いよいよ今日でこの世界ともお別れか。
帰れるにこした事は無いが、いざそうなると名残惜しい。
「やれやれだ」
ベッドの端に座った状態から、背を投げ出す。
受け止める布団の柔らかさが心地いいな。
このベッドで寝起きする事もないんだなぁ。
……転がってみるか?
一瞬マジでやりかけたが何とか自制。
やったら色々なモノを失う気がした。
危ない危ない。
「っし!」
勢いをつけて起き上がると、ベッドから離れた。
どうも思考が変な方向へ進む。
昨日のアルザールさんの発言が頭に残ってるからなぁ。
「君の事は忘れないよ。もう会える可能性が限りなく零だとしても」
正直かなりの衝撃だった。
ここを去れば多分2度と来る事は無いだろうなんて、考えずとも分かる事だったのにな。
深く考えたくないほど、俺はここが気に入ってたのか?
「……そうなんだろうな」
胸のうちの疑問に、わざと声を出して肯定する。
認めよう。
俺の中には、ここの人たちと離れたくない気持ちがある。
あの人たちは、俺が昔に失った家族の団欒を感じさせてくれるから。
アキコやマコトに異性を見る事が多くなってしまった今、彼らが見せてくれたモノは俺を魅了した。
だがここには残れない。
外伝 地底世界
第7話
進むべき道
「フェイル起きてるか?」
コンコンと、部屋の扉をノックする。
まだ6時を少し回ったくらいで、部屋を訪ねるのは不謹慎かもしれんなぁ。
そう言えば小学生の頃、ノックなしでマコトの部屋を開けたら怒られたな。
今にして思えば、着替え中というベタな展開じゃなかったのが救いだ。
で、それ以来しっかりノックはする。
「……ユウイチか?」
「ああ、ってなんだその顔」
出てきたフェイルの顔色は、お世辞にも良いとは言えないものだ。
目の下には深くないが隈ができ、頬も心なしかこけている。
これはあれか?
「徹夜明け?」
「……ああ」
「だって今日は魔力テストがあるんだろ? テストなんて名の付くものを受けるなら、普通よく眠っておくんじゃないか?」
「その通りだ。だが、私には必要な行為でもある」
必要ねぇ。
俺たちが学校で受けるテストなら、徹夜での一夜漬も効果はあるが……。
聞くところによると、魔力テストってのには予習も復習も関係ないらしい。
単純に才能の問題だそうだから徹夜に利は無いはずなんだが、はて?
「して、何か用事があったのではないのか?」
「ん〜。ちょっと話でもしようかと思ったんだが、お前がその様子じゃなぁ」
「構わん、入ってくれ」
「……良いのか?」
「ああ。これも天の配剤と言うものなのだろうから」
そう言ったときのフェイルは複雑そうな表情だった。
安堵したような、諦めたような。
部屋の内装は殆ど同じ。
少なくとも目に見えるところは手を加えていないのだろう。
シンプルな白いテーブルに、錠剤と水の入ったコップだけが置いてあるのが目に入る。
「これは?」
「それは栄―――いや、後で話す。まずは座ってくれ」
「ああ」
腰を下ろす間もその錠剤を見ていた。
何故か目線が行ってしまうと言うか、ともかく気になったのだ。
このただの白い錠剤が。
「……まずはユウイチに謝っておくことがある。すまない」
フェイルは軽く息を吸い、真っ直ぐ俺を見てそう言いながら頭を下げた。
何故謝る?
しかも俺に。
「何について?」
「ラ・ギアスに召喚してしまった事についてだ」
「あれは事故なんだろ?」
「そうだ」
「なら謝ってもらう必要は――」
「あれは召喚事故だった。それは事実だ」
俺の言葉を遮って、フェイルが喋る。
何か重要な事を言うのだろうか?
いやに真剣な顔をした友人を見る。
「……ああ」
「だが事故に至る要因も、当然存在する」
「要因……それはあれか? 例えば誰かが誤ってREBを触ったから事故が起こったとか、そんな感じ?」
「似たようなものだな」
「なるほど」
「そして、その要因を導いたのが私だとしたら?」
「な……に?」
今なんて言った?
こいつは自分が要因を導いたと言ったな。
それはつまり…………フェイルが事故を引き起こしたのか?
いきなり耳がおかしくなったか俺?
「……冗談だろ」
「私はこんな悪質な冗談は言わない。あの召喚事故は、私が起こしたものだ」
「…………何故だ?」
「怒らないのだな。いきなり殴られるくらいは覚悟していたのだが」
「数日だが行動を共にして、少しはお前の事を理解した。何の意味もなしにあんな事をする人間じゃない、って事くらいはな」
「そうか……」
それにそんな辛そうな顔してるやつを殴れるかよ。
心底悔いてる事が丸分かりだ。
本質的に、他人に迷惑をかけるのが耐えがたい人間なんだろう、こいつは。
だからフェイルをどうこうとは考えない。
こちらでの初めての友人でもあるし。
「けど、勿論理由は聞かせてくれるんだろうな?」
「当然だ。……私は時間がほしかった」
「時間?」
「ああ。1日でも魔力テストを延期に出来る時間がな」
「だが1日延期しても……」
「そう。魔力を急激に増やしたりする事は不可能だ。再試験までの半年、死に物狂いで修練しても無駄だったように」
根が真面目なこいつが言うんだ、文字通り極限の修練だったのだろう。
それでも魔力の大きさが足りないと言う事は、やはり純粋な才能に因る部分が大きいのか。
……しかし、何故そこまで王位継承権に拘るんだ?
「絶望したよ。私にはどうあっても王位を得る資格が与えられないという事にね」
「…………」
「そんな時ある男が現れ、私に2つのモノを渡した。その内の1つがその薬だ」
「これが……」
テーブルの中心に置いてあるモノに目線を落とす。
何故だか気になっていたが、どんな効果があるんだろうか?
