夢
夢を見ている
今では懐かしい思い出となった昔のことを
檻ともいえる場所から逃げてきた少年のことを
眠るようにして木に身を預けていた少年と、旅をすることになった
話してみると心優しい少年で
心まで澄み切った美しい少年で
その心のように美しく、壊れやすい理想を持っていて
誰もが願うであろう理想のために俺は手を貸した
自身も願っていたその理想のために、手を貸してもらった
だが、ユメを叶えるために自らも刀を振るった少年は
自らが持つ理想に裏切られて
その身を、滅ぼした
代行者
〜決意〜
「夢、か」
何時もの通り朝日が出るか出ないかという時間に、祐一は目覚める。
横になったまま、未だ覚醒しきっていない頭でまず考えたのは、うっすらと残る夢の記憶についてだった。
よく夢を見る祐一にとって、それを見たことに対する感慨は無い。
重要なのはその内容。
夢から覚めた時、内容を覚えている人間と、覚えていない人間とが居るだろう。
祐一は前者だった。
毎回という訳ではないが、人に話して聞かせられる程に覚えている。
だが、今朝の夢に関しては忘れるなどということは有り得なかった。
―――昨夜、話したからか……
最近はめっきり見なくなったと思っていた、自分の過去に関する夢。
内容は、倉田一弥との出会い、別れ。
咄嗟に頬を撫でてみるが、涙の痕は無い。
時々あの少年との出会いは夢だったのではないか、と思うことがある。
だが、壁に立て掛けた刀と腰の小太刀を撫でると、過ぎしあの幸せな日々は確かに在ったのだと実感できた。
「……起きるか」
体を起こし、ベッドから床へ下り立つ。
コートを着たまま寝たためか、所々しわになっているそれに顔を顰めながら。
傍に立て掛けてあった刀を手に取る。
弟と呼べる少年が使っていた刀。
冷たい鞘を手にしつつ少々考えた祐一は、今まで使っていた紐を外す。
一瞬捨てようかという考えが過ぎるが、一弥が使っていたそれを捨てるのは躊躇われた。
かといってこの紐に使用用途は無い。
何となく、黒いそれで髪を縛り、鞘を直にベルトに差し込みながらベッドを振り返る。
長い銀髪を散らしながら眠る少女の姿が在る。
―――そういえば、昨夜も共に眠ったのだったか。
なにか邪推されそうなことを考えるが、当の祐一は全くの無表情。
照れることも慌てることもなく、ただ事実として認識しているだけ。
普通の男ならば間違いなく襲い掛かっていたであろう状況だが、彼には一切その気は無い。
考え込んでいた祐一が突然扉を振り返る。
時間にして数秒それを見つめていたが、まあいいかとベッドに眼を落とす。
「起きろ」
肩に手を掛け揺すりながら。
ゆさゆさ
反応は無い。
ただすぅ、という安らかな寝息が聞こえるのみ。
―――逆効果か?
