「おはようございます、祐一さん」


「ん。おはよう、秋子」


朝の挨拶を、祐一さんと交わします。


やっぱり、いいものですね。この何気ないやり取り・・・・。そこに幸せを感じます。


「名雪はどうでしたか?」


「ふっ、今日はシャイニングウィザードで、俺の勝ちだ」


祐一さんが、サムズアップしながら答えてくれます。

でも、どうやって寝ている名雪に、シャイニングウィザードをかけたのか、ちょっと不思議です。


「うにゅ〜、まだ顔が痛いんだお〜」


そこへ、名雪が入ってきました。あらあら、顔が真っ赤ですね。


「ひどいんだよ〜、祐にぃ。寝てる私に、シャイニングウィザードなんて、極悪なんだお〜」


「だまれ。おまえを普通に起こしていたら、毎日『赤い彗星』になっても遅刻だぞ。

俺は、ビグザムのスピードで通いたいのだ」




「え〜。『青い巨星』で行こうよ〜」


ふふ、いいですね。私としては、アッガイがベストだと・・・・。


「「いや、それは無い(無いよ〜)」」


シクシク・・・、ひどいです。












宵闇のヴァンパイア


      第三話 変わりゆく日常











「おはよう。祐一、名雪」


「おにいちゃん、名雪さん、おはよう」


「おはよう。香里、あゆ」


「おはよ〜。香里〜、あゆちゃん」


主の友人である、美坂 香里と月宮 あゆが話しかけてきた。

ちなみに、私は、主の影の中にいる。


「祐一のおかげで、名雪も遅刻しなくなったわね」


「ふっ、俺の涙ぐましい努力のおかげだな」


主は、そう言うけど。いつも力技で起こしてる。

今日は、シャイニングウィザードで、昨日はファイヤーバード・スプラッシュだった。

ちなみに、初日の技は、ギロチンドロップと言う技だ。


「祐にぃのは、激しすぎて、痛いんだお〜」


聞きようによっては、けっこうヤバイことを口走っているが、香里は気にしていない。

・・・・・・・と、言うよりも、彼女はどんな風に起こすのか、知っているのだ。

ただ、事情を知らない男子生徒は、若干前屈みになっている。


「それで、祐一は宿題やってきたの?」


「ふっ、そんなこと、聞かなくても知ってるだろ」


「はぁ・・また、やってないのね」


やれやれ、と言った感じで、香里は肩を竦める。


「うむ。何時も通り、見せてくれい」


・・・・・・主、情けない。


「まぁいいわ。先に答え合せが出来るしね」


主は、けして阿呆じゃない。はっきり言えば、香里よりも頭はいいのだ。

・・・・ただ、馬鹿なので、いつも宿題はやらないし、おかしなことばかりやっている。


(おい!誰が馬鹿だ!!)


・・・・主。


(な、なんちゅうことを!!)


あ、また主のネタが始まろうとしている。


(ネタじゃね〜!!)


でも、いつも最終的にはネタになってる。


(うぐっ!!・・・)


主は沈黙した。主は拗ねているようだ。


「祐一さ〜ん!」


「・・・・・・」


暖かな微笑を浮かべながら、声をかけたのは倉田 佐祐理という、主の先輩。


逆に無表情に、じ〜っとこちらを見ているのが、川澄 舞だ。


「おはよう。佐祐理、舞」


「おはようございます、祐一さん」


「・・・・・おはよう」


これで、主の学校での知り合い全てが、揃っ「まてぇぇぇぇぇい!!」・・・?


