Kanon Another Story...
闇を駆ける。
今日もこうして一日が終わる、だが彼女らの一日はこれから始まる。人知れず幾百年もの遥かなる昔からこの国と人々を『存在しないもの』から守ってきた異能者たち。この何百年もの年月によって彼らの呼び名は幾度となく変化してきた。だが彼らの仕事を決して変わりはしなかった。そう今、現代でも。
「……それでね美汐、あのジジイったら『貴様みたいな子狐が里を降りるなどと百年早いわ!』なんてさ、酷いと思わない?」
そう問いかけるのは、まだ幼さの残る少女。地毛と思われる金髪を左右から垂らしている。その瞳には悪戯っ子特有のずる賢さの色がある。
「そういうものではないですよ、真琴。じいも好きで言っているわけではないでしょうに。あなたを心配して言っていることなんでしょうし」
答えるのはもう片方の少女とは反対の空気を持った赤毛の少女。妹と姉、娘と母、被保護者と保護者、そんな感じが似合っている二人。
「ふーんだ、私は今、反抗期なのー。祐一にはもう半年も会っていないしー」
「我慢しなさい真琴。まだ貴方は人に化けるようになってから日が浅いのだから……」
親友の美汐の言葉に流石の真琴も黙らざるを得ない。
「解ってるわよ美汐。でもこの話題も何回目かしらね……」
「少なくても十回は超えています。貴方もそれがわかっているのならもうこの話題は……、――真琴!」
「分かってるわようっ、500m位かしらね」
突然、今までの友人同士の軽い空気は霧散し、二人の顔に軽い緊張が走る。
「ええ、誰か交戦しているようですね」
「そうみたい、なんか素人臭い戦い方だけど」
真琴には500m先で何が起こっているのか見えるらしい。もしそれが事実だといたら恐るべき視力であろう。
「恐らく二月ほど前からこの街に駐留している国連の退魔組織でしょう」
「ああ、あの殲滅機関ね」
美汐の台詞に思いっきり嫌そうな顔をする真琴。無理もない。国連の退魔機関は退魔というよりは殲滅という言葉のほうがお似合いというのが『業界』での一般的な評価なのだから。
更に真琴自身、広義的に見れば彼らの獲物に該当するのだから、嫌うのも無理はない話だ。自分を殺そうとする連中を好きになれるわけがない。
「ですが助けないわけにもいかないでしょう」
「そりゃあそうだけど……。うちのガッコの制服着ているんだけど……」
真琴の言葉に美汐はほぼ反射的に、
「では……ばれない様に」
そのとき美汐は激しい
そしてそれは間違っていなかった。
美汐の視界には満面の笑みを浮かべている真琴の姿があった。そしてその手には。
――二ヶ月前、彼女を羞恥のどん底に陥れた赤と青のお面があった。
名雪と香里は苦戦していた。一月ほど前、新しく入ったメンバー・久瀬英治と倉田佐祐理。合計で五人となったこの小隊は、深夜の巡回では二つの組に分けている。この組み合わせは毎回変わるように設定されている。メンバー間の連携を高めるために潤が提案したものだ。今日の組み合わせは名雪と香里、英治と佐祐理と潤だった。
名雪と香里もこの仕事にも慣れつつあり、潤としても安心していたのだが、今回、名雪と香里が遭遇した敵は、今までの戦術――支給された拳銃の特殊弾頭による攻撃が通じないのだ。いや効果がないのかは分からない。しかし十発を超える
その化物は今までの敵とは外見から違った。一言で言えば、そいつは『
――そして交戦し始めて十分ほどが過ぎようとしていた。
◆
「名雪、潤君たちに連絡してどれくらい経った……」
「もう五分くらい経ったとと思うけど……、正直分からないね……」
二人はひどく消耗していた。戦闘を開始してからおよそ十分ほど。別のルートに見回り中の潤たち三人は自分たちとはだいぶ離れている。たった五人で小さいとはいえ、一つの街を見回りするのだ。どうしても応援に駆けつけるのには十分ほどかかってしまう。
そしてもう何度目にかなるか分からないスライムの跳躍だ。基本的にスライムの攻撃は、飛び跳ねて上から押しつぶそうとする単純な攻撃である。名雪と香里も慣れたように場所を移動しようとするが……。
「きゃっ」「名雪!?」
地理条件は最初っから二人にとって最悪だった。時間は深夜。辺りは暗く、場所は
そのような様々な要因の中、地面から出っ張っていた石に
「……!」
「名雪!」
声にならない悲鳴をあげる名雪。援護の間に合わない香里。絶体絶命のピンチだった。
――しかし最後の瞬間は訪れなかった。香里はその次の瞬間、スライムが青い炎に身を焦がしているのを
その人物らは自分らと大して変わらないように見えた。女性と思われる華奢な体型、細い足。だが、全体から感じるプレッシャーはそこにいるスライムよりも遥か大きく感じる。
だが問題はそんなところではない。
なんで、お面なんて被っているのだろう??
