「マコト・アイザワ、到着いたしました」
「同じく、シイコ・ユズキ到着で〜っす」
「ご苦労」
アキコが到着の報告を行ってから2日後、再び総司令室に若い女性の声が響いた。
前回はアキコ1人だったが、今彼の前には2人の女性が立っている。
烏の濡れ羽色の長い髪に、綺麗な黒い瞳を持つマコトと名乗った女性。
大和撫子と呼ぶに相応しい外見とは裏腹に、彼女の動作1つ1つには躍動感が溢れていた。
その動きは浮ついたものではなく、冷静で落ち着いた雰囲気を纏っている。
もう1人は、総司令に対して異常に軽い挨拶を行ったシイコという女性。
彼女はマコトと違い、少しだけ茶に近い黒髪と同じ色の瞳をしていた。
その瞳はいたずらっぽい光をたたえ、何か面白い事を探していそうな印象を受ける。
「真面目にやりなさい」
拳を握ったマコトがシイコの頭を軽く叩く。
コン、という音がした。
「痛っ!ぶちましたね、先輩!アカネにしかぶたれたことないのにー」
「後半棒読みよ?」
「あらら」
「あららじゃないわ。……そのアカネさんがこの基地にいるようだし。彼女に叱ってもらおうかしら?」
「ええっ?!先輩、そっ、それは……」
「なら真面目にやりなさい」
「う〜……はい」
目の前で漫才を始めた彼女らを見ながら、ノーマンはユウイチの周りには美人が多いなとぼんやりと思った。
美人は美人だが、一癖も二癖もある彼女らを思い浮かべて苦笑する。
(類が友を呼んだのだろうな)
結構酷い事を考えていたが、自分がそのカテゴリーに入っている事にはどうやら気付いていないらしい。
スーパーロボット大戦 ORIGINAL GENERATION
Another Story
〜闇を切り裂くもの〜
第4話 動き出す世界
「アキコさんはお強いですね〜」
「完敗」
レモンティーを一口飲み、人心地ついたサユリが何となしに喋る。
隣でアイスティーを飲んでいたマイも同意した。
「あらあら。お2人ともお強かったですよ。機体の左腕と左足が持っていかれてしまいましたから」
答えたのはサユリの対面に座っているアキコ。
その隣にはアキナが行儀良く座っている。
「確かにお2人は上達なさっています。ユウイチさんと始めてシミュレーションした時は、一瞬で決着がつきましたから」
4人と同じテーブルの違う辺に座ったアカネが、数ヶ月前を思い出して喋った。
素人目にもアキコの技術は高く、当時の彼女たちならすぐに終わっていただろうと思えるものだったからだ。
この基地に配属されたのはアカネも同じ時期なので、その当時のマイとサユリの事はよく覚えていた。
「あの時の事は思い出させないでくださいよ〜」
「……恥ずかしい」
バツの悪そうな顔で笑うサユリと、恥じて俯くマイ。
その時の事は思い出したくないのがよく解る。
「あら。何があったのですか?」
隠そうとしても上手くいかない事の方が多い。
人間というのは他人が隠したい事に興味を惹かれるものだ。
アキコも御多分に洩れず、2人の話に興味を持ったらしい。
手にしていたアイスコーヒーを下ろし、完全に聞く体制に入っている。
「それはですね……」 「あ、アカネさん!!」
ミルクとシロップのたっぷり入ったコーヒーを一口すすり、サユリの制止を振り切ったアカネは話を始めた。
総本部基地に赴任して少し経つまでのサユリとマイは、男のパイロットを軽視する傾向が顕著だった。
その理由は必ずしも彼女たちの所為であったとは言えない。
彼女たちがそれまでに配属された基地には、まともなパイロットがいなかった事が一番悪かったのだろう。
2人が始めて赴任した基地には、先任のPTパイロットが1人と、戦闘機・戦車乗りが数人いたが、彼らは人格的にも問題があった。
赴任したその日に、先任のパイロットが彼女たちに賭けを持ちかけたのである。
内容はありきたりで、『負けたら付き合う』というようなものだった。
ハンデ代わりか、1対2で良いとさえ言ったパイロットは、勝てば美女2人を手に入れられるとでも思ったのだろう。
女性パイロットと言うことで、仕官学校時代にも同じような目にあっている2人には、こんな事は日常茶飯事だった。
彼女たちは、そんな男はことごとく黙らせてきたのである。
彼女たちは当然のように賭けに乗った。
勝負はシミュレーターで行わる戦闘−シミュレーションと呼ばれている−で着ける事となった。
シミュレーターとは、パイロットに対して数の少なすぎるPTの欠点を補うために、仮想現実で戦闘を行うシステムである。
仮想と言っても、環境による機体への影響、Gやダメージもしっかりフィードバックされるので実戦さながらの訓練となるのだ。
無論撃墜されても死ぬ事はないが、衝撃で軽い怪我などを負う事もあった。
そこで2人は、相手パイロットを完膚なきまでに負かした。
普通に考えても1対2では勝ち目が薄い。
しかも彼女らは士官学校時代コンビ戦では無敗の戦績を誇っていたのだ。
相手になるはずがない。
2人に負けたパイロットは1対2は卑怯だと言い出した。
挙句、基地の戦闘機乗りや戦車乗り全員を味方に再戦をしかける始末。
マイもサユリも、その自己中心的な遣り様に呆れたものだ。
それも結局サユリとマイの圧勝で終わる。
その後は彼らもなりを潜め、直接暴力に訴える事は無かったものの、あからさまな悪意を向けられる事が多かった。
小学生がやるような嫌がらせも受けたらしい。
彼女らが転属届けを出すのも当たり前の事であった。