そうは思っても、相手は女性。
武力行使する訳にもいかず、声を掛けながら揺すり続ける。
ゆさゆさ
「ソフィーア、朝だ」
ゆさゆさ
「…ん……」
艶かしい返事が返ってくるが、関係ない。
これはまだ起きていないと祐一には判る。
だからこそまた揺する。今度は少し強めに。
そして、唐突に手を離した。
ベッドからも離れて、扉を開ける。
「あっ」
扉を開けると、何故か驚きの声を上げる舞が居た。
起きてくるにはまだ早すぎる時間。自分が言うのも何だが。
寝間着でなく、既に私服姿の舞は長い間待っていたのだろう、それでも寒そうに見えた。
屋内とはいえ、この国の冬はとても冷えるのだ。
「……入れ」
こんな時間、息が白くなるほどこんな所で立ち尽くしていたからには何か用があるのだろう。
それに、このまま彼女を放っておいては間違いなく体調を崩してしまう。
そう判断した祐一は、まず舞を部屋に入れることにした。
こんな時間に立ち話をしていては迷惑だろうという考えからだ。
広すぎるこの屋敷でそれを気にする必要があるのかは疑問だが。
「はい」
素直に頷く舞を先に入らせ、他に誰もいないか確認してから扉を閉める。
部屋の中では舞が所在無げに立ち尽くしていた。
座れと椅子を示し、自分もベッドに腰掛ける。
祐一が座ることでベッドが沈み込むが、それでも起きないソフィーアに呆れる。
―――昨日の朝は珍しく速かったのだが……
自分とは違い、遅い時間に寝直したソフィーアにはその影響が出ているらしい。
「あの…」
「ん?」
舞がソフィーアを見ながら言い、祐一も出来る限り優しい声で答える。
顔は相変わらずの無表情であるために意味は無いだろうが。
「ソフィーアさんは、いつも遅いんですか?」
「ああ。いつも俺の後に、というより俺が起こしている」
ソフィーアの意外な一面に驚いたのか、舞は目を丸くする。
とは言っても、祐一が早すぎるだけで、彼に起こされるソフィーアも必然早起き、ということになる。
放っておいても朝食に間に合うぐらいには起きてくるだろう。
「そういう舞はどうなんだ?」
「はい?」
「すまない、言葉が足りなかったな。舞はいつも早いのか?」
「えっと……」
意味を理解した舞は何故か言い辛そうに口篭った。
「遅いのか?」
「…佐祐理の家で寝るときは、ちょっと……」
「そうか」
「で、でも普段は早いんですよ!?」
「起きようと思えば起きられる、と?」
「はい!」
好きな人間に誤解されたくなかったのか、嬉しそうに頷く舞。
だが、それはつまり――
「ここでは早く起きる気が無いんだな?」
「うっ」
そういうことになる。
だがその理由は、祐一には見当が付いていた。
それは恐らく、彼女の地位が原因だろう。
母親から既に伯爵位を継いでいる彼女は、執務をこなすために朝も早く起きる必要がある。
それほど仕事が有る訳ではない上に母親が補佐をしてくれるため、その必要性は無いといえば無いのだが。
舞本人の強すぎる責任感がそれを許さなかった。
貴族は常に民のことを考える必要がある、という舞の自論は、彼女を更に仕事に励ませる要因となっている。
朝早くに起きて執務をこなし、それが無い時間帯はひたすら剣術に打ち込む日々。
そんな彼女だが、倉田の屋敷でも同じ生活をする必要は全く無い。
執務は舞に代わって母が消化してくれるだろうし、剣術の稽古ならばここでも出来る。
舞の朝が遅いのは、執務から解放された安堵感と日々の疲労からだと祐一は思う。
たとえ貴族であっても、舞が少女であることに変わりはない。
やはり重荷になっているのだろう。
彼女に自覚は無いのだろうが。
「疲れているんじゃないのか?」
「そ、そんなことは」
「舞が貴族としての務めを果たそうとしていることは解るが、そのために体を壊しては元も子もない。
お前は公女に心配を掛ける気か?」
「…けど」
それを言われたら、弱い。
確かに、自分が体調を崩したりすれば、佐祐理が酷く心配するのは目に見えている。
「それに、彼女だけが舞を心配している訳じゃない」
「え?」
「俺も、舞のことは気に掛けている」
いつも通りの無表情ではあるが、言葉からは彼が真剣であることが判る。
そして、彼が自分を心配してくれている。
そのことが、舞は嬉しかった。
「……どうしたら、いいですか?」
「時々は休むことをお勧めするが?」
「…はい」
―――民のために。
