「……っつ〜」
輸送機から降りたユウイチは、思い切り伸びをした。
ジュネーブを飛び立って丸3日。
途中幾つかの基地に寄航し、ただいまテスラ・ライヒ研究所に到着したユウイチ。
本当なら1日で到着できる距離が3日かかったのは何故か?
答えは休息のためである。
通常、輸送機は2人以上が交代で操縦するのだが、今回の場合ユウイチ1人だけで操縦していた。
何故ユウイチ1人なのかと言うと、部隊に関してはなるべく知る人間が少ない方が良いと判断したためである。
「おぉ、着たか。 久しぶりじゃないかアイザワ少佐」
スーパーロボット大戦 ORIGINAL GENERATION
Another Story
〜闇を切り裂くもの〜
第2話 集う出演者
声をかけられたユウイチが振り向くと、2人の男が歩み寄ってくるのが見える。
少し年配で青い髪の洒落た男性と、ユウイチと同年代くらいで長い金髪を括った眼鏡の男性。
そして、年配の男性をユウイチは知っていた。
「カザハラ博士! お久しぶりです」
ユウイチも歩み寄り、2人は固く握手を交わす。
男の名はジョナサン・カザハラ。
テスラ・ライヒ研究所所属のロボット工学の権威であり、また、ゲシュペンストを基にした特機グルンガストの生みの親である。
現在はノーマン・スレイ大将の提唱するSRX計画、その開発担当も務める。
公人としては非常に優秀な研究者だが、私人としては趣味の人。
研究過程で作ったロケットブースター付き三輪車や、変形機構付き自転車を息子に与えたりしていた。
異性への関心度が高く、趣味はナンパ。
「君とこうして直に話すのは、ゲシュペンストの完成式典以来だな」
「もうそんなになりますか……」
この2人が面と向かって会うのは4年ぶりなのだ。
通信機越し等ではそれなりに連絡を取っていたので、4年も経っているとは思っていなかった2人。
しばし無言の時が過ぎる。
若い男の方は、ユウイチを興味深く見ている。
「そういえば、大佐に昇進したらしいじゃないか。おめでとう」
「ありがとうございます。まぁ特別昇進を受けた理由は情けないですけどね」
言って苦笑する。
(嫌な命令を受けたくない為、なんて理由は軍人として失格だよなぁ)
と殊勝な事を考えるが、今更かと考え直した。
最初の所属部隊である教導隊が、そもそもまともな軍人の集まりではなかったからだ。
プロ並の料理の腕を持つ男に、旧時代の侍を地で行く男、勤務中に酒を勧める隊長等。
あの部隊で起きた事件は世間に公表できないものが多すぎる。
公表したら、教導隊はもっと親しみやすい部隊として知られただろう……。
「ん? どうした?」
「いや、ちょっと昔の事を、すみません」
頭を掻いて謝罪するユウイチ。
「昔の事を思い出すには少し早いだろう」
「まぁそうですけどね。ところで……」
「ん?」
「先ほどから蚊帳の外に置いてしまったようで申し訳ない。カザハラ博士、彼を紹介していただけませんか?」
前半は若い男へ、後半はカザハラ博士へと言葉を飛ばす。
「おぅ? すまん忘れていた、はっはっは」
「博士……」
あっさり忘れていた事を白状して笑い飛ばす。
普通なら憤慨されてしかるべきだが、不思議と怒られないのは彼の人徳かもしれな。
その証拠に、若い男もユウイチも苦笑を浮かべている。
「ごほん。その前に大佐」
「はい?」
「いい加減、言葉遣いを元に戻そうじゃないか」
「OK。これで良いかい、ジョナサン?」
「ああ。親子ほど歳が離れているが、私は親友だと思っているからね」
「俺もだ」
お互いニヤッっと笑う。
波長が合ったのか、4年前初めて会ったときからこの2人は親友だった。
「で、彼の名前はロバート。私と同じくSRX計画のスタッフだ」
「初めまして、ロバート・ハジメ・オオミヤです。世界初のPTパイロットである大佐にお会いできて光栄です」
ロバートは一歩前に出て、自己紹介をしながら手を差し出した。
ロバート・
幼少時から、日本のスーパーロボットに憧れて育った変なロボット工学の若き権威。
元々はゲームのプログラマーだったのだが、その才能がビアン・ゾルダークに認められテスラ研究所に入った。
