ユウイチがそこに着いた時、在ったのは夥しい血と、それによって溶けた雪、

そしてそれを造りだしたであろう手槍だけだった。

ソフィーアも、彼の後ろでそれらを見詰めている。

地面が抉れていることから、それらは投擲されたのだろうと予想する。

空中から全力を以って放たれた槍は、解放軍に相当数の損害を齎しただろう。

敵に数があれば、であるが。

カノンの竜騎士は、大体50騎程度だというのを聞いたことがある。

全員が槍を放ったのだとしても、死者数がそれを上回ることは無い。

当然、全てが命中するとも限らないのだから、死傷者は更に少なくなるだろう。

しかし、その一撃は、相手の戦意を容易く打ち砕く。

その状態で戦えば、結局死傷者は増えてしまう。

解放軍の被害を心配しながら、ユウイチは前を見据えた。

そのまま馬を走らせようとしたとき、街道を包むように立つ木々の間から、声が響く。


「よう、ユウイチ。気付かぬフリってのは酷いと思わないか?」


森の中から姿を現した七夜志貴は、いつも通りの皮肉な笑みを湛えている。

ちらりと彼に視線を向けたユウイチは、突然現れた彼に驚くことも無く、平静を保っていた。


「悪いが、俺は自分の危機以外には鈍感でな」

「よく言う。だが、それでこそ俺が認めた殺戮者だ」

「それで、何の用だ?意味も無く呼び止めたわけじゃないんだろう?」

「ああ。今、ヘヴンが攻撃を受けている」


驚くユウイチだが、落ち着けと自分に言い聞かせ、状況の整理に努める。

いや、整理する必要など無い。

ヘヴンが攻撃を受けている。それだけだ。


「……やってくれる。敵は?」

「帝国だよ」


絶好ともいえるタイミングでの攻勢。

つまり、カノン軍すらも囮に使い、解放軍の拠点であるヘヴンに奇襲を掛けたということだろう。

帝国が黒幕だというのなら、本隊が不在であるという弱点を突いた攻撃にも納得がいく。

最初から仕組まれていたのだ。

まさか一国の軍団そのものを囮にしてしまうとは、予想外だった。

そして今、新たな問題が浮上している。

ヘヴンに攻撃を掛けているという帝国軍。

その規模は、どれぐらいのものなのか。

恐らくは、ヘヴンの周囲を囲う深い森を抜けてきたのだろう。

ということは、それほどの数は用意できない。

だが、森を抜けてヘヴンへと至る道は、何ら警戒されていない。

王都へと一直線に繋がっているにも係わらず、途中に大掛かりな防衛拠点が一切無いのだ。

小さな集落が一つ二つ在る程度でしかない。

それにしたって、充分な戦闘能力が有るとは言えず、襲われればひとたまりも無い。


「王都が危ない」

「そうかもな」

「…………」

「睨むなよ。足を持たない俺が焦ったところで、意味は無い」


睨んだつもりは無いのだが、知らず厳しい目つきになっていたようだ。

志貴に言われなくても、彼が間に合わないことは充分承知している。

今の台詞にしたって、自分はただ考えただけのはず。

それに答えが返ってくるとは思わず、無意識に目を向けてしまっただけなのだ。


「ユウイチ様……」


そんな自分の心中を察してか、フィアが呼ぶ。

どうやら、また口に出してしまっていたようだ。


「行く。お前も出来るだけ急げ」

「俺は間に合わないだろうが……」


だろうな。

一言答えて、ユウイチはヴェーダの腹を蹴った。







代行者

それが、彼らの戦う意味








浩平達が王都を見渡せる開けた丘に着いた時、そこは戦場だった。

傷を負った兵が言うには、敵は二百人足らずとのこと。

周りの人間に、此処で残って彼の手当てをするよう命じた。

―――今は、出来るだけ早く王都に!!