しかし、転属先が悪かったのか、同じような事が何度か続いた。
会うパイロット全員がそんな人間でもなかったが、積極的に気を使ってくれる人もいなかったのである。
悲しいかな軍というものは男性社会なので、出来すぎる女性は潰されるか無視される事が多い。
まれに力ずくで男を支配する女性もいるが……。
新米のマイとサユリが勝ち続けていられた事を疑問に思う人がいるだろう。
それには理由がある。
士官学校に人型兵器の操縦技術科、要するにPTパイロットのための科が新設されたのが4年前。
その最初の卒業生がマイとサユリたちなのだ。
そんな理由から基地にいる先任のPTパイロットの多くは、戦車・戦闘機からPTに乗り換えた人間になる。
彼らがしっかりと訓練していたら、士官学校で正規の訓練を受けた2人でも勝てなかったかもしれない。
しかし賭けを持ちかけてくるような連中だ、勤勉さを持ち合わせていようはずもないだろう。
そんな人間と正規の訓練を4年間行った人間では力に差があるのは必定である。
無論彼女たちより腕のいいパイロットも軍には何十人もいる。
しかし、彼女たちが赴任した基地にはそのような人間はいなかった。
これは完全に不運としか言い様が無い事だ。
そのような理由から、配属先で無敗でいつづける事ができたのである。
そんな事が続き、結果的にマイとサユリは持て余される事となった。
全く悪くもない彼女らがそんな状況に立たされたのは、この時代の軍という体制が病んでいるからなのだろう。
そんな状況に置かれた所為か、2人とも態度が少し変化する。
それなりに自分から喋る事もあったマイは、サユリ以外と言葉を交わさなくなるほど無口に。
何時も笑顔だったサユリはあからさまな変化はなかったが、マイ以外から一歩引く態度を取るようになった。
彼女たちの心の内は窺い知れないが、かなり傷ついたのではないだろうか。
そんな彼女らをスカウトしたのがユウイチだ。
その当時のユウイチは、デスクワークが主な仕事だった。
教導隊解散後の体のよい飼い殺し状態だったと言える。
ただ、事務仕事が大嫌いなユウイチは、よくサボって総司令と碁や将棋を指していた。
そんな時に、ユウイチは情報部に所属している元同僚からマイとサユリ、2人の話を聞く。
彼女らに興味を持ったユウイチは、総司令に頼んで2人を総司令部基地へ配属させる。
そして自分を教官にするとともに、自分付きのオペレーターも配属するように頼んだ。
その時に選ばれたのが、士官学校を優秀な成績で卒業したアカネである。
職権乱用のような気もするが、ユウイチの持論は『権力は使ってこそ権力』なので問題ないのだろう……。
配属された当初のサユリとマイは、ユウイチの事は眼中にもなかった。
彼女たちに、男性パイロットに対する不信感が深く残っていたからだろう。
それは普段の訓練にも表れていた。
訓練自体は真面目にやるのだが、ユウイチの指示にはあまり従わないのだ。
そこでユウイチは、彼女らとシミュレーターで戦って見ることにした。。
戦って勝てば、最低でも能力は評価するだろうとの考えだったのだろう。
アカネ立会いの元で行われたシミュレーション。
結果はユウイチの勝利に終わるのだが、内容は戦闘とさえ呼べるものではなかった。
ユウイチはマイとサユリの攻撃を全て避け、1撃ずつの銃弾2発のみで勝ったのだ。
その後、何度となく再戦した2人だったが、結局当たるどころかかする事さえなかった。
ユウイチの機体は、モニターで見ていたアカネさえも息を忘れるほどの華麗な動きだったとか。
これ以後、マイとサユリはユウイチを目標に訓練に励み、少しずつユウイチに対しても笑顔を見せるようになった。
結果的に、このシミュレーションがアカネも含めた3人のユウイチへの傾倒の第一歩となる。
最終的に親密な関係になるまでは、まだそれなりの時間が必要ではあったのだが……。
なお、アキコに語られた内容は、アカネが2人から聞いたり、実際に見た部分のみである事を理解されたい。
「そんな事があったのですか……」
アキコは意外そうな顔で2人を見る。
その顔から、心底2人の意外な過去に驚嘆した事が解る。
『人に歴史あり』とはよく言ったものだ。
「お父さんもお姉さんもかっこいいです」
静かに話を聞いていたアキナが目を輝かせている。
自分の父親の活躍を知るのは、子供なら嬉しいものだろう。
知り合ったばかりの優しいお姉さんの意外な活躍もだ。
「あははー。昔の事ですよ、昔の事」 「……恥ずかしい」
顔の前で手をパタパタさせるサユリと、少し赤い顔で俯くマイ。
2人とも過去の話は恥ずかしいものらしい。
「あの頃のお2人はずっと一緒で、他の話相手は女性だけでした」
そんな2人を横目に、誰もいない対面を見ながら話出すアカネ。
どこか遠い目をしているのは何故か……。
更に話は続く。
「そんなお2人が女性にしか興味が無いと噂されるのもある意味当然で……。私は何時誘われるか不安に思ったものです」
淡々と……。
遠い目のままに無感情に紡がれる言葉。
サラっと口に出したアカネだが、内容は簡単に流せるものではないだろう。
「まぁ、そうだったんですか?」
……訂正。
アキコは軽く流せるようだ。
話を聞いても、彼女は頬に手を当てて小首を傾げただけだった。
「そんな、女性にしか興味がないなんて事はありませんよー」 「……そう」
噂の2人は否定……
