「分かっていますね、フェイルロード?」
「ああ、分かっている」
そう分かってはいるのだ。
期限は明日。
それまでに眼前の男から貰ったこの薬を飲まねば、私は王位継承権を得られないだろう……。
それはお互い背を向け合っているこの男も知っている事だ。
「何を迷うことがあるのです?」
「あんな薬で継承権を得て良いのだろうか……」
「今更でしょう。その薬を飲まなければ、どのみちあなたは王位に就く可能性すら得られない」
「……くっ!」
その通りだ。
何度この身を呪っただろうか?
半年間死に物狂いで修行しても、規定の魔力値には届かなかったこの不甲斐ない我が身を。
もはや道を外れるしか、私には……。
「あなたの葛藤も分かりますが、時間はありませんよ」
背後の男が去ろうとする気配。
釈然としない思いは、数週間前から抱き続けている。
彼がこの薬を持って私の前に現れた時から。
「クリストフ」
「何か?」
「お前は何故私に手を貸す? この薬も見つかると拙いだろうし、あの召喚プログラムもそうだ」
「何故、ですか。……私は自由が好きなのです、それは知っていますね?
「ああ」
「その為に、私が王位を継ぐ確率を減らしたいだけですよ。それでは」
そう言うと、あっさりと去っていった。
相変わらず掴み所のない男だ。
「……ふぅ」
ため息を吐きつつも、ポケットから薬を取り出す。
どう見ても普通の錠剤だ。
即効性、とクリストフは言っていたか。
「っ、はは」
取り出そうとすると手が震える。
副作用を思い浮かべたからか、外法で力を得ようとする背徳感故か……。
それを見て、自らを嗤う。
「……私は、弱いな」
薬をポケットに戻した。
今回も飲めないようだ。
外伝 地底世界
第6話
穏やかな日
食った食った。
こう良いもの食ってると、戻った時に心配だなぁ。
舌が変に肥えて、アキコの料理を受け付けなくなったりして。
まぁ一緒に食べる人間で料理は味が変わると聞いた事もあるし、問題ないんだろうけど。
「おや? 君は確か地上人の……」
「は?」
満腹で思考能力が落ちてたらしい。
数メートル前まで人がいるのに気付かないとは。
小さい丸眼鏡に優しそうな顔だち、この人は―――。
「ゼオルート師範さん、でしたっけ?」
「名乗った事はないのによく知っていますね、どなたかに聞いたのですか?」
「フェイルに聞きました」
「なるほど。……その口ぶりからすると、殿下とは本当に仲が良いみたいですね」
「ええ。あいつのお蔭で助かってます。良いやつですから」
「それはいい事です」
そう、良いやつなんだが、最近暗い顔をする事がある。
なるべく気付かれないようにしているみたいだが、俺には分かった。
この人や、あのカークス将軍は理由を知ってるのかね。
……ん?
ゼオルート師範とカークス将軍?
「あ!」
「ん? 何かあるのですか?」
「いえ、数日前のお礼を言うのを忘れていました」
「お礼?」
「謁見の間で庇っていただいたので……」
「ああ、そんな事もありましたね。でも礼には及びません。私やカークス将軍が何も言わずとも、あの流れにはなっていたでしょうから」
まぁ確かにそうだろうけどね。
国王のあの発言が出れば、他の人間はどうにもできなそうだし。
だが俺は自称礼節を知る男。
「それでもありがとうございました。実はあの時、かなり心細かったんですよ」
「そこまで言うなら礼を受けましょう。受けないのも逆に非礼ですからね」
「感謝します」
「それにしても、あの場での君は堂々としたものでしたが、心細かったのですか?」
「それはまぁ、さすがに」
謁見の間に至る前の出来事があったからなぁ。
半ば勢いのような感じだったけど。
足の震えを抑えるのが大変だった。
「若いですねぇ。あの発言で殺されるなどとは思わなかったのですか?」
「ちょっとは思いましたけど、曲げられない事でしたし」
「ふむ。地上には待っている人は?」
「は? ええ、何人かいると思いますけど?」
「そうですか」
っ!?