入所後はグルンガストシリーズ及びSRXの開発を担当する。
世界規模のロボットシミュレーションゲーム「バーニングPT」の開発者。
「ユウイチ・アイザワです、よろしく。貴方の事はなんと呼べば良いのかな?」
ユウイチも手を握り返しながら自己紹介をする。
お互いの第一印象は良いようだ。
「知り合いからはロブと呼ばれていますから、ロブで結構ですよ」
「なら俺の事もユウイチで良い。見たところ同じ歳くらいだし、タメ口で良いだろ」
「判ったよ、ユウイチ」
若干くだけた感じで話すロバート。
いい友人関係を築けそうな2人だ。
「さて、自己紹介も終わったし研究所に入ろうじゃないか。ユウイチも疲れているだろう」
「ええ。さすがに長時間のフライトでしたからね」
「ユウイチに会ったら聞きたい事があったんだ」
「何でも聞いてくれて良いぞ、ロブ」
「本当かい?!」
「おいおい、こいつの質問に答えるのは骨だぞ」
3人は、和気藹々と話ながら研究所に入っていった。
ジュネーブ連邦軍総司令室。
ここには、3日前のユウイチと同じ様にノーマン大将と相対する女性があった。
「アキコ・アイザワ大尉、到着いたしました」
「ご苦労、大尉」
ユウイチの妻、アキコ・アイザワ。
年齢はユウイチと同じの25歳。
オーシャンブルーの長いストレートヘアの美人で、如何なる時も微笑みを忘れない優しい女性だ。
サユリ・クラタ嬢と同じ様に暖かな雰囲気を持っているが、アキコは母親の暖かさと言える。
ユウイチとの間に4歳になる娘が1人いる。
「まず辞令から述べておこう」
「はい」
ノーマンは机の引出しから紙を1枚取り出し、アキコに差し出す。
アキコが受け取って目を通すのを確認すると話し始める。
「貴官は1階級昇進後、ユウイチ・アイザワ大佐が隊長を務める部隊に配属となる」
「昇進……ですか? 大尉のままで宜しいのでは?」
昇進する事について疑問を口にする。
それを聞いたノーマンは、一瞬驚いた顔をすると笑った。
「何か?」
怪訝そうなアキコ。
「ははははは。いや、夫婦は同じ疑問を持つのかと思ってな」
「
「ああ。彼も最初は少佐のままで良いと言っていたが、最終的には同意したよ」
つい3日前の出来事だが、その様子を思い出したのか、また笑うノーマン。
「あいつめ、上の階級にいる嫌な人間に命令されなくなる、と言った途端に昇進すると言い出しおった」
「まぁ、あの人らしいですね」
アキコも右手を口元に当ててクスクスと笑う。
(ユウイチさんは少しも変わっていないのね)
離れていても、自分の夫が変わっていないのが嬉しいアキコだった。
「君の仕事は機動部隊の副隊長、まぁ実質は隊長の副官になるだろう」
笑った所為か、口調が砕けたノーマン。
元々アイザワ家とノーマン夫妻は家族ぐるみの付き合いをしている。
ノーマンも彼の妻も、ユウイチの
当然堅苦しい言葉を使うより、砕けた口調の方が話しやすい。
「わかりました」
ノーマンの砕けた口調を感じたのか、アキコも階級差など無いかのように答える。
「ユウイチだが、現在は任務でテスラ研まで飛んでもらっている。残念だろうが少し辛抱してくれたまえ」
「閣下、いえノーマンさん。わたしもあの人も軍人ですから、どうぞ御気になさらずに」
若干すまなそうなノーマンに笑って答えるアキコ。
彼としても、一刻も早く会わせてやりたかったのだが、情報の秘匿こそが要の部隊だ。
下手な人間に任せるわけにいかなかったのである。
「しかし君たちは1年ほど直に会っていないと聞いているが……」
「確かにそうですが、なればこそもう少しくらい待てるというものです」
「そういうものか?」
「ええ。それに後1週間もかからないのでしょう?」
「うむ。単純計算で考えれば4日ほどのはずだ」
「それならば楽しみの方が先に立ちます」
「そうか……」
何でもないと言う風なアキコに、それ以上言えなくなったノーマンだった。
ノーマンとアキコが総司令室で話し合っていたのと同時刻、3人の女性が基地食堂に入った。
アカネ・サユリ・マイの面々である。
2日前に辞令を受け、彼女らもユウイチの部隊に配属される事になった。
