「祐一さんが、殺したの……?」


まだ9歳になったばかりの少女。

その少女が、真っ赤に泣き腫らした目を祐一に向けて言った。


「…………」


祐一は何も答えない。

蒼い髪の子は、自分の両親が眠る棺を背に、祐一に詰め寄った。

傍でそれを見守る銀の髪の少女と、蒼い髪の少女は何も言わない。


「祐一さんが殺したの……?」

「…………」


同じ質問をする少女から視線を外し、棺へと向ける。

しかしすぐに視線を戻して、彼は言った。


「ああ、そうだ」

「!!!!」


少女の顔が驚きに染まる。悲しみからか、俯き下を向いてしまった。

うう、ぐす、と、すすり泣く声が部屋を満たす。

しゃがみこみ膝立ちになった蒼い髪の少女がそれを抱き寄せ頭を撫でる。少女はその胸に顔を埋めて、尚も泣き続けた。

それ以外に音は無く、ゆっくりと時は流れていった。




長い時間が経ったように感じられる。

少女はゆっくりと顔を上げ、祐一に眼を合わせる。

そして、言った。


「許さない……殺してやる!絶対に!!

 お父さん達の仇を、わたしが討ってやる!!」


少女を抱く少女が驚く。銀髪の少女は、表情を変えずただ静かに佇み見守っている。

祐一も、少女を見据えて、言った。


「ああ」


と。一言だけ、言った。

その日が原点。少女が決意し、誓った日。彼を、必ず殺すと。

真相を知らぬまま……

やがて、彼女が水瀬家に引き取られることが決まった。






代行者

〜真実を探す〜








空が明るくなり始めたカノン。

その街にある水瀬の家の一室で。

相沢祐一が、ゆっくりと目を開いた。


「朝、か……」


射す光を見て一言呟く。

ソフィーアが寝ているベッドに目を移す。

祐一は立ち上がろうとして、自らの髪を踏み。

いっそばっさりやるか? 思いつつ抱いていた刀を手にするが、少し考えて刀を離す。

刀は鞘に紐を巻き、それを肩に掛ける様にして下げているため、腰に差し直す必要は無い。

刀が腰の位置に来るよう紐を調整する。

コートで外からは見えないが、腰の後ろに差した小太刀もしっかりと確認し、ベッドへと歩み寄る。

ゆっくりとした動作で、丁度こちらを向く形で眠っているソフィーアの肩に手を置いて。

一言、言った。


「起きろ、フィア」


軽く揺さぶる。

んっ、と呟き、ソフィーアがゆっくりと目を開いた。


「……ユウイチ様……?朝、ですか……?」


まだ寝惚けているのか、とろんとした眼で祐一を見る。


「ああ。朝だ、起きろ」

「…はい……」


相変わらず朝に弱いな、と。ゆっくり起き出すソフィーアを見て、思った。

神々しさすら感じさせるその姿、美しさからは考えられないが、彼女は朝が弱い。

まぁそれは彼女の姿を見ただけの人間が持つ先入観というものなのだが。

祐一の様に日々を共に過ごしていれば、意外とのんびりした性格であることが分かる。

問題の朝の件に関しては、祐一も驚いた。だがまぁ、有り得なくも無いなと、それで済ませた。

ソフィーアが完全に起きたのを見届け、部屋を出る。

背後で慌てふためくソフィーアの気配を感じながら。

下へ降り、そのまま玄関へ。広すぎる庭に出て朝日を眺める。

そういえば、と考えたところでソフィーアに声を掛けられた。


「名雪さん、来ませんでしたね」

「ああ」


今考えようとしたのは正にそのこと。

祐一を憎む名雪が、水瀬家に泊まった彼を見逃すはずが無い。

警戒はしていたのだが、その夜、名雪が襲ってくることは無かった。


「悩んでいるのだろう」

「……昨夜の話を、聞いていたのですか?」

「ああ」


それから二人は口を閉ざしたまま、朝陽の射す街へと消えていった。










懐かしい夢を見た。自分が従兄弟を憎むきっかけとなったあの日。

わたしが両親の棺に誓いを立てた日。

でも、なんで今になってあの日の夢を……?