「女性で興味があるのはマイだけですからー」 「サユリだけ」
……でもなかった。
何時もと変わらない笑顔と無表情なだけに、嘘か否か判り辛い。
「あらあら」 「…………」
笑顔のまま全く動揺しないアキコと、何を言って良いか判らないアカネ。
一般的な反応はアカネの方だろう。
(……大物ですね、この人)
こんな事を思いながら、聞かなかった事にするアカネだった。
その考え方も一般的だろう、多分。
「うぅ、にがいです」
マイとサユリの2人によって発生した、異様な沈黙を破ったのはアキナだった。
周りが沈黙する理由が判らなかった彼女は、頼んだコーヒーを飲んでいたのである。
ちなみにブラック。
その言に相応しく、苦くてたまらないという顔をしている。
「あら?何で今日に限ってブラックなんて……」
首をかしげるアキコ。
娘に対するその疑問は正しい。
元々子供であるアキナはコーヒー自体あまり飲まない。
飲んだとしても、ミルクと砂糖が入ったコーヒー牛乳だ。
「だって、お父さんがコーヒーはブラックにかぎるって言ってたから……」
口直しに水を飲みながら
ユウイチの真似をしたらしい。
彼はブラックコーヒーしか飲まない。
しかも美味そうに飲むので、アキナがブラックコーヒーを美味しいと勘違いしたのも無理のない事だろう。
「大佐は確かに美味しそうに飲まれますからね……」
「そうですね〜。あれだけ美味しそうだと、煎れた方も嬉しいです」
「……苦いのは嫌い」
三者三様にユウイチのブラック好きにコメントする。
マイだけは好き嫌いを言っているが……。
「無理しないで飲みなさい。……あら?」
娘に優しく言ったアキコは、コーヒーにミルクとシロップを混ぜてスプーンでかき混ぜる。
その所作の途中で、彼女は食堂の入口に気付いた。
「アキナ」
「はい、お母さん。何ですか?」
「入口を見なさい」
「え?……あ!」
アキコに促され、視線を向けたアキナは目を見開いた。
そこに大好きな家族の姿を捉えたからだ。
「マリア!!」
普段の彼女らしからぬ慌てた動きで椅子から立ち上がり、テーブルの間を縫うように入口を目指す。
「お……っとっと」
「キャァ!」
「危ねぇぞ嬢ちゃん!!」
立っていた人間にそれなりの被害を出しつつ駆けていく。
母としてアキコが謝罪しているが、非難はなかった。
普通基地には子供がいないものなので、皆微笑ましく思ってしまうようだ。
一部を除いて、大人という生き物は悪意の無い子供には強く言えないものだ。
「アキナ!!」 「マリア!!」
入口にいた少女と抱き合うアキナ。
彼女こそ、ユウイチのもう一人の娘−マリア−である。
「久しぶり。元気だった?」
「うん。マリアは元気?」
「あたりまえよ。せっかく久しぶりにパパに会えるんだもん」
「そうだね」
普段は敬語で喋っているアキナも、マリアの前では普通に喋っている。
その姿は姉妹というより友達の様に見える。
そしてそんな姉妹の再会を、対面の壁を背に見ている女性が2人。
姉妹の片方の母であるマコトと、完全に傍観者のシイコである。
「感動の再会ですねぇ。シイコさん感激で涙が……」 「嘘ね」
「……何を言いますか! この光る雫が見えないんですか?!」
「どうせ目薬でしょ。使い古された手は芸を狭めるわよ」
「な、なんと……」
「精進が足りないわシイコ」
「くっ。先輩厳しいっす」
よよよ、と口に出しながら床に崩れ落ちるシイコ。
両足を揃えて崩し、先ほどまで目に当てていたハンカチを噛む。
「マコト」
少し遅れて入口に着いたアキコが声をかけた。
後ろからはアカネ達3人も向かってきているのが見える。
「アキコ?」
「ええ。新年に会った時以来だから……5ヶ月ぶりかしら?」
「そっか。もうそんなに経つのね」
時間が経つのは早い。
子供と一緒だと毎日が楽しいからだろうか?
「マリアも元気そうで嬉しいわ」
「アキナもね」
話をしている娘たちを見る。
以前会った時より少し大きくなったかな、と2人とも思った。
「着任の挨拶は済んだ?」
「ええ。最後は追い出されたけどね」
「追い出された?」
「これが真面目にやらないから」
横のシイコに視線を落とす。
その視線は何の感情も込められてない。
マコトに倣って視線を落としたアキコは、ちらっと見上げたシイコと目が合った。
「よよよ……」
シイコはしっかりと目線を合わせてから泣きまねを再開する。
彼女は再度ハンカチを噛んだ。
「それじゃあマコトが……」 「無視っすか!?」
ガバッという擬音が聞こえそうなくらい一気に立ち上がり、何も言わずに視線を戻したアキコにツッコミを入れる。
シイコは無視に耐えられないらしい。
「お久しぶりですね、シイコさん」
「お、お久しぶりです……」
アキコは、無視した事など何とも無いかのように再会の挨拶をする。
挨拶を返すシイコの口元が微妙に引きつった。
隣にいるマコトがニヤリと笑ったのが目に入る。
(かっ、勝てない……。この2人には勝てない)
無力感に苛まれるシイコ。
彼女が弱いのではない。
敵があまりにも強大なのだ……。
「あの方がもう1人の奥様ですかぁ……」
「……綺麗な人」
「大佐は面食いなんでしょうかね」
ガックリと肩を落とし、俯いたシイコの耳に声が聞こえる。
(……?あの声は)
彼女はその中に知った声があるの事に気付いた。
顔を見られないよう、ちょっとだけ視線を上げて声の主を探す。
(……いた!)
