤもウラハも心配した表情で彼女を見ている。
何時の間にか意識を過去に飛ばしていたようだと、周りの反応で理解した。
隣のミサキについては、見ずともどんな顔か理解できてしまうのが変におかしい。
「ユキちゃん……」
「大丈夫、大丈夫よミサキ」
「うん」
あの後の様子を、ユキミはあまり覚えていない。
ミサキの絶叫と、その瞬間目の前が真っ白になった事はリアル過ぎる程覚えている。
だがそこから先は曖昧模糊として、彼女の中に確固としたイメージが湧かない。
敵戦闘機は彼女が殲滅したらしい事がその後の調べで判ったが。
そしてその戦闘でユキミは肋骨を数本折り、ミサキは視力を永遠に失ったのだ。
「なるほど、問題ないのならば私から言う事はないな」
「ご理解いただけて幸いです」
ユキミが一通り行った説明が終わる。
適度に質問を挟みつつ聞いていたタチバナだが、彼女の説明に納得する事が出来た。
盲目のミサキが何故、視覚が重要な要素の1つである機動兵器パイロットを務められるか。
それはDCより齎されたT−LINKシステム、正式名称”念動力感知増幅装置”の恩恵を受けているからだ。
彼女が行った説明を纏め、軽い裏事情も加味すると以下になる。
遡る事2年前。
当時はまだEOTI機関の長であったビアンと、既にコロニー統合軍総司令であったマイヤーはこの頃誼を通じた。
そこでビアンは、日本特殊脳医学研究所(通称特脳研)から依頼された案件をマイヤーに語ったのだ。
即ち、現在開発中のT−LINKシステムの適正がある人間を調べてくれるようにと。
適性検査自体は問題もなく安全であったため、マイヤーは軍に関係のある人間のみを対象に検査を行った。
未だ世に出ていない不確かな技術だった事が、彼に検査の範囲を狭めさせたのだろう。
その検査の結果、ミサキがこのシステム扱うに足る素質を有していると判った。
まだ退役していなかった事が幸運に作用したと言える。
統合軍の兵士が、律儀にも軍籍にある人間全て(幼年学校の生徒含む)を調べたからだ。
T−LINKシステムを動かす為には、超能力の類である『
だが、超能力と言われて思い浮かべる、スプーン曲げや物体移動等の物理現象を起こす為の力ではない。
人の生きるための意思、”念”と言われるモノが人よりも強く、外界に働きかける強度こそが重要。
極論だが、目が見えなくても歩けなくても、この”念”の強ささえあれば良いのだ。
少ないながらも、ミサキの他に選出された候補は存在する。
その中には、後の同僚になるレオナ・ガーシュタインの名もあるのだが、お互い相手に念動力の素質がある事など無論知らない。
ミサキが選ばれたのは、盲目というその特異な立場故だった。
他の候補と同等以上の”念”の強さと、怪我で一線から退き、パイロットとしても復帰が不可能な現状。
被験者としては理想的だと、特脳研の人間が判断しても無理はないだろう。
目が見えなくなった事で居場所を失ったミサキも、今の自分で役に立つのならと協力を約した。
だがミサキが被験者になった事で、彼女の人生は当初と別な方向へ進む。
システムとリンクしたミサキは、盲目の自分が周りの景色をさも目で見たかのように感じられる事を理解した。
それは、水中の物体を音波を利用して探知するソナーと似たような働き。
”念”は意思であると同時に自らの意識そのものだとも言える。
システムが増幅した彼女の”念”を周囲に放射する事で、それが触れた部分を意識的に理解する事が出来たのだ。
その時のミサキの驚きと嬉しさは如何ばかりか。
光を失った我が身に絶望した彼女が、擬似的とはいえ周りを見れるようになったのだ。
彼女は積極的にこのシステムに関わり、そしてのめり込んでいく。
地球にある特脳研の実験結果と合わせ、T−LINKシステムは長足の進歩を遂げた。
同時に彼女自身の念動力も飛躍的に上昇し、システムとのリンクを切った状態でも普通に出歩く事さえ可能となったのだ。
除隊していなかったミサキはその後軍に復帰し、戦闘機からAMへとその乗機を移す。
何故慣れないAMに乗る事になったかは、戦闘機に載せられる程T−LINKシステムの小型化が為らなかったからである。
盲人がパイロットとなる事は当然不可能だが、システムを使用すれば一般兵以上の戦闘が可能だった事でその申し出も通った。
ミサキの復帰は、特脳研経由でEOTI機関から統合軍への強い打診が決め手になったのだが、当然彼女は知らない。
その後親友のユキミと共に、新設された女性のみのエリート部隊であるトロイエ隊へと転属。
ユキミとのコンビで戦果を重ね、この度2人揃ってDC特務隊Koenigswasserへと新たに配属されたのだ。
以上が盲目のパイロット、ミサキ・カワナに絡む事情とその顛末である。
「しかし何故説明までミヤマ少尉が?」
「う……ええと、カワナ少尉は敬語が苦手でして……」
「ほう?」
「だ、誰にでも親しい口調になってしまうので」
タチバナのもっともな質問に一瞬口篭もったが、結局答えた。
別に彼女自身に問題がある事わけでもないだが、親友の恥をさらすようで答え辛かったのだ。
ミサキは全く気にしていないので、あくまでもユキミ個人だけの感情なのが泣けてくる。
「まぁ先ほどのウラハ中尉との会話でもわかるか」
「はい、すみません」
「何故ミヤマ少尉が謝るのかがわからんな」
タチバナは苦笑する事頻り。
よく見れば彼の後ろの2人も笑みを浮かべている。
「そうだよ。ユキちゃんは少し気にしすぎ」
「あんたの所為でしょ」
肘でミサキの脇腹をどつく。
あいたと、彼女が軽く上げる悲鳴に、周りはますます笑みを濃くした。
「ふふ、まぁ君達については判った。改めて歓迎しよう。楽しくやっていけそうだ」
「そう言っていただけると」
「話のわかる隊長さんで良かったね、ユキちゃん」
「ミサキ! あんたまた!」
「……くく。では私はこれで失礼する。後は2人に任せるから艦を案内してもらいたまえ。他のパイロットは食堂に集めておこう」
そう言って敬礼を行うと、タチバナは背を向けて去っていった。
彼は格納庫を出るまで笑っていたという。
「2人とも整備員までしっかり挨拶するとはわかっているな」
「当然です。これからあの人たちの整備した機体に命を預けるわけですから」
「皆仲が良い方が楽しいしね」
「うむ。若いのに中々……」
「あなた、その発言は少しオヤジですよ?」
彼らはタチバナの言に従って、食堂までの道を歩いていた。
すぐに格納庫から移動を開始したのではなく、リュウヤの言う通り、まず整備員に挨拶をしてからだが。
それだけなら時間もかからなかっただろうが、整備班長にミサキの目について説明した事もあって少し時間が経っている。
タチバナが格納庫を辞してから、大よそ30分というところだ。
「でもそんな事を言うなんて、自身は若いと思っていないのですか?」
「まぁ2人に比べればな」
「あら酷い」
「何故だ」
「あなたが若くないのなら、同じ年齢の私も同様ですよ?」
「そ、そんな事は思っていない」
「だって若くないのでしょう?」
「俺個人の事だ。お、お前は出逢った時から変わらずに……美しい」
「はぁ……」 「おぉ!」
「まぁまぁ照れますね」
「…………」
ユキミは驚きの、ミサキは感嘆の声をそれぞれ上げていた。
彼女らにとっては、鋭い雰囲気の男らしい容貌の男がそう言った事が意外だったのだろう。
更にウラハの嬉しそうな顔と声に照れたのか、リュウヤはそっぽを向いて沈黙した。
「あの、ウラハさん?」
「はい、何でしょうか?」
「訊きそびれていたんですけど、お2人って夫婦ですよね?」
「ええそうですよ。……ふふ」
リュウヤを気にしてかおずおずと出された質問に、ウラハは暖かい笑顔で答えた。
夫婦と訊かれた時、夫の肩が一瞬反応した事に笑いを噛み殺す。
ファミリーネームが同じで顔が似ていない事から、紹介時からそう思っていたユキミも間違っていなかった事に安堵した。
予想は外れるより当たった方がいい。
「わ、じゃあウラハちゃんは花嫁さんだったんだね」
「ええ。結婚式は神式でしたけど」
「神式……ですか?」
「あら、日本系のお名前ですけど知りませんか?」
「コロニーでは結婚式は教会だけだったので。ね、ミサキ?」
「うん。ウエディングドレスの花嫁さん綺麗だったよ」
昔を思い出しているのか、光のない瞳がうっとりと形を変える。
どれだけ時が過ぎ去っても、女性はあの純白のドレスに憧れるものらしい。
普段冷静そうなユキミも積極的に会話に加わっている事からそれは確かな事のようだ。
「ふぅ」
場で唯一の男である彼は人知れず溜息を吐いた。
女性陣がこういった会話をしている時は、真っ当な男は会話に加わる勇気も気力もない。
それから暫く、彼は女3人の姦しい声を聞き続ける事になった。
「こら! そこのもの!」
子供の可愛らしい声だった。
未だ楽しく結婚式について語り合う女性3人と、そんな彼女らを眺めつつ黙々と歩く男の足を止めさせたのは。
まずは黒の中にも青さが見える豊かな髪が目を惹く。
両耳の脇を流れる髪を一房ずつ小さい2つの鈴で縛り、残りの長い髪は背の半ばよりやや下で柔らかく纏めてある。
まだ手足の伸びきっていない幼いと言ってもいい少女。
黙っていれば人形のようにも見える整った顔はしかし、勝気そうな雰囲気と相まって躍動感に満ち溢れている。
そんな少女が戦艦の中にいる事に、ユキミは驚愕して言葉を失った。
当然容姿を肉眼で確認出来ないミサキは驚きもしていない。
「そこのお主達、名は何と申す? 余はカンナじゃ」
「……え?」
「え? ではない! 名乗ったのだから名乗り返すのが礼儀であろう」
「うんそうだね。私はミサキ。ミサキ・カワナって言うんだよ。よろしく……カンナちゃん?」
「うむ。お主は中々わかっておるな」
「あははありがとう。カンナちゃんは何歳なのかな?」
「む、余か? 余は今年9歳になった」
「へぇ」
いまだ茫然自失状態の親友を余所に、ミサキはあっさりと自己紹介を完了させる。