馬を走らせつつ、浩平は馬上で頭を働かせた。

小さいとはいえ、一つの国を攻めるにはあまりにも少なすぎる数。

―――深い森に阻まれて多くは入り込めなかったのか、

―――此処に来るまでに失ったか………

どちらにせよ、ヘヴンはそう簡単には落ちない。落とせるはずが無い。

恐らく、彼らは傭兵。正規の騎士ではない。

―――これで落とせれば良し、無理だった場合でも、それほどの損害にはならない、か。

敵は、自分達が捨て駒であることに気付いているだろう。

だからと言って、自分の国に侵攻してきた敵を見逃すわけにはいかない。


「浩平、城下が!!」

「っ!!しまった………」


茜の声を受け、顔を上げた浩平が見たものは、黒煙を上げる町並み、そして、血に塗れながらも戦う兵と民の姿。

兵は兎も角、何故民が剣を取り戦っているのか。


「突撃ぃっ!これ以上の損害を食い止めろっ、奴らの攻撃を許すなぁっ!!


怒りが湧いてくるのを感じる。

考えることを止め、それを振り払うように声を出した。

これ以上、人が倒れるのを見たくなかったから。


「茜は西門っ、詩子は南門っ、雪見先輩は此処に残って東門の維持!

 くれぐれも油断するなよ!!」


鬼気迫る浩平の怒声に近い命令を聞いた彼女達は、頷く間も無く兵を率いて言われた場所へと急ぐ。


「浩平様、私達は!!」


間髪入れずにアトリーズとバーレイグの二人が声を掛けた。


「バーレイグは南門で詩子の援護っ、アトリーズは俺と来い!!」

「ういっす!!」

「了解!!」


敵が侵入したと思われる南門は、一番の激戦区になるだろう。

進入地点である場所は、大抵の場合退路でもあり、それを維持するために敵が多く残っている可能性が高いのだ。

そこへバーレイグを向かわせ、弓の詩子と共闘させればまず間違いは無い。

当然、油断は出来ないが。

バーレイグが行ったのを確認した後、反対に位置する城を目指して浩平も馬を蹴った。

ヘヴン王都は、周囲を石の壁に囲まれており、その中に街と城が在る。

簡単には進入できないが、横に長く、縦に短いという長方形型であるため、

一度進入してしまえば、北に位置する城には簡単に辿り着けるという欠点を持っている。

敵が入り込んでしまっている以上、既に城の付近にも敵がいると見ていい。

浩平達本隊が居ない間留守を守っているのは、川名みさきと氷上シュン。

二人が立案する作戦は、常に解放軍を勝利へと導いてきた。

更に、シュンは自ら剣を振るう戦士でもあり、その腕は折り紙つきである。

そんな二人が進入を許すなど、よっぽどのことが無い限り、まず有り得ない。

しかし、あちこちに敵が散らばり、城以外は殆ど占拠と言っても過言ではない状況だ。

万が一ということもある。

綺麗に整備された町並みを駆け抜けていると、やっと門が見えてきた。


「浩平様!城門が!!」


アトリーズが声を上げた。

浩平の目にも入っていた。跳ね橋が下り、城門が突破されているのだ。

何故かは分からないが、門が開いている。

通常、一つの城を攻めるには、その三倍の兵が必要だと言われている。

城攻めはそれだけ難しい戦いであり、また、犠牲が数多く出るという作戦でもあった。

