夢
夢を見ている
過去の記憶
懐かしい人
「殿下はやめてくれ。……良かったら、私の友になってくれないか?」
「……ああ、よろしく」
緑の髪の、気さくな王子。
「ねぇねぇ、地上の機械ってどんなのがあるの?」
「そんなに機械が好きか?」
双子で、機械好きの姉王女。
「…様って、とても素敵でございますわよね?」
「文法が変だぞ……」
双子で、どこかズれた妹王女。
「私はね、ユウイチ。何者にも縛られない自由を愛しているのですよ」
「そう生きられたら良いな」
風のように捉えどころの無い大公子。
「これが私の最高傑作の設計図なの」
「鳥みたいだな」
少し年上の青い髪の女性。
少しだけど家族を感じた日々
ずっと一緒にいられたら良かった
でも
俺には待っていてくれる人がいたから
別れた
「…………夢、か」
眠っていたユウイチは、覚醒するとゆっくりと目を開けた。
映ったのは明かりの消えた天井。
自分の腕を枕に寝ているマコトに気をつけながら目線を下げると、3時を差した壁掛け時計を確認する。
「地底世界……か」
目を閉じて呟いた言葉は、宙に消えていった。
スーパーロボット大戦 ORIGINAL GENERATION
Another Story
〜闇を切り裂くもの〜
第7話 過去を想起させるモノゴト <前編>
無人の通路にコツコツと靴音が響く。
非常灯の明かりを頼りに、ユウイチは艦内を歩いていた。
同じベッドのマコト、隣で寝ているアキコと娘達を起こさぬように、部屋を抜け出たのだ。
服装は、寝間着替わりのシャツとスラックス。
少し寒そうにしている。
何回か通路を曲がり、1つの扉の前で歩みを止めた。
ドアの前に立ってみるが、開く気配は無い。
昼間なら自動で開くドアも、この時間ではさすがに開かないようだ。
(普通開かんわな)
ドア横のスイッチを押し、対面の壁に寄りかかってドアが開くのを待った。
「……君か。まぁ入ってくれ」
数分後、ドアが開き、白衣を着た眠そうな女性が姿を見せた。
ユウイチは彼女の言葉に従って部屋へと入る。
ドアの上には、医務室と書かれたプレートが掲げられていた。
「こんな時間に何の用だ?」
向き合って座った後、女性は話しかけた。
彼女の前に机がある事から、診察中の医師と患者のような印象を受ける。
2人の手にお茶の入った湯呑みがあるので、あくまでも診察中のような『感じ』であるが。
ちなみにお茶は女性が手ずから入れたものだ。
「悪いヒジリ。ちょっと聞きたい事があってな」
「聞きたい事?」
「ああ」
「君は自己の欲求を満たすために私を起こしたのか……」
「ホントすまん」
目の前で手を合わせ、軽く頭を下げる。
その様子に女性は軽くため息を吐いた。
彼女はヒジリ・キリシマ軍医少佐。
白衣姿が示す通り、彼女はプラチナの艦医を務めている。
黒に近い藍色の長い髪に、シャープな顔立ちをした整った顔。
ユウイチより1つ年上で、カノ・キリシマの姉にあたる人物だ。
「君以外だったら切り刻んでいるところだぞ」
軽く手を振ると、人差し指と中指の間にメスが出現した。
擬音にするとシャキーンだ。
どこに仕込んでいたのだろうか?