「このカノンの貴公子である、北川様を忘れて貰っちゃあ困るぜ」


「あぁ、そうだな。カノンの奇行子である、北側を忘れちゃあダメだよな」


「・・・・・今、変な変換をしなかったか?」


「気のせいだ」


間違いなく、確信犯で、主は言っている。


でも、主の言っていることが、正しい気がするのは、アンテナ(仮)の人徳のせいだろうか・・・。

何は、ともあれ、主たちは揃って学校に向かった。






◆ ◇ ◆









「今日は、実技訓練を一日行う。全員、着替えて闘技場に集合するように」


主の担任である、石橋という男がそういうと、彼は教室を出て行った。


「そうか、今日は実技訓練の日だったのか」


実技訓練自体は、週に何度かあるのだが、今日のように一日中やるのは、月にニ、三度しかないらしい。

しかも、今日のような日は、学年全体で、授業を行うそうだ。


「ねぇ、祐一。私と勝負しない?」


香里から、お誘いが掛かった。主は、初日からこのガーデン最強となってしまったので、腕試しの挑戦者が、結構来るようになった。

まぁ、主は女性には甘いが、男性には厳しいので、男性が二度挑戦することは、ほぼ無い。


「ん〜。別に、構わないが」


「ちょ〜っとまったぁー!!先に俺との勝負が先だろうが!!」


そこへ、例外である人物が、やってきた。言わずもがな・・・・アンテナ(仮)である。


「あぁ・・・・そう言えばそうだったな。

だけど、この間の怪我はどうした?結構な深手を負わせたと思ったんだが・・・」


「フッフッフッ・・・・そんなもの、寝たら治ったぞ!!」


「おまえ、本当に人間か?」


呆れたように、主が言う。だが、それも仕方が無いだろう。

主が負わせた傷は、常人なら完治に、半年は掛かるものだった。

ところが、このアンテナ(仮)は、一晩寝ただけで治ったのだ。はっきり言って、異常すぎる。


「まぁ、北川君の回復力の異常さは、何時ものことじゃない」


香里の、フォローになってないフォローが入る。


「まぁいいか、さっさと闘技場に行くとしよう」






◆ ◇ ◆








「相変わらず、無駄にでかいな・・・・」


「私も、そう思うけど。そのお陰で、伸び伸びとやれるんだから、いいんじゃない」


主のぼやきに、香里が答える。


「よっしゃあ!相沢、やろうぜ!!」


「まてい」


ドガァ!!


「ゲフゥッ!!」


勝手に、主と戦おうとしたアンテナ(仮)に、強烈な一撃が入る。


「たく、勝手なことをするんじゃねぇぞ」


「す、すんませ〜ん」


その一撃を加えたのが、主の担任である石橋という人間だ。

人間としては、かなり上位にいる力を持っている。 だって、無駄に耐久力の高いアンテナ(仮)が、一撃でボロボロだから。

それにしても、教師という立場なのに、煙草を吸いながらやっても、いいのだろうか?


「よ〜し、おまえら好きな奴と戦え。

それと、大きな怪我だけはするなよ。治すのがめんどくさいからな」


・・・・・・・・・・とても、教師の言葉とは思えない。


「おい、北川どうした?やらないのか?」


「うぅ、なんか石橋にやられた一撃で、ち、力が・・・・・」


驚いた・・・・・。あのアンテナ(仮)が、たった一撃で力が入らなくなるなんて・・・・。


(なんだ、気づかなかったのか?今の一撃は、見事に北川の脳を揺さぶっていたんだぞ)


