「ねぇ舞、どちら様ですか?」


ふわふわと、佐祐理が尋ねる。


「えへへ〜、わたしの恋人だよ」

「はぇ〜〜〜」


それに対し、頬を朱に染めながらも嘘をのたまう舞。

信じ込んでいるらしく、驚きの声(?)を上げる佐祐理。


「嘘を教えるな」


チョップ


「あうっ」






祐一が帰ってきた。七年前と何も変わらずに。

自分のことを覚えていて、その優しさで包み込んでくれた。

今まで胸に燻っていたこの想いを、彼に伝えることが出来る。

今日というこの日に、舞は感謝した。






代行者

〜真実を知る〜








「俺達は親友という間柄ですよ、倉田佐祐理さん」

「わたしはそれ以上の関係を希望するけどね〜」


久しぶりに再会したというのに、七年間の空白など無かったかのような気軽さ。

祐一の言う親友という言葉は、強ち嘘でもないらしい。

何より、舞の知り合いで、しかも舞が好意を寄せている。それだけで充分信用するに足る。

そう判断した佐祐理は、とりあえず名前から尋ねることにした。


「あはは〜、お名前をお聞きしても良いですか〜?」

「構いませんよ、相沢祐一です。祐一でいいですよ」

「あはは〜佐祐理は……え?」


突然妙な違和感を感じる佐祐理。そう、それは恐らく今までの会話に。





「俺達は親友という間柄ですよ、"倉田佐祐理"さん」






あれ?どうして彼は佐祐理の名前を知っているんでしょう?

