「ではこれより、フェイルロード=グラン=ビルセイア王子の成人の儀、魔力再テストを行う」
私の目の前で、この神殿の主であるイブン大神官が発言している。
しかし私の関心はそこにない。
あるのは1点、彼女の背後の大型コンピューターのみ。
REBと言う名のそれは、今日の儀式の要。
魔力を数値化して見ることの出来る、このREBこそが。
「第一王子ともあろうものが」
「ああ、再テストとは嘆かわしい」
REBを見上げていると聞こえる、私を中傷するフレーズ。
ここ半年で聞き飽きたとはいえ、さすがに怒りが湧く。
奥歯を噛み締め、表面上は平静に目を向けてやれば相手は顔をそらす。
俗物が。
口には出さず、内心激しく毒づく。
あんなやつらが6人の大神官に名を連ねるとは……。
「それではフェイル王子、REBの前へ」
「はい」
イブン大神官に促され、歩き出す。
そろそろか……。
「む?」
「何事か?」
能力の高さか、あるいはこの場の主ゆえか、最初に気付いたのはイブン。
次いで他の大神官も騒ぎ出した。
突然REBが作動し始めたのだから、騒ぐのも当然だ。
「これは魔力か?」
「誰かREBを停止しろ!?」
無駄だろう。
この場にいるのは、私と大神官の7人のみ。
大神殿と言えど、本来ならもう少し多くの人間がいる。
他の人間が介入しえない魔力テストというファクターがある為、今回はどうしても対処が遅れるのだろう。
慌しく動き始める大神官たちを余所に、私は魔力光を発して暴走するREBを眺めた。
……私は結局決断出来なかったのだ。
あの薬を飲む勇気がまだ出せなかった。
この暴走で、魔力テストは中断するだろう。
REBが直るまでの期間が、私に残された最後のチャンス。
その間に、私が本当に何に成りたいのかを決しなければ……。
すまない。
召喚された同じ歳ほどの少年に、胸の内で謝罪する。
自分でも、その謝罪が如何なる感情によってもたらされたものかは分からなかった。
外伝 地底世界
第1話
地底世界の王子様
「地底世界ラ・ギアス?」
「そうじゃ」
ブルドックのような顔の婆さんが頷く。
ちてい世界。
地底にある世界って事……か?
穴掘ってる住んでる人間がいるって、前何かで見たが……。
「じゃああんたはモグラか?」
「アホかおぬし」
お、良いツッコミ。
しかも間髪入れずだし。
この婆さん多分年齢70超えてるだろうに、これだけ切れの良いツッコミを繰り出すとは……。
「侮れんな、地底世界」
「何を考えておるか
「会っていきなりで戯け扱い……」
「おぬしのようなガキは戯けで十分じゃわい」
言ってくれるねこの婆さん。
良い性格してらっしゃる。
「よっ」
「やっと立ちおったか」
立ち上がるのが遅いと、この婆さんは仰る。
知らん場所で脳の処理が遅れてたんだよ、内心結構混乱してるの。
両腕を回したりして体に異常がないか確認。
ついでに周りも一通り見回してみる。
「地…人が……さ……など」
「ミ……大公……来」
婆さんの後ろで何かを話している2人の老人。
……あれはダメだな。
日本のダメ政治家みたいで、責任能力なさそうな顔してるし。
続いて最も人間がいるだろう俺の背後。
数人が騒がしく話している。
……ん?
一瞬あの2人の近くから視線を感じた気がしたが、まぁ良いか。
「お? おぉ」
でかい。
第一印象はそれに尽きる。
全長は10メートルはあるだろうか?
コンピューターと分かる外観なのに、所々にオリエンタルな感じがするのが不思議だ。
「ふふん。驚いたか?」
「あ、ああ」
柄にもなくどもってしまう。
それほど俺はこのコンピューターに衝撃を受けていた。
「これがREB。このソラティス神殿の心臓とも言える、スーパーコンピュータじゃ」
「れぶか……」
えへんと胸を張った婆さんは無視。
年甲斐もない仕草だが、何故だか彼女には似合っている。
しかし『れぶ』ってどう書くんだ?
まさか漢字じゃないだろうが……。
「イブンよ」
「ん? なんじゃザボト」
俺が『れぶ』の書き方を考えていると、目の前のコンピュータの方から爺さんが現れた。
婆さんに連絡があるようだ。
「どうやら未完成の召喚プログラムが走ったようだ」
「召喚プログラムか……あれはまだアカデミーでも実用化まで至っていないはずじゃが?」
「ああ、今回のREBの暴走もその所為だろう。根幹部に小さくない問題も出ている」
「ふむ。問題は誰が引き起こしたかじゃが……」
「昨日からここにおった我々とフェイル殿下以外は不可能だが、犯人の特定は不可能だろう」
「魔力テストで内部の探知結界を切ったのが仇になったか」
なにやら専門的な話になっている。
召喚やら魔力やらと、現代人の俺からすれば眉唾モノだ。
まぁ本人たちが真面目に話してるから、地底世界には本当に存在するんだろうけど。
やっぱ俺がいたとこと違うんだろうなぁ。
こんなとこでも、俺の生きてきた世界と違うのだと確認出来てしまうのが何か嫌だ。
「こやつが召喚された理由は分かったか?」
「フェイル王子と同じレベルの生体反応で検索した後が見られた。今日のテストで使われるはずのデータを流用したんだろう」
「当然事故じゃな」
「未完成ならそんなものだろう。幸い子供だ、そう害もあるまい」
「変な性格じゃがな」
失礼な。
……ん?