入口の端。
アキナたち姉妹が再会を祝っている場所の反対側に女性が3人。
シイコはその中に目標を発見した。
幸い、視線はマコトとマリアに向いていてる。
先ほどまで床に崩れ落ちていた所為でスルーされたようだ。
それもちょっと悲しいが。
(しめしめ)
俯いたまま3人に向かって移動を開始する。
少しずつ
「はぇ?」
「……何?」
「嫌な予感が……」
接近してくる女性に気付き、怪訝そうにする。
アカネは何かを感じ取っているようだ。
「アカネちゃ〜ん」
「…………」
間合いを詰めて飛び掛ったシイコと無表情なアカネ。
アカネが反応しないのをいい事に、シイコは胸元にすりすりと頬をこすりつける。
「お知り合いですか?」
「……仲いい」
女性同士の熱い抱擁をなんとも思わないのか、一緒の2人が聞いてくる。
彼女たちにとって日常茶飯事なのかもしれない……。
しかし少し離れたところからは、
「禁断っぽいわね」
「そうね。やっぱり百合なのかしら?」
「一緒にいてそんな感じは受けなかったけど……。アキコはどう?」
「わたしもあまり……。本人も否定的なような感じだったし」
「でも案……」
「そ……か……」
ご近所で井戸端会議している主婦と同じレベルになっている気がしないでもない。
「…………知らない人です」
抱きついたままのシイコを無理やり押しのける。
答えたアカネの顔は変わらず無表情だった。
「酷いっ!あの日あんなに激しく愛し合ったのに!!」
持っていたままのハンカチを噛む。
「……」
「そう、そうなのね。私を捨てるのね!」
アカネが無言のままなので更に続く。
「やっぱり私よりあの男の方がいいのね。要らなくなったらポイ捨てなのね。使い捨てなのね!」
「酷いねぇマイ」
「……酷い」
マイとサユリが反応したのを見て、シイコの目が光る。
もうキュピーンって感じだ。
「そう!アカネって酷いのよ。私たちって幼馴染なんだけどさ、アカネに無理やり甘いもの食べさせられた事が何回も……」
「無理やりですかぁ」
「……アカネ極悪」
「……シイコ」
アカネが呼びかけても反応しない。
声自体小さいのも勿論だが、シイコ本人も話すのが楽しいので聞こえていないのだ。
「中学校の時アカネ怒っちゃってね。怒らせた男の子、ワッフルを4つ同時に食べさせられたんだぁ」
「4つもですかぁ」
「……美味しそう」
「……シイコ」
変わらずの無表情で呼びかけるアカネだが、その体からは形容しがたい迫力が立ち上る。
先ほどより大きくなった声にもシイコは気付かない。
そんなアカネを知ってか知らずか、シイコの舌はますます滑らかに。
マイとサユリの2人もアカネに気付かず楽しそう聞いている。
「そのワッフルがまたえらく甘くってね。普通の3倍の糖度って感じでさぁ。……何であのワッフル赤くないんだろ?」
「あははー」
「……角は?」
「…………」
呼びかける事を止めたようだ。
そんなアカネに接近するアキコとマコト。
マコトの手には四角い何かが握られている。
「これ使いなさい」
「ちょっとマコト!」
「……ありがとうございます」
寄ってきたマコトは、その四角い何かをアカネに手渡す。
手渡されたアカネは、それを手にシイコを見やる。
その眼差しには慈悲の欠片も無かった……。
「角は無かっっっっっったったった」
「はぇ〜」
「……凹んだ」
まだ喋り続けそうなシイコの頭にアカネの攻撃が炸裂した。
ベコンと音がして、マコトから渡された金属のトレーが盛大に叩きつけられる。
シイコはたまらずしゃがんでしまう。
トレーはマコトが食堂から持ってきたらしい。マイの言う通り、かなり凹んでいた。
「ちょっ、アカネ。何でそんなもん……」
「あはははははは」
「……マコト」
頭をさすりながらアカネを見上げると、爆笑しているマコトが目に入った。
誰の差し金かすぐに理解。
「あんたですか……」
「何?私に文句つけるのかなぁ〜?」
「……いえ」
妙に優しい声で聞かれ、何も言えないシイコ。
(シイコさんってば耐える、お・ん・な。うぅ……むなしいよ〜)
自分を慰める。
(いつか絶対『ぎゃふん』と言わせてやるも〜ん。……うん)
恨みがましい目をマコトに向けつつ、決意するシイコだった。
「何?」
「何でもないです……」
道のりは険しそうだ。
……それにしても『ぎゃふん』は古すぎる。
『機体の搬入は?』
「もう少しで終わるわ。シイコ、貴方輸送機飛ばせるの?」
「大丈夫なんですか?シイコ」
そのアキコの疑問に答え、外にいるマコトはコックピットにいるシイコへと疑問をぶつけた。
続くようにアカネも心配そうな声をかける。
彼女らが現在いる場所は格納庫。
アキコとシイコはコックピットに、マコトとアカネはタウンゼントフェスラーの外にいる。
マコトの手元にはT2のコックピットと繋がった通信機が握られていた。
タウンゼントフェスラーは大型輸送機だ。
その外観は21世紀にあったフェリーをコンパクトにしたような感じで、両の舷側に翼が付いている。
後部には積荷を載せるコンテナとバーニア、コンテナのハッチは今は空いていた。
『問題ないですよ〜、安心しなさい2人とも。シイコさんってば何と資格持ってるんですから』
「「そう……」」
一瞬眩暈を感じたマコトとアカネ。
不安からか顔を見合わせる。
一瞬後、マコトはなんとか平静な顔に戻す事に成功した。
一応自分と同じイカロス航宙士官学校を卒業したのだから大丈夫だろうと思ったのだ。
(大型輸送機や戦艦の動かし方は、航宙士官学校の訓練項目に入っていたはずだし)
(心配です……)
逆に何も知らないアカネは不安が増したようではあるが……。
「おおきいねぇ」
「パパもこんなのに乗ってるんだぁ」
子供2人は離れたところで輸送機を見上げていた。
手を繋いで仲良さそうだ。
事の起こりは緊急連絡にある。