何だ…………息が詰まる。
ゼオルートさんが、微笑から厳しい顔になった途端にだ。
恐怖?
そうだ、これは恐怖だ。
数日前に槍を突きつけられた時よりも強い恐れ。
勝手に指先が細かく震えだしている。
「君の態度は確かに見事なものでしたが、一方では最低なものです」
「……」
「地上に待っている人がいる、と君は理解している。そうですね?」
「は、はい……」
「事によっては殺されるかもしれないと分かっていてあの態度とは、その待ち人の事を考えてなかったと受け取られても仕方ありません」
「そ……れは」
「若さ故と断ずるのは簡単ですが、その所為で死んでしまったらもう会えないんですよ?」
ゼオルートさんの口調も柔らかくなったと思ったら、肩にかかっていた重圧が消えた。
思わず膝をつきそうになったが、両足を踏ん張って耐える。
今膝を折る事は、あの日からの俺を否定する事。
それだけは出来ない。
「ほぅ」
ゼオルートさんが何らかのリアクションを取った気配もするが、今は気にしていられない。
……確かに俺は考え無しだった。
全てとは言えないが、部分的には間違っていたんだろう。
今思えばあんな喧嘩腰じゃなく、穏便に済ませる事も出来たはずだ。
「分かっていただけたようですね」
「ええ……」
「年長者からの忠告と受け取ってください。どうも歳を取ると説教くさくなるものですね」
「はぁ」
「私も家庭を持つようになって理解した事です。宜しければ、頭の片隅にでも覚えておいてください」
「はい。肝に銘じます」
「ふふ、それでは失礼しますね。娘が待っていますので」
「ありがとうございました」
元通りニコニコ笑って去っていく。
俺はその背に頭を下げた。
学校では学べない、とても大切な事を教わる事が出来た事を実感しながら。
「ユウイチですか。王都を見に?」
「ああ。お前がここにいるとは思わなかったけど」
テラスに着くと、先客としてシュウがいた。
振り返らずどうして俺だと分かったのか疑問に思ったが、やつの隣に立つ。
外周の手すりに両肘をつくと、体を前に預ける。
「相変わらず見事、いや美事な風景だな」
半ば反射的に感想が口を吐いた。
それほど自然と人工物の調和が取れたパノラマだからだ。
しかし、目はその豊麗な景色を見ているが、考えているのは先ほどのゼオルートさんとの事。
確かに俺は浅はかだった。
自分独りの自己満足で、アキコやマコトとの再会をぶち壊すところだった。
あいつらが俺を好いてくれているのは、多分間違いない。
俺がいなくなったらあの2人がダメになる事も少し考えれば分かる。
この8年のほとんどを3人で生きてきた俺たちは、もう誰も欠かす事が出来ないのだと、今更ながらに思い知った。
今回の事は良い教訓だったのだろう。
もう2度とこんな事にならないよう、冷静さを身に付けなければ……。
「ユウイチ」
「……ん? 呼んだか?」
「ええ。あなたはこの雄大な景色を見て何か感じますか?」
いきなり何を言い出すかと思えば……。
緑豊かな肥沃な大地と、目を凝らせば鳥や野生の動物も見える。
先ほどの自分に対する情けなさが癒されるな。
この大きさに比べれば、俺の悩みなんてどうとでもなりそうな気さえする。
「そうだな。心地よさと、自分の小ささかな」
「やはりそうですか」
「ああ」
「私はね、ユウイチ。何者にも縛られない自由を愛しているのですよ」
「自由か」
「この国に縛られる自分が例え様もなく矮小に感じられる。この枷から逃れ、ただ己の求める自由の中で生きたい」
「そう生きられたら良いな」
「そうですね」
口調こそ変わらなかったが、シュウが苦笑しているであろう事は見なくても分かった。