「俺は特別なんだ?」
「ま、まぁな」
「ありがと」
「う、うむ」
にこりと笑って礼を言うと、ヒジリは顔を赤くした。
照れ隠しなのか、湯呑みをくるくると回す仕草がなかなかに可愛らしい。
「ではなく! 聞きたい事というのは何だ?」
「話を逸らしたな」
「それは良いから」
「はいはい。顔真っ赤にして可愛いねぇ」
「ユウイチっ!」
「オーケー解った。解ったからメスを下ろしてくれ」
喉に突きつけられたメスを見ても動じない。
苦笑するだけで済ますのは、ある意味見事。
2人のコミュニケーションのようなものだからだろう。
「話ってのはな、夢を見たんだ」
「夢?」
「ああ。過去の事なんだが、もう2度と会えないと思った人間たちを夢に見た」
「捨てた女か?」
「……何故そうなる」
「胸に手を当てて考えてみるといい」
ユウイチはふむ、と一声上げて手を当てた。
…………ヒジリの胸に。
医務室には何ともいえない空気が流れる。
「……私の胸ではないのだが?」
数秒の沈黙の後、ヒジリが口を開いた。
直ぐに手を放すユウイチ。
2人が2人とも全く表情に変化が無い事から、関係が推し測れようものだ。
「冗談だ。でも俺は女性を捨てた事は無いぞ?」
湯呑みから茶を啜る。
事実ユウイチは関係を持った女性と別れた事は無い。
未だに全員と付き合いがあったりする。
……その全員が同じ艦に乗っている事は、驚嘆に値する事だが。
「ふむ。……では捨てた男か?」
ユウイチと同じく、湯気の立つお茶を啜ったヒジリが再度尋ねた。
普通する質問ではないが、その顔は素のままだ。
「男……男ねぇ」
「……まさか捨てた男が存在するのか?」
湯呑みをクルクルと回し、残ったお茶に視線を落とす。
そんな様子で何か考え込んでいるユウイチに、ヒジリは抑揚の無い声をかけた。
表情は相変わらず動かないが、先ほどより雰囲気が硬くなったように感じる。
「そう、あれは10年前近く前」
「ホントにいるのか……」
ヒジリは無表情を崩し、何かに裏切られたような表情を浮かべる。
そんな彼女をチラりと見やり、ユウイチは先を進めた。
「俺達は士官学校入学を前に、両親の墓参りに行っていた」
「愛した男が男色家だったなど、これは由々しき問題ではないのか……」
「帰る段になり、マコトやミナセ家の人間と分かれて帰宅の途についた俺は、そこで行き倒れたガキを見つけた」
「……マコト。そう、マコトはこの事を知っているのか? アキコもだが」
上を向いて独白するユウイチと、下を向いてブツブツ呟いているヒジリ。
何も知らない人間が見るば、何が何だかわからない状況だ。
ユウイチは措いといて、ヒジリの方は普通に怖い。
何と言うか、関わり合いにならないように避けていかれそうである。
「俺はそのガキに。…………おい、ヒジリ」
「問題は娘2人だ。実の父親がこんなのだと知れれば、情操教育上良くないに決まっている」
「ヒジリさ〜ん」
「ここは私と彼女達の為に、いっそ洗脳するのが良いか? 実験は当然クニサキ君に……」
ヒジリの様子を見かねたユウイチが声をかけるも、自分の世界にいるのか反応が無い。
自分の世界に浸った彼女の口からは、かなりやばいプランが出そうになっていたりもする。
「……おりゃ」
業を煮やしたか、ヒジリの頭に軽くチョップを入れる。
女性に向けてなので、当然手加減済み。
そのスピードはゆっくりだ。
「む」
下を向いてたヒジリに上からのチョップが見えるはずもなく、しっかりと叩かれる。
反動で落下した顔は、持っていた湯呑みに当たる寸前に止まった。
結構危なかったのか、激しく波立った湯が少しだけ床にこぼれていたりする。
「何をするユウイチ。危ないじゃないか」
顔を上げたヒジリの指の間には、どこから出したのかメスがあった。
返答次第では流血沙汰になりかねない雰囲気を醸し出している。
「呼びかけに応えないお前が悪い」
ヒジリの手に出現したメスを恐れる事無く理由を話す。
彼は銃口の前に身を晒した事がある男だ。
敵意がない状況は何の問題にもならない。
目の前の女性が道理を解する事を理解しているのも、一因にはなっているが。
「……それはすまなかった」
「分かってくれれば良いんだが、何を真剣に考えていたんだ?」
「あ〜」
返答に困ってユウイチから目を逸らす。
いくらなんでも、『あなたを洗脳する方法を考えていました』とは言えるわけがない。
「クニサキ君を被験者にした実験をちょっと」
「……なんで?」
「ヤツはカノを毒牙にかけた」
「ああ、なるほどね」
ここに第3者がいれば、なるほどじゃねぇとツッコミを入れるところだろう。
しかし、ヒジリを詳しく知る人間であれば、ユウイチと同じ反応を返す事になると思われる。