やっぱ視線を感じるのか、首筋がちりちりする。
こういう時の俺の勘は当たるんだ。
さっき視線を感じたとこに目を向けと、やはり俺と見ているやつが居た。
お互い目が合う。
相手が逸らさないもんだから、俺も意地になって目を逸らさない。
俺と同じくらいの歳に、緑色の短い波打った髪。
育ちの良さそうな温和で整った顔立ち。
……良いとこの坊ちゃんって雰囲気が如実に表れてるなぁ。
しかも2枚目なんてけしからん。
そいつに抱いた第一印象は、まぁそんなもんだった。
「あんた、何か用?」
何時までも睨めっこじゃ埒が開かないので、近寄って聞いてやる。
男と見詰め合う趣味はないし。
「あ、いや」
何を驚いてるのか、視線を向けたのはあんただろうに。
とは口には出さなかったが、呆れた目線にはなってただろう。
近場にいた例の2人組みが何か言うが無視。
「……」
そいつは、言葉を紡ごうとして口を開くが、すぐ躊躇して閉じる。
はっきりしないやつだなぁ。
不遜だとか何とか、相変わらず2人組みが言っているがやはり無視。
「君の」
「ん?」
「君の名前は何と?」
「……は?」
待て待て、いきなりの事でアホ面晒してしまったではないか。
マコトあたりに見られたら、また文句を言われるに違いない。
名前を聞かれるとは、つまりそれくらい意外だった。
名乗っても良いんだが、簡単に教えても面白くないしなぁ。
「自己紹介してほしいなら、先にそちらから名乗られよ。それが礼儀というものだよ君」
「え?」
「俺の名前が知りたかったらあんたから名乗れって事。その口は飾りか?」
余程俺の言い方がおかしかったのか、ポカンとして黙ってしまった。
よく考えれば俺日本語喋ってるし……実は通じてなかったのか。
いやしかし、イブンって婆さんとはコミュニケーション取れてたよなぁ?
「き、貴様ぁ! 大人しく見ておれば図に乗りおって!!」
「このお方をどなたと心得るか!?」
「知らん」
脇の2人が怒鳴った。
俺の言葉を聞いてすぐ黙ったけど。
いい大人が大口開けて固まるとは、情けないったらない。
やはり良いとこの坊ちゃんなのかね?
「こ、このお方はなぁ、神聖ラングラン王国第一王子であらせられる、フェイルロード殿下であるぞ!!」
「本来貴様のような子供が話せる方ではないのだぞ」
だから知らんって。
そもそもラングラン王国って何よ?
規模も分からん王国の第一王子って言われてもな。
「くっ」
俺が2人組みで遊んでいると、突如フェイルロードなる王子が声を上げる。
そして笑い声。
如何なる感情の動きによるものか、王子様は楽しそうに笑い出した。
「で、殿下」
「如何なされれましたか?」
心配するような仕草を見せる2人組み。
しかしやつらの目は気に入らんな。
媚びた光しかない。
親父たちが死んだ時、俺に取り入ろうとした親戚に似た目がムカツク。
「いや、何でもない。私の名はフェイルロード。フェイルロード=グラン=ビルセイアだ。改めて君の名を教えてくれないだろうか?」
手を上げて2人組みを制すると、王子様は俺に自己紹介なさった。
うむ、王子って言う割には気さくじゃないか?
今の笑い顔からも嫌味さは感じないし。
「俺はユウイチ。ユウイチ・アイザワだ。見たところ同じ歳くらいだし、ユウイチで良いぞ殿下」
「殿下はやめてくれ。不躾で済まないのだが……良かったら、私の友になってくれないか?」
お遊びで殿下と呼ぶと嫌な顔をする。
地位で呼ばれるのが面白くないんだろうか。
しかしいきなり友達になってくださいときた。
まぁ2枚目だが性格は良さそうだし、こいつなら友達になっても大丈夫そうだから良いんだけど。
「……ああ、よろしく」
「こちらこそ。私の事はフェイルと呼んでくれ、ユウイチ」
どちらともなく手を出し、お互い握手。
この世界で最初の友人が王子って、俺ってかなり凄いのか?