疑問はただその一点にある。今の状況全てをうっちゃっても、その事を詰問したいぐらいだった。
だが現状はそうもいかない。目の前のスライムは未だ傷を負って入るが健在だし、名雪と香里には対応策がないのだから。唯一の希望といえば目の前の見知らぬ二人でしかない。
◆
闇夜の中、二人の少女が立っていた。二人とも小柄な少女、少なくとも名雪よりも身長は低いだろう。だが、その顔はこの場に全くそぐわない物体で覆われていた。
仮面である。それも立派なものでなく、屋台でありそうな安っぽいアニメの顔で出来ていそうなそんなチャチなものである。これらは赤い仮面を被った方が今年の夏祭りのとき屋台で買ったものである。一つ500円だった。
「何とか間に合いましたか」
蒼い仮面を被ったほうが喋った。とてもではないが被っている仮面についても詳しい描写は口に出来ない。それほど口に出せない、――まさしく悪夢のような
「そうね。じゃあ、とっとと殺しちゃおうか」
そう明るく話したのはもう一人の少女。こちらは赤い仮面を被っている。同じく詳しい描写はとてもではないが口に出来ない。
だが香里と名雪は恐怖した。その何気ない口調に。その絶対的な言葉に。
――それはまさしく、圧倒的な強者の言葉だった。
◆
――数分後、潤たちが駆けつけたとき、その場には応援を求めた二人の無事な姿があった。
しかし、敵の姿はなかった。あったのは――
深夜のはずなのに、地面に視えた直径1mほどの
――その焼け跡は夜の闇よりも
「――というわけです」
翌日、昼休みのとある空き教室にて昨日の件についての緊急連絡会議が行われていた。
とはいってもメンバーは潤と遠くフランスにいるミランの二人だけだが。
「なるほど。つまりはその昨日の戦いを助けてくれた謎の二人組みについての調査の許可を欲しいと?」
報告した北川潤の上司、ミラン・トラムは未だ半分ほどしか目を覚まさない脳に活性化させようと頭を振りながら潤に訊いた。彼がいるのはフランス。時差の差はこんなところで彼を苦しめる。
「まあ、そうです。正確には捕らえて尋問する必要もありますが」
だが、潤の答えはミランの予想とは少々違うみたいだ。彼の考えはきちんと聞いておこうとミランは質問した。
「おやおや、尋問とは穏やかではないね。せっかく助けてもらったんだ。お礼ぐらい言ったらどうかね?」
「何を言っているんですか! この町に我々の知らないデモン・バスターがいるんですよ? つまりはモグリということです」
ミランは何でそういう三段論法が成り立つのか本気で信じられなかった。そしてこの退魔機関は一体何を教えているのだろうと思った。まさか、この世界に退魔機関はデモン・バスターしかないとでも教えているのだろうか? それこそ馬鹿げた話だが、彼の様子を見ている限りその可能性も否定できないだろう。
ミランは、頭の中であれこれ考えたが、結局はストレートに質問した。
「まさか君はこの広い世界に退魔機関がデモン・バスターしかないと思っているわけではないだろうね?」
言外にそんな事は無いだろうね?、という圧力の言葉を含ませて。
その言葉に潤はこの組織では
「まあ、退魔機関がデモン・バスターだけではないという事は知っていますが、国連の認可が下りているのはデモン・バスターだけなのですから、他のは全てモグリでしょう? 少なくとも
ミランは潤の、というかこの組織のあまりにもな考え、思想に思わず卒倒しそうになった。正直な感想としては「なんじゃそりゃ−!」だ。
あまりにも自分本位的な、自分が正義だと信じているアメリカ的な思想。同時に危険だとも思う。もしまたその謎の二人組みと接触するという事が起こってしまったら、潤は本当に実力行使を行ってしまうだろう。
日本は世界にも誇る有数の呪術国である。その国の霊的潜在能力はその国の歴史の長さに起因する。他にも様々な要因はあるが、日本の退魔士・戦闘異能者の力は世界トップレベルだ。だからこそ、デモン・バスターもこの国の優秀な異能者を発掘しようと躍起になっているのだから。
ミランは大きく息を吐いた。潤の怪訝そうな顔も気にはならない。潤は悪い人間ではない。それは数ヶ月という短い期間だが、上司と部下という関係を続けてきた間柄だ。それぐらいの事は分かる。だからこそ、やらねばならない事だ。
