進路なんて、今更考えることじゃないのにな。
俺は通用の学生鞄を投げ出すと、目の前にある斜め向きの芝へ前転した。
ズルズルと少し滑る。
しかし芝生の感触は中々に心地良い。
地面から一転して青い空。
掴めそうだなぁ。
右手を突き上げて手を開く。
真っ青な空を握れそうで……でもやっぱり何も掴めなかった。
「……子供か俺は」
一瞬の自嘲。
口元の筋肉が上がったのが分かるので、自分は苦笑しているのだろう。
今の顔を見られたら、また中学生らしくないって言われるんだろうな。
青い髪の、2人いる幼馴染の片割れを思って笑う。
その妹にも老けてると言われたのはかなりショックだったのだが。
最も今更この性格は矯正できない。
マコトも同じ笑い方をするだろうに……なんで俺だけに言うのかね。
栗色の髪のもう1人の幼馴染。
彼女は俺と境遇が同じ所為か、考え方なんかが似ている。
それは即ち、世間一般で言えば『捻くれている』って事なんだろう。
幼い頃から両親のいない状況の中、世間の同情と奇異の視線に晒されつづけた俺たちだ、少しくらい捻てても仕方ないだろう?
いやむしろ捻くれいる方が自然だ、そうに違いない。
以上自己弁護完了。
「っといかんな」
気分を変えるため、声を出してパシパシと両の頬を叩く。
どうも1人で考えると思考が変な方向に行ってしまう。
今の脳内会議にかける議題は進路についてだった。
『アイザワ君? 今日ここに呼ばれた理由は理解していますか?』
『いえ? 最近は歴代校長顔写真入りの額をトイレに配置していませんし、図書室の古い本を古本屋で鑑定してもらってもいませんし』
『あー、図書室のは困ったものでしたね』
『何で中学の図書館に、1冊で数十万もする本があったんですかね?』
『どこからか紛れ込んだらしくて、ってそうではありません。今回は進路調査で聞きたい事があったからです』
『進路? 何か問題ありましたか?』
『大有りです! 第一志望だけしか書いてありませんし、あまつさえそれが士官学校というのはどういう事ですか!?』
『どう、とは?』
『……悪戯じゃないんですか?』
『本気です』
あの時の担任の顔は見ものだった。
そりゃそうだろう、この歳で軍人になりたがる生徒なんぞそういるはずもない。
士官学校は中卒以上が入学条件だが、普通は高校くらい行くもんだ。
日本が安全だからって事なんだろうな、すぐ働かなくていいのは。
最低第2と第3志望の高校は書いてこいとも言われたし。
説得できないと諦めたわけでもなさそうな顔だった。
しかし、それでも俺には軍人になりたい。
いや、大人になりたいのか……。
目を閉じると昔を思い出す。
俺とマコトは両親が死ぬと、同じく母を亡くした
と言っても、養子ではなく居候。
ある程度年齢が上がった現在は、俺だけ隣のアイザワ家で寝起きしている。
両親の死亡原因は飛行機事故。
昔から仲の良かったらしい俺の両親とマコトの両親、それにアキコの母で旅行に行った時の事だ。
軍人である小父さん−アキコの父であるダイテツさん−は、その時軍務で一緒じゃなかった。
7年経った今も、酒を呑んで後悔する姿をたまに見る。
何故自分も一緒ではなかったのかと……。
でも、以降は苦しくても楽しい生活だった。
特に1歳になったばかりのナユキのお蔭だ。
家を空けがちな小父さんの代わりに、俺たち3人で面倒を見た。
子育ては驚きと発見の連続で、それこそ毎日が戦争みたいで悲しい事なんか考えてもいられない。
育っていくのを見るのも嬉しかった。
そんな折、俺は自立したいと考えるようになった。
久しぶりに帰ってきた義父さん−ダイテツさんをこう呼んでいる−の頭に、白髪が目立ち始めたのに気づいたからだろうか?
何時も一緒にいる2人の幼馴染を守れるようになるためだっただろうか?
