「ではセニア様、テキストのここから……こちらまでやって下さい」
      
      「はーい」
      
      
       机に向かって課題を解くセニア様を見ながら、私は自然と昨日あった出来事を思い出していた。
      
       昨日は面白い日だった。
      
       多分ここ数年で1番。
      
       連絡も無く同行なされていたクリストフ殿下の事も驚いたが、もっと驚いたのは地上人の少年。
      
      
      
      
      
      「おいシュウ。フェイルも手伝ってるんだし、お前も片付け手伝ってくれ」
      
      「何故です?」
      
      「何故って……人として当然じゃないのか?」
      
      「あなたにとってはそうでも、私にとっては違いますよ。関係のない事にまで手を回す必要はありません」
      
      「関係ないってお前」
      
      「錬金学士には情報の守秘義務があるはずです。あなた方に専門的な部分は分からないでしょうが、私は理解してしまいますよ?」
      
      「……ああそうかい! こっちは俺たちでやるよ!」
      
      「そうしてください。ウェンディ、ソファに座らせてもらいますよ」
      
      「あ、はい」
      
      「まったく自己中なやつだなぁ……。あの性格じゃ敵作るぞ」
      
      「まぁまぁユウイチ、少し落ち着け」
      
      「だがなぁ」
      
      「クリストフの言っている事は正しい。あいつが手伝ったなら、情報の漏洩になってしまうかもしれない」
      
      「わーったよ。ったく、美形で天才か? どこの漫画だよあの男」
      
      「ふふ、そうだな」
      
      
      
      
      
       あれには驚いた。
      
       両殿下と対等に会話しているだけじゃなく、不敬と取られる発言を平気で話す。
      
       地上人は、皆あんな無鉄砲な人間ばかりなのだろうか?
      
       ユウイチと言う少年の身の安全を考えてしまったほどだ。
      
      
      「できたー」
      
      
       はい、っと答えを書いたテキストを渡される。
      
       では。
      
      
      
      
      
      「……全問正解です」
      
      「やったー」
      
      「それでは今日の分はおしまいです。片付けて宜しいですよ」
      
      「はいはーい」
      
      
       両手を上げて嬉しそうにしたセニア様は、すぐさま勉強道具を片付け始める。
      
       そんなお姿を横目に、私は彼女に対する驚嘆と畏怖の念を禁じえなかった。
      
       今彼女が解いた問題は、王族が義務で修めるべき知識ではなく、錬金学の初歩。
      
       もうすぐ7歳になろうかと言う年齢でこの知能は脅威だ。
      
       このまま行けば、成人時には並の錬金学士を凌駕するかもしれない。
      
      
      「ねー、そのケースは何?」
      
      「……ぁ、はい?」
      
      「それよそれ」
      
      
       セニア様の声で考えを中断し、彼女の視線の先を確認する。
      
       私の荷物を見ているようだ。
      
       ケースと言うからには、やはりこれなのだろう。
      
       筒状のケースを持ち上げる。
      
      
      「設計図ですよ。セニア様には前にお見せしたものです」
      
      「え、ホント?」
      
      「はい」
      
      「わ、見せて見せて! 私あの機体大好きなの!」
      
      「はいはい」
      
      
       自分の考えたモノを好きと言ってくれるのは嬉しい。
      
       思わず顔がほころぶ。
      
       私はケースから丸めた用紙を取り出し、セニア様の机に広げた。
      
       描かれた1つの機体。
      
       私の想いの具現。
      
      
      「やっぱり綺麗ねぇ……」
      
      「ありがとうございます」
      
      「でも何でいきなり持ってきたの?」
      
      「ええ。昨日話の流れで、ユウイチ君に見せる事になったものですから」
      
      「ユウイチに?」
      
      「はい。地上人の方の意見も聞いてみたいですし」
      
      「まぁいいサンプルではあるわね」
      
      「それに……」
      
      「それに?」
      
      「指切りをしましたから」
      
      「指切り?」
      
      
       首をかしげるセニア様を視界に入れながら、右手の小指を見る。
      
       小指同士を絡めるおまじない。
      
       約束を守るしるし、とユウイチ君は言っていた。
      
      
      「地上のおまじないだそうですよ」
      
      「効果は何?」
      
      「ふふ、破ったら針千本です」
      
      「何の事?」
      
      「うふふ」
      
      
      