あまつさえ普通に世間話をも始めてしまった。
割と常識人のユキミにはついていけないこの状況。
よろめいた彼女は、通路の壁に手をついて己の体を支えるだけで精一杯である。
「やはり一般的な精神の持ち主だとああなるか」
「忘れていましたね。艦の方は殆ど大丈夫でしたし」
「……ああ、そういえばミサカのお嬢ちゃんが同じような反応だったな」
「性格が似ている方はやっぱり行動も似るものですね。カオリさんとなら、ユキミさんも仲良くなれそうです」
「……と言う事はハルコに振り回されるのは決まったか」
「そうなりますね。ふふふ」
脇で何事か言っているクニサキ夫婦の声も、今のユキミには届かない。
今後の彼女が収まるべきポジションを予見した言葉だったのだが……。
まぁ聞こえても回避は不可能な事はある。
「してミサキよ、結局この
「ユキちゃんなんだけど……う〜ん」
「ユキちゃん、とな? また珍妙な名前じゃな」
「違うわよ。わたしの名前はユキミ。ユキミ・ミヤマがフルネーム」
回避不可能な事があるのと同様に、幾ら考えても1人では答えを導き出せない事柄もある。
それを唐突に理解したユキミは茫然自失から抜け出した。
考えてダメなら周りから情報を得るのだ。
「ではユキミじゃな。よろしく頼むぞ」
「子供に呼び捨てにされるのも……まぁ良いか、よろしく」
「余は子供ではない!」
「そうだよユキちゃん。カンナちゃんはカンナちゃんだよ」
「ミサキ、あんた良い事言ってるように聞こえるけど考えて喋ってないでしょ」
「酷いなぁユキちゃん、私だって考えてるよ。食堂のご飯は美味しいのかなぁとか」
「考えの方向性が違うわよ」
「ミサキ、余は母上の作ってくれるハンバーグが大好きだぞ!」
「ホント? その内食べさせてもらえるかなぁ……」
「あんた人様の食事に乱入する気?」
段々と会話の方向性がずれてきた。
ミサキとカンナのやり取りにユキミが流される。
もうこの会話からまともな情報を得る事など、彼女には不可能だった。
ツッコミに忙しく、ユキミ自身にそんな意識があるかも定かではないが。
「で、結局彼女は一体何者なんですか?」
「余か?」
「ユキちゃん、この子はカンナちゃんだよ?」
「だからそれはもう良いから! そういう事じゃなくて、誰とどういった関係なのかって事よ」
流されに流されて、やっとユキミが会話の主導権を握った。
そして気付いたのだ。
自分達より早くからこの艦にいる2人に訊けば良いのだと。
そこらへんの考えが最初に出てこないところに、彼女の混乱具合がよく表れていたと言える。
「カンナ……か」
「そうですクニサキ少佐」
「ああ、呼ぶなら下の名前で。戦闘時以外階級もいらない。カワナ少尉も」
「「はい」」
「階級付けずにファミリーネームで呼ぶと、ウラハやカンナも混乱するしな」
「はぁ……は!?」
「カンナ」
「ん」
何事かを理解したユキミには応えず、カンナを手招きして自らの前に来させる。
隣り合って立つ
夫婦だった男女に少女が加わる事で、その3人は家族そのものとなった。
「ま、そういうわけだ」
「カンナは私とこの人の娘なんですよ」
「その通りじゃ」
両親の手を握り締め、少女はとてもとても嬉しそうに笑った。
今の彼らを家族だと思わぬものはいないだろう。
それほどに、暖かく柔らかい雰囲気が3人の間には満ちている。
「まぁ……そのお姿を見せていただければ納得出来ます」
「とっても良い感じがするよね、ユキちゃん」
「ええ。でも何故カンナちゃんはそんな言葉遣いなんですか?」
「あ、それは私もちょっと気になるかな」
カンナという少女と接する上で、最大にして唯一の疑問。
それは彼女の口から放たれる時代がかった言葉遣いだろう。
可憐な少女から発せられるこれに、違和感を感じない方がおかしい。
「まぁそうだろうな」
「会う人に必ず訊かれますから」
「ただ深い理由など何もない。カンナが旧西暦の時代劇が大好きなだけでな」
「何故か幼児の時からお気に入りで、ずっと見続けていた所為か口調が移ってしまったのですよ」
「そ、そうですか……」
ユキミは口元を引き攣らせた。
時代劇が好きな事は問題ないが、その筋金入りっぷりに彼女は圧倒された。
それは両親の2人も当然理解しているのか、口元に苦笑を滲ませてるが。
「むむ、余の言葉に文句があるのか?」
「そんな事ないよ。良いよね時代劇」
「そ、そうか?」
「うん。私好きだよ、水○黄門とか暴れん○将軍とか銭○平次とか大○越前とか」
「むむむ! ミサキ、お主やるな!」
たたたっと、ミサキの傍まで駆け寄って彼女の手を握る。
そしてカンナは、ブンブンと握った手を上下に振った。
余程嬉しかったらしい。
そのまま手を繋いで歩き始める。
「そういえば、ミサキもやたら昔の映像知ってたっけ」
「それは渋い趣味だな」
「でもカンナは嬉しそうですよあなた」
「ああ、いい事だ」
預けられる身寄りもなかったので連れてきたこの場だが、戦艦の中では同じ年頃の友人など出来ようはずもない。
カンナには何時も通り接していたリュウヤとウラハだが、しかし内心では深く静かに悔いていた。
だが今嬉しそうにしている我が子を見れた事で、その罪悪感も少し和らいだ。
「でも何でミサキはそんな古い時代劇見てたたのかしら?」
そんな彼らの横では、ユキミが己の理解の外にあるミサキの行動に疑問を感じていた。
彼女は知らない。
光を失った時、せめて音だけはと、ミサキが何百もの映像をテレビで流していた事を。
「ここが食堂だ」
「と言っても、パックされた食品を温めて食べる場所ですけどね」
簡単に言えば、テーブルと椅子のある大きな部屋。
艦としてのタイプや所属の違い以前に、戦艦としてはあたりまえの設備である。
この部隊の敵であるプラチナとはかなり違うが、厨房等がしっかりとあるあちらが異常なのだ。
プラチナが特異なのは、最初から戦闘目的に作られていなかった事に起因するのだが、当然リュウヤ達はそれを知らない。
元はヒリュウと同じ外宇宙探査巡航艦であったため、福利厚生に力を入れていた名残なのだろう。
「まぁ部屋自体はでかいから、集まって話すのには最適なんだがな」
「余も父上と母上がいない時はここにおるぞ」
「そうなの?」
「うむ。大きなテレビがあるのだ! あれで時代劇を見ると大迫力なのだぞ!」
興奮してはしゃぐ我が子に苦笑しつつ、リュウヤは食堂の扉の前に立った。
両サイドにスライドするタイプの大きな扉だ。
さすがに食堂とあって、同時に3人程度はくぐれる大きさになっている。
その大きさに合わず、軽い音をたてて扉が開いた。
「ん……ん……ぷっは! ほら、カオリも呑みぃや」
「ちょ、ハルコさんあなた正気ですか? まだ警戒態勢解けてないんですよ?!」
「固い事言いっこなしやって! 今日は新人さんが加わるんやろ?」
「そうですよ! 最初くらいまじめにやろうって言ったのハルコさんじゃないですか!」
「そんなん忘れたわ」
「忘れたって……」
「だって集合してからこんな時間かかって……正直飽きた」
「飽きた、じゃありませんよ。アルシエル大尉も何か言ってください」
「はははは、カミオ大尉は元気だな」
「なんですかそれ! ……あ、誰かき―――」
扉は閉まった。
同時に内部の音の殆どは聞こえなくなる。
扉が閉まったのは、無言でリュウヤが前から退いたからだ。
「あの……いまの方達が?」
「……訊かないでくれ」
ユキミの質問に明確な答えを返す事なく、彼は悄然と項垂れる。
確かに来た人間に見せるには、いささか突飛過ぎる状況だっただろう。
「中の人たち楽しそうだったよね? ユキちゃん」
「ええあんたはそういうやつよ……はぁ」
そう言えるのはミサキが中にいた人と近い性質を持っているからで―――ユキミはこれからの自分の役割が朧げながら見えた。
と同時に、自らが苦労するであろう未来を思い、彼女はその場に沈黙した。
そんな2人を微笑みとともにウラハが眺めている。
「でな、そのハルコがな、誰もいない時にお菓子をくれて頭を撫でてくれるのじゃ」
「いい人だなぁ」
「でも誰か来ると、顔を真っ赤にして去ってゆくのじゃ」
「照れ屋さんだね」
扉前の3人を欠片も気にせず、仲良く手を繋いだままの2人は会話に没頭中であった。
ユキミとリュウヤの重い雰囲気なぞ知ったこっちゃないらしい。
目の見えないミサキはともかく、カンナがこれほど清々しく周りを無視していられるとは………大物である。
「でも何時までもこうしているわけにもまいりませんしね」
そう言って、あっさり扉を開いて中へ。
未だ項垂れる旦那の手を引いて行動を開始したのはウラハ。
他の面子も彼女に導かれる様に続く。
「あははは、カオリ何か芸せぇ芸」
「そんな事はしません」
「ならアルの兄ちゃんはどうや?」
「私は傍観者でいたいので遠慮させてもらいます」
「……相変わらずわからん兄ちゃんやなぁ」
そこでは未だ騒ぐ人の声。
いや、騒いでいるのはハルコ・カミオただ1人だ。
カオリは彼女を止めようとしているだけに過ぎない。
まぁそれで余計に騒がしさが増しているのだが、当事者は気付いていないのだろう。
「3人とも」
「ん〜?」
「あ、やっぱり人が」
「……」
復調したらしいリュウヤが声をかけると、三者三様に反応した。
ハルコは楽しそうなまま、カオリはあからさまな安堵と共に、アルシエルは無言で面白そうな視線を、それぞれ彼に向けた。
カオリを除く2人が、一瞬さっと来た全員を確認したのは人生経験の差か。
それが分かったのも、同じ年代のクニサキ夫妻だけだったけれど。
「それで、先ほどまでの騒がしさは何事だ?」
「私は座って眺めていただけなので、事情は他のお2人からどうぞ」
「見てたんなら止めろよアル」
「そんな……無粋な?」
リュウヤのツッコミも柳に風と受け流す。
どこらへんがどう無粋で、しかも何故疑問系なのかは分からないが、アルシエルはそう返した。
何時もの事かと、言われた通り当事者へと問いかけ先を変える。
「じゃあミサカ少尉」
「いえ、あたしは止めようとしたんですけど?!」
