「ふぁいと、だよ」
 私は何時もその子の優しさに助けられる。
 きっとこれからもそうだろう……。
 嬉しいことだ……。

 美坂香里の独白より。



デモン・バスター
―――北の町における雪の少女の退魔伝〜序章〜―――


第1話 日常の終わり、少女たちの始まり。【前編】



 水瀬名雪の高校二年生の始業式は親友の怒声と背中の氷の冷気から始まった。
「なっゆっきーー! 起きろーー!」
 普段のクールな仮面を脱ぎ捨て、鬼(オーガ)のような顔をした親友――美坂香里――の怒声によって名雪は目を覚ました。――目を覚ましただけで起き上がる気力はまだなかったが。
「かおりー、おはよー」
「おはよー、じゃない! 起きて着替えて走って学校へ行くーー! 時間がないんだからーー」
 そこで名雪は部屋に無数にと置かれている時計に目を向けた。……時間は……。
「はちじーーじゅうごふーんー?」
「そーよ。だから朝御飯食べてる時間なんてないのよ!」
 先程の香里の言葉に食事の単語がなかったのは、そういうことらしい。
 名雪の家から学校まで歩いて15分、学校の予鈴が鳴るのは8時30分。走ってなら間に合うが、それは家を出てからの話だ。とりあえず急いで――
「香里ーー、制服とってーー」
「自分で取りなさい!」
 水瀬名雪は何処まで行ってもマイペースな娘(こ)だった。


 120秒という現役女子高校生とは思えないタイムで身だしなみを整えた名雪は、香里と共に居間へと駆け降りた。
「おはようお母さん」「おはようございます、秋子さん」
「いつもごめんなさいね、香里さん」
 三人はいつものようにあいさつを交し合い、名雪はいつものように――
「お母さん、アレ借りるね!」「了承」
 ――いつものようにパンを咥え――
「行くよ! 香里!」「起き遅れたあなたが仕切るんじゃないわよ!」
 ――いつものように風のように去っていった。
「名雪ったら……。高校二年生にもなって、早起きのひとつもできるようにならないのかしら?」
 ――いつものような水瀬家の朝であった。
(もう目覚し時計で名雪は起こすことは期待できないわね……。香里さんにもこれ以上迷惑は掛けれないし……。――アレの導入を本格的に検討しようかしら?……)
 ――少々いつもとは違うことも在ったが……。


「香里っ!乗って!」「OK!さあ、Go!」「ガッテン承知っ、だよ!」
 いつものように、いつもな風に二人は自転車に二人乗りをし、時速20kmで疾走していた。
 名雪が漕いで、香里が後ろに立ち乗りだ。
 この構図が中学生時代から変わらないのは、幾つかの理由がある。
 まず第一に、二人の身体能力の差である。陸上部員で毎日走っている名雪と、平均的女子高生並みの体力しかない香里とでは、考えるまでもない。
 第二に、名雪の体力作りという理由も在った。……これはあくまで「在った」で、過去の話である。中学時代、陸上部に入った名雪は足腰を鍛えるために、自然とこうなったのだ……。
 というか名雪が早起きをすれば何の問題もないのだが……。

 それはともかく、二人を乗せた自転車は道端に雪が残っている北国の街の裏道を疾走していく。
 やはり自転車はダメだ……、私はそう思わずにいられない。
 華音高校の自転車通学率はすこぶる低い。他校が50%を軽く越えるのに比べ、華音高校は20%を切っているのだ。いくら華音高校が市街地から近く、交通の便が良くても、とてつもなく低い。
 理由はただ一つ。そして今、香里が感じている事でもある。それは――
「このスカート、短すぎるわよ……。それに冬制服のスカートの方が短いってどういうこと? 明らかにこの制服をデザインした人間のセンスを疑うわ……」
「えー、私はこの制服好きだなー。とっても可愛いし」
 私の愚痴に自転車を漕いでいる名雪が返事を返してくる。そうだろうな、と私は溜息を吐いた。このちょっと(=かなり)天然風味な親友は自転車を漕いでいる時に短いスカートの中が見えてしまうことなんか想像すらしないだろう。そしてそれが華音高校の自転車通学率の低さの原因(主に女子)だということも。
「ほら香里ー、覚えてるー? 中学校の時の火乃香(ほのか)ちゃん。あそこの制服なんかね――」
 考え事をし過ぎていたようだ。……まあ、この時間は人が全然いないから人目を気にする必要はないんだが。しかしスカートを観られていないか気にしながら登校するより、時間に余裕を持って歩いて登校したいものだなあ。私は心底そう願いながら溜息を吐いた。
「はぁ」
 多分、無理でしょうね。