「その男が言うには、この薬は使用者の寿命の半分を変換して持ち主の魔力を倍にするもの、らしい」
「魔力を倍にして……寿命を半分!?」
「未来の寿命を減らす事により、その時の自分の魔力を現在の自分に上乗せする。原理としては納得できるだろう?」
「理屈では分かるが……」
等価交換という原則だったか?
何かを得るには、それ相応の代価が必要だとか。
確かに真理だろうが、今はとてつもなくおぞましく感じる。
「私の寿命が残り50年なら、後25年は魔力を倍にできると言う事だ」
「……飲んだのか?」
「いや、私は臆病者なんだろうな。今までずっと飲めずにいるよ」
「それは……人間として当たり前だろう?」
残りの寿命を半分にすると分かっていて、こんな薬を飲む人間はいないだろう。
本当に魔力が倍になるかも怪しい。
もしかしたら最悪……。
「それ以前にその薬は大丈夫なのか? 飲んだら死ぬとか」
「それは無いだろう。この薬を渡した人間が私を殺すメリットがない」
「損得勘定だけで決まるものじゃないだろう?」
「それはそうだ。しかし私が死んだら現状で1番迷惑を被るのもその人物だ、心配いらない」
「その口ぶり。お前……」
「おっと、喋りすぎたな。とにかく私は、まだこの薬を飲んではいない」
「そうか」
一安心というところか。
フェイルの未来に俺が責を負う必要もないんだがな。
飲まれてたら何となく後味が悪いのは確かだし。
「その人物は私が飲めない事も分かっていたんだろう。渡されたもう1つのモノこそが、召喚プログラムの入ったディスクだった」
「じゃあそれが?」
「ああ。未完成の召喚プログラムでREBにダメージを与え、修復するまでは考える時間は稼げるだろう、とな」
「そうして事故で俺が呼ばれた、か」
「私が召喚プログラムをセットしなければ、ユウイチはここにいなかったはずだ。すまないと思っている」
また頭を下げる。
多分、今の俺は複雑そうな顔をしているんだろう。
いろいろ思うところはあるが、それが決して怒りではない事は自分でわかる。
召喚自体は事故だったと言うのは確かみたいだし。
「頭を上げてくれ。今回の事は貴重な体験って事で終わらせる」
「……良いのか?」
「良いさ。……友達、だろ?」
「……ああ」
あーくそ、恥ずかしぞ。
フェイルも感極まったような顔しやがるし、余計に照れるわ。
普通こういうのはなぁ、口に出さないもんだよなぁ?
って自分でツッコミ入れるなよ俺。
「ふぅ、心なし気が楽になった気がする」
「そりゃ良かった。この事を他に知っているのは?」
「私が話したのはユウイチだけだ。さすがに他の人間に知らせる事は……」
「そうだな」
人的被害が出なかったとは言え、召喚プログラムの件は多分犯罪なんだろう。
今更フェイルを逮捕させる必要があるとも思えんし。
「当事者の俺が話さなければ済むか」
「重ね重ねすまない」
「だからそれはもう良い」
「そうか。……これで心置きなく薬を飲む事が出来る」
「っておいおい! 結局飲むのかよ!?」
「ああ。ユウイチが許してくれたお蔭で憂いもなくなった。感謝している」
「嬉しくねぇよ」
「はは、それもそうだな」
俺の所為みたいじゃないかよ。
かと言って、許さず殴ったりしても意味がなかったし。
……どっちにしろダメ?
「何でそこまでするんだ? 王位継承権ぐらい無くたって構わないだろ?」
「ダメだ」
「別に王にならなくても、他の職業にだって就けるだろう?」
「それではダメなんだ」
「継承権が無くたって死ぬわけじゃないんだろうが!?」
気付いた時は、立ち上がってフェイルの襟首を掴み上げていた。
自分でも何故怒っているのか分からないが、体が勝手に動いている。
激昂する俺とは対照的に、座ったまま持ち上げられているフェイルは平静だ。
それが無性にやるせない。
「……私にとっては死に等しい事だ、ユウイチ」
「何故だ?」
「さぁ、何故なんだろうな。多分私にはそれ以外何も無いからだろう」
「……何?」
「王族でなくなった私には、呆れるほど何も無い。私にあるモノは王族という血に付随する価値だけだ」
感情の無いガラスのような瞳。
紡がれる言葉は呪詛のようだ。
俺は居た堪れなくなって手を離した。
「血の繋がった従兄弟だが、私はクリストフのように天才的な魔力と知力を持っていなかった」
「天才? シュウが?」
「ああ。あの男の頭脳は桁外れだ。あの歳で一人前の錬金学士以上の知識と能力を持っているはず」
あのシュウが、そんな大した人間とは……。
一人前の錬金学士がどれほどのものかは分からんが、フェイルがいうならそうなんだろう。
もしかしたら、その所為で遊び歩いていても咎められなかったのか?
「そして魔力ではモニカやテリウスに敵わず、同じく魔力が少ないセニアは私と違い類稀なる頭脳を持っていた」
「…………」
「政治的な知識は持っているが、それも王位継承権を得ないと意味のないものだ」
「お前」
「それに私にも理想がある。何を犠牲にしても果たしたい理想が!!」
「理想、だと?」
「そう、理想だ。その実現の為に必要な王座を得るには、どうあってもこの薬が要るのだ」
理想という言葉を口にすると同時に、瞳に輝きが戻った。
それ程まで追い求める理想なら、生半可なものではないのだろう。
言葉にした勢いそのままに、錠剤を手にする。
「止めるなよ、ユウイチ」
「…………ああ。そこまで決心が固いなら、何言っても無駄だろ」
「その通りだ」
「お前の人生だし、悔いなく生きれるなら良いだろ」
「そうか。感謝する」
「止せよ」
フェイルが薬を飲み込むのを見守る。
結局俺は無力だ。
同じ歳の人間1人説得できないとはな。
「はぁぁぁぁ」
思いっきりため息を吐くと、手すりに体を預けた。
薬を飲んだフェイルは、別段苦しむ事も無く眠りについた。
いくら魔力が上がっても睡眠不足ではいけないのだろう。
アルザールさん達には、フェイルは寝不足で寝ている、とだけ朝食時に言ってある。
幸いソラティス神殿に行くまでにはまだ時間もあるし、大丈夫だろう。
「考え事ですか?」
「……シュウ」
後ろからの声に振り向くと、何時現れたのかシュウがいた。
何故この時間に王宮にいるのか分からぬまま、朝の挨拶を交わす。
昨日もここで会ったが、このテラスは特別な場所なのだろうか?
