昔々、人々がまだ争いを起こさずに平和に過ごしていた頃のお話。

神族と魔族を前に結束し、戦いを続けていた時代。

神族側に戦いを好まぬ、心の美しい少女がおりました。

絶大な力を持つと言われながらも、それを見た者はおらず、また少女もそれを使う気はありませんでした。

ある時、遂に少女も神族の戦士として、戦場へ出ることが決まりました。

しかし、少女は人を殺すことを嫌い、同胞の召集命令を蹴って人間界へと逃げてしまいました。

少女が人間に味方することを恐れた神族は、すぐさま追っ手を差し向けます。

人々に平和を訴えていた少女はすぐに見つかりました。

ですが、人々に平和を訴え続けるためにはまだ死ぬわけにはいきません。

そして、大陸の最北端である雪の国まで逃げ続けました。

少女は遂に追い詰められ、同族に取り囲まれてしまいます。

命の危険を感じた少女は、それでも力を使おうとはしません。

戦闘が始まっても、彼女は神族の攻撃を避けるばかり、一切反撃しようとしません。

しかし、それも長くは続きませんでした。

迂闊にも雪で足を滑らせてしまった少女を、同胞の槍が捉えました。

少女が焦っても既に遅く、自身の胸に槍が生えています。

意志に関わらず、体は雪の積もる大地へと倒れ込みました。

自分は此処で死ぬのだろうかと問いかけ、それはダメだと結論します。

何故ならそれは、人々に平和を、戦いを止める事を訴えるという自分の使命を捨てるのと同義だから。

一部で聖女とまで呼ばれている自分がこんな所で死ねない、そう考えたところで。



彼女は思いました、思ってしまいました。

今までの自分を根底から覆すような、でも正しいと思えてくる新しい真実を。








戦いは、必要なのではないか?








彼女がそう考え、その理由や気持ちに整理を付けたとき、少女は息を引き取りました。



もう少し気付くのが早かったら、ボクは…………



最後に、そんな後悔の念を抱きつつ…………










「舞様、それは…」

「そう、この国に伝わる物語、童話と呼ばれるものの一つ。

 童話と呼ばれながらも、教訓といった方が相応しい内容のお話」

最後の後悔ラストリグレット……」

「ああ、そういやそんな話がありましたね」


今ではちらつく程度になった雪の中を、馬で駆け抜ける三人の人物。

この部隊を率いる舞と彼女に仕える近衛騎士の二人は、

そんな状況の中で会話するという離れ業をやってのけていた。


「その物語が語るのは、後悔しないように行動しろということ」

「……舞さまは、この戦いで後悔されるのですか?」

「わたしじゃなくて国王が、ね」


舞の言葉に、騎士は首を捻る。

何故久瀬王が後悔するというのか解らなかったからだ。

首を捻ってみても答えは出ず、思考を諦めて舞に尋ねた。


「それは、一体…?」

「わたしにも解らない」

「は?」


目が点になる、というのは、こういうことを言うんだな、と舞は思う。


「何か、起きる気がする……」


未だに疑問を抱く聖騎士を尻目に、舞は白馬のスピードを上げた。







代行者

〜皆を守るは誰がためか〜








舞がヘヴン領へと侵攻する数時間程前、まだ夜が明けきらない薄明の頃。

カノンを出発したユウイチ一行は、辛うじて反乱軍との合流を果たしていた。

国を出てからというもの、休まずに走り続けた結果である。

雪に構わず駆けたにも拘わらず、一行は平然とした顔をしていた。

幾つもの天幕テントが並ぶ、いかにも野営地といった風な光景。

そして今、彼らは一際大きな天幕の前に居る。

槍を携えた二人の男が入り口を守っていたものの、ユウイチを見ると中へ入れてくれた。

そこでは一人の少年と三人の少女が、テーブルに広げられた地図を見ながら熱心に論議している。

ユウイチ達が入っても続けているところを見ると、どうやら気付いていないらしい。


「ですから、ここはもう少し様子を見るべきでしょう。ユウイチとソフィーアさんも戻っていませんし、何より怪我人が多い。

 休息を取りつつゆっくり後退した方が、いざという時に戦えると思います」

「詩子さんも茜に賛成かな。第一、急いで戻って何になるって言うの?」

「そうね。でも、万が一攻撃を掛けられたらどうするのかしら?

