月が大地を照らす夜。
空には雲が流れ、時に厚い雲が月をそのヴェールで隠す。
その夜の闇の中を、かなりの速度で飛行する一団があった。
戦闘機らしい翼のある機体が10機に、それよりもかなり大きい人型のような機体が2機の集団だ。
夜だからかなのか、暗くて機体の詳細な形はわからない。
後部から発せられているスラスターの光が明るいため、機体がより見えにくくなっているためである。
その12機の集団は、一塊になったまま一定の速度で進んでいた。
『なんであんたが一緒に来るんだっての。監視でもしてるつもりかよ』
通信機から声が聞こえる。
集団の最後尾に位置していた人型の機体に、もう1機の方から通信が入ったのだ。
聞こえてくる声は、まだティーンも脱していない少年のものだった。
「そんなつもりはないが……。貴官には心当たりがあるようだな」
パイロットシートに座った男は、表情を変えずに応えた。
金髪に碧眼の美丈夫である。
微笑めば世の女性たちが歓声を上げるであろうその顔は、見事なまでに無表情だった。
『はぁ?なんで俺が監視されんだっての。俺は戦争って名のゲームを楽しんでるだけだぜ』
通信相手は心底不思議そうに喋る。
戦争をゲームと言うその感覚は、異常の一言に尽きるだろう。
その少年の声には、人を馬鹿にしたような嘲笑の響きも含まれていた。
「ならば監視ではないという事だ。私はこの機体の慣熟飛行をしているにすぎん」
通信相手の言動に眉をひそめた男は、相手に対する嫌悪の感情を抑えて通信を返した。
彼が無表情だったのは通信相手の所為だったらしい。
『それが気に食わねぇんだっての。なんで俺じゃなくてあんたがその機体に乗ってんだよ』
「そちらの総帥のご厚意だ。文句を言われる筋合いはないと思うのだがな」
『俺はアードラーのおっさんの直属なんでね。総帥の話なんて知ったこっちゃないっての』
少年の言動から察するに、男の機体の方が上位のもののようだ。
自分を差し置いてそれに乗っている男が気に食わないらしい。
話からすれば、少年はどこかの組織に属しているのだろう。
それにしては、話の内容は上官侮辱罪と取られて当然のものだったが。
「中尉。このままの速度だと、目標地点にはどれくらいで到達できそうだ?」
『は、はい……。約4時間ほどです、少佐』
金髪の男は別の人間に通信を入れる。
いきなりの通信で驚いたのか、中尉と呼ばれた男が動揺したような声で応えた。
「目標の反応は?」
『2時間ほど前に消えたままです』
『俺を無視するなっての!!』
先ほどの少年が、まるで癇癪を持った子供のように怒鳴った。
無視された形になったのが、よほど気に入らないらしい。
「この暗闇の中を不眠で探すのも骨か……。少し外れるが、ナイロビに基地があったと思うが?」
『はい。規模はそれほど大きくはありませんが……』
『てめぇ、無視するなっての!』
「補給はできるのだろう?」
まだ少年が怒鳴っているが、意識的に無視して話を続ける。
そうすると少年の怒鳴り声は更に大きくなった。
まるで幼子のようだ。
『それは問題ありません』
「燃料も大分減ってきた事だし、補給をしておくべきだな。反応が消えたのだから、向こうもこの時間帯は動かぬだろう」
『了解です。針路をナイロビの基地へ取る』
男の通信に返答した後、中尉と呼ばれた男は他の戦闘機に針路変更の命令を出す。
部隊の指揮官は中尉の彼らしい。
その彼が敬語を使っていた、少佐と呼ばれた男は何者なのであろうか?