「あかんなぁカオリ。一緒に怒られよ、な?」
「ちょ、あたしは悪くありませんよ! ハルコさんが酔って暴れただけで!」
そう言ってカオリが指差す先には、ラベルの無い透明な一升瓶が1つ。
半ば以上減った液体は、濁りもない透き通ったモノだ。
リュウヤとウラハ、それにユキミはまじまじとそれを見つめる。
照明が反射して水面がキラリと光る様を、カンナが綺麗だと零した。
「お……お酒?」
「なるほど、な」
「ハルコさんも中々……」
真面目なユキミは茫然とした声を上げたが、クニサキ夫妻は何か納得した様子。
苦笑した顔でハルコを見た。
目線を向けられた彼女は、ニヤリと笑ってウインクを1つ返すのみ。
今は内緒なのだと、その仕草でリュウヤとウラハは理解した。
「それは良いとして、先ほどの質問に戻るわけだが」
「なんでも何も、あんたらの来るのが遅いからやろ」
「それでも初対面の方がいるわけですし、もう少し穏便にしていらっしゃれば宜しかったのでは?」
「そんなん無駄無駄。どうせ数日もせんとばれるやん。なら早い方がええって」
「……その通りですね」
「ウラハさんそこで納得しないでください!」
「その通りだなぁ」
「少佐まで!?」
ウラハもリュウヤも、叱責どころか納得する始末。
確かに初対面時から普段通りの方が、後々面倒が少なくて良いかなーと2人は思った。
特にリュウヤは責任者であるだけ切実。
そんな中間管理職の切なさが分からないカオリは、方々にツッコミを入れるだけだったが。
「なんか楽しそうだねぇユキちゃん」
「…………そう言えるあんたが今は羨ましいわ」
「でも皆いい人みたいでよ?」
「うむ。この
「そうね。それが救いね……きっと」
置いてきぼりな3人は、リュウヤ達の会話を見ながら呟き合う。
カンナを除く新参者の2人は、破天荒さが見え隠れするこの部隊の一端を知る。
ミサキは楽しそうな、逆にユキミは疲れた笑みを、それぞれ浮かべた。
そしてそんな彼女達に―――
「そんじゃ、自己紹介といこか?」
―――1人会話から抜けてきたハルコが話しかける。
やっと、一同は食堂に集まった目的を果たす事になりそうだ。
「なるほどなぁ」
「目、以外は大丈夫だったんですか? カワナ少尉」
「ああ名前で呼んで良いよ。私もカオリちゃんって呼ばせてもらうから」
「はい、わかりました。それでミサキさん?」
「うん。ヘルメットのバイザーが割れて目を傷つけたんだけど、開いていなかった口なんかに破片は入らなかったし……」
淡い微笑を浮かべながら、ミサキは当時の状況を説明する。
口調は力ないのに、笑みを見せる彼女が逆に痛々しい。
各人の自己紹介もつつがなく終わり、今はミサキが自らの目について話していた。
誰もが聞くべきか躊躇していた時、彼女自身が話し始めたのだ。
これから命を預けて共に戦う人間に隠し事はしないという、それはミサキの誠意だったのかもしれない。
「んじゃあせっかくだから、もっと突っ込んだところ聞かせてもらおか」
「ハ、ハルコさん!」
「若いなぁカオリ。ちゃんと話してくれたミサキの意思を組んだらんと」
「で、でも……」
ちらりとミサキの顔を窺う。
カオリとしては、身の上を話してくれたとはいえ、会ったばかりの人間にこれ以上色々訊くのを躊躇う気持ちが強い。
相手を尊重していると言えるが、それは時として相手に対して臆病という事にもなる。
「私もカミオ大尉の意見に賛成だな」
「アルシエル大尉まで……」
「あはは、私は聞いてくれた方が嬉しいかな。ね、カオリちゃん」
「ミサキさん本人が言うなら……はい」
そしてこの場合は後者だった。
ミサキが自分から彼女らに話した裏には、パイロット各人と対等な関係を築きたいという望みがある。
本人は言葉にしていないが、盲目だと線引きされ遠慮され、結果よそよそしい関係になる事を厭うたのだろう。
ハルコやアルシエルは、言葉や雰囲気でそういった事を敏感に感じ取ったのだが、流石年の功である。
その2人程カオリが理解出来なかったのは、対人関係の圧倒的な経験不足と少し杓子定規染みた性格ゆえだ。
「その前に」
「ほらアル」
「ミサカ少尉……だったわね。はいこれ」
「ミサキには余が持ってきたぞ!」
会話に加わっていなかった4人が戻ってきた。
雪見は言うに及ばず、クニサキ夫妻は格納庫で聞いていたし、カンナは難しいのでウラハが引っ張った。
彼らの手には紙コップが2つずつ。
片方のそれを座っていた人間に渡すと、自分達も席に着く。
「まずはそれを飲んで少し落ち着いてくださいね。雰囲気重かったですよ」
「そんな事あらへんわってコーヒーかい!」
「あら? お気に召しませんか?」
「あんたの事だから嫌がらせに甘くしてるやろ?」
「ええ。せっかくですし砂糖多めのボタンを……」
「何がせっかくや!」
「やはりコーヒーはミルクだけですね。甘くなくて良いです」
「あんた日本茶党やんか……」
ハルコの声も何処吹く風と、わざわざ隣に座ったウラハは涼しい顔でコップを傾ける。
彼女が言っている通り、飲んでいるのはミルクだけの甘くないコーヒー。
嫌がらせしようという心積もりではなく、完全にハルコで遊ぶ為だけに飲んでいた。
事実、日本茶好きのウラハは何時も緑茶を飲んでいるのだから。
「ウチが甘いもんすかんって知っとってよぉやるわ」
「あらコーヒーはダメでしたか……カンナと同じオレンジジュースが良かったかしら?」
「だから甘いもんはすかんって!」
「ん? ハルコはオレンジジュースが飲みたいのか? 余のを少し分けてやらんでもないぞ?」
「いらんて。……母子揃って人の話聞かんやっちゃなぁ」
はぁぁぁと、腹の底から湧き出るような溜息を吐いて、ハルコはテーブルに突っ伏した。
その様子が面白かったのか、誰かが笑い出し、それは他の面子に伝播する。
暫し笑いが場を満たした後には、和気藹々とした雰囲気だけ残った。
「少し気になった事があるんですが、あの…………ミサキさん訊いても良いですか?」
「んぐ……うん良いよ」
口の物を飲み込んだミサキは、おずおずとカオリから切り出された質問に答える姿勢を見せる。
かなりの躊躇の後出された質問だが、それも彼女らのテーブル上を見れば当然。
そこにはゴミの山が出来ていた。
「そ、そんなに食べて…………あの辛くないのでしょうか?」
「え? 全然大丈夫だよ」
「いやいやそれはおかしいやろ! 何ぼなんでも異常な量やで?!」
「そうかなぁ? まだ食べられるよ?」
「凄いのぉミサキは。その健啖ぶりは賞賛に値するぞ」
「……カンナちゃんの年齢でその言葉遣いの方が凄いと思うけどね」
カオリに続き、ハルコやカンナが口々に感想を述べる。
最後にぼそりとユキミが零した言葉は誰にも聞こえなかったようだが。
実際見た人間が驚愕するのも当然で、何せミサキが平らげた食べ物の量が尋常ではない。
数種類のハンバーガーを、実に14個も十数分でぺろりと食してしまったのだ。
「それだけ食べて体に変化はないのですか?」
「全然問題ないよ」
「ウエストが太めなくらいでね」
「む、それは気にしてるのに、ユキちゃん酷いな」
「と言ってもそんなでもないですし、同じ女としては羨ましいですね」
ほぅ、と息を吐き出したウラハに、残りの女性は同意を込めて頷いた。
それだけ食べて体型が変わらないのは、世の女性にとって羨望の極みだろう。
肝心のミサキはイマイチ有り難味を感じていないが。
「しかし何故そんなにカロリーが必要なのでしょうか?」
「そうだな。普通に考えたらおかしいか」
会話に絡めなかった男性の2人が新たな疑問を出してきた。
だがその疑問はもっとも。
余分な肉がつかないという事は、摂取されたエネルギーが過不足なく使われている証左だ。
「それは目が見えなくなってからかな」
「と言うと?」
「目が見えないと何が周りにあるかわからないよね?」
「それは確かに。暗闇を歩き回るのは辛いしな」
「うん。だから歩く時は気を張っちゃってて、少しの距離でも凄く疲れたりするんだけど……」
「それでたくさんお腹が減るんですか?」
「その場合糖分なんじゃ……」
それだけ聞けば脳を酷使しているように感じられる。
その場合、確かに必要なのはブドウ糖なのだろうが……。
「う〜ん、何て言ったら良いのかなぁ。そう、体全体を使って周りを感じているんだよね」
「全体ですか?」
「そうそう。すぐ傍に壁があったりすると圧迫感を感じたりするよね?」
「あぁあるなぁ。なんか違和感を感じるっちゅーか」
「目が見えた時はそんな軽い違和感だったけど、今は何倍も感じられるんだよね。その感覚で周りを認識している」
「テーブルや椅子を避けて歩いて来たのも、それを感じて?」
「うん。全身からアンテナを伸ばす様に周囲を感じるんだけど、これが疲れて疲れて」
だからお腹が減るんだよね、とニコニコ顔でミサキはのたまった。
聞いていた人間は返すべき言葉を失い、皆一様に沈黙する。
ユキミだけは、かつて己も同じ感情を抱いた事から余裕があった。
(まぁ無理もないわよね)
周りを見回すと、軽く息を吐いてコップに口をつける。
ミサキはさも簡単そうに言ったのだが、それ程まで詳細かつ正確に周囲を感じる事がどれほど難しいだろう。
よく五感の1つを失うと他の感覚が鋭くなると聞くが、それと比較しても異常。
既に
「先ほど昔は、と言ってらっしゃいましたけど、元々はそうやって周りを感じられなかったのですか?」
「うん。目が見えなくなって……正確にはT-LINKシステムを使うようになってからなんだけどね」
「そのシステム、格納庫でも聞いたな」
「私もその名はDC本部で聞いた事がありますね」
「あたしも妹の付き添いの時ちょっと……」
「なんや、知らんのはうちだけかいな」
ハルコの拗ねた声色の後、ミサキとユキミで一通りシステムについて説明する。
名を知っていたアルシエルとカオリも、知っているのは名前だけだったらしく興味深そうに聞く態勢になった。
無論、説明する側も理解していない専門的な事は部分は省いて、だったが。