 それこそ危険極まりない行為。今からでも後退した方がいいと思うけど?」

「確かにそうかもしれない。でも、ユウイチ達を置いていくわけには……」

「気にする必要は無い」


突然掛けられたユウイチの言葉に、四人が振り向く。

そしてそれは、驚愕の顔に変わった。


「ユウイチ!?」

「お帰りー、どうだった?カノンは」

「お帰りなさい、相沢君」

「よお、遅かったな。危うく置いていくところだったぞ」


三者三様とでも言えば良いのか、それぞれ違う台詞を投げてくる。

ユウイチはすっと右手を上げ、それを返事にした。

そして少年を見て一言。


「浩平、言っていることが矛盾してるぞ」

「…はあ、聞いてたのか。なら悪ぶっても無駄だな」


折原浩平。

悪戯っ子の様な輝きを瞳に宿すこの少年は、解放軍を率いる立場、実質的な盟主であった。


「ユウイチ、カノンに動きはありましたか?」

「特には無い。だが、何か起こる」

「何かとは?」

「分からん」


長い金髪を編んで左右に垂らしている少女、里村茜に答え、ユウイチは彼女の親友に目を向ける。

二人のやり取りを聞いた浩平が、ユウイチの直感かよ…とげっそりした声を上げる。


「詩子、お前の方で何か掴んだか?」

「ううん。でも、何かあるっていうのは私も賛成かな」


おちゃらけてはいるが、解放軍に無くてはならない存在の柚木詩子に尋ね、やはりと確信する。

そんな慎重すぎるユウイチの様子を見た深山雪見が、はあと溜息を吐きながら口を開いた。


「あのね、相沢君。あなたの直感だというのなら、それは充分信用に足るわ。

 浩平君、すぐにここから退いた方が良いわよ」

「そうだな。……ビニド、悪いが皆に伝えてきてくれないか?」


天幕の中での論議を見守っていた男にそう伝え、浩平はユウイチに向き直る。


「で、後ろに居るのは誰だ?あとその肩に居る狐も」

「彼女か?…美汐」

「はい。…天野美汐と申します。以後お見知りおきを」


ユウイチに促された美汐が自己紹介をすると、浩平はぽかんとした顔になった。

若さにそぐわぬ、しかし見た目通りの挨拶に面食らっているようだ。

彼とは違い、少女三人はこれまた丁寧な言葉で自己紹介をしている。


「浩平、お前も元は貴族だろう?言葉遣いくらいでそんな顔をするな」

「はっ!?俺としたことが…」


何故か泣き崩れる(フリをする)浩平。

普段の彼の立ち居振る舞いは、それだけで貴族に見えないことも無いのだが……

とりあえず浩平は放っておき、ユウイチは狐に目を向ける。

無視かよ!!という言葉も聞こえるが、気にしない。

ユウイチの意を汲んだのか、真琴はこくりと頷いて肩を降りた。


「何だ何だ?」

「何が始まるのですか?」

「詩子さんも気になるな〜」

「私も興味あるわね」


四人が興味を示して真琴を見守る中、当の真琴にそれを気にした様子は一切無い。

そして、天幕内に光が溢れた。




目も眩むような眩い光も一瞬で、浩平達は何が起こったのか解っていない。

ただ一つ先程と違ったのは、目の前に白装束を纏った少女が居るだけだった。


「な、何だ?何が起きた?」

「この少女は……?」

「へぇ〜、本当にいたんだね、妖狐」

「え?この子が、妖狐?」

「ああ、そうだ。真琴」

すぐさま状況を理解し、真琴が妖狐だと見破った詩子は流石といえる。

感心しながら、ユウイチは真琴に自己紹介を促す。


「あぅ。……真琴」


素っ気無いものだが、真琴にしては上出来だ。