その答えは、わたしが良く知っている。自分が一番理解している。

二人の話を聞いたからだろう。お姉ちゃんと、祐一の会話を。

話している内容はよく分からなかったけど。わたしの名前が出た途端、聞き耳を立てていた。

右手を剣の柄に掛けたまま。会話を聞き漏らすまいと、気付けば耳を傾けていたのだ。

わたしは、回想する。








「名雪は、みんなの中で唯一変わっていません……

 勿論悪い意味で、です……」


お姉ちゃんは何を言っているんだろう?

わたしは変わった筈。剣の腕は以前とは比べ物にならない。祐一を憎む気持ちは更に強くなった。

それは、してはいけない変化だったのだろうか?


「ただひたすら剣の腕を磨き、祐一さんを殺すために特訓を繰り返す日々。

 その所為か朝は寝坊が増えてきましたし、それ以外には何も見えなくなってきています。

 七年経っても、名雪の想いは変わっていません……

 あの子を見ていると、祐一さんを殺すために生きているんじゃないかと錯覚しそうになります」


そうかもしれない。今のわたしには、祐一を殺す以外には何も考えられない。

でも、それでいいと思う。そう、思ってきた。祐一を殺すまでは、それで。

なら、祐一を殺したその後は?どうするの?

祐一を殺すことが出来たなら、きっと、心が満たされるに違いない。それは、今までの苦労が報われた証となる。

その余韻に浸った後は、揚々と出掛けて両親の墓に報告をする。

そして、その後は?

何も無い空虚な日々を過ごすのか?何をするでもなく。何をしたいわけでもなく。

香里のように夢は無い。栞ちゃんのように勉強したいことも無い。

何を学べばいいのか、分からない。ただオロオロしながら人生を過ごし、そして死ぬ。

いや、人生は長い。異種族に比べれば微々たるものだけど、それでも。その中で、何か生きる目的が見つかるに違いない。


「祐一さん、時々思うんです。あの時に、真実を教えてあげたほうが良かったのではないかと」


まだ話は続いている。

わたしには、考えに耽る時間なんて無い。祐一からお姉ちゃんを守らないといけないのだから。

もし、祐一が妙な素振りを見せたら、その時は……!!

再び、わたしは耳を傾ける。


「いえ。それだけは出来ませんでした……

 水瀬幸二が望んだのは、名雪の幸せです。俺は、彼女を幸せにすると、あいつと約束しました。

 そのために、真実を教えることは出来なかった。あれは、9歳の少女が知るには悲しい事件です。

 知ったとして、それを受け止めるのは難しい。あの頃の名雪は、それほど強くはありませんでしたから。

 親が死んだだけであの取り乱しようです。真相を伝えたら、きっと壊れてしまいます。

 ……それに、俺が殺したのは事実ですから」


やはり!!ぎりっと、思わず歯を食い縛る。


「でも……」

「秋子さん。名雪には捌け口が必要だったんです。その想いをぶつけられる相手が。

 両親の死を抱えて生きるより、復讐という目的と両親の死を胸に生きた方が、立ち直りも早いはずです。

 彼女に真実を伝えるのはそれからでいい」


確かに、わたしが悲しみから抜け出すのは早かった。

その翌日には、もう木刀を振っていたのだから。

想像したことは無かったが、もし、祐一という捌け口が居なければ、わたしはどうなっていたのだろう?

今も、毎日泣いて暮らしていたのだろうか?


「……復讐に生きる……その方が、辛い生き方となるかもしれませんよ?」

「それでも、です。ある程度彼女の人生を束縛してしまいましたが、それも伝えるまでのこと。

 伝えた後も尚、俺の命を狙うのならそれでもいいと思っています。結局は、本人の問題なのだから。

 それに、名雪を泣かせるわけにはいかない。幸二との約束に懸けて」


はっきりと、祐一は言い切った。

わたしを泣かせるぐらいなら、自分が犠牲になろう、と。何度でも犠牲となろうと。

他でもない『わたし』のために……

わたしは……間違えていたのかな?祐一を恨むことは、間違いだったのかな?