「ユウイチとは今日でお別れですね」
「あ、ああ。そうだな」
「短い期間ですが中々面白かったですよ。同年代の人間と話す事など、殆どありませんでしたからね」
「フェイルと言いお前と言い、王族には友人がいないのか。この分だとセニアやモニカも心配になってくる」
「私たちの特異性を考えれば言わずもがなでしょう。それにあなたはこの世界から去る身、心配しても仕方がない」
「そうだが……」
ドライなやつ。
感情で動くと言う事が無いのかこいつは。
事実ばかり言いやがって。
「話を変えましょう。あなたは、私がこの時間に王宮にいるのを不思議に思っていませんか?」
「ああ。まだ朝食から1時間も経っていないからな」
「あなたが帰る前に言っておく事がありまして、こうして足を運んだのですよ」
「言っておく事?」
「ええ。まずそれを話す前に、フェイルロードはあなたに重大な事を言いましたか?」
「……重大な?」
「そう。……例えば召喚事故の真相、などを」
「っ!」
何故シュウがそれを知っている!?
先ほどの会話を聞いていたか?
ありえん。
じゃあフェイルが自分から言った?
それもありえないはず。
なら何故―――
「ふふ、混乱しているようですね」
「……」
「別にフェイルロードから聞いたわけではありませんよ」
「まさか……」
「気付きましたか?」
フェイルはある人間が薬を持ってきたと言った。
あの口ぶりから、その人間を知っていたのは確実だ。
現状でフェイルが継承権を逃すと迷惑を被る人間。
自由を得るためにフェイルが継承権を得る必要がある、次に成人の儀を受ける王族。
「お前、が?」
「ええ。フェイルロードにあの薬を差し上げたのは私ですよ」
思考が定まらない。
シュウの言った事は理解した。
こいつならやるだろう事も、頭のどこかで分かっている。
「……何故?」
「何故とは?」
「フェイルに薬を渡した理由だ」
今の俺は無表情になっているだろう。
人間感情が暴走すると、笑うか無表情になるかしかないのかもな。
返答次第では、殴る。
「勿論私の自由のためです。フェイルロードには継承権を得ていただかないと」
「きさ―――」
「それに彼のためでもあります」
「……何?」
「あなたが彼から話を聞いたのなら、彼の胸の内も聞いたのではないでしょうか?」
「それは……」
「やはりですか。異邦人であるあなたになら、彼も素直に吐露すると思いましたよ。彼にとって初めての親しい友人ですしね」
「初めて?」
「こちらの成人は15歳です。最低限必要な知識を蓄える為に、王族に遊ぶ時間などありません」
フェイルたちは、そんな生活をずっと続けてきたのか?
友人も無く、ただひたすら王位を継ぐための勉強。
王族の自分以外価値がないと、フェイルが言った事が少し分かる気がした。
「私はそんなフェイルロードの手助けをしたに過ぎません。薬を飲むかどうかの選択権も彼にありましたし」
「確かにそうだが」
「まぁ、かなりの確立で飲むだろうとは思っていました。彼はコンプレックスを持っていましたからね」
「コンプレックス? フェイルにか?」
「ええ。魔力の素質では
「そんなのは―――」
「問題ではないと? 王族にとって魔力の少なさは致命的です、王族に相応しくないと言われるに等しい」
「…………」
「同じく魔力が少ない
「だからと言ってあんな薬を!」
「あなたは何か勘違いしているようですが、あの薬は昔からこの国にあるものですよ?」
「な!」
あの薬が?
それが事実なら、今まで使われ続けてきたって事か?
あんな悪魔のような薬が!?
「王家の歴史で魔力の足りない国王が何人いたと思います? 王家に子供が1人しかおらず、その人物の魔力が少なかったら?」
「確かにありえるだろうが……」
「そんな時にあの薬を使用するのです。今日まで結界が保たれている以上、かなりの人間が飲んだ事でしょう」
「……狂ってる」
「その通り。私からすれば失笑モノなのですがね、結界の維持に腐心するなど」
それじゃあ王族は結界を維持に生きているようなものだ。
生贄そのものじゃないか。
「だがフェイルロードはその薬を欲した」
「っ」
「何を目的として王位を欲するのかは分かりませんが、それは私の目的と合致します。なので手助けをしてさしあげたと言うわけです」
「召喚プログラムも手助けだと?」
「ええ。ちょうど未完成のプログラムを見る機会がありましたから、ソースコードを記憶してコピーしてみました」
「……バケモノか」
「心外ですね。記憶力の勝利ですよ」
肩をすくめて笑う。
俺もフェイルの言葉を理解した。
この男は天才だ。
「はぁ、もう良いわ」
「おや、そうですか? てっきり殴りかかってくるのかと思いましたが」
「俺を何だと思ってるんだ? フェイルと同じような事言いやがって」
「先ほどのように拳を握りしめていたらそう思っても仕方ないでしょう? どういう心境の変化です?」
「もう済んでしまった事だから今更だしな」
「冷静ですね。もう少し熱しやすい性格だと思っていたのですが……」
ゼオルートさんに言われたからだろうな。
自分でも不思議だが。
全てを感情で判断するのを止めただけだ。
シュウの言った事も納得できる事ではあった。
周りの人間がどう取るかは別として、フェイルには必要な事だったのだろう。
「それに、どうあってもお前たちを止める事は無理だろうし」
「その通りです。私は自由に、フェイルロードも彼の持つ理想に全てを賭けていますからね。止める事は不可能ですよ」
「ああ。それは今日身に沁みた」
「それは結構。他の価値観を押し付ける人間より、ユウイチは大人ですね」
「同じ歳の人間に言われてもな」
「ふふ、そうですね」
微笑を浮かべるシュウ。
話の内容は内容だったが、よくよく考えればシュウは事実しか喋ってない。
嫌悪と怒りを感じたのは、淡々とした話し方と言い回しの所為だろう。
その証拠に目の前の男から負の感情は欠片も見受けられない。
「……なるほど、ね」
「何か?」
「いや、お前って誤解されやすい人間だなぁ、と思って」
「そうですか?」
「嫌な内容を淡々と話されたら気分良くないぞ?」
「……人間とは難しいものですね」
「何を今更」
取っ付き難い人間かと思えば、単純に慣れてないだけか。
まぁ人付き合いの経験少なそうだもんなぁ。
俺も人の事言えないが、もう少し社交的にならないと将来辛そうだ。
「寂しくなるねぇ」
「そうですわねぇ」
「まだ聞き足りないのに……」
「私も地上の機械について聞きたかったですね」
転移装置の前で別れを惜しむ。
……惜しんでるはずなんだが、セニアとウェンディはまた好き勝手言ってくれてるし。
今はソラティス神殿に向かって移動する寸前だ。
俺の前にいる面子は、アルザールさんとセニア、モニカ、ウェンディの計4人。
一緒に移動するフェイルは、眠気が抜けきらないのか俺の後ろでふらふらしてる。
「機械の事はセニアに聞いてくれ。話せるだけは話したはずだ」
「わかったわ。じゃあセニア様、この後にでも教えてくださいね?」
「おっけー。結構興味深いのあったわよ」
「本当ですか?」
「うん。でもユウイチが内部機構全然知らないから、分かった事は少ないけど」
「……そうですか」
残念そうな2人。
中学生なんだから仕方ないだろうが!