攻撃側は、常に防衛側の攻撃に晒され、しかも、城に篭る敵を引き摺り出さねばならないのだ。

防衛側は、食糧と兵の根気が続く限り、ただ篭城していればそれでいい。

なのに、門が開いている。

何かあったのだ。それ以外に考えられない。


「このまま突入!苦戦しているであろう味方を助けるんだ!!」


自分の背後を駆ける仲間達に言って、浩平は門内部へと突入する。

中では、壮絶な光景が待っていた。

血を流す兵士や民があちこちに転がり、此処で激戦が行われたことを物語っている。

開いた首から血を垂れ流した人間が力尽きていたり、敵方に魔道士が居たのだろう、黒く焦がされた人であったものが倒れている。

呆然としていた浩平達だったが、はっと我に返ると、馬を降りて城内へと走っていった。








「私まで駆り出されるとは、よっぽどのことなんでしょうね…………」


忙しなく動き回る人々に混じり、天野美汐は一人呟いた。

目の前の人間に意識を向けた彼女は、血が滲む彼の腕に包帯を巻いていく。

浩平が言った怪我人の治療は、今も続いていた。

帝国、カノン、帝国と、連戦が続いている解放軍は現在、決して少なくはない負傷者を抱えている。

しかも、現在進行形で運び込まれてくる。

そのため、考えに没頭しているように見える彼女自身も、率先して手当てを手伝っているのだ。

昨日今日仲間になったばかりの人間もそれをせねばならないほど、この軍の人手は不足していた。

比較的怪我の軽い人間は、応急処置が終わると再び戦場へ戻っていくという有り様である。

同様に、怪我人が怪我人の治療に当たるという奇妙な光景も見られた。

自分にはある程度の知識が有ったためそれをやれたのだが、真琴にも知識が有ったと言うのは驚きだった。

曰く、「女なら当然のたしなみよぅ」らしい。

普段とは違って見える彼女の台詞に、一瞬呆気に取られてしまい、真琴に拗ねられてしまった。

謝るとすぐに許してくれたが。


「この状況では、後方で待機して指揮を執る余裕などないのは解りますが………」


だからといって、大将自ら先頭を駆けることはないと思います。

古今東西、そのような立場に在る人間は、本陣で、戦況をしっかり把握して、冷静に指揮を執るというのが常です。

私が見たところ、折原さんはそのようなことには向いていないでしょうね。

しかし、万が一が無いとも限りませんし………

折原さんのことですから、まともな作戦も立てずに走り回っているに違いありません。

会って間もないとはいえ、彼がユウイチさんに似た人物だというのは判ります。

問題と見れば首を突っ込み、見知らぬ人の為に人一倍苦労する。

どうしてそこまで出来るのか、不思議でなりません。

まあ、それが彼らの良い所なのでしょうけど。


「あう、美汐〜〜」


白装束姿の真琴が、私を呼びながら走ってくる。

やはり、周りに比べると浮いていますね。私もですが。

ってそうじゃなくて、名前を呼びながら走ってくるのは止めて下さいといつもあれほど―――


「どうかしましたか?」


何事も無かったかのように答える私。

我ながらよく躾けられた娘だと思うのですが、どうでしょう?


「うん、誰か居るみたいなのよぅ」


???