彼女のシスコンは有名であるのだから。
両親を早くに亡くし、親代わりとして妹を気にかけていたヒジリに
そのお蔭か恋愛に関して自由になったカノが、ユキトと恋に落ちた事は皮肉という他あるまい。
それ以前は、変な男に引っかからないようにヒジリが気をつけていたようだ。
「まぁ変な性格だが、それなりに男気はあるようだから静観している」
「へぇ、結構買ってるんだな」
「まぁ、な。だがカノを泣かせたら……ふふふ」
無表情で唇だけ釣り上がった。
下手に殺意をぶつけられるより恐ろしい。
「艦内で殺しは止めてくれよ。俺の責任になるから」
「勿論だとも……ふふふふふ」
残った茶を飲み干しながら、ユウイチがたしなめる。
内心娘達には見せられん顔だな、と思いながら。
「さて、お前の捨てた男の話だったな」
「ちなみにさっきの俺の話は嘘な」
「うむ。そうか」
(そう簡単に流されると、それはそれで寂しいんだが)
あっさりと終わってしまった事に軽いショックのユウイチ。
簡単に流された寂しさと、本気で信じられてなくて良かった、という軽い嬉しさが同居した複雑な表情になっていた。
「何だその微妙な表情は。信じたほうが良かったか?」
「いや、このままで結構です」
表面上は簡単に流されたように見えるが、ヒジリは心の内ではかなり安堵していた。
軽いショックを受けているユウイチは気付かなかったが。
「君の見た夢だが」
「ん? ああ」
軽く息を吐いたヒジリが、話題の転換を図る。
殊更流された事に拘る必要もないのだろう、ユウイチもそれに乗った。
「私は専門家ではないので詳しくはわからん」
「それは仕方ないな」
ヒジリの口から出た言葉をあっさり肯定する。
医者とは言え何でも知ってるわけもない。
しかもヒジリの専門は外科である。
1人で艦の人間を診る以上、内科の腕も下手な内科医よりあるが……。
「まぁ聞きかじりで良いなら回答も出せるが」
どうする? と目線で問い掛ける。
ユウイチもそれほど詳しい夢判断をしてほしいわけでもないので、頷いて依頼の意を表した。
「確か、夢は無意識下の意図によるとか聞いたな」
新たなお茶を入れて戻り、ヒジリはきり出した。
空調を効かせているとは言え、夜の医務室は少し肌寒い。
「無意識じゃ考えようもないぞ」
受け取ったお茶で喉を湿らせたユウイチは、吐息と同時に言葉を紡ぐ。
円滑な会話のためにも飲料は必要なのである。
「まぁそうだが、他には強い欲求とかだろう」
「欲求ねぇ」
欲求不満と言われているようで、ユウイチは面白くない。
彼は、夫−あるいは恋人−としての努めはしっかりと果たしている男だ。
欲求の内容が微妙に違うのだが、彼は分かっていなかった。
「睡眠中は抑圧が弱まるらしいからな、意識の底に沈めた欲求が夢に顕れる事もあるだろう」
「む〜」
ヒジリの言で、考え込んでしまうユウイチ。
眉根を寄せた顔は、歳より幼く見える。
「ふふっ」
そんなユウイチを見て、ヒジリは柔らかく微笑んだ。
普段の彼女を知る−あまり親しくない−人間がいれば驚いた事だろう。
軽く微笑みながら、ヒジリはそんなユウイチを見ていた。
(俺はそんなにあいつらに会いたかったんだろうか?)
そうかもしれないとユウイチは思った。
夢にまで見たのだから、否定するわけにもいかない。
(いい人たちだったしなぁ)
自分の家族以外で、唯一家族の温かさを与えてくれた人々。
別れずにずっと一緒にいる事も出来たが、自分には待っていてくれる人達がいた。
会いたい気持ちもあったが、彼らと自分を隔てる壁は厚く自力で破る事はできない。
だから、その気持ちは記憶の底に沈めた。
(沈めた……はずだったんだがなぁ)
苦笑して顔を戻した。
「ん? 考え事は終わったのか?」
空気の動く気配でも感じたのか、椅子を回転させてヒジリはユウイチに向き直る。
ユウイチを顔を観察する事を止め、机の上で何か書き物をしていたようだ。
紙の上にペンが転がる。
「お蔭様で」
「うむ。先ほどより良い顔をしているぞ」
「そうか?」
自らの顔を、ぺたぺたと触る。
その様子がおかしかったのか、ヒジリはまた少し笑った。
「睡眠薬といえば」
「ん?」
ぐっすり眠れるように、睡眠薬を処方しようかと尋ねた後、ヒジリが何か思い出したようだ。
「サユリとマイに処方したぞ」
「……そうか。やはり簡単に眠れないか」
「そうらしい。目を閉じると、頭の中で悲鳴が木霊すると言っていた」
ユウイチは、軽く息を吐き出して目を閉じた。
ちなみに処方の方はユウイチは断っている。
約2日前の戦闘で、敵とは言え初めて人を殺してしまった2人。