そうなんだ・・・・・。私には、そういう格闘技の知識が乏しいから、理解しづらい。


「じゃあ、私と勝負しましょうか?」


「そうだな。香里となら、楽しめそうだ」


そう言うと、主は好戦的な笑みを浮かべる。


「言ってくれるわね・・・・。勝負よ!」


一気に突っ込んでくる、香里。

そのスピードは、舞にこそ劣るが、かなり速い。


「中々いいスピードだな。・・・・・が」


向かってくる香里に対して、一歩踏み込む主。

若干動揺したようだが、香里はすぐにグローブに覆われた拳を、繰り出してくる。

主は、それを左手でいなし、同時に繰り出されたであろう、蹴撃を右手で捌く。

そのまま、懐まで飛び込み。足で香里の体勢を崩し、左手で香里を投げ飛ばす。

一回転して、香里は、地面に背中から叩きつけられる。


「かはっ!!」


「直線的過ぎる。それに、技も綺麗過ぎるな」


どうやら、始まったようだ。主の講義が・・・・・。

主は、見所のある人物に対しては、こうやって教えている。

かなり、教え方はうまいのだが、一度の授業で、限界ギリギリまで追い詰められるので、何度も挑戦するものは少ない。


「どうした。この程度で、へばってどうする。

その程度では、上に行くのは夢のまた夢だな」


「グッ!・・・まだ・・・まだ・・・・」


香里の目は、かなりの意思を秘めている。

どういう理由があるのかは、知らないが。主曰く、彼女には強くなろうとする、理由があるのだそうだ。

その理由自体は、主自身分からないそうだが・・・・。

そして、開始から三十分・・・・、後に残されたのは、精根尽き果てた、香里の姿だった。






◆ ◇ ◆








「はぁ〜、なんで祐一は、あんなに強いのよ・・・・。もう、体中が痛くて仕方ないわ」


体の節々を押さえながら、香里がぼやく。

ちなみに、ここは屋上前の踊り場。今、ここには俺を含め、八人が揃っている。


「・・・・・興味ある」


舞が、ぼそりと言う。

舞は、あれ以来何度か勝負している。本来なら、このガーデン内で、三番目に強いだろう。

無論、そこから俺は除くが・・・・・。


「まぁ、色々とな」


「特に、今日最後に見せた、足技だけの技は何?」


「あぁ、あれか・・・。あれは俺の親友が得意だった技だ」


カターン・・・・・・


階段に、何かが落ちる音が響く。

俺は気づいていたが、香里たちは、慌ててそちらを向く。


「・・・先生?」


そう、そこに居たのは、石橋だった。


「・・・・って・・・いる・・・か?」


「ふぇ?」


「知っているのか・・・・・・雪兎ゆきとを・・・?」


驚愕の表情のまま、石橋が問いかけてくる。

あまりの驚きに、言葉がとぎれとぎれで、聞き取りにくい。


「あぁ、知ってるぞ。あいつは俺の親友だったからな・・・」


そう、あいつは親友だった。・・・・・だったのだ


「なら、知っているのか?・・・・・あいつが死んだ理由を・・・・・?」


そう、あいつはもう居ない。今から、十七年と半年ほど前に、死んだのだ。

・・・・・・俺の目の前で・・・・・・。


「知っている。だが、その原因を語るつもりはない。このことを聞いてもいいのは、たった一人・・・・」


そこまで、言うと。石橋が、俯かせていた顔を、勢いよく上げて怒鳴った。


「答えろ!!あいつは・・・・雪兎は、なぜ死んだぁ!!!」


その余りの剣幕に、あゆは縮み上がり。

他のメンバーも、気圧されている。


「何度も、言わせるな。そのことを聞いていいのは、一人だけだ」


俺が、再度。そのことを口にすると、一気に突っ込んできた。

周りが、香里たちによって囲まれていたので、かわすことも出来ずに、屋上まで吹き飛ばされる。

途中に、鉄製の扉があったのだが。そんなもの、無いに等しかった。


ドゴォン!!!


「もう一度言ってやる・・・・、答えろ」


殺気すら滲ませた一言。

大抵の奴になら、効果はあるのだが、俺には当然無意味だ。


「俺の方も、もう一度だけ言ってやる。あんたには、語れない」


「相沢ぁ!!!」


激昂した石橋は、胸元にあったネックレスを引き千切る。

すると、千切ったネックレスが、どんどん巨大化して大槌に変化する。

その大きさは、三メートルはあるだろうか・・・・。かなりの重量がありそうにも拘わらず、石橋はそれを片手で扱う。

その大槌には、雷精がどんどん集まっている。やがて、迸る紫電・・・・・。


「最後通達だ。・・・・答えろ」


「じゃあ、俺も最後だ。いやだね」


俺は、笑みすら浮かべて、そう言い切る。


「・・・じゃあ・・・・・・・殺す!!」


石橋は、大槌を振りかぶりながら、一気に間合いを詰める。

その速度は、舞に優るとも劣らないスピードだった。

だが、俺はその一撃をかわさない。・・かわす必要なんて無い。


ビィン・・・・


「!!」


ズドォォォォォォォォォン!!!!


奇妙な音と共に、白い閃光が、石橋を襲う。

だが、石橋はその閃光を、大槌をぶつけることによって、防いだ。

石橋の方には、余波でひび割れた床が。

閃光の方には、余波で凍りついた床が残っている。


「誰だ!!?」


「私ですよ、石橋さん。お久しぶりですね」


閃光の方から、一人の女が姿を見せる。

相変わらずの優しい声色だが、その表情は敵意に満ち溢れた、水瀬 秋子の姿が、そこにあった。


「み、水瀬!?」


「お、お母さん!?」


その姿に、石橋と名雪から驚愕の声が出る。


「何をしているんですか、石橋さん。その『ミョルニル』は、そんなことのために、作ったわけでは、ありませんよ」


何時もとは違う、硬い声色・・・・。かなり怒ってるな。

・・・・・つーか、あれは秋子の作品だったのか?