言っている意味がよく解りません。

考えが顔に出ていたのか、真琴はぶんぶん首を振る。


「あぅ、周りの森の中に誰か居るの。たくさん」

「!!まさか、真琴、声を掛けたりしましたか?」

「ううん、何か怖かったから、何もしてない」


良かった。

恐らく、いえ、間違いなく敵でしょうね。

人の雰囲気や思念に敏感な真琴だから察知できたのでしょう。

ともかく、敵が居ると分かった以上は、のんびり治療を続けるわけにもいきません。


「真琴、長森さんに伝えて下さい。動ける人を集めて、周りに立たせるようにと」

「うん。美汐はどうするの?」

「私も戦いますから、弓を取ってきます。真琴も、伝えた後は長森さんに従ってください」

「うん、分かった」


戦える人間のほとんどを城下に回したのが仇になりましたね……

此処で何か起こった場合には、長森瑞佳さんに指示を仰ぐようになっていますが、

彼女から戦えという命令が出ることは無いそうです。

逃げるため、もしくは、その足止めのための戦いぐらいしか指示されたことが無いとか。

この時代に何を甘いことをと考える人もいたかもしれません。

それでも皆さんが長森さんに従っているのは、その人徳のおかげでしょう。

優しく、世話好きな彼女ですから、嫌われるなんて考えられませんね。


「はぁ、はぁ」


やはり、慣れないことはするものではありません。

普段動くことが少ない私にとって、天幕に戻るだけでも一苦労です。


「あった……!」


立て掛けられている愛用の弓を手に、急いで戻る。

敵が襲撃してこないのは、何か作戦があるのでしょう。

例えばそう、包囲とか。

周囲を森に囲まれているため、逃げ道は無し。街道に逃げては敵の思う壺。

かといって、反対方向のヘヴン城下は現在戦闘中。そちらに逃げるなんて考えられません。

此処が小高い丘になっているというのも不利ですね。

あちらからは丸見えでしょう。

だとすれば、向こうの作戦が成る前に敵を殲滅してしまうしかありません。

私が戻ってきた時には、すでに兵が配置されていました。

流石長森さん、といったところでしょうか。

無駄が無く、行動も迅速です。

ただ、配置された彼らも負傷しているというのが不安です。

死者が増えるのは避けられない。

戦争をしている以上、仕方の無いことですが、

人として、死人が出てほしくないと願うのは当然でしょう。

しかし、他ならぬ自分が死者を出そうとしているのは、ちょっとした皮肉ですね。


あぁぁぁぁぁぁぁぁ




聞こえた声に顔を上げると、武器を振りかざした敵が向かってくるのが見える。


「天野さん!!来ました!!」


突然、傍に立っていた青年が声を掛けてくる。

長い間考えに耽っている私を心配してくれたのでしょうか。


「そのようですね……お互い、生きて会いましょう」

「はい!!」


青年に答え、私はゆっくりと矢を番えた。












城内は静まり返っていた。

かといって、何も無かったはずがない。

城内でも戦闘があったことは、容易に窺えた。

城門周辺と同じ様に、その辺りは屍の山となっていたからだ。

噎せ返る様な血の匂いを辿るように、浩平達は走る。

彼らが目指すは謁見の間。

みさきとシュンはそこで指揮を執っているはずだった。

急がなければ、城に帝国の旗が翻ることになってしまう。

シュンならばそう簡単に死ぬことも無いだろうが、如何せん数の上では圧倒的不利の状況である。

その上、目の見えないみさきを守りながらとあっては、彼とて苦戦を強いられるに違いない。

ひたすら無事を祈りながら走る彼らは、件の部屋へと辿り着いた。


「やあ、浩平君。ここはもう片付いたよ?」


待っていたのは彼らの探し人、氷上シュン。

漆黒の魔剣を携え、何時もの微笑を浮かべているが、返り血を浴びたその姿は凄まじい。

周りに横たわる屍のせいか、恐ろしささえ感じてしまった。


「浩平くん、ごめんね?みんなを助けたかったけど、ダメだったよ………」


その声に奥を見やれば、もう一人の探し人、川名みさきが玉座に座っていた。

日々の笑顔からは想像出来ないほど悲しそうな顔。

城と国を任せられたという責任を果たせなかったからではない。

ただ純粋に、多くの命が失われた事実に対して、心から嘆き悲しんでいた。


「……遅くなった。俺たちがもう少し早く来ていれば…………

 悪いのは、みさき先輩だけじゃない。」


静かに謝りながら、浩平は拳を握り締める。

爪が食い込み、そして痛みを伴うようになっても、それを止めない。


「二人とも、今ここで悔いてもしょうがないよ。

 まだ外でみんなが戦ってるんだ。

 彼らを率いる立場として、やらなければならないことが残っているはずだよ」


暗くなった雰囲気を吹き飛ばすかのように、変わらぬ微笑のままシュンは言った。


「……そう、だね」


俯いていた顔を上げ、みさきは涙を拭いた。

死んだ人々のために涙を流すのはいい。

そんな彼らにすまなかったと、涙ながらに謝るのも大切だ。

でも、泣いている間にまた誰かが死んでしまったら、それこそ犠牲になった誰かに許してもらえない。

そのことをみさきに教えてくれた人は、今はここに居ない。

だけど、本当にその言葉を理解しているのなら、泣くより先にやらなければいけないことがある。


「ああ、何やってんだろうな、俺………」


シュンが言った台詞は、少し前に言われたばかりではなかったか?

隣にいるアトリーズに一瞬視線を送る。

後悔というのは、後からするものだ。

だったら、全てが終わったあとに好きなだけしようではないか。

今はまだ、全て終わっていない。

ということは、まだやることが残っていると、そういうことだ。


「よし!城外へ出る。こんな戦いはさっさと終わらせるぞ!!」


おう!!

気持ちの良い声を受けて、浩平は再び走り出した。








一国の首都にしては、あまりに規模が小さいこの城下は、敵にとっては攻めやすい。

何しろ、今の数だけでも充分ヘヴン側を苦戦させているのだから、

この倍の数を揃えれば、あっさり陥落するんじゃないか?

