人類の生存を未だ許さぬ数少ない土地、南極。
周りは一面の銀世界。
空は雲1つ無く、美しい蒼穹が白銀の大地との対比を鮮やかに飾っている。
その景色は美しいの一言に尽きるだろう。
無粋な基地さえなければ、の話ではあるが。
しかし、その人工物(基地)が自然界の景色を一部分だけぶち壊していても、それ以外は素晴らしい景色だ。
モニター越しでも十分に感動的なパノラマだろう。
……普段なら。
そんな美しい景色も、PTのパイロットシートに腰掛けた1人の女性にとっては気休めにもならない。
彼女はモニター内全てに映った景色より、その中の小さな通信ウインドウに目を向けていた。
正確には、そのウインドウ内の男にだ。
ウインドウ内のその男は、耳から抜き出した木の棒に息を吹きかける。
棒にくっ付いていた何かが、息に煽られて飛んだ―――女性に向かって。
「お…お……」
『お汁粉?』
「オリハラァ!!」
男の名はコウヘイ・オリハラ。
女の名はルミ・ナナセ。
南極で行われる『式典』の護衛を務める事になった二人である。
スーパーロボット大戦 ORIGINAL GENERATION
Another Story
〜闇を切り裂くもの〜
第7話 過去を想起させるモノゴト <後編>
『五月蝿いぞナナセ。このウルトラデリシャスな俺様の鼓膜が破れたらどうするんだ』
「アンタが汚いものを飛ばすからでしょうが!!」
貴様の鼓膜は美味いのかとツッコミそうになったが、辛うじて口に出さずに止めた。
どうせ、「俺の全身は超絶美味だからな」とでも言われるのがオチだ。
言ったら家畜の餌にでもしようとは思ったが。
『実際は届いてないだろうが。通信映像なんだから』
「そういう問題じゃない! 人に向けて飛ばそうとするのがいけないのよ」
『へいへい』
「耳掻きするな!」
『我侭が過ぎるぞナナピー。それじゃあ俺と違って婚期を逃すぞ』
「大きなお世話よ!! それにナナピーって呼ぶな!」
『……さっきから怒鳴ってばかりだなぁ〜』
「誰の所為だと……」
『お前』
「…………殺す」
殺意を言葉に乗せると同時に、彼女の駆るゲシュペンストMK-Uが一歩踏み出す。
その背には何だかオーラが見えたらしい。
機体が巨大に見えたとか。
『じょ、冗談じゃじゃないかナナセ。落ち着け』
彼女の気迫に押されたのか、コウヘイのMk-Uは一歩後ろに下がる。
彼の機体は主に忠実に従ったのか、若干逃げ腰のようにも見えた。
直線距離にして100メートル程離れている2機だが、機動兵器にとってその程度すぐだ。
『そうだ少尉。少し落ち着け』
幸いな事に、コウヘイにとっての救いの主はすぐに現れた。
ナナセ機を挟んで、オリハラ機のちょうど反対にいる機体からの通信だ。
「……文句あるんですか?」
『い、いや……ナナセ少尉、押さえてくれると助かるんだが……』
通信した男は、そこに映るナナセの形相を見た事で盛大に顔が引き攣った。
目線も彼女の顔からいささかずれていたりする。
この何だか情けない男の名はゲイリー・レイト中尉。
ご苦労な事に、この2人の直接的な上官である。
「・……」
『うっ! ……な?』
「分かりました」
ウインドウ内のルミにギヌロと睨まれ、思いっきり逃げたそうになった男だが、何とか落ち着ける事に成功した。
顔面は冷汗だらだら。
パイロット用のヘルメットを被っているので、その中はさぞかし冷たいだろう。
ウインドウ内で、疲れ果てたかのように肩を落とした。
もう1つのウインドウでは、正面に向かってコウヘイ手を合わせているのが見える。
ゲイリーに対する礼の態度かと思えば、口から出る言葉は「寒い寒い」。
単純に手を摩擦しているだけだった。
そんな2人を交互に見て、自分を含めた3人が緊張感を全く持っていない事に、半ば呆れたため息を吐いた。
『お前達、これが式典のための護衛だと理解しているか?』
数十秒後、何とか穏やかっぽい雰囲気になったところを見計らい、ゲイリーは2人に向かって尋ねてみた。
その顔には怒りより呆れ……いや、情けなさが見て取れる。
限定回線だったから良かったのもの、完全オープン回線だったならどうなっていたか……。
おそらく減俸程度では済まなかっただろう。
「も、勿論です中尉」
『ため息吐くと幸せ逃げますよー』
「オリハラッ!」
『んだよ? 腹でも減ったか?』
「ちっがうわよ」
『だから怒鳴るなって。少しは中尉を見習えよ。あんなに静かじゃねぇか』
そういってモニター内のゲイリーに視線を向ける。
ルミの目に映るのは、白い目で2人に均等な視線を返してくる中尉。
あれは静かではなく、呆れの目線だ。
「す、すみません中尉……」
『いや、もう良いけどね』
恐縮する事しきりのナナセ少尉。
ヘルメットを被った頭がぺこぺこと下げられる。
中尉は力なく笑って彼女からの謝罪を入れた。
目くじら立てずに流す事を覚えたようだ。
ゲイリーはレベルが上がった。
使命感−1、浩平への耐性+1、胃の強度+1、精神力+1、忍耐力+1
力ない笑いを覚えた。
ってな感じである。
まぁ、以前に胃に数回穴あけてるので、今更といえば今更ではあるのだが。
中間管理職は大変なのだ。
『しかし南極くんだりまで来て、ただ突っ立ってるだけってのも面白くないし……』
「それはまぁ……そうね」
『……そう言うなよ2人とも、任務なんだからさぁ』
情けない声を上げる上官を無視して、ルミはモニターを見る。
視線の端では、コウヘイも同じようにそとの景色を見ているようだ。
ナナセ機の左手には、鮮やかな蒼と穢れのない白をメインにした巨大な戦艦。
この式典の主役の1つ、スペースノア級壱番艦シロガネである。
その威容は、細部の形や装甲色こそ違うものの、ユウイチ達が乗るプラチナに酷似していた。
数百メートルの全長は、雄雄しく堂々たるものだ。
「第一こんなに戦車要るんですか?」
『……分からん。上の考えに中尉の私が口を挟めるわけないだろう?』
『悲しいなぁ管理職』
『その大部分はお前達の所為だ』
「1、2……っと6台もあるわね」
『しかも全部有人か……』
「聞けよお前ら」
ルミの言葉通り、このコーツランド基地を囲むように6台のバルドングが点在している。
オリハラ機の右、約300メートル程にも1台停まっていた。
「あたし達の他にも3機PTが警護してるし……どこの所属です、あれ?」
『極東支部直属らしいんだが、詳しい事は俺にもよく分からん』
シロガネを境にするように反対の位置にいる3機を見回す。
2機はゲイリー以下3名が乗っているゲシュペンストMk−U。
外見上違うのは機体色くらいだろう。
向こうの2機は白に近い灰色で、こちらの3機は薄い藍色だ。
残りの1機は……。
『なぁナナセ。あの黄色いのは何て機体だ?』
「さぁ? あたしも見たこと無いけど」
2人の言う事はもっとも。
現在連邦軍に正式採用されているのは、量産型のゲシュペンストMk−U・Mである。
有名なゲシュペンストMk−Tやグルンガストなどならともかく、それ以外のPTにお目にかかることは少ない。
『渡された資料によれば、砲撃戦用の試作機らしい。名称はシュッツバルト』
「へぇ」
『ほー』
興味深くシュッツバルトを観察する2人。
やはりPT乗りとしては気になるところなのだろう。
『まぁ良いや。飽きた』
「はやっ。あんたねぇ…………って何ハッチ開けてんのよ!?」