辛うじて格納庫まで自機を戻したが、精神的ショックが強すぎたのか、双方ともコックピット内で気絶してしまった。
格納庫に急行したヒジリがタンカで医務室に運ばせたのだが、起きるまでうなされ続けていたのである。
起きた時は悲鳴も上げた。
その日は医務室で1泊させたのだが、その時にヒジリは先ほどの発言内容を聞いたのである。
睡眠薬を飲んだ2人は、震え出す体を包み込むように抱き合って眠っていた。
「こればかりは、自ら乗り越えてもらうべき問題だ」
冷たいけどな、と繋げる。
ユウイチの干渉によって彼女らが乗り越えたとしても、それでは根本的解決にはならないだろう。
自らの意志に拠らぬ決意はいずれダメになる。
歪なものはどこかに破綻をもたらすものだ。
最悪ユウイチに依存する事で自己を支える事になるかもしれない。
そして、それはユウイチの望む事ではなかった。
「君の時はどうだったんだ? その体験でも話してやると良いのではないか?」
そんなユウイチの考えもヒジリは分かっていたが、少し酷かとも思って口を出す。
誰もが皆強く在れるわけではないのだから。
「俺の時か……」
両の手で持っていた湯呑みを左手に持ち、右の掌を見つめる。
ユウイチは、数年前の辛く生々しい体験を思い出す。
いくら辛くとも忘れるわけにはいかない体験を。
自らに向けられる銃口。
その圧倒的な存在感。
対するように銃を向け、引き金に指をかける自分。
思ったより軽い反動と銃声の中で、嘲笑うかのように眼前の生を奪った。
薄く立ち昇る硝煙の向こう、ゆっくりと倒れ伏す体は人形のようで。
世界中の何もかも、現実感がなかった。
自分の生さえも……。
「……チ。…イチ。ユウイチ」
「……ああ」
ヒジリの呼びかけを聞いたユウイチは、応えたあとに1度深く呼吸する。
全身に冷たい汗をかいているのを実感した。
数年経った今でも、当時の事を思い出すと冷汗が止まらない。
それ程強烈で、嫌悪感と恐怖感を生じさせる記憶だった。
「俺も……あまり思い出したいもんじゃないな」
「すまん」
安易に口にした言葉を恥じたのか、神妙な表情で謝罪する。
ユウイチの様子が尋常じゃなかった証拠だろう。
少し、室内の空気が重くなった。
「良いさ。せっかくって言い方は無いが、意識して思い出したんだ。あの2人に話してみよう」
「いいのか?」
「あまり良くはないが……。それで彼女達が救われるなら、な」
軽くウインクする。
「そうか……少し妬けるな」
「何言ってんだか」
口元を少し歪め、ヒジリは笑う。
冗談だと分かっていたユウイチは、軽く言い返して立ち上がった。
先ほどの暗い雰囲気は霧散する。
「部屋に戻るのか?」
「ああ。お前と話したらすっきりした。ありがと」
「気にするな。これも医者としての仕事だ」
ユウイチから受け取った湯呑みを、机に置きながら応える。
「それじゃあ、また飯の時間にでもぉぉぉぉ」
くるりと背中を向けたユウイチは、1歩進んで止まった。
背後から抵抗で後ろに倒れそうになるも、何とか踏ん張る。
「あー、ヒジリさんや?」
「何かな?」
首を回して後ろを見ると、女性らしい白い繊手がユウイチのシャツを握っている。
「まだ何か用が?」
座ったままのヒジリと目線が合う。
見上げる彼女の視線には、何とも言えぬ艶があった。
色気と言っても良いだろう。
「私の貴重な睡眠時間を奪ったのだから、それ相応の代価を戴きたいものだな」
「……カノは?」
ヒジリの言いたい事を理解したユウイチは、この場の唯一の懸念事項について尋ねた。
彼は、他人に行為を見せるような趣味は持ち合わせていない。
それが将来の義妹であろうと。
「その点は問題ない。ミスズ君の部屋に泊まりに行っているからな、腹立たしい事に」
「腹立たしい……ああ、なるほどね」
ミスズがユキトと同部屋だと気付いて納得。
年頃の男女を同じ部屋で良いのか? との声もあったが、同居してたのだから問題ないのだろう。
保護者がいないときは同棲みたいなものだったのだし。
ユウイチも直接の上司であるマークも、そこは彼らの自主性に任せたのである。
ミスズはともかくユキトは成年に達した大人。
そう大げさな事は無いだろうと。
2人の前でそれを聞いたユキトは、甘い対応に疑問顔であった。
避妊だけはしっかりな、と言われた時の狼狽しまくりの彼を見て、ユウイチとマークは笑い合ったものだ。
「じゃあ問題ないか」
「ああ。しかし寂しいものだな」
ユウイチのシャツを離し、ヒジリが呟いた。
両親を早くに亡くしたヒジリにとって、カノは妹というより娘に近いのだろう。
心境の方は、娘を嫁に出す父親に近いのかもしれない。
(俺も将来そんな心境になるのか?)