いや、このまま自分達で制圧することだって、難しくは無いかもしれない。

当初の傭兵達はそう考えていた。

これなら、報酬上乗せだって夢じゃない。

そんな彼らの思惑は、解放軍の帰還に因って打ち砕かれた。

狭い城下は、攻撃側だけでなく防衛側にも有利である。

少ない数で迎撃できる、目的地に素早く到着できる、など、メリットは大きい。

だからこそ、遅れて到着した詩子やバーレイグの姿がここにある。


「とりあえずは敵を追っ払うことに専念しろ!!一人でも居着くと面倒なことになっちまう!!」

「情報が欲しいから、何人かは捕まえちゃってね」


群がる敵に反撃しながら軽口を叩く彼らが中心になっての戦いは、解放軍を優勢へと導いていく。

バーレイグが馬上で槍を振るう、詩子が弓を引き絞る。

そして、二人に続く兵達の攻撃で、傭兵達は確実にその数を減らしていく。

数分後、南門から敵の姿は無くなり、浩平へ使者を走らせる解放軍の姿だけが在った。

彼らも、決して少なくはない犠牲を払いながら。






「あまり、長くは持ち堪えられそうにありません、ねっ」


少し離れた所でひたすら弓を引きながら、美汐は呟く。

彼女が放った矢は確実に敵の命を奪うが、思っていたより数が多い。

どれだけ打ち倒しても、後から後からやってくる。

目前では、負傷しながらも陣へ敵を近付かせまいとする仲間達が奮闘していた。

それでも、奮闘虚しく散っていく姿がちらほらと見える。

元より負傷していた彼らが、調子においても数においても勝る敵を、

いつまでも退けていられるほうがおかしい。

ですが、と美汐は思う。

殆ど全ての面で劣る彼らがここまで戦えるのは、強い気持ちが有るからなのだろう。

大小の差はあれど、怪我を負った仲間が体を癒している天幕には、絶対に近付かせない。

彼らの鬼気迫る戦いぶりには、そんな想いが見て取れる。

気持ちだけではどうにもならないのが戦争だ。

かといって、その気持ちが無ければ、何も出来ないどころか始まりすらしないのである。

現実主義の美汐は、精神論はあまり好きではない。

強い気持ちだけでどうにかなるのなら、世界に苦しみなんてなかった。

幼い頃に経験した出来事からそう考えるようになっていた彼女だが、

目の前の光景を見て、激しく揺れ動く自分がいるのを感じていた。


「みんな、大丈夫!?」


街の方からやってきたのは、深山雪見の部隊。

本当に良いタイミングで来てくれた。

恐らく、瑞佳が使者を送っていたのだろう。

今までの戦いは時間稼ぎだったということだ。

美汐の周囲の人間は、思いがけない援軍に士気が上がっている。

事前に知らせておかなかったのは、これを狙っていたのかもしれない。

もしかすると瑞佳は、策士に向いているのではないだろうか?

未だに続く戦闘を視界に入れつつ、美汐はぼんやりとそんなことを考えていた。








敵味方の遺体と焼けた家々を残した一国の王都を視察しながら、浩平は静かに嘆息した。

戦闘が終了し、生存者を確認する段階に入ったものの、一人も見当たらない。

目にする亡骸の中には民の姿も多く、これでは気が沈むのも無理は無かった。

初めは、逃げ遅れた結果なのだと無理矢理納得させた。

それなら、ある程度は仕方がない。

国から出るための三つの門は全て制圧されたという状況下での脱出。

正直言って、成功させる方が難しい。

それぐらいなら家に隠れていた方が安全だ。

だが遺体の手には、必ずと言っていいほどの割合で武器が握られていた。

地面に横たわっている場合もあったが、これはつまり。

―――戦おうとしたってこと、だよなあ……

何故、そうしようと思ったのだろう。

国を捨てて逃げるか、家に隠れてやり過ごすか。

そのどちらかを選んだ方が、生き延びられる確率は高い。

家族を守るために?……どうだろう。

最期は家族の傍で、と考える男は多いはずだ。戸外には出ない。

となると、国を守るため?……どうだろう。

まだ復興途中の、国というのも憚られるような国を守るために死んだ?

まさか。

幾ら考えても、答えは見つからない。

幾ら考えても、それらは推測に過ぎない。

他の誰かの考えを、他人である浩平に理解できる筈が無い。

以前盟主だった一弥なら、解るかもしれない。

解放軍を導いて、ヘヴンの基礎を築いた彼は、仲間の一人一人に心を向けていた。

そんなアイツなら、仲間の心を推し量ることが出来ても不思議はない。

なら、俺は?

あの頃の俺は、一弥に率いられる側でしかなかった。

アイツと違って、参加した全ての人間の顔を覚えてはいなかった。

盟主になった今でも、それは変わらない。

家族でも、親戚でも、知り合いですらない俺に、何が解る?

