「…なるほど。アイドネウス島のメテオ3を解析していたEOTI機関が……」
窓もなく光源も少ない薄暗い部屋に、朗々と男の声が流れる。
男は、褐色の肌と彫りの深い顔立ちを持ち、東南アジア系の人間と言われて納得できる容姿をしていた。
腕を後ろで組んだ男は、数歩進むとくるりと方向転換し、数歩進攻しては180度進路、また歩く。
その繰り返し。
「人型機動兵器・アーマードモジュールを独自に開発、量産し……」
立ち止まらなかった男がピタリと停止する。
位置は男の歩行距離の中心、巨大な机の前だった。
そして90度回転。
「あなた方に反旗を翻した…とおっしゃるのですね」
机の主に正対する。
男の目はおよそ人間とは思えないほど何の感情も映していなかった。
「私が裏で指揮を執っているとでも思っていたのか、ニブハル・ムブハル」
胡乱げな視線を目前の男向け、机の向こう側に座っていた男が発言する。
白髪に小太りの、老人といってよい年齢。
好々爺然とした容貌だが、眼に映る狡猾な光がその全てを裏切っていた。
「いえ。ゲストとの交渉を進めていたあなたが、万一にもそんなことをなさるはずがありません」
ニブハルと呼ばれた男は、老人の視線を気にした様子もなく話を続ける。
その口調にも、彼の視線同様何の感情もない。
「しかし、今回の件はEOT特別審議会の監督不行届きではございませんか?」
「………」
「しかも、例の演説であなた方がひた隠しにしてきたゲスト、すなわち異星人の存在が明らかになってしまいました」
「ビアンめの演説か……」
「ええ。この不始末、どうされるおつもりなのですか?」
あからさまな責任の追求をする男だが、外見上老人に変化は見られない。
内心はどうか知らないが、少なくとも顔に出すような愚を犯す老人ではなかった。
机に置かれたランプが揺らめく。
「問題はない。情報操作をすれば、民衆をあざむくことなど容易い」
発言からも大した事がないと思ってる様子だ。
一般大衆を馬鹿にした発言内容も、彼にとってはあたりまえの事のようだった。
「では、DCにはどう対処なさるのです?」
「たかが一組織の勢力など、連邦政府や連邦軍の前では無力だ。すぐに鎮圧させる」
「それは無理な話でしょう、カール・シュトレーゼマン議長」
カールなる老人の発言を真っ向から否定するニブハル。
内心では同意見であったカールだが、そ知らぬ顔で先を促す。
「かねてから、あなた方EOT特別審議会を良く思っていないコロニー統合軍、彼らがビアン博士の動きに同調していると聞いております」
「……耳が早いな」
「彼らに制宙権を握られると、連邦軍は非常に都合が悪いのではありませんか?」
それは事実。
地球圏の通信ネットワークの大本は、宇宙に存在する通信衛星であるのだから。
そこを抑えられたと言う事は、部隊間の通信が途絶し、最悪全滅する可能性さえあり得るのだ。
「それは軍の問題であって、我々EOT特別審議会が関与する事柄ではない」
しかし彼にとってはどうでもよい事。
地球圏を実質動かしている大政治家の言葉とも思えない。
ランプが作り出す陰影と相まって、無表情な老人の顔を能面じみて見せる。
「……そうですか。いずれにせよ、あなた方の意向は了解致しました。この件は本国に報告させて頂きます。それでは失礼」
慇懃に一礼。
何事もなかったかのように背を向けると ただ1つの出入り口から退出していった。
「フン…犬めが」
一瞬光が差した扉に向かって毒づいてみせる。
ニブハルは、結局1度も表情を動かさなかった。
「シュトレーゼマン議長、いかがなさいますか?」
お伺いを立てる声。
部屋の角から1人の男が歩いてくる。
声を出す必要のなかった今までは、彫刻の如く佇んでいたのだろう。
「連邦政府に圧力をかけ、異星人に関する情報の規制を急がせろ。今の我々にとっては、ビアンの反乱よりそちらの方が重要問題だ」
「承知致しました。では……」
部下らしい男は、机の前で綺麗に一礼して去っていく。
部屋には老獪な政治家だけが残った。
闇の中で、老人は身動ぎもせず座り続ける。
彼が何を考えているか…………それは彼にしか知りえない。
スーパーロボット大戦 ORIGINAL GENERATION
Another Story
〜闇を切り裂くもの〜
第8話 闇と影
「災難だったな、ダイテツ」
広い窓から日の光が燦々と降り注ぐ中、ノーマンは力強い声で労いの言葉をかける。
苦笑のニュアンスのその響きの中、労わりが込められているのをユウイチは感じ取った。
「恐縮です閣下」
「そう畏まるな。この場には私たちしかいないのだからな」
軽く頭を下げるダイテツに苦笑し、言葉と共に室内の人間を見回す。
その視線にユウイチは軽く頷き、マコトは薄く微笑んだ。
現在ユウイチ達は、南極から連邦軍ジュネーブ総本部に戻ってきている。
到着後にノーマンの好意で一泊して疲れを落とすと、ユウイチ、マコト、ダイテツの3人は総司令室に赴いた。
南極で起こった事件の経過報告と、今後の行動についてを話し合うためだ。
簡単な報告は到着と同時に送られているが、やはり体験した人間の口から聞くのが重要である。
「それにしても、ダイテツは随分落ち着いているな」
精神的なダメージでもっと落ち込んでいると思っていたノーマンである。
彼も軍人として、若い命を散らす事に苦い思いを抱いている人間なので、ダイテツの落ち着き様は少し不審に思ったのだ。
「いやはや、義息に諭されましたな」
「ほぉ、そうなのかユウイチ?」
「さて」