2人はあくまでも被験者とその友人であるので、彼女ら自身も解からないところが圧倒的に多いのだ。
「ほ〜聞いた感じ便利な装置みたいやなぁ」
「少なくとも私にはそうかな。すごく助かってるから」
「やはりEOTなのだろうな」
「はい。システムの担当者もそう言ってました」
「それを使えば目が見えるという事なんですか?」
「ん〜、ちゃんと見えるんじゃなくて、さっき言った感覚がより鮮明になる感じかな」
話を聞いた人間は、感じた事を感じたまま言葉にする。
感覚的な事はミサキ本人が、客観的事実などはユキミがそれぞれ応えた。
1人では解からなかったり忘れていた事でも、2人で補完した事で巧く説明出来たようだ。
「当然、システムアシストを受けていた方が楽なんだよな?」
「そうだね。それでも使った後はやっぱりお腹が減っちゃうけど」
「将来的に小型化したら、ミサキの生活も楽になるかもしれんなぁ」
「おお。ハルコよ、ミサキの目が見えるようになるのか?」
「そうなるかもしれへんっちゅー事や。未来の話やけど」
「……むぅ、そうなのか」
「心配してくれてありがとうカンナちゃん」
「うむ! ミサキは余の友達なのじゃから当然じゃ!」
微笑を向けられたカンナは胸を張って頷く。
その仕草は、子供らしく打算も何もない明るさに満ちている。
心から思ってくれている事を感じ、ミサキは嬉しそうに笑みを深めた。
「戦争は技術の進歩を促す側面をも持っている。この戦いでT−LINKシステムの小型化へと道が開けるかもしれない」
「お前にしては楽観的だな、アル」
「笑うなよリュウヤ」
「でもそうなったら良いですね」
「せやなぁ。そんなええとこでもないと、戦争なんかやってられへんしなぁ」
その場に沈黙が満ちる。
ハルコの言う通り、何かを糧にしていないと普通は戦争などやっていけないのだろう。
軍人としての命令でも、個人の信念でも、家族のためでも、単純に生きる為だけでも。
それぞれが暫し、己が戦争に関わる理由を起こす。
しかしその瞬間を見ていたかのように―――
『部隊長から通達。……パイロット各員は、今から10分後にブリーフィングルームへ集合してください。繰り返します、パイ―――』
―――艦内放送がかかった。
内容は召集命令。
「敵か?」
「……動き出すまでの時間としては充分だろうな」
「先に行くぞ!」
「同じく失礼する」
まず男2人が素早く立ち上がり、一言残すと食堂から飛び出した。
アルシエルはともかく、リュウヤはパイロットを率いる立場として一番最初に到着していないと拙いのだろう。
テーブルに残されたカップや包装紙は女性陣が手早く纏める。
そのまま持って移動を開始すると、入り口横のダストシュートに投げ捨てた。
「カンナ、うちの一升瓶頼むな」
「余に任せておくが良いぞ!」
「この前と同じように医務室まで送っていきますからね」
「うむ。母上もしっかりお役目果たせられよ」
「はいはい」
カンナの言い回しに苦笑するのはウラハだ。
我が子だからこそか、どうにも時代がかった言葉を聞くと彼女は苦笑してしまう。
内心このまま育つとどうなるのか楽しみだと思っているのだが、それは旦那には内緒。
「ってそうですよ! ハルコさん、あんなお酒呑んで大丈夫なんですか?!」
「何や今更やんなぁ。でもこの瓶中身普通の水やから問題ないよ?」
「な―――」
「へへん、引っ掛かった引っ掛かった。いくらうちかて、何時戦闘なるかわからんのに酒呑むかいな」
「だ、騙された……」
「カオリ、元気を出すが良いぞ」
「ありがと……9歳児に慰められるあたしって……」
「はぁ、やれやれですね」
ハルコを先頭に、カンナとカオリ、ウラハの順で食堂を出ていった。
子供に合わせているからか、その歩みはそう速くない。
時間も指定されているから余裕もある。
「やっぱりこの部隊も一筋縄でいかなそうねぇ」
「でもやっぱり楽しそうだよ」
「はいはいその通りです」
最後を往くのは新参の2人。
ミサキは変わらず笑みを浮かべると、跳ねるように後へと続く。
その様子に肩を竦めて苦笑したユキミだが、反してその足取りは軽いものだった。
「敵部隊沈黙。衛星自体へのダメージは皆無。通信施設は問題なく稼動すると思われます」
「こちらの被害は?」
「クニサキ機が少々被弾しただけです。本艦は左舷装甲板の一部表面がビームで融解した程度。無論航行に支障ありません」
「このシイコちゃんが巧みな操艦で躱したからねぇ」
「結構。出撃した機体は一時格納庫に戻して補給と、整備が必要ならそれも」
「了解」
「進路は予定通り。速度は40%を維持」
「いえっさー」
現在プラチナは攻撃目標のポイントBへの攻撃を完了させたところだ。
ここまでの作戦行動は順調に推移している。
僅かAM1機と宙間戦闘機が3機の防衛戦力だった為、他のパイロットより戦闘時間の少ないユキト中心で攻める余裕すらあった。
既に戦闘艦橋に移行した薄暗い中、マコトは艦長席に背を預けて宙を仰ぐ。
「ヒリュウ改からの連絡はどう?」
「宇宙ステーション『コルムナ』へと向かうと連絡が着たきりです」
「タイムテーブル通りなら、そろそろ大統領を確保している部隊にかち合う筈……」
「あの……艦長?」
「何?」
少し躊躇ったような声に、マコトは視線を天井から正面に戻す。
発言元はアカネだ。
何時も通り、彼女は通信機に向かったまま言葉を発していた。
「1つ気になったのですが」
「うん、それで?」
「もし大統領がこちらに来る部隊に捕まっていた場合、どうなるのでしょうか?」
「アカネ、それは考え過ぎだって」
「そうでしょうか?」
「まぁサトムラ少尉の言う通り、その可能性はなくはないでしょうね」
「ですよね? 傍から見ただけではわかりませんし」
「あくまで可能性があるってだけよ。私達を追ってくるのなら大丈夫」
「何でです?」
「追跡部隊にわざわざ捕まえた人間を置いておく必要もないもの」
「そんなものですか?」
「そんなもんなんだよアカネ」
虜囚の身とはいえ、扱い的にはVIPであるブライアン大統領を確保していたのなら、確実に行動の自由が阻害される。
それは、プラチナを追ってどこにでも駆けつける必要がある『Koenigswasser』にとっては致命的だ。
逆手に取って確保し続ける場合もあるだろうが、さすがに今回はないだろう。
「とまぁ簡単に言えばそんな感じね」
「なるほど」
「これでアカネも1つ賢くなったね」
「シイコにしてはよく解かりましたね」
「……あんた喧嘩売ってる?」
「滅相もありません」
相変わらずな2人のやり取りに、苦笑ではなく微笑みが浮かぶマコト。
シイコに解かってアカネが思い至らなかったのは、単純に受けてきた講義の違いだ。
それぞれ得意とするフィールドが異なるのだから仕方ない。
「これは……レーダーに反応! 6時半の方向、距離30000。艦数1、ペレグリンです」
「本命が来たかしら。シイコ、敵艦方向に艦首正面、微速前進。距離9000で相対速度合わせて」
「了解!」
「接触までの時間は?」
「このままですと……およそ7分です」
左舷前方と右舷後方の制御スラスターが煌く。
プラチナが、その巨大な艦体を反時計回りに回転させ始めたのだ。
外を映す『窓』と同じ役割の周囲モニターが星の位置を変化させる中、マコトは肘掛に備えられた受話器を取った。
停滞の微塵もない滑らかな動作で『1』の番号を押し込むと、耳に当てて音が聞こえるのを待つ。
『儂じゃ!』
「マーク班長?」
『おう艦長! 敵が来たんだってな! 今艦内放送が入った』
「ええ。それで、戻った機体の補給は終わってる?」
『応よ! すぐ出せるぜ』
「順次カタパルトデッキに。発進は何時も通りね」
『わかった』
ガチャリと受話器を元の場所に戻す。
マコトの目はメインスクリーンから離れない。
そこに映されたレーダーには、敵部隊の移動速度その他が表示されている。
徐々に、プラチナとの距離が縮まっていた。
「敵艦との距離、12000を切りました」
「カタパルトデッキの状況は?」
「既に両舷にて1機目の準備は完了との事」
「各砲門スタンバイ」
「了解」
ビーム砲やミサイル発射管など、艦の各部が開いた。
武装がコンパクトに纏められた艦である為、砲門がせり出してきたりはしなかったが、確実に戦闘を行う艦となる。
プラチナを外から見ている人間がいたとしたら、感じ取れれる雰囲気が変化した事に気付いたはずだ。
「むむ、先輩!」
「確認したわ。向こうもAM出してきたようね」
視認出来るようになった敵艦から、複数の光芒が飛び出す。
それはレーダーで確認するまでもなく敵の機動兵器だ。
「アカネ、こちらも合わせて発進。命令後に援護射撃を15秒行って」
「了解。PT各機発進どうぞ。全機発進の後、援護射撃を行いますので、射線軸より離れてください」
マコトの命令後、応じるようにプラチナから放たれた光跡が7つ。
右舷カタパルトから発進した機体は艦の右を、左舷カタパルトから飛び出した機体は右側と対称位置を進む。
通信で言われた通り前方に広がる事なく、艦を中心とし7機は左右に散った。
「各機発進完了」
「よろしい。距離は?」
「9400です」
「艦砲射撃開始!」
「射撃開始します」
アカネの言葉と同時に、プラチナから連続して幾筋もの火線が放たれる。
時間はきっちり15秒。
機動兵器だと思われる小型の光点は散開して回避した。
報復行動か、敵からも同等以上の砲撃が返ってくる。
「シイコ、当たりそうになったら好きに避けて」
「は〜い。でもなんか投げやり」
「信用していると言いなさい! アカネ、PT各機は各個に敵を攻撃。本艦は敵艦と距離をとりつつ援護」
「了解。敵から通信妨害きてます」
「以後作戦終了まで通信封鎖。定められた作戦行動を―――っ」
急激なGが横からきた。
マコトは席の肘掛を両手で掴み、上がりそうになる声を押し殺した。
敵艦からのビーム火線がプラチナの左舷を通り過ぎる。
更に遠くない地点を複数光の帯が迸った。