それを気にすることも無く、浩平達はよろしくと返した。

ユウイチが見込んだとおり、彼らは心の広い、優しい人間である。

―――それが、戦闘に障ることが無ければいいが……

ユウイチが心配する中、先程の男が天幕へ戻ってきた。


「浩平様、全て終わりました」

「ありがとう。よし、それじゃあ退くぞ」


マントを靡かせ外へ出ると、既に準備を終えた男達が浩平を待っていた。

浩平が目配せすると同時に、男達は天幕の片付けに取り掛かる。


「ユウイチ様」

「ん?ああ、アトリーズか」


浩平達から離れて事態を見守るユウイチ達の傍には、軽装な甲冑を身に着けた二人の青年がいた。

アトリーズと呼ばれた青年は、片膝を着きながら頭を下げている。

「久しぶりだな。……バーレイグ、どうだ?」

「ええ、浩平様も中々やりますよ。ユウイチ様が居ない間の解放軍をよく指揮しています。

 流石に一弥様の後を継いだだけのことはある」

「そうか」


同じく片膝を着いている紅い瞳の青年、バーレイグの報告に、ユウイチは頷く。

―――後は、撤退しきれるかどうか、だな。

考えながら浩平へと目を移す。


「では、急げ!!誰一人欠ける事無く、ヘヴンへ戻るために!!」


おぉぉぉぉぉぉ




浩平の鼓舞を聞いてから、ユウイチも二人に顔を戻して言った。


「準備を急げ」

「はい」

「りょ〜かい」


真琴には狐へと戻ってもらい、美汐に預けた。

美汐は馬を操れるということなので、アトリーズに馬を用意させ、それに乗ってもらう。

ソフィーアはいつも通り、ユウイチの馬に便乗させることになっている。

そのユウイチの後ろを守るようにアトリーズとバーレイグの馬が付いてくるのだが、今回は少し違う。


「二人とも、今回は美汐に付いてやってくれないか?」

「は?」

「そりゃまた、なんで?」


一度、背後の少女を見てからユウイチに視線を戻す二人。

不思議そうな顔で続きを促す彼らに、ユウイチは無表情で続けた。


「今回の撤退は何かある。故に、俺は後方から続くつもりだ」

「帝国が仕掛けてくるってことですか?」

「分からん。だが、今の位置からするとカノンの方だろう」

「うひゃあ、帝国より性質悪いっすよ……」

「しかし、それは……」

「確かに、本来なら浩平の仕事だ。アイツがやった方が色々と都合がいい。

だが、浩平が一人立ち塞がったところで無駄にしかならん。結果的にヤツを失うだけだろう」


この役目の目的は、敵を足止めすることによって少しでも多くの時間を稼ぐこと。

それにより、味方の撤退を手助けできる。

故に、足止めは最低限の人数で行うことが望ましい。

これは、一人でも多くの仲間を逃がすために行うのだから。

そして、足止めを行う人間も、出来る限り戻る必要がある。

そのメリットは、立ち塞がった人間が生還することによって、味方の士気の上昇を狙えること、

それほどの人物の存在をアピールすることで、敵の気力減退をも狙えることが挙げられる。

そういう人間が一人でも居れば、敵が攻撃を掛けるか迷うかもしれないのだ。

当然、メリットがあるということは、デメリットも少なからず存在する。

生還できる可能性が極端に低いことだ。

余程の強運と、実力を備えていなければ、確実に戦死する。

これを浩平が行った場合、解放軍盟主ということで、成功した暁にはかなりの効果を期待できる。

しかし、彼にはそれだけの実力が無い。

ユウイチが託した聖剣が有っても、それだけで撃退できるほど戦いは甘くないのだ。