愉快そうな顔を向けたノーマンを、軽く笑ってやり過ごす。
その様子を見たマコトがクスクスと笑った。
「その事は、後でダイテツと一杯やりながら聞くとして、これからの事について話そう」
「そうですな」
壮年の男2人が顔を引き締める。
(……酒は呑むのか。まぁ2人とも酒好きだしな)
特にダイテツは。
ユウイチは、小学生時代から晩酌に付き合っていたのを思い出した。
「……正直状況は芳しくない」
そんな回想を他所に話は始まる。
苦虫を口一杯噛み潰したようなノーマンの表情が、発言を何より雄弁に語っていた。
「その口ぶりだと、既に仕掛けたようですね?」
「ああ。2日前にマーケザス諸島制圧作戦を行ったのだが…………結果は惨敗だ」
「惨敗……ですか?」
「うむ。DCの態勢が整う前に、という電撃作戦だったのだが、戦力の70%近くを失った」
「なっ!」
「7割! 何故ですか!? 被害が2割を越える前に撤退すべきはずだ!!」
マコトは絶句し、ダイテツが声を荒げて問いかける。
ユウイチも声こそ出さなかったものの、目を見開いた。
損耗率70%。
これは、正規戦で出す被害の多さではない。
ここまでの損耗率では、全体で見れば全滅と言っておかしくはない数字だ。
潔く退く事も優れた軍人の資質。
3人の驚愕した様子も無理はない。
勝てなければ、退いて戦力を残すのが指揮官と言うものなのだ。
「原因は帰途中の君達と連絡を取れなかった事に関係する」
「……軍事衛星網をDCに奪われたのですか?」
マコトが、思いついた答えらしきものを口にする。
ジュネーブへの帰還途中、通信不可能状態になった事を思い出したのだ。
「おおよそはその通りだアイザワ中佐」
頷くノーマンだが、事態はより深刻だと続けて話した。
「これ以上何が…」
「して、それは?」
「……うむ」
「コロニー統合軍か」
1つ頷いたノーマンの後に、今まで黙っていたユウイチが発言した。
マコトとダイテツは咄嗟に彼の顔を見る。
ノーマンは、その通りだと頷いて見せた。
「しかし大佐、何故分かったのかね?」
「エルザムの存在です。数日前襲ってきたヤツは、アーマードモジュールに乗っていましたから」
「なるほど。AMの製作はEOTI機関主導。そのAMに統合軍トップエースが乗っているとなると……」
「ええ。EOTI機関……今のDCと統合軍の橋渡し役だったのでしょう」
エルザムとの戦闘を思い出して頷く。
彼はユウイチの推測を一言も否定しなかった。
いずれこうなる事も分かっていたのだろう。
「そんな事があったのかね?」
「ええ。なんとか撃退はしたのですけど……」
ユウイチとノーマンの会話を耳に、艦長同士で意見交換をする2人。
エルザムとの遭遇は知りえないダイテツ。
合流前の戦闘が彼の耳に入っていないのは当然の事である。
「君達の言う通り、先の作戦の失敗は統合軍による軍事衛星網の掌握が原因だ」
一通りユウイチから話を聞くと、ノーマンが続きを話し出した。
マコトとダイテツの意見交換も終了したらしく、3人とも真剣な顔で聞く態勢になる。
「統合軍の実に9割近くが反旗を翻したと報告を受けている」
「9割!」
「それは……」
「残りの1割が各コロニーの為の防衛部隊と言う事を考えれば、実質統合軍全てが敵となったと考えて良いだろう……」
椅子に背を預ける。
ノーマンの口からはため息が洩れた。
今の話を聞いて、暗澹たる気持ちにならない方がおかしいだろう。
「しかしそこまで見事に軍を統率してみせるとは、マイヤー・V・ブランシュタイン……侮れませんな」
「その通りだ、ダイテツ」
「地球にはビアン・ゾルダーク。宇宙にはマイヤー・ブランシュタイン。……どちらも厄介だな」
「そうね」
「報告は以上です」
言うべき報告を全て行ったユウイチがそう宣言する。
マコトが詳しくまとめた資料を机の上に置いた。
「ご苦労だった。それで諸君には、数日間の休息の後に新たな任務に就いてもらう」
「この状況下で休息というのは、後ろめたいですわね」
「君達は南極から帰還したばかりなのだ。少し休みたまえ。特にダイテツはな」
「しかし閣下」
「先に失った戦力の再編が済んでおらんからな。どのみちそれが終わらねば大きな動きは出来ん」
尚も言いたそうな顔をしたダイテツであったが、結局は引き下がった。
指揮官である彼には理解できる理由。
統制の取れない軍は、既に軍足り得ない。
まして相手が強大な現状、最低自軍は纏めておくべきだ。
「俺たちは元々大掛かりな動きをする部隊じゃないですけど?」
逆にユウイチ達の部隊は小規模な事が強み。
小回りが利く彼らは戦力の再編を待つまでもないのだが……。
「ああ。ユウイチ達には、再編終了までこの基地の守りに入ってもらう」
「……襲撃があると?」
「ある。こちらの戦力がズタズタな今を措いて時機は無いだろう」
「そうですね」
合槌を打つマコト。
ユウイチも軽く頷いて賛意を示した。
(総司令部だからな。潰せば士気も挫ける)
つまりはそういう事である。
この基地は連邦軍の本陣そのものなのだ。
総力を上げて潰すかは分からないが、最低でも威力偵察くらいあるだろう。
「……思い出したのだが、南極で生き残ったパイロットが2名いたそうだが?」
「ええ。男女1名ずつです。……それが?」
「腕と人間性が問題ないようなら、君の部隊に配属しようかと思ったものでな。で、腕の方はどうか?」
「若いながらもそれなりの腕でしょう。クラタ、カワスミの少し下、と言ったところでしょうか」