      
      
 外伝 地底世界
第5話
錬金学士の娘
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      「む、眩しい」
      
      
       太陽光が強くなってきたか。
      
       それなりに熱中して見ていたみたいだな。
      
       クリスタルビジョンを切って、ソファから立ち上がる。
      
       子供向けの人形劇も結構面白い。
      
      
      「……グラフス列伝記か」
      
      
       地上で言う、矛盾の故事と同じような感じだな。
      
       矛と盾じゃなくて剣と盾だけど。
      
       似たような話が両方の世界にあるのは何か不思議だ。
      
       やっぱ昔から接点あったんかね。
      
      
      「しかし不思議だよなぁ」
      
      
       言葉は通じるのに文字が読めないとは。
      
       番組中に出たテロップが意味不明の文字だったのには驚いた。
      
       召喚時に言葉を翻訳する魔法がかかってるってのは聞いたが、どうせなら文字も読めるようにしてほしいもんだ。
      
       文字が読めれば原文見れたのに。
      
      
      「召喚されたのが俺1人で良かった」
      
      
       俺が子供向けの人形劇を真剣に見てたってマコトが知ったら、絶対あいつは爆笑する。
      
       つられてナユキも笑って、アキコはどっかで隠れて笑うんだ…………あぁ簡単に思い浮かぶ。
      
       日常だったんだよなぁ、それが。
      
      
      
      
      
      「今日もいい天気だ」
      
      
       しんみりした気分を切り替えるために、思いっきりカーテンを引く。
      
       薄手のカーテンで、若干ながら遮られていた太陽の光が全て入ってきた。
      
      
      「っ」
      
      
       ソファの上とはいえ、長時間立ってなかったから体が強張ってる。
      
       伸びをせねば伸びを。
      
       背骨がパキパキ鳴るこの音は何故か好きだ。
      
      
      「んー、相変わらず太陽は動いてないか」
      
      
       これもここに来て驚いた事の1つだ。
      
       同じ場所にずっと静止してる太陽なんざ、地球はおろかコロニーでさえないからなぁ。
      
       にもかかわらず光量が落ちて夜にもなるし、同じ地点に月も出るんだから変な世界だ。
      
       知れば知るほどこの世界の仕組みが気になる。
      
      
      「調べられないけどね」
      
      
       昨日会ったウェンディはこの考えが禁忌だって言ってたし。
      
       自然との調和や、ここに住む自分たちを傷つける事になるとか。
      
       まぁ、俺にはそんな設備も時間もないから意味がない事なんだけど。
      
      
      「むむ」
      
      
       壁掛け時計は3時。
      
       約束の時間まであと僅か。
      
       時間に遅れるわけにはいかないな。
      
       特に女性と待ち合わせする場合、遅れたら酷いのは身にしみてるし。
      
       今日は俺からフェイルを誘って向かうか。
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
       眼下に広がる街並み。
      
       王宮のテラスと言うものは、街を一望できるところにあるもんなんだな。
      
      
      「人がまるでゴミのようだ」
      
      
       悠然と腕を組んで言ってみる。
      
       実はこのセリフ1度言ってみたかったんだ。
      
       まぁ、別に王都の人間が見えるわけじゃないけど。
      
      
      「……ユウイチ」
      
      「ユウイチ様、そのような事は思っていても口に出してはいけませんの事よ」
      
      「……モニカも」
      
      「ん、それもそうか。表面上は笑顔で、腹の中で思っておく事にする」
      
      「普通は思いもしない事だろう……」
      
      
       丸テーブルに戻って椅子に座る。
      
       さすが王宮にあるテーブルらしく、純白で細かい装飾が為されている一品だ。
      
       その上にはまた高そうなポッドやらカップやらが並べられている。
      
       中身が紅茶なので、中心には高そうなクッキーがお茶請けとして置いてある。
      
      
      「ん〜」
      
      
       思わず唸っちゃうね。
      
       当然だが、こんなところで茶を飲むなんて少し前まで考えもしなかった事だし。
      
      
      「……どうしたユウイチ?」
      
      「いや、人生って何が起こるか分からんものだよな」
      
      「ん? まぁそうだな」
      
      「そうでございますわね」
      
      
       フェイルはハテナ顔だが、モニカは俺の言葉に疑問も抱いてなさそうだ。
      
       前から思ってたんだが、モニカって悠然過ぎ。
      
       シュウが絡んだ時以外口調を荒げもしねぇ。
      
       この場合、そのモニカのペースを乱せるシュウを誉めるべきなんだろうか……?
      
