ジュネーブ……。
旧西暦時代に国際連盟が本部を置いて以来、世界の外交の中心となってきた地。
新西暦186年末の現在でもそれは変わらない。
地球連邦軍総司令部(参謀本部)、国際連合本部と、重要な拠点が存在する文字通り要所である。
要所であるからには、当然基地も数多く存在する。
その中でも、地球連邦軍総司令部に隣接にする1つの基地。
物語はここから始まる。
スーパーロボット大戦 ORIGINAL GENERATION
Another Story
〜闇を切り裂くもの〜
第1話 舞台への誘い
「さて、今日の訓練メニューはどうするか……」
そう呟きながら基地内の廊下を歩く1人の男。
彼の名はユウイチ・アイザワ。
当年25歳、階級は少佐。
彼は、参謀本部直属という肩書きを持つ傍ら、新人パイロットの教官としても働いている。
目元までかかる薄茶色の髪、その間から覗く瞳は子供のような光を湛えている。
身長は180cm程だろうか、世間一般でいう美形と言うのにやぶさかではない容姿をした男だ。
左手の薬指には、鈍く光る
彼は、何事か思案しながら廊下を歩き去っていく。
彼の年齢で、少佐という高い階級に就いている事に疑問をもつ人間も多いだろう。
いくら戦争が無い平和な時勢とはいえ、若干25歳にして少佐という高い階級に就いているのには無論理由がある。
かつて地球圏最強と名高かった特殊戦技教導隊、彼はそこに3年前まで所属していた。
では、特殊戦技教導隊とは?
それは、地球連邦軍とコロニー統合軍、双方のトップエースのみで構成されていた特殊部隊である。
そう、構成されてい『た』。
過去形なのだ。
今から3年前の183年、隊長であったカーウェイ・ラウ大佐が行方不明になった事により解散した部隊なのである。
しかしこの部隊の功績は、今なお語り継がれている。
実験部隊としての側面もあったこの舞台は、各隊員の操縦技術の高さから『パーソナルトルーパー』のテストを主な任務としていた。
そしてこの部隊で得られたデータを元に機動兵器の発展・改良が成されてきた。
つまり、この部隊がなければ現在のPTの殆どは存在しない可能性もありえたとも言える。
今日のPTへの多大なる貢献、それが理由となって軍関係者−取り分けパイロット−の間で解散した後も語られる部隊なのである。
現在の改良され扱い易くなったPTではなく、過去の扱いにくいPTを乗りこなす……。
それ程までに教導隊員の技量は群を抜いていた。
しかし……いや、だからこそ教導隊解散後の各隊員は冷遇される。
平和な時代に優秀過ぎる人材は必要ない、とでも言うように彼らは閑職に追いやられた。
ある隊員は基地から動くことの出来ぬテストパイロットに、またある隊員は機動兵器から降ろされ、別の部署に廻されたりもした。
政府の上の方からの圧力があったらしいが定かではない。
それはユウイチにも言える。
参謀本部直属とは聞こえは良いが、彼の任務はPTの教官の割合が高く、実際は飼い殺しに近い状態だった。
……本人は戦闘せずに給料が貰えて楽だ、と溢していたらしいのだが。
解散後の彼ら隊員は全員少佐の階級に就いている。
建前上は特別昇進の形が採られているので、あからさまに異議を申し立てる人間はいなかった。
廊下を歩き続けたユウイチは、1つのドアの前で立ち止まる。
どうやら目的地に辿り着いたようだ。
シュッ
ユウイチが立つと、センサーが働き自動で開く。
室内には数人の人間と、数多くの機械が設置されており、前方180°に外を望む窓がある。
その窓からは、滑走路などの様子が見て取れる。
ここは管制室らしい。
ドアから一歩踏み込んだユウイチは、室内を少し見回した後、正面やや右方向に向かって進み始めた。