ミラン・トラムは決断した。
「放課後、メンバー全員をこの教室に集めてくれ。今後のためにも説明は全員にしたほうがいいだろう」
私も彼らと面を向かって話したこともなかったし、とミラン。
「……全員ですか?」
「そうだ。この際だ、業界の話しをしておくことも悪い事ではあるまい」
そう言って、ミランは背もたれに大きく筋を伸ばした。
そして時間は流れ放課後。
華音高校の今は使われていない旧校舎の一室に、デモン・バスター第237小隊の面々がそろっていた。そこに置かれた一つのディスプレイ。そこに映るのは、今は遠き
「やあ、初めましてだね。私が君たちの上司に当たるミラン・トラムだ。これからもヨロシク頼むよ」
「この人は俺の上司に当たる。俺も付き合いは数ヶ月ほどだけど、」
潤は初見である四人の方に向き直るが、四人とも何ともいえない表情をしていた。
「えーと」
水瀬は困った顔をして。
「あははー」
倉田先輩は声だけが笑っていて。
「一つ聞いて良いですか?」
美坂は頭を押されながら質問を口にしようとし。
「その仮面は何だね。余りにも礼儀に反するだろう」
久瀬会長はストレートに詰問した。
それに潤は慌てた。
実は潤も前々――というか逢ったときから疑問に思っていたんだが、この業界では他人のことに深追いしないのは暗黙の了解なのだ。この業界に属するものは大かなれ少なかれ、他人が深追いすべきではない事情が存在するものだ。
「おっ、おい。みんな……」
「オヤオヤ、礼儀に反する返答だね。潤からきちんとした指導は受けていないのかね」
ミランの声は平坦だった。少なくとも潤はそういう声を聞いたのは初めてだったし、その声を聞いて背筋が寒くなった。
魔術師のことはあまり知らないが、遠くにいるからといって攻撃できないとは限らない――
そんな心配をする潤を置いて、潤の部下四名は口々に本音をぶつけていった。彼ら彼女らには、こんな怪しい格好の男に気を使う気はないらしい。
「少なくともそんな仮面をかぶった人に礼儀を云々言われる筋合いは無いです」
「名雪……」
流石に驚いた顔をする香里。名雪と中学時代からの付き合いである香里でも、ここまではっきり他者を非難する名雪を見たのは初めてだった。
やはりこの組織に入ってから名雪は変貌しているのかもしれない。いや変貌という言い方は変か、これが本当の彼女かもしれない。――そう、この頃思うようになった。
そんな香里の物思いを他所に、
「その通りだ。水瀬、たまには良いことを言う」
「たまには……?」
久瀬の余計な一言に名雪が疑問を浮かべ。
「そうですねー、少なくとも前もって仮面のことを言っておくか、その仮面をかぶっている理由をお聞きする必要があると思いますが」
佐祐理さんがいつもとは違う笑みを浮かべ、ディスプレイの
「そして最後に言っておきますが、私たちは遭ったこともない貴方に忠誠なんて、無理な話です」
名雪がこの四人の全員の意思ともいえる思いを代弁した。
慌てたのは潤だ。彼はみんなをちょっとビックリさせようと思って、仮面のことをあえて言わなかったのだが、現実は彼の予想の遥か斜め上をいった。
これは潤がデモン・バスターという組織に長年いたせいか、変人を自然と受け入れてしまう土壌が出来たことが原因かもしれないが、この場合は確かに名雪たちの判断が普通だった。
「す、すいません、隊長」
「なに、謝る必要はない潤。良い隊員たちだ。――むしろこの反応が当然だ」
潤の謝罪、色々な意味のだが――それに対して笑みすら浮かべる仮面の男、ミラン・トラム。少なくとも名雪以外の香里、久瀬、佐祐理は仮面の男が自分らを試しているのことに気がついた。
「申し訳ない、このような無礼を働いて失礼する。――しかし、君たちは優秀だ」
そう言って、仮面の男――ミラン・トラムはディスプレイの向こうで頭を下げた。
◆
「改めて自己紹介をしよう。私の名前はミラン・トラム。国連退魔機関デモン・バスター極東方面の担当官の一人で潤の直接の上司に当たる。……そしてこの仮面は」
ミランは仮面を外す。彼の顔右半分を覆い隠すような仮面を。
誰かが呻き、また別の誰かは言葉をなくした。
