「さ、マコト。夕飯を持ってきたわ、一緒に食べましょ?」
うつ伏せでベッドに寝ているマコト。
ユウイチさんがいなくなってしまった次の日から、何も食べていない。
消化に良いおかゆを作ってきましたから、何とかこれだけは食べてもらわないと……。
「いい、食欲ない」
「そんな事言わないで」
「いいって言ってるでしょ!!」
「あっ」
ガシャンと、おかゆが入った土鍋が割れた。
フローリングだから良かったものの、畳なら掃除が大変でしたね。
雑巾とガムテープ、ゴミ袋に直接捨てた方が良いでしょうか。
「ご、ごめんアキコ。ごめんね」
「良いんですよ、怒ってませんから」
「ほ、ほんと?」
「ええ。でも、新しいおかゆは食べてくださいね」
「……うん」
「ふぅ」
大きい破片だけ拾って廊下に出ると、思わず扉に寄りかかってため息を吐いてしまった。
3日前から、私たちの家族であるユウイチさんが帰ってきていない。
今まで無断で外泊する事など無かったのに。
そして次の日、ユウイチさんの行きそうなところを探し回った私たちは、『ものみの丘』で鞄だけを見つけた。
何か事件に巻き込まれたのかと心配しているが、軍務で忙しい父やあまり頼りにならない警察には届けていない。
後数日は待つつもりだ。
マコトは情緒不安定になってきている。
何時もはあまり感情を表に出さない彼女だけど、家族に何かあった時はこんなにも弱い。
「親友と言ってもこんなものですか……」
それは分かっていた事だ。
同じ境遇のユウイチさんが、マコトの唯一の家族と言ってもいいかもしれないのだから。
お父さんとナユキがいた私じゃ、マコトの辛さは分からない。
でも何とかしてあげられるんじゃないかって……。
「お姉ちゃん、ご飯まだ〜」
「ちょっと待っててね」
いけない。
ユウイチさんの不在を知らないナユキには心配かけないようにしないと。
これだけは、ユウイチさんが隣に住んでいてくれて助かった。
「でも」
少し疲れた。
こういう時にこそユウイチさんにいてほしい矛盾。
ユウイチさん、早く……。
外伝 地底世界
第4話
王都遊覧
「っ!!」
はっとして目を覚ます。
何だ。
夢……嫌な夢を見ていたはずだ。
心臓がいやにうるさい。
「マコト、アキコ……」
そうだ、あいつらの夢を見ていたはずだ。
ここに来て何日経った!?
あいつらが何事もなく生活できてるわけがないじゃないか!
人一倍脆い2人なんだ。
「2人か……」
2人とも。
俺にとって大事な……。
帰ったら言葉にしないとな。
「帰る時間を早められませんか? 出来れば今日、今すぐにでも」
朝食後、起き抜けに考えた事を聞いてみる。
いきなりの事で、アルザールさん以外は行動停止状態だ。
「どうしたんだねユウイチ君? 昨日まではそんな事を言っていなかったが」
「いえ、ちょっと夢見が悪くて……」
「地上の事でも思い出したかね?」
「ええ」
「……ふむ」
手を顎に当てるアルザールさん。
……中々絵になるな。
俺が微妙にズレた事を考えていると、他の面子も復帰したのか父親を注視している。
「フェイル」
「は?」
「ユウイチ君には説明したんだよね? REBで送還しなければいけない理由」
「ええ。召喚地点の特定が困難だから、と」
「それは俺も聞きました」
「別に隠す事じゃないから教えるけど、地上に送り返すだけなら結構簡単なんだよ」
「ほ、ホントですか!?」
おいおいマジですか。
俺はソラティス神殿じゃないと戻れないと思ってたぞ。
ここと地上は物理的な道もないって話なのに、簡単とは……。
「うん。人間1人を送り返すだけなら確かに簡単だよ。定められた手順と魔方陣さえあれば、神官なら大抵出来るだろうね」
「じゃあ!!」
「待てユウイチ。召喚地点の特定が困難だと言っただろう?」
「それは聞いたが、召喚された地点は俺が知ってる住所なんだし、教えれば……」
「無理だ」
「何でだよ?」
「我々は地上にある街などを把握していない」
「え?」