この街の人間ならば納得できますが、少なくとも彼を見たことは無い。

何処かで会ったことありましたっけ?いえ、そんなことはないはず……


「あの、何処かでお会いしましたか?」


疑念を抱きながら彼に問い掛ける。

舞もそのことに気付いたようで、じっと彼の言葉を待っている。


「俺は、貴女に会ったことはありません。この眼で見たのは、今日が初めてです」


佐祐理の目を見つめ、話す。


「なら、どうして―――」

「識ってはいたんです。貴女のことを」

「それは、何故ですか?」


会ったことは無い。ならば尚更、何故彼が自分を知っていたのか。

噂に聞いていた、ということも考えられるが、即座に却下する。

何故って、噂になるほどの人間じゃないと思っているし、彼は尋ねることもなく断定したではないか。

私に向かって、倉田佐祐理さん、と。

隣に舞が居たあの状況にも関わらず。

それが解らないから、ただ追求する。


「貴女を良く知る、貴女も良く知っている人物に、です」

「?」


ゆっくりと、視線を刀に。同時に刀に手を掛ける。

自然、佐祐理の眼もそこへ行く。と同時に、佐祐理は目を疑った。

「そ、それは!?」


何年も会っていない、いや、会えない。

何故ならば彼は、七年も前に死んでしまったのだから……

でも、私があの刀を見間違えるはずは無い。それは、それは………


「そう。貴女の弟、倉田一弥に」

「!!!!」

「!!」


はっきりと、自分が考えていたことを口にされ、佐祐理は驚愕する。

そう、あの刀は確かに、倉田一弥の物。自分の弟であった少年の物。

佐祐理から一弥のことを聞かされていた舞も、ただ驚いていた。


「か、刀が有るんでしたら、小太刀も!?」

「はい。持っていますよ」


言って、祐一は腰の後ろに差した小太刀を抜く。

キン、と音を立てて佐祐理の前に晒されたそれは、間違いなく小太刀。


「あ、ああ……」


そして、一弥の物であった。


「ゆ、祐一さん、あなたは……」

「俺は、倉田一弥の嘗ての友であった存在。アイツと共に戦場を駆けた者」


戦場を駆けた、というところで少し反応するが、冷静になれと自分に言い聞かせる。


「……一弥は」

「ん?」

「一弥は、生きているんですか?」


静かに、ただそれだけを尋ねる佐祐理。

言いたいことはたくさんある筈なのに、それだけしか出て来なかった。

佐祐理自身、自分が冷静に、そしてあれほど静かに尋ねたことに驚いていた。

あれほど大事に思っていた弟、一弥に関する話であるにも関わらず。

一度に多くの話を聞かされ、少し混乱していたのかもしれない。

それは、彼女の傷痕を抉るものだったから。愚かだった昔の自分と、再び向き合わざるを得ない禁忌の言葉だったから。


「………貴女が思うより、アイツはもう少し長い時間ときを生きた。

 それは確かだ」

「そう、ですか………」


もう、この世にはいない。

そう言った祐一の言葉に、佐祐理は落胆した。

だが、それは予想できたこと。

彼が一弥の刀を持っていたことで、薄々勘付いていた。

一弥はもう、居ないのではないかと。

だからこそ、再びあの暗闇に自分を追いやることは無かった。

そして、目の前のこの青年にはまだ、聞きたいことがあった。


「祐一さんは、一弥の何を知っていますか?」

「…………全てを」

「…教えていただけませんか?貴方が見た一弥の軌跡を」

「………………」

「祐一さん、答えてあげて?」


舞が親友のために、親友に言った。

親友が勇気を出して問い掛けている。

彼女のためにも答えてあげて欲しかった。

祐一はただ黙ったままだが。

彼は優しい。

だから、佐祐理にはこのことに関して口を開きたくないのだろう。

彼女の傷である一弥のことを。

舞はそう思った。


「話せない」

「え?」

「今の貴女に、一弥のことを話すわけにはいかない」


だが、それは違う。

佐祐理の為でなく、一弥の為に。

祐一は、この話題を口にしたくないのだ。


「今の貴女は、まだ囚われたまま。その剣が輝くまでは、貴女に一弥のことを話すわけにはいかない」


彼が言っているのは、佐祐理が腰に差している倉田家の宝剣。

宝剣とは言っても、既に数多の人間を斬り、その血を吸っているが。

『残光』と呼ばれるその宝剣は、ある一定の条件下で輝き、切れ味を増すという。

その条件とは、心に暗闇を持たぬこと。過去むかしではなく、未来さきを見据えること。

それが条件である。

過去、この剣の力を最大限引き出した人間は居ないと云われている。

過去に囚われない人間は居ないが、そこから抜け出せた者も居ないということだ。


「……過去を捨てろ、と?」