自由を求める心というのはよく分かる。
社会の柵を全て捨て、誰も知らない場所で1から自分を作り直したいという欲求は、確かに俺にもあった。
だが、シュウの感じている気持ちはそれとは違うのだろう。
「その為には王位継承権など邪魔なもの」
「邪魔って、王宮で言う事じゃないだろ」
「そうですね。ですから現王の長子であるフェイルロードには、是非王位に就いてもらいたい。誰のためでもなく、私の自由のためにね」
「……エゴの塊のようなやつだな」
そこまで言えるなら、いっそ清々しささえ感じるのも事実だが。
別に他人に迷惑かける類のものじゃなさそうだし。
誰もが持ってる欲求だろうからな、自由になりたいってのは。
「ええ。私は自由を得るためなら何でもやりますよ。結果的に法に触れる事でも、ね」
「ちょっと怖いぞ」
「もっとも、私にはどうしても外せぬ枷がただ1つありますから、それが消えない限り完全なる自由は無理でしょう」
「……それは?」
「ふふ、秘密ですよ」
直感的に、こいつの一番大切な何かなんじゃないかと思った。
それが何かは、生憎と俺には予想できなかったが。
ふむ。
俺は、しゃがみ込んで目の前の壁をコンコンと叩いてみた。
堅い木の感触が拳に伝わる。
が―――
「音が……軽い?」
俺は自室の前にいる。
正確には4日前に気になった出っ張りの前だが。
どうにも気になったので確認作業中なのだ。
テラスから戻る時、こちらとちょうど反対側を見て帰ったのだが、やはりこんな出っ張りは無かった。
基本的に左右対称に造られているこの王宮で、この部分だけが異質と言える。
「うーむ」
思わずしゃがんだまま腕を組む。
王宮なんだから秘密の通路かもしれないが、どうやったら確認できるか……。
ゲームだと合言葉とかアイテムとかか?
「ユーウーイーチ!」
「ぐっ!」
後ろから突き飛ばされる感覚。
嗚呼、壁がスローモーションで迫ってくる。
これがZEROの領域?
……激突。
内心客観的に衝突のナレーションを流した。
結構冷静じゃん俺。
って―――
「痛ぇぇぇぇぇ!! でこ、でこが痛ぇぇぇぇ!!」
「見事な音だったな」
「自分でやってなんだけど……芸術?」
「確かにユウイチの激突具合は華麗だったが……」
「でしょ? あれは激突時の角度と速度が素晴らしかったんだと、私思うわ」
っつ〜。
人が痛くて立ち上がれないのをいい事に兄妹で漫才か。
激突から時間も全然経ってないから、まだまだ額がズキズキする。
反転して壁に背を預けると、ずりずりと這い上がる。
「うっわ情けな」
「誰の所為だ! 誰の!?」
「あ〜、兄さん?」
「私か!?」
「そうかフェイルか……ってアホか!」
「あいた!」
セニアは俺に叩かれた頭を抑えて蹲った。
そんなに強く叩いてないはずだが……。
先の恨みで力入れちまったかな?
「う〜、痛いわねぇ」
「自業自得だ」
「ユウイチの言う通りだ。実の兄を生贄に捧げようなどと……」
「軽いおちゃめじゃないのよ」
「何が軽いおちゃめだ。……っ〜、まだ痛いし」
「どれ? ふむ、額がかなり腫れているな」
「そんなにか」
自分で見れないからフェイルに見てもらうしかないんだが、この体勢何か嫌だな。
男2人が接近して何やってるのか、ちょっと情けない。
まだ立ち上がらないセニアと目が合うと、ニマ〜っと笑った。
「……薔薇ね」
「っっ!! フェイル、もういいぞ!」
「ん? そうか?」
「あ、ああ!」
「あはははははははは」
「セニア、何かおかしいのか?」
「う、ううん。兄さんには関係の無い事よ。だから兄さんはそのままでいてね。……っくく」
今日は厄日かよ!