「つまりユウイチがどこで召喚されたと言っても、地上のどの位置か分からないんだ」
あー…………それはそうだな。
ここから地上に出ないだろう人間が、わざわざ地上を把握してるわけないよな。
日本にいる俺が、ヨーロッパの詳細な地図を知らないようなもんか……。
「そっか、それも当然だよな。地上に行かないなら、気にする必要のない情報だもんなぁ」
「そういう事だよユウイチ君。君の言う事も分かるが、人間我慢も大事だよ?」
「はぁぁぁぁ」
「ユウイチ様、お気をお落としにならせられないでください」
「慰めありがとうモニカ。でも文法が変だぞ」
「そうよユウイチ。もっともっと私に地上の機械を教えてくれないと」
「…………昨日あれだけ話して聞かせたじゃないか」
「あんなの序の口よ、序の口。いずれ造る巨大ロボットの為に、地上に帰るまでユウイチの知ってる事は全部聞くわ!!」
「うんうん。セニアは野心家だね、野望を持つのはいい事だよ」
「ええ。セニア頑張って」
「任せなさいって、あははははははは」
……何だこの親子?。
思わず頭抱えちゃうほど無茶苦茶だ。
大体中学生の俺に、機械に関する知識がそんな在るわけないだろうが。
って言っても分かってもらえんのだろうな。
何せここじゃ15で1人前だし……。
でも10に満たないセニアが理解できるものなのか?
「もし……」
その1人前な年齢に達した我が友人が何事か口にした。
何か考え込んでいたようだが、考えはまとまったのか?
しかしこいつ15にしては落ち着きすぎだよな。
昨日のシュウは10であれだし、こっちの子供は皆落ち着いてるのか?
「もしユウイチが気になるのなら、送還の詳しい話を聞いてみるか?」
「ん? 詳しい説明って受けられるのか?」
「ああ。一応知り合いに錬金学士がいるからな。送還プログラムに対する一通りの知識はあるはずだ」
「ふむふむ、教えてくれるなら是非聞きたいぞ」
「そうか。セニア?」
「だから私は思ったのよ、巨大ロボットは浪漫なんだ! って何、兄さん?」
浪漫なのか……。
学校の友人も同じような事を言っていた気がするんだが、どこらへんが浪漫なんだろ?
確かドリルがどうとか、パンチがどうとか。
でも男の浪漫とも言ってたが……謎だな。
「―――では、彼女はいるのか?」
「ええ。家庭教師はお休みだし、昼間は研究室にいるって言ってたわよ」
「そうか」
「あー、でも3時くらいまで偉い人達と会議があるとか言ってたわね。会うならそれ以降じゃないと」
「分かった。それまではユウイチに王都を見せるさ」
「ふむ。それじゃあフェイル達は彼女に会いに行くんだね?」
「はい。時間が時間ですので、昼食を摂ってからになると思いますが」
「そうかそうか。彼女にはセニアがお世話になっているからねぇ、宜しく伝えておいてくれると嬉しいな」
「分かってますよ、父上」
「私も久しぶりにアカデミー行きたいなぁ」
「ダメ。君たちは勉強勉強。特にセニアは魔力の修行をサボりがちだって聞いてるよ」
「うっ」
「王族であるからには、しっかり真摯に修練を積まないとね」
「は〜い」
なんかすっかり蚊帳の外な俺とモニカ。
まぁモニカの方は、まったりと食後の紅茶を飲んでるから問題ないんだろうけど。
何だかんだで俺の予定は決まったようだ。
自分で決めても分からない事が多すぎるし、フェイルが決めてくれるなら楽で良いんだけどね。
「お」
「どうやら到着のようですね」
眼前の扉が開く。
どうやら目的地に到着したらしい。
しかしこれ、形といい用途といい微妙にエレベーターみたいだなぁ。
10人ほどは乗れそうだし。
「確かに乗ったところと違うな。マジで着いたんだ」
「今まで疑っていたのか?」
「半信半疑だったのは認める。地上には存在しない代物だから」
「確かに地上人のユウイチはそうでしょうね」
フェイルとシュウの後に続き、今までいた正方形の箱型空間から出る。
前方にまた扉のあるシンプルな小部屋だった。
それにしても、フェイルはともかくシュウは何でいるんだ?