『少佐! よくも俺を無視しやがったな!?』
「結果的に無視したことは謝ろう。しかし私は部隊の事を優先させたにすぎん。君個人に文句を言われる事は無いと思うが?」
『俺は無視されるのが嫌いなんだよ!』
「ならば次からは気をつけよう」
『ちっ! スカしやがって』
男はまともに取り合わない事を決めたようだ。
当たり前の対応と言える。
「それよりスピードを上げたほうが良いのではないのかな?」
『んだって?』
「他の機体は随分先に進んでいるのでね」
男の言うように、他の戦闘機は速度をかなり上げていた。
人型の2機はかなり引き離されている。
『ちっ!! どいつもこいつも』
悪態をついた後、少年の機体も戦闘機群を追従するように速度を上げる。
あっという間に遠ざかる機体。
(やれやれ……子供だな)
その様子にため息をつくと、男も操縦桿を強く握りなおした。
他の機体と同様に、自分の機体の速度を上昇させる。
「行くぞ!! 我が愛機トロンベよ」
スーパーロボット大戦 ORIGINAL GENERATION
Another Story
〜闇を切り裂くもの〜
第5話 動乱の兆し <前編>
スライド式のドアが空気の抜ける音を発し、ユウイチがブリッジに姿を現した。
席に着いている人間は、それぞれ仕事を全うしているようだ。
ちなみに、ブリッジは半円形の形になっている。
直径の部分−左右の端−にドアが2つ、半円の中心に艦長席、円周の部分には正面を臨んで3つのシートが存在していた。
正面には強化ガラスが一面に張られ、外の様子が見れるようになっている。
艦長席だけは段差のある位置に存在しており、ドア横の2つの階段を上る必要があった。
段差が無かったら、目の前に座る操舵手で前が見えなくなってしまうからだろう。
落下防止用の低い壁が、階段以外の部分には設けられていた。
現在は艦長席と真ん中の操舵席、右の通信士席に人がいる。
「様子はどうだ?」
声をかけながら、ゆるい階段を上って艦長席に向かう。
彼の手には袋が下げていた。
「異常なしよ」
「あ、大佐いらっしゃ〜い」
「…………」
ブリッジにいる3人から、それぞれ声をかけられる。
アカネだけは声を出さず、レーダーを見たまま軽く頭を下げた。
そんな彼女に苦笑しつつ、ユウイチは艦長席の左側に並ぶ。
ユウイチ・アイザワが司令を務める部隊は、ノーマンの命令通り南極へ向けて移動している最中であった。
現在はジュネーブから南下し、アフリカ大陸の中ほどに差し掛かっているところだ。
部隊の人間が3桁近くの大所帯となっているので、一行はノーマンの手配した戦艦で移動している。
さすがに輸送機で移動するには多すぎる人数だ。
その彼らが乗艦している艦の名を、プラチナと言う。
地球防衛計画の一環に『戦闘母艦開発計画』というものがある。
正式な計画名ではないのだが、スペースノア級と呼ばれる高性能の大型戦艦の開発計画がこれだ。
地球防衛計画とは、ATX・SRXの両計画も含む異星人に対抗するための計画であり、提唱したのはノーマン・スレイであった。
プラチナは、そのスペースノアの試作零番艦として新西暦180年に完成したのだが、その建造過程は若干複雑な道をたどっている。
本来この艦は、外宇宙探査航行艦『ヒリュウ』の次世代艦として完成するはずだったのだ。
プラチナ−当時は別の名で呼ばれていた−は、新西暦179年にはほぼ完成に至っていた。
しかし、『メテオ3』落下によるEOT技術の発見で、試験的に重力制御や推進関連等の中枢部にEOTを組み込む事となった。
これにより、従来の戦艦よりも航続距離が飛躍的に伸び、超長距離の宇宙航行法も可能となったのである。
非公式ながら、この艦の処女航宙は180年。
しかも冥王星外宙域へ単独で向かい、短い時間で地球へ帰還を果たしたのだ。
この結果を鑑み、戦闘母艦開発計画が実行に移される事となった。
同時にこの艦はプラチナと名付けられ、スペースノア級零番艦となったのである。
「ほい差し入れ。食堂でコーヒー煎れてもらったぞ」
「ありがと」
ユウイチは袋から紙コップらしきものを取り出してマコトに渡した。
艦長席に座っている彼女は、当然艦長である。
司令はユウイチだが、彼はパイロットが本業だ。
「お前はミルクだけだったな」
「そ」
マコトはミルクが入った小さいカップを開け、蓋を取った紙コップに流す。
コーヒーらしい褐色の液体が見えた。
湯気が立っていないので、アイスコーヒーなのだろう。
蓋を閉め、中心の穴にストローを入れて一口啜る。