目を閉じて思考に沈んでいるであろうヒジリの顔を見ながら、そんな事を考えるユウイチ。
アキナとマリアが嫁ぐ事になれば、そうなる可能性は大だ。
(ダメだな。うん。あいつらは絶対嫁に出さない事にしよう)
彼が娘を嫁にやらない事を決意した、愚かしくも記念すべき瞬間であった。
……娘が絡むと、この男は馬鹿である。
「ん〜」
娘を持つ父としての思考にケリをつけたユウイチは、ヒジリの手前でしゃがむ。
まだ思考の海を泳いでいるのか、彼女は気付かない。
「よっと」
「きゃっ」
普段上げないような女性らしい悲鳴を上げる。
ユウイチがヒジリを抱き上げた所為だ。
片手は背中、片手は膝裏。
女性を抱き上げる時の王道、お約束『お姫様抱っこ』と言われるあれである。
「な、なっ」
突然の事でヒジリの動揺はかなり激しい。
そんな彼女は見ずとも分かるのか、楽しそうに笑いながらユウイチは進む。
入口と違う住居部分に続くドアの前に立つと、それは自動で開いた。
「ユ、ユウイチ」
「はいはい何ですか、お姫様」
ガラにも無くうろたえた声を出すヒジリと、それに楽しく答えるユウイチ。
そんなユウイチの顔を見上げたヒジリは、何も言う事無く顔を胸に寄せた。
ユウイチはヒジリを優しく見やると、ドアの中へ消えていく。
ここでの秘め事は、2人だけの秘密である。
……今だけは。
「失礼した」
南太平洋マーケサズ諸島沖の孤島『アイドネウス島』。
その孤島に建てられた中で1番巨大な施設、EOTI機関本部。
その最上階の1室から、男が現れた。
豪奢な金髪に涼やかな面差し。
2日前にユウイチと戦闘を繰り広げたエルザムである。
彼は退出した部屋の扉を閉めると、それを背に歩き出す。
昨夜遅くに帰還した彼は、早朝にもかかわらず今回の件を報告にきたのだ。
「ん?」
幾度かの廊下を曲がったエルザムは、怪訝そうな声を出した。
彼の目線の先には、エレベーター横の壁に寄りかかっている1人の男。
「……む」
腕を組んで目を瞑っていた男は、エルザムの接近に気付いたのか顔を上げる。
黒髪に細身だが引き締まった体躯。
しかし、一番目を惹くのはその瞳だろう。
左右の色が違う赤と青の瞳。
オッドアイ−ヘテロクロミア(金銀妖瞳)−と呼ばれるものだ。
「待っていましたよ、エルザム少佐」
対照的な色の瞳がエルザムを射抜く。
その眼差しは揺るぎのない真っ直ぐなものだった。
矮小な人間ならば簡単に圧されそうなほど。
「あなたは……確かアルシエル大尉」
「ご高名な少佐に名を覚えていただけて、光栄です」
そんな視線を真っ向から受け止め、エルザムは男の名前を口に出した。
対する男は微笑しつつ言葉を返す。
発言内容は皮肉げなものだが、その口調には嫌味が無い。
自らの瞳を正面から受け止め、かつ逸らさないエルザムの態度に好感を持ったようだ。
男の名はアルシエル・ファレス。
アイドネウス島に駐留する連邦軍の機動兵器パイロットである。
宇宙からの飛来物である『メテオ3』の監視を行うこの島では、当然ながら有事の為の部隊も存在する。
未知の物体を警戒しすぎて過ぎる事は無い。
「何か私に御用でしょうか?」
一応存在は知っていたものの、面識の無かったアルシエルが話し掛けてきた事に内心困惑する。
しかし表情を変えるような真似はしていない。
「ええ。少佐程の方が、新型の機体でダメージを負って帰還したと聞きましたので」
アルシエルの方は、敵意が無い事を示すかのように微笑を浮かべながら話している。
質問は純粋に興味からなのだろう。
元教導隊のエルザムと言えば、最高峰のPTパイロットとして有名なのだ。
しかも搭乗していた機が新型AM、尚且つ1対1の戦闘で被弾したのだとしたら尚更である。
「私の相手に興味をお持ちになったと?」
「はい。私もパイロットの端くれ、やはり気になりますので」