シイコがマコトへ逆襲の決意を固めた後、お互いに自己紹介していた彼女たち8人。
そこにノーマンからの緊急連絡が入った。
内容は、ユウイチの乗った輸送機が正体不明機の追撃を受けているらしいとの事。
すぐさま輸送機の手配をし、パイロットのアキコ、サユリ、マイを急行させる事となった。
輸送機のパイロットはシイコ。
最初はパイロット3人の誰かが輸送機を操縦する手はずだったのだが、戦闘に遅れるのを考慮してシイコになったのだ。
輸送機の着陸位置を探すのに時間が裂かれるのを嫌ったためである。
マコトとアカネは子供たちの面倒を見るために留守番。
そして現在は輸送機離陸のための準備中である。
『ゲシュペンスト3機、格納庫への搬入終了しました。サユリたちはこのままゲシュペンストで待機します』
そこへサユリから連絡が入る。
『後部ハッチ閉じて』
次いでマイ。
2人は輸送機内、格納庫の
『りょ〜かい。閉じ閉じっと。あ、アキコさんも機体に乗ってて下さい。多分着いたらすぐ出撃でしょうから』
『解りました。シイコさん、最速でお願いしますね』
『はいは〜い』
スピーカーから徐々に遠ざかるアキコの足音が聞こえる。
『そんじゃ、2人とも下がった下がった。ちゃちゃっと行ってユウイチさん救出といきましょう』
「……その前に安全なフライトを心がけてほしいものだわ」
「……そうですね」
どこまでも軽いシイコに一抹の不安を感じる。
『なんか言った?よく聞こえなかったんだけど』
「いえ。
「そうですシイコ。
2人とも『くれぐれも』を異常に強調する。
……かなり不安らしい。
『だいじょーぶだいじょーぶ。何てことないって、そんなに心配しないしない』
『シイコさん、わたしも機体に搭乗しました。発進してくださって結構ですよ』
『了解です。んじゃ行きますか』
アキコから通信が入り、輸送機が前進する。
格納庫から出ると一面の青空。
絶好のフライト日和だ。
「あっ、こら!」
「お母さん、がんばって下さい!!」
「アキコママ。パパを助けてあげてねっ!」
格納庫から滑走路に出る寸前、マコトの通信機を奪ってエールを送る娘たち。
『ふふ、ありがとう。それじゃあ行ってくるわね』
『はっし〜ん』
『あははー。行ってきますねー』
『……出発』
4者4様の言葉を残り、輸送機は飛び立っていった。
「ちっ!ウザったいったらないな!?」
テスラ・ライヒ研究所を飛び立ったユウイチは、総本部基地まで残り数十分というところで攻撃を受けていた。
攻撃してくるのは青い虫型の機動兵器。
輸送機を囲むように四方から、しかも同じ速度で接近されてはユウイチでも逃げ切れない。
数は前方と左右に2機ずつ、後方には1機の計7機。
「あの時の機体か……。やはりエアロゲイターが偵察していると考えるのが妥当だな」
襲撃してきているのは、数年前に冥王星外宙域でヒリュウを襲ったあの機体である。
(有人機なら通信繋げて情報引き出したんだが……。仮に有人機でも異星人に言葉が通じるか疑問だがな)
この機体は数ヶ月前に同型機が捕獲され、その解析結果から無人機だと判明している。
機体自体も小さかったが、中が機械だらけで操縦するスペースが存在しなかったらしい。
軍では捕獲した男の付けたコードネーム、『バグス』と呼ばれている。
「現状では逃げるしか手が無いのが気に入らんなぁ」
思わず声に出して毒づく。
ユウイチが1人で操縦していなければ、格納庫に積んだグルンガストで戦闘もできたかもしれない。
今回は部隊の秘匿性が仇となった形だ。
バグスは更に接近し、全ての機体が一定の距離まで近づくと一斉に口のような空洞からリング状のビームを放った。
「……鬱陶しい!!」
ユウイチは前方の2機に向かいつつも、輸送機のバーニアを弱めて高度を一時的に下げる。
輸送機が大きいため素早い軌道が描けず、ビームが機体にかすって微弱な振動が生じるが、無視して少しだけ降下した。
そこで輸送機の状態を立て直し、先ほどまで存在した高度に機首を向けると、前部の対空機関砲を2機のバグスへ掃射する。
対空機関砲命中により動きの止まったところに、両舷のミサイル発射管から左右対応した方のミサイルを即座に1発ずつ発射。
同時に機首を若干下げ、最大速度でミサイル着弾とほぼ同時に敵機の下をすり抜けた。
ユウイチは見事に包囲から脱出したのである。
「……さすが輸送機」
包囲から抜け出して後方を確認したユウイチは、思わず攻撃力の無さをぼやいた。
ミサイルが命中した先ほどの2機が、爆発寸前ながらも未だに健在だからだ。
方向転換し、先頭きって輸送機に向かってくる。
その後方では残りの5機が密集しているのも確認できた。
「落ちろっ!」
後部の機関砲で2機を狙う。
狙い違わず命中し、数秒後2機とも爆発した。
「ラッキー」
ユウイチにとって幸運だったのは、この爆発に他の機体が突っ込んだ事だ。
誘爆で大破する機体こそなかったものの、他の5機全てが小破程度のダメージは負った。
「……でもないか」
言葉通り、更に前方からバグスが4機出現する。
幾らユウイチでも、4機と戦闘している間に後ろの5機に包囲されるかもしれない。
「全て落とす前にこっちの弾薬が尽きる……厄介だな」
ユウイチが搭乗している輸送機は、連邦軍の汎用大型輸送機タウンゼントフェスラーである。
有事の際に攻撃するための装備は搭載されているが、あくまでも輸送機なのだ。
その攻撃力も低いし、何より弾薬が限られている。
この輸送機でバグスを落とせたのは、ユウイチの腕とバグス自体の耐久値が低かったからに他ならない。
「包囲されるなら一転突破だが……ん?」
座して包囲を待つよりは、先に前の4機と距離を詰めて突破しようと考えたユウイチ。
口に出して作戦を考えていると、レーダーに新たな反応がある事に気付いた。
(連邦の大型輸送機。かなりの速さだ……援軍か?)