王宮から出る前に遭遇して結局ここまで着いてきたが、こいつも行動が謎すぎる。
15を過ぎてない王族は勉強漬けなんじゃないのか?
「転移ハイウェイねぇ」
「何か思うところがありそうだな」
「まぁ俺の常識じゃ量れない技術だし」
王宮から10数キロ離れた王都中心に一瞬で移動だもんなぁ。
旧西暦に流行った青い狸が出す道具みたいだ。
瞬間移動なんて空想の産物だと思ってたんだが、あるとこにはあるんだな。
「しかしなぁ」
「何か?」
「いや、こんな便利なものが何でソラティス神殿には無いのかと思って」
「……フェイルロード、彼は何を言ってるのです? あの場所にもしっかりと転移装置はあるはずですが」
「は?」
え、それってエレベーターみたいなこれだよな?
そうか、あそこにもあったのか……。
「ってあったのかよ!?」
「ええ、私が数年前に訪れた時はありましたが? 神殿が残っている以上稼動しているでしょう」
「そうなのかフェイル? あそこにゲートとやらは存在してるのか?」
「あるにはある―――」
「やはりあるのか! じゃあ何であの時使わなかったんだよ! 使えばフローラーで寝なくてもすんだのに!!」
「待てユウ―――」
「あの所為で腰は痛いし肩は凝るしで大変だっ…だっ!」
「少し落ち着きなさいユウイチ。冷静さを欠いた状態は見苦しいですよ」
「あ、ああ。それは良いんだが、後頭部が痛いのは何故?」
「……何の事です?」
こいつしゃあしゃあと……。
絶対後頭部叩きやがっただろ。
む、フェイルのやつは何に驚愕しているかんだ?
「さて、いい加減ここから出ませんか? 時間には限りがあるのですから」
シュウの言葉に頷いて移動する。
フェイルはまだ驚きが抜けないのか、何も発言せずについてくるだけだ。
何をそんな驚いてるのかね。
「へぇ」
思わず感嘆の声を上げてしまった。
まぁそれ程珍しい街だったんだけど。
しかしここに来てから何か見る度、同じようなリアクション取ってるな。
「何か変なところでも?」
「いやいやとんでもない。いい街並みだ」
俺でさえそう思うんだから、建築家とかが見たら狂喜するんじゃないか?
見ていて疲れない街というか、日本みたいに高層ビルが乱立してない。
高い家でも精々3階建てだ。
家自体も白や茶色の石で出来てるから、なんだか暖かみがある。
「いい街だな」
この感想に尽きる。
仰々しい装飾とかもないし、街路樹なんかもところどころに見えていい。
建築様式とか専門的な事は分からんが、癒されると言うか、懐かしい感じがする。
「そうか。そう言ってもらえると私も嬉しい」
「お、復活したか。今まで何に驚いてたんだ?」
「いや……クリストフの先ほどの行動についてちょっと」
「ふぅん」
生返事を返しておく。
行動と言うからには、やはり叩いたんだな。
やつがボケたら俺も仕返しでツッコミ入れたろ。
…………ボケそうにないけど。
「それで、貴方たちには何か予定があるのでしょう?」
「1時間ほど後に、ユウイチを王立アカデミーへ連れて行くだけなのだが」
「時間までは王都を遊覧ですか」
「その通りだ」
「……それは良いんだけどよ、2人とも仮にも王族だろ?」
「仮とは失礼ですね」
「正式な王継承権は得ていないがそうだな」
「ならのんびり王都歩いて良いのか? 騒ぎくらいになりそうだが」
「ああ、それなら問題はありませんよ」
「何でよ?」
「実際こうしていても注目を浴びてない事から分かるが、我々の顔はあまり知られていない」
ん〜っと、まぁ確かに周りから驚愕の声とかは聞こえないし。
でも注目は浴びてるんだが。
2人とも自分が美形だって事理解してないんじゃないか?
「王族は、魔力テストの合否が出るまで公的に顔を晒さない決まりなのだ」
「だから私たちの顔を知っている国民は殆どいないのですよ」
「へぇ、王族ってのも大変だな」
「面倒なのは確かですね。私は自由に生きたいので」
「色々制約はあるが、少なくとも王族の地位は私には必要だ。クリストフとは違ってな……」
なんだ?