その方向には、通信機器らしい物の前に座った1人の女性らしき人物。
女性はユウイチに背を向け、口元のインカム(通信機)に向かって話しかけている。
「悪い、遅れた」
目的の女性へ、開口一番ユウイチは謝った。
「……30分の遅刻ですよ、少佐。いったいどうなさったのですか?」
彼女は向かってくるユウイチに気づき、座っていたシートを回転させて振り返りながら問い掛ける。
彼女が振り返ると同時に、長い栗色の三つ編みが波打つ。
その顔は無表情だが、付き合いの深いユウイチは若干の険を見て取った。
彼女はアカネ・サトムラ少尉。
士官学校を出て11ヶ月ほど経った21歳で、ユウイチ付きのオペレーターである。
前述の通りに長い栗色の髪を3つ編みをした美女で、この基地の3大美女の1人に数えられている。
普段から笑うことが少ない彼女だが、ユウイチ他数人の前でだけは柔らかい微笑みを浮かべる事が多々ある。
その数人の中で男性がユウイチだけなので、彼との関係がまことしやかに噂されているが、本人達からは何の釈明も無い。
「……まぁ、ちょっと」
「何がちょっとですか。……何か言えない事でもなされていたのですか?」
「い、いや……そんな事はないんだが」
彼女からのプレッシャーを受けながらも否定するユウイチ。
「…………」
そうこうしている間にもアカネからのプレッシャーは上昇する。
「はぁ……実は『あはは〜、アカネさん如何なさいました?』
ユウイチの声に被さるようにインカムから声が聞こえる。
声の感じから、どうやら若い女性らしい。
『アカネ……どうしたの?』
次いでインカムから別の声が聞こえる。
先ほどよりも静かな声だが、こちらも若い女性らしい声だ。
「何でもありませ……あっ」
「クラタ少尉、カワスミ少尉、聞こえるか? 俺だ」
アカネが言い切る前に、彼女からインカムと取り上げるユウイチ。
彼女の追及から逃げる好機と見て取ったらしい。
インカムを奪われたアカネは、シートに座ったまま立っているユウイチを見上げて睨む。
「うっ……」
その眼差しを受けて一瞬硬直するユウイチ。
見ようによっては拗ねている様にも見えるその仕種は、ユウイチの精神に多大なダメージを与えたようだ。
思わず抱きしめたくなったのは彼だけの秘密である。
もっとも、彼の事をいろいろ知っているアカネにはバレバレであったのだが……。
……その証拠に彼女の顔には軽い笑みが浮かんでいる。
『はぇ〜、教官ですか。今日は遅かったんですねぇ、どうしたんですか?』
『教官遅い……』
未だ硬直していたユウイチを現実に引き戻したのは、インカムから聞こえてくる声だった。
「あ……あぁ、悪い悪い。ちょっと嫌なやつに捕まっちまってな」
咄嗟に、先ほどまでアカネに言わなかった遅刻の理由まで言ってしまう。
『またあの中佐ですかぁ? それなら仕方ありません、ね、マイ?』
『教官大変……』
「それならそうと、言ってくれだされば良いのに……」
通信越しに慰めの言葉をかけてくるクラタ、カワスミ両少尉。
対してアカネは怒った事に罪悪感を感じているのか、小声で何事か喋っている。
『嫌なやつ』だけで通じる程、『中佐』とやらは彼らの間で嫌われているようだ。
「あんな性根の腐った人間は、極東支部のハンス・ヴィーパーくらいかと思ったが……。
それに匹敵するようなやつが、この基地にいたのは俺も驚いたよ」
堂々と上の階級の人間の悪口を言いながら、胸元のアカネの頭を撫でるユウイチ。
アカネはシートに座っているので、頭の位置がちょうど直立しているユウイチの胸元にくるのだ。
ユウイチに撫でられ、普段は窘めるアカネも真っ赤になって俯いてしまった。