更に、今浩平を失っては、解放軍が崩壊する可能性もある。

だからこそ、ユウイチでなくてはならない。

解放軍には多数の実力者が居るが、それでも、彼にしか成し得ないのだ。


「ですが、それなら尚更私達が共に――」

「これは出来るだけ少ない数でやった方が良い。分かるな?」


その方が効果が期待できる上、死んでもそれ程の痛手にはならないから。


「……いえいえ。それならやはり俺達が居ないと。なあ?アトリーズ」

「その通りだ。居なくなると困るのは浩平様だけではありません。

 それはユウイチ様も同じです」

「……お前達も中々強情だな」

「ユウイチ様ほどでは」

「冗談まで言うようになったか」

「で、どうです?」

「……良いだろう。だが、少しでも危険を感じたら離脱しろ。いいな?」

「はい」

「りょ〜かいっす」


二人は頷き、それぞれ自分の馬を引いていく。

ユウイチも広場へと足を向けた。


「ユウイチ様」


不意に自分を呼ぶ声がする。

何かと目を向ければ、ソフィーアが佇んでいた。背後に、漆黒の馬を引き連れて。


「……ソフィーアか。手間が省けた」

「いいえ……」


何時の間にか姿を消したと思ったら、ユウイチの馬を探しに行っていたのだろう。

手に手綱を握っている以外は、先程と何ら変わりは無い。

彼女から手綱を受け取り、久しぶりの再会を喜ぶように馬を撫でる。


「久しぶりだ、ヴェーダ」


手綱を引きながら、撫でてやる。

大人しい牡馬は、ユウイチに引かれるままに、撫でられるままに歩いている。

誰にでも懐き、誰でも乗せるが、そのスピードを維持したまま馬上で武器を振るうのは死ぬようなものという名馬。

この馬なら、例え雪中だろうが難なく駆け抜けて見せるだろう。

今、彼等の周囲は雪に覆われ、地面も積雪により一切見えていない。

しかしユウイチは、そんなものに関係なく、彼を乗せて走り抜けてくれると信じている。




到着した広場では、浩平や少女達を含めた多数の人間が、準備を済ませユウイチ達を待っていた。

誰もが、今からヘヴンくにへ帰れるという希望に満ち溢れている。

しかし、突如この地を去る理由も浩平から聞かされたのか、一抹の不安を隠せていない。

カノン軍が、この地に迫っている。

怪我人を抱えている上、雪の為に馬を使うことが出来ないのであれば、

撤退にはかなりの時間を要するのは誰の目にも明らかだった。

そんな状況下に有りながら、浩平は言う。


「全員揃ったな……よし!

 皆、聞けっ!今から、この地を出発する!理由は先程言ったとおりだ!カノン軍が、我々を殲滅しようと迫ってきている。

 未だに我々の目的は達成されていない!にも関わらず、ここで倒れてしまっていいのか!!

 否っ!断じて否っ!!今、この地で、果てるわけにはいかないのだ!!

 だがしかし、正面からまともに戦ってはまず勝てない。故に、今回は撤退戦とする!

 一人でも多く生き延びて、故郷であるヘヴンへ戻ろうではないか!!

 皆、私に付いて来てくれるかっ!?」


おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ




浩平の言葉に士気を高めた約二千もの人間が、剣を槍を斧を、天に向けて突き出す。

まるで、生きて帰ると神に誓うかのように。

人々の中で浩平の鼓舞を聞いていたユウイチも、密かに誓った。

―――アイツが目指した理想郷。そのユメの成就の為に……!!