―――それも大切なことだけど、自分のことも忘れたら駄目。
―――あなたはまだ若いんだから、縛られることは無いのよ。
厳しい生活を送る自分に、母が掛けてくれた言葉。
民を想って生きるのも貴族としては大切なこと。
だが、貴族も人間だ。体調を崩したりすることも、ある。
だからこそ、民と同じ様に自分も愛さなければならない。
その言葉は印象に残ったものの、結局は余り変わらない生活をしていた。
母だけでなく、祐一も同じことを考え、自分を気遣ってくれる。
ならば、舞がすることはもう決まっていた。
「ところで、どうして此処に来た?」
「え?」
「まさか日々の生活について意見を求めに来たわけでもあるまい?」
ソフィーアの件から話が飛躍してしまったが、これが舞の用事であるはずがない。
他に有る筈だ、もっと重要な用事が。
俺ではなく、舞にとって重要な用事が。
「…………」
「どうした?あるのだろう?」
言い辛そうに下を向く舞に、優しい声を掛けてやる。
表情は、まあ仕方が無い。
「……祐一さん」
「ん?」
「この国から、出て行くんだよね?」
「!!」
漸く顔を上げ、口を開いたかと思えば。
出てきたのは自分にとって予想外の言葉。
何故かって、それは誰にも話していないことだから。
ソフィーアは言わなくても解っているだろうが。
―――秋子さんや公爵すら気付かなかった俺の心を見透かしていたというのか、この少女は。
「……よく、気付いたな」
「うん、何となくだけど」
気付き断定的な口調で尋ねた舞に隠しても意味が無い。
別に隠すことでもない。
理由が何となくというのには驚いたが。
「で、だ。俺にそれを訊いて、どうする?」
「わたしも連れて行って!」
「駄目だ」
「!!」
俺が消えるのが寂しいのかもしれない。
秋子さんからも、寂しがっていたということは聞いているし、
何より何時もは敬語である彼女の口調が幼く、いや、友達に対する口調になっているのが証拠だ。
丁度公女と話しているときのように。
だがそれでも。
彼女を連れて行く訳にはいかない。
「どうして?わたし達は親友――」
「そのためにもう一人の親友を置いていくのか?」
「!!」
「確かに、俺達は親友だ。
だが、お前には公女が居るだろう?
それを置いていくことが、お前に出来るのか?」
「………」
人のことも考えられる舞のこと、きっと解っているだろう。
今まで自分が味わった長い長い寂しさ。
それを今度は親友に味あわせてしまうという事に。
それでも、解っていても再び親友と離れてしまうことを良しとしなかったのだ。
二人の親友の間に揺れていることは良く判る。これでも俺は、彼女の親友なのだから。
「あのな、舞。離れたくないというのは良く解る。
そして公女とも離れたくないということも、解る。
俺がここに残ってやれれば一番良いんだが」
「なら――」
「それでも、俺は行かないといけないんだ。
今も戦っているであろう彼らを助けに」
それを聞いた舞が俯く。
―――祐一さんは、また親友を置いていくの?
それを口に出したい気持ちもあったが、抑える。
言ってしまえば、優しい彼は傷付くだろう。
普段感情を全く表に出さない彼だが、その心はとても優しいことを舞は知っている。
自分は、彼の親友なのだから。
「そしてお前にも、大切な人が居るだろう?
母親にも、親友にも黙って行く積もりか?」
「…………」
彼の言うことは理解できる。
でも、それでも付いていきたい。
だから舞は、苦し紛れに言った。
「佐祐理にも、お母さんにもちゃんと言えば……付いていってもいい?」
祐一の言葉の意味。それを吟味した上での返答。
屁理屈ではあるが、舞にとってはこの際何でも良い。
どうしても付いていきたい。
その一心で出た言葉だった。
じっと自分の瞳を見る舞に、祐一は溜息を吐く。
びくっという音が聞こえそうなほど驚き、反射的に舞は目を閉じ下を向いた。
「……二人が許可したら、だ」
その体勢のままで居ると、聞こえてきたのは彼の諦めにも似た肯定の言葉。
はっと顔を上げ、見れば彼が目を閉じ黙っている。
許してくれるとは思わなかった舞には、事態を整理するために数秒の時間が必要だった。
―――祐一さんの許可?→諦めたような顔→幻聴じゃない→付いていってもいい!!
「あ、ありがとう!祐一さん!」
なら、今此処に居る時間すら惜しい!