目線を宙に飛ばしながら答える。
思い出す時の仕草なのか、ユウイチは両腕を軽く組んでいた。
帰還途中に行ったシミュレーターを思い出せば、漫才しながらも中々良いコンビネーションを繰り出していた。
相手側のサユリ&マイに負けはしたものの、かなり良い勝負だったのを覚えている。
「君と比べては?」
「愚問ですね。素質は良いものを持っていますが、経験が圧倒的に足りません」
ニヤニヤと笑いを浮かべて聞いてきた上司に、きっぱりと答えてみせる。
事実彼ら2人と勝負しても相手にならない。
機動兵器戦の経験で、彼らとユウイチの間に数倍の開きがあるからだ。
「人間的にはどうかね?」
「男の方は性格に難がありますが……まぁ悪人ではないでしょうね」
彼は悪人ではない、ないが芸人である。
プラチナの食堂で、ユキトに芸の道とはどういうものかと熱く語っていた。
それを見て、寄らずに引き返したのは誰にも言っていない。
「ならば問題ないのだな?」
「まぁ、多分」
「宜しい。あとで正式な辞令を届けさせよう」
「……了解」
形容しがたい顔をする。
そんなユウイチを不自然に思ったノーマンだが、続いてダイテツに顔を向けた。
(オリハラがボケたら無視すればいいか。力ずくで潰すというのも有効かもな)
律儀にツッコミを入れる気はないようである。
場合によって、は力ずくというのもツッコミになりうる事を彼は理解していなかった。
「極東、ですか?」
ユウイチがボケ潰しを考えている間、ノーマンとダイテツの話は進む。
今は、ダイテツの新しい配属先が言われたところだ。
どうやら極東支部に赴く事となるらしい。
「うむ。そこでハガネの艦長を務めてもらいたい」
「ハガネとはもしや?」
「うむ。シロガネと同型艦である、スペースアーク級の弐番艦だ」
「ありがたいお話ですが、自分はシロガネを……」
「あれは君の責任ではないだろう」
「しかし」
義父さんと、渋るダイテツに話し掛けるユウイチ。
彼は、今の連邦にダイテツ以上の艦長はいないと言って説得を始めた。
実際ダイテツ以上の艦長は連邦にいない。
唯一能力的に互角なのはマコトなのだが、経験の面で一歩譲る。
「それに義父さんがハガネに、スペースアーク級戦艦に乗る事には意味があるんですよ」
「意味、だと?」
「ええ。シロガネのように破壊させない為に艦を護るなら、同じスペースアーク級がおあつらえ向きじゃないですか」
「おあつらえって、ユウ」
軽く窘めるように口を出したマコトに苦笑を返す。
自分でも変な言い方だったと思ったようだ。
顔をダイテツの方に戻し、また口を開く。
「シロガネに代わりハガネを護る。責任の取り方としては良いんじゃないですか?」
「…………」
「ダイテツ」
「はっ……」
「やってくれるな?」
「……了解しました」
ノーマンに向かって軽く体を折る。
姿勢を戻した時、彼には確固たる信念の篭った眼差しがあった。
「失礼します」
最後に退出したマコトの言葉に、バタンと扉の閉まる音が続く。
話を終えた3人が総司令室から退出したところだ。
「お父さん!!」
「む?」
「この声は……」
「アキナ?」
ダイテツ、マコト、ユウイチと言葉が続き、一行は右手から駆け寄ってくる少女を目に留めた。
その後ろには青い髪をツインテールにした女性も見える。
「お父さ〜ん!」
「おっ、どうした?」
ぽふっと足に抱きついてきたアキナに、ユウイチは疑問顔。
抱きつく寸前、目に涙を溜めていたように見えた。
(父としての資質を問われているのか、これは?)
突然の事で思考がズレているらしい。
頭を撫でてみる。
すると、ますます強く抱きついた。
困惑して後ろをに助けを求めるユウイチ。
マコトは笑いを抑えているし、ダイテツはなにやら羨ましそうな表情をしていた。
(義父さん……全く孫には甘いな)
ユウイチが言えることではない。
「アキナ、いらっしゃい」
見かねたマコトが助け舟を出す。
アキナは少し名残惜しそうにした後、屈んだマコトに抱きついた。
さり気なくダイテツが頭を撫でていたりもする。
「で、ナナセ少尉。一体何があったんだ?」
「あた……いえ、私も何がなんだか」
3人を背に後から到着したルミに質問してみるが、彼女も連れてきただけで分からないようだ。
食堂で一服していた彼女にアキナが現れ、ユウイチかアキコかマリアの誰かがいる所に案内してほしいと頼んだらしい。
ルミはその状況を、懇切丁寧に教えてくれた。
(アキナが落ち着いてから訊くしかないか)
マコトに抱きついたままの娘をチラりと見てそう結論づける。
そしてルミに向き直ると、
「何で俺相手だとそこまで畏まって喋るんだ?」
気になっていたことを訊いてみた。
彼の言う通り、何故かユウイチと会話をする時だけ彼女は硬くなるのだ。
ユウイチと同年齢のアキコやマコトと会話しているのを見たことがあるが、敬語ではあったが結構柔らかく会話してた。
1つ違いのマイやサユリ、同じ歳のアカネやシイコとはフランクに会話していたりもする。
異性ではあるが、コウヘイとの会話は言わずもがな。
理由は何かと、この際訊いてみる事にしたのだ。
「えっと、それはその……」
ユウイチに見つめられたルミは、わたわたと手と顔を動かした。
数秒その動作を行って、ユウイチの瞳を見返したかと思えばまた同じ動作をする。
頬に赤みも差した。
「ふむ」
そんなルミの様子を眺めたユウイチは、1つ頷いて右手を顎にやる。
何やら理解したようだ。
(照れか? となると、少なくとも俺に好意を抱いていると言う事かな?)