すぐ飽きたコウヘイに何か言ってやろうと視線を転じると、そこにはコックピットハッチから見を乗り出す男の姿。
何やら双眼鏡らしきもので遠くの方を眺めている。
ルミが叫ぶのも無理は無い。
『何故俺だけに怒る?』
「何故ってあんた……」
『胃…胃が………』
ゲイリーは胃の部分を押さえて悶える。
苦労人の代名詞、神経性胃炎が起こったのだろう。
どこからか錠剤を取り出し、嚥下する。
「……俺だけ?」
『そ』
ルミの疑問に頷いて指を指す。
その方向に視線を向ければ――
「はぁ?」
――同じようにハッチから身を乗り出しているヤツがいた。
『な?』
「…………」
コウヘイの言葉に答えず、唖然とした表情でその人物を見る。
灰色のゲシュペンストMk−Uから見を乗り出したその男は、あろう事か写真を撮っていた。
「……写真?」
『ファインダーの方向からすると、シロガネを撮ってるようだな』
冷静なコウヘイのコメントを聞き流し、手元の計器を操作。
メインカメラをズームさせて詳細に見ても、やはり写真を撮っている。
当然その男はパイロットなのだろう、ヘルメットこそ被っていないがパイロットスーツを着ている事から明らかだ。
「子供じゃない」
『高校生くらいだったな』
カメラを下ろしてハッチを閉める瞬間、ちらり顔が見えた。
その顔は、二人の言葉通りどう見てもティーンの域を脱していない顔である。
「どちらにせよ、連邦軍にあんたレベルのバカが他にいたとは……」
『む、何を言うか。俺の方が上位に決まっておるだろうが。あんな小僧と同レベルなどと言わんでほしいな』
「バカの度合いが上?」
『ちっがーう。人の意表をつく事が、だ』
「結局
『甘いなナナピー、コーヒーに砂糖を100杯入れるほど甘い』
「ナナピーって呼ぶな。しかもそれ、既に砂糖の山でコーヒーじゃないわよ」
『……道化=バカではないのだ、道化とは即ちピエロ。ピエロこそあらゆる芸を極めた人間なのだよ』
「反論せず。……逃げたわね」
『うっさい。つまり、
胸を張って言い切る。
何故か異常に偉そうなのはこの際放っておくか、とルミは思った。
「道化が凄いってのはわかったけど、あんたがそうかはまた別でしょ。あんたはバカで確定。中尉、中尉もそう思……あれ?」
『お? 中尉いねぇじゃん。あの人もハッチ開けたかな?』
「あんたじゃあるまいし、そんなわけないでしょ」
『あの人あれで結』 『はっはっは! 何かなナナセ少尉』
「っ!」 『うぉ!』
ガバっと、いきなり画面に出現するゲイリー中尉、御歳29歳独身。
その顔には先ほどと違い、無駄に爽やかな笑みを浮かべている。
『HAHAHAHA、さぁ何でも言ってクダサーイ』
『…またか?』
「……みたいね」
『このワタシに可能な事はアーリマセーン』
「いや、それは普通に拙いから」
何故か地球圏の公用語を片言で喋る中尉に、ルミが反射的にツッコミを入れる。
旧西暦のオールドムービーにあった似非外国人みたいだと彼女は思った。
この中尉、神経性胃炎で薬を飲むと、10に1くらいの割合で変な感じに暴走するのだ。
その様はブレーキの壊れた列車、姿勢制御が出来ない戦闘機ってなものである。
悪戯が大好きなコウヘイでさえ、この状態の中尉には手を出さない事からも暴走の規模が知れようもの。
「「……」」
顔を見合わせた2人は揃って頷く。
取るべき行動は、当然無視。
上官との回線を同時に切断した部下だった。
『おいナナセ』
「分かってるわ。いよいよらしいわね」
シロガネのカタパルトハッチが開く。
一瞬後、そこから黒い塊が飛び出た。
それは、地面を上から見た時にシロガネとナナセ機を底辺とする、二等辺三角の頂点の位置に着地する。
「あれが……」
『……グランゾンか』
その機体は何もかもが違っていた。
概存PTとの外見や機体構造の相違等挙げれば数多いが、見るものに与える威圧感が決定的に違いすぎる。
ガッシリとした外見は、鈍重さよりも如何なる攻撃をも受け付けない堅牢さと、内包する強大なパワーを感じずにいられなかった。
「っ」
唾を飲み込む音はどちらのものだったのか、あるいは2人ともだったのかもしれない。
ルミとコウヘイは、グランゾンの力を半ば直感的に感じてた。
『シロガネより各機へ。間もなく式典が始まる。周辺の警戒を怠るな』
「はぁぁぁ」
『ただし、命令があるまで一切の戦闘行為は禁止する』
外部からの通信が聞こえた後、ルミは深く息を吐く。
モニターを見れば、コウヘイも同じようにして体を弛緩させていた。
その様子は、グランゾンから受けた衝撃の大きさを物語っているようだ。
『あれは反則だろ』
「たまったもんじゃないわね」
モニター越しにお互い顔を見合わせて苦笑する。
しかしその顔は満足そうだ。
あの機体の巨大さを感じ取れた事に、パイロットとしての満足感を得たのだろう。
パイロットとして生き抜くためには、その直感は大事な事だと知っているのだから。
『じゃ、警戒しますか』
「そうね。……そうだオリハラ、あんたさっきハッチ開けて何探してたわけ?」
『あ〜、そうそう。白熊でもいないかな、と』
「……白熊は南極にはいないでしょ」
『何でだ? 北極にいるんなら南極にいても良いんじゃないのか?』
「白熊ってのは通称で、学名はホッキョクグマなんだから北極だけでしょ」
『…………そうなのか?』
「そうよ」
「グランゾンか」
コーツランド基地から若干離れた山の陰から、ユウイチ達は藍と黒に塗られた機体の登場を見た。
周りにはユウイチ機を含む4機のPT。
プラチナは変わらず、近くの海域にその身を潜めている。
『……怖い』
『うん。……あの機体は普通じゃないね』
『あなた……』
「ああ」
ルミやコウヘイが感じ取ったグランゾンの脅威を、ユウイチ達も感じ取った。
それは戦場で生き残る為に必要な直感なのか……。
それとも、あまりにも異質な機体への恐怖心なのか。
「アカネ」
しかし部隊の長であるユウイチに、思考の停止は許されない。
最低限の情報収集を行う為、プラチナのブリッジに連絡を入れる。
グランゾンが敵にまわった時の為に……。
『はい。何でしょうか?』
「EOTI機関からの報告資料と現在の映像解析データを加味、グランゾンのスペックデータを算出してくれ」
『了解。少々お時間を頂きます』
「頼む」
モニター内のアカネが作業に移ったのを確認し、ウインドウを端にずらす。
次いで他のウインドウに映る部下の顔を見て、ユウイチは彼女らに声をかけることにした。
「マイ、サユリ」
『……教官』
『何か御用ですか?』
「いや、調子はどうかと思ってな」
『大丈夫』
『マイの言う通りです。サユリたちは大丈夫ですよー』
「そうか」
口調は平時とは変わらないが、ユウイチには強がりだと分かっている。
マイは普段より無表情だし、サユリは笑顔にキレがない。
しかし、出撃前にユウイチの体験談を聞いたお蔭か、前よりは大分落ち着いたようではある。
この分なら乗り越えてくれるだろうと、ユウイチは思った。
『大佐、グランゾンのスペックデータが出ました』
更に少し2人と話をし、終わると同時にアカネから通信が入る。
話し終わるのを待っていたのだろう。
「ご苦労。で、どんな感じだ?」
『あくまで推測の域を出ませんが……』
「構わん。詳細なデータが得られるわけでもないからな」
ユウイチがそう答えると、モニター内のアカネは1つ頷いて目線を下げる。