士官学校を出て1、2年の3人は昇進こそ無かったが、ユウイチと同じ部隊に配属されるのを殊の外喜んだとか。
「今日は何を食べましょうか」
「そうですねぇ〜。マイは何を食べるの?」
「私は牛丼……」
食券の券売機の前で話し合う。
何時もと同じく無表情のマイだが、その顔はどことなく嬉しそうだ。
付き合いの長い人間にしか解らない変化ではあるが。
「またですか……。マイさん、毎日牛丼ばかりだと栄養が偏りますよ?」
サユリはマイが嬉しいならそれで良いらしく、注意するのはアカネの役目になる。
マイは毎日昼食に牛丼を食べているので、注意したくなるのは解らなくもない。
「牛丼、かなり嫌いじゃない」
「はぁ〜。仕方ないですね」
マイの少ない語彙では、この『かなり嫌いじゃない』は最大級の褒め言葉である。
アカネもこの言葉が出たら諦める。
このやり取りは毎日昼食時に必ず行われ、アカネの役をユウイチがやる時も多々ある。
「大丈夫ですよ。マイの体調はサユリがしっかり管理していますから」
ニコニコと2人のやり取りを見ていたサユリの弁。
事実サユリは、同部屋のマイの食事管理もこなしている。
朝と夜にバランスの良い食事をマイに提供しているのだ。
「サユリさんがそう言うのでしたら……あら?」
食堂の一角に人だかりができているのにアカネが気付いた。
昼食時といっても、混雑する時間からは少し外れている。
一箇所に人間が集中のは、明らかにおかしい。
「なんでしょうねぇ?」
「不思議」
サユリとマイも気付いたらしく、人だかりを気にしている。
「……行ってみる」
「あっ、マイ!」
「マイさん!」
無表情だが、人一倍好奇心の強いマイが人だかりに向かう。
気になった事は確かめないと気がすまない
「私達も行きましょうか?」
「ええ。待って、マイ」
アカネとサユリも追いかける。
先のマイと直ぐ合流して向かう。
そう離れてもいなかったので、人だかりには直ぐに近づける。
「……何か変」
「そうだねぇ」
「皆さん微笑んでいますね……」
1つの6人掛けのテーブルを囲んでいる人間全員が、何か微笑ましそうにしている。
女性も男性も一様に微笑んでいるので、異常な事おびただしい。
そしてその中心には、美味しそうにパフェを食べている少女がいた。
「女の子……ですか。でも何故?」
「ふぇ〜。可愛い子ですねぇ」
「……可愛い」
薄い藍色の髪の少女は確かに可愛かった。
目はパッチリと開いていて、将来は凄い美人になる事は保証されているようなものだ。
黒いワンピースに白いカーディガンを羽織い、まるでお姫様の様な少女である。
穏やかで品の良い仕草も、その印象に拍車をかけている。
「あの……あの子は?」
アカネは同僚の女性オペレーターを見つけ、小声で話しかける。
小声なのは少女に聞こえるのを防ぐ為だ。
しかし、返答は「判らない」だった。
彼女が言うには、十数分前にこの少女がいきなり食堂に入ってきたらしい。
食事をしていた人間は、軍の基地に少女−しかも類稀な美貌の−が現れた事で数分固まり、その間に少女はこの席に着いた。
美味しそうにパフェを食べる少女に引き寄せられるように、段々と人だかりが形成された、との事だ。
「それじゃあまだ誰もこの子に話し掛けてないんですか?」
「ええ」
アカネの話を聞いて、サユリは驚いた。
周りに配慮して質問も返答も小声だ。
「ご馳走様でした」
アカネとサユリが話し合っているうちに、少女はパフェを食べ終わったらしい。
テーブルの紙ナプキンで口元を拭いている。
そんな少女の隣に1人の人間が……。
マイである。
「マ、マイ?!」
「な、何であそこに……」
何時の間にか少女の隣にいるマイに仰天の2人。
焦っていても小声なところが律儀というか……。
「……」
「?」
少女を見つめるマイと、可愛く小首を傾げる少女。
その少女の仕草に周りの人間が嘆息する。
「名前……なんて言うの?」
マイのこの質問には、周りの人間も賛同すると同時に嘆息した。
マイ・カワスミが、初対面の人間に対してこれほど興味を持った事を見た事がないからだ。
「私の名前ですか?」