――それは、比喩の表現なしに『顔がなかった』。それも先天的ではない。なんらかの外的要因によって、顔がなくなっていた。
「見ての通り、顔の左半分は『無い』。この組織に入る前はフリーで仕事をしていたんだが、そのときに『持っていかれた』んだ。まあ、若さゆえの過ちというものか……」
そう言って笑ったミランのには確かに後悔の念はない風に見えた。
――そう、見えた。
◆
そうして、自己紹介も済み、話は本題――昨日の正体不明のデモン・バスター、退魔者に移った。
「さて、本題に入ろうか。昨日君たちを救ったのは、我々が『
「陰陽寮って平安時代の……?」
「うむ、
「しかし、あくまで作り話でしょう?」
信じられないと頭を振る香里。
「そう信じられているが、しかし現実にあったことを書物に残したと考えた方が自然だ。ありえない、という思考をしなければだが。そして君たちはそれができると思うが」
「……」
「……」
確かにそうだ。四人はそう思った。自分らは今まさに
四人の中で一番早く立ち直ったのはやはりというか英治だった。
「ふむ、それについては解った。では具体的に水瀬たちを助けたのは『誰か』という話だが、心当たりは?」
「正直当ては無い。我々のような新興の組織はえてして他の組織とは仲が悪いことが常でね……。まあ少なくとも敵ではないので『頑張ってくれたまえ』」
それが、今の私たちが知りうる『彼女ら』の情報のすべてだった。
――そしてそれが、『
ミランとの事務的な話がある潤は残り、名雪ら四人は夕焼けに染まり閑散とした校舎内を歩いていた。前に名雪、香里。後ろには英治、佐祐理だ。
只でさえ文科系の部活が少なく、放課後は人がいなくなる華音高校。更に旧校舎となれば、不用意に近づくものはいない。聴かれてはまずい話をしても問題はなかった。
最初に口を開いたのは、香里だった。
「あの男、苦手なタイプね」
「おや、君のような女性にも苦手なタイプが存在するとは」
皮肉るような声は勿論、英治だ。これが彼の
「久瀬さん、そういう言い方は良くないですよ」
「そうだよ。そういう言い方は良くないよ二人とも」
「二人……とも?」
何故か、自分も入っていることに不思議そうな顔をする香里。
しかし、名雪的には香里の発言は
「そうだよー。人の悪口を影で言うなんて良くないよー」
「ならば、堂々というのであればいいのかね?」
またまた皮肉るような口調。もはや彼のアイデンティティなのかもしれない。
「……それは」
だからといって別の考えがあるわけでもなく、口ごもる名雪。
「まあ、名雪の言うことも分かるけど。私が言いたかったのは――」
「良い具合にはぐらかされた、と?」
「そうです倉田先輩」
いつしか、四人の足は止まっていた。
「佐祐理でいいですよー、香里さん」
「そうも行きませんよ倉田先輩。――で、あの上司――ミラン・トラムが言ってたでしょう? 『頑張ってくれたまえ』って。つまりはこちらは何もしないしできない。自力で何とかしろってことでしょう?」
「まあ、そうだろう。そもそもこの組織は国連の非公開組織と言っていたが、その存在は確認できなかった。――無論、私の調べられる限りの話だが」
だからこそ、非公開組織だろうがね――そう、皮肉るのは口に出さずとも分かることだ。久瀬だし。
「倉田先輩は何か知りません? 倉田先輩の家って昔からここら辺の地主でしたね」
「はい。正直な話、『陰陽寮』という組織はあるでしょう」
「……」
香里としては『そんなものは作り話に決まっています』という返答を望んでいたみたいだが、当然のように佐祐理は重大発言をした。
佐祐理はやはりというか、びっくりしている香里を尻目に話を続ける。
「ただ、そういう組織を
「……と言うと……?」
「本来、自分の国の厄介ごとは自分の国で処理すると言うのが、古来よりの慣わしです。ただ、二次大戦後に国連というグローバルかつ強制力のある組織が出来上がり、世界は急速に狭くなりました」
勿論、物理的ではなく精神的なものですが、と佐祐理は言葉を付けたし。
「しかし、現在の国連は米国なくては機能しません。それは即ち、国連は実質、米国のモノであると、言い換えることもできます」