その手のマニアでもないのに内部を詳しく知ってるなんて変じゃないか。
……まぁこの2人にはそんな常識は通用しないだろうけど。
「大丈夫か、フェイル?」
「………………ああ」
「おい!」
「…………だいじょうぶだ」
「ダメだこりゃ」
「だいじょうぶだいじょうぶ」
全ての発言に力がない。
多分今の言葉を書き起こしたら全て平仮名だろう。
瞼が落ちたり開いたりを繰り返し、真っ直ぐ立ってはいるが重心が左右に移動している所為でふらふら。
後生だから見ないでおいてやるけど。
「ユウイチ君から理由は聞かなかったけど、フェイルは何故ああなのかな?」
「さぁ? 俺も知りません」
嘘だけど。
「ユウイチ君と夜更かしして遊んでたわけでもなさそうだね」
「夜更かしって……」
「いやいや、あの子にとっては初めての友達だからそういう事もあるかと思ってね」
「そう、ですね」
優しそうな目でフェイルを見ているアルザールさん。
視線の先ではモニカが起こそうとしているのか、フェイルを揺すっていた。
揺すられている方は、相変わらず「だいじょうぶだいじょうぶ」としか言ってないけど。
「ユウイチ君と出会って、あの子も明るくなったね」
「明るく?」
「今まではどこか張り詰めすぎな感があったからね。そう言った点でも感謝しているよ」
「よしてくださいよ」
「ははは、照れているのかね?」
「まぁ、それなりに」
この人と会えて良かったと思う。
父親としての、1つの理想を見せてもらった気がするし。
ちょっと親ばか気味だが。
「なんにせよ、向こうに戻っても元気でいてくれると嬉しいよ」
「はい。アルザールさんもお元気で」
「私は
そう笑うと、俺たちから数歩下がる。
玄孫って、孫の孫だっけ?
あの人ならホントに生きそうで怖いな。
「ユウイチ」
「今度はウェンディか」
「今度?」
「いや、こっちの話」
アルザールさんが退くと、ちょうど良いタイミングでウェンディが話し掛けてきた。
セニアはどこへ行ったかと見回すと、フェイルの位置で声がする。
多分モニカと一緒に頑張っているんだろう。
「ほんの2、3日だけど、あなたに会えて良かったわ」
「俺もだよ」
「ふふ」
「何?」
「いえ、何だか別れ話をする恋人同士みたいだと思って」
「……それは言うな」
ちょっとだけ俺もそう思ったし。
無論そんな色気のある関係じゃないけど。
改めて見ると美人だな。
まだ幼さが見えるから美少女と言った方がいいんだろうが、将来は美女になるだろう。
……って何様だよ俺。
「ん?」
「なんでもない」
「そう? でも、知り合ってすぐにお別れなんて寂しいわね」
「そうだな。……だがまぁ、案外これで良いのかもしれない」
「どうして?」
「短い方が、鮮やかに記憶に残るだろう?」
「そうね」
ころころと笑う。
実際短くて良かったと俺は思う。
長くこちらにいると帰り難くなるしな。
ウェンディに対しての感情も変わっていった可能性もあるし。
セニアやモニカは年齢的に論外だが、同世代のウェンディだとね。
「まぁとにかく、こちらに着て良かったのは確かだな。色々体験できたし、考える事も出来た」
「そう」
「ロボットの設計図なんて珍しいものも見せてもらったしな」
「ユウイチにはサイバスターの感想も聞けたし、私も面白かったわ。他の機体のイメージなんかも思いついたしね」
「ホントか? だったら俺の下手な話もまんざら無駄じゃなかったんだな」
「ええ。大いに助かりました。ありがとう」
「いえいえ」
こう正面きって感謝されると照れるな。
今まで特定の人以外と深く付き合う事を避けてたからなおさら。
でも良いもんだな、人に感謝されるのも。
地上に帰ったらもう少し人付き合いを増やしてみるか……。
「じゃあそちらの方々が話したそうだから、私の話はこれでお終い」
「ん?」
そちら?