そう結論した舞はお礼を言って立ち上がる。
「それは俺に言うべき言葉ではない。それと……」
「?」
まだ言うべきことがあるのかと舞は足を止めた。
その舞をしっかりと見据え、祐一は言った。
「敬語は必要無い。俺達は親友なのだから」
照れる素振りなど微塵も無く言いきる祐一。
心なしか微笑んでいるようにも見える。
少ない台詞ではあったものの、舞はそれをしっかりと理解した。
彼の言葉に心が温かくなるのを感じつつ舞は応える。
「ありがとう、"祐一"」
言い終わるか終わらないかというタイミングで、舞は部屋を飛び出していった。
そんな舞を見送り、祐一は一息吐く。
七年前とは比べようも無いほど明るくなった舞。
親友と母親の存在が大きかったのだろう。
そんなことは考えるまでも無い。
舞の母親は先代の伯爵というだけあってしっかりした人であるし、
倉田佐祐理さんも公女であるからか年に相応しくないほどの落ち着きを持っている。
一弥の事柄に関して著しく冷静さを欠くのが欠点ではあるが。
そんな二人の助けもあって、舞はここまで来れたのだろう。
本当に舞を心配している人間に助けられたからこそ。
だからこそ、祐一は舞の同行を許可したのだ。
それほど舞を気遣う人間が、舞の旅を許すはずが無いと思ったから。
―――あの母親に関しては、許可を出してしまう可能性も否めないが。
まあそうなったらそうなったで、連れて行けばいい。
そこまで考え、祐一は先程の仕事を再会することにした。
つまり、ソフィーアを起こすこと。
そのためにベッドへと視線を移した祐一は驚愕した。
―――ソフィーアが、いない!?
祐一がソフィーアの不在に気付くほんの数分前。
部屋の外で対峙する二人の少女が居た。
即ち、舞とソフィーアである。
「……………」
「えっと、ソフィーアさん?」
何も言わず沈黙するソフィーアに困惑した声を返す舞。
祐一と同じく、ソフィーアとも七年来の付き合いになる舞だが、目の前の少女に関してはまだよく理解していない。
本当に美人な人で、優しくて、でも不思議な人。
それがソフィーアに対する舞の印象なのだが、同じことが祐一にも言える。
彼に関しても美人という言葉が当て嵌まるのが笑えるところだが。
ただ、祐一には当て嵌まらない、ソフィーアにだけの印象が舞にはあった。
曰く、ちょっと変わった人、である。
それは以前から抱いていたものだったが、先程の祐一との会話で確信へと変わっていた。
「舞さんも」
「え?」
「舞さんも…祐一様と…旅をしたいのですか?」
脈絡無く話し始めるソフィーアに少々面食らう。
だが、舞も伊達に某天然少女の親友をやっているわけではない。
頭を切り替え、すぐに言葉を整理、そして口に乗せる。
「はい。そのために、今祐一に頼み込んでいたんですけど……」
「知ってます…」
「…あ…え?」
……起きていたのだろうか?
「そのために…他の許可が…要ることも」
「…起きてたんですか?」
「はい」
なら何故訊いたんだろう。
この人との会話は佐祐理より疲れるかも……
一緒に旅をする祐一は凄いなぁとか思ったり。
「多分…」
「え?」
「許可は…頂けると思います」
どうして、分かるのだろう。
張り切って飛び出したは良いが、
お母さんからも佐祐理からも許可を貰うのは難しいかもと悩み始めていたのに。
でも、この人に言われるとそうかもしれないと思う自分がいた。
母親の様な、女神の様な雰囲気を纏う彼女が言うと、不思議な安心感がある。
「舞さんも…祐一様が…好きなのですか?」
「え〜〜と」
「………」
当然話題が変わる。
しかも、ちょっと答え辛いような質問だった。
「…………」
「う……はい」
何となく、彼女が沈黙すると妙な迫力というか、何と言うか。
紫水晶の様なその綺麗な瞳で見つめられると、何もかも見透かされてるような気分になる。
「宜しくお願いします」
「…はい?」
静かに言う彼女だが、また話題が変わった、というか主語が無い。
この人の持ち味なんだろうか?