勿論、それは正しくないですし、すべてが米国の思い通りに行きませんが、と佐祐理は更に続けた。
「つまり、デモン・バスターは米国が組織したものだと?」
「それは極論にというか、かなり飛躍した考えになりますが、間違いないかと」
「……確かに、そう考えれば思い当たる節がないわけではない」
英治が壁にもたれながら呟く。香里と肩を並べるほどの現実主義者の言葉に皆の目が彼に向かう。
「……ム、大したことではないが。先ほど、あの男が言っていたであろう。『その国の霊的潜在力はその国の歴史の長さに比例する』と」
「ええ。だから日本では優秀な資質を持った人が多いと言っていましたねー」
そうなると、話も判りやすいですね、と佐祐理は言葉を続ける。
「米国は先進国の中ではダントツに歴史は短いです。日本と比べても単純に数倍は違います」
確かに、と名雪は思う。米国の歴史は西洋から移住者が元だし、彼らが国家として独立したのは1776年のはず。……確かに、300年経ってはいない。
「そう考えるとこの組織の裏には米国があり、かの国の思惑で動くということもありうるということか」
眉をひそめる英治。それは全員の想いだったのかもしれない。四人とも多かれ少なかれ『人々の為』と思い、この組織で働くことを志願したのだ。他国の駒となって働くなどというのは、容認できないことだった。
言葉が詰まる中、香里がこの重苦しい雰囲気を払うかのように口を開く。
「――でも今もっての問題はもっと身近なことだと思うんだけど」
「はい。まあ、私たちがこんなマクロ的なことを考えても仕方ないことですが」
確かにそうだった。デモン・バスターをどの国主導だのということは今の自分たちにはまあ、関係ない話だ。バイトだし。いや、ボランティアか。
「問題は、デモン・バスターという組織が、どうして私たちのような素人の高校生を雇うかよ」
「え? 北川君もミランさんも「そうじゃないわよ、名雪」
「そうだ」
「私たちは碌な教育も受けずに実践に投入されているわ」
「最もな問題は、業界における全くなかったことです。裏ではともかく、普通に考えれば異常です」
「我々はこの業界において、知っていることがあまりにも少ないということだ」
そうそれが一番の問題だった。自分らの所属している組織が、その業界での立場を彼らは知らない。しかし今日、潤の言葉からある程度は理解できた。
そして、昨日出会った二人の少女らの差から。
――彼らはプロだった。そして――
「正直、我々はアマチュアだ。この国の退魔機関とやらが、我々のようなアマチュアとは到底思えないし、昨晩、水瀬たちが遭遇した二人組み――恐らく『陰陽寮』の者であろうが、我々よりも遥かに錬度は上のようだ。……しかし」
しかし、だ。と、英治は言葉を続けた。
「我々の目的を忘れてはいけない。我々の目的は――」
「この町を訳の解らない
英治の言葉を当然の真理のように名雪が継ぎ、
「そうだ。別段、陰陽寮とやらの力を借りることを恥とすることはないし、本来それが自然体であるべきだ」
「しかし、出来ない」
英治、香里。
「何故か?」
問いかける英治。
「まあ、仲が悪いんでしょうね」
最後に佐祐理。なんだかんだで、私たちって気が合うのかなー、と名雪は思った。
――そう、それがこの小隊、デモン・バスター極東方面大237小隊の今後の基本方針となった。
――そう、約一年弱後に解散するという、活動時間一年にも満たない短く小さな小隊の。
――1つの決まりとなった。
何時か、何処かで、誰からが――
「正直な話、国連の退魔組織は巨大かもしれませんが、末端の戦闘員の実力は貧弱の一言ですね」
「そーね、あの程度のスライム、殺せないで退魔を名乗ること自体、腹立たしいわよ」
「まー、俺も立場的には彼らの方に同情的だけどよ。なにせつい最近までそんな存在を知らなかった人間が、行き成りわけの分からんものと戦わされるんだぜ? しかも武器は効くかどうかも怪しい鉄砲一丁。死なないだけでマシだよ」
四人の中でも只一人の男性は、立場の異なる――立場だけが異なる同業者に同情した。
「まあ、日本だけでも死人は結構出ているそうですよ。無論、非公式な組織なのですから公表などするわけもありませんが」
少女が哂う。彼女にも退魔の誇りはある。それを汚す愚かな人間どもを、哂う。