後ろを見てたから、俺の背後だな。
セニカかモニカだろう。
「じゃあユウイチ、多分もう逢えないと思うけど、もし逢える事があればその時はまたお話しましょうね」
「ああ」
「はい、握手」
「ん。そっちも夢の実現頑張ってくれよ」
「ええ。ありがとう」
そう言って鮮やかに笑う彼女。
笑い顔のまま、悪戯っぽい瞳で俺を見た。
手を握ったまま顔を近づけて――
「おぉ! ウェンディ大胆、やるわね」
「大人ですわねぇ」
「役得だなユウイチ君」
「ゆういちもてるな」
外野が何か言ってるが無視。
頬に接吻された?
接吻とはキス………………キス?
「……なっ!」
「うふふ、お別れの挨拶よ。元気でね、ユウイチ」
「あ、ああ」
満面の笑みを湛え、アルザールさんの位置まで下がるウェンディ。
……不覚だ。
頬とはいえ簡単に接触を許すとは。
まぁ俺も男だし、美人とのスキンシップは歓迎するところなんだが。
アキコとマコトに対して心苦しいと言うか………まぁ俺が言わなければ大丈夫だな。
「よし封印」
「何が?」
「封印なのですか?」
「いや、何でも……最後はお前たちか」
「そよ」
「お兄様と会話なさっていたので最後にならせられてしまいましたね」
もうこの変な言葉も聞けなくなるんだな。
そう考えると、また新たな寂しさが……。
これでそんなもん感じるとは、モニカも存在感でかいんだなぁ。
「ユウイチも地上に帰っちゃうと、毎日が面白くなくなるわね」
「それは光栄だな」
「冗談じゃなくそうなるのよ。私たちも同世代の友達がいないしね」
「普段はお勉強ばかりの生活なのですわ」
「そうそう。集まって騒ぐ事も無かったもの」
「だからユウイチ様がこちらにいらした数日は、
「……そうか」
やはりこいつらも王族、寂しい生活を送ってたのか。
家庭は温かく楽しそうだったが、普段は王族の義務とかがあるんだろうな。
そんなこいつらに楽しさを味わわせる事が出来たのなら、俺がここに来たのも満更無駄じゃなかったのか。
「あーあ、私もいっそ地上に行っちゃおうかなぁ」
「おい」
「セニアったら」
「だって、ユウイチの話では地上には色々な娯楽が多いって言うし。何より本物のロボットを見れるかもしれないし」
「ダメ! ダメだよセニア! パパ許しませんからね!!」
突如数メートル退いていた国王陛下が叫ぶ。
どうでも良いけど声でかい。
発言内容も相変わらずで、この親ばかさ加減には呆れるやら笑わされるやらで楽しかったな。
「はいはい、冗談よお父さん」
「パパって呼んで!」
「は〜い、パパ」
「うんうん。セニアは良い子だから、そんなパパを捨てるような事はしないよね?」
「う〜ん……どうかな?」
「セ、セニア」
「セニア、今のは少しいけませんわ」
「……セローヌすまない。私たちの娘は不良になってしまった。不甲斐ない夫を許してくれ……」
モニカがたしなめながら父親を示す。
そこには両膝をついて天を仰ぐ国王の姿が……。
って1国の王がそれで良いのか?
まぁ限られた人間がいるところでしか見せない顔なんだろうけど。
「ほら」
「あ、あはははは。パ、パパ、大丈夫よ。私は地上になんて行かないからね? ね?」
「セローヌ、私は子育てに失敗したようだ。こうなったらそちらへ赴いて詫びを……」
「パパってば!」
アルザールさんのところまで、ツカツカと歩いていく。
呼びかけても答えないからか、肩を揺すり始めた。
それでも元に戻らない彼の隣で、ウェンディが途方にくれたような顔をしていた。
取り敢えず頑張れ。
「どこで間違えたのだろう? しっかり遊んであげなかったからか? 家族の時間が少ない事なのか?」
「もぅ、お父さん!!」
「セニア! パパって呼んで、って言ったのに!!」
「やっと戻ったわね」
「……セニア、地上になんか行かないよね?」
「うん。こんなお父さんを放っておけるわけないじゃない」
娘に縋り付く父親。
アキコに酒を取り上げられた義父のようだ。
やはり男親は娘に弱いものなのか。
それにしてもあの人、娘が結婚する時どういう行動に出るのか楽しみだな。
見れないのがつくづく残念。
「ま、収まって一安心か」
「そうですわね」
「モニカは、あの2人のとこ行かないのか?」
「ええ。あの早い会話には入り込めませんもの」
確かに。
おっとり系のモニカじゃ、あのテンション高い会話は辛いだろうな。
そう考えるとお姫様らしい性格か、モニカは。
文法が変な言葉はともかく。
「まぁ俺からモニカに言う事はただ1つ」
「はい?」
「頑張ってシュウを落としてみせなさい、って事かな」
「落とす、ですか?」
「あ〜、ちょっと俗っぽかったか。要するに惚れさせてみせろって事」
「ああ、そういう意味なのですか」
「そういう意味なのですよ」
「なるほど…………ぇ!?」
発言を理解したのか、ポポッと赤くなる。
ホント分かりやすいよな。
愛すべき性格、と言う事になるんだろう。
まぁ、あの男も存外鈍いし、並大抵の努力じゃ無理だろうけどな。
「頑張れ」
「ははははは、はい!」
大丈夫かいな。
気負ってどもり過ぎなモニカが少し心配だ。
「それでは、ユウイチ」
「おう」
フェイルに促され、転移装置の扉をくぐる。
最後にもう一度別れの挨拶を交わすべく、中で振り返った。
「ふっ」
思わず口元が緩んだ。
4人の後方、突き当たりの位置に新たな人影。
何時来たのか、シュウがそこに立っていた。
向こうも気付いたのだろう、俺と同じように微笑を浮かべる。
「……」
目線が合わさる。
かなり距離が離れていたが、何故かお互いの顔が見えている確信があった。
5秒にも満たぬ一瞬の後、シュウは去っていく。
多分見送りに来たのだろう。
言葉にしなくとも、確かに別離の挨拶を交わしたのだ。
「あの照れ屋さんめ」
「何か言ったか?」
「いや、何でも。それでは皆、お世話になりました」
何事か操作してたフェイルは気付かなかったのだろう。