フェイルの顔に陰が差した?
何か気になる事でもあるのか。
「また立ち止まってしまったが、話は歩きながらしよう」
「あ、ああ」
「フェイルロード…………固執していますね」
何に、とは聞けなかった。
フェイルに引きずられるように移動し始めていたから。
しかし、このシュウの言葉は心に残った。
「あ、あれはなんだ? あの浮いてるやつ」
適当に歩きながら街を見ていると、結構な数の人間が変なものに乗っていた。
一言で言い表すなら、空飛ぶスクーターか?
ハンドルがあって、サドルがあって足置くスペースがあって、だが車輪が存在しない故にスクーターではない乗り物。
地上から10センチ程浮き上がり、すいすいと移動している。
「何って、フローラーだ。ユウイチも乗っただろう?」
「は? フローラーってあの箱みたいなやつじゃないのか?」
あれには二度と長時間乗りたくない。
振動こそ無かったものの、あれは映画なんかで見る馬車そのものだった。
狭かったし。
「説明していなかったが、こちらが一般的なものなんだ。前に乗ったのはいささか特別なものでね」
「ほー。じゃああの1人乗りっぽいのが普通なんだ」
「ああ」
「ユウイチが言っているのは特殊タイプの事でしょう。ラングラン全土で数台、王宮や大神殿にしか存在しないものです」
「数台……聞くと貴重なものみたいだな」
「実際に貴重なのですよ。確かあのタイプの原案を考えたのは私の母だとか」
「へぇ」
「何? ミサキ大公妃が考えたのか?」
「ええ、私はそう聞いています。何でも地上の”車”と言うものをイメージしているとか」
ああ、やはりそうか。
ワゴン車だと思ったのは間違いじゃないようだ。
同じ地上人が考えたものならそう思うのも当然だろうな。
「ミサキ大公妃の考えとは思わなかった」
「本人はもっと大きいものを想像していたらしいのですがね。オルフィレウス式永久機関との兼ね合いだそうです」
「浮力発生のためのエネルギーが足りないのか」
「ええ。もっと巨大なフローラーを造りたいなら、現在研究中のフルカネルリ式を搭載する事になるのでしょう」
「オルフィレウス式の数十倍と言うが、使いこなせるのか?」
「それは何とも。しかし技術は使ってこそですからね、まず理解と言うのは常道でしょう」
何言ってるかわからんぞ。
永久機関ってどっかで聞いた事あるんだが……。
実はこいつらって頭良いのか?
国民全員がそうなのか、それともこいつら王族が特別なのか。
「じゃあソラティス神殿の転移ハイウェイは、あのREBが管理しているのか?」
「ああ。だから使えなかったんだ」
「それって致命的じゃないか? 何かあった時に連絡しようにも、通信設備もREBの制御じゃ終わりだろ」
「そうなんだが、ラングランでは神殿に対して何らかの手出しをされた事例が無いんだ」
「だから気にしてなかったと?」
「そのようですね。まぁさすがに今回の件で、アルザール国王から各地の神殿へ通達を行ったみたいですが」
穏やか過ぎる人間ばかりってのも問題だなぁ。
つーか、王族以外の人間危機感足りないんじゃないの?
テレビで見る、極東地区の政治家連中みたいだ。
あっちは単純に阿呆ばかりだから、根本が違うけど。
優しさは罪だとか、どこぞの漫画に載ってたっけ。
「このままだと、その内取り返しがつかなくなりそうだ」
「全くですね」
「治安局の仕事だな……合っているかもしれない」
合ってる?
何に、あるいは誰に?