少女は初めて口を開き、穏やかで柔らかい声でマイに聞き返した。
マイは1つ頷く。
周りは2人のやり取りを固唾を飲んで見守っている。
軍人さんが揃いも揃って何をやっているのかなぁ、と思わなくもない。
「私は秋那。アキナ・アイザワです」
少女は鈴の音の様な声で言った。
「アキコ君、アキナは連れてきてないのかね?」
「あら、気になりますか?」
「あの子とマリアは私の孫も同然だからな。で、どうなんだね?」
「妹に預けてこようかとも思いましたが、ご心配なく。ちゃんと連れてきていますわ」
「おお、そうか。だが食堂に1人は拙いのではないか……?」
「あの子は大丈夫です。あの人とわたしの娘なのですから」
食堂には何とも言えない沈黙が下りている。
その中心にいるのは、アキナと名乗った少女だ。
彼女はニコニコと笑みを浮かべている。
そして周りの人間の脳裏には1人の男の姿。
アイザワのファミリーネームを持つものは、この基地に1人しかいない。
「お嬢ちゃんのパパの名は何て言うんだい?」
沈黙を破り1人の軍人が質問する。
同時に少女に集中する周りの視線。
マイの後ろに着た、サユリとアカネも注視する。
「父ですか? ユウイチですけど、それが何か?」
普通の子供では泣き出しかねない周りの視線だが、全く意に介さない少女。
アキコが安心していられるのも頷ける。
「アイザワ少佐の娘……」 「あの人結婚してたのか……」
アカネ達3人以外には、まさに寝耳に水の話だろう。
25歳の若さでこんな大きな娘までいるとは、普通の人間には及びもつかない。
ユウイチは参謀本部直属なので詳しい事は知られていない。
なので、左手の薬指に指輪があるにも関わらず、結婚していた事さえあまり知られていないのである。
「おい!」
「ん? ああっ! もう時間だぞ」
「今度遅れたら中尉に殺される!」
少女の発言でザワついていた軍人達が、時計を見た瞬間食器を持って駆け出す。
時計は昼食時の休憩時間が終わるギリギリの数分前を指していた。
「戦場ですか此処は……」
とはアカネの言。
事実、一斉にカウンターへ食器を返しに行く
アカネとマイは、人の波に流されるのに耐えるのに疲労困憊の様子だ。
2人とも机に手をついて息を整えている。
「あははー。あなたはアキナちゃん、って言うんですか。」
そんな2人を尻目にアキナに声をかけるサユリ。
(サユリ、凄い……)
マイは人が動き出す瞬間にテーブルの下にもぐったサユリの姿を捉えていた。
感心するのは良いのだが、妙齢の女性がテーブルの下にもぐり込んだと云う点はどうでも良いのだろうか?
「はい。お姉さんのお名前はなんて言うのですか?」
「サユリはサユリって言うんですよ」
「サユリお姉さんですか。宜しくお願いします」
ほんわかした雰囲気で自己紹介をし合う2人。
波長が合うのかもいれない。
「マイ・カワスミ、よろしく」
「アカネ・サトムラです」
呼吸を落ち着けてそれぞれ自己紹介。
アキナに対して、対等の言葉を遣っているのは素か故意か。
「マイお姉さん、アカネお姉さん、宜しくお願いします」
対してしっかりと敬語をもって返すアキナ。
4歳児とは思えない態度には、自堕落な私生活を過ごす叔母を反面教師にしたおかげとか……。
「サユリ達は、アキナちゃんのお父さんの部下なんですよぉ」
「じゃあ3人ともお父さんの恋人なんですね」
サユリの言葉にそう返すアキナ。
彼女の中では、部下=恋人の図式が成り立っているらしい。
「なっ、何故そう思うんですか?」
何故か焦って問い返すアカネ。
いくら本当の事でも、相手の娘に言われると恥ずかしいを通り越して冷や汗モノである。
「お母さんが言ってました。『お父さんの部下の女の人は恋人なのよ』って」
アキナが根拠を述べれば……。
「当たり……」
マイは正解だと答える。
「マイさん!!」 「マ〜イ〜」
「何?」
彼女達は、時間を忘れてそんな会話を交わした。
アキコは食堂から聞こえる楽しげな会話を聞いた。
丁度、総司令室での話が終わって娘を迎えに着た時である。
ノーマンとの話は、ユウイチが帰還したら一度家に遊びに行く事で終わりを見た。