それが旅のことなのか、祐一に対する想いなのかは判らない。
「はい、宜しくお願いします」
でも、とりあえず返事はしておいた。
「…それでは」
「あ、はい」
祐一の部屋に入ろうと扉を開ける、とそこで何故かソフィーアが振り返る。
無表情に自分を見つめる彼女に、舞はどうしていいか分からず、ただソフィーアの言葉を待つ。
「まだ……覚えてますか?」
「え?」
「…はちみつくまさん」
「う…」
意味の分からない言葉を発するソフィーアだが、舞には通じた。
これは以前出会ったときに教え込まれた舞専用の返事である。
―――何を考えているのか、全く分からない。
そんなことを思いながら恥ずかしいと言って断ろうとしたが、
祐一様に…好かれるかもしれませんよ?
そう言われた当時の舞はすぐさま態度を変えた。
その日から彼女の返事は奇妙なものへと変わることになる。
つまり、はいならはちみつくまさん、いいえならぽんぽこたぬきさんという具合に。
成長した今では恥ずかしくて極々一部の人間と状況でしか使っていない。
あの頃を振り返ればよく言えたものだと思う。
その口癖を知る母親や佐祐理はもっと使わせようと色々画策していたりするのだが。
理由を訊いてみたところ、可愛いから、らしい。
「まだ…覚えていますか?」
「…は、はちみつくまさん」
未だにどういう意味か分からないこの言葉。
今の自分は真っ赤だろうと思いつつそれを言ったとき、ソフィーアは満足そうな顔(何となく)をする。
「敬語も…無しでいいですよ」
「あ、は、うん!」
また満足そうな顔(何となく)をしてから、祐一の部屋へ戻っていった。
結局、彼女は何がしたかったのだろう?
本当に、全く分からない。
余談だが、部屋に戻ったソフィーアは何やら外を気にする祐一を見た。
理由を聞いたところ「今日は大雪だろうな…」らしい。
どうしてですかと訊けば、フィアが一人で起きたからとの答え。
だからどうという訳でもないのだが。
朝食の席。
礼を言って早々に立ち去るはずだった祐一の姿がそこにあった。
部屋を出た途端、待ち構えたようなタイミングで公女に出くわし、何故か朝食に誘われてしまったのだ。
笑顔で。
自分達の動きが分かる結界でも敷いているのかと疑ったりしたものの、まあいいと思い直した。
自分を殺す気だというのなら、とっくにやっているだろう。
第一、それをやっても彼らに意味は無い。
朝から妙な思考に囚われている祐一に佐祐理が声を掛けた。
「祐一さん、料理の方はどうですかー」
「中々ですね。これは佐祐理様が?」
この屋敷には最低限の侍女しか居ない。
料理等の身の回りのことも、忙しくて手を付けられないとき意外は殆ど自分達でやっているという。
―――昨日は公爵夫人が料理をしていた、ということはこれは公女の料理か。
まず昨日とは微妙に味が違う、その上感想を聞いてくるのだから佐祐理で間違いないだろう。
舞という可能性も考えられなくも無いが、彼女は自分から積極的に感想を聞きに来る性格だと思う。
その舞はひたすら料理を頬張っていた。
やはり最低限のマナーは守っているから器用なものだ。
「あはは〜、そうですよ、これは佐祐理が作ったんです。
よく判りましたね?」
「夫人と味がよく似ていらっしゃる。すぐに判りますよ」
「そうなんですか?佐祐理には分かりませんけど」
「近いものほど目に付かないものですからね。貴方方はよく似ておられる」
そう、本当によく似ている。
その容姿や仕草、そして料理の味まで。
親子だからと言えばそれまでだが、ここまで似た親子というのも珍しい。
「……一弥と佐祐理も似ていると、よく言われました」
「…………」
「今、一弥が生きて此処に居ても、それは変わらなかったでしょうか」
祐一に話す佐祐理に、皆が注目している。
義範も佐弥も舞も、食事のために動かしていた手を止め、佐祐理を見ていた。
そして、その後に祐一を見る。
教えてやってくれと、義範の眼が言っていた。