わからないわからないわからないわからない―――


「浩平様」


何時の間にか隣に居たアトリーズの声が、浩平の思考を引き揚げた。


「……どうした?」

「……」


彼の視線を追った浩平は、少し先の人々の集まりを、初めて認識した。

膝を折り、死体に泣き縋る女性。

何が起こったのか理解できず、無邪気に名前を呼び続ける男の子。

何が起こったのか理解してしまい、ひたすら泣き続ける女の子。

それに似た光景が、あちこちで広がっていた。


「……俺は、あの人たちに何をしてあげられると思う?」

「え?」

「どんな事情があっても、それは関係ない。今この国を治めているのは、俺だ」


守れなかったのは、自分の所為だ。

あの人たちが大切に想う人を死なせてしまったのは、自分の所為だ。

自分は国に居なかったから、という言い訳は、彼らには関係ない。

確かに、ある程度の人間は置いた。

でも、こうなってしまった。


「あ……」


それは、誰の声だったか。

浩平と、一人の母親との視線が、合ってしまった。


「…………」


浩平は何もしない。

俯くことも、近寄って慰めることも。

ただ黙って、視線を受け止めるだけ。

詰られても仕方が無い、恨まれても仕方が無い、殺されても仕方が無い。

責任の一端は、自分にあるのだから。

静かに女性が歩み寄り、自分の前で足を止めても、浩平は何も言わなかった。


「……あの人は…」

「…………」


何を言われるのか。

何かを言われた時、自分は耐えられるのか。

何かを言い終わった時、自分は泣かずにいられるのか。

それだけを考えながら、浩平は次の言葉を待つ。


「あの人は……笑っていました」

「…え?」

「俺が死んでも、浩平様が居れば大丈夫だと、笑っていました」


鈍器で殴られたような衝撃が、浩平の中を駆け巡った。

彼女の夫は、剣を片手に家を出る直前、笑顔でそう言ったのだろう。

浩平様が居れば、自分が死んでも家族は大丈夫だと、生きていけると。

俺は、そこまで信頼されるに足る人間なのか?

涙を浮かべながら、女性は続けた。


「あの人が死んだことは、とても悲しいことです。

 でも、あなたを恨みはしません。

 それをしたら、あの人に怒られるから……」


そこで一息吐き、再び口を開く。


「…あなたを信じて死んでいった人がいるということ、忘れないで下さい。

 そうすれば、あの人は平和のための礎になってくれると思います」

「…………」


名も知らない彼女の夫は、そのために剣を取ったのだろうか?

圧制も差別も戦争も、そんな言葉すら存在しない平和な国のために。

決起時に一弥が言ったその言葉は、そのまま解放軍の行動理念になっている。

それを信じた大勢の国民は、彼に付いていくことを決めた。

そんな男が後継者に認めた自分を、彼らが見捨てるはずは無い。

平和を目指して活動する浩平達の為に、彼らは命を懸けた。


「今までと変わらず行動してくれるのなら、及ばずながら私も、あなたさまをお助けいたします」

「……はい」


ありったけの思いを込めて返事をする。

彼女も、解放軍の一員だったんだなと納得しながら。

温かく、高潔な心を持ったヘヴンの、解放軍の人々。

優しい人と、その想いが集まって出来たのが解放軍なんだよ、と。

いつか、嬉しそうに語っていた一弥の声が聞こえた気がした。






to be continued……



あとがき


お久しぶりです、紅い蝶です。

今回は、帝国のヘヴン攻めと、戦闘直後の浩平の葛藤を書いてみました。

地の文が多すぎて多少読み辛くなっている感がありますが、

それも私のウリの一つということで、ご了承いただければ幸いです。

さて、今回の戦闘ですが、出来る限り人々の思いを考え、想像して書いてみたつもりです。

そのために地の文が多くなってしまった、という裏話があったりするのですが。

戦闘は、まるで本当に起こったかのようなリアルさを、がテーマですので、

その点でお楽しみいただければと思います。

次章では、もう一つ帝国に攻め込まれた国、カノンのお話を混ぜつつ書いていこうと思っています。

何故カノンが攻められたのか、カノンはこれからどう対応していくのかに注目してみてください。

それでは。