「回避成功。次々っと」
「向こうは腕が良いわね。ならば、こちらもお返しして差し上げましょうか」
「はい」
「この場で主砲は必要ないわ。連装ビーム砲での牽制をメインに」
「了解。我が隊のPT、敵AM部隊と交戦状態に突入」
「いよいよか……」
モニターから目を離さず、マコトは口の前で両手を合わせた。
今回の作戦は最終段階に入ろうとしている。
時間は少し遡る。
ユウイチ機以下PT部隊は、発進後左右に散り、緩やかなスピードで敵との距離を詰め始めた。
プラチナを軸に右側がユウイチとアキコにユキトの3人、左側にマイ、サユリ、コウヘイ、ルミの4人だ。
『どうやら敵もあたし達と同じ機数みたいね』
『……この前は5機だった』
『増員してもそれだけって事は、そんなに兵士足りないのか?』
『甘く見てはダメですよオリハラさん。教官と互角に戦える人が、最低2人もいるんですから』
サユリの言葉にユウイチは苦笑を浮かべる。
前回の戦闘でリュウヤとアルシエル、2人がかりとはいえ抑え込まれたのは事実なので何も言えない。
それでも彼は自らの技量と経験に自負を持っている為、内心1対1ならば負ける気は微塵もないと思っていた。
『プラチナ艦砲射撃開始。敵AM散開、ユウイチさん!』
「ああ。各機スピードを上げろ! 今回は言ってみれば時間稼ぎがメインだ。無理に敵を倒す事はない」
各人が了解の声を返すと共に、機体の速度を上げる。
その横を、敵艦から放たれたビームの太いエネルギーが流れていく。
敵AM部隊も応戦すべくこちら向かってきていた。
『こちらと同数の機体を出してきたという事は、敵の自信の表れですね』
「ああ。しかも全て同じガーリオンタイプ。今までの戦闘から察するに指揮官かエース専用」
『それよりアイザワ!』
「何だ?」 『はい?』
『い、いや旦那の方』
「どっちかわからんからこれからは階級付けて呼べ。それでなんだ?」
刻一刻と迫る敵機を睨んだまま、意識の一部を通信に裂く。
この通信は、接触した機体同士の振動で行っているので傍受される心配はないが、攻撃されたら回避する為に当然切れる。
今までの戦闘で、ガーリオンの最大射程がユウイチのゲシュペンスト・Rと同じ事はわかっていた。
だがM型のゲシュペンストMK−Uやグルンガストの最大射程は、ガーリオンのそれよりも短いのだ。
必然的に初手が重要となってくる。
『兄貴の……リュウヤの機体はどれだ?』
「それがあったか。だが正直わからん」
『何故だ?!』
「お前敵見て物言えって。全部同じ機体だぞ? 敵が名札でも付けてくれてるのなら区別はつくが」
『そ、そうだった……』
これだから頭に血が上ると、と内心思いつつも口には出さない。
戦場で血を分けた兄弟と
だが今は平時ではなく戦時であり、油断は即死に繋がる。
苦言を呈すべく口を開いたところで―――
『誰だ!』 『……誰?』 『変な感じが……』 「何だ……女?」
―――迫った敵の1機から放射される何かを感じた。
声を上げたのは4人。
ユキトとマイにアキコ、そしてユウイチ。
感じた何かを身の内で消化する為に、彼らは同時に一瞬だけ押し黙った。
「……マイ、大丈夫?」
『大丈夫』
『カワスミ少尉、何があったの?』
『”誰?”とか言ってたが、コックピットに幽霊でもいたか?』
『んなわけないでしょうが』
唐突に上がったマイの声が気になったサユリは、考えるより先に通信を送っていた。
更にルミとコウヘイが順に声をかける。
戦闘開始寸前の軍人としては落第と言えなくもないが、それを曲げる程の何かを感じたのかもしれない。
そして、それを表すかのように、彼らは傍受され難い接触回線ではなく、早さを重視してオープン回線で話をしていた。
『わからんぞぉカワスミって霊感強そうだし』
『……そうなの?』
『幽霊さんの気配はもっと希薄。あれは人間だった』
『ってマジにわかるのかよ!』
「マイは凄いんですよ……!」
その瞬間、サユリの脳裏に閃光と共に映し出される1つのイメージが浮かんだ。
降り注ぐ火線の1つに貫かれる自らの機体の姿。
何故そんなものが見えたのかを彼女が悠長に考える事はなかった。
行動しないと、脳裏に浮かんだ通りの姿に
「っ!」
モニターやレーダーの一切を見ずに、サユリは姿勢制御バーニアの向きを変更した。
機体を直進から斜め左方向へ進むように。
そうする事で、迫っていたビームの粒子を紙一重で躱す事に成功した。
『なんや居候しか知らんかったが、面白いやつらがおるんやな』
『戦闘寸前に私語なんて』
『我が隊もあまり変わらないが?』
『ははは、そらそうや』
突然、聞き覚えのない声が割り込んできた。
極東地区出身の4人にはそれなりに馴染みのある関西弁と、全世界の人間が遣う地球連邦の公用語。
女の声が2つと男の声が1つ。
『誰だ!』
『って敵に決まってるやんか』
『そりゃそうだ』
『あははは。そんな簡単に納得するんかい』
『ふっ面白いか、そうだろうそうだろう。何と言っても俺は連邦軍1お笑いを理解している男だからな』
『ええなぁ兄ちゃん。よっしゃ! どや、うちと遊ばへん?』
『良かろう! この漢オリハラ、デートに誘われれば確実についてゆくぞ!』
『いい返事や。それでこそ、やな。うちはハルコ、着いてき』
『応!』
ハルコの先導するガーリオンをコウヘイの機体が追いかける。
何かあの2人は通じるところがあったのだろう、会話その他がえらいスムーズだ。
周りの5人が思わず活動を止めてしまうほどに。
『ってちょっとオリハラ! あんたあたしとコンビ組んでんだから先行くな!』
『ハ、ハルコさん!』
『何でついてくんの?!』
『そっちこそ敵のくせに……敵!?』
慌ててその後を追う機体が2つ。
通信で途中で我に返ったのか、そのまま移動しつつ戦闘が始まる。
コウヘイ達が向かった先でも火線と爆発の花が咲き始めた。
『ではお二方のお相手は私という事になりますか』
『サユリ』
「うん」
マイとサユリは相手の声を知っていた。
前回の戦闘後、ユウイチ機のレコーダーから齎された敵の1つ。
彼女達の教官を抑え切った人間の1人だ。
生半可な相手ではないと、通信機ごしに2人の女性は気合を入れなおした。
『ふむ。これは中々……楽しませてもらえそうですね』
『倒す!』
「勝たせてもらいますよ!」
『大いに結構。では始めましょうか!』
開始の合図は、3機それぞれが敵へと放ったビーム。
双方危なげなく躱し、いよいよ本格的な戦闘が始まった。
再度少し時間を遡り、ユウイチ達4人が敵から何かを感じてすぐ。
一方と同じく、こちらの側でも話し合いが始まった。
マイ達の側と違うのは、3人全員が何かしら感じた事と、通信が接触回線である事のみだ。
「アキコとユキト、お前達も感じるか」
『ああ。誰かの息遣いみたいな感じが……今も』
『わたしはちょっと変だとしか』
「俺もユキトと同じようなものだが。これは……敵に近づくほど強くなっているのか?」
さすがに女性の、とは言わないユウイチ。
不謹慎であるとまではいかないが、それでも妻に言うべきことでもないと判断したのだ。
第一それが当たっているのかもまだわからない。
だが、ユウイチは”何か”を感じれば感じるほど、それを発しているのが女だと訴える自分の感覚が強くなるのを感じていた。
『さっきのは法術を使う時に似ていた気が……』
「おいユキト」
『こうやって……』
「聞いているのか? ―――っ!」
ユキトが声に反応しなくなると、傍らで一部接触しているグルンガストから何かが放たれ始めた。
それは先ほどより弱いが、敵側から感じたものと同質の何か。
同様に感じ取れたユウイチは、それが放射状に向かってくる敵へ到達するのを、目で見るように鮮明に”感じた”。
『ユウイチさん、今また何か』
「ああ。ユキトお前は―――」
「見つけた!!」
「―――っておい!」
接触していた2機を引き剥がすかのように、ユキトのグルンガストは強引な加速を行った。
向かってくる4機中の1つへと一直線に進む。
その敵兵器の照準を外す気が欠片も無い軌道に、ユウイチは舌打ちを隠せない。
「アキコ! あの莫迦のフォローを!」
『はい!』
『兄貴!』
『ユキトか……』
アキコ機が向かった先では、グルンガストが1機のガーリオンに殴りかかっていた。
直線的過ぎるナックルの一撃は、あっさりと避けられていなされる。
だがそのガーリオンが行ったのはそれだけで、追い討ちの攻撃などは何もない。
弟を討つのを躊躇ったのか、あるいは他に思惑があるのか……。
モニター上では、残った敵機体の内1機がグルンガストの方へと寄り、2機はユウイチのゲシュペンストを攻撃する動きを見せる。
「俺の相手はあの2機か。……因縁があると儘ならんな」
フットペダルを踏み込んで機体のスピードを一段階上げる。
先ほどのユキトのように直線的な移動は行わず、ランダムに軌道を変化させて敵の狙いを散らす。
2機の敵も同じようにロックオンを避けるべく向かってきた。
近づけば近づくほど、感じ続けている”何か”が深く強くなる。
「どちらかがこの感じの大本って事か」
『そんなものかユキト』
『ちっ!』
『クニサキさん、今援護を!』
『久しぶりの兄弟の再会ですから、どうかご遠慮くださいな。その代わりに私がお相手いたしますよ?』
『ウラハ義姉さんまでかよ』
通信機から飛び込んでくる会話は右から左へと流す。
そちらには目を向けることもない。
ユウイチは、意識を逸らした瞬間に致命的なダメージを負う気がしていた。
「っ」
ランダムに軌道を変えた瞬間、目前に閃光。
機体各所の姿勢制御バーニアを刹那で操って針路を無理やりに捻じ曲げた。
強烈な重力加速度に奥歯を噛み締めて耐える。
そして更に閃光。
「な……に!!」
また機体を強引に振り回し、その閃光を避けた。
回避後の地点を予め知っているかのように、ガーリオンの1機が撃ったレールガンの光が動いた先を襲ったのだ。
更にもう1機が逃げ場をなくすように、胸部のマシンキャノンから銃弾をばら撒く。