「ん。美味しい」
「それは何よりだ」
軽く微笑んだマコトに頷く。
自分で煎れたものではないとはいえ、持ってきたものが美味しいと言われれば気分も良くなる。
「教え子の2人はどうしたの?シミュレーターやってたらしいけど」
「今日の分は終わったからな、今ごろ部屋で寝てるんじゃないか?」
その頃マイとサユリの自室では……
「教官厳しい……」
「そーだねー」
「これで78戦全敗…………」
「勝てないねぇマイ」
「次は勝つ…………つもりでやる」
「あ、あははー」
ベッドに倒れ込んだままの2人の間で、このような会話が行われていた。
数分後には寝息が聞こえるようになる。
「彼女たち、何で2人で1室にしたのかしら?」
「さぁ?」
マコトの疑問ももっとも。
何故なら士官クラスの人間は1人1室にする事が可能だからだ。
アイザワ一家は3部屋をぶち抜いて住んでいるが、それは家族なので例外である。
普通なら1人で1部屋を広く使いたいものだろう。
「取り敢えずそれは措いて、残りも渡すか」
マコトとの話もそこそこに、次に渡す人間を選ぶ。
せっかく持ってきたのだから早く渡すに限る。
一瞬どちらから行こうかと考えたユウイチは、艦長席の後ろを回って最初と逆の階段を下りた。
現在ブリッジにいる人間は4人。
ユウイチを除くと艦長のマコトと操舵手のシイコ、通信士のアカネである。
戦艦のブリッジ要員としては少ないが、ブリッジの必要最小限の人員は満たしているので問題は無い。
マコトの副官であるシイコが、操舵手を兼任している事が問題と言えなくもないのだが……。
ユウイチは、階段を下りると最初にぶつかる席へと歩を進めた。
アカネが座っている通信士用の席だ。
本来なら、通信・索敵・火器管制を分担して行うため、戦艦にはオペレーターが2人以上必要である。
しかし、オペレーターはアカネ1人しかいないのが現状。
その手の仕事を一手に担っているアカネは、ある意味艦長よりも大事な人間と言えなくもない。
「アカネもコーヒーで良いよな?」
「構いませんが、他に何かあるんですか?」
「いや無いけどね」
「じゃあ選択の余地がないじゃないですか」
「まぁな」
アカネの後ろで苦笑を浮かべる。
彼女は計器から目を離さなかった。
ユウイチも後ろからちょっと覗いてみるが、レーダー圏内には他の機影は見えない。
「はいよ」
ミルクとシロップを自ら混ぜてアカネに渡す。
マコトの時と態度が違うが、それは2人の仕事の差である。
戦闘時以外割とフリーなマコトと違い、アカネが仕事を中断するわけにもいかない。
本当なら、少しくらいレーダーから目を離しても問題ないのだ。
事実、レーダーを見続ける事に飽きてサボるオペレーターは少なくない。
アカネはプロとして当然だと言って目を離すことはないが。
「ありがとうございます。……少し苦いです」
「はぁ? シロップ2つ入れてあるんだぜ?」
ユウイチからは見えないが、かなり苦そうな顔をしているアカネ。
夜なのでそれなりに濃い目に煎れてもらったのだが、普通の人なら若干甘く感じるはずだ。
「アカネは筋金入りの甘党だからね〜。もう2つくらい入れないとダメダメ」
「さすがシイコですね。その通りです。」
左の席からシイコが楽しそうに話し掛ける。
それを聞いて何だか変な顔をするユウイチ。
嫌いではないのだが、彼は甘いものが苦手な男だ。
「へへ〜ん。アカネの事ならシイコさんに任せなさい。なんたって愛してるからね〜」
「やはり百合ね」
「そこっ! 五月蝿い」
「もしかして私に言った?」
「いっ、いえ、そんな事はないデスヨ?」
チャチャを入れるマコトに、つい振り返って反応してしまったシイコ。
マコトに見つめられて一瞬で目をそらす。
シイコの脳内には、マコトに逆らえない事がインプットでもされているのだろうか?
「……カップ貸してくれ」
「はい」
アカネからカップを受け取って、シイコに言われた通りシロップを2つ追加する。
神妙な顔でシロップを注ぐユウイチ。
少し容積が増えた液体を、しっかりとストローでかき混ぜる。
「完成」
「……ありがとうございます」
カップを渡そうとするが、相変わらず計器から目を話さないので、コンソールの上にカップを置く。
アカネは軽く頭を下げた。
無論前を向いたままだが。
「今度はどうかねアカネ君?」
「何ですか、その呼び方は」
「いいからいいから。ささ、グイっといっとくれ」
「……わかりました」
ストローに口をつける。
その様子を固唾を飲んで見守るユウイチ。