窓から景色を見ながら考える。
地上なら午後7時前ってところだろう、同じ時間の流れなのかこちらも薄暗い。
流されてるなぁ。
思わず苦笑してしまう。
「どうしたユウイチ?」
「いや、な」
対面に座るフェイルに思った事を言ってやる。
今の状況を作った一端はこいつにもあるわけだし。
話を聞くと、それを思ったのかフェイルは苦笑した。
俺とフェイルは、現在ラングラン王国の王都に向かっている。
行く場所が無い俺を、フェイルが見かねて王宮に置いてくれるとか。
フェイルとの握手が済んだ後、イブン婆さんがやってきた。
何でもREB−表記はフェイルに聞いた−を直すのに約1週間かかり、その間俺は元の場所に帰れないらしい。
同時に行われるはずだったフェイルの試験も、6日後に延期となったと聞いた。
最初はソラティス神殿に厄介になるはずだった俺だが、フェイルの口添えによりせっかくだから王都で過ごす事となったのだ。
何が『せっかく』で、どうして『王宮』に住むのか全然理解できなかったが……。
で、王都へ向かう前に検査みたいな事をされた。
去り際に婆さんが言った、良いプラーナの資質って言葉はなんだったのやら。
「6日で直るのは分かったが、その送還魔法だっけ? 他に使える人間いないのか?」
疑問だったんだよなぁ、別に絶対あそこから帰らなきゃいけないわけじゃないだろうし。
出現位置から戻るのが道理なんだろうけど、早く帰りたいし。
「送還は召喚と違って簡単なんだが、それでも術者は数人しか存在しないんだ」
「数人でもいるなら、その誰かに送り返してもらえば良いんじゃないのか?」
「結論を急くなユウイチ。確かにそれでも地上に戻る事は出来るのだが、どこに出るか分からないぞ?」
「それはあれか? よくお話である座標軸が分からないと?」
「お話と言うのはわからんが、その通り。地上で召喚された地点が分からなければ元の場所には戻れないだろう?」
「結構複雑だなぁ」
「だからまぁ、万全を期するなら演算が出来るREBが直るのを待つべきだろうな」
なるほどねぇ。
魔法なんて言うから、何でもババーンと解決出来るかと思えば、結構制限があるんだな。
「で、乗ってから聞くのもあれなんだが、これは何だ?」
足の裏でトントンと床を叩く。
神殿からこっち、移動のために乗っているこの箱。
これの原理も気になって仕方ないんだよ。
だって空中に浮いてるし。
「これか? これはフローラーと言って、ラ・ギアスの一般的な乗り物だ」
もっとも普通は1人乗りだが、と付け足す。
今乗ってるのはタイヤの無い小型のワゴンみたいなもんだが、1人乗りだとどうなるんだ?
浮くって事は、旧西暦のオールドムービーにあったような感じなんだろうか。
『バッ○・トゥ・ザ・○ューチャー』だったっけ?
「大してスピードは出てないよな」
「仕方ないだろう。あくまでも移動を楽にするためのモノだからな」
「時速にして30キロくらいかなぁ、俺のとこだと、この4倍以上速い乗り物はザラなんだが」
「ほぉ。30キロと言うのは分からぬが、それは凄い。……もし良かったら、地上の話を聞かせてくれないか?」
「そうだなぁ。やる事もないし、そうすっか。……その乗り物は自動車って言って―――」
王都まで後どれくらいかかるかなぁ。
フェイルと話しながらそんな事を考えた。
「…イチ! ユウイチ起きろ!」
お?
誰か呼んでる。
さっさと目を開けるか、俺は下の従兄妹と違って寝起きは良いのだ。
「おぉう!?」
「……失礼だぞ」
俺は一瞬で後ろに身を引いた。
フェイルは気分を害したのか、憮然とした声を出す。
「そりゃお前、起きたら目の前に男のドアップがあれば驚くだろうが」
「そんなものか?」
当たり前だ!
あーびっくりした。
まだ心臓がバクバクいってるし。
「ユウイチ、お前も降りてこい」
は?
あ、何時の間にかフローラーは停止してたのか。
さっさと1人で降りるとは友達甲斐の無いやつめ。
「ん。体中バキバキだなぁ」
長時間座りっぱなしだったし、伸びをしないとダメか。
上を向いたまま伸びをすれば、ボールの内側のような少し反った空。
最初はびっくりしたが、地球内部にいるんだなって納得したもんだ。
「ほー」
視線を動かし、それを目に留めると思わずため息が出た。
それ程の威容を誇る建物だ。
ヨーロッパの宮殿みたいな美しい造り……宮殿?
「フェイル、これが?」
「ああ。神聖ラングラン王国の王城だ」
To Be Continued......
後書き
1話です。
ユウイチ君環境適応能力高すぎ。
同世代の男の子より辛い体験してる所為か、結構動じません。
今回はフェイルとの友情が中心でしょうか?
あっさりユウイチと友達になってるフェイルですが、彼も結構内心複雑。
勘の良い方は分かるでしょう。
ソラティス神殿のREBが魔力を数値化できるってのはオリジナル。(だと思います
魔力試験ですから当然一定値以上が必要で、それを計測するにはどうするのだろうか? と思ってこうなりました。
人間が魔力を感じ、それによって合否を出すのはアバウトすぎますからね。
REBにはそういう機能を付加させていただいたわけです。
ご意見ご感想があればBBSかメール(chaos_y@csc.jp)にでも。(ウイルス対策につき、@全角)。