と、何時の間に来たのか、マコトとシイコがアカネの後ろを覗き込んで声を発した。
『エネルギー値は、ゲシュペンストMk−U量産タイプM型の、約3倍から5倍ね』
『装甲含めた耐久値は5倍強だって。あははバケモノだねー』
『艦長、シイコ。横から割り込んでこないで下さい』
『暇なのよ』
『そ。暇暇ー』
『だからって私の仕事を取らないで下さい。オペレーターとしてプライドがあるんですから』
『少しくらい旦那と話させてくれても良いじゃない。ケチねアカネは』
『ケチってそんな……』
『私もユウイチさんとお話したいなー。アカネばっかりで面白くないもん』
『シイコ、仕事に面白いも何もないでしょう』
ウインドウ内でわいわいと。
文字通り姦しい3人である。
ユウイチが思わずボリュームを落としたのも無理からぬ事。
『最低でも5倍以上と見た方が良いですね』
「そうだな。しかし、EOTIもやってくれる。シイコの言葉じゃないが、あれはバケモノだぞ」
アキコの言に相槌を打つ。
ユウイチは、苦々しい顔つきのままモニターのグランゾンを睨んだ。
『一対一じゃ、接近戦でもやりたくない……』
『サユリもマイの意見に賛成です。多分この機体じゃ勝てませんし』
『空戦も可能みたいですし、1機で相手取るには危険すぎる機体ですね。あなたなら勝てますか?』
「さすがに無理だろう。幸いあれは運動性が低そうだから、そこを巧く使えば足留めくらいは出来るかもしれんが……」
『……足留め出来るだけで凄い』
「まぁ、この機体が飛べるようになったからこそだがな」
ユウイチの言葉にあるように、彼のゲシュペンストは飛行が可能となった。
テスラ・ドライブの取り付けが完了したためである。
今まで姿勢制御用だったスタビライザーも、これからは翼として見られる事になるだろう。
ちなみにアキコ機も飛行が可能となっている。
幸運な事に、前回の戦闘で持ち帰ったリオンのテスラ・ドライブも損傷が軽微だった為だ。
なので、その分のドライブはアキコのゲシュペンストMk−Uに搭載された。
「っ!」
『あなた?』
「いや、何でもない」
ドクンと、唐突に大きく脈動した心臓に驚いて息を呑む。
大丈夫だという意思表示を込めて、モニター内のアキコ達に向かって軽くてを振った。
(何だ今の感じは。何かの前触れか? そういえばマーク爺さんが……)
「良いかユウイチ。このT-LINKシステムだが、一種の脳波コントロールシステムだと思って良いじゃろう」
「脳波コントロールっつーとあれか、昔見たアニメ。何だっけ……ファンネル?」
「まぁ似たようなものだな。実際追加武装も似たようなものじゃし」
「やっぱアニメみたいに掛け声とかいるのかね。……俺のキャラじゃないんだが」
「考えた通りに動かせる……んだろうし、掛け声は要らんのじゃないか?」
「……だろうって何だ?」
「儂には動かせんからな。どうやら特殊な才能が必要らしい」
「才能? 超能力とかだったら笑えるな」
「当たりだ」
「…………マジ?」
「マジじゃ。一緒にあったレポートには人間の念で動くと書かれとった」
「念ねぇ」
「T-LINKシステムを起動させられる人間を、念動力者というらしいぞ」
「ふーん」
「何でも勘が鋭くなったり、予知並の予測が可能となるらしい」
「嘘くせー」
『これは……。基地上空に重力震反応です!』
アカネから通信。
PTのレーダーでは拾えない重力震反応を、プラチナのレーダーがキャッチしたらしい。
その声は緊張の所為か若干余裕を無くしている。
「はぇ?」
「……」
「……いよいよですか」
(さっきの嫌な感じは、これの事か? 嘘くさいと思ったんだが。……念動力、ありえるのか?)
女性パイロット陣が、三者三様の反応をする中、ユウイチは愛機に組み込まれたシステムに思いを巡らせる。
この式典の裏を知っているユウイチとアキコには、何による反応かほぼ推測できていた。
『シロガネより各機へ。間もなく式典が始まる。周辺の警戒を怠るな』
狙ったように、全周波回線を通して指示が飛ぶ。
次いで戦闘行為の禁止命令も聞こえた。
「教官、何が来るんですか?」
「……教官」
「すぐに分かる。出るならシロガネの対面だろうから、そこを見ていると良い」
「「了解」」
聞きたそうな2人の目を見ながら位置を示す。
2機のゲシュペンストは、示された位置を正面とするべく体勢を変えた。
『来ます!!』
アカネの通信と同時に、空間が歪む。
最初は空中に浮かぶ1点の黒い染みのようだった穴が、徐々に大きな円形になり、最後には直径数十メートルもの穴になる。
それはあたかも宇宙空間におけるブラックホールの如く、ぽっかりと口を開いた。
瞬間。
穴の中から尖った物体が現れる。
尖った物体は一瞬で穴を抜け、数瞬後にはその全体をユウイチたちの前に晒す。
巨大な物体。
その形は花開く前の蕾。
色は灰だが、その形状と後部に存在する緑色の葉みたいなものが、その想像に拍車をかけている。
しかし大きさが尋常ではない。
全長200メートルを超えるシロガネと同等かそれ以上の大きさなのだ。
自力航行している事から、人工物であるのは間違いない。
『空間転移ですか……』
「あちらさんの
『あれを見るのは久しぶりね』
真面目に話し合う夫婦3人。
ユウイチはシートに深く腰掛け、腕を組んでモニターを眺めている。
『該当するデータはAGX−04。
『そうだねぇ。シイコさんは、いっそドリルとか名付ければいいと思うんだけど、どう?』
『回転しなそうだからダメです。それにしてもAGXですか。……ではこの式典は』
(回転しないとダメなのかよ)
アカネはドリルに拘りがあるらしい。
回線から聞こえる声に、思わずユウイチは苦笑してしまった。
(しかし、さすがに形式番号で気付くか)
地球圏の数多い情報に触れる機会の多いアカネは、該当する機体データから感ずいたようだ。
形式タイプがバグスと同じという事に。
『はぇ〜。ビックリしたねぇマイ』
『はちみつくまさん』
あまり驚いた顔もしていない2人。
結構大物かもしれない。
『あれを見たらピクニックにでも行きたくなったねー』
『その時はお弁当。青空で食べるサユリのお弁当……かなり嫌いじゃない』
『楽しみだねー』
訂正。
彼女らは既に大物だ。
各人が緊張感を欠いた歓談に興じて暫し、基地上に新たな存在が現れた。
シロガネサイズからすれば、米粒のような大きさの物体である。
『シロガネ、フラワー双方より降艦する人員を確認』
機体のカメラを最大限ズームして判別しようとしたユウイチに、いいタイミングでプラチナから答えがもたらされた。
自らも現れた人間を見るべく手元を操作しながら、気になったことを質問する。
「人数は?」
『……シロガネ5、フラワー5の計10人ですね。シロガネ側の責任者はこの男の方でしょうか?』
アカネは外部を映した映像を各機体に送る。
そこには、グランゾンの傍に向かう5人の内、先頭を歩く男が映し出されてた。
『……ゴリラさん』
『そうだねマイ。でもちょっと目つきが悪いよ』
『確かに悪人面ね』
『小悪党って感じですよ先輩』
『モミアゲがもじゃもじゃで気持ち悪いです……』
『アカネさん、あなたもなかなか言いますね』
モニターに映った男は、要約すると彼女達が言ったような顔。
口元が歪んでいる所為か、悪人面と言われても納得してしまうだろう。
「一応あれでも政府高官なんだけどな」