いくら室内の人間が少ないとはいえ周りには他の人間もいるのだ、アカネが恥ずかしがるのも当たり前である。
「ハンスと言えば、あいつは大丈夫かな……」
なので、彼女はこの発言を聞き逃した。
……別に聞こえても意味は無かったのであるが。
ちなみに周りからはこのアカネの様子は見られていない、アカネの後ろに立っているユウイチの体が彼女を隠しているからだ。
もし今のアカネの様子を見ることができたら、彼女のファンが一気に増えるだろう。
それ程に今のアカネは可愛らしく、少女の様な可憐さがあった。
……ユウイチは他の人間に見せるつもりは無いらしいが。
「まぁあんな野郎どもの話はいい、こっちが精神的にダメージを負うだけだ。今日の訓練内容に話を移すぞ」
『あはは〜、了解です』 『了解……』
そんな状態のアカネを措いて、彼らの話は進む。
話ながらもユウイチはアカネの頭を撫で続けている。
……彼女の思考は死んだ。
そんなアカネの様子を解っているのかいないのか、ユウイチは続ける。
「前回の訓練は……別々だったな。今回は二人で組んでやってもらう」
『……組んでやってもらう』
機体の通信機からユウイチの声が流れる。
基地の格納庫中に、2体のPTが並んで直立していた。
機体名はゲシュペンストMk−U・M。
2機とも同じ機体だが、武装等が異なっている。
正面から見て、右のゲシュペンストMk−U・Mが白地に黒、左のゲシュペンストMk−U・Mは全く逆のカラーリングだ。
ユウイチの通信相手の彼女達は、その2体のPTに乗っている。
「二人一緒だって……良かったねぇ、マイ」
白地に黒のゲシュペンストMk−U・Mに搭乗しているサユリ・クラタ少尉は、自らの親友に話し掛ける。
『はちみつくまさん』
それに答えたのは、当然隣の黒地に白のゲシュペンストMk−U・Mに乗るマイ・カワスミ少尉。
マイは数ヵ月後が誕生日の為まだ21だが、2人ともアカネより1つ年上である。
美しい女性達だ。
サユリはアカネより明るい栗色の髪にリボンを着け、その顔には何時も笑顔を浮かべている。
春の木漏れ日の様に柔らかい雰囲気を持つ、綺麗と言うより可愛い女性だ。
そんなサユリと対照的なのがマイだ。
彼女は、冷厳なる冬の空気のような鋭い雰囲気を持っている。
艶やかな黒髪と、整った顔立ちだがアカネに輪をかけた無表情さ。
それ故に日本人形の様のな美しさを感じさせる女性だ。
見事に好対照な彼女達だが、それ故に親友同士になったのだろう。
彼女達2人は、現在ユウイチの許でPTの操縦技術を教え込まれているのだ。
彼女達2人とアカネの3人が、前述の3大美女である。
当然彼女ら3人と一番近い距離にいるユウイチには嫉妬が集中する。
………………実はもう手遅れなのだが。
ちなみに、マイの使った『はちみつくまさん』とは『はい』と同じく肯定の意を表す言葉で、『いいえ』は『ぽんぽこたぬきさん』となる。
これは、マイに女性としての可愛らしさが足りないと、ユウイチが考えた苦肉の策である。
態度は無理でも、せめて口調から……という事らしい。
『それじゃあ格納庫から出てくれ』
通信機から再度ユウイチの指示。
「解りました〜」 『了解』
答えると、2人はゲシュペンストを起動させて格納庫を出た。
目指すのは、正面200M程先の演習場。
本日の訓練はいかばかりか……。
「クラタ、カワスミ両機、格納庫から出ました」
その様子をアカネが報告する。
通信中、何とか我に帰った彼女は撫で続けていたユウイチの手を降ろさせた。
その際、心地良いユウイチの掌を自らの頭から降ろすのに、多大な意志と労力を消費した事は彼女だけの秘密だ。
実は、2人きりの時にまたやってもらおうと決めているのだが……。