「美汐。それで彼女らは私たちの脅威になる?」
最後の一人、漆黒の髪を伸ばした美女――
「正直な話、4月に転校してきた北川潤。彼はリーダーとしては中々に優秀なようです。それと現地でも結構な成果を残していますが……」
美汐と呼ばれた少女は、北川潤がフランスでの仕事をまとめた調査報告書に目をやり。
「正直な所、成果が出ているのは味方が優秀なおかげですね。彼自身の能力は指揮力が優れていることでしょう」
「ふーん。なら一人なら大したことはない、と」
「群れなければ何も出来ないってことですかねー?」
真琴と徹の言葉は
その二人に眉をひそめたのは彼と同じくリーダーを務める美汐だ。彼女には自分と同じお馬鹿な部下たちをまとめる北川潤とは、シンパシーを感じるかもしれない人物なのだ。
つまり、反発よりも親しみを感じてしまうのだ。
だから、彼女は彼を弁護する。
「そういう風に言うのは止しなさいお二人方。それに指揮力というのは大事ですよ。私も彼と同じような役目をしていますが、あなた方の
「……いやぁ、俺たちはホラ、少数精鋭ですから」
「信頼しているから問題ない」
いつも上から小言を受けるのは私なんですが。という嫌味は口に出さなかった。
――それこそ、いつものことだから。
◆
――話し合いという名の
「それとメンバーの中には地元の代議士の一人娘、倉田佐祐理嬢がいますね」
「え? 大丈夫なのかよ先輩」
「大丈夫。薄々は気がついていたから」
「なんで止めなかったのよー」
「佐祐理は一度決めたら頑固だから。覆すのは無理」
――まだ、続く。
「おいおい、久瀬会長までいるのかよ?」
「知らなかったんですか? 彼らが退魔を始めて既に一月経っていますよ?」
「……いや、俺は前線タイプだし」
先ほどのことを蒸し返されるのかと徹は及び腰だ。
美汐は彼の相方に視線をずらし、
「全く。先輩、少しはものを考えるということを教えておいてください」
「無理よー。舞は全然しゃべんないものー」
「はちみつくまさん」
「先輩が俺に指示出すのって戦闘が始まる前だけなんですけど……」
(はぁ。何で私がこんな馬鹿三人のリーダーをやっているんでしょうか……)
美汐の苦労はまだまだ続く。
◆
――そして。
「あと、水瀬名雪。彼女はあの水瀬秋子の娘ということが分かりました。つまりは彼の
最後の
「ゆーいちの?」
「そういえば祐一、従兄弟がいるって言ってた」
「えーと、先輩。祐一ってだれですか?」
彼女らが言う『ゆういち』たる人物。この場合、彼は関係ないので美汐は。
「問題は彼女が、「無視ですか」の娘ということです。現役を引退して20年近く経っていますが、伝説にまでなった人です。油断は出来ません」
「何より彼女には『水瀬』の血が流れている。あの『水瀬』の血が」
畏怖するように。嫌悪するように。舞の表情は元々無表情ということもあるが、今のは特に判別がつかなかった。
この中で一人、話しについていけない自分がいた。徹だった。彼も名雪たちと同じように勧誘されたクチだ。そういう意味では彼らの立場に近い。――そして、知識も。
「あのー、水瀬の血ってなんでしょうか?」
「……先輩。一月ほど前、水瀬のことを知っているようなことを仰っておりましたが……?」
「いやー」
「徹はよく嘘をつくから」
「いや先輩、こういうのは知ったかぶりと言うんだぜ」
偉そうに徹。こういう時に突っ込むのは決まって真琴だ。突っ込みやすいタイミングだし。
「なに威張ってんのよ! お馬鹿!」
「……もう、私嫌なんですけど……」
誰か、代わりにリーダーをやってください。
この三人をまとめるのは私には無理です。
――切実な願いだった。
-interval out-
第四話、終了。
第五話へ続く。
□後書。
えー、前の話で一ヶ月と
次の話も何とか翌月当たりに出せればなーと思っております。
実際の所このお話、内容が全然盛り上がらないんですよね。書いている方としても全然盛り上がらなくて……だから更新が進まないんですが。
とりあえず、次の次が最終話。そしてエピローグです。まだまだ長くなりそうですが、この
紅き後継者
2006.5.10
正確には翌日になっていますが。