 ここまではいつもと同じだ。だが今日は――ちょっとした事件が逢った。
「ねえ名雪、前に人が歩いているわよ。避けるなり、なんとか……って」
「くうー」
 その瞬間、香里の中で何かがぶちりっと切れた。
「寝るなー」
 そう言って、香里は自転車から飛び降りた。相当慣れているのだろう。あまり慌てていない。突っ込みまで入れている余裕さえある。
 香里が飛び降り、一拍おいた、次の瞬間。
 少年らしき悲鳴と、彼女の良く知る「だお〜」という鳴き声。そしてその二つの声をはるかに上まわる激しい衝突音がこの狭い路地に響き渡った。
 結局、ぶつかってしまったようだ。
 こういったことは今までに何度かあったが、相手が人間と言うのは初めてかもしれないなあ。と、香里は、着地に失敗して地面にぶつけたお尻の痛みに耐えながら、深く、深く、嘆息した……。


「大丈夫だよ、ほら別に何ともないし」
 名雪と香里が轢いた男――北川潤と名乗った――は「人のイイ奴」というのが水瀬名雪の第一印象だった。
 それも無理はない。何せいきなり後ろから自転車に轢かれ、その轢かれた理由が運転手が寝ていたと言ったら、十中十人は怒るか呆れるだろう。
 だがこの男は本当に気にしていないらしい。奇特な男である。だが、奇特でいったら水瀬名雪とう少女は彼の数倍奇特な少女だったので、次の瞬間には「あー、気にしてないんだなー。良かった」と納得し、気軽に会話を交し合っている。
 もう学校まで後少しの距離なので三人とも歩いている。……名雪は自転車を押しながらであるが。時間は8時27分。毎朝、1分1秒の時間を過ごす二人には充分「安全圏」である。
 潤が慌てていないのは始業時間を知らないのか……、または二人とも慌てていないので……。どちらにしてもたいした度胸である。
 そんな人の少ない登校道(人はまばらにいるが)を名雪と潤は話しながら歩いていた。
「へえー、北川君って転校生で帰国子女でフランス人とのハーフなんだー」
「まあね。別にたいしたことじゃないと思うし。……それと俺のことは潤って呼んでくれ」
「うん、分かったよ北川君」
「…………。じゃあ、オレ職員室行くから。教えてくれてありがとう。またな」
「……? うん。またねー、北川君」
 話しているうちにもう昇降口だ。
 そして北川潤は事前に知っていたのだろう、職員室の方へと去っていった。
 名雪は階段を上りながら先ほどから全く喋っていない香里へと声をかけた。
「香里ー。どうしたの、さっきから黙ってて」
「…………」
「かおりったらー」
「…………ィィヮ」
「え、なに?」
「かっこいいわ……惚れたわ」
「……え”?」
 突然の衝撃告白に名雪は言葉を失った。あの美坂香里が恋をした!? あの学年主席の天才、クール・オブ・ブューティーの異名を持つ美坂香里が一目惚れ!?
 ――と名雪が混乱の極みに達しそうになった時――
「でも、それが本当の恋である確証は無いわね」
 いつものクールな美坂香里がいた。
「確かに私は彼を見て「いいな」とは言った。でもそれは一時の感情の揺らぎかもしれないし、そもそも感情自体不安定なものでしかない。私は感情のまま突っ走るのが一番嫌い。必ず自己嫌悪に陥るから……」
「ああ、良かったいつもの香里だ。てっきり私、香里が発狂したかたと思っちゃったよ」
 香里は、親友のあまりといえば余りの言い様に呆れた顔を隣の親友に向けた。
「……あなたね……。ただ私はなんとなくかっこいいなー、と思っただけだし、小娘みたく告白なんて会ったばかりの男なんかにしないわよ。それに私が今それどころじゃないの知っているでしょう?」
 名雪は北川潤はかっこよく見えなかったし、香里だって小娘じゃんとか思ったりしたが、口にはださなかった。何年にも及ぶ付き合いで自然と学んだことだ。しかし最後の沈んだ一言には鋭く反応した。
「栞ちゃん、大丈夫なの?」
「大丈夫よ。今はまだ……」
 香里の不吉な台詞に名雪は眉を寄せた。実際のところ、名雪は何度か栞に会い話をしたが、栞の病気がどれだけ重いのか知らない。
 何故なら名雪は訊いていないからだ。名雪は香里の心の中にズカズカ入り込む気はない。必要と在れば香里から話すだろう。
 そう、その何時か。香里は名雪に話すだろう。
 ――妹は二十歳(はたち)まで生きられないの――
 その絶望の宣告を――。
「……名雪、ありがとう。……あなたがいてくれて私は――救われた」
 香里は感謝の言葉を呟き、そして――予鈴のチャイムの音と共に、二人とも駆け出した――