第3者が見たら何事かと思うだろう。
「今度は丁度いいです」
「そ、それは良かった。じゃ、じゃあ次へ」
アカネの合格を取り付けたユウイチは、オペレーター席を背に歩き出す。
甘いものが苦手な彼にとって、あのコーヒーは敵にしかならないようだ。
「もう少し甘くても良かったのですが」
「……」
背中から聞こえた言葉は黙殺する。
彼の脳内には、『ツッコミを入れる』『聞かなかった事にする』の選択肢が一瞬にして出現したに違いない。
『聞かなかった事にする』を選んだようだが、違う方を選んだらどうなっていただろうか、気になるところである。
「ようこそいらっしゃいました」
H形のハンドルのような操縦桿−昔の船にあった舵輪ではない−を握ったまま、顔をユウイチに向けるシイコ。
セリフにあわせて頭も下げていたりする。
「挨拶は良いから前を見なさい」
「俺もそう思うぞ」
真後ろの艦長席から叱責が飛ぶ。
その注意にはユウイチも同感だった。
「ほいほい」
幸い前方に障害物はなかったが、あったらえらい事になっているだろう。
舵手の不注意で墜落なんて笑い話にもならない。
シイコも確認してから顔を離しているのだが、見ている方は心臓に悪い。
「で、お前さんはどうすんだっけ?」
「むむ? 着艦したら寝ますけど?」
「素でやってるのか、わざとボケてるのか……」
ユウイチにとっては悩みどころだ。
ツッコミを待ってるのかどうか、対応に困る。
「今のは素ね。シイコは少し頭の弱いお嬢さんだから」
「うわっ、酷っ。先輩酷すぎ」
マコトがツッコミを入れる。
対応に困っているユウイチを助ける恰好になったが、もしかしたらッコミを入れたかっただけなのかもしれない。
「……冗談よ」
「間は?今の間は何?」
「じゃあ冗談」
「じゃあって何ですか?じゃあって」
「あなた注文細かいわね」
「先輩の所為ですよぉ」
「私の所為……いい度胸ね」
そこまで会話してから2人ともストップする。
双方苦い表情だ。
今の漫才だが、傍から見ると結構滑稽だった。
2人とも前を見ていたので、視線をあわせて会話をしていないからだ。
「…………このオチもマンネリね」
「……そうですね。あ、こりゃどうも」
シイコは右手でコーヒーを受け取った。
漫才中ユウイチはコーヒーを作っていたらしい。
あの漫才を
(なんか複雑だなぁ。……あ、美味しい)
芸人として漫才をスルーされたのは悲しかったが、コーヒーが美味しかったので気にしないシイコであった。
「ユウイチ」
「ん?」
空いているオペレーター席に座っていたユウイチに、マコトが声をかけた。
シイコにコーヒーを渡した後、自分の分のコーヒーを飲んで一服していたのである。
無論ユウイチのコーヒーはブラックだ。
「あの子達はどうしてた?」
「ん。……丁度アキコが寝かしつけたところだったな」
宙に視線を向け、少し考えてから答えた。
娘たちの様子を思い返したのだろう。
「そう」
相槌を打った後、腕時計を見る。
「もう9時過ぎだものね、さすがアキコだわ」
大人にはまだ早い時間だが、幼児である彼女たちには十分遅い。
そこらへんはしっかりしている夫婦だ。
「しかし一緒に乗せてしまって、本当に宜しかったのですか?」
「だよねぇ。一応この艦も軍艦だし」
アカネとシイコが夫婦に質問してきた。
いくら本人が一緒に行きたいと言ったとはいえ、幼い子供を軍艦に乗せることに抵抗があるようだ。
当たり前の思考だろう。
「まぁ俺たちもホントなら乗せたくないんだが……」
「かといって他に世話してくれる人もいないのよねぇ」
ユウイチもマコトも、幼い頃両親を飛行機事故で亡くしている。
アキコも含めた3人の保護者は、アキコの父であるダイテツであった。
一応日本にはアキコの妹がいるのだが、彼女はまだ高校生。
幼児の面倒を見れるはずもない。
「まぁ戦闘中は安全なところに預けておくから大丈夫よ」
「乗せる以上、仕事もしっかりとさせるしな」
あっけらかんと言う2人だが、その目は真剣そのもの。
異星人との戦闘などで戦禍にさらされるなら、自分で護れるところに置いておきたいのかもしれない。
少なくとも同じ艦に乗っているなら目は届くはずだ。
「お2人がそこまで言うなら良いのですが……」
「この艦が落とされなければいいことだしね〜」
アカネは無理やり納得させたようだ。
最終的には家族間の問題なので、他人がどうこう言う事ではない。
将来的にどうこう言える立場に立つ事はありえるが……。
逆にシイコの態度は軽い。
事実落とれなければ何とかなる可能性が高いのも確か。