しかもこっちでも男同士は薔薇なのか?
しかも発言元が6歳児とか、この国の情操教育はどうなってるんだ!
ええい、それもこれもこの壁が悪い。
「この壁がっ!」
爪先でかなり強く蹴飛ばす。
あの衝撃でも無事だったんだから、これくらいじゃ―――
壊れた。
カランと異常に軽い音を上げながら、壁の一部が外れた。
何故か外れた部分は、転がり落ちるような音をを残して消えてゆく。
……器物破損?
俺の脳がそんな単語を弾き出すと、セニアが立ち上る。
ふぅやれやれだぜ、とでも言うかのように肩をすくめた。
エライむかつくが、それより気にすることが別にある。
「や、ややややばいか? もしかしなくても弁償か?」
「そうねぇ。王宮の壁だし、2万クレジットくらいかしら?」
「い、幾らだ? 統一通貨とのレートは?」
「え? 統一通貨って何?」
「えぇい、じゃあその2万クレジットとやらで何が買えるんだ?」
地球で2万だとそれなりのPCが組めるんだっけ?
新品のゲームソフトが1本1500くらいだったか。
一昨日王都を歩いたとき2万のモノはあったか……。
「知らないわよ」
「な、なに!? 何故だ?」
「私自分で買い物した事ないもの」
「くっ、これだから王女ってやつは! じゃあ2万って数字は何処から出てきた?」
「ん〜、適当」
「……殺すか」
「じょ、冗談よ冗談。だからそんな怖い顔しないでってばユウイチ」
今の俺はかなり怖い顔をしているようだ。
引きつって後退しかかってるセニアからも分かる。
ゼオルートさんにも言われただろうユウイチ、冷静に、冷静にだ。
「OK落ち着いた。冷静に殺そう」
「ぜ、全然落ち着いてない……」
「何を言う、俺ほど落ち着きのある15歳はそういないぞ。特に地上にはな」
「地上人が野蛮ってのは本当なのね。パパ、今おそばに参ります」
「言ってくれるなこいつ…………ってアルザールさん死んでねぇし」
「バレたか」
「バレるわ」
「「はっはっは」」
「で、何だっけ?」
「何でこうなったんだ?」
「お前たち……」
フェイルはコメカミを揉んでいた。
口からは憂いが偲ばれる様なため息もこぼれる。
ため息ばかり吐くと老けるぞ。
「漫才は終わったのか?」
「ああ」
「中々楽しかったわ」
「それは結構。ではこれを見てくれるか?」
また軽くため息を吐くと、俺が壊した壁の傍をコンコンと叩く。
動転してた為にじっくり見てなかったが、壊れた部分は変だった。
かなり強く蹴ったとはいえ人間の蹴り、しかも壊れた時に聞こえたのは軽い音だったはずだ。
なのに壊れた壁がでかい。
縦1.2メートル程度で、横は80センチくらい。
それに……。
「階段?」
そう、セニアの言う通り、螺旋階段が下に伸びている。
状況から見て、やはり隠し扉だったようだ。
……ゲームの知識が役に立つなんて、ホント世の中どうなるかわからんな。
「降りてみるか?」
「私は調査隊でも編成した方がいいと思うのだが……」
「仮にも王宮内だし、大丈夫でしょ」
「お、おいセニア!」
興奮を抑えきれないらしく、セニアが勝手に下りていった。
心情を表すかのように、その足取りは跳ねるよう。
彼女を1人にするわけにもいかず、俺たちは顔を見合わせて頷きあうと、続いて下りる事にした。
なんか、ホントにRPGっぽくなってきたな。
「やっと到着か。どれくらい下りた?」
周りを壁に囲まれた筒状の螺旋階段を見上げる。
一番上から転げ落ちたら、中々に愉快そうだ。
壊した壁から入るだろう光は欠片も見えん。
「50回転と言うところかな」
「わざわざ数えたのかよ」
「暇つぶしだよ。延々と階段を下りるだけではつまらない」
確かに真っ暗な中を下りてきただけだから、暇ではあったんだが…………話しかけても答えなかったのはその所為か?