      
      「王都って言っても、王宮からは結構離れてるな」
      
      
       小高い丘にある王宮から平地の王都までは、確実に5キロ以上は離れてる気がする。
      
       俺の部屋はこちらと逆側にあるから、どれくらい離れているか分からなかったけど。
      
       来た時はフローラー内で寝てすぐ王宮入ったし、転移ハイウェイも王都側じゃなかったから位置関係は知らなかったし。
      
      
      「直線距離にして3200ゴーツ程らしいですわ」
      
      「蛇行する道を計算に入れると、更に長くなるだろうな」
      
      「ほー」
      
      
       って3200ゴーツってどれくらい?
      
       やっぱ長さとかは単位が違うんだな。
      
       その割に時間単位だけ一緒だが。
      
      
      「モニカやセニアは行った事ないのか?」
      
      「王都でございますでしょうか?」
      
      「そ」
      
      「残念ながら。
      
      「ダメだ。お前たちだけで行かせるわけにはいかん」
      
      「と言うわけでして」
      
      
       さすがにモニカも苦笑を浮かべる。
      
       アルザールさんだけかと思えば、フェイルも結構兄馬鹿だな。
      
       まぁ確かに特殊な趣味の人には人気だろうけど、この姉妹。
      
      
      「心配ならフェイルが一緒に行きゃ良いじゃん」
      
      「ああ、そうですわよね。お兄様、今度一緒に連れて行ってくださいませ」
      
      「お、おい。ユウイチなんて事を言ってくれるんだ……」
      
      「別に連れて行ってやりゃ良いじゃん。お兄ちゃんなんだから」
      
      「そういう問題では」
      
      
       妹に袖を引かれて困る兄。
      
       どこの世界でもこの構図は共通だな。
      
       俺もナユキに奢って奢ってと………………思い出すの止め。
      
       フェイルは簡単に折れないようだな。
      
      
      「……兄がダメなら、次は定石通り父親か」
      
      「そうですわね」
      
      「あの人なら娘が頼めば即許可出してくれそうだし。むしろ一緒に行ってくれるかも」
      
      「止めてくれユウイチ。簡単に予想できてしまう」
      
      「
      
      「止めるんだモニカ、それだけは……」
      
      
       今度は妹に縋り付いて止める兄。
      
       どこでもこの構図は変わらないんだな。
      
       俺もナユキが猫に飛びつくのを何度止めた事か……。
      
       猫アレルギーの癖に猫好きとは難儀なやつよ。
      
      
      「今日の夕食の時にでも―――」
      「止めてくれモニカ」
      
      
       フェイルも苦労が耐えないなぁ。
      
       ……そう仕向けたのは俺だけど。
      
       嗚呼、クッキーが美味い。
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      「これは何事?」
      
      
       到着したセニアの第一声がこれ。
      
       まぁ兄が妹に縋り付いてたらこう言うしかないわな。
      
       ウェンディなんて絶句してるし。
      
      
      「別に何も。ま、座れや」
      
      
       促したからか、すぐさま空いた席に着く2人。
      
       俺の左からフェイル、モニカ、セニア、ウェンディ、で俺に戻る席順だ。
      
       さすが王宮仕様のテーブル、1人1人の間にかなりスペースを作っても余裕がある。
      
      
      「……ユウイチ、今の喋り方酔った時のお父さんみたいよ」
      
      「ぐっ」
      
      「セニア様、本当の事を言うのは時と場所を選ばないと……」
      
      「ウェンディ、あなたも中々酷いわね」
      
      「……」
      
      「あ、あら? ユウイチ君、私はそんな悪意があったわけじゃなくって、思った事をそのまま言っただけで」
      
      「しかも追い討ち。天然とは恐ろしいわね」
      
      「…………まぁ嬢ちゃん方、俺が入れてやるから茶を飲めこの野郎」
      
      「あ、いじけた」
      
      
       うっせえよ。
      
       裏返しで布の上に置かれていたカップを2つ取る。
      
       大体セニアてめぇ本当に6歳児か?
      