その全てを無理な加速と減速、方向転換で直撃する事だけがないように躱した。
しかし完全に躱しきれず、装甲の表面が融解する回数が加速度的に増える。
「そこか!!」
『きゃあ!』
『ユキちゃん!』
一瞬、照準内にガーリオンの片方が映った瞬間に、ユウイチはトリガーを引き絞って敵を撃った。
ニュートロンビームの光が一直線に敵を狙うが、紙一重でそれは避けられる。
だが敵が回避行動を行った事で生じた隙を利用し、ゲシュペンストは2機のガーリオンから距離を取った。
あのまま攻撃され続ければ、さしものユウイチと言えど撃墜されていた可能性は高い。
それほどまでに拙い状況だった。
『大丈夫ユキちゃん?』
『え、ええ』
『良かった。でも逃げられたね』
『そうね。さすが音に聞こえし教導隊ってわけか』
「よく言う」
思わず苦い笑みと共に言葉を出していた。
その教導隊の自分を追い込んでいたのはどこの誰だと、ユウイチは思ったのだ。
彼の愛機はまともに一撃さえ受けてはいないものの、色々な場所にダメージを貰っている。
足を丸ごとスラスターに換装して機動性を上げていなければ、今ごろ直撃弾を幾つか貰っていたはずだ。
「それで、前回はいなかったと思うが……誰だ?」
『敵に名を教えると―――』
『私はミサキ・カワナって言うんだ。こっちはユキちゃん』
『―――ミサキ……』
『え? 何かいけなかったかな?』
『はぁ、もう良いわ。わたしはユキミ・ミヤマ少尉。コロニー統合軍の一員です』
「そうか、統合軍のな」
『あなたは元特殊戦技教導隊のユウイチ・アイザワ少佐ですね?』
「そうだ。今は大佐だがね」
ユウイチは少しでも早く敵の攻撃を感じ取れるように、無意識に己の感覚を機体外に広げ始めた。
原理は解からないが、今の彼はことごとく敵に動きが読まれている。
読まれても攻撃が当たらない速度で動く事が出来れば問題ないが、既に機体は改造されている為にそれは不可能。
それ以外で対抗するには、自らも敵の動きを読んで攻撃を躱すしかない。
『それならば結構。ここで倒れていただきます。ミサキ?』
『おっけーユキちゃん』
「そう簡単に落とされるわけにもいかんのだがな」
行動を開始した敵機に呼応してゲシュペンストも動き出す。
その中でユウイチは気を引き締めると、何故か嬉しそうな笑みを浮かべた。
それは相対するコンビが自らを凌駕しうる強敵と認めたが故。
まだ自分は更に強くなれると、そう確信したが故の獰猛な微笑みだった。
「そこっ!」
『なんの』
コウヘイの機体が放ったビームを躱し、敵は高速で接近。
右手にブレードを握ると、体当たり気味な軌道で斬撃を叩き込んできた。
『もろた!』
「舐めんな!」
一瞬の躊躇もなしに、コウヘイは向かってくる敵へ機体を飛ばした。
こちらから懐に飛び込む事で無理やり間合いを潰し、格闘のモーションを起こすと右手を繰り出す。
鈍い音が鳴る。
敵との距離が近すぎる為にスピードが乗り切らなかった拳が、左の肩口に当たっていた。
敵のブレードは振り切る寸前、二の腕を支点にして止まっている。
そのまま右腕を首にかけ、敵正面に機体を晒さぬよう左にずれると、ブレードを持つ右腕を自機の左腕で抱きこんだ。
背後のメインスラスターを全開にして、下手なダンサーがパートナーを無理やり振り回すように戦場を突っ切る。
「どうよ!」
『ぐっ、大したダメージやあらへん』
『ハルコさん!!』
『いかせないって!』 『くっ』
援護しようとするガーリオンを、ルミの機体が抑え込んだ。
マシンガンをばら撒く事で進む方向を制限し、動きが止まった瞬間すかさず接近して拳や足刀を入れ、すぐに離れる。
彼女とカオリの間に技量の差はあまりない。
ただ戦闘時間の長さの違いと、それによる経験の差が大きかった。
「良いぞナナセ! 今のお前は輝いてる!」
『うっさい! あんたの方、倒せるならさっさと倒しなさいよ!』
「応! この美男子が今華麗に勝利を―――」
『それは無理やな』
「―――うおお!」
ガーリオンもスラスターを全開にして、一瞬だけ移動速度の均衡を作り出した。
そのエネルギーを余さず姿勢制御に使い、無理やり機体を捻ると胸部マシンキャノンを発射。
致命的な部位へのダメージを与える事さえ不可能だったものの、ゲシュペンストの右脇下付近を抉った。
軽口をたたきつつも、コウヘイに油断はなかったが、双方の優位は一瞬でひっくり返る。
「ちっ!」
『終わるか?』
「まだまだ!!」
ばら撒き続けられるマシンキャノンの銃弾から身を躱すべく、コウヘイは機体を下げた。
ただ後ろへと退くだけでは更にダメージを被る事は必定。
だから彼は敵の右腕を抱きこんだままの左腕を使う。
右腕を頭の方へと押し上げる事で、火線から自機の身を外すと敵の背後へ―――
『それはあかん!』
「ち」
―――攻撃を繰り出す瞬間逃げられた。
敵の動きを妨げていた1点が外れた事で、首にかけた右だけでは支えきれなくなったところを強引に払い除けられたのだ。
敵機は右手を弾き飛ばして、そのまま機体の右脇を直進する。
コウヘイも逃げられた理由を考える事など全くせず、機体を正面へ飛ばした。
反転した瞬間にハルコの機体から攻撃を受ける事は自明の理。
そうして前へ進み、それから徐々に楕円の軌道を描く事で敵機へと正対する。
『オリハラ無事?』
「ナナセか?」
『そ。結構やられたじゃない』
「ああ」
ルミの言う通り、コウヘイの機体は右半身がかなり傷を負っている。
コックピットのある中心付近は大丈夫だが、端の方が上から下にかなりの範囲でダメージが見て取れた。
通信機やレーダー関係に不都合が出ていないのは幸いだ。
そんなコウヘイ機だが、方やルミの機体には目に見える損傷はない。
『ハルコさん……』
『あ〜、ぎょーさんやられたなぁ』
『すみません』
『死んでないだけマシやって』
かなりの距離を開けて、対した敵も合流していた。
ハルコの機体には目立ったダメージはないが、もう1機はかなりのものだ。
まず左足がなくなっている。
それによく見ると機体全体にへこみがあり、融解して内部が覗いているところもあった。
「かなり痛めつけたなぁナナセ。さすが
『うっさいわね。戦争なんだから仕方ないでしょうが』
「そりゃそうだな」
いらついた声を聞けば、彼女が嬉々として攻撃したわけではない事がわかる。
誰だって人を殺したくはないはずだ。
それでも彼女達は軍人であり、今は戦争の中で命をかけて戦っている。
「仕切り直しといくか」
『異論はないで』
暫し睨み合う。
ぎりぎりと、弓を引き絞るような緊張感。
彼らに気合が満ちたならば、今この時の『静』は一瞬にして『動』となる。
パン、と彼らの耳に何かが破裂する幻聴が響いた。
その次に認識したのは
プラチナの上に打ち上げられたそれは、戦場の何処からでも目についた。
コウヘイやルミは当然それの意味を知っている。
『時間みたいね』
「そのようだ」
戦場はそれぞれ異なる場所でありながら、その戦い全ての火蓋が切って落とされたのはほぼ同時。
敵味方が入り乱れ、既に艦の射線を気にする必要もなくなると、戦闘は激化し、戦線は拡大していった。
「……速い!?」 『あなたこそ!!』
この宙域での、機動兵器による戦闘が行われている4箇所の内の1つ。
高速機動戦闘を行う2つの機体があった。
アキコの乗るゲシュペンストMk−Uと、ユキトへの援護を妨げたウラハなる女性が乗るガーリオンだ。
両機は高スピードを維持し続け、一瞬の停滞もなく目まぐるしく存在する場所を入れ替えながら攻防を行っている。
『なんだか楽しいですね』
「あなたもですか」
離れては互いに意を以って銃弾を浴びせ、肉薄しては心にて刃を振るう。
その全てのタイミングは計ったように同一。
繰り出す攻撃の1つ1つが冗談のように同じ。
「全て――」 『――互角』
機体の速度、大きさ、武器の差異など何もないかのように同期する。
漆黒の宇宙空間に光跡を残しながら、ただひたすらに純粋に暴力をぶつけ合った。
故にその2機は禍禍しくも美しい。
『なんで、何でだ!?』
『言葉遣いは正しくだユキト。母さんに教わっただろう?』
『俺は真面目に聞いている!!』
『お前に言っても解からんだろうよ』
『てめぇ』
援護すべき対象であるユキトの声が通信機越しに聞こえてくる。
だがアキコは通信を気にするそぶりも見せず、ただただ目前の敵へと進む。
援護をする前に、ウラハの搭乗する機体が彼女を自由にさせてくれない。
現在進行形で敵対しているこの機体を打破しなければ、無理に援護しようとした瞬間落とされる。
『お前こそ何故そんなモノに乗っている?』
『……成り行きだ』
『成り行きで戦場に出るか……愚か者め』
『最初は成り行きでも、今は乗る理由があるんだよ!!』
『吼えるな。理由は聞いている。相変わらず優しいな、お前は』
『っ! 調子狂う事言うんじゃない!!』
『ふっ』
それに、ユキトの兄が彼を落とす意思がない事は、戦闘が始まってすぐわかった。
グルンガストの攻撃を全て躱し、いなし、反撃は格闘のみでレールガンやブレードは使っていないからだ。
遊んでいるのか、何か考えがあるのか……。
『考え事ですか?』 「っ!」
迂闊、刹那にアキコの胸中を満たした文字はその2つ。
ほんの僅か―――5秒にも満たぬ刻―――に、機体の動きが遅れた。
各下相手ならば問題はなかっただろうその遅れは、完全に同期していた2機の間では致命的。
見逃すはずもなく、一瞬で間合いを詰めた敵機が上段からブレードを振り下ろしていた。
『終わりですね』 「誰が!」
左腕が付け根から斬られて宙に飛んだ。
真っ向から
意識するより早くバーニアを起動させる事で機体を右に半身分ずらし、中心部への斬撃を左肩から受けたのだ。
更に全速で後退する。
『逃がしませんよ!』
「誰が逃げますかっ!」
『なっ!』
追いすがるガーリオンが近接武器の間合いに入る瞬間―――――ゲシュペンストは後退から前進へ転じた。
そして意趣返しか、繰り出した攻撃は上段からの斬撃。