ユウイチは彼女達の忌憚無い意見に苦笑しつつ、彼の事を説明する。
実はユウイチも微妙に失礼な事を言っているのだが、本人は気にもしていない。
好き勝手言われているこの男はアルバート・グレイ。
EOTI機関を監視するべく作られたEOT特別審議会のメンバーであり、今回の異星人との会見の全権大使でもある。
お世辞にも高い地位に見合う人間ではない。
上司であるカール・シュトレーゼマンの操り人形に過ぎないと、まことしやかに囁かれている。
「ゲストさんの方は……あれか」
『嫌な感じね』
『好きになれそうもないタイプです』
マコトとアキコの声を聞きながら、ユウイチも同感だとばかりに頷く。
細面のその男は、グランゾンのすぐ横でアルバート大使と握手を交わしたところだった。
黒いスーツのようなモノを着て、白髪にも銀髪にも見える髪をしっかりとオールバックにしている。
にこやかな顔をしているのだが、どうにも眼だけが笑っていない。
あれは他者を見下した眼だと、ユウイチも女性陣も等しく理解した。
いささか場違いながらも、設置されたコテージのような家屋に入ってゆく2人。
続いて残りの面子も入っていく。
おそらくは臨時に設けられた会談場ないのだろう。
(地球人は歯牙にも掛けない、か)
男の顔を脳裏に焼き付けながら、ユウイチは苦笑を浮かべる。
モニターから消えた男は、『地球人など眼中に無い』という態度がありありだったのだから。
愛想笑いを貼り付けた全権大使はそれに気付いていたのか……。
おそらく気付いていなかったのだろうなと思い、また苦笑した。
『誰か出てきましたね』
「ん?」
苦笑の残滓を漂わせ、思考に沈んだユウイチを引き戻したのは誰の言葉だったのか。
軽く頭を振ったユウイチは会談場に視線を向ける。
「っ! あれは……」
そこに映った人物を目に留めたとき、ユウイチは思わず息を呑んだ。
白衣のような白いコートを纏った紫の髪の男。
切れ長の目に、人目を惹く整った顔立ち。
今は遠い第二の故郷とも言える場所で、かつてユウイチは彼と出会った。
「貴方ですか、地上からの
「君は確か……クリストフだったか?」
「その名で呼ばないでいただきたいですね。私の名は……」
『オブザーバーのシュウ・シラカワ博士ですね』
そう、彼の名はシュウ・シラカワ。
シロガネと並ぶこの式典のもう1つの主役、グランゾンのパイロットである。
『どうしました?』
「いや、何でもない」
表情が目に見えて硬化したユウイチに、アカネは心配そうに声をかける。
アキコやマコトといった面々も、モニター越しとは言え心配そうに見ていた。
(名前で分かっていたはずだ。その確認が取れたというだけの事)
一瞬で気を落ち着かせる。
名前のみしか公開されていなかった人間が、やはり友であったと分かったのだ。
嬉しい事であるはず。
(そう。喜ぶべき事のはずだ。なのに、この焦燥感はなんだ!?)
自らの内で際限など無いかのように膨れ上がる予感。
『シラカワ博士、グランゾンに搭乗。……何故でしょうか?』
それは決して良いものではなく……。
『グランゾン内部に高エネルギー反応!!』
吐き気さえ伴ったそれは。
『そんな戦艦で、私達の目をごまかそうとしても無駄ですよ』
その声を聞いた瞬間に最高潮に達した。
『なっ!』
『攻撃した……』
『シイコさんびっくりびっくり、あははは、はぁ……』
『笑っている場合ですか! 幸いフラワーの損傷は軽微、自力航行も可能のようです』
『アキコさん』
『ええ。サユリさんの言いたい事は分かります』
『攻撃した事はもう割り切るしかない。しかし、問題はあの攻撃だ。あれは異質すぎる』
ユウイチの言う通り、グランゾンの繰り出した攻撃は異常だった。
機体の前に黒い穴が生じ、グランゾンはそこに胸部ハッチからビームのような光線を10発ほど撃ち込んだ。
その穴が閉じて数秒後、フラワーの上に同じような穴が出現。
穴は1発ビームを吐き出して閉じ、更に別の場所で開きフラワーにビームを叩き込む。
空間を無視した攻撃。
攻撃地点の予測は事実上不可能だろう。
(幸いなのは、近接戦闘時には使用できない事だろうな)
最初のビームを撃ち込む段階での隙がかなり大きい。
密着していれば大丈夫と、ユウイチは読んだ。
『フラワー周辺に、バグス10機出現。内3機はこちらに接近してきます』
「ちっ、後手後手か」
思わず舌打ちする。
こちらにも気付いていたようだ。
部下へと指示するべく口を開きかけ……。
『新たな重力震反応…………ここです!!』
アカネの報告で遮られた。
時を同じくユウイチ達の機体四方を囲むように、10メートル程上空にてバグスが出現。
その数は7。
3機が接近してくる基地方向は、ご丁寧にも薄くなっていた。
「各自散開して各個撃破。やり方は任せる、好きにしろ。ただし、プラチナには近づけるな」
『『『了解』』』
矢継ぎ早に指示を出すユウイチと、それに答える部下達。
ユウイチの命令を聞いた瞬間、3機それぞれがバグスを攻撃すべく動き始める。
アキコはバグスをも凌ぐ高空からの高高度射撃と、急接近によるヒットアンドアウェイ。
サユリは1発ごとに場所を移りつつも、ランチャーによる狙撃。
マイは高速起動で敵の攻撃を避けながらの近接戦闘。
各人がそれぞれ自分の得意な攻撃手段をもって、戦闘を有利に推し進めていた。
マイとサユリも、無人兵器が相手ならモチベーションの低下を考えなくてすむ。
「っし。プラチナ、各戦闘のモニターを頼む。敵味方双方の機体解析も併せて行ってほしい」
『了解です。シイコ手伝ってください』
『なんでさ。私オペレーターじゃないよ』
上がっていたヘルメットのバイザーを下げながらも、計器のボタンの1つを押す。
モニター内のウインドウが消え、映像は自機のメインカメラ送られてくるもののみになる。
併せて音もオープン回線と守秘回線のものに切り替わった。
(さぁ行こうか)
思考を戦闘用に切り替え、基地方向に1機のみ残っていたバグスに向かう。
弾丸のようなスピードに、氷の上を滑るような滑らかな軌道。
バグスから放たれる丸いレーザーを最小限の動きで避け、更に加速する。
テスラ・ドライブを起動させ、飛び上がってバグスのすれすれを駆け抜けた。
そして爆発。
ユウイチ機が通過した数秒後に、大破するバグス。
敵は通過の一瞬、そのほんの一瞬でプラズマカッターを抜いたゲシュペンストに斬り裂かれた。
それはバグスのAIさえも状況の把握が困難な刹那の出来事。
1機目を撃破したユウイチの前に、基地から接近した3機のバグスが目に入る。
敵は前に1、後ろに2の簡単な紡錘陣。
「無人兵器が陣形か」
軽く笑うと、より強く操縦桿を握り、更にフットペダルを踏み込んだ。
彼の愛機は主人の意に応じ、その身に宿るパワーを解き放っていく。
パイロットスーツを着ていなければ、さすがのユウイチでも気絶は免れないほどのスピードだ。
その暴力的なまでのGの中で、ユウイチは笑った。
(因果なものだ、このGが生きている事を実感させてくれるとは)
高速で進攻するゲシュペンストは、あっという間に敵の射程圏に突入した。
後方の2機の援護射撃を受け、前を行くバグスが突っ込んでくる。
2機から交互に襲いくるレーザー。
普通のパイロット、普通の機体ならば当たったかもしれない。
「ふっ」
しかし今回のターゲットはどちらも並ではない。