入り口から中を覗くと、自分の娘が3人の女性と談笑しているのが見える。
どうやら話相手は同じ隊に配属される女性達らしい。
話し相手が男性でなかった事に安心したアキコは、少し大きな鞄を手に彼女らが話しているテーブルに向かう。
「あっ! お母さん!!」
当然と言うべきか、最初に気付いたのは娘のアキナ。
椅子から立ち上がって駆け寄ってくる。
「あらあら」
アキコは途中で立ち止まり腰を落とした。
勢いもそのままにアキコに抱きついたアキナは、母の首筋に顔をうずめる。
「ん〜」
「ふふ、アキナは甘えん坊ね」
「……甘えん坊で良いです」
アキコにしか聞こえない音量で呟いた言葉。
それを聞いたアキコは嬉しそうに微笑んだ。
「お父さんが帰ってきた時にも同じ事をしてあげなさい、きっと喜ぶから」
「本当?」
顔を上げて自分の母を見る。
大好きな父親が喜んでくれるなら実行しない手はない。
「ええ。それじゃあ、あの人たちのところに行きましょう。何時までも待たせてはおけませんからね」
娘の質問に頷いて、アキコはマイ達の方に顔を向ける。
そこには、手持ち無沙汰な3人の姿が……。
「はい。お姉さん達、ごめんなさい」
アキナは抱擁を解くと、ちょこんと頭を下げた。
母娘は手を繋いで残りの3人がいるテーブルに向かう。
「娘の話相手になってくださって、どうもありがとうございます」
3人の対面に座ったアキコの第一声。
6人掛けなので、端からアカネ、サユリ、マイと座り、対面の真中座席にアキコが座っている。
アキナはアキコの膝の上でニコニコと嬉しそうに笑う。
「いえ、サユリ達も楽しくお話させて戴きましたから」
サユリは笑顔で答える。
初対面の人物に対して微笑みを以って会話できるのは、サユリの人間性に依るところが大きい。
アカネは初対面の人間に笑顔を振りまくのが苦手であるし、マイは言うに及ばず。
自然にサユリが会話をする事になる。
……普通は。
何事にも例外があるように、彼女達にとって今回の相手は例外にあたる。
何せ自分の想い人の妻。
良い印象を持たれた方が良いに決まっている。
……まぁそんな理由があったのかどうかは解らないが、サユリ以外の2人も積極的に会話をした。
「それではアキコさんも同じ部隊なのですね」
「アキコさんと教官が上司、かなり嫌いじゃない」
「ありがとうございます」
お互いに自己紹介をして少し話しをすると、4人は直ぐに打ち解けた。
同性であり年齢が近い、それにユウイチの事など話のネタに事欠かなかったからだろう。
自分達より少しだけ年上なのに、落ち着いた雰囲気のアキコに学ぶ事が多いと感じた3人だった。
「皆さん
唐突にアキコが聞いた。
彼女は今までのような微笑ではなく、とても真面目な鋭い表情をしている。
いきなりの事に
アキコは3人の顔をしっかりと見て、「わかりました」と言った。
「あの、それが何か?」
「少し待ってくださいね」
怪訝そうに問うアカネにそう言うと、アキコは足元の鞄をテーブルに乗せた。
オレンジ色の物体が入った小さい瓶が、アカネの前に置かれる。
それは鞄からアキコが取り出したもので、同じ物がサユリとマイの前にも置かれている。
「取り敢えず、何も言わずにそれを舐めてみてください。中身はジャムですから安心ですよ」
釈然としないであろう3人は、瓶の蓋を開け、指で少し掬って舐める。
「「「……」」」
理解に苦しむような複雑な顔をする3人。
「お味はどうでしたか?」
「……変な味」
「そうですねぇ、甘いような酸っぱいような……」
「複雑、としか言えない味でした」
それぞれアキコにそう答える。
彼女達の言う通り、それは不味くもないが美味しくもなく、甘さや酸っぱさが混在する不思議な味としか言えないジャムだった。
「ふふ、確かに普通の人は美味しいとは感じないでしょうね」
微笑むアキコ。
「アキコさんは美味しいと思うのですか?」
「はい」
「何ででしょうねぇ?」
「……不思議。どうして?」
不思議に思ったマイが聞く。
「このジャムは、特定の人間だけ美味しいと思うらしいんですよ」
「特定、ですか?」
疑問符を浮かべるアカネ。
「ええ、解りますか?」