       日本なら小学校低学年の癖に知能高過ぎだって。
      
       と内心で悪態ついて、ポッドから注いだ紅茶を2人に渡す。
      
      
      「あいよ」
      
      「ありがとー」
      
      「ありがとうユウイチ君」
      
      
       まずは1口とでも言いように、2人とも同時にカップに口をつけた。
      
       左の2人もさすがに元の態度に戻ってる。
      
       一応の解決を見たらしいが、果たしてどういった結果になったか。
      
       俺としてはモニカが押し切ったんじゃないかと思うんだが……。
      
      
      「フェイルロード殿下、モニカ様、この度はお招きありがとうございます」
      
      
       カップを置いたと思ったら、ウェンディが唐突に頭を下げた。
      
       言われた方の2人も軽く頭を下げたな。
      
       招かれたら頭下げるとは、宮廷作法ってやつか?
      
       そんな様子をボケーっと見てる俺は客観的にかなり間抜けだと思う。
      
      
      「まぁそんな堅苦しくしないでも良いだろう」
      
      「そうですわね」
      「そうよねー」
      
      「この場には煩わしいご老人などもいない事だからな」
      
      「はぁ、わかりました」
      
      「王族と言えど人間だし、俺みたいにタメで話しても良いんじゃないかなぁ」
      
      「ユウイチは軽く考えすぎ。地上人じゃなかったら、もう死んでてもおかしくないわよ」
      
      
       まぁそうなんだろうけど。
      
       事実1回殺されかけたし。
      
       あれのお蔭で考えが固まって今の状況になったんだが、思い出すと少し複雑だ。
      
       今更ながら、向こう見ず過ぎたかと反省。
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      「昨日のお話の続きですが、ユウイチ君は送還プログラムについて知りたかったんでしょう?」
      
      
       俺以外が紅茶を飲んで少し経ち、ウェンディが思い出したように発言した。
      
       そうそう、昨日は書類片付けてちょっと経ったらウェンディ呼ばれちゃったんだよな。
      
       なので詳しい話は聞けず終い。
      
       一応この話題がお茶会のメインなんだけど、俺も彼女も忘れるくらいまったりしてたらしい。
      
       ちなみに俺は紅茶嫌いだから、もっぱら茶菓子摘んでましたけどね。
      
      
      「んー、正確には召喚関係全般なんだがね。何で俺が召喚されたのかとか」
      
      「そうよねぇ。こんな捻くれてるユウイチなんかじゃなくて、もっと素直で可愛い少年の方が良かっただろうしね」
      
      「セニアったら」
      
      「……年下に何故そこまで言われんとならん? それにガキが可愛い少年とか言うなよ」
      
      「レディに向かって失礼よ、ユウイチ」
      
      「私はユウイチが召喚されて良かったが……」
      
      「そう言ってくれるのはお前だけだ」
      
      
       でもその発言はちょっと拙いな。
      
       ストレートに言ってるだけなんだろうけど、その筋の人じゃないぞ俺は。
      
       軽く警戒するか。
      
       …………権力者ってその筋多そうだし、男色とか小姓とか、教科書で読んだぞ。
      
      
      「は、はは……」
      
      「ウェンディが圧倒されてるわよユウイチ」
      
      「あらあら」
      
      「何故俺に振る? フェイル何とかしろ、モニカは大物過ぎてあてにならん」
      
      「お前こそ私に振るのか!? ……ウェンディ、話の続きを頼む」
      
      「は、はい。」
      
      
       直球かよ。
      
       性格と同じで真っ直ぐすぎ。
      
       あ、ウェンディ口元引きつってる。
      
       実は、圧倒されてたんじゃなくて笑う寸前だったんじゃねぇのか?
      
      
      「……REBで使用された召喚プログラムですが、アカデミーで作成されたもののようです」
      
      「うそ。じゃあアカデミーから盗まれたやつって事?」
      
      「いえ、オリジナルは残っていたらしく、コピーされたものだったようですね」
      
      「へぇ〜、あそこに侵入するなんて凄いじゃない。盗んだやつは凄腕ね」
      
      「感心するところではありません事よ、セニア」
      
      
       また変な文法使うし。
      
       もう慣れたが、何故こういった喋り方になったのかは気になるな。
      
       ま、今はアカデミーの話だけど。
      
      
      「……あそこってそんな侵入難しいのか?」
      
      「ああ。扱っているモノがモノだから、王宮より警備は厳重だろうな」
      
      「内部の研究員、もしくは研究員に親しい人間の犯行とも言われてますね」
      
      
       ん?
      