通信機時間を稼ぐべく、前後に存在する敵機のほぼ中間で右に進路を変える。
敵も応じて編隊を変えたのか、右後方、左後方、真後ろと、3機ずつで分かれて追ってくる。
追いつかれたら半包囲するつもりだろう。
移動速度では
そう考えたユウイチは通信機を繋ぐ。
「こちらは総司令部所属T1、アイザワ大佐。そちらのタウンゼントフェスラーはどこの」 『シイコちゃんで〜す』
ユウイチが全て言い切る前に向こうのパイロットから通信が入る。
しかも微妙に答えになっていない。
「……シイコ?シイコ・ユズキか?マコトの後輩の」
普通に軍人なら怒り狂っているところだろうが、ユウイチは気にしなかった。
それよりも名乗った人物の方が気になったようだ。
『そうで〜っす。お久しぶり〜』
彼らはマコトを介して面識があった。
ユウイチがマコトに会いに行った時、シイコがマコトと一緒にいたからである。
「それで用向きは?君1人で来たわけでもないだろう?」
『冷たいなー。久々に会ったのに。ここは『愛してるよシイコ』とか言ってくれないと〜』
通信機越し、声だけしか聞こえないので厳密には会っていない。
「そのセリフはこの場に合わん。それに、そもそも言うタイミングがおかしい」
『それもそっか。シイコさんもムーディな場面で言ってもらいたいもんね。あははは』
「無論だ。俺が口説くときは場所と雰囲気を大事にしているだろ?」
『でしたでした。あの夜はロマンチックだったもん。今でもたまに夢に見るんですよ〜』
「あの時のシイコは綺麗だったな」
『もぅ。相変わらず巧いんだから〜』
当たり前だが戦闘中にする会話ではない。
こんな会話ができるのは、バグスが攻撃をしてこないお蔭だ。
攻撃範囲外なのか、3方向から追尾してくる9機と速度差から徐々に間隔が開いていく。
『……あなた』
シイコと会話をしながら後方のバグスを確認したユウイチの耳に、別の女性の声が入る。
淡々と、静かに聞こえたきたその声には聞き覚えがあった。
「そっ、その声はアキコか?」
『はい。お元気そうですね、あなた』
いきなり妻の声が入って一瞬だが動揺する。
「怒ってる?」
当たり前。
『あら?心当たりがおありですか?』
大ありだ。
先ほどのシイコとの会話もその1つ。
いくら重婚が合法の世界とはいえ、自分の夫が他の女性と楽しく話しているのは面白くないだろう。
「そりゃぁたくさん」
しかし普通ではないこの男。
いけしゃあしゃあと言ってのける。
『普通そこまで言い切りますか?』
「まぁ、これが俺って事で」
『はぁ……。強く言えないのが惚れた弱みでしょうか』
「それはお互い様」
『ふふっ。嬉しいですけど、本当ですか?』
「自分で解っているくせに聞」『はいは〜い。あと数十秒で戦闘空域に到着しま〜す。お話はそこまで』
シイコから再度通信が入る。
またユウイチの声に被ったが、彼女は割り込みをかけるのが好きなのだろうか?
『T1左後方3機の上空を通過する時にPTを後部から投下します。アイザワ大佐はその後離脱してください』
「了解した。」
『教官、ちゃんと逃げてくださいね〜』
『しっかり逃げる』
通信機から新たな声が2つ。
「おっ、サユリとマイか。2人も来てたんだな」
『はちみつくまさん、ずっといた』
『教官たちが楽しそうだったので黙っていたんですよ〜』
「そうかそうか。敵もそんなに強くないし、何より無人機だ。お前たちの初の実戦としてはおあつらえ向きだろう。しっかりやれよ」
『『了解』』
それなりに教官らしいところを見せる。
彼女らは初の実戦なのだ、有人機と戦闘させるわけにもいかない。
左後方、3機のバグスより更に上空にシイコの操縦する輸送機が到達した。
薄い雲の上に薄っすらと機体が見える。
『ほい、到着〜。各機降下してください』
『サユリから行きますよ〜』
『次は私』
『それでは最後はわたしですね』
まずクラタ機が降下し、続いてカワスミ、アイザワの各機が降下する。
3機とも機外へ出るのに5秒とかからない。
『そこっ!』
『落ちなさい!!』
サユリとアキコは降下しながらの射撃。
『っ!』
マイは降下の速度を加味し、プラズマカッターでそれぞれ1機ずつバグスを落とす。
「今っ!」
左後方の3機を落とした事で、基地まで攻撃される心配が無くなった。
ユウイチはすぐに機首を左に向けると基地に向かう。
「こちらT1。これより戦闘空域を離脱する。一足先に失礼するぜ」
味方各機に確認のため通信。
『こちらT2。こっちも一時的に離脱しま〜す。終わったら迎えにくるから安心してね』
シイコも通信を送る。
帰りの移動手段でもあるT2が落とされるわけにもいかない。
『アキナとマリアが待ってますよ』
「それは楽しみだ。じゃな」
アキコの言葉を背に、ユウイチは操縦桿を握り締める。
2機のタウンゼントフェスラーは、逆の方角に飛び去っていった。
太陽が東から西の空に移動して数時間経った頃。
「お父さ〜ん!」 「パパ〜!」
「おっ」
輸送機から降りたユウイチは、日差しに目を細めながら振り向いた。
自分の娘たちの声がしっかりと聞こえたからだ。
見ると、2人の少女が一生懸命に駆けてくる。
「ははは」