それなりに女性関係で場数を踏んでいるユウイチ。
ましてこれほどあからさまな挙動を取っているのだ、変人でもなければ気付くだろう。
(まぁこれからの状況次第か)
まだ不思議な挙動を行っているルミを見ながら、そんな事を思う。
確信を抱く段階ではないので、直接本人に確かめるような事はしない。
そんな事をして間違っていたら、自意識過剰の変態さんになってしまう。
彼は、更にルミとの付き合い方を考え――
「ユウ」
――ようとしてマコトの声で思考を遮られた。
「……ん?」
「アキナから話を聞いたわ。どうやらマリアとはぐれたらしいの」
アキナがここまで来た理由を話すと、何を考えてたかお通しとばかりに一瞬強い眼差しを向けたマコト。
対するユウイチは苦笑して肩をすくめてみせた。
実際に思考を読んだわけでもないだろうが、彼の妻は勘の鋭いところがある。
何か感じたのだろう。
「どこら辺ではぐれたんだ?」
未だダイテツに頭を撫でられているアキナに訊いてみる。
すると少女は、食堂の向こう側と答えた。
食堂を中心に、総司令室と反対の方向と言う事か。
「マコトと義父さんはアキナを連れて食堂の方から。俺は逆の道から。少尉は戻っていいぞ」
基地の地図を頭に思い描くと、各人に指示を出す。
ユウイチの方が距離があるのだが、道がかなり複雑なので、基地をよく知る彼自身が行くのだろう。
「わかったわ」
「うむ」
「わかりました」
駆け出して行く3人。
子供であるアキナもいるのでそれほど速くはないが、逸る気持ちは見て取れた。
彼らが通路の曲がり角に消えたのを見送ると、ユウイチも移動すべく視線を転じる。
「あ、あの……」
「ん?」
「あたし……いや、私もお手伝いします!」
まだ残っていたルミが協力を申し出た。
家族の問題に他人を巻き込むのもどうかと思ったユウイチだが、彼女の目を見て了承した。
真摯な光を放った瞳だったから。
「じゃあ行くかルミ」
「はい! ってぇえ!?」
「ん? 名前は嫌か? ならナナセと……」
「いえ! ルミで全然オッケーです大佐!!」
「ならルミ。俺の事もユウイチって呼んでくれ」
「は、はい! ユ、ユウイチさん」
駆け出す。
ルミの顔が真っ赤に染まっているが、ユウイチはあえて無視。
ニヤニヤ笑いそうになる顔を無理矢理引き締めていた。
「あともう少し普通に話してほしいかな。表情も硬いし」
「……頑張ります」
会話を続けながらもかなりのスピードで通路を走る。
途中で年配の士官を撥ね飛ばしそうになるが、何とか回避。
その際にユウイチとルミが『リフティングターン』とか『直角フェイント』とか言っていたが、多分意味のない発言なのだろう。
そんな2人はマリアを捜して迷走を続けた。
その頃5人が捜している人物であるところのマリアは、至って暢気に歩いていた。
「〜♪」
後ろで腕を組んで鼻歌なんか歌っちゃったりしている。
アキナとはぐれた当初は不安になった彼女だが、その後は持ち前の明るい性格でこの状態。
父や母の職場だと言う安心感もある。
「誰か知ってる人にでもいないかなぁ」
それでも不安は感じているのか、考えを口に出す。
先ほどから誰ともすれ違っていない事が、不安を助長していた。
あと数歩で曲がり角。
「あっ!」
「ん?」
人恋しさからか驚きか、考える間もなくマリアは声を出した。
今まさに指しかかろうとした角から、無表情な男が出現した為である。
自分以外の人間の声に気づいた男は、全く表情を変化させる事もなく、少し周りを見回して目線を下げた。
「何故子供が……」
下を向いた男と上を向いたマリア。
その視線が合わさった時、話し掛けようとした彼女は体を硬くした。
感情の揺らぎさえ見えない男の眼。
波立たぬ湖面のような光を湛えたその瞳を見た瞬間、少女は恐怖を感じた。
見る人が見れば、男は感情が顔に表れていないだけだと分かったかもしれない。
しかし幼いマリアの世界には、感情をストレートに表す人間しかいなかった。
経験の無さからくる未知の恐怖と言うべきものだろう。
「あ……」
「何故このような場所にいる?」
「うっ…」
「両親がどこかにいるのか? 名は?」
「う……っく」
相変わらず無表情な男からの矢継ぎ早の質問。
幼い少女の目尻に、見る見るうちに涙が盛り上がってくる。
「む……拙いな」
それを目にした男は困惑した声を上げた。
眼元や口元に変化は見られないが、眉毛が若干下がった。
言葉通り困っているらしい。
そこに人影が……。
「泣〜かした、泣〜かした、センコーにチクってやろうぜジョニー」
いきなり出現する男。
その名はコウヘイ・オリハラ少尉。
既婚者で3人の妻持ち。
彼は何故かジョニーなる人名を口にしながら登場した。
しかし現れたのはコウヘイ1人だけである。
「……センコーとは何だ? 花火か?」
「おぅ! ボケで返された。……あんたなかなかやるな」
コウヘイが何やら衝撃を受け、仰け反ったあとに手を差し出す。
どうやら握手をしたいようだ。
男の階級章はコウヘイより上の少佐だが、そんなのは無視らしい。
「それはどうも?」
いまいち分かってなさそうな男が手を握り返すと…………コウヘイの腕が取れた。
「あぁ! 俺の腕が……」
「……む」
「痛い。痛いよー」
「ほぉ」
棒読みで悲鳴をあげるコウヘイを尻目に、男は握っている物体を観察した。
人の手の形そっくりなゴム。
察するにパーティグッズだろうか?
「巷ではこんなものが売っているのか?」
「……そう冷静に訊かれるとボケた方としてはなんとも」
「……驚いたほうが良かったのか?」
「うん」
コクりと、子供みたいに頷いてみせるコウヘイ。
痛がった芝居も流されて若干悲しそうだ。
「びっくりした。……これで良いか?」
「……うん」
思いっきり棒読みで驚いた仕草をする男に、さしものコウヘイは頷くしかない。
要望には応えたとばかり、再度質問をして回答を得ると、またゴムの手に見入った。
窓越しの光に透かしてみたりする。
「芸が…俺の芸が……」
再三流されまくり、膝から崩れ落ちる敗北者。
良いよ良いよ、どうせ俺なんてさぁとか言いながらしゃがみこんでしまう。
「ぷっ、あはははははは」
そんな2人を呆然と見ていたマリアが、先ほどの泣き顔とは正反対に笑い出した。
今のやり取りがよほど面白かったのだろう。
見方を変えれば漫才そのものであるし。
「お、嬢ちゃん笑ったか。やはり女の子は笑ってなきゃいけねぇや」
「……ふぅ」
どこぞいなせな兄さん風に喋るコウヘイと、安心したかのように息をつく男。
コウヘイに関しては、笑った=ギャグが受けたと理解している。
「ありがとう。助かったよお兄さん」
ひとしきり笑った後、にぱっと大輪のヒマワリみたいに笑う。
笑い返さずに入られないような愛らしい笑みだった。
無表情だった男が、若干目尻を下げた事でもその威力は推し測れようものだ。
「……萌え」
それを向けられたコウヘイは、もう盛大に相好を崩した。
思わずマリアの前に膝をついて、彼女の顔をまじまじと見る。
『ん?』と可愛らしく小首を傾げるマリア。
(あぁ、昔のミサオに似てる。……抱きしめたい!!)