テスラ・ドライブによって、完全に3次元的に動けるようになったゲシュペンストは、空間を最大限利用して全てのレーザーを避ける。
回避軌道を利用してより高度を上げると、鋭い角度で先頭のバグスに向けて急降下した。
あたかも鳥が獲物を狩るが如く。
刹那の間をもって、急角度からバグスを斬って捨てる。
そもままの地面に触れるギリギリまで高度を下げ、残りの敵を目指して再度舞い上がる。
鋭角的に進路を変えたゲシュペンストは、残り2機の敵目掛けて直進した。
『敵50%殲滅。基地周辺の敵機も順調に減っています』
通信機からの報告と、前後から聞こえる爆発音を聞き流しながら、瞬く間に肉薄。
2機の間で急停止した瞬間、左手の敵にプラズマカッターを突き刺す。
右手の敵には、停止する前に腰の後ろから引き抜いたライフルを向ける。
「では、サヨウナラ」
別れの言葉を口に乗せ、ユウイチはボタンを押し込んだ。
ほとんど零距離から放たれたビームは、バグスを貫通して虚空に消えてゆく。
その光跡を見ることも無く、黒い機体は新たな敵を求めて飛び去った。
2つの爆発を背に。
「こっちも片付いたか」
上空から基地の様子を見たユウイチは、若干の安堵を滲ませつつも呟いた。
ユウイチが到着した時に、ちょうど基地のバグスを全て撃破したところであった。
唯一残っていたフラワーは、最後のバグスが撃破された数秒後に撤退したのを確認している。
(敵をやったのはあの3機か。砲戦用のシュッツバルトに、カスタムタイプのゲシュペンストが2機か……)
バグスの掃討を担当していた機体に目を向ける。
他にも3機の量産型が見えたが、あれらはシロガネの守っていたのだろうと思い意識から外した。
黄色い機体を見下ろし、次いで2機の白い機体に視線を移す。
その時……。
パイロットスーツを着た、高校生くらいの少年の顔。
やんちゃそうで、元気が有り余っていそうな……。
20歳を少し過ぎたばかりの女性。
理知的な顔をしているが、気の弱さが垣間見えるような……。
「っ!! 今のは……」
耳鳴りのような音と共に、眼前が一瞬ホワイトアウトしたかと思えば、ユウイチの脳裏に何故か人間の顔が浮かんだ。
誰に言われる事もなく、ユウイチは2機のゲシュペンストのパイロットだと確信する。
『うぉ、何だ今の。頭の中で音がしたけど』
『まさか共鳴……でもどこに』
通信機から疑問の声。
先ほど脳裏に浮かんだ2人だろう事は容易に予想がつく。
ユウイチは彼らに通信を繋げようとして……視界の端にそれを捉えた。
動き出したグランゾンを。
「!!」
ゾクリと、肌があわ立った。
操縦桿を倒し、フットペダルを限界まで踏み込む。
頭で考える事もなく、一瞬の逡巡も停滞もない。
反射を凌駕する反応速度、限界も超えよと加速したゲシュペンストは、流星の如く地面に向かう。
目指すは3機並んだ量産型ゲシュペンスト、その真ん中の1機。
極限状態の中、脳裏にグランゾンが移動して停止するのが見える。
明らかにモニターに映っていない外部の様子が、今のユウイチには手に取るように分かった。
「これか、ブレット」
強力なGの最中に、なんとか右腕を動かして計器の中にあるツマミを2つ押し上げる。
両肩の後ろに装備されたミサイルポッドのような部分から左右1つずつ、両端が尖った円柱のような黒い物体が落ちた。
(狙いはそこだっ!!)
ユウイチが心の中で念じると、黒い物体は命令を受けたように飛んでいく。
機体を対称に同じ軌道を描いて左右へ。
その間にも黒いゲシュペンストは突き進んだ。
背後のグランゾンは、先ほどフラワーを攻撃した時のように胸部ハッチを開いている。
『なぁっ!!』
「喋るなっ!」
目標の機体から驚愕した叫びが伝わったが無視。
スピードを緩める事なく、タックルするように押し切った。
同時に黒い物体も目標地点に着弾。
爆発の余波を使い、着弾地点前の機体を吹き飛ばす。
同時に、グランゾンを中心とした広範囲に黒い波のようなものが広がる。
それが強力な重力波だと知ったのは、ユウイチが帰還してからになるのだが……。
黒い波が過ぎ去った後に起こる、連続的な爆発。
「ふぅ」
轟音を聞きながらも軽く息を吐き出し、自機の状態を見る。
爆発によって降り注いだ瓦礫が機体に乗っているが、それほど問題ではない。
致命的なダメージも負っていないようだ。
だが、通信機等のコックピット周り以外の回路が一時的にストップしている。
狙われれば致命的だが、何故だかグランゾンはそうしないだろうとの確信がユウイチにはあった。
うつ伏せ状態の機体をそのままに、機体の再起動シークエンスを起動させながら周囲の状況を確認する。
突っ込んだ時の機体のスピードがスピードだったのか、基地よりかなり離れたらしい。
逆に、爆風で飛ばした量産機の1機は、かなり基地よりに倒れている。
もう1機も同じくらいの地点にいるのだろうが、そちらは瓦礫が酷くて確認は出来なかった。
この状態を巻き起こしたであろうグランゾンは、当然ながら無傷。
そこを中心に、かなりの範囲が円形状に壊滅していた。
6台のバルドングは全て破壊され、基地内の施設も軒並み倒壊。
ユウイチが助けなければ、おそらく量産型の3機も助からなかっただろう。
「……酷いな」
ユウイチの呟きも無理ないと言うほどの壊滅具合。
ただ、シロガネが全くダメージを受けてない事から、効果範囲が地表付近だと言うことは推測できた。
シュッツバルト以下の3機は飛び上がって避けたのか、致命的なダメージは存在していないように見受けられる。
『ちょっとアンタ! 何時まで圧し掛かってるつもり! さっさと退きなさい!!』
そんな周りの様子も何のその、元気な−と言うより怒った−声がコックピットに響き渡った。
何処からの通信かなど確認するまでもなく、目線を下げる。
モニター内には、自機で押し倒すように下敷きになっているゲシュペンスト。
「すまないな。だが制御系を再起動させるまでしばらく待ってくれ」
バイザーを上げながら、ゲシュペンストへと双方回線を開く。
映像回線も繋げると、開いたウインドウには肩を怒らせる女性が映った。
向こうはバイザーを下ろしているが、それでも中々に怒っている様子が見て取れる。
『乙女を押し倒すなんて、何考えて…る……』
「ん?」
段々と小声になっていく女性−当然ながらナナセである−に疑問の声を上げるユウイチ。
何故か、その身は硬直している。
『ってぇ。さっきの攻撃はあんたか?』
新たな通信が入ると、ユウイチは同じように繋げた。
そこに映るのはヘルメットを脱ぎ、頭を撫でるようにさすっている男。
「そうだが? 助けてやったんだから、ありがたく思え」
『む。偉そうなやつめ』
「実際偉いのだよ」
ふふん、と鼻で笑う。
ユウイチはかなりの俺様体質と発覚。
『なかなかの傍若無人っぷりだ』
「まぁな」
『感動した』
「そうか」
『……ツッコンでくれないのか?』
「何で?」
『ボケたらツッコミ、これは義務だろ!?』
何やら熱い叫びを上げる男、いや漢コウヘイ。
芸人気質の彼にとって、ツッコミの有無は死活問題らしい。
『ちっ。わびさびのわからんヤツめ』
ぶちぶちと目線を移動させながら文句を言い始める。
(ボケとツッコミにわびさびは要らんだろ)
口には出さず、内心では律儀にツッコんでいたりするユウイチ。
何時から芸の道に和の心が必要になったのだろうか?