エルザムは、そう言った男の目を注視した。
その瞳は澄んでいて、打算や欲望などの暗い感情は見て取れない。
「……ならばお話しましょう」
「ありがとうございます」
目線を外し口元に軽い笑みを浮かべたエルザムは、ユウイチの事を話す事に決めた。
それを聞いたアルシエルは、軽く体を折って礼を取る。
「ただし朝食を摂りながらで宜しいか? 時間が差し迫ってきているのでね」
「それは構いませんが。時間とは?」
「1度統合軍司令部へ戻る必要がありますので」
エルザムの任務は、統合軍司令の命を直接EOTI機関の代表に伝える事であった。
通信機を介しても可能な事ではあるが、傍受される可能性が皆無ではない。
双方の組織とも、地球連邦政府高官から睨まれているのだから。
そこで統合軍総司令の息子でもあり、信頼の置けるエルザムがこの任務を請け負ったのだ。
AMの慣熟飛行や、先のユウイチ達との戦闘は本来任務の範疇に含まれていない。
彼の使命にとって必要な事ではあったが。
「すぐに戻ってきますが、やはり見聞きした事は直接報告しませんと」
「そうですね。……それなら早く食堂に参りましょうか」
アルシエルがエレベーターのボタンを押すと、ドアはすぐ開いた。
2人が乗り込むと、ドアの閉まる軽い振動の後、緩やかに下降する。
「今日の朝食は、料理長に無理を言って私が作らせて戴くのですよ」
「噂に高い少佐の料理ですか? それは是非食してみたい」
エルザムの料理好きは、古参のパイロットの間ではかなり有名な話だ。
酒好きの隊長の事なんかと一緒に、教導隊の話はパイロットによく伝わっていた。
噂話さえ広く伝わる有名な部隊だったのである。
「それなら大尉もどうぞ。せっかく地球にいるのだから、今日は本格中華を作ってみようかと思っていますので」
「それは楽しみです。私も少々料理には煩いですよ?」
停止の振動に続いて、ドアが開くときの振動が続く。
非常時を考え、3階建ての低い建物であるここは、エレベーターに乗っている時間が少ない。
「ほぉ」
「私の場合は食す方ですが」
「それでも結構」
エレベーターを出ながら、相手の発言に楽しそうに笑うエルザムと、作る方じゃないと苦笑するアルシエル。
しかしエルザムの楽しそうな顔は崩れなかった。
料理人エルザムとしては、料理の批評は歓迎すべき事なのだろう。
「届いた食材の中にはフカヒレやツバメの巣が……」
「ツバメの巣は滋養強壮に……」
届いた素材に対する意見を戦わせながら、2人は食堂に歩み去っていく。
この朝食は、食堂の料理長が兜を脱いで教えを請う程美味だったらしい。
そんなエルザムが朝食を作っているのとほぼ同時刻。
「ねむ……」
「私は腰が痛いぞ」
医務室隣の住居スペースで起きたユウイチは、ヒジリと共にプラチナの食堂にきていた。
戦艦にしてはしっかりした作りの食堂は、一度に100人ほど座れるようになっている。
テーブル席が多くを占めるのだが、壁沿いに若干のカウンターのような席も存在するのが特徴だ。
リラックス効果の為か、壁のほぼ半分を占める特殊ガラス製の窓は、外の景色を写している。
少し出遅れたためか、食堂の席はほぼ埋まっていた。
何時もならこの時間でも6割ほどの利用率なのだが……。
「む」
「……カノ達だな」
唸ったヒジリの目線を追うと、カノとミスズ、ユキトを見つけた。
そう離れていない4人がけの席で、和気藹々と食事をしているようだ。
間の悪い事に、ユキトに食べさせようとしているカノの姿が目に入る。
「ユウイチ」
「あー行ってこい行ってこい」
「すまないな」
ヒジリの言いたい事を理解したユウイチは、手をひらひらと振って承諾した。
3人が座っている席にズンズンと進んでゆく。
周りの人間がテーブルごと退避しているのは気のせいだろうか?