アトリーズ、バーレイグの両名も、槍を天高く掲げている。

彼らも、未だ死ぬわけにはいかないから。自分達の主君と定めた、漆黒の青年が死ぬまでは、まだ。


「よう」

「……志貴か」


何時の間にか、ユウイチの背後に少年がいた。

ゆっくりと振り返りながら、志貴と呼んだ男に目を向ける。

学生服と呼ばれるきっちりした服を見に着けた彼は、どこかクールな雰囲気を漂わせている。

何処にでもいそうな、普通の少年に見える彼はしかし、万物に対する死神でもあった。


「遅かったじゃないか。さて、これから撤退だが、お前の企みに俺も混ぜちゃくれないか?」

「志貴、お前には浩平に付いていて貰いたいんだが?」

「ハッ、何故そうなる?お前が足止めを掛けるというのなら、後ろを気にする必要などないだろう?」

「いや、俺が言っているのは浩平のことだ。俺が残っていると知ったら、アイツは暴走しかねん。

 それを止めてもらいたい」

「はぁ、いいぜ。お前に従ってやるよ」

「助かる」


殺人を嗜好する志貴にとって、敵と戦えないというのは生殺しに近い。

そんな彼がこうもあっさりと引いたのは、ユウイチとの約束に従う気が無いからであった。

言われたとおり、浩平の傍には居るが、戦闘が始まればすぐにでも駆けつけようとか考えていたりする。


「さて、ならば俺は行くとしよう。撤退が始まっている」

「ああ。浩平を頼む」

「さあな」


言って、志貴は長い人の列の中へと紛れて消えていった。

列でしか進めないというのも、撤退に時間を要する原因の一つだろう。

人だけならばまだ良かったのだが、食糧等を運ぶ大事な荷駄隊もいるために、更に時間が掛かる。

万が一に備えて、茜や詩子といった部隊長クラスの人間を先行させ配置しているとはいえ、

実際に攻撃を受ければ、甚大な被害になるのは間違い無い。

だからこそ、ユウイチが軍の最後尾に付いて敵を警戒する必要があるのだ。

相手はあのカノン軍。場合によっては飛竜の出現も考えておかねばならない。

ヴェーダを引きながら思考するユウイチの後を、ソフィーアは静かに歩き、

同じ様に馬を連れて進む騎士二人は、自分達の主君の顔を黙って見つめていた。

ユウイチが何かを考えているのは分かっている。

だが、これは伝える必要のある、重要な問題だ。

そう決心し、アトリーズは口を開いた。


「ユウイチ様」

「…何だ?」

「ヘヴンの隣、ターシュの国が、不審な動きを見せています」

「何?」

「ターシュだけじゃありませんよ。ヘプタやカタスタフ、クライムといった帝国傘下のあちこちの国も同じです」

「確かか?」

「いえ、未確認ですが、一応報告しておいた方が良いと判断しました」

「そうか……」

「どういうことなんでしょうかね?いよいよ一斉攻撃ですか?」

「………」


今、一斉攻撃を掛ける必要があるのだろうか。

各国が手を結ぶ前に叩こうというのは理解できなくもない。

だが、一度の攻勢で全ての国を屈服させるのは、まず不可能と言って良いだろう。

そしてそれは、各国の協力にも繋がる危険性も孕んでいるのだ。

―――帝国は、何を考えている?