そんな事を心の中で思っている所為なのか、彼女の頬に若干の赤みが残っている。
それでもオペレートに乱れが無いのは流石にプロと言えるかもしれない。
………………先ほどまでの彼女の状態を気にしたら負けだ。
「良し。バルドングとメッサーを4機ずつ出せ」
マイとサユリが演習場に到着したのを確認したユウイチは、アカネにそう指示を出す。
71式戦車バルドングとF−28メッサー。
前者は陸、後者は空における連邦軍の主力兵器である。
少しずつPTの配備が進んでいる地球連邦軍だが、その数は圧倒的に少ないのが現状である。
世界初のPT、ゲシュペンストが誕生してから7年経った現在でも、PTの量産体制は整っていない。
逆にバルドングやメッサーは数多く存在するので、今回のような訓練で破壊しても替えが利くのではあるのだが……。
ちなみに、機体は替えが利くが人間はそうもいかないので、今回の訓練で使う7機はAI(人工知能)で動かすタイプである。
『バルドング、メッサー共に所定位置に配置完了しました』
自機の通信機からアカネの声が聞こえる。
マイは閉じていた目を明けた。
『前回と同様、標的の武器には実弾を充填してある。危なくなったら停めるが……まぁ、お前達の腕なら問題ないだろう?』
いまいち緊張感の無いユウイチの声、だがその内容は結構際どい。
「はちみつくまさん」 『はい、問題ありませんよ〜』
しかしマイとサユリも同感だったらしい。
2人の顔には油断や慢心ではない自信が見て取れる。
適度な緊張を帯びた、心身とも最適な状態を保っているようだ。
『ん。……それでは訓練開始!!』
ユウイチの合図と同時に4機のバルドングが火を噴く。
さすがに戦車だけあり、この場の3機種中最長の射程を誇る。
700メートル程離れているゲシュペンストまで砲弾が届くが、悲しいかなAI制御による砲撃なので正確性に欠ける。
人が搭乗して動かすより、AI制御の方が正確な射撃が行えると思われがちだが、実際はそう簡単にはいかない。
確かに屋内や動かない的に命中させるなら、あるいはAIの方が良いかもしれない。
しかし屋外、それも有人機が相手だと途端にAI制御の機体は命中率を落とす。
屋外では、風向き等の外的要因が作用し、有人機は往々にしてAIのプログラムで対処できない動きをする。
これらの条件下で目標に砲撃を命中させるには、人間の経験に基づく慣れや勘などが必要になってくるのだ。
いくら精密な砲撃ではないとはいえ、回避行動をしないわけにもいかない。
全て外れではなく、何割かの確立で当たる砲撃も交じっているのだから。
そしてその砲撃の上をメッサーが飛行し、距離を詰めてくる。
このままでは陸と空から集中砲火を喰らってしまう、そう考えたマイはサユリに通信を繋いだ。
「私がバルドングを潰すから、サユリはメッサーをお願い」
全て避ける自信が無いとは言わないが、攻められっぱなしは面白くない。
『サユリもそう言おうと思ってたんだ。やっぱりマイは親友だね〜』
「じゃあ、よろしく……」
サユリの言葉にちょっと口元を綻ばせたマイは、スロットルレバーを倒した。
主の操作を忠実に実行したゲシュペンストは、一気に最高速近くまで加速。
上空のメッサーからのミサイル、バルドングからの砲撃の全てを交わし、マイのゲシュペンストはバルドングに迫る。
途中、『あはは〜、マイの邪魔はさせませんよ〜』という声が通信機から流れ、同時に2機のメッサーが爆発した。
サユリは卓越した射撃の腕を持っているようだ。
そしてマイは……
「……せっ!!」
一閃
横に4機並んだバルドング、その右側2機の間を抜ける瞬間に、マイは腰から2本のプラズマカッターを抜いた。