またなんか深刻そうな顔だし、ちょっくら声かけておこうかね。
「フェ―――」
「着きましたね」
ぬぬ、シュウめ。
何処に着いたと言うんだまったく。
進行方向にあるらしい建造物に目を向ける。
また、ため息が出た。
ここに来て、新しい何かを見るたびに感動する。
それ程目の前にある建物は素晴らしかった。
畏れを抱かせるような威圧感と、訪れた人間に安らぎを感じさせる暖かさ。
そんな相反するモノが滲み出るような石造りの王宮。
そう、それはまさしく城だった。
「これが目的地?」
「ああ、ラングラン王立アカデミーだ」
「ラ・ギアス最古にして最高の技術力を持つ練金学の研究機関、でしょうね」
「その分入るのが異常に難しいと聞いている」
「なるほどなるほど」
今一度建物のテッペンまで見上げる。
あの漆黒の柱とか純白の壁とか、確かに敷居が高そうだもんなぁ。
この威圧感も当然なんだろう。
「では入るとするか」
「へーい」
「そうしましょうか。……フェイルロード、アポイントはしっかり取ってあるのでしょうね?」
「無論だ」
あっさり敷居を跨ぎました。
持つべきものは王族の友人だ。
内部は割と普通だった。
まぁ床なんてピッカピカだけど。
天井まで5メートルは確実にあるな。
「金かかってそぉ」
「当たり前だ。仮にも王立の研究機関が貧相では話にならないだろう?」
そうだが、ハッタリ利かせるって事か?
ロビーなんだろうここは、広すぎて確かに効果はありそうだ。
入り口正面の壁には、カウンターを挟んで通路らしき2つの空間がある。
俺とシュウを待たせ、そのカウンターにフェイルが1人で向かった。
結構美人な受付け嬢が2人。
フェイルが彼女らを口説いたら面白いが、無理か。
「すまないが」
「はい。 ……フェ、フェイル殿下!!」
「あちらの方はクリストフ大公子殿下!!」
「そんな大声を上げないでくれ、一応今日はお忍びという事になっている」
お忍びだったのか。
まぁ王子が移動するなら、従者の10人や50人はついてそうだしな。
……何時もいないけど。
「つーかあの受付嬢、お前たちの事知ってるけど?」
「ええ、それが何か?」
「何かって……一般の人は知らないんじゃなかったのか?」
「ここは一般的な場ではありませんよ。受付の人間と言ってもエリートです」
「へぇ。エリートか」
それにしてはフェイルに対する態度が俗っぽいな。
まぁ王族なんてあまり会う機会無いんだろうから、一種のアイドルみたいな感じなのかもしれないけど。
本人理解してなさそうだが。
「それに私たちはここに数回来た事もありますしね」
「王立って言うくらいだから、来た事はあるんだろうが……」
ん、話が終わったようだな。
フェイルがこっちに向かってきた。
受付嬢は残念そうな顔だ。
「待たせた」
「ああ。お前も罪な男だな」
「は? 何の事だ?」
「自分で理解しないとダメだぞ」
「……ますます分からん。クリストフ、分かるか?」
「いいえ。ユウイチの発言は少々とっぴですね」
……ダメだこいつら。
男なんてそんなモンだろうけどなぁ。
俺だって、生まれたときからあの2人と接してなきゃ鈍感だったかもしれないし。
しかしこいつらに惚れるやつは大変だな。
モニカは将来絶対苦労するぞ。
「それでウェンディはいたのですか?」
「ああ。自分の研究室にいるらしいが、彼女に会うと教えたか?」
「聞かずとも分かります。あなたと1番縁のある錬金学士ですからね」
すたすたと歩きながら会話を交わす。
俺は聞いてるだけだが、フェイルには縁のある女性がいたんだな。
じゃあ鈍感でも安心か……。
「ってウェンディって誰さん? 縁のあるって事は、フェイルの彼女か?」
「ええ。そう取―――」
「違う」
「どっちなんだよ」
「ユウイチの言う通―――」
「だから違う! クリストフも混乱させるような事を言うな」
「何の事でしょうか? あなたに途中で遮られたので、私の発言は肯定でも否定でもありませんよ」
「……」
仲いいなぁこの2人。
今まで付き合い薄かったって言うのは嘘だろ。
シュウも中々いい性格してやがるし。
絶対計算して喋ってるな。
「結局どんな繋がりが?」
「……ああ。ウェンディはセニアの家庭教師をしているんだ」