       今フェイルの肩が動いたような……。
      
       顔見ても変わらないし、錯覚か?
      
      
      「ホントかなぁ。そんな事したら即破門でしょ?」
      
      「ええ。ですから研究員の犯行ではないと思うんですけど。……賭けまで始まってしまって」
      
      「錬金学士って暇なのねぇ」
      
      「セニア様、それは偏見です。そんな事はありません」
      
      
       必死に弁明する。
      
       賭けくらい良いじゃんかよ、それより話が全然進まん。
      
      
      「なのでウェンディ話進めてくれ」
      
      「え、あ、はい。REBに走った召喚プログラムのログをデコードした結果、2つ召喚の条件が見つかりました」
      
      「まあ、それはそれは良い事ですわね」
      
      「そうかなぁ?」
      
      「俺にとっては良い事。それで?」
      
      「ええ。条件の1は何故か身長と体重でした。しかもフェイルロード殿下とほぼ同じで」
      
      「へ?」
      
      「ああ、それでユウイチ様はお兄様と同じような体格なのですね?」
      
      「そう言えば背格好が似ているような」
      
      
       見てみる。
      
       座高も多分それ程変わらないし、そう言えば立ってるとき目線は同じ位置だったな。
      
       多分体重もそう変わらんのだろう。
      
      
      「でも何でだろ?」
      
      「さぁ、私に聞かれても。第2に、25ゴーツ四方に1人でいる事です。これは召喚を他の人間に見られないためでしょう」
      
      「結構理に適ってるわね」
      
      「確かにいろいろ考えられているようだな」
      
      
       だから25ゴーツってどれくらいよ?
      
       確かにあの時は丘の上に1人だったけどね。
      
       多分50メートル四方くらい人はいなかっただろうから、25ゴーツってそれくらい?
      
      
      「その条件で検索して、複数該当する場合はランダムだったようです」
      
      「結局どういうことなのでしょうか?」
      
      「偶然って事よ、モニカ」
      
      「召喚プログラム自体が未完成なので、この条件付けは正しいのでしょうけど」
      
      「未完成?」
      
      「ええ。あまりに大きな質量の物体と、複数の物体を同時に召喚する事はないはずですから」
      
      「そうか」
      
      「それに、幾ら考えても分からない事があるんですよね、動機とか」
      
      「ああ、確かに。俺を呼んで得する人間なんていないだろうし」
      
      「昔なら王家に新しい血を入れる為、とでも言えたのだろうがな」
      
      
       シュウのお袋さんみたいに、か。
      
       結局謎は謎。
      
       呼ばれたのが偶然と分かったのは良かったけど。
      
       理由が『偶然』なら、呼ばれた俺も気苦労が少ないし。
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      「ユウイチ君、はいこれ」
      
      
       椅子に引っ掛けていた筒状のケースから紙を取り出すと、ウェンディはそれを俺に手渡した。
      
       いきなり何事?
      
       受け取ったは良いが、どうすれば良いんだろうか?
      
      
      「何これ?」
      
      「あ、忘れてる? 昨日約束したじゃない」
      
      「あー、ああ。見てほしいって言ってたあれか」
      
      「そうよ」
      
      「そんな約束なさったのですか、お兄様?」
      
      「私ではなくユウイチがな」
      
      「そうだったそうだった。忘れてはいないんだが、どんなものか分からなかったから驚いた」
      
      「……そう言えば言ってなかったわね」
      
      
       ドジっ娘と言うか、肝心なところで抜けていると言うか。
      
       緊張感無いとダメなタイプか?
      