腰に装備されているプラズマカッターは、抜く動作と薙ぐ動作を同時に行う事ができる。
その動作を見事に活かし、左右のバルドングを同時に切り捨てた。
左右対称の剣閃、最高速で寸分の違いも無く同時に振るわれた刃は、否応も無くマイの技量を感じさせる。
2本のプラズマカッターを手に、バルドングの間をすり抜けたゲシュペンストは、そのままのスピードで直進。
爆発
バルドングの爆発を尻目に、直進からスピードを落とさず機体を左へ向け、そのままターン。
残りのバルドングへ向かう。
「ふ〜む。なかなかやるようになったな」
マイが2機のバルドングを撃墜したところを見ながら、呟く。
「はい。この基地であの2人に勝てるパイロットはいないんじゃないでしょうか?」
そんなユウイチに相槌を打つアカネ。
「1対1なら勝てるヤツはいるが……1人であいつらを同時に相手取ると、勝てるやつはいないだろうな。……無論俺を除いてだが」
「そうですね」
そんな話をしながらも訓練を眺める。
2人の会話から、ユウイチの実力がかなり高い事がわかる。
『……これで終わり』 『ラストですよ〜』
通信機から同時に声が流れ、複数の爆発音。
どうやら8機全てを撃破したようだ。
「少尉、目標殲滅までの時間は?」
「……3分28秒です少佐」
「そうか……。2人とも格納庫に戻って良いぞ。俺たちも行く」
『『了解』』
アカネからの報告を聞いた後、2人に指示を出して通信機をOFFにした。
持ち物をまとめ、今までいた通信機の前を離れる。
「今回の訓練はどうでしたか?」
「ああ、十分合格だ」
シュッ
話をしながらも管制室を出る。
「それでは次のステップに?」
「まぁそうなるな」
たまにすれ違う人と敬礼を交わしながら格納庫への道を進む。
「……次は有人機との戦闘訓練ですよね? 誰が相手をするのですか?」
「そりゃ、俺しかいないだろ」
「少佐が、ですか?」
「周りに人がいないんだから、何時もの呼び方で良いぞ」
周囲を確認して言う。
周りにはユウイチとアカネ以外の人間は見えない。
「はい……。ユウイチさんが彼女達と訓練をなさるんですか?」
「ああ、心配か?」
アカネの三つ編みを手にとって、口元まで持ってきながら問う。
恥ずかしいのだろう、アカネの顔は一瞬で赤くなった。
「そうではないのですが……」
顔を赤くしたまま何か言いたそうにしている。
そんなアカネを視線の端に捉えたまま、ユウイチは三つ編みにキスしたりする。
「アカネの髪は良い香りがするな……」
「ちょっ!? ユウイチさん、誰か来たら……」
首筋まで真っ赤にしたアカネが、ユウイチの手を三つ編みから外そうとする。
しかし、女性の力で外すのはやはり無理があるようで、結局イチャついてるようにしか見えない。
……誰も来なかったのが幸いである。
『ユウイチ・アイザワ少佐、総司令がお呼びです。至急総司令室へお越しください。繰り返します……』
「ちっ、せっかく良いところだったのにな。ノーマンのおっさんの呼び出しじゃ仕方ない。アカネ、あの2人の事は頼んだ」
三つ編みから手を離し、道を戻っていくユウイチ。
「あ、はい……」
アカネは、しばらくユウイチの後ろ姿を見送った後、格納庫に向かって駆けていった。
顔の赤みを誤魔化すように……。
コンコン
地球連邦軍総司令部、その総司令室の扉を叩く。
管制室の様な自動の扉ではなく、木製の豪華な扉である。
「誰かね?」
扉越しだからだろう、中から少しくぐもった男の声がする。
「アイザワ少佐参りました」
「入りたまえ」
カチャッ
ロックが外される音がした後、扉を押して入る。
部屋の中には、執務用らしい大きな木製の机と応接用のソファがあった。
扉の対面は一面のガラス張りになっており、そこからは主要な施設が一望できる。