「だけど!!相沢の奴が、雪兎の死んだ理由を知っているって・・・・」


未だ、興奮したような感じで、言うと。

ピクリ。と、秋子の表情に、変化があった。


「本当なんですか、祐一さん。雪兎さんの死んだ理由を知っているって・・・・」


「あぁ、あいつの最後を看取ったのは、俺だからな」


「そうですか・・・・・・・。

雪兎さんが、死んだ理由・・・・・。出来れば教えていただけませんか?」


秋子の顔に、気負いや、執着なんて無い。

ただ、静かに・・・・・、愛する者を知ろうとしている。そんな感じだ。


「悪いが、こればっかりは、お前でも駄目だ。これが聞けるのは・・・・・」


ここまで言って、俺は視線を移す。

その先には、今まで傍観者として、こちらを見ていた、名雪の姿があった。


「えっ!?わ、私!?」


目に見えて、うろたえている名雪。

必死に、助けを求めようとするのだが、他のメンバーは、何時の間にか距離をとってい、孤立無援。

う〜む。すばやい・・・・・。


「ねぇ、祐にぃ。どうして私なの?だって、私は雪兎なんて人、知らないよ」


「「はぁ!?」」


皮肉にも、俺と石橋の声がはもる。

だが、そんなことよりも、聞かなければならないことがある。

再び視線を移すと、顔を俯かせた秋子の姿があった。


「どういうことだ、秋子。なぜ・・・・・、なぜ名雪が自分の父親の名を知らないんだ?」


「・・・・・・・・え?」


俺の言葉に、名雪が沈黙の後に驚きの声が出る。

余りのことに、脳がその情報を処理できなかったようだ。


「ど、どういうこと、祐にぃ。父親って・・・・・・?」


「文字通り。水瀬 雪兎は、お前の父親であり。秋子の夫だった奴だ」


視線を、秋子から外し、屋上から町並みを見る。

雪で、白く彩られた町並みは、あたかも在りし日の、雪兎を彷彿とさせる。


「・・・・・・・ったんです」


「ん?」


誰かの呟きが聞こえる。


「・・・・・怖かったんです。あの人が、死んだと認めることが・・・・・。

本当に馬鹿ですよね・・・・。そんな理由で、娘に父親の名を教えないなんて・・・・・」


石橋が、痛ましげに秋子を見ている。

そして、俺は秋子に近づく。


「本当に馬鹿な奴だよ、お前は」


俺の言葉に、石橋が敵意の篭もった目で、俺を睨みつけ。

秋子はゆっくりと顔を上げる。

その表情に、名雪が息を呑む。無理もない。初めて見たのだろう、自分の母親が泣くところを・・・・・。


「祐一さん・・・・」


「本当に馬鹿な奴だよ。お前も、雪兎も・・・・。

残されたものの哀しさ。知らぬものの辛さを、まったく分かっていない。

七年前、俺と名雪が初めて出会った時。なんて言ったと思う?」


俺の問いかけに、秋子はまったくの無言。

構わず、俺は答えを口にする。


「『おとうさん・・・?』だ。

10歳か、そこらの幼女が、初対面の男に対して口にした言葉が、これだ」


ビクリと、秋子の肩が震える。

当の名雪は、そうだったかなぁ〜とか言いながら、首を傾げている。


「ねぇ、祐にぃ。私が知りたいって言えば、教えてくれるの?」


「あぁ。・・・・ただし、お前がもっと成長したらな」


「?」


名雪の問いに、俺が答えると。

名雪は、小首をかしげた。


「雪兎に頼まれたんだ。『名雪が大人になって、それでも知りたいと言ったら教えてやってくれ』って」


「でも、私はもう大人だよ」


名雪の言葉を聞いて、俺は思わず鼻で笑う。

すると、名雪はその様子が不満だと言わんばかりに、頬を膨らませた。


「どこがだよ。母親に依存しまくってるし、俺に対する呼び方は、七年前と同じ『祐にぃ』だぞ。

誰が、なんと言おうと、お前は子供だよ」


今度は、頬こそ膨らませなかったが、不満そうな顔を深くした。


「ともかく、俺は語るつもりは無い。

どうしても知りたければ、名雪の成長に期待することだ」


そう言うと、俺は屋上を後にする。

後に残されるのは、秋子と石橋の二人。・・・・他のメンバーは、無言で俺について来た。






◆ ◇ ◆








ここは、図書室。今、ここには祐一と、名雪たちが居る。

授業は・・・・・、この分では、サボったようだ。


「ねぇ、祐一。どうして、名雪の父親のことを知っているの?」


「ふっ、雪兎とは親友だったんだ。ちなみに、石橋は雪兎と親友だったんだ」


香里の問いに、祐一が説明する。


「石橋とは、面識が無かったの?」


「あぁ、面識があったのは、雪兎だけだ。雪兎が死んだ後に、秋子と会い、静華と会った」


「・・・・・静華?・・お母さんのこと?」


祐一の言葉に、舞が反応する。


「ふぇ?舞のお母さんなの?」


「・・・・そうかもしれない。川澄 静華っていうから・・・・・」


「その通り。俺が会ったのは、静華・・・舞の母親だよ」


祐一の一言に、舞は驚いたようだ。

と言っても、見た目にはよく分からないが・・・・・・。


「彼女と初めて会ったのは、雪兎の葬儀の時だったかな?美人だったからな、よく覚えてる」