「その通りよシイコ。あなたの責任は重大だという事を理解しなさい」
「私っすか?!」
思わず振り向く。
マコトのセリフに看過しえない匂いを嗅ぎ取ったたからだ。
即ち、何かあれば自分に返ってくると。
「舵を取ってるのはあなたでしょう?」
「いやまぁ、それはそうですけど」
「娘たちに何かあれば…………」
「……あれば?」
ゴクリと唾を飲み込んでマコトの口元を注視する。
後ろを向いたシイコに代わって、前方を警戒するユウイチ。
何かあれば即座に横から手を出すだろう。
「……ふっ」
「ああ!? 何ですかその笑い。滅茶苦茶怖いじゃないですか」
マコトが浮かべた、唇を吊り上げただけの笑いは確かに怖い。
シイコには一瞬目が光ったようにさえ見えた。
(な、何かあれば
恐怖を胸に元の姿勢に戻る。
彼女の先輩は、言った事は必ず実行するタイプの人間なのだ。
それを今までの経験から知り尽くしているシイコは、決意も新たに操縦桿を握りしめた。
「……くく」
「何笑ってるのかなぁ〜?」
「いや、何でもないぞ」
殊更強く操縦桿を握ったのを見て笑うと、ユウイチはシイコにツッコまれた。
シイコは、ユウイチには敬語を使わない。
数年前ユウイチ自身に必要ないと言われた事と、2人はそんな事を気にするような浅い関係でもないからだ。
「さて。……ユズキ大尉、危ないから前を向け」
「あーい」
顔の半分を自分に向けていたシイコを
底に残ったコーヒーを、ストローでズズッと吸い出す。
「あと何分ほどで目的地に到着するんだ?」
「このペースだと……40分ほどですね」
質問にはアカネが答えた。
現在この艦は南極に向かっているが、そこまでは一日で到達できる距離ではない。
不眠不休で移動しようにも、ブリッジクルーが絶対的に足りていない今では不可能だ。
本来夜を徹して航行する場合、複数の舵手及びオペレーターが交代で艦を飛ばす。
航行中、艦のエンジンを見ている機関士も徹夜となれば交代する必要がある。
人間は機械ではないので、休息なしでずっと起き続けている事は出来ない。
よって交代の利かない彼らは、夜になると適当な基地に寄航するのである。
幸い、南極で行われる竣工式とお披露目の日程まで時間があるので、心置きなく休めるのだ。
「まだ時間あるな。……少し他のとこ見てくるか」
「私も行こうかしら」
「え〜。2人そろって私たちの事捨てるんですか?」
「大佐はともかく、本気なら艦長は非情です」
席から離れられない2人が、揃って異を唱えた。
シイコはユウイチに顔を向けて、口からうるうると擬態語を発していたりする。
お遊びで口を出したシイコに対し、アカネは真剣なようだ。
相変わらず前を向いたままだが、その背中からはプレッシャーが感じられる。
「じょ、冗談よ」
「本当ですね?」
「ホント」
「なら良いです」
「おぉ。アカネが先輩押し切った。やる〜」
アカネのプレッシャーに圧されたのか、マコトがブリッジからいなくなる事態は回避されたようだ。
シイコがユウイチからアカネに顔を向け、軽く口笛なんか吹きつつ賛辞を送る。
マコトは若干しっかりと艦長席に座り直したりしていた。
(甘いなシイコ君)
シイコが目を離した隙に、ユウイチはドアの前に立つ。
「んじゃ俺は他を見まわってくるわ」
「ああっ!! 薄情者〜」
「聞こえんなぁ。はっはっは」
シイコの声を聞きつつ、高笑いを上げながら去っていくユウイチであった。
「なかなか壮観だな」
格納庫に並んだ5つの機体を前に、ユウイチは感想を吐き出した。
機体の周りでは、整備員らしいツナギ姿に帽子を被った人間が動き回っている。
「ご苦労さん」
周りにいた整備員に労いの言葉をかけていく。
かけられた方も、会釈したり帽子を上げたりして返してくる。
「おう。隊長じゃないか、どうしたんじゃ?」
「ん?マーク爺さんか」
横手からかけられた声に反応して右を向くと、そこには白髪の老人がいた。
この艦の整備主任を務めている、マーク・フリント准尉である。
整備員一筋55年の大ベテランで、日頃から整備に命をかけていると豪語する猛者だ。
PTが軍で使われるようになると、開発元である月のマオ・インダストリー社に出向し、整備のノウハウを学んだという逸話まである。
「娘たちは一緒じゃないのか?」
「もう寝てるって」
「そうかい……」
彼は姉妹が始めて格納庫に訪れた時以来、目に入れても痛くないほど可愛がっているのだ。
「で、どうしたんじゃ?」
気を取り直して尋ねる。
明日になれば会えると思い直したようだ。