「北川潤です。よろしくお願いします」
 そう言って頭を下げた少年は、この国では大変珍しい天然の金髪だった。ハーフというも頷ける。
 北川潤という男は一言で言えば好青年だ。ルックスも良いし、人当たりも良い。あちら(フランス)ではどうだか知らないが、こちら(日本)では相当にモテルだろう。あれだけの好条件がそろった男なんてそうはいない、私だって――
 と、そこまで考えたところで彼女――美坂香里は思考の世界から舞い戻った。始業式が終わり、北川潤の転入騒ぎで始まったLHRだが、そろそろ終わりのようだ。
 それにしても……私もかなりキテるわね……。逢ったばかりの男にここまで気に掛かるなんて……。
 実際の所、美坂香里は生まれてこのかた男っ気がなかった。モテないとかではなく、近寄りがたいのだ。美坂香里と言う少女は、古臭い言い方をするなら孤高の存在なのだろう。
 ……まあ、そんなことより。
 香里は、そんな思考に終りをつけ、前で行われているH.R.に意識を戻した……。

 香里が放課後の予定、即ち栞の見舞いだが――に想いを巡らせていると……。
「あー、ところでテストを行……ってそんな嫌そうな顔をするな」
 嫌な顔をするなという方が無理だろう。何が悲しくて高校二年生の始業式から試験(おそらく高校一年の総復習辺り。しかも抜き打ちの)をしなければならないのだろう。他称「学年主席の才女」の美坂香里もそう思った。だから担任石橋の次の言葉が少々意外だった。
「だが安心しろ。知能テストの類いだ、10分で終わる」
 意外どころか不可解だ。変である。理由としてまず第一に、今時高等学校で知能テストなどをやるのだろか? まあ「今時」だからやるのかもしれないし、私が知らないだけかもしれない。だが第二に「10分で終わる」とはどういうことだ? 私の知る限り知能テストは普通の五教科と同じ40〜60分程度が相場だ。
 ――とそうこうするうちに冊子が配られてきた。やはり制限時間10分な為か薄く感じる。まあここ数年、知能テストなど受けた覚えなどないが……。それに知能テストの結果が良い=IQが高い=天才など一般的には言われているが、そもそも……
「では制限時間10分、はじめ」
 私はその言葉を聞いた瞬間、ページをめくりテストに集中した。これは中・高校生の学校生活で自然と身についた術(すべ)である。名雪は授業中、先生に見つからないように居眠りする技能を中・高校生の学校生活で身につけたらしい……。
 ――。先程のことなど思考にもはや――ない。


 10分と言う短いテストが終わり、今日は始業式のため、その後H.R.が終われば、即下校なのだが……。
「ああ、美坂と水瀬は少し残ってくれ」
 担任、石橋教諭の一言で、美坂香里と水瀬名雪の二人は残る羽目になった。
 そしてもう一人、この一言に反応する生徒がいることに誰も気がつかなかった。
(まさか……あの二人なのか……? ……、これも運命というものなのかな……)


「とりあえず、ここじゃなんだから、別の教室に行こう」
 二人は石橋に連れられて、まだ騒がしい南校舎を歩いていた。
 二人は理由も言わず呼び出す担任に少々不信の念を抱いていたが、とりあえずついて行った。