さらに、そう言うと、全員が不満そうな顔になる。・・・・と思ったら、香里だけは違った。

顎に手を当てて、何かを考えているようだ。


「どうした、香里。何か聞きたいことでもあるか?」


祐一が尋ねると、香里は若干迷ったようだが、口を開いた。


「祐一。あなた、一体いくつなの?」


「俺は、ピチピチの17だが・・・」


「嘘ね。だって、それじゃあ、計算が合わないもの。

名雪のお父さんと、親友だったのなら。秋子さんと同い年くらいじゃないと、おかしいじゃない」


まぁ、気づくとは思ってたけど。・・・・・・こんなに遅いとは・・・・・・。


「さて、幾つに見える?」


どうやら、祐一は煙に巻くことに決めたようだ。

香里も、無理に聞こうとは思ってはいなかったみたいだが、周りがそれに呼応するように、祐一の歳を知りたがった。


「ねぇ、祐にぃ。本当はいくつなの?」


「さてねぇ〜」


「む〜、教えてくれ「申し訳ありませんが」・・・え?」


突然、投げかけられた声に、名雪が反応する。

他のメンバーも、声の方を振り向く。その先には、赤みがかったショートヘアにの、落ち着いた印象の受ける少女がいた。


「ここは、図書室ですので。申し訳ありませんが、静かにしていただけませんか」


静かだが、有無を言わさぬ迫力のようなものがある。

ふと、時計を見ると。五時間目どころか、六時間目が終了して、今は放課後だった。


「あぁ、すまない。邪魔だったかな」


「いえ、そうではありませんが。ただ、規則として静かにして欲しいんです」


少女は、静かに説明した。


「分かった。と言っても、このメンバーだと、すぐに騒がしくなるから、場所を変えるとしよう」


「申し訳ありません。相沢先輩」


すまなそうに謝ってくる少女の言葉に、名雪とあゆが反応する。


「どうして、祐にぃの名前を知ってるの?まさか・・・・・・」


嫉妬の含んだ目線で、祐一を見る名雪とあゆの二人。


「何が、『まさか・・・・・』よ。

祐一が、このガーデンに来て、いきなり舞先輩に勝ったのよ。

このガーデンで知らない人なんて、いないんじゃないかしら」


香里の説明に、そうなんだ〜。という顔になる名雪。あゆも同様に、感心した表情になっている。


「だから、あなたも知ってるんでしょう?天野さん」


「はい。その通りです、美坂先輩」


「え?香里この子知ってるの?」


「ちょっと、忘れたの?去年のタッグ戦で、負けた相手でしょ」


呆れた様な顔で、香里が名雪を見る。

名雪はと言えば、えへへ〜と笑っている。


「それは無理でしょう。水瀬先輩は、寝ていましたから」


「それもそうね」


どうやら、名雪は寝ながら戦ったようだ。

かなり凄いが、真似はしたくない・・・。


「香里は知ってるみたいだけど、俺は知らないんだ。出来れば教えてもらえないかな」


「そうですね。私は天野 美汐と言います、はじめまして」


ペコリと、お辞儀をする美汐。


「美汐〜!早く帰ろうよ〜!」


栗色の髪を、ツインテールにした、はつらつとした美少女が、大きな声でこちらにやってきた。


「ま、真琴!図書室では静かに、といつも言っているでしょう」


「あぅ〜、ごめん」


美汐が焦ったような声で、叱ると、途端に静かになって、身を縮めて謝った。


「君の友人か?」


「はい。ほら、真琴。自己紹介をしなさい」


「あぅ〜」


警戒しながら、真琴と呼ばれた少女は、祐一たちの方を見る。


「すみません。この子は人見知りが激しいんです」


「あぅ〜。・・・・・沢渡 真琴」


「ん、初めまして。俺は相沢 祐一だ」


「・・・・祐一?」


「おう!」


おずおずと、自分の名を名乗った真琴に、優しく声をかける祐一。

すると、真琴の方から、祐一に近づいてきた。


「(クンクン)・・・・懐かしい匂いがする」


「こ、こら!真琴!!何してるの!?

す、すみません。真琴は妖狐なので、気になると、匂いを嗅ぐ癖があるんです」


気恥ずかしさで、顔を赤く染めながら、美汐が慌てて引き剥がした。

引き剥がされた真琴は、残念そうに。そして、香里たちは、若干厳しい目で真琴を見る。


「やはり、妖狐だったのか・・・・。

それにしても珍しいな。『森の守護者』とされ、エルフと同じくらい有名な妖狐が、人里で暮らしてるなんて」


じ〜っと真琴を見ながら、祐一は一人呟く。


「あぅ〜」


祐一に見つめられて、真琴の顔が、段々と赤くなっていく。


「(ク〜)・・・・・」


「あはは〜、舞〜お腹すいたの?」


「(コクリ)・・・ご飯、食べてないから」


恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、舞は言った。


「じゃあ、飯でも食うか」


「そうですね〜」


佐祐理が、楽しそうに弁当を広げる。

それに合わせて、全員が食事の準備をした。


「み、皆さん・・・・」


遠慮がちに、美汐から声がかけられた。


「ん?なんだ、欲しいのか?

