KanonをD.CU〜音姫編-フィナーレ〜
「おはようございます、当主様。寝たきりとなったそうですが、調子の方はいかがでしょうか?私の方は無事飛び級が決まり、今年から晴れて高校生になります。当主様には及びませんが、相沢一家の名に恥じぬように頑張る所存であります。」
珍しく留守電が入ってると思えば親戚からだ。寝たきりの時誰一人として見舞いに来なかったのは一家の誰かがこの程度で死ぬ訳ないとでも言ったからだろう。言葉の節々に感じるのは倒れたことの心配より倒れた後のことの心配だ。一応、死にかけたんだけどって言ったら大笑いするんだろうな。
「祐くん、これ誰?」
「俺の親戚。」
「同い年の子っていたの?」
「その子は第四世代。年は12だった気がする。」
相沢でも久しぶりの早熟だ。俺なんかよりずっと真面目だけどちょっと相沢らしくないのが玉に瑕だ。
「12で高校生。ロリには堪らない話しね。」
確かに可愛い子ではあるが、相沢らしくないと言えども相沢だ。そこらの男の子が変なことをしたなら即刻病院送りである。しかし何故に会いに来るのだろう。こっちからお祝いに行くのに。
「当主様と会えることに心を躍らせ、その日を一日千秋の思いでお待ちします。それでは失礼します。」
留守電はそこで切れた。珍しい留守電だよな。やっぱり相沢らしくないってのもわかりにくい。
「祐くん、そろそろ行かないとマズいよ?」
「分かってる。」
茜に急かされて、家を出る。桜が青葉へと変わり、冷たかった空気は暑い空気へと変わっている。
「暑いのは嫌だな。」
「寒いと寒いで文句を言う癖に。」
どうせ俺は屋内で活動することが好きな引きこもりさ。好きで学校行ってると思ってても、暑かったり寒かったりすれば行く気だって失せる。
「でももうそろそろ夏だねぇ〜。」
「だからって海には行かないからな。」
「え〜。」
茜が猛抗議するが、俺は首を縦には振らない。俺は海と山と言えばどちらかと言えば山の人間だし、美少女二人を連れて男どもの視線を一身に浴びられるような男じゃない。でも少しだけ言ってみたいって思うのが男の子って事だろう。難儀なものだなぁと天を仰ぐ。
「おはよう、祐一。」
いつの間にか合流地点にいたようだ。相変わらず義之は両手に花で登校だ。
「おはよう。」
「何か顔色が悪いな。また夜更かしか?」
「知ってるだろ?暑いのは駄目なんだ。」
俺の言葉にみんながみんなため息をつく。
「兄さんは寒いのだって駄目じゃないですか。」
「と言うかお前はどの季節に対しても一言二言文句を言うよな。」
くそっ、言いたいだけ言いやがって。俺だって日本がいかに恵まれてるか知っている。知っているからこそ文句を言いたくなるのが相沢なんだよ。
「ねぇ、義之くん、聞いて〜。祐くんったら今年は海に行かないって言うの。」
「またそんなことを言ってるのか?行ってやれよ。」
義之は軽く行ってくれる。お前だって由夢と音姉を連れた状態で行けば分かるっての。だいたい一緒に行っても何故か俺ばっかに問題がやってくる。俺ってそう言う不幸に生まれてるのだろうか。
「弟君が嫌だって言うのなら仕方がないよね。」
そして音姉が俺の手を取った。ビキッと何かが割れた気がする。
「音姫さん、祐と手を繋ぐのは放課後からって約束を忘れたんですか?」
何だよ、その約束って。俺って知らないうちに約束事を決められてる訳?
「でもほら、弟君が困ってたら手を貸して良いんでしょ?ほら手を貸してる。」
そう言って音姉は嬉しそうに俺の手を振った。まぁ、確かに手を貸してるわな。かなり強引な気がするけど。
「確かにそれは正論かも〜。」
「茜もどさくさに紛れて手を繋がない。」
「だって〜、手が冷たいようだから温めてあげないと。」
いや、むしろ暑いぐらいだから。杏の笑みが引きつる。出し抜かれるのは杏にとって一番嫌いなことだ。
「祐、振り払いなさい。」
「無理言うな。」
「無茶無理はあなたの得意技でしょ?」
そりゃ確かに得意ではあるけど。二人が上目遣いで見上げてくる。俺ってこういうのに弱いんだよな。
「どさくさに紛れてキスしたら殺す。」
杏の冷たい声に肝が冷える。危ない、危ない。命を落とすところだった。
「ほら二人とも離した、離した。」
杏が不機嫌になるのも不味いので二人の手を離す。二人は不服そうだが、仕方がない。あまりいちゃつくのもよくない。
「お前はもっと慎ましくは出来ないのか?」
義之がため息をつく。俺に言うのかよ。筋違いだろ。
「まぁ、これが幸せってものか。」
特別何か変わったとは思わない。相変わらず杏と茜にはかき回され、音姉にはいつも怒られてる。よく前にも増して仲良くなったと言われるが、俺はそうは思わない。
俺は相沢祐一。学者一家である相沢の当主であり、過去視を持つ魔術師。人を幸せにしたいと言いながらも、湧き上がる好奇心には勝てず、人を不幸にすることばかりだと思う。
「幸せにしたいとかそう言うのじゃないのかもな。」
幸せの定義が俺にはよく分からない。それに幸せにするって事は不幸せにするって事も意識してしまいがちになる。だからもう幸せにしたいとか言うことは止めにした。
「どうしたの?」
音姉が俺の顔をのぞき込んだ。
「ん、どうかしたか?」
「何だか嬉しそうに笑ってるよ?」
そうか、笑ってるか。
「そう言う音姉だって笑ってるよ。」
音姉だって嬉しそうに笑ってる。すると音姉は周りをキョロキョロしたと思うとキスをしてきた。突飛な行動にちょっと焦る俺。そんな俺に音姉は微笑んだ。
「大切な人が側にいることがなによりだよ。」
そして音姉はそっと俺から離れた。大切な人が側にいることが何より、か。音姉らしい考え。でも俺はちょっと違う。
俺の好奇心は大切な人をないがしろにするかも知れないし、俺の過去視はいずれ大きな力を引き寄せ、大切な人を傷つける。だから俺は大切な人の側に居続けたいとは思わない。
俺は手を伸ばし、親指と人差し指でフレームを作る。杏が入り、茜が入り、そこに音姉が入った。みんながみんな笑ってる。
「何だ、それ?」
義之が首を傾げ、由夢も隣で首を傾げた。そして今度は二人をフレームに入れる。
「何かのおまじない?」
すると今度は音姉達が気付いた。みんな分からないか。
「ただの確認。」
みんなが何の確認だよと笑い出した。そんなみんなをフレームに入れる。
俺は人を幸せにしたいとは言わない。だからと言って不幸になるのを許したりする訳ではない。俺は俺の生きる限り大切な人が笑顔でいられるように力を尽くそう。
「こんな狭い世界だけれど、それを守ることに命を懸ける。」
どんなときもこの記憶が甦る限り道を誤ることはないだろう。
「さてとさっさと行きますか。」
賑やかなみんなと一緒に走り出す。今日もみんな笑顔だった。
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