『ナナセ。おいナナセ』
ユウイチが芸と和の心の関係に思いを馳せている間に、コウヘイはルミに話し掛けていた。
しかし硬直したままのルミは答えない。
『おーいナナピー』
『ナナピーって言うなこのスカタン!! あ……』
何が気に入らないのか、『ナナピー』と呼ばれると覚醒を果たした。
半ば条件反射的にコウヘイを怒鳴りつけ、ユウイチと目線を合わせるとバツの悪い顔を見せる。
その仕草に思わず口元を緩めたユウイチ。
『あ、あの!』
「俺かな?」
『はい。間違ってたらすいません。もしかしたら、元教導隊のユウイチ・アイザワ少佐ですか?』
「そうだが……」
『ホントですか!? 感激です。連邦軍のトップエースと、まさかこんなところでお会いできるなんて』
「そんな凄くもないんだが……」
「そんな! 少佐はあたしの憧れなんです!! 後で握手してもらっても良いですか?」
「あ、ああ」
ルミの勢いに圧され気味。
階級の間違えを正す事もできないユウイチ。
彼女はかなりミーハーなのかもしれない。
『……きょうどうたい?』
『平仮名……まさかアンタ知らないの?』
『何で平仮名って分かった。も、勿論知っているぞ。ゲマインシャフトだろう?』
『それは共同体。士官学校で習ったでしょ!』
『寝てた』
『威張るな!』
一瞬で漫才が始まってしまった。
1人蚊帳の外なユウイチは、その漫才を腕を組んで眺める。
彼らが元気よく言い合いしている様を見て、『若いって良いなぁ』とか思っていたりするのは彼だけの秘密だ。
その時、ピッと言う軽い音と機体各部からの蒸気が、再起動の完了を告げた。
同時に機体のレーダーが高エネルギー反応をキャッチ。
すぐさま機体を立ち上がらせると、反応のある後ろを振り向いた。
エネルギー反応は、やはりと言うべきかグランゾン。
ユウイチ機が振り向いた瞬間に、彼の機体から黒い塊が放たれる。
それはまさに小型のブラックホール。
黒の塊は、白い装甲に接触した瞬間、全てを喰らうアギトの如くそこにあるモノを削り去った。
閃光と轟音。
―――グランゾンにより、シロガネ完全に沈黙。
『なっ!!』
『シロガネが……』
驚愕の声を漏らす2人。
オープン回線からは、彼らの他に自分の部下の声も聞こえる。
この惨劇をもたらした機体は、悠然と動かずに立っていた。
(なるほど、ね。それがEOTI機関の選んだ道か……)
しかしユウイチには分かった。
グランゾンが攻撃ポイントをわざと外した事を。
ブリッジ部分が爆発寸前に切り離されて難を逃れた事を。
彼は戦闘時にパニックからの思考停止状態に陥る事が無い。
何故なら、戦闘する時には平時と思考を完全に切り離しているからだ。
ある意味戦闘マシーンとも言えよう。
『よくもシロガネをっ!!』
そこで、ユウイチが考えていなかったイレギュラーな行動に出た人間がいた。
ユウイチが助けた3機の内、今まで通信の無かった機体のパイロットである。
彼のゲシュペンストは、瓦礫の中から飛び出したかと思うと、量産機が出せるであろう最高速度を以ってグランゾンに向かう。
『中尉!!』
『無茶です止めてください!!』
「ちぃっ!!」
ルミやコウヘイが回線で呼びかけるが、停まらない。
ユウイチも追いすがるべく動くが……。
「バーニアが……」
先ほどの爆発によるものか、バーニアの点火が遅れる。
見ればオリハラ、ナナセ機とも、ダメージがあるのか立ち上がる事も出来ていなかった。
数秒して火の入ったバーニアを吹かし、ユウイチ機がグランゾンに向かって飛ぶ。
『うぉぉぉぉぉぉ!!』
そんなユウイチを尻目に、量産機はプラズマカッターを右手に突っ込んだ。
加速を最大限生かした突き。
グランゾンは向かってくる機体を視界に納めても尚、何の動きも取ろうとしない。
接触。
しかし……。
『その程度でこの私に勝てると思っているのですか?』
通信機に響くシュウの言葉の通り、グランゾンにはダメージを負った様子は微塵も無かった。
接触する寸前、グランゾンの前に薄蒼いなベールのようなものが顕れ、量産機の加速エネルギーのほとんどを無効化したのだ。
『くそぉぉぉ!!』
怨嗟の声を上げながら、なおも攻撃を続ける。
しかしその悉くが先ほどと同じように軽減。
大したダメージを受けた様子は皆無であった。
『気はお済ですか?』
そう言うと、攻撃させるままにしていたグランゾンが動く。
またしても機体前の空間が歪み、藍色の機体はその中に手を入れた。
どういう原理か手を抜き放つと、そこには10メートルほどもある特異な形状の物体が握られている。
いささか前衛的な形をしているが、剣……なのだろう。
『それではお元気で』
こちらに向かってくるユウイチ機を見たかと思うと、剣を振り下ろした。
受けようと差し出された量産機のプラズマカッターを、僅かの接触で押し切る。
『なん……だと』
抵抗など無いかのように、ゲシュペンストを真っ二つに斬り裂いた。
『中尉!!』
『いやぁぁぁぁ!!』
悲鳴を聞き、ユウイチはやりきれない気分を抱えてキツく操縦桿を握りしめる。
バーニアにダメージがあるのか、彼の機体は最高速の半分さえも出ない。
『オリハラ、ナナセ……後は…ま……か………』
最後はノイズに取って代わる。
脱出装置もダメだったのだろう、爆発に全て消えた。
『今のパイロットやシロガネの連中は…し、死んだのか……!?』
「ちっ」
その声が聞こえた時、ユウイチは盛大に舌打ちした。
発生源は、グランゾンの近くにいる白いゲシュペンスト。
少年の声には、隠し切れない混乱と恐怖の感情しか感じられない。
眼前で起こった異常な状態に、頭が混乱で飽和してしまっているのだろうか。
今の精神状態では、機体を動かす事さえも不可能。
『やはり……あなた達では、これぐらいの抵抗しか出来ませんか』
呟くように、言い聞かせるように、グランゾンのシュウは少年の白い機体に接近する。
先の剣を左手に持ったまま。
『な……何だって!?』
『ならば、利用する価値も利用される意味もありませんね』
『ここまでです。では、死んで下さい』
少年とシュウの会話が流れる中、2機を目指して飛行する。
ただ間に合えと。
『ライ、リュウの援護を!』
『しかし……くっ、距離が遠い』
『や、やられる!?』
その大きな剣を振り下ろした。
数秒後には、先の量産型と同じ運命を辿る事になるだろう白い機体に……。
瞬間。
黒い機体が割って入った。
両手にプラズマカッターを持ち、頭上でクロスさせる事で相手の剣を防ぐ。
その効果は、両者の鍔迫り合いという均衡で表れた。
接触面ではバチバチと放電現象さえ起こっている。
「シュッツバルトのパイロット、聞こえるか!?」
ユウイチは、眼前のグランゾンを睨みながら通信機に怒鳴った。
後ろの白い機体を守るためであろう、接近しようとしているシュッツバルトに宛てた通信。
目前の藍の機体から気を抜けば押し切られそうな力強さを感じ、より強く操縦桿を握り締める。
『こちらシュッツバルトのライディース少尉です』
「ライ? お前か」
『っ。……その声はアイザワ少佐ですか?』
「ああ。旧交を温めるのはまた今度にして、お前ともう1機で、後ろの足手まといを持って離脱しろ。ここは俺がやる」
『……了解しました。ご武運を。アヤ大尉』
『はっ、はい! リュウを助けていただいて、ありがとうございます』
若い女性の声が通信機から聞こえると、行動不能だった白い機体は他の2機と一緒に下がる。
あのまま交戦区域から離脱するのだろう。
『話は済みましたか?』
「わざわざ待っていてくれるとは、律儀な性格は昔のままか」
シュウから通信が入る。
彼の言葉は、わざと3機を見逃した事を認めていた。
『この体勢もいささか飽きましたね』
「それもそうだ……なっ!」
軽く体に力を入れ、ユウイチは機体の左足だけ前に踏み込ませる。