あまりに微笑ましくて、ユウイチは笑った。
そして娘たちの方へ歩き出す。
走ってくる2人の後方にマコトとアカネが見えが、彼女たちはその場で待っているらしい。
「パパ!!」 「お父さん!!」
「おっと」
走ってきた2人が、ユウイチに抱きつく。
ユウイチは中腰になって受け止めた。
「パパ、会いたかった〜」
「お父さんの匂いです……」
「お前たちも元気だったか?」
「はい」 「うん」
話しながら、ユウイチは2人の背に腕を回して抱きしめた。
すると2人はぎゅっと抱きついて、ユウイチの肩あたりに頬をこすりつける。
小動物っぽい。
「よっ」
「「きゃっ」」
抱きしめたまま立ち上がる父親。
娘たちはいきなりの事に軽い悲鳴をあげた。
「2人とも少し会わない間に重くなったなぁ」
「む、お父さん。それは失礼ですよ」
「ん?何が?」
「あたしたちだってれでぃなんだから、重くなったなんて言ってほしくないな〜」
「悪い悪い」
苦笑交じりに謝罪して、2人を下ろす。
父として、娘たちの言葉に少しの成長を感じが、それが嬉しくもあり寂しくもある。
「全然悪いと思ってなさそうだね、マリア?」
「うん。何だかボーっとしてるし」
ユウイチから離れた2人は彼の前で会話を交わす。
娘たちの成長に思いを馳せていたユウイチは、その言葉で我に返った。
いかんいかんと首を振った彼は、父親とはいえまだ若い。
過去を懐かしむような歳でもないのだ。
「2人とも立派なレディーに成長して俺は嬉しいよ。……これで良いかな?」
それぞれの頭を撫でながら言い直した。
2人とも撫でられて嬉しそうだ。
「うん。それで良いよ。ね、アキナ?」
「うん。お父さん許してあげます」
「ははは。それは助かる。じゃあそろそろ移動しようか?マコトとアカネが待ち疲れてるようだしな」
ユウイチは顔の前に右手だけを立て、謝る仕草を2人に向ける。
アカネは苦笑し、マコトは軽く手を上げた応える。
気にするなという事だろう。
「じゃあお父さん、行きましょう!」
「行こう、パパ!」
娘たちが片方ずつ腕を引いて駆け出す。
「おいおい。そう引っ張るなよ」
「「早く早く」」
苦笑を浮かべたユウイチは、そのまま娘たちに手を引かれて歩いていった。
理想的な父と娘であると言えよう。
「暫く」
「元気そうね、ユウ」
「お前もな」
お互いに軽く笑う。
アカネは興味深そうに、娘たちは嬉しそうに、それぞれ2人の再会を見やる。
笑いあった2人は、パンと言う音と共にハイタッチを交わした。
「じゃあ行くか」
「そうね」
2人は基地内へ移動すべく、歩き出す。
「あの……」
「ん?」
「どうしたのアカネさん?」
声に反応して振り向く夫婦。
歩き出そうとした姉妹も足を止めた。
声をかけたアカネの顔には、彼女にしては珍しく若干の戸惑いが表れている。
「いえ、再会の挨拶はそれで終わりなのですか?」
「何かおかしかったかしら?」
「そうではないのですが……」
アカネはなんとも言いがたい表情を浮かべる。
何の問題もなさそうに答えたマコトに、自分の感性がおかしいのかと思ったのだ。
「マコト」
「何?」
「アカネは多分、俺たちの挨拶があまりにも簡単に終わったから拍子抜けしたんじゃないか?」
その通り。
アカネは夫婦の再会が簡単に終わりすぎたので驚いたのである。
彼女には、一般的な夫婦の再会はもっと感動的なのだろうという固定観念が存在していたようだ。
生憎と、この夫婦は『一般的な夫婦』のカテゴリーに属していなかったが……。
「そう言われてもね……。あなたとアキコならともかく、私とあなたは何時もこんなものだし」
「まぁな。始めて見たら素っ気無いと思っても仕方ないだろ」
マコトは人前で必要以上にベタベタする事はない。
仕事柄クールな性格なのである。
「そうなのかしら?」
「あの、すみません」
マコトに聞かれたアカネは、何故か謝ってしまう。
別に彼女が悪いわけでもない。
「謝らなくても良いんだけど。……そうね」
何か思いついたのか、1つ頷いて隣の夫に視線を向ける。
向けられた方も、何事かと視線を返す。
「ん?……ん」
「んっ。感動の再会って言うとこんなものかしら?」
『事』を終わらせて、マコトはアカネに尋ねてみた。
「…………」
「……わぁ」
「……さすがママ」
そのアカネは茫然自失状態で固まっていた。
逆にアキナは感嘆、マリアは感心といったような顔をしている。
「こうも簡単に唇を奪われるとは……不覚だ」
「…………はっ!」
苦笑したユウイチの声を聞いてアカネは元に戻る。
彼女はユウイチとマコトの口付けを見た所為で固まっていたわけだ。
口付自体はごくごく軽いものではあったが、いきなりの事で衝撃が強かったらしい。
「で、どうかしら?」
「は?」
「夫婦の再会ってあんなもので良いのかしら?」
「え、ええ」
「ふむ。1つ賢くなったわ」
したり顔で頷く。
アカネは勢いで同意しただけで、『夫婦の再会』なんて知らない。
彼女は結婚していないのだから。
「じゃ、行きましょう」
「ん」
「はい」 「は〜い」
母の号令で移動するアイザワ一家。
夫妻は軽く会話をし、姉妹は手を繋いで走っていく。