脳内で絶叫。
ちなみにミサオとはコウヘイの実の妹。
昔から原因不明の病を患い、現在日本の病院で療養中。
「……」
「?」
そんなコウヘイを、無表情に見下ろす少佐。
不思議そうな顔なマリアと目線が合うと、どちらともなく疑問顔で首をかしげた。
先ほどの事など無かったかのように、わだかまりの欠片も無い仕草。
ある意味理解しがたいコウヘイと言う人物のお蔭か。
と、コウヘイが腕を広げた。
そのまま腕を前に出してマリアを抱きしめるようにして―――
「何をするつもりかな、オリハラ君」
―――横合いからの声で止まった。
ビキりと音がしそうなほど完璧な静止。
絶対零度のその声に凍らされたかのようだ。
「何って抱きつくつもりだったと思いますよ?」
「……やはりか」
固まって動かない体はそのままに、ぎりぎりと首だけを回す。
コウヘイの視線の先にいたのは、やれやれと肩をすくめて呆れた表情のルミ。
そして輝くばかりの笑顔で彼を凝視しているユウイチだった。
再度凝固。
笑みを見た瞬間、コウヘイの頭のてっぺんから爪先まで電気に似た痺れが走り去った。
(う、動いたら
PT乗りとして鍛えた直感が警報を鳴らす。
逃げろニゲロと。
しかし不可能。
コウヘイを見る瞳に、逃走を許すつもりなど欠片も無い。
にこにこと顔は笑っているが、感情の無い眼とピンポイントで放射される殺気が恐ろしかった。
思わず先立つ不幸の許しを請うたのは、けして間違いではないだろう。
「パパ!!」
「おう」
コウヘイを救ったのはマリアの行動。
彼女がユウイチに抱きついたことにより、彼から視線が外れる。
(助かった……のか?)
戦い抜いた戦士のように、あるいは空腹で力尽きたかのように、通路に両の膝をつく。
「えへへ」
抱きついたマリアは、ぐしぐしと顔を擦り付けた。
子犬のような小動物っぽい仕草に、父性愛全開で頭を撫でる親ばかユウイチ。
ルミもユウイチの隣で、にこにこして父娘を見ていた。
「……くっ、男の子は泣いたりしないもん」
家族そのものの光景に、コウヘイは何故だか涙したくなった。
思わず天井を見上げ、語尾に幼馴染の口癖なんか付けてみる。
ポンっと、肩に置かれる手。
コウヘイが後ろを見ると、相変わらず無表情な少佐がいた。
「がんばれ」
「……おぅ。アンタ良い人だな」
思わずコウヘイ漢泣き。
彼の頬を熱い塊が1つ滑り落ちる。
1つの友情が生まれた瞬間だった。
完
ではなく、話はまだ続く。
あの後駆けつけたマコト達にマリアを任せ、ユウイチ、ルミ、コウヘイ、少佐は残って原因の究明を行っていた。
「ウチの娘が迷惑かけたようだな、すまん」
「気にするな。多分私も悪いのだろう」
一通り話を聞いた後、ユウイチは頭を下げた。
少佐も気にしないようにと首を横に振る。
「そう言ってもらうと助かる」
「友人だからな」
「ふっ。今度一杯やろう、その時は奢るぞ」
「楽しみにしている。それでは私はそろそろ往く……構わんか?」
「ああ。またな、タカアキ」
「ではな」
タカアキと呼ばれた少佐は、別れの挨拶に首肯すると歩き出す。
振り返らずに通路を進み、暫く後に角の先に消えた。
「知り合いですか?」
「それとも恋人ですか?」
彼が角を曲がった後、会話に入らなかった残りの2人が訊いてくる。
コウヘイはすぐルミに殴られた。
「ああ。タカアキ・クゼと言ってな、この基地で唯一同年代の友人だ」
「友達いないな大佐」
「もう、オリハラ!」
「てっ! そう何度も殴るな。俺様のどどめ色の脳細胞が崩壊してしまうだろうがっ!!」
「……脳内出血済み?」
「そうそう最近……って違う!!」
「まぁこの年齢でこの階級だからな。やっかみや中傷なんかよく受けるさ」
「ああ。やっぱり嫉妬とかあるんですね」
「無視するなよお前ら」
会話しながら、クゼ少佐と逆の方向に歩き出す。
いい天気だからか、通路は光に満ちていた。
その中をわいわいと騒がしく移動する3人。
「そうだオリハラ君」
「な、何でせう?」
何かを思い出したのか、会話をストップさせてユウイチは話し掛けた。
相手は、君付けで呼ばれて思わず敬語。
ルミは、何で古典文法なのよとツッコミを入れている。
「結局、娘を抱きしめようとしていた理由を聞いていないのだがね?」
「あぁそれは」 「それは幼い子が好き、だからですよ」
コウヘイが答える前にルミが発言。
答えられなかった男は、ぱくぱくと口を動かすだけに留まった。
軽く言い切ったルミとは裏腹に、ユウイチにとって看過しえない発言内容だ。
ほぉ、と口に出し、徐々に剣呑な眼差しにシフト。
「ナ、ナナナナナセ!」
「だってホントの事じゃない」
「幼い子が無条件で好きなわけじゃないぞ。それじゃ病んでるじゃないか!!」
「だってアンタの奥さん考えると、ねぇ?」
ミオでしょ、マユでしょ、アユでしょ、と指折り数えて口に出す。
「うぐぅ」
幼いと言われても反論しきれない妻達の容姿。
思わずの
コウヘイの名誉のために言わせてもらえば、彼はロリコンではない。
無条件で幼い子に保護欲が湧くのである。
病弱な妹を昔から世話しつづけた結果なのだろう。
妻が幼い容姿なのは、彼女らに対する保護欲が愛情に変化したお蔭。
愛情に変わったのも相手が然るべき年齢だったからで、彼自身幼児には興味無い。
コウヘイ・オリハラという人間は、普段変人然としているくせにモラルは高いのである。
以上を、しっかりと自分の口から説明する。
ルミは胡散臭そうな目で見ているが、ユウイチは頷いた。
助かるかと、輝くコウヘイの顔。