考えながら、しかし体は別の生き物の様に、雪で白く染まったブーツを前へ前へと進めている。

そして、雪を踏む音がしなくなっていることに気付き、足元を見れば、青く萌えた草が顔を見せていた。

恐らく、先行した部隊が払っているのだろう。馬や荷駄の為に。

本隊の進行速度も速まり、ユウイチにとっては嬉しい誤算だった。

―――期せずして退路は確保。後は……

騎士二人と少女一人は、口を開かず、黙って付いてきていた。


「浩平達がヘヴンに着くまで、どれ位の時間を要すると思う?」

「へ?ああ、ざっと7、8時間ってとこですかね」

「ああ、大体それ位だろう。……何か気になることでも?」

「…………」


唐突に質問したユウイチだが、再び黙り込んでしまった。

発言の意図が掴めない二人は、揃って首を傾げている。

と、そこでソフィーアが軽く息を吸った。


「2、3時間後……」

「ああ。全力で飛ばしても、2時間は確実だ」


カノン軍のことを言っているのかと気付いた二人は、改めてソフィーアを羨ましく思う。

どのような状況下であれ、常に青年と心の通じている銀の少女を。


「つまり、私達はそれだけの時間を稼がなくてはならない、ということですね?」

「そうだ。正面からやるなり、策を用いるなり、どんな方法でも構わない。

 だが結果は、成功以外許されない。少々ならば、本隊にいる人間が片付けてくれる。

 しかし、数百という数になれば、忽ちのうちに滅ぼされてしまうだろう。

 彼らは、武器を持って戦う民に過ぎないのだから」


実際の戦士や騎士、魔道士の数は、解放軍の中の三割にも満たない。

それでも、今まで戦い続けることが出来たのは、一部の人間が考えた方策のお陰だろう。

特に、倉田一弥が立案した作戦の数々は、少年が考えたとは思えないほどのものだった。

今、既に彼は存在しないが、川名みさきや氷上シュンが、一弥に代わって動いてくれている。

多くの人間が彼に希望を求め、多くの人間に彼は道を示してきた。

そのユメは、ユウイチだけでなく解放軍の全員に受け継がれている。

だから彼は、そんな人々を守るのだ。一弥の魂カタナに誓って。








騎士二人が、足を止めた。

前を歩くユウイチが止まったため、狭いこの森の中ではそうせざるを得ないのだ。

だが、ユウイチが足を止めた理由を、二人はすぐさま感じ取った。


「来た…!」

「ああ。馬で森林を突き進んでいるみたいだな。しかも全速力、フラグメントぐらいしかやらないだろ」


遠くの方で雪が舞っているのが見える。大勢の軍馬が進む凄まじい音と共に。


「アトリーズ、バーレイグ。騎乗」

「はい」

「了解」


言下に、馬に飛び乗った二人は、槍を構えて背後を見据えた。

見通しを良くし、何時でも撤退できるようにするための、せめてもの小細工だ。

この状態で三人が道を塞げば、カノン軍を足止めするには充分だろう。

馬上であろうとも、武器を振るうことでギリギリとなる幅しかないのだから。

問題は、撤退時、馬首を返す際に衝突する可能性があるということ。

それを見越して、ユウイチは二人に命令した。


「後ろへ下がれ」

「はい」

「はい」


背後にユウイチが押し出される形で、二人はヘヴン方向へと馬を進める。


「さて」

「………」

「弓はあるか?」


いいえ、と言って二人は首を振った。

それに対しユウイチは、そうかと一言。


「ならば、撤退しろ」


はい、と二人は素直に従った。

この道幅は、人一人が暴れられる程度しかない。

その上、撤退時に衝突の可能性があることまで気付いていた二人は、従うしかなかったのである。

でなければ、ユウイチの邪魔にしかならないから。

弓があれば、後方からでもユウイチの援護ができたのだが。


「全く、殿は俺がやりたかったぜ……」

「…任せる」

「お任せ下さい」


瞬時に言葉の意味を悟ったアトリーズは、愚痴るバーレイグを無視して、ソフィーアに手を差し出した。


「ソフィーア様」

「…………」


無言のまま、ただ首を振るソフィーア。


「やはりですか……」


そう、これは何時もの事。

戦場だから、危険だから離れましょうと言っても、彼女が頷くことは一度としてなかった。

どのような時であれ、常にユウイチの傍に。

流石に『ユウイチ様の所有物』と自称するだけはある。

バーレイグとアトリーズは一つ頷き、再びユウイチに目を戻した。


「ご武運を」

「ああ。面倒を掛ける」


ユウイチがそう返すと、二人は馬を走らせ、未だにちらつく雪の向こうへと消えていった。


「さあ…………来い」


日頃と変わらぬ無表情で前を見据えるユウイチは、静かに呟いた。








申し訳程度に開かれた道を駆けながら、彼は考える。

何故、カノンが仕掛けてくるのか。

自分には似合わないと分かっていながらも、バーレイグは考える。

そして、当然のように納得のいく結論は出ず、隣を併走するアトリーズに尋ねた。


「なあ」

「何だ?」

「カノンは何故、帝国に仕掛けないんだろうな」

「はあ?」


この男は何を言ってるんだ、というその顔が妙にムカつく。

素直に答えてくれてもいいのではないかと思う。


「……あのな、カノンが帝国と戦えば、互いに相当数の被害が出るだろう?