「それは貴女が決めること。貴女が正しいと思うのなら、それが正しいのだろう」

「………」

「佐祐理……」


いつもの笑顔ではなく真剣な顔で考え込む佐祐理に、どんな言葉を掛けていいのか分からない舞。


「それでは、そろそろ失礼しよう」

「はい」


日を改めて出直そうと考えたユウイチに、ソフィーアも頷いて共に引き返そうとする。


「待って下さい!」

「ん?」

「今夜の宿は、もう決まっていますか?」

「いや」


決まってはいないが、まだ日は高い。今からでも探せばあるだろう。


「でしたら、佐祐理の屋敷に泊まっていきませんか?」

「どれほど言われても話す気はないが?」


一弥のことだと思い、無表情に答える祐一。


「構いません」

「………何故だ?」

「貴方が、一弥の友達だから。あの子が認めた貴方という人を、この目で見てみたいのです」

「……いいだろう」

「…いいのですか?」

「ああ」


ソフィーアに言い、再び佐祐理を見る。

彼女も異存は無いらしく、再び口を閉じた。


「厄介になる」

「はい。では、どうぞ」


笑顔で祐一を中へ招き入れようとするが、隣で舞が何か言いたそうにしているのに気付く。


「ふぇ?まい〜、どうしたの?」

「……わたしも、泊まっていいかな?」


いつも元気な彼女には珍しく、下を向きつつ小さな声で言う。

更に頬を朱に染めていることから、佐祐理はすぐに気が付いた。

―――舞ったら、本当に好きなんだね。

そこまで解ったら、応援してやらないわけにはいかない。

彼女の親友として。


「あはは〜、いいよ〜。今日は遅くまで『稽古』だね」

「うんっ」


良い返事が貰えたことで打って変わって笑顔になる舞。

そして彼らは屋敷へと入っていった。








「あはは〜。お待たせしました〜」

「もう、遅いよ〜」


倉田家の、庭というには広すぎる手入れの行き届いた庭で。

佐祐理が戻ってくると同時に舞が不満の声を上げる。

流石に無断で祐一達を泊めるわけにもいかない。公爵でもある佐祐理の父、倉田義範から許可を取る必要があった。

そのため、少し祐一達を待たせていたのだ。


「ごめんね、舞」

「ううん。……さて、それじゃあ始めようか」


そう言って腰の剣を抜き、正眼に構える舞。

それを見た佐祐理も距離を取って剣を抜き、構える。

―――ほう。

剣を構えた舞を見て、思わず感心する。

今の舞には既に佐祐理しか見えておらず、何を言っても聞こえないだろう。

全ての意識を佐祐理にのみ集中する。口で言うのは容易いが、あの年代では中々出来る事ではない。

幼少時代の舞を見たときもそうだったが、祐一は改めて思う。

彼女には、剣の才能が有る、と。

そして、対する佐祐理もまだ未熟ではあるが、才能が有ると見抜く。

更に、互いが持つ剣も一般に普及している物とは違う。

佐祐理は倉田家の宝剣『残光』を手に構えている。剣が淡い輝きを放っているのは、固有の能力の所為だろう。

舞の剣も美しい装飾が施されていることから、普通の剣でないのは明らかだ。

刃を潰したものでなく、真剣を使っての立ち合い。これが彼女達が言う『稽古』なのだろう。

相手から目を離さず、じりじりと近付いていく。

そして、同時に地を蹴った。

一足で距離を詰め、舞が上段から剣を振り下ろす!

佐祐理も左から薙ぐようにして振り抜く!



キィン




気付けば、互いに相手の剣を受ける形となり競り合っていた。

カチカチと音を立てて続く鍔迫り合い。

剣での鍔迫り合いというのも珍しいと思いつつ眺める祐一。そしてソフィーア。

ギィンと、舞が競り勝つも、佐祐理は既に距離を取っている。

舞が体勢を整える前にと考えた佐祐理は、間を置かず一足で距離を詰めて斬りかかる!

舞もそれに気付き、すぐさま体勢を整える。

ヒュっという音と共に空を斬る残光。

避けられたことに気付いた佐祐理は、勢いを殺さずに足元に広がる芝生へと飛び込み受身を取る。

そこへ舞が剣を振り下ろす!!



ギィィン




「くっ!」


片膝を付いたまま辛うじてそれを受け流す佐祐理。

そのまま飛びのこうと足に力を入れる。

ひやり、と。

首に冷たい感触。


「詰み、と♪」

「あはは〜、負けてしまいました〜」


先程まで斬り合っていたのが嘘のような明るい声で宣言する舞と、同じような調子で負けを認める佐祐理が居た。




「らしくないな」


設置されているベンチに腰掛ける祐一。

近付いてきた舞に対し、開口一番に彼から飛び出したのはそんな言葉だった。


「あ、やっぱりそう思う?」


舞もあっさりとそれを認める。

それは、舞の戦い方について。

幼い頃、"魔物"と戦っていた舞に祐一がした質問。

戦うことに置いて、重要なことは何だと思う?