「だがまぁ、俺の娘に抱きつこうとしたのは確かだよな?」
「そうですよね」
「ナナセ! 親友を裏切るのか!?」
「……誰が親友よ。苦労した覚えしかないんだけど?」
「若い内の苦労は買ってでもしろと言うだろ? 買わずに苦労できていいじゃないか」
「意味が違う! この際その性格も少し矯正すべきね。大佐、そんなメニューありますか?」
「う〜ん。シミュレーションで俺と20戦。終わるまで休憩なしでどうだ?」
「うぇ!」
「あ、それ良いですね。終わったら1戦だけ私ともやってもらえますか?」
「ああ、構わんぞ」
「やった! 大佐と勝負するの夢だったんです!! こら、オリハラ逃げるな」
離脱を図ろうとしたコウヘイの首根っこを掴む。
そのまま引きずられるように歩く。
その姿は売られ行く子牛のようだったとか。
ドナドナ。
プシュっと独特の音とともに缶の蓋が開く。
手近なテーブル席に着くと、ユウイチは中身を一気に呷った。
「ふぅ」
冷たいスポーツ飲料が喉を流れる心地よさに感身を任せ、息を吐く。
さすがにユウイチも21戦も戦闘を続ければ疲れもする。
実際の戦闘と違うシミュレーターと言えどだ。
「相席しても良いですか?」
「ん? ああ、わざわざ断らなくても良いぞ、そんな事」
「じゃあ遠慮なく」
飲み物を持ったルミが、対面に座る。
同時にテーブルの下で、「ぐえ」っという声がした。
何事かと見ていれば、斜め前のイスが動く。
続いてテーブルに手がかかり、ゾンビの如く緩慢な動きでコウヘイが座った。
「ナ〜ナ〜セ〜」
「あぁ美味しい……何よ?」
「何故引きずった?」
「持ってきてやったんだから文句言わないでよね」
「俺は荷物か……」
もう良いやと、コウヘイはテーブルに突っ伏した。
いい加減疲労がピークなのだろう。
(まぁあれだけやればな)
ピクリとも動かなくなった男を横目に、缶の残りを少し飲む。
彼の目は虚ろで、口から魂出てそうな気配だが無視。
ユウイチによる、コウヘイ相手の戦闘訓練。
名目上は訓練。
ホントはお仕置きだけど、訓練と言ったら訓練である。
結果からすると、ユウイチは1度も負けていない。
それどころか被弾さえない。
で、コウヘイが何故これほどまでに虚脱状態かと言うと、そんな状況にキれてしまったためだ。
最初の5戦ほどは彼も正攻法で攻めていたのだが、全く通じないと知ると色々と突飛な行動をし始めた。
PTで岩盤を破壊して岩を投げたり、自爆して道ずれにしようとしたり。
色々セオリー外の行動を行った所為で精神、肉体両方が疲れたのだろう。
20戦目なんてフラフラだった。
(常識外の行動を取れる点は買いなんだがなぁ)
彼の行動を回想して、かなり呆れながらユウイチは思う。
実際方向性は正しいのだ、コウヘイの考え方は。
完全に実力が負けていれば、奇手に頼った方がよほどいい。
真正面から玉砕なんて軍人のする事ではないのだから。
人間生き残ったもん勝ちである。
「さすがに大佐は強いですね。感動しました」
喉を潤して一息ついたのか、正面のルミが話し掛けてきた。
その顔に尊敬の感情が見えるのは、きっと気のせいではないのだろう。
ユウイチは考えをやめ、意識を彼女に移す。
「まぁそうそう負けるわけにもいかないからな。人生の2割はこれで生きてきてるし」
そう言って苦笑した。
彼は、教導隊で得た経験が何よりも濃い事を知っているし、誇りにも思っている。
もう無くなった部隊ではあるが、だからこそ簡単に負けるわけにはいかない。
少なくとも同じ時を生きた仲間以外には。
第一、軍隊生活一年目の彼女らに負けては立つ瀬がないではないか。
年長者のプライドというモノは、少なからずユウイチにも存在するのだ。
「そう言えば夢とか憧れとか言ってたが、何故?」
「何故って言われても……」
「一応、当時教導隊は秘匿部隊だったんだけどな」
「ああ、はい。確かに解散されるまで知りませんでした」
「つまり解散後に知ったわけだな」
「そうですけど……もしかして知らないんですか?」
本当に不思議そうな顔で、ルミは確認してきた。
飲み干した缶をテーブルに置きながら、「何を?」と聞き返す。
「教導隊の事は、教練用のテキストに載ってましたよ?」
「……はぁ?」
「しかも写真つきで」
「おいおいマジっすか……」
思わず頭上を仰ぐ。
まさか自分の知らない間に本に載るとは、神ならぬユウイチには分かるはずもない。
このルミの話は事実で、実際に彼らの事は本に載っている。
現在のPTをここまで扱いやすくさせた功績なのだろう。
士官学校の、しかもパイロット養成科のテキストだけの掲載なので、全体的で見ればそう知名度は高くない。
勿論一般人は全く知らない。
だが、パイロットを志すものにとっては生きた目標なのである。
当然の事ながら善意によるものではなく、分かりやすい英雄への憧れ等を利用して、良質の兵士を育成する目的もあった。
「だから、大佐が実際に強くて感動したんです」
「そ、そうか」
タジタジのユウイチ。
敵意や嫉妬を向けられる事はよくあったが、こういった感情を向けられる事に慣れてないのだ。
要するに照れるのである。
「オリハラもあたしも、1撃どころか1発さえ入れられませんでしたからね」
「……そうだっけ?」
「ええ。なんだか予知しているように回避行動してました」
「ふむ。別に意識してるわけじゃないんだが」
「じゃあやっぱり経験による勘ですか? あたしもそんな勘がほしいなぁ」
半ば独り言のように、勘を得るにはどうするべきだと、自らの考えを口に出していく。
しかし彼女は気付いているのだろうか?