 北校舎、三階。
 華音高校北校舎は旧校舎に該当する。しかし旧校舎といってもこの高校自体、歴史は10年程度という極めて新しい学校である。開校当時は北校舎しかなかったらしいが、この華音市が「真未来型街計画」に指定され、人口が爆発的に増えた為である。
 その旧校舎であり、今はほとんど使われていない教室の前で石橋は立ち止まった……。
 この辺りまで来ると、辺りは本当に静かで、今この世に自分たち三人しかいないのではないかと名雪と香里は感じる程だ。
「この教室に、二人に会いたいという人がいる」
 突然、そんなことを言う担任石橋に、二人はどう反応したらいいのか判らない。
 一早く、気を取り戻した香里は石橋を詰問する。
「じゃあ、用があるのは石橋先生ではなく、この教室にいる誰かなのですね?」
「そうだ」
「では何故応接室などではなく、こんな使われてもいない教室なのですか?」
「それは知らん。私はただお前らをここに連れて来いとしか言われていない」
 その時、香里の頭に一つの仮説が思い立った。
「先生、本当は連れて来いと言われたのではなく、連れて来ざるをえなかったんじゃないのですか?」
「え? それ、どういうこと?」
 疑問の声を上げたのは、北校舎に入ってから一言も喋っていなかった名雪だ。
 香里は何時もの声で、簡単な謎を解くような声で喋り始めた……。
「つまり石橋教諭が私たちに会わせたかった「誰か」と言うのは、学校側へは知らせたくなかった、又は知らせることが出来なかった人物ということなんでしょう?」
「まあ、知っているのは一部の御偉い人たちだけかな? 少なくともこの学校の校長は知らないだろう」
「ふーん、そう。なら私たちは帰らせてもらうわ」
「え? 何で、何で?」
 またも疑問の声を上げたのは名雪だ。先程からとても生徒と教師と言う関係とは思えない言い争いに、すっかり置いて行かれてしまっている。
「あのね名雪、つまり石橋はこのことは学校には秘密で行っているし、そもそも怪しさ満点よ。さっさと帰るに限るわ」
 それに公務員の内職は訓告モノよ、しかも犯罪の匂いがしそうだし……。と、そう言って名雪の手を取り、南校舎へと戻ろうとした香里の耳に、石橋から聞き逃せない一言が聞こえた。
「しかし、そう悪い話でもないぞ。お前にとっても――お前の妹にとってもな……」
 その言葉は香里としては、決して無視できる話ではない。すぐさま香里は石橋に食いかかる。
「それ、どういうこと!? 栞に関係あるって!? 一体どういうこと!?」
 普段の冷静さを忘れたかのような激情のままに石橋に食いかかる香里。それを見て、名雪は香里を止めに入った。
「香里、落ち着こう! 落ち着かなきゃ分かるものも分からないよ!」
「……………………。そうね、まずは落ち着かなきゃね……」
 香里の落ち着きを見た石橋は話を続けた。
「まあとにかく。俺の仕事はお前らをここに連れてくることなんでな。どうする? 入るか、止めるか?」
「無論、入るわよ。さっさと開けて欲しいわね」
「まあ待て。水瀬にも訊かなくちゃいかん」
「そうね、名雪。あなたは戻ってもいいけど、……どうする?」
 そう言って振り返ってみた名雪は明らかに行くという顔をしていた。
「もちろん行くよ。……それに一人っきりでこの北校舎を歩いて帰るなんて絶対嫌だよ」
「そう。まあ話を聞くだけだと……思うしね……」
 二人の意志が決まったところで、石橋は声を上げた。
「よし、では開けるぞ」
 そして学校特有の横にスライド式のドアを開けて、二人は石橋に連れられて入っていった……。