「ん〜、ちょっと解りません」
サユリは「あははー」と笑って答える。
「……誰?」
マイは無表情ながら興味深く聞いてくる。
「妊婦の人です」
そんな3人を微笑ましく思いながら、アキコは言った。
アキコによると、このジャムはユウイチが作ったモノだとの事。
アキコともう1人のユウイチの妻は妊娠時、何も食べられないほど
悪阻の時は嗜好の変化や食欲不振などがあるが、彼女達は特にそれが酷く、一時期栄養失調寸前になりかけた事さえあったそうだ。
そんな時に、軍務中のユウイチから送られてきたのが、1通の手紙とこのジャム。
手紙には、同じ部隊の料理に詳しい人間と試行錯誤して作り上げた、と書かれていた。
普通の人が食べても変な味としか感じないのだが、妊婦のアキコ達が食べてみると何故か美味しかった。
しかも色々と混ぜて作られているらしく、栄養も高いと一石二鳥。
彼女達は、色々な食べ物とオレンジのジャムを組み合わせて出産を乗り切ったのだ。
そのジャムのおかげか、出産後のアキコは色々なジャムを作るのが趣味になった。
「わたしとマコトもそうですが、それ以上にアキナとマリアはこのジャムに救われたと言って良いでしょう」
当時を懐かしむようなアキコ。
『もしジャムが無く母親が栄養失調にでもなれば、確実に子供は亡くなっていただろう……』
そう思っていたのかは解らないが、彼女は膝の上で眠ってしまっている娘の頭を撫でた。
余談だが、アイザワ家でユウイチだけ、このジャムを美味しいと感じられない。
出産後、嗜好が元に戻った母親達は何故かあのジャムを美味しいと感じる事が出来た。
娘達も、母親の胎内にいる時からジャムを食べているので、違和感なくジャムを美味しいと感じた。
製作者であるユウイチだけが美味しくないとは、何とも皮肉な事だ。
まぁ、アキコが更に材料を加えているので、元のジャムと変わっているのだが……。
「アキコさん、ちょっと良いですかぁ?」
過去に思いを馳せているアキコに、サユリが声をかける。
「はい?」
「最後に仰った、マコトさんとマリアさんと言うのは?」
サユリの後を継いでアカネが質問した。
他の女性の名前が出てくると気になるものだ。
「ああ、言っていませんでした。マコトはわたしと同じユウイチさんの妻で、マリアは娘です」
「そうなのですか?」
「はい。マコトも軍人ですから、その内会えると思いますよ」
ユウイチが2人の女性と結婚をしているのは知っていたが、妻と子供の名前は知らなかった3人。
ユウイチに聞けば教えてくれたのだろうが、何故か3人とも聞かなかった。
そこらへんは微妙な乙女心のなせる事なのだろう。
「もしユウイチさんと一生添い遂げる事を望むなら、このジャムを美味しいと感じられるようになってくださいね」
最後にアキコはそう言ったものだ。
あのジャムを美味しく感じるという事は………………。
3人とも顔が真っ赤になった。
To Be Continued......
後書き
無謀連載第2話。
もっとコンパクトに収めようと思ったんですが……無理。(爆
アキナ出したら収拾つかねぇって……。(笑
書いてたらお姫様になりましたよ、お姫様。(爆笑
まぁ今回何が書きたかったかというと、ユウイチの娘の1人と私なりの謎ジャムの定義って感じでしょうかね。(このSSのみ
私の考える謎ジャムはあんな感じです。(『甘くない』ジャムの定義から外れましたが
味も食べて直ぐ気絶って劇薬みたいなんじゃなく、形容し難い味って感じです。
悪阻対策なら変な味ってのもありかな?とか思いましたし。
よく酸っぱいもの(人によっては甘いもの)が食べたくなるって言いますから。
正式にユウイチに2人の妻がいると書きました。
まぁこれは私の趣味なので文句をいわれても困ります。(笑
実世界でも重婚があるんだし、より自由なSSでもあって良いと思いません?
最後にちょこっと名前の出たマコトとマリア。(マリアの名はプロローグでも出ましたけど
4話に出ますからお楽しみに。
この話書きながらちょこちょこっと前の話修正したりしてます。(ユウイチの指輪とか
そこらへん探してみると面白いかも?