左半身を前に出すようにすると、3本の接触面を一瞬で右に流して前部スラスターでバック。
グランゾンから距離を取る。
『久しぶりですね、ユウイチ』
「とんだ再会だ。……お前は何でこんな事をする?」
2機の間は、距離にして約20メートルほど。
今まで見たグランゾンの射撃系攻撃は胸部ハッチを開いていた。
この距離ならば、胸部ハッチが開くと同時に接近しても、あれらは食らうまいとの推測からの間合いだ。
『それは愚問というもの。今の私はEOTI機関の所属なのですよ? ならばこれが誰の意志かはお分かりでしょう?』
「ビアン博士か……」
『その通りです。もう少しすれば、今日の意味も解るでしょう』
話しながらも、ユウイチの眼は少しもグランゾンから離れない。
機体の足を少し開く。
さながら引き絞った弓の如くに、突撃する力を溜める。
「どちらにせよ今のお前とは敵同士」
『何でも二元論で捉えるのは人間の悪癖ですね』
「なら敵じゃないとでも言うのか?」
周りの惨状を思い返しながら問い掛ける。
これで肯定したら、相手の頭は人間とは違う構造なのだろう。
『いえ。今に限れば敵です。私もまだこの組織でやる事が残っていますからね』
「そうか。ならばその機体…………見極めさせてもらおう!!」
グッと操縦桿を握り締めて、右足を軽く踏み込む。
同時にブレットを全弾射出、6発の黒い弾丸がグランゾンに向かった。
正面に2発、後ろに2発、左右1発ずつ。
『ほぅ。T-LINK系の武装ですか……。まさかあなたが念動力者とは』
シュウの口調はあくまでも涼しい。
正面からのブレットを剣で遮り、他の4発は当たるに任せる。
やはり当たる寸前に見えるのは、蒼いベール。
ユウイチの眼は、バレットのスピードが一時的に緩んだのを見た。
(予想通りか……)
操縦桿を倒して足を踏み込む。
左右にプラズマカッターを所持したまま、剣を振り払う事で爆煙を振り払ったグランゾンに肉薄する。
ユウイチは、この戦闘でグランゾンを倒せるとは欠片も思っていなかった。
可能なら撃破を、と最初は考えていたユウイチだが、先ほどの戦闘を見た事で考えを変更。
バリアのようなものが張り巡らされていると理解したユウイチは、目標を撃破からデータ収集に切り替えたのだ。
同時に、連邦軍があれを倒す為には、多数の機体による物量作戦しかないだろうな、とも判断して。
『その戦闘考察力……侮れませんね』
そんなユウイチの思考を察したのか、シュウは口調を真剣なものに変える。
接近してきたゲシュペンスト目掛け、左に持った剣を水平に薙いだ。
速度、威力共に申し分のない強力な一撃。
まともに当たれば、横一文字に斬り裂かれるは必定。
「甘いなっ!!」
左手のプラズマカッターを思い切り叩きつけ、一瞬だけ動きの止まったところを右のプラズマカッターを下から斬り上げる。
弾かれ、宙に浮く左腕。
見事に必殺の一撃を捌き、がら空きになった右側へ踏み込む。
グランゾンの左手が戻りきる前に、斬り上げた動きのまま円運動を利した逆胴。
やはりベールのようなバリアに接触するが、無視して圧す。
更に連撃。
左右の剣を、突き、薙ぎ、払い、斬り上げ、斬り下ろす。
その様は剣の嵐。
グランゾンの剣も何度か振り下ろされたが、その度にユウイチは切り払った。
これだけ接近した状態では、長い剣は逆に目標に当たりづらい。
自然斬撃の速度も遅くなり、お蔭でユウイチは簡単に対応する事が出来る。
勢いに押されたか、グランゾンはゲシュペンストと共に少しずつ後退していった。
『ふふふ。まさかこれほどとは思いませんでしたよ』
見るからに劣勢にもかかわらず、シュウは余裕のある声を出していた。
無理矢理2機の間に剣を差し入れ、振りぬく。
「くっ! マズった!!」
剣の腹をで飛ばされたゲシュペンストは、後部バーニアを使ってすぐさま制動をかける。
またしても対峙する2機。
距離は先ほどと同じか、やや開いた。
『あなたが操者に選ばれれば、ラングランも何とかなったのかもしれませんね』
「……ラングランに何かあったのか?」
『今のあなたには関係のない事ですよ』
クククと、誰かを蔑んだような響きを乗せて彼は笑った。
紛れもなく、その声に含まれるのは悪意。
コックピットでそれを聞いたユウイチは、激しい違和感に顔をしかめる。
「お前、本当にシュウ・シラカワか?」
『本当、とは? 私が偽者だとでも?』
「俺の知っているシュウは、すくなくともあからさまな悪意を見せる男ではなかった」
共に過ごした時間は短かったが、それでも解る事がある。
ユウイチの知る彼は、掴み所の無い人間ではあったが、悪意と言う感情からは縁遠い人間であったはずだ。
その過去が告げている、眼前の男は根本において別人だと。
『鋭いですね。……確かに1つだけ、あなたと出会った後に変わった事があります』
「何?」
『ですがそれを言う必要もありません』
「……ケチくさい」
『そうですか? ならばこんなプレゼントは如何です?』
グランゾンの胸部ハッチが開く。
視認するやいなや、ゲシュペンストは動いた。
……が。
『そう何度も懐に入れるわけにもいきませんからね』
同時にグランゾンも動いていた。
なんと手に持っていた剣をゲシュペンストに向かって投げつけたのだ。
狙い違わず一直線に向かってくる剣。
「くっ」
逆噴射で少しだけ勢いを殺し、同時に左肩の補助バーニアだけを使い無理やり機体をひねって避ける。
すぐ左を通過する剣。
紙一重の差。
『ワームスマッシャー、発射』
しかしその間に敵は攻撃に移っていた。
(回路が焼ききれたか!!)
ちっ、と舌打ち。
あまりに無茶な軌道を実現したからか、各部バーニアが動かなかった。
グランゾンの前の穴は、閉じかけ。
つまりは……。
―――10時上
前部スラスターを一瞬だけ最大出力。
刹那、移動する前の位置にビームが突き刺さった。
―――後方7時半上
右足を強く踏みしめ、左足を蹴って反転。
左半身のあった場所を光が
空間から攻撃が出現するより早く。
3発、4発、5発目と、まるで先読みするかの様にユウイチは避ける。
ほぼ同じ瞬間に放たれた2発を避け―――
―――2時上、9時上、5時上
3方同時。
後部スラスターで正面に。
右上腕に被弾。
しかし、それで全て避けきった。
反射的に、ほとんど用を成さなくなった右腕をパージ。
地面に落ちると爆発した。
「はぁ…はぁ……はぁ。何だ今のは……」
極度の緊張から開放されたからか、荒く呼吸を繰り返す。
疑問に思うのは、予知さながらな自らの勘か。
『まさか全て避けられるとは……おや? この反応は……』
感嘆の言葉を吐き出したシュウは、途中で新たなる反応に気付く。
彼にとって馴染み深いそれは、基地を挟んで反対に現れた。
「あの機体……」
全身が尖っている蒼白い人型の機体。
その形状はユウイチの記憶の中に存在していた。
「何だこれ?」
「私の夢の設計図よ」
「夢?」
「そう。何時か飛ばせたいの」
「ふーん。名前は?」
「風の精霊サイフィスから取って……」
「サイバスター」
記憶の底から引き上げた単語を、ぽつりと口に出す。
一瞬青い髪の少女の顔が脳裏をよぎった。
「完成させたのか、ウェンディ」
万感の思いを込め、祝福するかのように少女の名を呼んだ。
自分が戻った後も、1人の少女が諦めずに夢を追い求めた結果が目の前にある。
それが友人として誇らしかった。
『おやおや、こんな所までサイバスターが現れるとは……』
回線から、心底呆れたような声。
若干苦笑もしているようだ。
『もしかすると、私を追いかけて来たのですか、マサキ?』
『シュウ! 貴様、ラングランだけじゃなく地上まで滅ぼすつもりか!?」』
涼やかなシュウの声に、まだ若い男の声が応える。
しかしユウイチにとって男の声などどうでも良かった。
問題はその発言内容。
(ラングランが……壊滅だと!?)