 ――その部屋は別世界だった――
 そう香里と名雪が思うほど、その部屋は「別世界」だった。
 まず、普通の教室に在るべきである40組近くの机といすがなかった。たったこれだけでその教室はまるで違う部屋に見える。
 だがそれ以上に驚いたのは、部屋の真ん中に置いてあるソファーである。対になって二つのソファーがあるが、片方に一人の男がソファーに座って紅茶(多分)を飲んでいた。
 なんと言うか、すべてが変だ。そもそもここは本当に学校の中なのだろうか? そんな感覚に襲われる……。
「ッム。来たかね、少女たち。とりあえずソファーに座りたまえ」
 色々な意味で呆然とした二人だが、ソファーに座っている男が話し掛けてきた。
「石橋君、ご苦労さま。下がっていいですよ」
「分かりました。では失礼します」
 石橋はそう言って部屋を出て行った。
 男は石橋が教室から十分離れたことを確認し、ようやく復活した二人へと改めて話し掛けた。
「初めまして。Ms美坂、Ms水瀬。私はあなた方をスカウトしに来たダンカン・キンケイドと申します。以後ヨロシク」
 明らかに日本人ではないその男は、極めて流暢な日本語で話し掛けてきた。
 流石に明らかに日本人ではない男の極めて流暢な日本語に驚いた香里と名雪だが、こう一日の内に何度も驚いていると、流石に戻ってくるのも速くなる。
「こちらこそ初めまして、Mr.キンケイド。美坂香里です」「初めましてっ、水瀬名雪です。キンケイドさん」
「ウム。まあ私のことはダンカンでいいよ。それと、まあ座りたまえ」
 そんなダンカンの言葉に従い、二人はソファへと身を降ろした。
「さて、早速本題に入るがね……」
 ダンカンが話し始めようとした、その時。
「その前に一つ聞いていいかしら、Mr.キンケイド?」
 香里が口をはさんできた。
 心底珍しいと名雪は思った。「人の話を途中で切っていいのは勧誘だけよ」と、香里が以前洩らしたのを名雪は知っていた為だ。香里がそこまでして訊きたいこと。……やはり香里は石橋先生の言っていた、香里の妹――美坂栞――のことについて訊くのだろうと名雪は確信した。
 その通りだった。
 香里は出来るだけ冷静に言葉を選んで話していたが、握り締めたこぶしが彼女の心中を物語っていた。
「先程石橋先生にこの話に私の妹が関係していると言われいましたがその話についてはどういうことなんでしょう?」
 今の台詞を聞いた名雪は思わず鳥肌が立った。何というか怖い。この台詞が一呼吸で言われたこともある。だがそれ以上に、名雪はロジックではなく本能で恐怖を感じた。もしダンカンが否定、又はそれに準ずる行為をしたら、そのまま物理的手段――殴り、蹴り――等が出そうな感じだ。
 そんな空気にびくついた名雪とは反対に、ダンカンは冷静にそしてあっさりと言葉を返した。
「――美坂栞。15歳。本年4月華音高校入学予定。病状から重度の血液関係かと思われる。10歳の時に発病、成人までの生存確率およそ0.7%。だが、とある最先端の特殊治療を施すと、成人までの生存確率、98%」
 ダンカンが書類らしきものを見ながら話した内容は二人にとって衝撃的だった。名雪は栞の病状に。そして香里にとっては最後の一言が。
「治るのね! あの子の病気が!」
「無論。我々の所持する薬と特殊治療を施せば、の話だが」
 香里の叫ぶかの問いにダンカンは極めて冷静に返す。だが、蚊帳の外で話を聞いていた名雪は気付いた。ダンカンが本題のことをまだ話していないことに。いやそれどころか、彼はその話をはぐらかそうとしているような気がする。
 それに、このままでは香里はダンカンの話に必ず乗るだろう。それは拙い。この交渉はあくまで私たちに有利なのだから。出来るだけ話を聞き出さなければいけない。このままではなし崩しに了解の返事を取られてしまう。
 それに、この話には少なからず自分も関係するのだろうから。伊達や酔狂でこの場に私も呼んだわけではないだろう。もし香里が頷いてしまったら、自分もYesと取られてしまうだろう。
 だから、名雪はダンカンへと口を開いた。
「そういえば、キンケイドさん」
「どうかしましたかな? Ms.水瀬。……それと私のことはダンカンでいいと……」
「……。それではダンカンさん。まだ本題についてはお聞きしていませんでしたね。是非とも本題についてお話して頂きたいのですが……」
 名雪の静かな、そして冷たさを含んだ声に香里はようやく冷静さを取り戻した。
「……そうね。そういえばまだ訊いていなかったわね……。まさか無料(ただ)で栞を治療してくれるわけないし……。私は一体何をすればいいのかしら?」
 名雪と香里の冷静な詰問に、流石にダンカンも本題を話さざるをえなくなった。
「フム……。君らのような少女なら容易く騙せると踏んでいましたが、やはりそうはいきませんでしたか……」
 この挑発を多分に含んだ言葉にも、やはり二人は冷静さを崩さない。
「それはいいから早く本題を言ってくれないかしら?」「そうだね。まずは本題を言ってもらわないとね」
「……判りました。では、まず本題を告げましょう」
 そう言ってダンカンが告げた本題は、二人にとって日常の終わりの始まりだった……。
「あなた方には、悪魔退治の国連機関【デモン・バスター】の一員になってもらいます!」





後編へと続く。








 ……。お久しぶりです。紅き後継者です。
 ……。すいません!!! およそ2ヶ月ぶりの更新です。
 まあ、これには色々なわけがあるのですが……、例えばこの話は2月の終りには出来上がっていたとか……(あくまで噂です)。例えば、某やり込みゲーにハマッテいたとか……しかもおよそ50日で200時間ほど……(あくまで噂です)。例えば、新しいナデシコ系二次創作を構成しだしたとか……(あくまで噂です)。――挙げだしたら切りがないです。
 本当ならこの話も後編と一緒に投稿する予定でしたが、今月(2004/4)の投稿ラッシュに驚き、急遽細部を修正し投稿となりました。
 ――えー、ではまた何時かお会いしましょう――

2004.4.17
風呂あがりの自室にて。