(何か違うような気がします……)
そんな4人を見ながら、アカネは釈然としないまま基地へ向かった。
「任務ご苦労。首尾はどうかね?」
「いいものを貰ってきましたよ。ジョナサンに感謝だな」
「テスラ研には私からも礼を言っておこう」
「カザハラ博士ね……。相変わらずなんでしょうね、あの人」
ユウイチとマコトと連れ立って総司令室に来ていた。
目の前には部屋の主が机の上で手を組んで座っている。
アカネと娘たちは今ごろは食堂で何か食べているだろう。
「少し前にアキコ君から連絡があったが、戦闘は無事終了。各機とも目立った損傷はないらしい」
「それは何よりだ」
「まったく」
全く表情を変えずに首肯マコト。
彼女の夫も心配していなかったらしく、当たり前の事と受け取っている。
「ま、少尉2人にはいい実戦訓練だったな」
「訓練とは雲泥の差があるものね」
「ああ。初の実戦の相手が無人機だったのも良かったな」
新人がいきなり有人機と戦闘になった場合、パニックになって戦闘にならない事もありうる。
人を殺す事になるかもしれないからだ。
その点では今回は都合が良かった。
「君を襲った機体は『エアロゲイター』のもので間違いないのだな?」
「間違いありませんね。5年前のあの機体です」
「そうか。最近やつらの活動が活発だと思ったが、こちらにも現れたか」
椅子の背もたれに体を預ける。
ノーマンは何か思うところがあるのだろうか?
「対エアロゲイター用の兵器を、研究・開発している場所によく出現すると聞きましたが?」
「そうなのか?」
「ええ」
知らなかったらしい夫に、軽く頷く。
「その通りだ。……そうか、君の前任地は極東だったな」
「はい。伊豆基地周辺に数回出現したらしい事は聞きました」
「伊豆か……。あそこには確か」
「うむ。あそこにはスペースノア弐番艦がある」
ノーマンはユウイチの言葉に頷く。
「まぁ、そう簡単に落ちる事もないだろう。向こうもまだ偵察段階のようだからな」
「そうですね」
「伊豆も簡単にはいかないでしょうし」
頷く2人。
現状で異星人に対するのは得策ではないだろう。
無人兵器しか送り込んできていないのだから。
「そこで、君たちに行ってもらいたい所がある」
「それは部隊としてですかね?」
「無論。あと数日で部隊の人員が全て到着するはずだ。それを待ってから発ってもらう事になる」
「ですが、足となる
マコトは疑問を口にした。
彼女の仕事は艦がなければ成り立たないので、この疑問は当たり前といえる。
「察しが良いな。君たちのためにあれを出す」
「「あれ?」」
疑問符を浮かべる2人。
「『プラチナ』だ。君らには馴染み深いだろう?」
「あれをですか!?」
マコトは嬉しそうな顔をする。
「で、目的地は?」
そんな妻の顔を見て口元をほころばせつつも、聞いておくべき事を聞く。
「目的地は南極だ。表向き『シロガネ』の竣工式と、EOTI機関の新型機動兵器のお披露目が行われる」
「表向き、ですか?」
「例の会見か……」
マコトは解らないようだが、ユウイチは気付いたらしい。
一転して苦い顔になる。
「中佐が知らんのも無理はない。その事は後で大佐から聞いてくれたまえ」
「了解です。後で教えてね?」
「ああ」
「それと、会見の事は尉官以下のものには極秘で頼む」
「了解。それで俺たちは何を?」
「軍としては会見を止める事はできん、悔しい事だがな」
「でしょうね」
例の会見とは、EOT特別審議会主導の和平交渉の事である。
そのバックには連邦政府の中枢、安全保障委員会がついている。
要はこの会見は政治の延長となっているのだ。
その所為で軍が会見を止める事ができない。
軍が政治に介入する事はシビリアンコントロールを乱し、民主主義世界である今の世を瓦解させる事に繋がる。
現状では見ている事しかできない。
「だがEOTI機関は違う。徹底抗戦派の彼らはこれを機に何か仕掛けてくるだろ」
「ですね……。それではEOTI機関の監視が任務ですか?」
「うむ。極東支部のSRXチームにも派遣を依頼した。場合によってはこれと協力してくれたまえ」
「了解しました」
「その後は追って指示する。頼むぞ」
「「了解!!」」
To Be Continued.....
後書き
1月経ちました。毎月20日更新と自分では決めてしまったり。もっと早く書ければアップしますが。
話がほんのちょびっとだけ動きましたかね?
今回は新キャラが3人。シイコはある方のリクエスト。上手く書けていると、いいなぁ……。
マコトは『憧れのお姉さん』の方です。どこかで見たことあるような性格でも、パクリでは無い事だけは明言します。
シイコと一緒に出した事でツッコミになってしまっただけです。
スパロボSSの割に戦闘シーンが少ないのでは?と悩んでいます。
一応ユウイチが主役なので、彼が絡まない戦闘はカットしているんですが。
同じ戦場にユウイチがいれば、他の人の戦闘も書きますけどね。
次回は南極に行く途中。
クルーも何人か新たに書かねばなりませんな。
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戦闘シーン増やせとかね。(笑