う〜ん、舞が食いしん坊だからな、タコさんウインナー以外なら、多少は残るかもしれないぞ」


ぽかっ


「食いしん坊じゃない」


頬を膨らませながら、いかにも不満です。といった感じで、舞は抗議した。


「ち、違います!図書室で、食事を取らないでください!!」


「まぁまぁ、堅いこというなよ。ほら、この佃煮なんかうまいぞ。

とにかく、座れって。ほら、お茶を・・・って、すまんな。紅茶しかない」


本当に申し訳なさそうに、祐一は言う。


「別に、紅茶でも構わないんですが。

どうして、佃煮を勧めたり。紅茶だと謝るんですか?」


「え!?だって、天野は緑茶とかじゃないと駄目なんじゃないのか?」


意外そうな感じで、祐一は尋ねた。


「いいえ。・・・・どうして、そういう考えに至るのですか?」


「だって、天野ってさ。そこはかとなく、おばさんくさいくさいから・・・・」


「お、おばさんくさい!?そ、そんなこと言うなんて、人として不出来すぎます!!!」


憤慨したように、美汐は声を荒げた。

まぁ、年頃の娘を捕まえて、おばさんくさいと言われたのだ。怒るのも無理はない。


「あぅ〜。でも、真琴もそう思う」


「ま、真琴!!?」


「だって、美汐ってそういう行動が目立つよ」


ブルータス、お前もか!というのが、美汐の心の叫びだろう。

ちなみに、祐一は笑い転げている。

他のメンバーは、なんと言っていいのか、微妙な表情だった。


「ククク・・・面白すぎるぞ」


「そんなに笑うなんて、人として、不出来すぎます。

・・・・・・・それと、真琴。今晩は覚悟してください」


恨みの篭もった声で、美汐はそう言うと。

次に、真琴に向き直り。一言、そう言った。

一体、今晩何があるのかは分からないが、目に見えて、真琴はオロオロしはじめる。


「ぬぅ。せっかくかわいいのに、そういう関係だったのか・・・・」


幾許か、残念そうに、祐一はそう言った。


「か、かわいいだなんて・・・・・。

それよりも、そういう関係って、どういう意味ですか?」


「所謂、百合の関係って奴だろ。いやはや、全く持って残念だ」


祐一の言葉に、美汐が一気に赤くなる。

逆に、真琴の方は、意味が分からないのか、キョトンとしている。


「な、ななななな、なん、なんてことを言うんですか!!!!」


「は〜い。図書室では、静かにしましょうね〜」


軽い口調で、祐一は美汐にそう言った。

その後も、美汐は祐一にからかわれ続ける。

香里などは、憐れんだ目で、美汐を見ていたが、まったく助けることは無かった。

・・・・・薄情と言う無かれ。祐一という人物を知っているのであれば、これは当然だ。

彼は、戦闘に関しては天才だったが、人をからかうことに対しては、天才なのだ。

誰だって、我が身が一番かわいいのである。

このからかいが、終わる頃には、互いを、名前で呼ぶようになっていた。


「じゃあな、みっしー」


「美汐です!!」


名前・・・・・・・・かな?






◆ ◇ ◆








「ふむ。今宵は、よく月が見える」


主が、空を見上げながら、満足げにそう言った。

日は沈み、月と闇が支配する夜に変わり、主は本来の姿で、空を舞っていた。

私は、主の肩に、猫の姿でしがみ付いている。


「それにしても、驚いた。あの石橋が、雪兎の親友だったとはな」


主が、そう一人ごちる。

でも、私はそれよりも不思議に思ったことがある。


「・・・・主」


「何だ?レン」


「どうして、あの人間は、主がヴァンパイアだって気づかなかったの?」


「あの人間?・・・・あぁ、美汐のことか」


その言葉に、私は頷く。あの時から、ずっと疑問だった。

あの美汐という人間は、一目で主がヴァンパイアだと気づいたのに、今日はまったく気づかなかった。

格好という理由だけで、主がヴァンパイアだと気づいた可能性は、低い。

他に、何か理由があったはず。それが、今日は気づかなかった理由でも、あるんだと思う。


「ほぉ。いい質問だ、花丸をやろう」


愉快そうに口元を歪めながら、主は教えてくれた。

気づいた訳と、気づかなかった訳を・・・・・。


「人間の目は、思いのほか性能がいい。

多くの人間は、それに気づかない。だからこそ、俺がヴァンパイアだというのにも、気づけない」


? よく意味が分からない。


「レン。俺から問題だ。人間は、どうやって物を見る?」


「えっと・・・・確か、光の屈折で・・・・・」


うろ覚えの知識を、引っ張り出して、主の問題に答える。


「その通りだ。人間は、光の屈折を目に取り込んで、物を見ている。

だが、これは一部でしかない。目は、他にも見ているものがある」


私にも分かりやすいように、主は教えてくれる。


「人は、波長を見ることに繋げているんだ」


波長を見ることに、繋げる?