聞こえぬよう呟いた言葉を誤魔化し、外の4人に頭を下げた。
「うむ。ユウイチ君、達者でな」
「バイバイ、ユウイチ。もし地上に行く事が出来たら、その時は案内してね?」
「ユウイチ様、
「ユウイチ、元気で」
「皆も、元気でな」
柄にもなく涙腺が緩みかける。
手を振ってくれる皆に手を上げて返すと、扉が閉っていった。
完全に閉まると同時に、浮遊感。
別れの寂しさを痛烈に感じるが、何時までもそれに浸るわけにはいかない。
無理やり気持ちを切り替えた。
「いよいよ、だな」
「ああ」
力強く頷くフェイル。
まだ、友人の魔力試験が間近にある。
緩みそうな心を引き締めた。
浮遊感が落下感覚に転じる。
3回目とはいえ、この感覚には慣れそうもない。
お互い無言で箱じみた部屋から出る。
「来おったな」
扉をくぐると、すぐ前に見覚えのある老婆が鎮座ましましていた。
私の記憶が確かなら、この人は大神官……。
「イブン大神官?」
「……なんで?」
「失礼なやつじゃなおぬし。出迎えてやったというに」
そういう事じゃないんだが……。
俺は改めてこの大神官という大層な役職の婆さんを観察した。
173センチの俺からは、それなりに見下ろす身長。
よく考えれば婆さんにしては腰も曲がってないし、元気な姿だ。
「中々に良い顔をしておる。実りある6日間を過ごしたようじゃな」
「はい。……大神官ご自身が迎えに来てくださるとは、痛み入ります」
「うむ。しかし殿下、その魔力の高まりは。……まぁ試験が始まれば分かる事か、話は歩きながらする事にしようかの」
その言葉で移動を開始した。
俺はどこに行けば良いのか分からないので、最後尾で2人の後を付いて行く事にする。
「で、婆さんは何で待ってたんだ?」
「せっかく待ってやっとったのに失礼なやつじゃな」
「……ユウイチ」
「いやいや、そうじゃなくて。一応婆さんってここで1番偉いんだろ?」
「一応じゃなくて正真正銘偉いのじゃ」
えへんと胸を張る。
婆さんのそんな仕草なんぞ見ても面白くない。
まぁ年甲斐のない可愛らしさ、というのは少しばかりあるかもしれんが。
「じゃあ人を遣わせるとか出来るわけだよな?」
「まぁ、そうじゃが?」
「何でそうしなかったんだ? 人を迎えにやれば良かったじゃん」
「む……」
「まさか忘れてたわけじゃないよな?」
「……ユウイチ」
前を往く背に向かってニヤリと笑う。
フェイルが軽く非難の声をかけてくるが、当然無視。
別に気になった事を聞いてるだけだから問題ない。
しかし、この婆さんとは初対面があれだった所為か、どうも敬語を遣わずに話し掛けちゃうなぁ。
婆さんが親しみやすい性格してるからか?
「確かに遣いを出せば済む事じゃ」
「うんうん」
「だがわしも歳じゃ」
「そんな、イブン大神官はまだまだ現役でいてくださらないと」
「ありがたいお言葉です、フェイル殿下」
「歳だと自分で迎えに来るのか?」
「……この老いさらばえた肉体をこれ以上朽ちさせぬように、運動がてらおぬしらを迎えに来たわけじゃ」
「へぇ」
「そこまで考えてらっしゃるとは……」
フェイルの言う通り、中々考えてるんだな。
俺はまだまだ老後の心配なんてする年齢じゃないから分からないが、老いると色々あるらしいからなぁ。
帰ったら義父さんの体の心配でもしてあげようか。
「などと言うのは嘘じゃ」
「……は?」
「おいおい」
「わしはまだそこまで老いておらんわ!」
大喝と言うわけではないが、それでもそれなりに大きな声。
確かに声に張りがある。
老いてないってのは分かるんだが……。
「今の話は何だったんだ……」
「全く」
「おぬし等のような若造にもまだ負けやせんぞ」
カッカッカと笑いながら進んでいく婆さん。
俺とフェイルはその背中を見ながら付いていくしかなかった。
……老人は恐ろしい。
「到着じゃ!」
いやに元気な婆さんの声で歩みを止めた。
確かに数日前に見た、REBの威容が目の前に広がっている。
壁には爺さんが2人ずつで並んでいる。
この間見かけたダメ政治家似の爺さん方もいらっしゃる。
残りの1人は操作の為か、REBの傍で待機している。
「先に送還から、とも思ったのじゃが、今回は魔力テストの方から行うが良いか?」
「ああ、それで全然問題ないですよ」
「ユウイチ」
「そんな声出すなよ。俺にだって見届ける権利はあるだろ?」
「……うむ」
この申し出は願ったりだ。
フェイルの合否が分からぬまま地上には戻れないと思っていた事だし。
俺がここに呼び出される原因となった動機の、一応の結末は見てから帰る事に決めてた。
それが魔力テストの結果。
「まぁ合否は分かってるんだけど」
「ほぅ。殿下はそれ程自身が御ありになるか?」
「い、いえ」
「嘘つけ。もう120%受かるね」
「ほほぅ。それは楽しみじゃ」
「ユ、ユウイチ!」
うるさいなぁ。
あんな薬にまで手を出して落ちるわけないだろうが。
まぁ万が一落ちたら、今度こそシュウは殴るけどな。
「そ、それはともかく。何故魔力テストから始めるのですか?」
「逃げたか」
「逃げおったな」
「結果などすぐ分かるのですから良いではないですか」
「言うなぁ」
「言いおるわ」
「……それはもう良いですから」
「ま、良かろ。話を進めないと周りの爺どもが退屈で干からびてしまいそうじゃしの」
笑いながら中々辛辣。
それを聞いた5人の爺さんは、大よそ2つの反応をした。
「あの婆は相変わらずじゃのぉ」
「あれでこそイブン大神官ではありませんか」
「ま、元気な証拠って事だ」
苦笑して受け流したやつと―――
「我々を侮辱するとは!」
「同じ大神官でありながら何と品のない」
―――怒って顔を真っ赤にしたやつ。
例の2人組み以外は前者だった。
しかし、どうにもあの2人は神官と呼ぶに相応しくない俗物さが見える。
こっちでは珍しい性格なんだろうな。
権力欲もそれなりにあるんだろうから、それが現在の地位まで押し上げたのかね?