右手に握られたブレードが、狙い違わず頭頂部へと吸い込まれる。
「そっくりお返しさせてもらいます―――――終わりですね」 『まさかっ!』
またしても、機体の腕が斬られて飛んだ。
回避した方向こそ違うが、それを除けば一連の流れは全て先と同様。
右へと動いたアキコとは逆に、ウラハは左へと動き、結果ガーリオンの右腕は断ち斬られて宇宙空間に流れた。
更にその身は数瞬前の敵機動をなぞる様に後退する。
そしてゲシュペンストも、追撃を行わずに合わせ鏡の如く後ろへと退いた。
『まさか攻勢へ転じるとは思いませんでした』
「わたしも躱されるとは思いませんでした」
『それはお互い様です』
「そうですね」
対峙する両機の中で、パイロット同士は会話を重ねる。
殺し合いといっても差し支えのないやり取りがあったにもかかわらず、2人の口調は静かだった。
いっそ穏やかといってもいい。
『お名前をお訊きしても?』
「アキコ。アキコ・アイザワです。あなたは何と?」
『ウラハ・クニサキと申します。ちなみに既婚で一児の母です』
「奇遇ですね。わたしもそうなんですよ? 娘が1人」
『まあまあ私もなんですよ? そんなところまで同じなんですね』
「そうですか……それは―――」
『ええそれは―――』
そこで一拍の間。
なんとなく、2人とも次に出る言葉がわかった。
「『他人とは思えない』」
彼女達の予想通りのその言葉。
思わず噴出すと、2人の女性は笑い出した。
お互い先の戦闘と今の会話で、相手と凄く気が合う事を知ったからだ。
『ウラハ?』
『アイザワ大尉?』
様子を窺う声に、ますます2人の笑みは深くなった。
この時点で、アキコとウラハは戦闘を継続する意思を失ったと言っていいだろう。
彼女達に戦意が無くなったのを知ったかのように、3色の信号弾が花開いた。
他の3つある戦場でPTとAMが激突し始めた頃―――。
『……せっ!』
『なんの』
『そこです!』
『甘い』
―――マイとサユリはアルシエル・ファレスと戦っていた。
だがそれは、対等の戦闘と言うにはいささか趣を異にしている。
『そこ!』
『っ』
『マイ!』
突きの一撃を躱し、薙ぎへと変化した斬撃を辛うじて右の斬機刀で受ける。
更に攻撃する気配を見せた敵機は、横合いからサユリの機体が放ったレールガンの一撃を避け、あっさり後ろへ退いて見せた。
両の手にブレードを下げたガーリオンは、小憎らしいほど飄々と、ただ凪いでいる。
『その程度かな?』
挙句、通信機から流れてくるのは余裕を具現化したかのような、そんな声。
遊ばれていると、マイは思った。
試されていると、サユリは思った。
『サユリ』
『うん。わかった』
『来るか』
アルシエルの声に対する応えは、敵の明確な動き。
2機のゲシュペンストMk−Uが弾かれたような加速で彼の機体へと向かう。
マイは打倒する為に、ひたすら真っ直ぐ前へ。
サユリは援護を、そして隙あらば撃ち抜く為に円軌道で横へ。
『えい!』 『はぁ!』
『連携か……だがまだ甘い』
高度を上げつつサユリの機体から連射されたレールガンの光弾を、向かってくるマイの機体を迎撃する為に前に出る事で躱す。
その動きは最低限のエネルギーを用いたようで速くない。
マイからの右薙ぎを左手で縦に構えたブレードでガードし、更に繰り出された左袈裟斬りを右手のブレードで防ぐ。
しかし射撃を躱したとはいえ、ガーリオンのスラスター光は最小限の小ささ。
鍔迫り合いの状態だが、全速のゲシュペンストとは発生させている推力に差がありすぎる為に後ろへと押される。
『サユリ!』
『うん!』
『ふっ』
平走する事でサユリ機が横から撃ったビームは簡単に躱された。
一気に機体のスラスターを全開にする事で押されるスピードを落とし、狙撃ポイント到達を遅らせたのだ。
幾ら正確に狙って撃たれても、そこへ敵が来なければ意味がない。
そしてまたしてもスラスターを弱めると、自らの機体を下へと沈み込ませる。
力の向きが変わった事でマイ機の上半身が前に乗り出した瞬間―――
『残念だった――――な!』
『っ!』
―――腕をかち上げて背後へ放り投げた。
直進すべくスラスターを使用している為か、機体の回転数は半回転ほどで止まる。
何の力も作用していなければ、この宇宙空間では後数度は回転していたかもしれない。
だがスラスターは
『マイ! 機体を立て直して!』
通信機に声を張り上げつつ、サユリはミサイルとレールガンをばら撒いて敵を牽制した。
無論一時的に敵を見失っているであろうマイを守る為。
言われるまでもなく、マイも計器を確認して機体を立て直す。
だが戦闘中急に機体を停止状態にわけにもいかず、その作業は敵からの照準ロックを受けないよう動きながらだ。
『マイ下がって!!』
『!!』
だがサユリの警告が聞こえた瞬間、マイは考えや逡巡などという工程は全て省いてただ後ろに下がった。
そして彼女が座るコックピットの前面モニターにビームのエネルギー粒子が舞う。
疑問を差し挟んだ瞬間直撃を受けていたであろうタイミングで。
『ありがとうサユリ』
『どういたしまして』
バックした事でスピードが落ちた機体をあっさりと立て直すと、敵と距離を取ってマイはまず感謝の言葉を口にした。
それにしても、彼女達の信頼関係は凄まじいの一語。
サユリの言葉とマイの反応、どちらが遅れても致命的なダメージを負ったはずだ。
『素晴らしい』
戦闘開始時から一撃も許さなかった男はそう言った。
先ほどの対峙と同じ距離を置き、その両手には1振りのブレード。
ただそこにいるだけで、アルシエルの乗るガーリオンからは静かな威圧感を感じる。
『君達のその信頼関係、見せてもらった。コンビを組む人間同士に必須のモノだが、それは得難く壊れやすいモノ』
『何が言いたいんですか?』
『……謎』
相手の出方がわからない為、マイもサユリも動けない。
彼女らは、今の自分達のレベルでは正面から敵を打倒する事が出来ないのを理解している。
生半可な連携と攻撃では倒せないとわかった以上、この戦闘の第一目的へ立ち戻るのは道理。
すなわち敵の足止め。
『褒めているのだよ。お互いそれだけの信頼感情がある君達は、コンビとしてまだまだ強くなれるだろう』
『当たり前。私達は強くなる』
『ええ。次に戦う時はけちょんけちょんですよ?』
『ふふふ―――それは楽しみだな』
ちょうど良い事に、プラチナから信号弾が上へと昇った。
これで、戦闘を継続する意味が消失する。
マイとサユリにとって、後はこの強敵からどう逃げるか……。
『信号弾か……往くが良い』
『どういう事です?』
『罠?』
2人が出し抜く算段を頭の中で組み立ていると、敵ガーリオンはあっさりと退いた。
疑問の声に応える事はなく、両手のブレードをさっと何処かに収納する。
両手を空ける事になった機体からは、敵対行動に出る気配は全く感じる事ができない。
『サユリ……行く』
『そうですね。願ったりですし』
機体を正対させ警戒しつつも、2機はガーリオンから距離を取り始める。
ある程度離れると、反転して母艦へと去っていった。
敵が背を向けるのを見届け、アルシエルも仲間の下へと機体を飛ばす。
(何れどれほどの敵となるか…………楽しみだな)
端正な口元が愉悦に歪む。
彼の言葉は内心から一欠けらも出ず、故に誰にも聞かれる事はなかった。
機動兵器により作られた4つの戦場、その内最後にして最大の火線が飛び交う場所。
そこで繰り広げられる戦いこそ、最も異質にして苛烈だった。
見ただけでは普通の戦いにしか過ぎない。
だがパイロット同士による敵の心理、敵機の動き、武器の間合い、自機の機動限界、その全てが他の戦場を凌駕している。
『そこだね!!』 「―――左」
『行かせないわよ!』 「―――右下」
『躱された?!』
「かすったか!」
マシンキャノンの弾を、アサルトブレードの刃を、レールガンの光をことごとく回避する。
戦闘を再開して後、ユウイチは高速機動を維持し続けて2機と渡り合っていた。
彼女らに攻撃された当初はあわや、という場面もあったが、それも時間を経るごとに減っている。
『拙いかな、ユキちゃん?』 「―右」
『まだ大丈夫よ!』 「―――更に右。隙!!」
『くっ』
降り注いだレールガンの一撃を装甲に影響を受ける事無く避け、躱しざまにゲシュペンストもビームを放つ。
狙われたガーリオンもこれを躱す事には成功したが、紙一重の回避は装甲の表面を融解せしめた。
だがユウイチの攻撃はそこで終わる。
更なる攻勢はさせじと、残った1機が中距離からの射撃を行ってきたからだ。
『大丈夫ユキちゃん?』 「―――左上」
『ええ。続けるわよ』 「――正面」
『うん』 「――下! いい加減ウザったい!」
先ほどから攻撃の殆どは敵からのもの。
そして隙が生じた瞬間にユウイチが一撃加え、また敵の攻撃が繰り返される。
彼が煩わしく思うのも無理は無い。
一般的なパイロットでは、回避しきれず既に死んでいる。
『ユキちゃん牽制して!』 「―――左」
『わかったわ!』 「―――右」
『えい!』 「左! そして――」
左からの斬撃をプラズマカッターで防いだ。
コーティングされたブレードとの接触でスパークして火花が散った。
同時に、右手に持っていたライフルを後ろに回して腰のラックに備えると、右手に手首内から飛び出した筒を握らせる。
一瞬でサーベル状に固定すると、右側へ叩き付けた。
「――右!」 『くっ! 読まれた?!』
誇るも口を開くもせず、即両肘をたたんで手を機体の内側に曲げ、背後に抜けるように背を押し出す。
1対2の近接戦闘では一瞬の停滞が命取りだ。
ゲシュペンストは両の手を塞がれているが、ガーリオンはそれぞれ片手が残っているのだから。
これまでの長い戦闘経験で、言われるまでもなくそれを理解しているユウイチは、そのまま付き合う愚を冒さない。
「行けるか? ―――ん」
離れられると確信を得た瞬間、バーニアの操作と平行してバレットの発射準備を行う。
発射管から射出された弾丸は3つ。
