私は許さない。
家族を奪ったこの男を。
新しい家族を奪おうとしているこの青年を。
でもお姉ちゃんは違うと言った。
何回も違うと言った。
私があの男に対しての怒りと悲しみを口にするたびに。
何が違うのかな?
家族を殺したのはこの男じゃないって言ってるのかな?
でもあそこに、死体の傍らに立っていたのは間違いなくこの男だったんだよ。
今私の前に立つこの青年だったんだよ。
長い間剣の腕を磨いてきた。
ただただひたすらに。
やっと仇を討てるんだよ!
お父さんとお母さんの仇を討てるんだよ!
でも、本当にそうなのかな?
祐一があそこに居たのは事実。
でも、香里の言うように真実は違うとしたら………
私は……
少女は、渦巻く怒りと戸惑いを胸に対峙する。
真実を知らぬまま………
代行者
〜過去と現在〜
彼女は満足していた。
彼は覚えていたのだ、自分の名を。
「そう、私は"水瀬"名雪、水瀬家の人間。
だからこそ、水瀬秋子は姉も同然。
家族となった者を、もう奪わせたりはしないよ」
何度も口にした水瀬の名前。
それを再度口にして自らの決意を再確認させる。
この男に、血縁上は従兄妹にあたるこの青年に。
「そうか」
ただ一言呟いた祐一の顔は無表情で。
しかし、その内心は違っていた。
再び彼女に家族が出来た。
そんな安心感と、それを嬉しく思う気持ち。
顔にも声にも感情を出さない祐一だが、心まで殺してしまった訳ではない。
必要とあらばそれすらも殺し消して見せるが、普段はそのままだ。
祐一の反応は名雪にとってどうでも良かったのか、ただ黙っていただけだった。
祐一も言うことは無く、黙って名雪を見つめていた。
互いに何も語らず、立ち尽くすだけの時間が過ぎていく。
ガチャ、と。その沈黙は、突如水瀬家から発せられた音によって終わりを告げた。
「名雪、もう暗いんだから、あまり大きな声を上げては駄目よ」
玄関を開けて出てきた蒼い髪、蒼い瞳の女性が名雪を窘めている。
ピンクのカーディガンにスカートと、一見普通の民に見えるがそうではない。
彼女こそが水瀬秋子。
公爵直属の近衛騎士団『朝影』の人間である。
騎士"団"とは言っても、二十名から成る小規模なものだ。
その名の通り公爵の護衛を主な任務とするが、普通の騎士団と異なるのはその任務にある。
表立って活動する騎士団とは違い、影の中、即ち表沙汰には出来ないような任務を回されるのが朝影だ。
故にその存在は秘密とされ、家族にすら隠蔽されている。
知っているのはそれを創らせた国王、各領主と騎士団だけである。
閑話休題
「お姉ちゃん、あの男を見ても声を上げずにいられる?」
そういって名雪が祐一を見る。
つられて秋子も名雪の視線を辿った。
「祐一さん!?」
そして視線の先に祐一を見つけると同時に声を上げる。
「ほら、大声出しちゃうよね」
驚く秋子の隣で、名雪は楽しそうに笑った。
「お久しぶりですね祐一さん」
優しさを感じさせる眼差しと言葉で。
秋子は祐一に言った。
「はい」
「外は冷えます。中でお話しませんか?」
「……そうですね」
秋子の言葉を聞いた祐一は少し思案し、そして頷いた。
「この男を入れるの!?」
当然来ると解っていた名雪の反対の声。
理解してはいても、やはり辛いものは辛い。
真実を言えない歯痒さ、義妹がいまだに祐一を恨んでいること。
それらが秋子の顔を暗くさせたがそれも一瞬。
すぐに名雪に言葉を返す。
「ええ。名雪は部屋に戻っててね」
「でもお姉ちゃん!!」
「分かったわね?」
「………分かったよ」
名雪は終始不満気だったが、結局秋子に諭され祐一を一瞥して部屋に戻っていった。
名雪を部屋に行かせ、しかし自分はリビングへと祐一を導く。
一言も話さぬソフィーアも、静かにその後を着いていった。
「変わっていない……」
リビングに通された祐一とソフィーアは軽く部屋を見渡し、祐一が呟く。
七年前と一切変わっていないが、しかし成長した秋子の姿を見ると、時間の経過を思い知らされる。
「はい。あの時から変わっていません。掃除はしていますが、家具の移動等は全く。
ですが、住人のほうは……」
「…名雪は変わったようですね」
暗い表情で言う秋子に、すぐさま言葉の意味を察して祐一は答える。
そう、彼女は変わった。
七年前とは比べ物にならないほどの憎悪を身に秘めている。剣の腕も上がったと見える。
しかし、しかしだ。以前には無かった迷いが見え隠れしてしていたことも、祐一は見抜いていた。
「祐一さん。今日はどうしたんですか?連絡も無しに突然こんな所で」
表情を一転させ、話題を変える秋子。心なしかその眼は輝いているようにも見える。
「様子を見に来ました」
「誰のですか?」
身を乗り出して訊く秋子。益々眼が輝いてきた。
「無論全員の、ですよ」
それを聞いて秋子が肩を落とす。
普段はあらあらと微笑み周囲を見守る女性が、祐一の前ではただの少女に見える。
「当然秋子さんも心配でしたよ。色々と役を押し付けてしまいましたから。
疲れているんじゃないかと」