「到着まで時間があるからな。愛機の様子を見ようと思ってね」
「ほぉ、そいつは感心じゃのぉ」
目線を自分の機体へと向ける。
ユウイチのゲシュペンストは、5機の一番右端に存在していた。
最初に出撃させるための配慮だろう。
「爺さんの目から見て、俺の機体はどうだ?」
「いい機体じゃ。お前さんが大事に使ってるのがよく分かるわい」
「そうか」
ユウイチは笑った。
そう言われて嬉しくないはずがない。
改修を重ねているが、ユウイチにとって大事に扱ってきた愛機なのだから。
「お前さんが持ってきたっていうパーツじゃがな」
「パーツ?」
隣り合って機体を見たまま、マークが思い出したように話し出した。
ユウイチは何の事だか忘れたのか、首をひねる。
「ドライブユニットと何とかリンクシステム……じゃったか?」
「ああ。T−LINKシステムの事か」
「そう、それじゃ。あれはお前さんの機体に取り付けて良いんじゃな?」
「そうしてくれると助かる」
「そうか。……少し時間がかかるぞ?」
若干思案した後、マークはそう言った。
その言が気になったのか、ユウイチは視線を彼に向ける。
2人の身長差が10センチほどあるため、ユウイチが見下ろす形となって話は続く。
「何か問題でも?」
「ちょいとな。現行のPTは、お前さんの乗るゲシュペンストが基になってるは知っとるじゃろ?」
「それは勿論」
「今回のネックはそこじゃ。最新の機体用のパーツじゃから合わん」
「あぁなるほどね」
全てのPTは、マオ・インダストリー社によるゲシュペンストを基に開発されている。
別系統−テスラ研−で開発されたグルンガストシリーズもまたしかり。
これらの機体は、フレームなど初代ゲシュペンストからあまり変わっていないため、パーツの流用が利くのだ。
しかし機体各部は改善されているので、最新機用のパーツを昔の機体に流用する場合は調整が必要になる。
その為に少し時間がかかるとマークは言っているのだ。
「問題ないさ。時間がかかるって言っても、南極までには終わるだろ?」
「当たり前じゃ。儂にかかれば造作もない事じゃよ」
爺さんは、かっかっかと声を上げて笑う。
この問題が数時間後に祟る事になるのだが、神ならぬ身の2人には分からなかった。
「頼もしいぜ爺さん」
「うむ。任せておけ」
からからと笑う。
そんなマークに、周りの人間は仕事してくれと目線で訴えていた。
「ん?」
「どうしたよ、ユウイチ」
マークと2人で話を続けていると、ユウイチが何かに気付いた。
目線が移動し、やがてある1点で留まる。
「あそこか……」
「ん〜?」
ユウイチの目線を追い、マークも補給物資が入ったコンテナの一角に目を留めた。
座っている男と、時たま歓声を上げる2人の少女が見える。
周りの人間が働いている中、遊んでいるようにしか見えない彼らは異彩を放っていた。
「……何をやってるんだ?」
「ありゃあ、何時ものアレじゃな」
3人の顔は分かるのだが、始めて見たユウイチには何をやっているか分からなかった。
彼とは違い、傍らの老人は得心したようだ。
言葉通りならば、毎度の事らしい。
「爺さん知ってるのか?」
「人形劇……と本人は言っとったな」
「人形劇だぁ?」
思わずマークの顔を凝視してしまうユウイチ。
軍艦で人形劇を見る事などあろうはずもないので、当然の反応だろう。
「ああ。男の方が人形を動かしておってな。あの女の子2人は観客じゃよ」
そう言われて視線を戻す。
ユウイチは意識的に無視していたが、彼らの服装からして軍艦の乗組員らしくない。
男は黒い長袖のシャツとジーパンだし、少女たちは更に変だ。
青い髪の少女はナース服。
黄色い髪の少女はどこかの学校の制服らしいモノを着ている。
格納庫に似つかわしくない事おびただしい。
「…………服に対するツッコミは止めておこう。頭痛くなりそうだし」
「賢明じゃ。儂も格納庫にあの服装はどうかと思うとるところじゃ」
「格納庫は爺さんの管轄だろう?何とかしろよ」
「本来あの子達は格納庫にいる人間じゃないしのぉ」
2人揃ってため息を吐く。
2人とも同じように頭を押さえている様子から、案外似たもの同士かもしれない。
「ナース服を着た女の子はカノだろ?医務室の」
「ん?カノ嬢ちゃんを知っておるのか?」
「ああ。彼女の姉とは色々とね」
チラっと隣を見てから片目を閉じる。
マークも心得たもので、その仕草から何があるのか理解したようだ。
「……お主の女性関係も派手じゃの」
「昔の爺さんはもっと派手だったって聞いたが?」