「仕方ないなぁ」
それだけで済ませられるのは、多分極少数の人間だけだろう。
苦笑しつつも、ユウイチは朝食を求めてヒジリの進行方向に背を向けた。
数秒後、背後から男の悲鳴が聞こえてきたがユウイチは振り向かない。
誰が誰に何をして、どんな結果になったか分かりすぎるほど分かっていたからだ。
(ご愁傷様)
ユウイチは胸のうちで呟いた。
合掌。
「窓に張り付いて、そんな海が珍しいか?」
「あっ、パパ。おはよー」
「おはようございます、お父さん」
「おう。おはよう」
窓に噛り付いて南極の海を見ていたアキナとマリアは、ユウイチの声に振り向く。
ニコニコっと笑って朝の挨拶をした。
現在のプラチナは、南極大陸コーツランド基地からそれほど遠くない海域に停泊している。
と言っても海上ではなく、海中に潜水したままの停泊。
機動兵器はともかく、部隊の要であるプラチナを大っぴらに見せるわけにもいかない。
部隊の性質上、人目に触れないに越した事は無いのだ。
シイコなどは、目立てなくてつまらないと言っていたが……
「こんな海の深くを見ることなんてなかったから、とても楽しいです」
「そうそう」
「そんなもんか?」
そう言うと、また窓に視線を戻す娘2人。
男の、しかも大人であるユウイチには理解しにくい感情であるようだ。
「おはよう、貴方」
「おはようユウイチ」
「ああ。おはよう」
席につき、2人の妻と挨拶を交わす。
アキコは手に持っていた紙から、マコトは娘と同じく窓の景色から目線を外して挨拶した。
両人とも食事は終わったらしく、カップから何かを飲んでいるところだ。
食後の紅茶だろう。
見れば娘達の食器も綺麗に片付いている。
「なんだ、もう食い終わったのか」
「あなたの来る時間が遅いんです」
ぴしゃりとアキコが言い切った。
そのアキコは、挨拶以降手元の紙を凝視し続けている。
「起きたら隣にいないんだから参ったわ」
「ちょっと見た夢が気になって医務室を訪ねたんだ。悪いな」
やれやれと、軽く肩をすくめるマコトに軽く謝罪を返す。
ユウイチとしても、あんな時間に起こすわけにもいかず1人で出たのだが、いなくなったのは事実であるので仕方ない。
「夢って……どの?」
「悪い方じゃない、行方不明になった時のだ」
「ああ、あの地下世界ってやつね」
マコトの発言から分かる通り、ユウイチは複数の夢で魘されて起きたりする事がたまにある。
軍人なんて因果な商売をやっている関係上、避けて通れなかった出来事が多いからだ。
無論ヒジリとの話で出た、初めて人を殺した時も夢に見る。
そんな夢を見た朝は、彼は隣にいてくれる妻や娘に感謝するのだ。
「その夢ならわざわざ医務室に行く必要は無かったのではないですか?」
「夢の内容を分析してもらおうかと思って」
「ヒジリは専門家じゃないでしょ?」
「まぁそうなんだが、何か分かるかと思ってな」
アキコとマコトの質問に交互に答えながら、ユウイチは苦笑した。
医務室に行った理由として弱かったからだ。
まぁ寝起きの頭だったから、と自分を誤魔化す。
「ヒジリの腕は良いけどね」
「実際話したら落ち着いたしな」
「その後はベッドインと」
「……はて?」
「バレバレですよ貴方」
ユウイチとヒジリの関係を知っている人間には、部屋に戻ってない時点で分かる事である。
「さっきは何読んでたんだ?」
「これですか?」
「そう、それ」
家族と談笑しながら朝食を食べ終わったユウイチは、アキコの手元にある紙に視線を向けた。
ユウイチが食べ始めてすぐに、アキコは読み終わっていたらしい。
その後は二つ折りにしてテーブルに置かれていた。
「読みますか?」
「良いのか?」
「全然構いませんよ」
「それじゃ失礼して」
受け取った紙を広げ、印刷された文字を目で追っていく。
「……」
紙を1回転。
……逆さまだった。
「ぷっ」
「笑うな」
噴き出したマコトに注意の言葉をかけ、再度文字を見る。
「何々……」
『お姉ちゃんお元気ですか?』
「ナユキからか?」
「ええ。時間が無かったので、メールを印刷してきました」
日本にいるアキコの妹からのメールのようだ。
つまりユウイチの義妹。
『アキナちゃんがそっちに行っちゃって、1人になったので寂しいです。
お姉ちゃんはお義兄ちゃんとラブラブでしょうか? ちっ、この万年新婚カップルが』
「この『でしょうか?』の後が小さくて読めないな」
紙に近づいて凝視しようとする。
「あ、貴方」
「ん?」
「大した事は書かれてませんから、次に行きましょう。次に」
「あ、ああ」
何事か焦ったようなアキコに急き立てられ、ユウイチは読み進める事にした。
お蔭でこのブラックな文はユウイチの目に触れずに済んだ。
後にマコトにはバレ、彼女が笑ったりするのは別のお話。
『学校も二学期になりました。
アキナちゃんがいないので遅刻しそうになりますが、何とか頑張ってます』
「お前が起こしてたのか?」
「はい」
ユウイチの質問に当たり前の如く頷くアキナ。
「変わらないわね」
「全く」
苦笑しあうマコトとユウイチ。
昔は彼らもナユキを起こした事がある。
『同じクラスのカオリとキタガワ君が、休学届けを出したそうです。
カオリの家に行ったら、おばさんは何かの腕でスカウトされた、と言っていました。
キタガワ君も同じなのかな? そうだとしたら何だろ? ゲーム?