「ふふん。相変わらず分かりやすい反応をするの、あのアホ2人は」
「イブン様、そうニヤニヤされては……」
「何を申される。人をからかうのは長生きする秘訣ですぞ?」
「意地の悪い婆さんだなぁ」
「それはわしにとって最高の誉め言葉じゃわい」
「まぁ人からかうのが面白いってのは同感だが」
「じゃろう?」
「ユ、ユウイチ」
こんな風にな。
フェイルは根が真面目だから反応が楽しい。
……また話が脇に逸れてるな。
「先に魔力テストをやる理由じゃが」
「おう」
「あっさり本題に……別に良いけど」
「召喚の方と同じで、送還プログラムも未完成な部分がかなりある」
「……大丈夫なのか?」
「送り返す事自体は可能じゃ。元の場所には戻れる」
「それは一安心」
「とは言え、使用後に異常をきたす可能性が皆無とは言えんのでな」
「REBに負担の無い魔力テストから、と?」
「そういう事じゃ。分かったかな?」
「了解」
「分かりました」
「うむ。ではフェイル殿下、REBの前へ参られよ。おぬしはその場で待っとれ」
「はい。じゃあユウイチ、行ってくる」
「おう。ま、俺は心配してないけどな」
お互い手を上げて一時的に別れる。
俺はこの位置で待機しながら、改めてザっと周りを見回した。
前方のREBとは20メートル程離れている。
位置的には申し分ないだろうな、所定の位置にいる大神官の連中も見れるし。
「フェイルロード=グラン=ビルセイア王子の成人の儀、魔力再テストを行う」
イブン婆さんが、静かだが力強く通る声を発した。
今までおちゃらけてた雰囲気は微塵もない。
大神官と呼ばれるに相応しい威厳だ。
「フェイルロード王子、こちらへ」
「はい」
呼ばれたフェイルがREBと触れる程近づく。
いよいよ、か。
「それでは心を落ち着かせられよ」
「はい」
「では……」
そう言って、REBから伸びているコードをフェイルに繋げる。
先端が吸盤みたいなものをフェイルの額につけた。
何だあれ?
「測定開始」
「開始する。…………む」
「どうした?」
「測定値の上がり方が異常じゃ。王族の平均魔力値をもう超えるぞ!」
「ほぉ」
なにやら驚いている。
薬は効果を発揮した、って事か。
俺にもフェイルのように命を賭けて得たいものがあるだろうか?
アキコやマコト、ナユキとの当たり前で普通の生活。
出来るならそれをずっと続けたいとは思う。
ナユキは恋愛の対象じゃないとしても、男1人に女2人。
このままだとどちらかを選ぶしかない。
幾ら重婚可能な世の中とはいえ、昔と違って今では一般人は厳しい査定もある。
あいつらと共にある方法は―――
「そうか」
―――俺の選択肢の中にもうあったのか。
ずっと一緒にいられるならそれでも良い。
例え、手を汚す事になっても。
「これにて成人の義を終了する」
む、考え事をしていたら終わっていたらしい。
婆さんを除いた周りの老人は驚愕した顔。
対照的にフェイルは晴れやかな顔をしている。
どうやら成功か。
「まさか必要魔力値の1.5倍以上を叩き出すとは……」
「どのような荒行を行ったか想像できんな」
「フェイルロード王子には成人の義合格により、今より第1王位継承者を名乗る事が許される」
「はい」
「国民の代表として、
「分かりました。王族の一員として適切な振る舞いを致します」
「うむ。ならばお下がり頂いて宜しいですぞ、殿下」
「分かりました」
今まで留まっていた位置から退く。
俺のとこに移動してくるつもりだな。
「おめでとうございます殿下!」
「私たちは殿下なら必ず成し遂げてくださると思っておりましたよ!」
その途中で捉まった。
またあの2人組みだよ……。
フェイルもあからさまには邪険に出来ないらしく、対応に困っている。
「やれやれ、だな」
「全くじゃ」
「うぉ! 婆さん何時の間に!?」
「今じゃ」
独り言のつもりで呟いた言葉に相槌が返ってきたのはさすがに驚いた。
知らぬ間にイブン婆さんが俺の横にいる。
気配も感じさせないとは、ますます妖怪染みてるな。
「あれで大神官と言うのじゃからなぁ」
「見た目通りダメ?」
「ダメじゃな」
「やっぱなぁ」
「神官としての魔力基準は満たしておるが、その上の大神官にはなれないはずなんじゃがの」
「裏工作?」
「正確なところは分からん。そう言う所だけ知恵が回るのか、証拠は何一つ挙がらぬのじゃ」
典型的な小悪党か?