「!いえ、そんなことはありませんよ」
俯いていた秋子が顔を上げて返事をする。
その言葉が欲しかった。
そんな感じだ。
しかしそうは言ったものの、少し疲れているのも事実だった。
普段は騎士としての任務、そして名雪の姉、さらには他の少女達の姉として。
これだけの事をこなすには秋子の騎士としての仕事が邪魔になるが、それはそれ。
自分が想いを寄せる青年からの頼みとあらば聞かないわけには行かない。
そしてそんな彼女だからこそ、この役目を全うすることが出来ているのだろう。
実際、当時祐一が知る人物の中でこれらの役を全う出来るのは彼女しか思いつかなかった。
七年前からその溢れる母性を発揮していた秋子は少女達と知り合いだった。
それにより祐一から頼まれた役目を果たすことが出来ているのだ。
秋子に少女達を見守っていきたいという想いがあったことも大きいだろう。
「早速聞かせてもらえますか?みんなの様子を」
「はい。では……」
一拍置いて、秋子は話し始めた。
「皆さん概ね元気に過ごしていますよ。舞ちゃんは正式に伯爵を継ぎました。
ですが、その重みに潰されること無く親友と楽しく過ごしています。
香里ちゃんは仕官学校に居たんですが、騎士に引き抜かれました。今は騎士の任にあります……」
一瞬顔を伏せ、暗い表情をする秋子。
祐一には、何がそうさせたのか分かっていた。
「栞はどうですか?」
それを拭い去ることも出来ず、話を続けることしか出来ない自分に、祐一は腹を立てた。
元気付けるなり何なり、他に方法があっただろうが……
「栞ちゃんは薬師を目指しています。そのために勉強中です」
「薬師、ですか?」
「ええ。新しい薬でたくさんの人々を助けてあげたい、と言っていました」
「そうですか」
ただ呟いただけの返事には、嬉しいという気持ちが含まれていた。
死病に冒され、死を待つしかなかった筈の栞が、今は自分の夢を見つけ、それを追いかけている。
それだけのことだが、当時の栞はそれすらも出来ない状況だったのだ。
祐一は、栞に以前とは違う、新しい時間が流れていることを実感していた。
舞に関しても、彼女に親友が出来たというのは嬉しい報せである。
祐一と会う前には、彼女を理解する人間など極一部しか居なかったのだから。
「ですが、彼女達が稀に寂しそうな顔をすることがあります……」
「それは……」
「はい……祐一さんが居ないからでしょう……」
少女達にとって、祐一は大切な存在なのだ。
舞にとっては初めての友達で、自分を孤独から救ってくれた大切な人。
香里にとっては妹の命を救ってくれた恩人であり、姉妹の溝を埋めてくれた救世主だ。栞にとっても同じである。
だからこそ、そんな人間が傍に居ないことを寂しく思うのだ。
秋子は、彼女達から何度も会いたいと言われた。しかし秋子自身祐一の従妹というのみで、祐一については何も知らない。
姉夫婦が住んでいると聞いた家に手紙を送ったりもしたが、彼女達も何処に居るのか分からないとのことだった。
その返事は少女達だけでなく、秋子自身をも落ち込ませた。名雪だけは何とも思わなかったようだが………
「少しでもこの街に留まるのなら、彼女達に会ってあげて下さい。きっと喜ぶと思いますよ」
実際に会えて自分が喜んでいるのが分かる。遅い時間帯だが、そんなことは関係無いのだ。
彼女達が祐一と再会した時どれだけ喜ぶか、想像に難くない。
「はい」
祐一も、言葉に決意を宿らせ、しっかりと頷いたのだった。
「名雪は、どんな様子ですか?」
少し談笑を楽しんだ後、祐一はそう切り出した。
様子を見に来た少女達の中で、一番の不安要素だった彼女。
先ほど会ってその様子、言動を見ることで祐一は不安が的中したことを知った。
しかし、聞きたかったのだ。普段の様子を、姉である秋子の口から。
「名雪は、みんなの中で唯一変わっていません……
勿論悪い意味で、です……」
そして秋子の口から、名雪の近況が伝えられるのだった……
to be continued……
あとがき
第二話をお送りしました。
kanonキャラ達の過去は出来るだけ原作通りに進めるよう努力しました。
これはファンタジーのために少しそれっぽくはなりましたが、どうでしょう?
作中ではKanonキャラの過去に触れたりしませんが、
もし要望があれば外伝として少女達の過去を書いてみてもいいかもしれません。
ちなみに、この話の中では舞は伯爵、香里は騎士となっています。
話の中では伯爵を継いだとか、仕官学校から騎士に引き抜かれたとか書いていますが、
実際のシステムはどうなっているか分かりません。
この作品独自の設定なんだなと温かく広い心で見逃してやってください。
ですが、そういう話に詳しい方は是非色々と教えてやってください。参考にしたいですし。
この話は作者の中で三部ぐらいに分かれています。増減したりする可能性もありますが。(ぇ
その一部が終了したと作者が考えた時にはキャラ設定や世界観等を纏めるつもりですので、
もう少しこのややこしいお話にお付き合い下さい。
それでは。