それを知るために、確かめるために、わたしは真実を知らないといけない………

柄から手を離し、立ち上がる。そのまま、わたしは部屋へと戻っていった。

少なくとも、今の私には一片の殺意も憎悪も、無かった。

二人はまだ話を続けていたけど、祐一がお姉ちゃんを殺すことは絶対に無いと、何故か確信していたから。




回想を止め、少し考える。そして、結論した。


「わたしも、知らないと駄目だよね……」


真実を。

呟いて、名雪は部屋を出て行った。










あれから街を歩いて大体の地形を把握した祐一は、傍らにソフィーアを伴い、その中心部へ向けて歩いていた。

日が出てから時間も経っているため、当初はまばらであった人の姿も見える。

街の中心には、国王からカノンの統治を任された倉田公爵の屋敷が存在する。

水瀬家は倉田の屋敷から見て北西にあり、正反対の位置には帝国ONEと国境を隔てるものみの丘が在る。

そのものみの丘にも用が有るのだが、後回しにすることにした。

一先ずは倉田家、だ。

しかし、先程から考えていたのだが、この街の住人はどうも―――


「ユウイチ様」

「…どうした?」


考え事をしていた所為か、少し反応が遅れる。


「この街の方々は、その、少し危機感が足りないような気がするのですが……」

「同感だ」


そう、そうなのだ。彼らは、近くまで戦が迫っているというのに危機感がまるでない。

数ヶ月前、隣国ヘヴンで反乱があった。

帝国の圧制から逃れるためのもので、それは見事に成功、ヘヴンは帝国の支配から"解放"された。

反乱は今も尚続いており、各地でその動きに同調し、参加する国が相次いだ。

そしてヘヴンだけでなく、周辺諸国、更には帝国すらも解放しようとしているのだ。

しかし、約一週間前にヘヴンへと差し向けられた帝国軍により、戦線は膠着状態にあるという。

とはいえ、反乱軍の規模は馬鹿に出来たものではない。おそらく、帝国軍は敗北するだろう。

あの数を鎮圧するためには、圧倒的に兵の数が足りないのだ。これは皇帝が反乱軍を過小評価した所為だろう。

帝国を退けた後は、ヘヴンに接する帝国従属国のフラグメントか、反対側にある帝国傘下のラキオス王国だろう。

だが、反乱軍がラキオスへ進軍することは有り得ない。何故なら、既にラキオスは反乱軍として参加しているからだ。

ならば、反乱軍が次に侵攻するのは必然的にフラグメントということになる。

帝国が討伐の為の軍を出したことはカノンにも伝わっているはずだ。帝国が劣勢であることも。

だというのに、この様子は何だ?