「例えば、波長を、チャンネルに置き換えてみよう。

人のチャンネルは、1chだとしよう。

1chの波長を発することが出来るのは、1chのテレビ局だけ。

つまり、1chの波長さえ出していれば、どんなモノだろうが、1chのテレビ局。となるわけだ」


あ、何となく分かってきた。


「分かるか?これには、他の種族の波長もあるわけだ。

例えば、ヴァンパイアは、12chとしよう。

12chの波長さえ出していれば、どんなものでもヴァンパイア。

そして、1chの波長さえ出していれば、どんな奴でも人間だ。それがどんな異形の存在でもな。

姿形が全く同じでも、この波長さえ違うなら、気づけないんだよ。人間はな」


最後に、嘲笑うように、口元を歪めた。

そうだったのか、だから美汐は、気づかなかったのか。

それにしても、人間の目というのは、意外とよく出来ているを、初めて知った。


「まぁ、高い実力を持つものならば、気づくかもしれないが、あいつらじゃ無理だ」


ふ〜ん、そうなんだ。・・・・・・・あれ?


「主、また違和感がある」


「違和感だと?・・・・また、怨霊か?」


「分からない」


本当に分からない。何か違和感がある。私には、それだけしか分からない。


「ふむ。行ってみるしかないか」


「(コクリ)二時の方向だよ」


「了解」


バサァ・・・・


主は、宙を舞い。私の指し示した方向に、飛び立った。










「ここか・・・・」


程なくして、目的の場所に到着する。

今回は、モンスターは居ない。

でも、周囲を圧迫するような違和感は、消えるどころか、強くなってきている。


「随分と不安定な空間だな。どういうことだ?」


主があちこちを触りながら、独白する。

主には、空間を操作する力がある。だから、何か分かるかもしれない。


「ん?ここだな、揺らぎの中心は・・・・・・ッ!!!馬鹿な!!!」


!! 驚いた・・・・主がこんなに声を荒げるなんて、久しぶりだから・・・。


「馬鹿な・・・・。これは・・・・、この原因は・・・・・・」


半ば呆然としながら、主は言葉を呟いていく。

主が、こんなに取り乱すなんて、本当にめずら・・!!!


「主!!!」


「っ!!」


ピシャ・・・・ドシャァァァァァン!!!!


かなりの雷撃が、主を襲う。

だが、その雷撃も、主がマントで防げば、霧散していく。


「おいおい、まさかヴァンパイアだとはな」


軽い口調で、一人の男が現れる。

煙草を吸いながら、大槌を肩に担いだその姿には、見覚えがあった。

そうだ、確か主の担任の、石橋という人間だ。


「桁はずれた魔の気配を感じて来てみれば、ヴァンパイアとはな・・・・・。ここで何してやがる」


「ふん。俺もまだまだか・・・・。驚きの余り、貴様の接近に気づけないとはな」


石橋の質問には答えず。主は冷静に向き直る。

・・・・・いや、一見そう見えるだけで、主の心の中は、冷静とは程遠かった・・・。

様々な感情が入り乱れ、それを冷静という仮面で覆っているだけのようだ。


「一言で言えば、何もしていない」


「信じるとでも?」


「思わんな。お前のような人間は、大概そうだ。

自分の都合のいいことしか信じない。そして、自分の価値観を他人に押し付ける」


やはりそうだ。主は、不機嫌・・・・いや、苛立っている。そんな感じだった。


「うるせぇよ。てめぇをここで殺せば問題ねぇだろうが」


「ふん。貴様如きが、俺を殺す?笑える冗談だ、人間。貴様如き、我が使い魔一匹で、事足りる」


そう言って、主はマントを右側に翻す。

すると、マントは伸びて、円を作り。その黒い円の中から、一匹の狼が現れた。

全長は三メートルはあるだろうか?信じられないほどの巨体で、全身の体毛は闇色だった。

その中で、唯一闇じゃないのは、金色に輝く眼だった。


「遊んでやれ、フェンリル


「グルルルルルル」


唸り声を上げるフェンリル。彼は私と同じ、主の使い魔だ。

私とは違い、戦闘型なので、その戦闘能力は、極めて高い。


(レン)


(何?)


主が念話で話してきた。

念話なので、当然だが、石橋には聞こえない。


(フェンリルへの指示は、お前に任せる。

俺には、考えなければならないことが出来た。適当に切り上げて帰って来い)


(殺さないと駄目?)