ユウイチが後ろ手に扉を閉め、誰も座っていないソファから机へと視線を転じると、男と視線が合った。
椅子に座し、机の上に肘をつき、組んだ手に顎を乗せてユウイチを見た男……。
彼こそが地球連邦軍総司令、ノーマン・スレイ大将である。
彼は軍の最高指導者の肩書きと同時に、地球防衛委員会の委員長も指揮している。
「ご苦労少佐」
「そう思うなら、いきなり呼びつけないでくださいよ。せっかく良いところだったのに……」
ユウイチの言葉は、佐官からすれば雲の上の人間にも等しい大将へ言うものではない。
一般の軍人がいたら、この場から逃げ出すだろう。
「ふっ……。君は相変わらずだな」
「人間そうそう変わりませんよ」
にもかかわらず、苦笑で済ませるノーマン大将。
ユウイチも軽く笑みをもらす。
年齢も階級も違うこの2人だが、私人としては親友として付き合っているのだ。
ユウイチがこのような態度でいるのも、部屋に2人だからである。
「で、俺を呼んだ
「無論だ。君は私が推しているSRX、ATXの両計画を知っているかね?」
ユウイチの目を見据えながら問いかける。
「……ええ、まぁ。対
一瞬の沈黙の後、簡単に答える。
「異星人全体では無いというのが君らしいが、その通りだ。一応極秘扱いなのだが、よく知っていたな」
ユウイチが知っているのを予想していたのであろうが、それでも若干感嘆したような顔をする。
「それなりにパイプもありますし。特にATXの方はあの人が隊長やってるようですしね」
後半の方は少し笑いながら言う。
「ゼンガー少佐の事かね? ……ラングレー基地のグレッグ准将の話では、彼はATX計画の候補生を泣かせて帰らせたらしい」
「ははっ、らしいなぁ」
苦笑いのノーマンと楽しそうに笑うユウイチが対照的だ。
ゼンガー少佐とは、元教導隊所属のゼンガー・ゾンボルト少佐の事である。
性格は大胆にして豪気、まさしく
現在彼は、北米ラングレー基地で、ATX計画の隊長を務めている。
「話を元に戻すが、良いかね?」
「ええ」
「ATXとSRX、エアロゲイターに対抗するにはこの2つの計画でなんとかなるだろう……」
「確かに両計画、特にSRXが既定の能力を発揮すれば、防衛は何とかなるでしょうね」
「うむ。そしてPTの生産ラインが整えば、十分な対抗戦力ができる」
そう言うと、ノーマンは椅子から立ち上がり、ユウイチに背を向けて窓の外を見た。
「何か気になる事が?」
そんなノーマンの背に視線を向けながら尋ねる。
「確かに『外』に対しての備えはできつつある……しかし。」
「と、云う事は『内』……『EOT特別審議会』ですか」
ユウイチの顔つきが鋭くなる。
ノーマンは窓に手をついて振り返った。
「……その通りだ」
「奴等は何と? いくら頭の足りない奴等だって、いや、だからこそ危機管理能力は並外れているはず……」
「相変わらず歯に衣着せぬ物言いだな」
言葉とは裏腹に、少し嬉しそうに口元を歪めつつ、話を続ける。
「彼らは和平交渉を行うつもりだ」
「和平……ですか? エアロゲイターと?」
「彼らは
「それはそれは……」
失笑するユウイチ、つられてノーマンも苦笑いを浮かべる。
「その情報を手に入れたからなのかは解らぬが、『EOTI機関』が独自の行動を見せているとも聞く」
「EOTI機関……『天才』ビアン・ゾルダークですか」
「うむ。特別審議会の行動如何では、最悪彼が敵に回る可能性さえありうる」
渋い顔をするユウイチ。
ユウイチと同じ様な顔をしつつ、着席し直すノーマン。
2人の顔曇らせるほど、ビアン・ゾルダークと云う名前に威力がある。
ビアン・ゾルダーク。
数多くの分野に才能を見せる天才科学者であり、研究組織EOTI機関の責任者である。