犬と戯れる子供、笑顔で談笑している婦人達。

それはまるで、何も起きていないかのよう。国内でも、国外でも。今でも、大陸は平和であるかのよう。

帝国が各国へ侵攻し、支配し、圧制に人々が不満を募らせて軍備を整えていたあの頃を平和というのなら、であるが。

この街、いや、この国には危機感というものが無いのだろうか?明日には自らの命を脅かす出来事が起こるかもしれないというのに。

そこまで考えて、思考を中断する。

それを知ってどうする? 知ることに意味は無いのだ。少なくとも、この事に関しては。


「ユウイチ様」

「ん?どうした?」


思考を中止したところを見計らい、ソフィーアが声を掛ける。彼女の視線を辿ってみれば、少し先に大きな門。

こんな所まで来ていたのか、と考えるが、ソフィーアは首を振る。彼女は屋敷ではなく、門前を見ていた。

ユウイチが視線を下げれば、そこには少女が一人。

栗色の髪にリボンをした、愛くるしい顔の少女。あまりにも、腰に下げた剣が似合わない。

その少女の顔を見たとき、祐一は何故ソフィーアが自分に声を掛けたのかを理解した。

倉田の屋敷の前にいるということ、そして何よりその似過ぎた顔。

彼女が、倉田佐祐理か。

意識的に、刀に手を置く。


「佐祐理〜」


立ち止まり、少女を見ていると、もう一人少女が駆けて来た。

佐祐理と呼ばれた少女に手を振りながら声を掛けているところを見ると、二人は知り合いだろう。

黒く長い髪をこれまたリボンで纏めた、長身の少女。美しく成長したものだ。

こちらも剣を下げているが、似合いすぎている。剣を抜く姿を目にすれば、さぞ絵になると感心してしまうだろう。

あの少女に関しては考えるまでもない。七年前に会っているのだから。


「舞〜」


こちらも大きな声と共に手を振り返す。辺りの御婦人方が何事かと眼を向けるが、またかというような顔をする。

知らず、祐一は彼女達に向かって歩き始めていた。七年前を懐古しながら。

近付き、距離が狭まるうちに、二人の少女が此方に気付く。


「あっ」

「舞、どうしたの?」


そして、祐一が二人の前で止まる。


「ゆういち、さん?」


舞が恐る恐るといった風に口を開く。


「ああ。久しぶりだな、舞」


祐一も答える。自分が祐一だと。

見る見る内に、目に涙。


「ゆういちさ、ん」


そして、飛び込む。祐一の胸へと。

そのまま、涙を流す。悲しみではなく、喜びの涙を。


「うぐ、ゆういち、さ、ゆういちさ、ん、ゆういちさんゆういちさん」


ただただ泣きじゃくり、祐一の名を連呼する舞。祐一も子どものような少女を抱きしめ、空いた手で撫でる。


「はぇ〜〜」


ただ一人付いて行けないのが佐祐理だった。感嘆とも困惑とも付かない声を上げている。

ただ、舞が泣き止まない限りは何を訊くことも出来ず、乱入するのも憚られる状況だったため、それを見守ることしか出来なかった。






「うっく、ひっく」

「落ち着いたか?」


頭を撫でつつ、頃合いを見計らって声を掛ける。

こく、と頷く。

それを見てソフィーアと佐祐理がそれぞれ傍へと寄ってくる。


「ふぇ〜。舞〜大丈夫?」


心底心配そうな佐祐理。

しかし、祐一の返事に反して完全に落ち着いていない舞には答えることが出来ない。

漸く祐一から離れた時には、目が赤くなっていた。


「久しぶりだね、祐一さん」

「七年ぶりだな、舞」


少女は、再会を喜んだ。

名雪とは違い、純粋に再会を喜ぶ笑顔がそこにはあった。








とんっ、とんっと階段を下りる。

そしてリビングへ。


「あら、名雪?」

「おはよう、お姉ちゃん」


爽やかに挨拶。

早起きなんてもう長いことしたことが無いよ……


「あらあら、私まだ寝てるのかしら?早く起きないと……」


驚愕の表情を浮かべ、その後現実逃避する秋子。


「もしかして、ひどいこと言ってる?」

「あらあら」

「う〜〜〜」


否定しない。名雪の朝に関しては容赦が無いのだ。

しかし、すぐに真剣な顔をし、名雪が口を開いた。


「お姉ちゃん。真実を、知ってるんでしょ?」

「!!あなた、昨日の話を……」


聞かれた!!内心焦るが、すぐに気を取り直す。

秋子にとって、名雪の言葉の方が衝撃的だった。

あの名雪が、真実を求めた?祐一を殺すことには変わりないと言って真実を拒否した名雪が?


「……知りたいの?」

「うん」


即答。

相当に悩んだのだろう。昨夜の話を聞いて、ひたすら悩み抜いたのだろう。

自分がしていることは正しいのか、間違いなのか。ただ悩んだのだろう。

その上で、それに答えを出すには真実が必要だと考えたに違いない。

なら私は、伝えよう。真実を。彼女の苦悩に見合う対価を。


「分かりました」


妹の全てを察し、それを伝える決心をした秋子は、やはり姉だった。






to be continued……



あとがき


第三章でした。

ここでは舞と佐祐理さんのコンビが登場です。

原作通り二人は親友ですが、舞に関しては性格が変わっています。

この作品では原作とは違う過去を用意したから、かな?

さらには伯爵という立場まで。やりたい放題ですねぇ。

祐一と名雪の問題ですが、早くも解決の兆しが!!序章で長くなると書いたのは誰でしょうね?

名雪の抱える問題、祐一の解決策、皆さんはどう思いますか?

祐一の方法だと彼女の人生を縛ることになってしまいます。

復讐という目的で、少なくとも七年を過ごすことになってしまいましたから。

そして約束したという名雪の幸せも、過去、そして今の名雪が幸せであるとは言い難いでしょう。

祐一は彼女を幸せにすると約束しましたが、自分がそうしてやるのではなく、名雪自身に幸せを掴ませようとしています。

ちょっとした矛盾みたいですね。

自分も何を言っているのか分からなくなってきたところで失礼します。