カオリとは親友だと思ってたのに、わたしに何も言ってくれなかったのが悲しいです』
「カオリちゃんって言うのは、年始に挨拶にきた子?」
「ええ。無礼講だーって言ってあなたがお酒を飲ませた子ね」
「……何の事かしら?」
マコトとアキコは懐かしむように会話する。
会話内容に問題があるような気もするが。
「ねぇパパ。ぶれいこーって何?」
「……弾ける事だ」
「爆発ですか?」
「ちょっと惜しい」
ユウイチは娘に間違った知識を与えていた。
『あ、お姉ちゃんの作ってくれた苺ジャムがなくなりそうなので、送ってください。
朝食にあれがないと飢えて死んでしまいそうです』
「それぐらいで餓死するか馬鹿者」
持っていた紙を、パンと指で弾く。
わざわざツッコミを入れるユウイチは律儀だ。
「でも苺大好きのナユ姉なら……」
「ありえそうですよね、ナユキお姉さんなら」
娘達は楽観できないようだ。
「じゃあ送らないといけないわね」
「まぁ身内が餓死なんて笑い話にもならないしね」
「わたしがこの艦に乗る前には、まだ10瓶は残ってたはずなんだけど……」
「「「「……」」」」
そりゃ楽観できねぇ。
頬に手を当てたアキコ以外は、顔を見合わせて頷いた。
『それじゃあお姉ちゃん。
お義兄ちゃんやアキナちゃん、マコ姉とマリアちゃんにもよろしく伝えてください』
「だってよ」
「伝えられました」
「「ましたー」」
マコトの後に唱和する娘達。
その微笑ましい様子に頬を弛める親3人。
「ん?」
さらに下に文を認め、目で追う。
『追伸
幾ら重婚が合法とは言え、手を出しまくっているお義兄ちゃんは鬼畜です』
「……うっさいわ」
巨大なお世話だと、ユウイチは紙を折ってアキコに渡す。
受け取ったアキコは笑っていた。
「お披露目の式典は、標準時の1400からだったな?」
窓から海中を見ながら、妻に尋ねる。
ユウイチの目線の先では、魚達が優雅に泳いでいた。
「ええ」
答えたマコトは、ユウイチの顔から窓に視線を転じる。
「シロガネの艦長はお義父さんか……」
「はい。何もないと良いのですけど」
「そうだな」
アキコにはそう応えたが、内心では何か起こるだろうと確信しているユウイチ。
それはアキコやマコトも思っている事だった。
いや、もしかすればこの艦のクルー全員が思っていたかもしれない。
新西暦185年。
後に『南極の惨劇』と呼ばれる事件が起こるまでもう少し……。
To Be Continued......
後書き
何とか20日にアップです。
何とかなって一安心。
出だしはkanonっぽくなってますがどうでしょう?
また前後編になってしまいましたが、今回は致し方ないのです。
今回はヒジリさん大活躍。
ちょっと暴走しすぎたかなと思ってます。
ユウイチ好き勝手しすぎかなと。
まぁこんな世界なんで。
ユウイチの過去がかなーり垣間見えたお話。
冒頭のあれは当然あそこです。
別にあそこでパイロットになったとか言う話はありません。
あくまでもあそこのいる人間と交歓したって事ですので。
第一まだ機体もそれほど出来てない時代ですし。
ユウイチも軍人なので、当然人は殺しています。
直接手にかけてますから、ある意味前回の2人より悲惨。
パイロットとは言え、軍人である以上白兵戦もありますから。
精神的に弱いかなぁとも思いましたが、人を殺したプレッシャーはそれ程ということで。(実際足りないかもしれませんし
そんなユウイチだから家族のありがたみは知っています。
複数の女性と関係を持つのもそこらが関係してるのかもしれませんね。
ナユキの手紙は結構巧くいったかなと自画自賛。
それなりにギャグっぽくしたんですがどうでしょう?
まぁ笑いの才能無いのでたかが知れてますが。
雑記にも書きましたが、アンケートを。
冒頭の話を外伝として書こうと思っているのですが、無視できない要素が1つあるのです。
ずばり第一王子を最終的に生き残らせるか否か。
まぁぶっちゃけ○ェ○ル○ードなんですが。
私は原作との差異を出す意味で生き残らせようかとも思うんですが、どうせならアンケートにしようかと。
書き方が悪かったようなので追記。
この人スパロボEXで死ぬ事になってるんですが、そこで死なないように布石を打って置くか否かってことです。
どっちの場合でもSSの中では死んだりしたりはしません。
期限は次の話がアップされるまで。(つまり1月
投票はメールかBBSにお願いします。
多分少ないんだろうけどね。
作中で出てきたアルシエルはセトさん考案のオリキャラです。
感謝。
このキャラがこれからどうなっていくかは不明。(ヲイ
それにしても後書き書きすぎ。
ご意見ご感想があればBBSかメール(chaos_y@csc.jp)にでも。(ウイルス対策につき、@全角)
もっと暴走しろとか後書き短くしろとか。