「王族とはいえ、王立アカデミーの錬金学士を家庭教師にするのは異例でしょうね。しかもまだ10にもなっていない少女に」
「そうなのか?」
「ああ。モニカにも家庭教師はいるが、錬金学士というのはな」
「それだけセニアが優秀と言う事でしょう。将来は一角の技術者になるでしょうね」
「へぇ〜」
「ウェンディが女性で、歳もそれ程上じゃないからこそ、なんだろうが。あとは父上の親ばかも関係しているんだろう」
フェイルは苦笑する。
そこまで親ばかなのか、あのおっさん。
まぁ子供の長所を伸ばすためには最高の親なんだろうけど。
暫く歩いて、1つの扉の前まで来た。
「ここか?」
「ああ」
頷いたフェイルが扉を叩く。
ここに至る道のり自体は面白くも何ともなかった。
敷地も広いし手入れも行き届いている場所だが、如何せん人とすれ違わなかったし。
テラスや食堂などもあるらしいが、今回は確認ならず。
延々と、扉が点在する廊下を歩いていただけだった。
「返事がないですね?」
「おかしいな」
「もう1度ノックだ」
先のフェイルより強く叩いてみる俺。
結構いい木材らしく、重厚な音が出た。
「はーい。どうぞー」
中から返事。
くぐもっている上に小さい声だったが、何とか入室許可って事はわかった。
フェイルの言ってた通り、声は若々しいな。
「失礼する」
「お邪魔しますよ」
「2人に同じ」
最後に入ると、何かの執務室のようだった。
右手には来客用なのか応接セットなんかもある。
正面には……。
「なんだあれ?」
漫画なんかでは見た事あるが、机の向こう側が見えない程積まれているとは。
部屋自体は綺麗なのに、でかい机の上だけ恐ろしく物が置かれているのが異様だ。
「ウェンディ」
「はい。どなたですか?」
「私だ。フェイルロードだ」
「…………え? 殿下ですか!?」
ガタン、バン、と小さくない音がした。
あれは椅子を蹴倒した音と、机に両手を叩きつけた音だな。
次いで青い髪が見える。
その女性をじっくり見る前に、バサバサと落ちる書類に目を奪われた。
そう大した衝撃でもないだろうが、色々積まれた机には大打撃だったんだろう。
「あ、あ、ああああ」
「何をやっているんだ……」
「素?」
「さぁ?」
額を抑えるフェイルと、肩をすくめるシュウ。
立ち上がった女性は、こちらに目を向ける。
鮮やかな青い瞳に青い髪の美女。
暖かな微笑を浮かべたその女性は、ここで出会った誰よりも美しかった。
彼女はフェイル、俺と見て、シュウのところで目を見開いた。
「クリストフ殿下もご一緒で……いたっ!?」
シュウがいたのがそんなに驚きなのか、つんのめって机につま先をぶつけた。
両手を着いて、完全な転倒は免れたかのように見えたが……。
……あ、落ちる。
「きゃぁ!」
効果音は、バサバサよりゴゴゴゴゴかもしれんなぁ。
見事に、残っていた書類やらなんやらが彼女の上に振った。
白い書類だから、雪崩に呑み込まれたと形容するのがピッタリ。
「……」
「…………」
「………………」
微妙な表情で顔を見合わせる俺たち。
生暖かい目で埋もれた女性を見やったりする。
ウェンデイ=ラスム=イクナート。
彼女との出会いはちょっと忘れがたそうだ。
……ドジっ娘?
To Be Continued......
後書き
……4話です。
シュウの母親のミサキさんは、『ONE』のみさき先輩でしょうか? ってご意見をよく頂きますが、全くの別人です。
彼女は旧姓ミサキ・シラカワで、シュウは彼女が自分を呼ぶ時の名前(シュウ)と彼女の苗字を名乗ってるのです。
実はかなりやばいマコトとアキコ。
彼女たちのためにも早く帰らないとなぁ、と思うユウイチでした。
色々あって不可でしたけど。
ラングラン全土にある転移ハイウェイですが、これが結構曲者でした。
フローラーもそうですが、用語自体は存在するんですけど、どうにも絵がないので……。
さすがに人間そのものを転移させるのは不可能と思い、特定の装置ごとにしました。
で、最後にウェンディが登場。
彼女はこの時点で原作通りだと17歳ですねぇ。
後の人格は形成されてますが、若い分ドジっ娘。(原作でもそうだったかな
ご意見ご感想があればBBSかメール(chaos_y@csc.jp)にでも。(ウイルス対策につき、@全角)