思わずフェイルを視界に収めてしまった。
いまいち性格が読めん男だとしみじみ思う。
……ん?
「セニアは、何やってんだ?」
「さぁ?」
てっきり先に進んだかと思えば、なにやら壁を触ってる。
かと思えば殴ったり蹴ったり、理解に苦しむね。
何かで拭いたかと思えば、舐め―――
「ちょっと待てぇぇぇ!!」
「何するのよユウイチ!」
「セニア、頼むから舐めるのは止めてくれ」
「兄さんも離してよ! 拭いたから大丈夫だって」
「そういう問題じゃないだろが……」
「そもそも何故舐めようとするのだ?」
「え? まさかこの壁の役割分かってない?」
役割って、こんな壁に何があるんだ?
せいぜいぼんやり光ってるくらいだろ。
……光?
「壁が光ってるな」
「ああ、壁自体が発光しているのか? この壁のお蔭でここは明るいみたいだが」
「……気付いてなかったんだ」
「いや、その、な……」
「セニアの奇行に目が行ってて目に入らなかったんだよ。な、フェイル」
「あ、ああ」
「奇行って……確かに冷静になると舐める事はないって思うけど」
最初から気づけよ。
そもそも何で発光する壁を調べるのに、舐める必要があるのかが不思議でならん。
天才から紙一重の方に傾いたか?
「まぁセニアの奇行はどうでもいいとして、この壁については分かったのか?」
「どうでも良いって……別にいいけど」
「……いいのか」
「いいの! ……触った感じや見た目は、大神殿に使われている石に似てるけど別物。何も分からないわね」
「未知の石と言う事か?」
「うーん。トロイア州で採掘される希少金属がこんなのだって聞いたような」
「トロイア? グリモルド山がある?」
「うん。確かアカデミーの錬金学士が言ってた気がする」
謎な会話だな。
この世界の地名とか山とか言われてもね。
俺もセニアに倣って壁を触ってみる。
硬さの中に弾性があるような……ちょっと暖かい気がする?
まだ話してるようだし、ちょっと移動してみるか。
「おぉ」
思わず感嘆の言葉が口をついた。
真っ直ぐ進んで行き止まりかと思えば、出現したのは豪奢な扉。
壁が光ってるとは言っても、その光が弱いので壁か扉かは判別できなかったんだな。
見えたらセニアはここにいただろう。
「豪華だなぁ」
別に金ピカってわけじゃないが、緻密で繊細な模様が所狭しと彫られてる。
観音開きらしく、半分でも俺の体格の倍程度の大きさ。
全体で、縦横4メートってとこだろうか。
扉の上に彫られてる鳥みたいなのは、王宮内で度々見た国章だろうな。
独特の雰囲気のある扉だ。
「何この扉? 宝の部屋って感じがするわね」
「大きいな。我が王宮の地下にこのようなものがあるとは」
「やっと来たか。話し合いは終わったのか?」
「ああ。一応の解決は――セニア! むやみに触れてはダメだ!」
「大丈夫…………多分ね」
「多分かい」
ホント好奇心が強いなぁ。
ペタペタ触ったり押したり、上下左右に忙しなく視線を動かしたりしている。
さすがにさっきみたいに舐めようとはしないか。
「何か悪質な仕掛けでもあったらどうするんだ……」
「まぁ、多分大丈夫だろ」
「ユウイチまで、何を根拠にそう言うんだ?」
「しいて言えば……勘」
「そんなあやふやな」
「あながち外れてはいないと思うぞ。普通に考えて、あの神聖っぽくて厳かな扉に罠が仕掛けられてると思うか?」
「……確かに考え難いが」
会話してても、フェイルの目線はセニアに固定。
はらはらと見守ってる。
こいつも妹想いだなぁ。
お、今度は押して開けようとするのか?