同じ科学者の女性に、『研究者でありながら、本来研究者が持つべきではない資質をその手にした男』と言わしめた程の男だ。
「そこで君にやってもらいたい事がある」
「……なんです?」
顔を引き締める2人。
「現状を鑑みるに、地球圏内部を監視する部隊の設立が急務だと判断した」
「今の話を聞くと必要でしょうね。……で?」
「そこで、君にその部隊を任せたい」
机に腕を乗せ、手を組みつつ言う。
「……俺で良いんですか? 他に適当な人材は?」
無表情に問い返すユウイチ。
「
部下の不甲斐無さを嘆いているのか、対するノーマンも無表情だ。
(確かにそうかも……)
ユウイチの脳裏に浮かんだのは、自己保身しか能がないやら、人を貶す事しかできない佐官だった。
(……地球圏の未来は暗いな)
連邦の要たる総司令部にそんな人材しかいない事に、何とも言いがたい顔になるユウイチ。
「で、引き受けてくれるかね?」
そんなユウイチに苦笑しながら再度尋ねる。
「飼い殺しの状態から開放して良いんですか?」
「3年経った。いい加減政治家連中も忘れているだろう」
「それなら良いですけどね。それと前に訊きたい事が1つ」
「何かね?」
「
「君の要求には可能な限り応えるつもりだが、どうかね?」
「……了解。 ユウイチ・アイザワ少佐、その任お引き受け致しましょう」
そう言って敬礼をする。
「それでは頼んだぞ……アイザワ
ユウイチに礼を返しながら、『大佐』を強調するノーマン。
微妙に口元が歪んでいる。
「……一応訊いておきますが、何で大佐なんです?」
「仮にも独立部隊の司令官が、少佐では格好がつかんだろう?」
「そうですか? 俺は少佐のままでも良いと思いますけど……」
「正式な命令書に、有事において独自に動ける権利を付けておくが……。
君の嫌いな人物などは、いけだかに命令してくるかもしれんぞ?」
「是非大佐でお願いします」
即答だった。
これ以上ないほどの早さで前言を翻す。
答える前、ユウイチの脳裏に真っ先に浮かんだのは、妻の基地にいる男。
次いで浮かんだのが、つい先ほど自分に嫌味を吐いた男である。
2人ともどうやって出世したのか階級は中佐、現状では自分の上官になってしまう。
(視界に俺が入ったら、あいつらは嬉々として不当な命令をするだろう……)
これはユウイチの頭も中では賭けにもならない確実な事である。
しかし自分が大佐になれば、こっちが上官。
以上の事を光の速さで導き出したユウイチ……。
余程腹に据えかねていたのかもしれない。
……先に妻の方にいる男が浮かんだ彼は、結構な愛妻家である。
数時間後、1人の新米大佐が輸送機でアメリカに向かった。
向かう先は、テスラ・ライヒ研究所。
地球圏有数の技術を持つ要地である……。
To Be Continued......
後書き
この話が無謀連載の1話目ですね。
前回の話は、スパロボOG原作のストーリーを元にしてるから簡単だったんですが、今回は一から考えたので時間かかりました。
まぁサイトには同時に載せたから解らないでしょうが……。
話の中身はと云うと、Kanonから佐祐理と舞、Oneから茜の登場です。
今回は茜が美味しいとこ取りでしたが、彼女らにも美味しいとこがある……はず。
さっさと言っておきますが、このSSはハーレムで行きます。
スパロボOGから最初の出演者はノーマン氏。
原作では少将だったんですが、いくらなんでもその階級は低すぎだろ、って事で大将に。
軍の統率者が少将ってのはねぇ、まぁ上がよほど無能の集まりならあり得るけど。
ちなみに、第0話のダイテツとショーンもスパロボOGからでした。
それでは次回。(何ヵ月後になるやら