裏工作が得意で悪知恵だけ回るなんざ、ますますウチの地区にいる政治家そっくりだな。
ラングラン王宮にいた閣僚はいい人そうだったのに、大神官がそうだとは中々面白いな。
「やれやれ」
「ご苦労だったな」
「ホントにのぉ」
頭を振りながら戻ってきたフェイルに労いの言葉をかける。
俺もイブン婆さんも、あの2人に捉まったフェイルに最大級の同情をしていた。
その同情が伝わったのか、微妙な表情で笑う。
「それはそうと殿下」
「何でしょうか?」
「異常な魔力の上昇は、やはり修行の成果だと考えて宜しいのかの?」
「はい。半年近く山に篭りました」
「と言うと、ガジェット山に?」
「ええ。王都から近いですから」
山篭りなんかしていたのか……。
修行云々よりそれを行った場所の方が驚きだ。
「それにしては6日前に魔力の高まりを感じなかったが?」
「必死に抑えていましたから」
「……何故じゃ?」
「どうせなら、測定時に開放した方がインパクトがあると思いまして」
「ふぅむ」
釈然としないのか首を捻る婆さん。
拙いな。
まさかバレるとは思えないが、嫌な流れではある。
話を変えるか。
「それはそれとして、フェイルのデコに貼り付けたあれは何だったんだ?」
「何だとは何じゃ?」
「質問を質問で返さないでくれ、婆さん」
「軽いおちゃめじゃわい。あれは体内の魔力を検知する為の端末じゃ」
「……端末」
「調べた魔力のデータをREBに送り、それを数値化するのじゃ」
「魔法とか魔力って言うから、もっとレトロな測定方法だと思ったんだが……」
「昔はそうじゃったらしいがの。ハイテク化じゃな、便利になったもんじゃ」
目の前の婆さんからハイテクとか言う言葉を聞くと違和感が……。
翻訳して俺が理解しやすい言葉になってるんだろうが、もっとこうなぁ。
実はファンタジーじゃなくSFの世界なのかここ?
「それじゃあフェイルが何もしてなかったのは? テストなら気合入れるとか……入れてなかったろ?」
「ああ。全くの自然体だったよ」
「気合入れてどうする。国王になれば常時魔力を供給するのじゃぞ? それこそ寝ているときもじゃ」
「……だから普通の状態で測定を?」
「そうじゃ」
「ふーん」
結構考えられてるんだな。
まぁ歴史ある儀式みたいだから当然か。
その割にコンピューターを導入したりして柔軟だけど。
大抵歴史のある行事とかは変化が大敵だと思ってたんだが。
「イブンよ」
「む、ザボトか。お主が来たと言う事は、REBの確認は終わったのか?」
「うむ。送還プログラムも動かせる」
「分かった。聞いての通りじゃ。わしはREBのところに行っておるから、最後の別れを済ますが良い」
後半は俺とフェイルに向かって喋る。
婆さんは、そのままザボトなる爺さんと連れ立ってREBに向かった。
残ったのは俺たちだけ。
一応半径数メートルには誰もいない。
「別れの前に、まずはおめでとう。王位継承権を得られて、良かったな」
「ああ。ありがとうユウイチ。お前のお蔭だ」
軽く握手。
魔力が増えた所為か、握った手が力強く感じた。
勿論勘違いなんだろうが。
「別に俺は何もしてないぞ?」
「いや、ここ数日は楽しかった。それこそ、今後これ以上の楽しみが無いだろうと確信する程に」
「おいおい。まだ人生長いんだからそう決め付けるなよ」
「そうかもしれないが、それ程と言う事だ。楽しく過ごせたお蔭で、私はあの薬を飲む決心も出来た」
薬というところだけ、囁くような声になる。
誰にも気付かれる事はないだろう。
俺の存在が、あの薬を飲む決意の一端を担ったとは、少し考えるな。
「私は今日、正式に王族の一員になった。多分これからは忙しさで楽しみを求める事が少なくなるだろう」
「すぐにか?」
「ああ。私が進むベき道も、朧げながら見えたからな。理想への第一歩と言うところだ」
「……そうか。フェイルも見つけたのか、自分の道を」
「その言い方だと、ユウイチもか?」
「ああ。お前が命を賭けてまで進もうとしているのを見てな」
軍人になる決意を決めた、とは口に出さない。
フェイルに言っても無用に心配させるだけだろう。
死ぬ可能性が高い軍人は、一般人より緩い条件で重婚が認められている。
始めから考えてた進路と俺の願いが合致した。
最後の一押しが女の為、ってのもどうかと思うけどな。
それも良いかと思う自分もいる。
「お互い知り合ったのは偶然じゃなかったのかもしれないな」
「そうかもな」
お互いの生き方に影響を与え合った。
ならば意味のある出会いだったって事だろう。
人生にまで影響があるなら、相手の事も一生忘れないしな。
そんな事を考えながら、REBの方に歩み寄る。
「来たか。少年はその魔方陣の中へ入るが良い。殿下は決してお入りなさいますな」
「「わかりました」」
ザボト爺さんに言われ、異口同音に応える。
俺たちが話している間に、REBの前には魔方陣が描かれていたようだ。
俺は一瞬躊躇すると、思い切って魔方陣に足を踏み入れた。
フェイルは魔方陣から1メートルほど離れて立ち止まる。
「宜しい。では送還プログラムを起動する」
「ユウイチよ、楽にしているんじゃぞ?」
「了解」
イブン婆さんの言葉を聞くと、反転してフェイルを視界に収める。
徐々に発光する魔方陣。
柱を形成するかのように、魔方陣の外縁から光が立ち上る。
「じゃあな、親友」
「っ! さらばだ、
外が見えなくなる寸前に見えたのは、一瞬だけ驚き、そして嬉しそうに笑った友人の顔。
それを確認し、眩しくなってきた光に目を閉じた。
後の事を考えて更に手で目元を覆う。
そして―――
俺は、浮遊感に身を任せた。
To Be Continued......
後書き
最終話終了……。
長かった。
いよいよエピローグを残すのみ。
まぁ同時公開なんですぐ読めますけど。
兄弟の中で1番才能の無い長男。
それを考えるとフェイルの行動もわかろうというものです。
嫉妬して兄弟にあたったりしなかったのは、やはり彼の性格が素晴らしいからだったんでしょう
原作ではあまり描かれていないフェイルですが、結構リアルな心情だったのではないでしょうか?(自画自賛かよ
後は薬。
言うまでもなく「寿命半分魔力倍」はオリジナルです。
原作ではフェイルはギリギリで魔力テスト通ったみたいですが、この薬で余裕の合格でした。
シュウも言っていますが、昔から結界を維持し続けていた王家ですので、こんな薬もあるはず。
アカデミーではこの手の薬の研究もきっと行われているでしょう。
最後に、ユウイチがこの話で軍人に進む決意をしました。
彼が決めた最後の一押しはあの考えでしたが、大抵人生の決意なんてあんなもんですよね。
勢いと言うか。
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