あるいは、現状がもどかしくなっただけかもしれない。
どれも合っている。
だが1番の理由は、義父さんの背中に憧れたからだろう。
血の繋がらない俺たちを育ててくれた義父の背中に。
家とマコトの両親は何やってるか分からなかったが、それなりに金持ちだった。
事故死した後、中途半端に遺産が残った所為で親戚中の醜い争いに巻き込まれたんだ。
誰もが笑顔の裏で、打算と裏切りを考えて近寄ってくる。
なまじ血が繋がっている人間達のみだったから、間に入った俺やマコトは地獄だった。
俺は大人を信じなくなったし、マコトは自閉症一歩手前までいきかけたのだから、醜さは推して知るべしだろう。
そんな時助けてくれたのがダイテツさんだったんだ。
親戚連中から俺たちを庇って、後見人になって面倒を見てくれると言ってくれた。
軍人だから普段家に居なかったけど、帰ってきた時は思いっきり遊んでくれた。
遊び疲れて負ぶってくれた時の、あの大きな背中はまだ瞼の奥に残っている。
士官学校を志望したのは、その憧れが多分に影響している。
義父さんと同じ軍人になれば、憧れたあの背中に追い付けるんじゃないかとも思う。
それに、士官学校なら落第さえしなければ給料が貰える。
ダイテツさんは何故か遺産を切り崩すのを許してくれなかったから、俺たちの食費なんかは向こう持ちだった。
自分が稼いだ金なら受け取ってくれるだろうから、お世話になっているミナセ家にこれ以上負担をかけたくない俺としては願ったりだ。
が……。
回想を打ち切って目を開ける。
自分の意思の確認はできたが、不安がないと言えば嘘になる。
世界が一変するだろう、漠然とした恐怖。
今まで中学生として遊びまわっていた自分が、士官学校とは言え軍に足を踏み入れるのだ。
多分周りは年上の人間ばかりだろう。
ましてそこには2人の幼馴染は存在しない。
教えていないし、教える必要もない事だと思っているから。
彼女たちは普通の人生を送ってもらいたいと思う。
エゴだよなぁ、これは。
……それに。
自分にツッコミを入れて苦笑。
両手を目の前に掲げ、掌を見る。
それに、いずれこの手が人の命を奪う……。
人が死ぬと言うこと、人を殺すと言うこと。
後者は全く理解できないが、前者は痛いほど理解できる。
軍人になれば、例え相手が悪くなくとも命令で人を殺す事もあるだろう。
近しい人がいなくなる喪失感とやり場の無い怒り。
誰もいない家で1人涙したあの激情。
あれを自分が誰かに味あわせる……。
そう考えると完全には踏ん切りがつかない。
簡単にいかないものだ。
フッと息を吐いてまた空を見上げる。
徐々に青空が白くなって……白?
「ぬぉ!」
上半身を慌てて起こした俺の周りから、どんどん色彩が失せていく。
いや、白い光に塗りつぶされている。
芝生も空も、全て白い閃光に埋め尽くされて目を明けていられない。
閃光弾か?
同時に浮遊感。
俺はわけの分からない内に、鳥になったらしい。
外伝 地底世界
プロローグ
召喚
「でっ!」
突如浮遊感が落下する感覚に転じると、ドシっと尻餅をついた。
コンクリート並に固い地面なのか、打ちつけた尻が痛い。
それにさっきの光で閉じた目の奥がチカチカする。
一応明けてはみたが、視界に光が焼きついていて見えない。
一時的な視力喪失か。
「お主」
「ん?」
目の事を考えてると、いきなり近くで声がした。
顔を動かして確認してみるが、元々暗い場所なのか今の視力に輪をかけて見えん。
「ここじゃここ」
グイっと、顔を固定された。
目を細めると薄っすらと見えてくる顔。
しかも婆さん。
「うぉっ!!」
思わず仰け反った。
勢い良すぎて、背が床につきそうになってしまうが気にしない。
何とか両手をついて耐えたし。
普通、いきなり知らない婆さんのドアップが目に映ったらこうなるだろう。
「ん?」
やっと治った目で周り見ると、変な場所だ。
床は紫っぽい石だし、壁は彫刻の施された白い石で出来ている。
少なくともあの丘じゃない。
「どこだここ?」
今更だが、目の前の婆さんに質問した。
呆れたような感心したような顔をしてるのが気になるが。
「その態度、大物かあるいは大馬鹿か、まぁよい。……ここは、地底世界ラ・ギアスじゃ」
婆さんは何か変な単語を吐き出した。
当然意味不明。
わけわかんねぇとこに来ちまったか?
この時は、まさかそこのわけわかんねぇ所で自分の生き方を決めるとは、まったく思いもしなかった。
To Be Continued......
後書き
昔アンケートを取った外伝をお届けします。
この話のユウイチ君は15歳です。
なので本編よりガキっぽい性格になってますので、そこんとこ宜しく。
外伝の通り、舞台はあの世界。
本編のキャラクターはユウイチくらいです。
まぁ戦闘もありませんから、全編ほのぼのになるでしょう。
ちなみに恋愛はありません。
ご意見ご感想があればBBSかメール(chaos_y@csc.jp)にでも。(ウイルス対策につき、@全角)