「…変わらなかったでしょう」
「!…そう、でしょうか」
一弥のことに関しては何も言ってくれなかった祐一が答えたことで、多少驚く。
だが、納得しきれない佐祐理は微かな疑問で以って答えた。
一弥の全てを知る祐一の口から、その理由を聞きたかったのだ。
弟のことを少しでも聞ければという打算も少なからずあった。
祐一は佐祐理の思考を見抜いていたが、気にせず続ける。
「一弥様は貴方によく似ておられました。
違ったのは髪形や身長ぐらいなものです。
公女と一弥様を知る者なら誰もが同じことを言うでしょう。
お二人が此処に並んで立てば、誰もが姉弟だと気付くでしょう。
何を言わずとも」
「…はい。お父様も信用する祐一さんの口からそれを聞けて、良かったです。
祐一さんがそう言うのですからそうなのでしょう。
弟が去ってから、一弥も此処に居ればと何度も思いました。
でも、居たのですね。他でもない、"私"の中に」
胸に手を当てしみじみと言う佐祐理に、祐一は言葉を選びながら慎重に口を開く。
失礼にならないように、佐祐理の心に傷を付けないように。
「貴方は一弥が生きていたことを記憶する数少ない人間の一人です。
そして肉親でもある貴方は、彼のことを覚えておいてやらねばなりません。
幼い頃、一弥が貴方に語った想いと願いを、覚えておいてやらねばなりません。
お父上と、母上と、そして私と同じ様に」
祐一の言葉は、佐祐理の胸に染み入るように伝わった。
そして、数々のことを思い出す。
父に、母に、そして私に理想を語る一弥。
魔道が出来ないと言って泣きついてきた一弥。
嬉しそうに剣が上達したと報告に来た一弥。
心を閉ざし、俯瞰していた私にとって見えなかったもの。
私は確かに、一弥の姉だった。
「もう一度、剣と、一弥の思い出と向き合ってみます」
「そうされるのがよろしいかと」
まずは一歩前進。
祐一はそう思う。
自分が知っている、言うべきだと思ったことは言った。
義範もありがとうと片目を瞑っている。
後は向き合った彼女がどういう答えを見出すのか。
結局は彼女次第ということだ。
義範に礼を言って門を潜ろうとしたとき、舞が追いかけてきた。
はあはあと息を切らしているところを見ると、相当の距離を走ったに違いない。
とりあえず彼女の回復と、言葉を待った。
「はあ、祐一、ありがとう」
回復を待たずに話し始めるところは舞らしいというか。
多分祐一を待たせるのは悪いと思ったのだろう。
何故か礼を言う舞に、祐一は首を傾げる。
「そこまでのことはしていないが?」
「ううん、佐祐理は変わったよ。後ろしか見ていなかった佐祐理が前を向き始めた。
わたしには分かる。佐祐理は良い方に歩き始めるよ」
「……俺はただ、一弥の容姿と自分の考えを言ったに過ぎない。
後は彼女次第だ。だが、結果が出るのは少し時間が要るだろう。
お前が、支えてやるといい」
「うんっ!!」
元気に頷いた舞を満足そうに見つめ、祐一は再び門へと足を向けた。
振り返った際、彼とソフィーアの長い髪が揺れる。
黒いコートと白い外套を翻し歩く彼と。
銀髪を揺らし、ローブを震わせながら彼に続くソフィーア。
舞は、彼等の姿が見えなくなるまで立っていた。
凛とした彼の声と姿にぼうとしながら。
そして彼らが去ったその直後、帝国が敗退したとの報が倉田家に届いたのだった。
to be continued……
あとがき
新年明けましておめでとう御座います。今年も宜しくお願いします。
お久しぶりです、紅い蝶です。
第七章では、出来るだけほのぼのとした雰囲気を目指してみました。
普段はシリアスを心掛けて書いているのですが、どちらも難しいものです。
お陰で通常より更に幼稚な文章になってしまいました。
さてさて、次の章でカノン再会編(?)は終わりです。予定ですが。
その後は微妙に要望の多いONEキャラたちの出番が待っております。
出来れば今年も、この拙い文章と付き合ってやってください。
それでは、失礼します。