「う〜、ぐぐぐぐぐ……」
「びくともしないな」
「……またあんな顔をして、セニアは自分の性別を考えてるのだろうか」
「考えてないな。没頭すると自分の事を考えないタイプの典型だろ」
「やはりか。モニカもそういう所があるが、姉妹揃ってとは」
「兄としては悩みどころか? くく……」
「笑い事ではないぞユウイチ」
「ちょっと2人とも! か弱い女の子が苦戦してるのよ、手伝ってくれてもいいんじゃない!?」
顔を見合わせて苦笑する。
微笑ましいと言うか。
「へいへい」
「こちら側を押せばいいのか?」
「そうそう。3人でいっぺんに押せば少しは……」
無理でした。
いくら押してもピクりともしない。
まさか引く扉ってわけじゃないだろうな、取っ手も無いし。
「開かないな」
「これにこそ魔法とやらがかかってるんじゃないのか? あるいは錬金学がどうとか」
「う〜ん。そんな事は無いと思うんだけど……」
「なぁフェイル。実際この向こうは何があると思う?」
「む〜」
「そうだな。セニアの言った通り宝物庫という線も無きにしも非ずだが……」
「う〜ん」
「案外拷問部屋だったりして?」
「何も無いわねぇ」
「その手の文化はラ・ギアスには無いのだが」
「開かないのは何かが足りてないのかしら? じゃあそれは?」
「拷問って文化か?」
「合言葉?」
「あったとすれば時代を考察するのに参考になるが、文化ではないかもしれないな」
「例えばセニア素敵〜とか、セニア天才〜とか? 事実だけどそれは昔に関係ないしでも予言された言葉として残ってるかもしれ―――」
「ああ、ってセニアうるさい!」
俺たちの間にいたセニアに軽く拳骨を落とす。
身長差のお蔭でちょうど良い頭の位置だな。
彼女を挟んだ向こうには、妹君の様子にまたしても苦笑のフェイル。
ここのところ苦笑しっぱなしだが、顔の造詣がそれで固定しちゃったらどうしよ?
「はっ! 私は何を!?」
「正気に戻ったか」
「失礼ね。私は何時も正気よ。…………あら?」
「ん?」
「なんだろうこれ」
「どれどれ」
「何かあったのか?」
「あぁもう! 2人とも寄らないでよ。陰になって見えないじゃない」
しぶしぶ下がる。
その通りなんだろうが、いささか横暴じゃないか?
言っても集中してるセニアには聞こえないだろうが。
「兄さん指輪してるわよね?」
「ああ。それがどうかしたか?」
「これくらいで丸いわよね?」
フェイルに見せるように俺の方にセニアが寄ると、ある部分を指差した。
話からすると、円があるんだろう。
……光が届かないから見えんが。
「む。……大きさは同じくらいだな」
「じゃあ兄さん、指輪をセットして」
「大丈夫なのか?」
「ダメ元よ。失敗しても開かないだけでしょうし」
「わかった」
「おい、セニア。俺たちは少し退こうぜ。固まってると指輪嵌め難いだろうし」
「そうね」
俺たちが1歩半ほど下がると、フェイルは指輪を外した。
一瞬躊躇した後、扉の窪みがあるらしいところに押し当てる。
……指輪したままでも良んじゃないか?
「何も起こらな―――」
フェイルが言い終わる前に、どこからか音がし始めた。
いや、目の前の扉からの音だろう。
錆び付いてた歯車が噛み合うように、最初はゆっくりと小さな音で、そして徐々に速くでかい音になる。
音の大きさに比例するように、扉も向こう側に動き始めた。
「わ、やっぱり私の思った通り。私天才!」
「まさか本当に指輪で開くとは……」
「重要アイテムだったか、っと」
例の窪みから落ちた指輪をキャッチ。
2人とも指輪が外れたのに気付きもしない。
驚いたのは分かるが、代々伝わる指輪を忘れるなよ。
改めてよく見てみると、しっかり国章が彫られてる。
扉の上の国章もこれを暗示してるのかね?