一人称が「私」から「あたし」に変わった事に。
段々と地が出ているようだ。
(予知か、言いえて妙だな)
ルミの言う「勘」という言葉。
ユウイチ自身はいささか違う見解を持っていた。
(あの感覚……あれは勘じゃないはずだ。そんな曖昧なものじゃなく、もっと確実に
あれが念動力なのだと理解はしている。
それこそ超能力のように、相手の挙動、戦闘で生じる息遣いが読めるのだ。
グランゾンと戦って以降、段々とその精度が高まっている。
(あって困る力じゃないが……何だ? どうにも嫌な予感がする)
漠然とした不安を感じる。
今はまだほんの小さな不安だが、それは何時までもユウイチの胸に残った。
「ん?」
「エマージェンシーコール!?」
「うっせぇサイレンだなぁ……急患か?」
数分の時間が流れた後、突然室内のスピーカーから高い音がした。
ルミの言う通りエマージェンシーコールだ。
1人勘違いしている人間がいるのだが、彼はまだほとんど夢の中。
「管制室、聞こえるか?」
すぐさまユウイチが動き、壁に備えられた端末にアクセス。
その耳には、未確認機接近というアナウンスも聞こえる。
ルミは後ろについてくるが、コウヘイは相変わらず突っ伏していた。
『……はい、こちら管制室』
「アカネか」
若干のノイズが映り、次いでアカネのバストアップが表示された。
同時に音量も調整。
一応休息中なのだが、何故アカネが管制室にいるのかは後回しにする。
『シイコちゃんもいるよー』
「お前もか……」
ヌっと脇からアカネの前に体を入れるシイコ。
顔がどアップだ。
『えい』
『あいた!』
『……大佐、ご用件は?』
「あ、ああ。現在接近中の未確認機の事だが」
いきなりシイコが画面から消失。
ルミが後ろで息を呑む感じが伝わる。
何事も無く用件を尋ねるアカネに、さすがのユウイチも一瞬戸惑った。
『現在マッハ3以上の速度で飛行中です』
「……なかなか速いな」
『映像をそちらに送ります』
「頼む」
瞬間別の画像に切り替わる。
外の景色らしく、のどかな田園風景が映っていた。
同時に目標地点調整のためか、画面が移動。
『目標がこの地点に到達するまでもう数秒かかります』
「了解」
固定監視カメラの映像という事だ。
対象と並走するわけにはいかないし、当然の事だろう。
『アカネがブったー』
『……なんの事ですか?』
『うわっ、白切る気? えいって言ったじゃんか、えいって』
『………………空耳です』
『何で目を逸らすのさ?』
映像を切り替えただけらしく、向こうからはまだ2人の声がする。
何をしているか容易に予想しえる会話だ。
ルミは相変わらずねー、なんて呟いていた。
(そう言えば同級生だったか)
ユウイチは後ろの呟きを聞き流しながら、モニターを見続ける。
アカネ、シイコ、ルミ、コウヘイの4人が、中学校の同級生だと聞いたときは驚いたものだ。
それ以降は進学先の士官学校が別になり、コウヘイとルミ以外はバラバラになったらしい。
『そろそろ来ます』
『ドキドキわくわくだねぇ』
「どんな機体かしら」
各人が映像に注視するのが分かる。
同じくモニターを凝視するユウイチの後ろからルミが覗きこんだ。
管制室も同じような状態だろう。
徐々に機体が現れ―――
『えぇ?』
『あれは……』
「南極の?」
「……」
―――モニターに映ったのは見知った機体だった。
鳥のような翼を持ち、そのフォルムは鋭利にして優美。
蒼白い色のその機体は、兵器と言うより芸術品と呼んでも良いだろう。
「サイバスター……」
「さいばすたー? 大佐、あの機体知ってるんですか?」
ルミの質問に軽く頷いて返すと、通信機の向こうに話し掛ける。
すぐに画面が切り替わり、アカネの顔が映し出された。
『何か?』
「あの機体に通信を繋げられるか?」
『待ってください……回線自体はオープンなので、いけます』
「なら繋いでくれ。向こうとの話は俺がやる」
アカネが了解の言葉を口に出すと同時に、画面が一瞬ブレる。
若干の間の後に映し出されたのはコックピットらしい場所。
『何か用か?』
中心に座る人間が口を開いた。
まだ若い、それこそ少年とも言える年齢。
それなりに整った勝気そうな顔をしている。
ユウイチからは見えないが、通信が繋がるのと同時に機体の移動速度が大幅に落ちていた。
「いきなりの通信失礼した。俺はユウイチ・アイザワ。連邦軍の軍人で、階級は大佐だ」
階級章を見せ、軽く頭を下げる。
相手が地球圏公用語ではなく日本語で喋ったため、ユウイチ自身も日本語で話し掛けた。
それを見た少年は、少し意外そうな顔をする。
思いのほか丁寧な対応に驚いたようだ。
『へぇ見たところ若いのに大したもんじゃねぇか』
「俺より若そうな君に言われると変な感じだが、一応礼は言っておこう」
『で、何か用なのかよ?』
「ああ。その機体について聞いてみたくてね。良かったら教えてくれないかな?」
『ヘン、やなこった。生憎と今忙しいんでね』
(やはりか……)
後ろで怒り出しそうなルミを抑え、ユウイチは内心で頷いた。
予想通りの答えではある。
「ならば私から答えを出そうか。その機体、サイバスターで間違いないな?」
『なっ!? 何でてめぇがそれを……』
これだけで話をしてくれるとは思っていなかったので、カードを1枚切る。
効果覿面。
相手はあっさりと肯定してしまった。
思わず苦笑しつつ、若いなと思ってしまうユウイチ。
『い、いや、どっかから情報が行ってるかもしれねぇ。それにシュウなら……』
「生憎だが、彼から聞いたわけではないのだよ」
『なんだと……じゃあ誰に』
「その機体の製作者にな」
『なっ!? それこそありえねぇ、地上人が何で』
「信じられないか?」
『当たり前だ!』
少年を見て、ユウイチは1つ頷く。
彼はストレートに感情を返してくれる少年に好感を持った。
次の発言に彼がどんなリアクションを返すか楽しみにしつつ、その言葉を口にする。
「ならば製作者の名前を言おう。その機体の製作者はウェンディ。ウェンディ=ラスム=イクナート」
『っ!?』
「大佐、ウェンディさんってどなたですか?」
「昔の知り合いだ」
後ろから小声で聞いてくるルミに合わせるように、ユウイチも小声で答えた。
画面の少年は絶句している。
その顔が面白かったので、ちょっと笑いそうになったのはユウイチの秘密だ。
『ニャ〜』
『にゃ』
『はっ! ……サンキュ2人とも』
猫の鳴き声らしき音を聞き、少年は我に返った。
コックピット内にいるのだろうか?