今の彼に同時に4つ以上制御する事は無理だった。
機体を後ろへと進ませながら自己の意識を周囲に放射し、目標となる敵機を捉える。
『ユキちゃん逃げて!?』
広げた意識が、同じく敵の1つから広げられた意識へと触れた瞬間、通信機から女性の警告が飛んでいた。
察知されたかと、そうユウイチが思った時はしかし、既に3つの弾丸は敵へと発射されている。
無意識下でミサキには避けられると
『え―――ッ!! こんのぉ!!』
それなりの大きさとはいえ、宇宙空間で黒い弾丸は視認し辛い。
普通なら一瞬で貫かれてあの世逝きだろう。
しかしミサキの声に何かを感じたのか、バレットが接触する瞬間ユキミは機体を捻っていた。
『あう!』
『ユキちゃん!?』
だがそのタイミングでは完全回避は不可能。
胴体部への直撃こそ避けたが、右腕と左足が爆発と共に付け根から吹き飛んだ。
ダメージでガーリオンの行動が一時的に停止した。
内部のコックピットもかなりの振動が襲ったはずだ。
「その隙に――――潰す!」
止めの一撃を加えるべく、機体を敵へと進める。
パイロットとして戦闘を行うユウイチに、敵が若かろうが女だろうが関係はない。
敬意を払うべき敵には敬意を払うし、戦わずに済むなら戦わないが、一度対峙したのなら等しく敵として葬り去るのみ。
矢のようなスピードでユキミのガーリオンに肉薄する。
『やらせないよ!!』 「――左!」
脳裏に突撃してくる機体が浮かび、咄嗟に未だ持つ左のプラズマカッターを向けた。
考えるまでもなく突っ込んできたのはミサキ機、その右手にはやはり突き抜かんとするブレードがある。
辛うじてプラズマカッターで当たらぬ様に刺突をずらすが、ついで機体ごとぶちかまし。
「くっ!」 『うっ!』
内部に生じる小さい揺れと新しい加速度。
横から別のベクトルがかかった事で、ユウイチの機体は右斜めへと進む方向を変えられた。
モニターに映る星が変化し、完全にユキミの機体が視界から消える。
「ちっ! やってくれる」
『ユキちゃんは……ユキちゃんはやらせない!!』
「ならばそちらから先に潰すさ!!」
姿勢制御バーニアを使い、機体を左側に1/4回転させて敵と正面から向き合う。
同時に生じた回転エネルギーを巧く利用して、左手を外へと払った。
バチッと、真空に関わらず大きな音がしたかのような幻聴と、確かな手応えが返ってくる
お互いの剣は弾かれ、反動を残して2機の腕も一瞬無防備に流れた。
『読んでるよ!』
「ちぃ」
何時持ったのか、ガーリオンの逆手からもブレードが迫る。
読み合いで負けたのか、始動は敵の方が一瞬速い。
2人のパイロットは相手を見通すかのように、目の前の敵機を睨んだ。
『え?!』 「何?」
目線が合ったかのような感触の後、双方が驚きの声を上げる。
一瞬だけお互い相手の雑多なイメージが脳裏に浮かぶ。
それは未整理の強弱もない意思だったが、双方とも何かを感じるような事はなかった。
だがミサキより反応が遅れたユウイチは、相手の中で最も強い意思―――つまり敵の狙った部分が読めた。
「ここか?」
―――薙ぎ
あらかじめ見えた軌道上へ右のプラズマカッターを入れて防ぐ。
接触面のスパークがギリギリで防いだ右腕装甲まで触れた。
『次!!』
「くっ」
防がれたと見るや間髪入れず、弾かれた事で間合いが開いた左のブレードを伸ばす。
やはりほんの少しだけ、ミサキの方が攻撃に移る速度が上だ。
そして、またしても目が合ったような感触。
「またか!」 『ダメ! 読まれる!』
更に深度が下がったのか、交わされるイメージの輪郭がはっきりした。
だがまだ彼らに意味を読み取る事は出来ない。
ユウイチだけは、またしても後手に回った事で相手の攻撃が読めた。
「ここ!」
―――突き
機体に届く瞬間、切っ先付近にこちらの武器を捻じ込み、押し退けるように防ぐ。
高い位置への刺突は、外へと流された時に肩口に浅い傷をつけた。
『ッ! おまけ!』
「次は何だ!」
両手が一時的に潰されると、頭部が少し後ろに下がる。
機体の振動で動いてしまったように見える程度に少しずつ後ろへ。
『あ、また―――』 「ッ―――」
ついに2人の間で生じたイメージは明確な形を持った。
感応と、言葉にすればそうなるのだろう。
その瞬間、T−LINKシステムが増幅した彼らの”念”が混ざり合い、物理的距離を超えたのだ。
『―――あなたがユウイチ・アイザワ君?』 「―――ミサキ・カワナか」
ぼんやりとした暗い空間で、唯一はっきりと見えるのはコックピット内に座っているお互いのみ。
実際には目視していないにもかかわらず、正確に相手の姿形を理解した。
同時に自らの持つ”力”と、愛機の内にある”装置”がこれを見せたという事も。
「む?」 『終わった?』
夢のような曖昧模糊とした空間は唐突に消え、現実の感覚が戻った。
示し合わせる事もなく、2機はあっさりと離れて距離を取った。
それ以上戦い続ける気を、ユウイチもミサキも完全に失っていたのだ。
「……」 『……』
お互い無言で正面を凝視するのみ。
通信機からは息遣いのみが流れてきた。
信号弾がプラチナから上がったが、ユウイチは気付いてもいない。
向き合った2機には、戦闘の緊張感とはまた違う踏み込めない雰囲気が感じられる。
『……ミサキ』
「また相見える事もある……か」
『……ぁ。ユキちゃん?』
それを破ったのはユキミの呼び声。
この場で戦闘を継続する必要がなくなったのを理解すると、後ろを気にする事なくユウイチは機体を翻して去った。
何故か手を出さず見送ったミサキも、中破手前のガーリオンが向かってくるのを認める。
『大丈夫?』
『ええなんとか。そっちは?』
『目立った損傷はない―――かな?』
『曖昧ねぇ。わたしたちも戻りましょうか』
『うん』
数分前まで戦っていた敵。
その黒い機体が去った方向を見ると、ミサキはユキミと連れ立って母艦へと戻った。
内心に敵対者への好奇心が芽生えた事は、まだ本人しか知らない。
(ユウイチ・アイザワ大佐……か。どんな人なんだろうね?)
「作戦はどうなった?」
『成功よ。ヒリュウ改が見事に大統領を奪還』
「それは重畳。プラチナは?」
『チャフをばら撒きつつ最大艦速で離脱中。追撃は何故か無し』
「なるほど」
格納庫内の所定位置で機体を停めると、固定用のブリッジが左右から移動してきて拘束する。
整備員の完了の合図を認めると、ユウイチは通信以外の機能を落とした。
マコトと通信機越しのやり取りをする傍ら、ヘルメットのバイザーを上げてを勢いよく脱ぐ。
「ふぅ!」
『お疲れ?』
「当然。キンキンに冷えた水が飲みたいな」
『用意しましょう旦那様』
「頼むよ奥様」
お互い笑い合って通信を終わる。
汗を含んだ髪を両手で数回掻き上げると、緩慢な手つきでコックピットを開いた。
整備員がノーマルスーツを着用していなかったのは確認済みだ。
「はぁぁぁ……ん!」
大きく深呼吸を1つして機体内から身を躍らせると、外へ開いたコックピットハッチに手をかけて上に押す。
かなりの高さも無重力空間では意味をなさず、ユウイチはあっさりと床を両足で踏みしめた。
足の感触を確かめるように少し歩き、振り返って愛機の様子を一通り見る。
じっと見上げて確認していると、誰かがユウイチの肩を後ろから叩いた。
「よ! お疲れさん」
「おう。今回はちょっと傷が多いんだが、爺さん頼む」
「任せとけい!」
威勢良く返したのはマーク老人。
ユウイチに倣うように、隣に立つとゲシュペンストを見上げた。
短くない沈黙が満ちる。
「ふむ、本当に今回数が多いな」
「見えないところにもまだあるだろう。……強敵だったな」
「お前さんほどの腕前を持つ男にそこまで言わせるか」
「ああ」
「確かに強敵です。私も片腕を持っていかれてしまいましたしね」
仕返しはしましたけど、と言いながらアキコが近づいてくる。
顔には微笑を浮かべているが、そこにはかなりの疲労が見て取れた。
彼女の行った戦闘も辛いものだったのだろう。
「どうした?」
「どうしたじゃありませんよ。ユウイチさん、そろそろ部屋に戻らないと」
「ああそうか」
「そうです! それではマークさん、整備をお願いしますね」
「頼むな」
「応! バッチリ直しとくわい!」
夫妻は、お互いを支えるように格納庫から出ていく。
疲れの所為だろう、2人の足取りは若干重い。
ユウイチはそんな疲労の中、先ほどの戦闘中に感じた事を思い起こしながら歩いた。
(ミサキと言ったかあの女性は。あの感覚は一体……?)
To Be Continued......
後書き
前回の更新から6ヶ月ぶり近く……。
まずは更新遅れに遅れてごめんなさい。
そして、新年明けましておめでとうございます。
お年玉がわりってわけではありませんが、それでも過去最長のSSをお届けします。
今回のお話は、敵側の『Koenigswasser』をメインにしてます。
戦闘はさすがにユウイチ達がメインですが。
ゲストのユーリアとレオナを除いた新キャラは、ONEから先輩の2人、AIRから裏葉と神奈ですね。
神奈もといカンナはアキナやマリアと同じで戦闘はしませんので、まぁマスコットみたいな感じです。
作中の通りウラハはアキコと同等の実力者で、ユキミはそれより少し下という感じでしょう。
で、一線を画すのがミサキ。
OGのキャラを除いた全登場キャラクター中で、今現在一番強いのが彼女。
理由は念動力者としてレベルが高いからです。
ゲームステータス的に言えば、念動力レベル6ですので。(ユウイチは現在3
能力の補正が利いて、今回の対ユウイチでは小さいダメージを数多く与えた上に、何と被弾0のバケモノっぷり。
まぁT−LINKシステムに慣れてますから当たり前なのですがね。
その為に本人が払った努力と執念もありましたし。
これからも更新遅れるかと思いますが、楽しみにしていただける方がいらっしゃれば幸いです。
それでは。
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