2分は経った後、両開きの扉は完全に停止した。
さっさと部屋に入る事も出来たが、何故か開ききるのを待ってたのだ。
圧倒されていたとも言う。
「ひっろ〜い!」
中へ入ると、セニアは声を張り上げながら走っていった。
確かに広い。
ここの壁もご多分に洩れず光っているが、光が弱いから距離感が測りづらい。
向こうまで10メートルしかないかもしれないし、100メートル以上あるのかもしれない。
まぁ探索はセニアに任せよう。
「ほれフェイル、指輪」
「あ、すまない」
「大事なものなら忘れるなよ」
「面目ない」
指輪を手渡すと、右の扉へ向かう。
部屋の見える範囲には何も無し。
フェイルも手持ち無沙汰なんだろう、一緒についてくる。
「しっかし誰が造ったのかねぇ、こんな大仰な仕掛け」
「指輪で開いたと言う事は、やはり我々の先祖なんだろう」
「それはそうなんだろうが、もっとこう、ねぇ?」
「同意を求められても、何の事か分からないぞ」
「意外性のある答えを期待してたんだよ」
軽口を叩きながら扉を見た。
ゴンゴンと殴ってみるが、やはり異常に硬い。
さすがに鉄じゃないだろうが、これも壁と似たようなもんなんだろうか?
厚さも相当なもんで、多分50センチはある。
「こんなに分厚い扉を何故造ったのか、考えれば考えるほど分からん」
「過去の人間には深謀があったのかもしれんな」
「……遊びで造っただけかもよ?」
「まさか。そこまで酔狂な人間が―――」
「アルザールさんは?」
「いたな。父上ならやる可能性はある。誰にも迷惑がかからなければ、だが」
「さすがにこの規模だと金もバカにならないだろうしなぁ」
「なんで何も無いのよ〜!」
セニアの声だ。
かなり遠くにいるらしいが、反響のお蔭で聞こえる。
声に悔しさが滲み出てるなぁ。
「って事らしい」
「そうだな。しかし何も無くとも、この場所は有事の時に避難場所として使えるだろう。父上にお話しておこう」
オチがついたか。
骨折り損とは言わないけどね、結構楽しかったし。
案外、本当にお遊びで造られたんだったりして。
「―――って事なのよ」
「ふむ、そんなものがここの地下にあったとは、パパもびっくりだよ。ユウイチ君やるねぇ」
「私も全然気付かなかったわ。凄いのね、ユウイチ」
「
「い、いやそう誉められるような事は……」
アルザールさん、ウェンディ、モニカと連続で誉められて困る。
ゲームの知識だと言える雰囲気じゃないぞ。
フェイルに助けを求め様としても、何事か深刻な顔で考え込んでるし。
「それでお父さん、あそこはどうするの?」
「うん? フェイルの言を容れて、避難場所にしようと思うよ」
「そうなのですか?」
「有事に狙われそうな、調和の塔や議事堂とは少し離れているから都合が良いしね」
「案外避難目的で作られた地下かもしれませんね、陛下」
「かもしれないねぇ。避難用に転移装置を皆の部屋等に設置して、何かあれば簡単に行けるようにしようと思うんだ」
「……そっか」
「何か不満かな?」
「ううん」
「怪しいな。あのスペースを私的に使いたかったとか?」
「なっ。ち、違うわよ! 私専用の地下ロボット研究所にしたいなぁ、なんて全然思ってないわよ?」
「言ってんじゃん」
「っ! 良いじゃない! ロボットは浪漫なんだから!!」
「誰も悪いとは―――」
「そうですよね!! ロボットは女の浪漫ですよね!」
「やっぱりウェンディは分かってるわ!」
……はぁ。
王女様の主張に同調したのか、ウェンディは目を輝かせてる。