       色々ウェンディの性格を考察しながらスペースを作る。
      
       幸い5人で使うにはでか過ぎるテーブルなので、ちょっと茶道具を動かすだけで済んだ。
      
      
      「これで良いか。悪いが、フェイルそっち持ってくれ」
      
      「わかった。……1人じゃ無理か」
      
      「1国の王子を雑用に扱き使うなんて、きっとこの世にユウイチだけでしょうね」
      
      「そう思うならお前も手伝え」
      
      「冗談でしょ? 私は食器より重いものを持った事がないのよ」
      
      「ウェンディそっちを持ってくれ」
      
      「はい、殿下」
      
      「嘘をつくな嘘を」
      
      「何で? これでも王女なのよ私」
      
      「これでもって、一応自分で分かってるのか。お前機械弄りが好きなんだろ? なら重い工具類も絶対持ってるはずだ」
      
      「思ったより大きいな。モニカ、そちらを引っ張ってくれ」
      
      「はい、お兄様」
      
      「殿下、錘はこのバスケットで宜しいでしょうか?」
      
      「中身が空だから丁度良いな。そうしてくれ」
      
      「はい」
      
      「くっ。……悔しいけどその通り。やるわねユウイチ」
      
      「お前が分かりやすいだけだ。それに紙なんだから食器より軽いはず」
      
      「……それもそうね。兄さん私も手伝―――」
      「もう終わった」
      
      「セニア、しっかりと手伝わないとダメございますよ?」
      
      「はい」
      
      「はっはっは。怒られてやんの」
      
      「ユウイチ君もです!!」
      
      「はい」
      
      
       そんな怒んなくてもいいじゃん。
      
       確かに手伝わなかったけどさ。
      
       セニアと目を合わせると、同時に頷く。
      
       男と女で年齢も全然違うが、俺たちの友情は不滅だ。
      
      
      
      
      
      「これが見せたいもの?」
      
      
       軽いスキンシップを済ませると、テーブルに広げられた紙を見下ろした。
      
       ウェンディから肯定の返事があったが、俺は魅入られた様に紙を見つづける。
      
      
       それは何がしかの設計図。
      
       触れれば斬れるような鋭さを持った芸術品、とでも言うのだろうか?
      
       2次元上でもその華麗さが分かるロボットが描かれていた。
      
      
      「これが私の最高傑作の設計図なの」
      
      「鳥みたいだな」
      
      「何時見ても綺麗よねぇ」
      
      「ええ、なんと涼やかな容貌でしょう」
      
      「設計図だけで姿が想像できるとは……」
      
      
       口々に賞賛のため息が漏れた。
      
       セニアは元から知っていた口ぶりだが、後の2人は初見のようだ。
      
       それほどまで魅了する白黒の設計図。
      
      
      「名は、あるのか?」
      
      「風の精霊サイフィスをイメージして設計したの、だから名前はサイバスター」
      
      
       サイバスターか……。
      
       確かにこのシャープな外見は、風のイメージに合致する。
      
       機体を設計するなんて、中学生である俺の理解の範疇外だ。
      
       だが同じ年の彼女がこれほど精緻極まる設計図は引いている。
      
       それが出来るウェンディを、俺は紛れもなく天才だと実感した。
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      「設計が出来ても、製作はできませんけどね」
      
      
       少し残念そうにそう零すウェンディ。
      
       設計図を片付け、新しく紅茶を飲んだ際の発言だ。
      
       例によって俺とモニカ以外は理解しているらしい。
      
      
      「なんでだ?」
      
      「はっきり言うと必要がないからだ。大体、造った場合用途はどうなると思う?」
      
      「そりゃ……防衛とか」
      
      「無理だユウイチ。攻撃能力がある以上、望むと望まざるとに限らず他国への威圧感はある」
      
      「最悪他の国も同様の兵器を開発するかもしれませんし」
      
      
       なるほど、考えればもっとも。
      
       得体の知れない兵器を持ってたら、他の国も信用しなくなるんだな。
      
       技術者として考えが及ぶウェンディはともかく、国の為にそこまで考えられるフェイルはやはり王子って事か。
      
      
      「第一、テロリストなどに奪われた場合リスクが大きすぎる」
      
      
       そうだな。
      
       確か、6年前にコロニーで同じような事件があったはず。
      
       ……ホープ事件だったか?
      