「かっかっか。儂の若い頃の事は…………内緒じゃ」
案外どころか、正真正銘似たもの同士だったようだ。
「ってそれは良いとして、カノ以外の2人は始めて見る顔なんだが。……乗員名簿にも無かったはずだ」
「覚えとるのか?」
「勿論。部隊を預かる身としては当然の事だし」
さすが司令と言うべきか、ユウイチは乗員の顔と名前を覚えているようだ。
「男の方はユキト・クニサキ、嬢ちゃんの方はミスズ・カミオと言うんじゃ。……あの2人は儂が乗せた」
3人−正確にはカノ以外の2人−を見ていたマークがポツりとこぼす。
目線の先では、カノとミスズが手を叩いて歓声を上げたところだった。
「……そうか」
「なんじゃ?文句は言わんのか?」
「俺も娘を乗せてる身だしなぁ」
「そうじゃったの」
ユウイチは苦笑して頭を掻く。
確かに公私混同しているユウイチがどうこう言えるものではない。
「一応、隊長として理由くらい聞いておく権利はあると思うがね?」
「……そうじゃな」
そう言ってマークは話し出した。
ミスズは、軍人である母と居候のユキトと3人で暮らしていた。
マークは彼女の母と同じ基地の同僚で、何回かミスズとユキトに会って事があったらしい。
あくまでも数回会っただけで接点もあまり多くないマークを、2人が訪ねてきたのが今から1週間前。
何事かと尋ねると、ミスズの母が何処かへ行ったまま帰らないらしい。
詳しく聞いてみると、マークを訪ねる更に1週間ほど前に、ミスズの母は書置きを残して出かけていたようだ。
その書置きは主にユキトに宛てたものらしい。
捜していた人間の居場所がわかったから殴ってくるという事や、数日で帰ってくるからミスズを頼む等と書かれていた。
読ませてもらったマークもそれは確認している。
書置きを見た当初は、2人とも直ぐ帰ってくると思って安心していたらしい。
実際軍人であるミスズの母は、軍務で何日か家を空ける事があったからだ。
しかし、外出から6日後。
夜半過ぎに母から掛かってきた電話で、ミスズたちの予想は覆される事になる。
『しばらく戻れなくなった。理由は聞かないでくれ』
電話口で母はそう言ったらしい。
ミスズがいくら理由を聞いても答えてくれなかった。
「で、軍務かと思って爺さんとこに聞きに来た、と」
「そうじゃ」
「女でパイロット、それに苗字がカミオねぇ。……それって極東支部のハルコ・カミオ大尉だよな?」
「知っとるのか?」
「まぁ連邦で女のパイロットって珍しいからなぁ。特に大尉以上は片手で数えられる」
「それもそうじゃな」
地球連邦軍は、士官学校を卒業すれば男女どちらでも少尉の階級からスタートする。
しかし大抵の女性パイロットは、退役するまで少尉か中尉で終わり、
同期の男性パイロットより戦果を上げても、女性パイロットの出世は遅い。
不当に出世が阻まれるのは、未だに女性蔑視の思想が残っているからだろう。
そんな連邦とは逆に、コロニーの治安を守っているコロニー統合軍は、連邦と違って完全実力主義である。
理由として統合軍の編成が数年前と新しく、総司令官に就任したマイヤー・
彼は性別を抜きにして、有能な人物を重要なポストに就けた。
無論完全に有能な人材のみで編成されたわけではないが、連邦軍より風通しの良い組織体系が形作られている。
「結局なんであいつらは乗ってるんだ?」
「う、うむ。儂が次の仕事で各地を転戦すると言ったら、一緒に行って母を捜すと言い出してのぉ」
「……爺さんの所為かよ」
「面目ない」
ばつが悪そうに下を向く。
彼が極秘任務の内容を知っていたのは、下士官のまとめ役たる准尉だからである。
下士官にとって彼は、ある意味ユウイチより偉い人間なのだ。
「仕方ないなぁ。ちゃんと仕事だけはさせてくれよ?」
「それは勿論じゃ。ユキトは整備員の手伝いをさせておるし、嬢ちゃんは食堂で妻たちの手伝いをさせておるからの」
彼の4人の妻は、食堂で乗員の食事を作っている。
所謂食堂のお婆ちゃんだ。
「なら良いさ」
「すまん。恩に着る」
「母親に会いたいって気持ちもわかるしな」
少し寂しそうに笑った。
彼は母親に会いたくても会えない。
「じゃ、ちょっくら話してみるか」
「うむ。そうしてくれ」
ユウイチは3人の方へと歩き出す。
マークはそんな歳若い大佐を見ていたが、部下の整備員に呼ばれて機体の方に向かった。
「これは……」
ユウイチの目の前では、人形が歩いていた。
男が上から手をかざしているだけで、上から糸で吊った様子もない。
(超能力の類か?)