セニアの家庭教師をやっているらしい彼女がこの夕食の場にいるのはわかるんだが、さすがにこの事態は予想してなかった。
2人ともロボットに並々ならぬ情熱を持ってるようで……ふぅ。
似たもの師弟か。
それを呆れ顔で見る俺たち…………訂正俺だけ。
アルザールさんとはにこにこして見守ってるし、モニカは2人の間に入って話を聞いてる。
全く耳に入っていないのか、フェイルは未だ考え込んでいた。
「皆楽しそうだねぇ。父としては嬉しい限りだよ」
「まぁ子供が元気なのは嬉しいですけど、若干1名そうでもないですよ?」
「彼は少しナーバスになっているんだろう」
「……はぁ」
ナーバスねぇ。
夜になるまでは大丈夫だったんだが。
時間経過と伴に考え込むようになってたな。
「それでユウイチ君?」
「はい?」
「いよいよ明日だね」
「明日?」
はて、何かあったか?
別にどこか行くとか聞いてないし、誰に会うとかもないはず。
「おやおや、忘れたのかね? 明日は君の滞在期限最終日だよ」
「……おぉ」
「その様子では本当に忘れていたね?」
「ええ。予想以上に居心地が良すぎたんでしょうね」
「それは国王として喜ばしいな。君さえ良ければ一生ここで暮らしても良いんだよ?」
一瞬その未来が脳裏をよぎった。
この平和な世界なら、楽しく生きていけるだろう確信もある。
地上での嫌な過去や制約から逃げ、1から新しい自分を作る事ができるだろう。
が―――
「……それはお断りします」
「うん。そういうと思ったよ」
「俺もこちらに住み続けたいって気持ちがないとは言えません。でも……」
「地上には待ち人がいるんだね?」
「ええ」
アキコとマコトの顔を思い浮かべる。
俺が必要なんだと自惚れる事ができる、地上でただ2人だけの存在。
それに、何年後かには他に大切な存在が出来るかもしれない。
「あいつらの為にも帰ります」
「複数とは、君も隅に置けないなぁ」
「はは」
「こうして話せて良かったよ。国王としても、父親としてもね」
「国王は分かりますが……父親として?」
「うん。息子と同じ歳の地上人が、自分の子供とそう変わらないと分かったから、かな」
そう言うと、軽く微笑む。
アルザールさんのその笑顔は、とても包容力に満ちていた。
この人も父親なのだと、今更ながらに強く思う。
「君の事は忘れないよ。もう会える可能性が限りなく零だとしても」
「俺もです」
まだ混沌としたテーブルで、俺たちは握手を交わした。
ダイテツさんと違うが、この人も俺にとって理想の父親象かもしれない。
To Be Continued......
後書き
6話です。
後は最終話とエピローグを残すのみ。
次の話は少し長くなると思われます。。
タイトルの割に冒頭は穏やかと程遠いです。(苦笑
原作ではフェイルがどこから薬を得たのかは謎ですが、この話ではこうなりました。
シュウが、自分の目指す生き方に辿り着くには王位は要りませんから。
彼らの心内は、次回の最終話で語られるでしょう。
ユウイチ君怒られました。
怒ったのはゼオルートさんでしたね。
彼の言う事も正論ですが、まぁ人間の数だけ色々思うところはあるわけです。
一概に全て正しいわけじゃありません。
今回見つかった地下避難所。
一種のシェルターみたいなものですが、原作には当然無かった場所です。
将来的にこれが大活躍でしょうね。
前にアンケート取った結果の布石がこれでした。
ご意見ご感想があればBBSかメール(chaos_y@csc.jp)にでも。(ウイルス対策につき、@全角)