即座に避けること、と答えた舞。

その言葉通り、舞の戦い方は避けることを重点に置かれていたことを、今でも覚えていたのだ。

しかし今の稽古は、鍔迫り合いや直接剣を打ち合うといった、彼女の信念と矛盾したものが目立っていた。

彼女に似つかわしくない、力押しの印象を受けたのだ。


「覚えててくれたんだ……」


何故か祐一がそれを覚えていたことに感動する舞。


「それで?」


とりあえず軌道修正を促す。


「あ、うん、佐祐理がね」

「ん?」

「佐祐理の戦い方が、いつもと違ったから」

「そうか……」

「佐祐理もあたしと同じように避けることを基本として戦うはずなんだけど………」

「……恐らく、アイツの話が影響を与えているんだろう」

「?」


?顔になるが、祐一が言う"アイツ"が誰かすぐに思い当たった。


「一弥くんのこと?」

「ああ。少なからず動揺してしまったんだろう」

「ふ〜ん」


だから、か。それなら納得だね。でも―――


「でも、良く見抜いたね。会って間もないのに」

「祐一様は、鋭いですから……」


今まで沈黙を守っていたソフィーアが突然口を開く。


「……そうかも」


思い当たる節があるのか、うんうんと頷いている。


「ところで」

「はい?」

「久しぶり、ソフィーアさん」

「はい」


先の再会で言わなかったことを言う舞。

ソフィーアも、戸惑う事無く返す。


「舞、その剣は?」


戦い方ともう一つ、気になっていたことを訊く。


「ああ、これは川澄家に代々伝えられてきたものだよ。『グラム』っていうんだ」

「それが、世に名高い名剣か」

「うん」


川澄伯爵家は古くから国王に仕える古株である。

昔から武で名を馳せてきた川澄には、一振りの剣が伝えられてきた。

それが名剣との呼び声高い『グラム』である。

これを受け継ぐことは、正式に伯爵を継いだことを意味する。

戦場でこれを振るう者は、畏怖の対象であったという。


「あはは〜、やっぱり舞には敵いませんね〜」

「ふふ、まだまだ佐祐理には負けられないよ」


何時の間にか傍に居た佐祐理が笑顔で言い、舞も驚くことなく答える。

このあたりは流石に親友といったところだろう。


「祐一さん」

「ん?」


佐祐理が祐一に話し掛ける。


「祐一さんはどれ位の腕前なんですか?」


剣を持つ者として、純粋に祐一の腕が気になったのだろう。

相変わらずの笑顔を湛えて佐祐理が訊く。


「あ、あたしも気になるな」


舞も便乗してくる。

彼女の場合は、想い人のことをもっと知りたい一心から来ている。

幼い頃から祐一のことを知っているというのに、自分は彼のことを何も知らない。

自分の戦いに決着をつけ、自分の想いに気付いた時には彼の姿は無かった。


ってみるか?」


刀の鍔を指で弾きつつ言う。

既に戦う気のようだ。


「なら、私と戦ってもらえないか?」


屋敷の方から声がし、見れば長刀を手に男性が歩み寄ってきている。


「お父様!?」


そう、倉田家現当主、倉田義範である。

佐祐理の親でもある彼は既に四十を超えているのだが、二十代半ばにしか見えない。

だが、立ち居振る舞いから厳格さと領主としての風格を感じる。


「やあ。舞くんとの稽古は終わったのかね?」

「は、はい。お父様こそ、政務はもう良いのですか?」

「私はまだでね、佐弥に任せてきた」


言い終え、佐祐理から祐一に目を移す。


「君が、相沢祐一君だね?」

「ええ」

「ふむ、大抵の人間は目を見ればどんな人物か判るんだが……

 君の目は深すぎる。どんな人間か掴むどころか、考えていることさえ読めない」


祐一の、美人と見紛う程の顔、そして漆黒の瞳を見つめながら、義範は言う。

倉田家当主として、カノン領主として数々の人間を見てきた義範だが、このような人物に会ったのは初めてだった。

―――これでも人を見る目には自信があったんだが……


「私と、『稽古』をご所望ですか?」

「ああ。息子と共に戦場を駆けたというその腕、確かめてみたい」

「……お相手しましょう」


佐祐理が話していたらしく、義範も、一弥との関係を知っているようだ。

ベンチから立ち上がり、静かに広すぎる庭、その中央へと歩き出す。

義範も、相対するように祐一の正面へと立った。

舞と佐祐理はベンチへと腰掛け、それを見守る。


「さて、君の腕、見せてもらおうか」






to be continued……



あとがき


第四章でした。

ここでは祐一と一弥の関係について軽く触れました。

二人がどのようにして出会ったかなどは、追々書いていくつもりです。

佐祐理さんはほとんど原作と変わりませんが、一弥の設定が原作と違っているため、彼女にも違う面が出来ています。

そして佐祐理パパですが、完璧にオリジナルです。

一弥はまだ半オリジナルと言ってよいでしょうが、パパは完全にオリジナルです。

ダンディだけど青年風味なおじさま、といった感じですね。

出番は此処だけではありませんよ?ちょい役で終わらせるつもりはございません!!(訊いてない)

名雪に関しては次章で書きます。

それでは、次章で。

失礼します。