かつて自分が、一時的とはいえ住んでいた場所。
第2の故郷とまで思ったラングラン王国の壊滅。
男の言葉が真なら、到底看過しえない。
嫌な想像が脳裏を占め、シュウと男の会話に耳を傾ける余裕も無くした。。
『では、ごきげんよう』
「っ!? 待てシュウ! ラングランが壊滅というのはどういう事だ!?」
今まさに離脱しようとするグランゾンに呼びかける。
飛び去ろうとしたグランゾンは一瞬振り向いたが、すぐに背を向けた。
『そのままの意味ですよ。知りたい事があればサイバスターの操者に聞いてみると良いでしょう』
もっとも話を聞くとは思えませんが、と続けると笑い声を上げた。
背部に装備されたバーニアを使って空に飛び上がるグランゾン。
『またお会いする事もあるでしょう』
そうユウイチに一声掛け、そのまま北西に向かって消えていった。
「ふぅ」
「外はひとまず終わりました」
「ご苦労様」
パイロットスーツを脱ぎ、プラチナのブリッジまでやってきたユウイチとアキコ。
救援活動と、大破したシロガネの残骸を回収してきたところである。
そんな2人にマコトが労いの声を掛けた。
シュウが去った後、ユウイチは彼の言葉に従いサイバスターに通信を繋いだ。
言われた通りにするのは癪だったか、情報源が1つしかない以上仕方のない事。
しかし、彼のパイロットはこれを拒否。
人型から鳥のような形態に変形して、さっさと飛び去ってしまったのである。
図らずもシュウの言った通りになったわけだ。
「アイザワ少佐、大尉。貴官の救援活動に感謝する。いや、今は大佐と少佐か」
マコトの隣でモニターを見ていた年配の男が、ブリッジインしたユウイチを認めると、艦長帽を取って頭を下げる。
白い豊かな髭と、見事な白髪が男の年齢を感じさせた。
その隣にいた若い男も一緒に頭を下げている。
「ちょ、頭上げて下さいよ。当たり前の事なんですから」
「と、父さん」
焦るユウイチとアキコ。
隣のマコトは笑ってみている。
彼女も先ほど同じ事をされて焦っていたりした。
頭を下げた2人の男は、ダイテツ・ミナセ中佐と、テツヤ・オノデラ大尉。
ダイテツはアキコの父であり、ユウイチにとっては義理の父親である。
テツヤはユウイチより1つ下、若いながらも大尉であり、エリートコースを歩んできた人間だ。
彼らはそれぞれ、撃墜されたシロガネの艦長と副長でもあった。
プラチナのクルーによる救援活動によって、他の人員とともに保護されたのだ。
残りの人間は、医務室での治療と食堂でリラックス-コウヘイとルミはこちら−してもらっている。
「しかし、ご無事で何より」
「無事なものか。ブリッジクルー以外で生き残った人間は僅か13人」
「父さん」 「艦長」
「今は艦長ではない。……若い奴らが死んで、儂のような年寄りがまた生き残った」
血を吐くような思い。
ダイテツの口調からはそんな感情が見て取れる。
気遣うようなアキコとテツヤ。
「ならば、あなたが生き残った事に意味があったという事でしょう」
肩を落としたダイテツに、かかる声。
発言者であるユウイチの顔は真剣であり、口調は真摯だ。
ブリッジにいる人間が注視する中、ユウイチは続ける。
「少なくとも、死んだ人間に対しての責任があなたにはある」
「……そうだな」
「差し当たっては司令部への報告ですがね」
「ふっ」
「それに、俺の
「あなた」
「ふ、ふははははは」
嬉しそうにユウイチを見るアキコと、呵呵と大笑いするダイテツ。
心底楽しそうに。
「か、艦長」
「艦長ではないと言っただろう大尉。しかし、負うた子に教えられるとはこの事。まさか
嬉しそうな顔。
親にとっては、子の成長ほど嬉しいものはないのだろう。
昔から面倒を見ている彼にとって、ユウイチは実の息子も同然。
喜びも一入と言うものだ。
「今度、取って置きの酒で一杯やろう。子に階級を抜かれた時に呑もうと決めておった酒だ」
「その時は喜んで」
「私もご相伴に与らせて頂こうかな」
「当然わたしもです」
「ああ。盛大にやろう。大尉もくるか?」
呆然と話を聞いていたテツヤにも誘いをかける。
それを聞いた彼の顔が引き攣った。
「わ、私はアルコール類はちょっと……」
「はいは〜い。シイコさんも参加させてください!」
「構わんぞ。今度は宴会だ」
笑いながら許可する。
いい感じに箍が外れたようだ。
先ほどと違い、和やかな雰囲気が満ちたブリッジだった。
「これは……EOTI機関からの通信をキャッチ。全世界に向けて放送されているようです」
そんな雰囲気のブリッジにアカネの報告が飛ぶ。
彼女は会話に参加せず、ずっと通信機と格闘していたのだ。
今までの雰囲気が嘘だったかのように、ブリッジには緊張感が漲る。
図らずとも、アカネの報告和やかな雰囲気が崩れた。
誰も彼女を構ってくれなかったから報告したわけではないだろう…………たぶん。
「繋いでくれ」
「了解。モニター出します」
『…もはや、人類は逃げ場を失った!』
正面に大写しにされた映像の中で、1人の壮年の男が壇上で声を張り上げている。
強靭な意志の篭った眼。
何者にも屈する事は無いと言うような堂々たる態度。
彼こそがEOTI機関代表、ビアン・ゾルダーク。
地球圏最高の頭脳の呼び声も高い男である。
『我々に必要な物は、方舟ではなく…異星人に対抗するための剣なのだ』
「……その為のグランゾン。そしてアーマードモジュールか」
唸るユウイチ。
シュウの言っていた『今日の意味』とはこの事だったのかと。
『よって、私はここに秘密結社ディバイン・クルセイダーズによる地球の武力統一を宣言する!』
「紛れもない宣戦布告」
「本気、ですね」
マコトとアキコは、当たり前のように感じ取った。
モニター越しにも感じられる強烈な意志を。
『これは人類が生き残るための戦いである。正義と平和の名の下に、振り上げられた剣の下に…』
「バカな! 武力行使による正義と平和など……」
憤りを隠さないダイテツ。
だが、同時に何か引っかかるものも感じていた。
ビアンと言う男、そんなに底の浅いはずはないと、彼の勘は囁く。
『人よ集え、人よ戦え!』
この映像を見た人間が、世界各地で動く。
その動きがどのようなものになるかは分からない。
だが、彼は確かに世界を動かした。
『我らディバイン・クルセイダーズと共に、人類の新しい未来を作り出そうではないか!!』
「世直しか。そう簡単にいくと思うなよ、ビアン・ゾルダーク!!」
ビアンの最後の言葉と同時に声を張り上げるユウイチ。
彼以外の人間もモニターをきつく睨んでいる。
その瞳には、ビアンに勝るとも劣らない意志が確かに存在していた。
物語は荘厳に、そして強大な意思によって開幕した。
先は、まだ見えない…………。
To Be Continued......
後書き
あぁぁぁぁぁ、何とか完成です。
今回もキっつかったぁぁぁ。
それに過去最大の容量です。(何とテキストで50kバイト超え
戦闘シーンがちょっと多いので、飽きられるかと心配。
今回はグランゾンとシュウがメインっぽいお話でした。
問答無用でグランゾンが強いですが、如何だったでしょう?
私のイメージではこんなもんです。
最近はSSで簡単に量産とかされてるグランゾンですが、私は逆を行きますので。
今回も苦戦したユウイチ君。
しっかりと書いておきますが、彼は弱くありませんよ。
むしろパイロットとしては問答無用で最高クラス。
そこんとこはご理解の程を。
ゲームの数値で言えば、今回のユウイチの攻撃は10000以上のダメージ与えてますから。
グランゾンのHP上限が高かっただけです。
前回アンケートの結果、某王子は生きることになりました。
まぁ外伝では将来の為の布石を打つって感じなるでしょうからね。
彼の生き死にはOGのシナリオより後の出来事ですし。
それでは今回この辺で。
睡眠時間削ったんで眠いっす……。
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1話が長すぎとか。