 フラグメント王は、それを良しとしなかったんじゃないか?」

「つまりは少ない犠牲で済む方を選んだ、か。

 だが、フラグメントは正義で知られる国だろ?戦では、フラグメントが付いた方が正義と言われるくらいだ。

 そんな国が他国に従って、人々の願いの具現である解放軍を攻撃したりするか?」

「ああ、そうだな。その辺は久瀬王も相当悩んだに違いない。

 だが王として、勝手な独り善がりで民を危険に晒すわけにはいかないだろう」


確かに、と返す。

そんな国の王が命令を下した筈はないから、帝国の差し金に違いない。

理由は、先の敗戦に対しての報復と見た。

名高きカノン騎士であれば、いくら解放軍でも殲滅出来ると踏んだのだろう。

流石は俺の相棒。尋ねれば、何時だって納得できるような答えを返してくれる。

それにしても、これは………。

やられたらやりかえす。

そういう感じだ。

全く、子どもの喧嘩だな、これじゃ。








隣のバーレイグは、器用にも考え事をしながら手綱を握っている。

全く、何時も油断はするなと言っているのに。

だが、言うことには考えさせられる部分も有った。

そう、王は散々悩んだに違いない。

悩んだ末に、帝国より解放軍の方が犠牲が少なくて済むと考え、仕掛ける敵を決めた。

それだけの苦悩だ、全部とは言わないまでも、臣下の一部はその苦悩を理解しているのではないか?

『騎士道』を重んじる国の騎士達だ、有り得ない話ではないだろう。

だとすれば、そういう人間との話し合いも望めるかもしれない。

上手くいけば、解放軍対カノン軍の全面衝突という最悪の構図を避けられる。

この追撃戦はもうどうしようもないが、前哨戦ともいえるこの戦いだけで、

戦を終わらせることが出来るかもしれない。


「なあ、バーレイグ」

「ん?」

「お前、戦争は好きか?」


突然発した意味不明の質問にも、バーレイグは真剣に考えてくれる。

その上で回答をしてくるのだ。

普段の言動とは違い、実は真面目である彼の性格は、こういうところで発揮される。

まあ、常日頃は見た目通り不真面目であるわけだが、何と言うか、コイツは場を弁えているのだ。

切り替えが出来るとか、ケジメがあると言い替えても良い。

顔を上げたバーレイグの紅い眼が、自分に向けられる。


「それは、言葉通りの意味だよな?」

「ああ」

「だったら答えはノーだ。騎士として、戦を欲する衝動があることも事実だが……

 戦争など馬鹿げているということは充分に承知しているつもりだ」


これが、彼なりの答え。

当然の如く、戦争が、殺し合いが好きだという人間はいない。

俺もそうだ。戦など滅んでしまえばいいと思っている。

例外もいるにはいるが、そう多くはないだろう。

だから、話し合いで解決できるというのは、それが推論であっても嬉しい。

もし戦が続くようなら、犠牲者は解放軍よりカノン側の方が多いだろうと確信しているから。

何故なら、解放軍にはユウイチ様がおられる……!






to be continued……



あとがき


どうもお久しぶりです、紅い蝶です。

投稿する間隔が段々と広くなってきてますね……

待っていて下さった方は本当に申し訳ありません。

さて、今回の話は、解放軍、所謂反乱軍とカノン軍との接触直前です。

お待たせしました、この章からは、浩平や志貴等が登場しております。

そしてオリキャラまでもが何人か出てしまってます。

あまり出さない方がいいのは分かっているのですが、やはり戦記物なら仕方ないんじゃないかなと、

半ば開き直っております。

まあ、私が書くキャラは半分以上がオリキャラ状態ですが、ね。

当然、出しすぎないように気を付けていくつもりです。私が動かせる数は多くは無いので。

まだ出ていないキャラについては、これから少しずつ出していく予定です。

次章は遂に多数対多数の戦闘を書いていきます。

少しだけ期待してみてもいいかもしれませんが、し過ぎは注意。

何故なら私、文章力に自信が無いのですよ、話が十章となった今でも。

ではそういうことで(意味不明ですが)、失礼します。