2匹ではなく、2人と呼んだ事に疑問を持ったユウイチだが、何も言わない。
『アンタがこの機体を知ってる事は分かった。だが、何で知っている?』
「では逆に聞くが、君は何で知らないと思うんだ?」
『それはアンタが……』
「ラングランにいなかったから、か?」
『……そうだ。向こうじゃアンタを見た事がねぇ』
「前提から間違っているな。召喚された人間全てが残るわけじゃないだろう?」
『そりゃそうだが……そうか。送還されたクチか』
「その通り。断っておくが、強制送還ではないぞ。俺には家族がいたから、って事だ」
自らの名誉の為に少年に言っておく。
相手は納得したような顔になった。
「かなり話が脱線したが、俺が通信したのはラ・ギアスの現状を聞きたいからだ」
『現状を……何でだ?』
「南極で君が言っただろう、グランゾンがラングランを滅ぼしたと」
『その事か。でもアンタには関係ない事のはずだろ?』
「その通りだが、友人の安否を気にするのはいけない事か?」
『友人?』
「フェイルの事だ。会う事はできないが、友人である事を辞めたつもりはない」
『殿下!? ……そう言えば、殿下が前に言ってたな。昔地上人の1人と友になったって』
「多分俺の事だろう。友人は他にもいるが、取り敢えずは彼の名で十分だろう?」
『ああ……』
少年は話すのを止め、ユウイチをしっかりと見る。
ユウイチも逸らす事なく見返した。
数秒の後、少年の口から了承の言葉が出される。
「そうか。感謝する」
『アンタは悪いやつじゃないと思っただけだ。それに、ラングランの事を聞く権利もある、と思う』
「ありがとう」
『よ、よせよ。頭は下げなくていいって』
「一応地図は送るが、オペレーターの指示通り進んでくれ」
『わかった』
「場所は俺たちの部隊専用のドックだ。君とサイバスターに危害や尋問などを行わない事は約束しよう」
『その言葉、信じるぜ』
「信じてくれて構わん。最後に名前を聞いて良いかな?」
『ああ、俺の名はマサキ。マサキ・アンドーだ』
少年が名乗ると同時に画面がブレ、またアカネの顔が映し出された。
彼女にオペレートを頼み、ユウイチは歩き出す。
その後ろを慌ててルミが追った。
途中で起きたコウヘイも、面白そうだと言いながら合流する。
逸る心を抑え、ユウイチは一歩一歩踏みしめるように歩いた。
彼に聞く事は沢山ある。
「それじゃあ、行ってくるわね」
「ああ、しっかりな」
「お姉ちゃん……」
ライトが煌々と灯る倉庫のような場所で、3人の男女が束の間の別れを惜しんだ。
2人の男女と向かい合っている1人の女性。
ウェーブヘアのその女性が出発する人間のようだ。
彼らの周りには喧騒が満ちている。
喧騒の中心には大型の物体が鎮座し、物資の搬入が行われているようだ。
「ほらシオリ、そんな顔しないの」
「でもお姉ちゃん」
「あなたの言いたい事は解るわ。確かにこれからあたしは戦争に行く」
シオリと呼ばれた少女は泣きそうな顔をした。
女性とシオリは姉妹なのだろう、お互いに思い遣るような言葉が口から出ている。
「わたしの所為でお姉ちゃんが人を殺すなんて嫌です」
「今更降りれないわよ。でもね、あたしは後悔なんてしないわ」
「え?」
「今まで何も出来なかったあたしが、唯一見つけた事だから」
シオリは姉の顔を見つめる。
昔から好きだった、憧れていた姉。
その顔には微塵の後悔もなく、清々しい顔をしていた。
ああ、やはり姉は姉なんだなと思うと、もう何も言う事が出来ない。
ならせめて―――
「お姉ちゃん頑張って!」
―――この言葉を送ろう
「ええ、ありがとう」
にっこりと笑ったその顔は、やはり彼女の大好きな姉だった。
「それじゃあキタガワ君、シオリを頼むわね」
一瞬後ろを振り仰ぎ、妹の隣に立つ少年を向く。
頭のテッペンの髪が1房、重力に逆らうように伸びている少年だ。
まるで稲穂のよう。
周りの喧騒も止み、彼女たちの他には例の物体が在るだけだった。
「おう任せろ。シオリは俺が責任持って幸せにする」
肩を抱く。
シオリの方は、キタガワさんと少年を熱っぽく見上げながら呟いた。
そんな恋人同士を見ながら、やれやれと肩をすくめる。
『お〜いカオリ。はよせんと置いてくで』
どこからか、通信機特有の篭った声。
カオリと呼ばれたウェーブヘアの少女は、その声に1つ頷くと、じゃあと言って2人に背を向けた。
何時までも一緒にいては別れが辛いからだろうか?
それとも、また必ず会えると確信しているが故か。
2人の声援を背に、カオリは奥に消える。
その数分後、アイドネウス島から1機の輸送機が飛び立った。
目指すはジュネーブ。
連合軍総司令基地である。
To Be Continued......
後書き
また20日に上げる事ができました……何とかね。
完成品に上書きして消しちゃったりしましたし……。
まぁ先に知人に見せたお蔭で何とかなりましたが。(K氏に感謝
今回はインターミッション。
なんかこの物語戦闘しない話多いです。
まぁ年がら年中戦闘してるわけでもないので良いのかな?
で、新キャラたくさん。
名前、声のみのキャラ含めると2桁は出ましたね。
その中で、私的に不思議なのがクゼ少佐。
最初、彼はホント嫌な奴になるはずでした。
マリアを苛めて泣かせるはずだったんですが、結果は無口な良い人。
性格変わったのは、親ばかユウイチの怨念かと思いましたよ。(コメントはこの事
そしてコウヘイの妻3人。
Kanonから1人入れたのは、あまり大きな意味なかったり?
まぁユウイチだけ他作品にまたがってますから、コウヘイも良いのではないかと。
あゆファンの人は怒るかもしれませんけどね。
ご意見ご感想があればBBSかメール(chaos_y@csc.jp)にでも。(ウイルス対策につき、@全角)
ユウイチが親馬鹿すぎだぞ、とか。