      
      「良い事ばかりではないのですわね」
      
      「私が造る時は、攻撃力のないロボットにしよっと」
      
      「いや、ロボットという時点でダメなのだが」
      
      「何? 兄さんは私に浪漫を捨てろって言うの!?」
      
      「そういう問題ではなくてな」
      
      「ほら、モニカも何とか言ってよ」
      
      「妹の夢を否定なさるのは、兄としていけないのではないでしょうか?」
      
      「それはそうだが……」
      
      
       あー、楽しそうにじゃれ合ってるなぁ。
      
       彼らのことは放っておきましょう。
      
       ウェンディも苦笑してるし。
      
      
      「殿下はああ仰ったけど、政情を除いてもサイバスターの実用化は難しいのよ」
      
      「それまたどうして?」
      
      「現行のエネルギー発生機関だと、動かすためのパワーが足りないの」
      
      「……それって致命的と言わないか?」
      
      「そうなのよ。せめて、オルフィレウス式永久機関の数十倍のエネルギーが必要なんだけど」
      
      
       軽くため息なんて吐いてくれる。
      
       やっとその言葉を思い出したが、永久機関なんて実用化されているのか、この世界は。
      
       文字通り永久にエネルギーを得られる夢のような機関とか、SF小説で読んだような……。
      
      
      「それに、アカデミーはこういった兵器関係は厳しいから、どのみち無理なんだけどね」
      
      
       舌を出しておどけてみせる彼女。
      
       15歳にしては幼い仕草だが、まぁまだまだこの年なら問題ない範疇だな、うん。
      
       発言の内容にしては瞳に真剣さがあるように感じるな……。
      
      
      「何時かは完成させてやる、って目だ」
      
      「あ、分かる? うん、何年、何十年かかっても完成させたいの」
      
      「そか」
      
      「年頃の女の子としては変な人生かもしれないけどね」
      
      「いやいや、生き方をそこまで決めてるのは凄いと思うぞ」
      
      
       俺なんかと違ってな。
      
       あー、また自嘲してしまいそうだ。
      
       俺も彼女みたいに打ち込めるものがあればなぁ。
      
      
      「ユウイチ君?」
      
      「あ、なんでもない。……それより、その君付け止めてくれない?」
      
      「どうして? 可愛いと思うんだけど」
      
      「男に可愛いってのは。それに対等な友人として、お互い呼び捨てにしないか?」
      
      
       彼女とは本当の友人になってみたい。
      
       俺が持ってないものを持っている彼女とは。
      
       こちらにいる時間があと数日でも。
      
      
      「ええ。そういう事なら、よろしくユウイチ」
      
      「こちらこそ。今日の事は、向こうに帰っても忘れないと思うぞ」
      
      「大袈裟ね。でも私もかな。地上人の変な男の子と友達になった、ってね」
      
      「ひでぇな」
      
      「ふふ」
      
      「はは。まぁ友人として、何時かサイバスターが完成するのを祈るよ」
      
      「ありがとう」
      
      
       握手。
      
       ウェンディの手は柔らかくて、ちょっとドキっとしたのは内緒だ。
      
       手を握り合ったまま、お互い笑いあう。
      
       しっかりと友人関係を結んだのは、フェイルに続いて2人目。
      
       同じ年でドジっ娘の、でもとても尊敬できる女性の友人だ。
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      
      「さ、兄さん。うん、と言って」
      
      「ダメだ」
      
      「セニアの夢なのですよ、お兄様?」
      
      「ダメなものはダメだ」
      
      「いいもーん、お父さんに頼むから。パパって言ったら1発だしねぇ」
      
      「父上には釘を刺しておく」
      
      「ケチ」
      「ケチですわ」
      
      「ケチでも構わん」
      
      
       ……まだやってたのかお前たち。
      
      
      
      
      
       To Be Continued......
      
      
      
      
      
      
      後書き
      
      
       5話でした。
       ウェンディはユウイチから指切りを知りました。
       原作では、ミサキから知ったんですけど、せっかくユウイチがいますので変更してみた次第。
       プラスして彼女の年齢もユウイチと同年齢に変更しました。(本来なら2つ上
       LOE第二章で原作と同じ年にするための調節ですね。
       一応成人してますから、これくらいの年齢は誤差でしょう……多分。
      
       冒頭でセニアの天才性を少し。
       実際彼女の才能は最高レベルなので、8歳でもこの程度の頭はあるだろうなと。
       流暢に会話してるのもその頭脳ゆえです。
      
       途中ラングラン固有の長さの単位が出てきました。
       これは、1ゴーツ=約1m76cmです。
       他にも1マク=約67・5kgといった具合に基準があります。
       時間の基準だけ分からなかったので、地上と同じにしてしまいましたが、何か知っていらっしゃる方はご一報ください。
      
       ウェンディと友人になったユウイチ。
       彼女の夢は適う事になりますが、必ずしも良い事ではないのが心苦しいですね。
       この繋がりが将来的にどうなるやら。
      
      
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