(お前の判断に任せる)


(承知しました、我が主)


いつもとは違う。畏まった口調で、私はそう言った。


「じゃあな、人間。フェンリルに勝てたら、相手してやろう」


「な!?ま、待て!!」


石橋の制止も虚しく、主は、空間転移で帰っていった。

残されたのは、石橋と、フェンリルと私の三人(?)だ。


「ふざけやがって、この俺が、使い魔一匹に負けるとでも思ってるのか?」


次第に、周囲の空間が、帯電していく。

昼間もそうだったが、どうやら雷を扱う術が、もっとも得意のようだ。

だけど、石橋ではフェンリルに勝てない。

確かに、石橋は強い。単純な能力差なら、フェンリルと同じか、それ以上だろう。

それでも、フェンリルには石橋は勝てない。その理由は・・・・・・・。


カキュ・・・


「何!!?」


ザシュウ!!


「ぐぁぁぁ!!!」


一瞬にして、フェンリルは石橋の背後に回り。

その鋭い爪で、石橋の背中を、切り裂いた。

驚くのは、そのスピードだ。余りの速さに、さっきまで居た場所に、残像が残るほど速かった。

しかも、これでも全力じゃない。

石橋のような重戦士型には、もっとも相性の悪い相手と言える。

だから、石橋ではフェンリルに敵わない。


「ぐっ!何てスピードだ。だが、負けるわけにはいかねぇ!!」


大槌を構え直す、石橋。

フェンリル、適度に痛めつけて。


「ガァ!!」


カキュ・・・


「チィ!!また消えやがった!!」


一度、高速移動を始めたフェンリルに、目で追っても無駄だと悟ったのか。

石橋は、大槌に魔力を送り始めていた。

何をする気なのだろう?カウンター・・・?


「喰らえ!!雷光陣らいこうじん!!!」


ドォン!!・・バリバリバリバリバリバリ!!!


大槌を、地面に叩き付けると。石橋を中心に、全方位に雷撃が迸る。

術の選択は悪くない。・・・・でも、フェンリルには通用しない。


ズプリ・・・・


「ゴプ・・・・ガハッ!!」


大量の血を、石橋が吐き出した。

フェンリルは、雷撃の隙間を縫うように動き。その鋭い爪で、今度は貫いたのだ、石橋の体を。

フェンリルの爪は、体に見合った大きな爪だ。石橋は助からないだろう。

ふぅ、これで終わった。じゃあ、フェンリル。かえろ・・!! 後ろに飛んで!!!


ビィン・・・・バシュゥゥゥゥゥ!!!!


白い、レーザーのような魔力が、フェンリルを掠め、壁に直撃する。

この攻撃は、昼間見た・・・・。じゃあ、これは・・・・・。


「大丈夫ですか?石橋さん」


「ゴホッ・・・・、大丈夫じゃねぇ・・・」


厳しい表情で、石橋を見ている。

あれは死に至る傷だから、秋子も表情を厳しくしたのだろう。

しかし、そんなことよりも、ここは退くしかない。

石橋ならともかく。秋子を傷つけたら、主に怒られる。

フェンリル、帰ろう。


「グルルルルルルル」


カキュ


再び、フェンリルは高速移動に入る。

秋子が、何かを詠唱する暇も無く。私とフェンリルは、その場を去った。






◆ ◇ ◆








カラカラカラ・・・・


「ただいま」


「・・・・・・・・」


私の言葉に、主は無言。

この状態を、見るのは50年ぶりだ。やっぱり、さっきのことが原因なのだろうか?

だとすると、今回の一件には、『七つの鍵』が関わっているのかもしれない・・・。


「戻れ、フェンリル」


マントを翻し、フェンリルを消す。


「レン・・・来い」


主が私を呼ぶ。

何で呼んだかは、想像がつく。

いつもは嬉しい、その行為も、今日は少し寂しい・・・・。

主にとっては、衝動を抑えるためでしかない。

主の前では、全てが等価。私でも、行きずりの女でも、同じ。

その行為をするとき、主はまったく感情を見せない。

何故かは分からない。でも、その行為をするときの主は・・・・。




ひどく寂しげで、泣いている子供のよう・・・・・・・・・・。












 
To Be Continued.....











あとがき


ふぅ、ようやく三話にて、レン以外の使い魔が出せました。放たれし獣です。

そして、物語の根幹を担う、『七つの鍵』。

まだ、名前だけですが、この謎は、やがて明らかになります。

さて、次話では栞が、メインかな?まぁ、予定は未定ですが(ぉぃ

それではまた次回。ご意見、ご感想をお待ちしています。






管理人の感想

 今回一番のツッコミどころは、石橋先生。

 理由があっても生徒にキレちゃあかんのではないかと……。

 雪兎さんの使用武術は南斗円蹴脚かと思ってしまいました。(知ってる人いるんかい

 先生である石橋に対して普通にタメ口な祐一君が素敵です。(笑


 最後の場面は良い子は気にしないように。

 大人の情事です。


感想はBBSかメール(isi-131620@blue.ocn.ne.jp)で。(ウイルス対策につき、@全角)