ユウイチの思ったように、テレキネシスで動かしていると思えなくもない。
しかし凄いのはそこだけ。
人形劇として観るなら面白さは感じないだろう。
両足を交互に動かし、ある程度歩いたらターンしてまた歩く。
……それだけである。
劇にさえなってない。
つまり……
「面白くねぇ」
と言うのが世間一般の人間の認識になるだろう。
実際観客の少女たちも、人形を動かしているユキトの真剣な顔を見て歓声を上げている。
「なんだと……」
しかし劇を行っているユキトにすれば、ユウイチの一言は看過しえない言葉だろう。
何かを言うべく立ち上がると、人形も力が伝達されなくなったのか倒れた。
そんなユキトの様子に、ユウイチの前にいたカノとミスズも後ろを向く。
「面白く……」
「ああっ!! ユウイチさんだぁ」
何事か言おうとしたユキトを遮って、カノが声を上げる。
セリフを途中で遮られたユキトは、ユウイチを指差して口をパクパクとさせたまま固まった。
「俺のに――」「おお、ユウイチさんだぞ。久しぶりだなカノ」
「無視す――」「もぉカノりんって呼んでって言ったのに」
「……」「悪い悪い。久しぶりだなカノりん」
苦笑しつつもカノに合わせる。
カノは全く意識せずにユキトの言葉を遮っていたが、ユウイチはわざとだったらしくニヤリと笑った。
「うん。久しぶりだよぉ。ユウイチさんが最近会いに来てくれないから、お姉ちゃん機嫌悪くって困るんだよぉ」
「そうか? そいつは悪いな。まぁ、今は同じ艦内に住んでいる身だからすぐ会える。大丈夫だろ」
「そうだね」
うんうんと頷く。
姉の機嫌が良くなるに越した事は無い。
自分の好きな男の子が、姉に苛められなくなるから。
「ところで、隣の子はカノの友達か?」
「うん。この艦に乗ってからお友達になったんだぁ。ミスズちんって言うんだ」
そう言って隣でユキトをつついているミスズを紹介する。
無視され続けたユキトは俯いて座っている。
しかも体育座り。
……哀愁漂ってます。
「あ、わたしミスズ・カミオって言います。よろしくお願いします」
そんなユキトをうっちゃって挨拶をする。
結構容赦ない少女なのかもしれない。
「俺はユウイチ・アイザワ。名前で呼んでくれちゃって良いぞ」
「はい、ユウイチさん」
「うん、礼儀正しい良い子だねぇ。おじさん感心した。飴をあげよう」
ズボンのポケットから飴を取り出すと、2つをミスズに渡す。
この男、娘たち用の飴を常備していたりする。
「わ、ありがとう」
「あーずるい。あたしにも頂戴?」
「おお、構わんぞ。おじさんは沢山持ってるからな」
もう1つ飴を取り出し、カノに手渡す。
それよりも、おじさんって発言にはツッコまないのだろうだろうか?
彼女らとはそう年も離れていないのだが。
「ありがとー」
「どういたしまして」
「君に渡した内の1つは、そっちの男にあげてくれ」
「はーい」
「んじゃ俺は行く」
ミスズの元気の良い返事を聞いて歩き出す。
少し歩くと、思い出したように声をかけた。
「ユキト君と言ったかな。彼が現世に復帰したら言っておいてくれ
「なんてですか?」
「あれじゃあ人形劇じゃなく、人形歩行だと。劇になってないってな」
「了解だよぉ。あたしとミスズちんが飴のお礼に伝えておくよ」
To Be Continued......
後書き
1月経ちました。20日よりちょっとだけ早くアップ。
後編は20日に上げられると思うので、ご安心を。
前後編併せて、並SSの3〜4話分は軽くありますので、楽しんでいただけたら幸いです。
実はこの話 (後編含む)、製作してる時結構悩んだんですよ。
戦闘シーンがまともに書かれてないスパロボSSが多くて、それを必死に書いてる私はアホじゃないかなぁとか思ったり。
その戦闘シーンが下手だなぁとか悩んだりね。(笑
AIRから3人(名前込みだと5人)出ました。
これでやっとあれとのクロスだと堂々と言えます。
ユキトが整備責任者でも良かったんですが、ああいったものは経験だろうと思いオリキャラを出しました。
今後こんな感じでオリキャラ増えるでしょう。(中枢じゃないとこ
問題ないですかね?
ご意見ご感想があればBBSかメール(chaos_y@csc.jp)にでも。(ウイルス対策につき、@全角)
オリキャラダメだとか良いとかね。