現在、祐一は生命の危機を察知していた。彼が自身の命を危ぶむなど、実に数百年ぶりだ。
正直なところ、どうしてこんなことに? と、泣き言だって言いたくなるほどだった。
そんな祐一は、知らない教室の知らない席に座っている。
そして、祐一の膝の上には、一人の少女が座っていた。
うさ耳のカチューシャに、半袖の白いワンピース。背中の中ほどまである黒髪を、ストレートにしていた。
顔立ちは、舞に似ている。というか、彼女は舞の幼い頃にそっくりだ。
何故なら、この子は『まい』なのだから………。
「……………」
胃に穴が開きそうなほど鋭い目線で、祐一の傍らに立っているのは舞だ。
不機嫌さを隠そうともせず、さらに倍にしたように祐一と『まい』を睨みつけている。
「はい、あ〜ん」
膝の上の『まい』が、牛丼を勧めてくる。
祐一は牛丼を口に入れ、ゆっくりと咀嚼すると、隣の舞からの視線が1.5倍(当社比)になった気がする。
ハァ……と、二人に気づかれないようにため息をつく祐一。
(成功は成功なんだが………俺に対しては失敗だったなぁ……)
そう心の中で愚痴り、祐一は先程の出来事を思い浮かべるのだった………。
宵闇のヴァンパイア
第五話 少女の願い
時間は冒頭部分から数十分前に遡る。
「祐一ぃ!!!」
舞の悲痛な叫びが、夜の校内に木霊する。
だが、祐一はその顔に笑みすら浮かべている。
そして不可視の衝撃が祐一にぶつかる前に、祐一は起死回生の一言を発する。
「あ〜ん」
時が止まった……。
いや、実際にそういう表現が一番似合うのだ。今、この状況は……。
舞は呆然と祐一の方を見ているし、『まもの』も衝撃を止め、祐一を呆然と見ている。
ただ、祐一だけが意地悪そうな笑みを浮かべて、『まもの』を見つめていた。
時間にしてほんの数秒だったが、この場の誰もが凍りついたかのように、動くことは無かった。
「何だ、食べないのか? じゃあ、俺が食っちまうぞ」
祐一がそう言うと、見えないはずの『まもの』が慌てたような気配がする。
その反応を見て、祐一は追い討ちをかけるかのような言葉を放った。
「でも、今のままじゃあ食べれないよなぁ………」
ニヤニヤと、本当に意地悪そうな笑みを浮かべて祐一は言う。
『まもの』はさらに焦ったようだ。
わたわたと、何かしている。…次の瞬間、『魔物』が居た空間から光が放たれる。
光が収まると、一人の少女が立っていた。冒頭のうさ耳のカチューシャをした少女だ。
「こ、これで食べれるよ!」
少女が興奮したように言う、そこには先程までの怒りにも似た感情は無い。
舞がその少女を見て、驚きに目を見開いた。
「よしよし。はい、あ〜ん」
「あ〜ん」
親鳥が雛鳥にエサを与えるかのように、祐一は牛丼を少女の口へと運ぶ。
もう少しで入る、というところで祐一はその牛丼を自分の口へと運んだ。
牛丼を咀嚼して「うむ、美味い」という感想まで付ける。
少女ははじめ、何が起こったかすら分からない様な表情をしていたが、段々と理解したのか涙目になってきた。
「う……祐一さんのヴぁかぁ〜!!!」
ドゴォォォォン!!!
半泣きの表情で、右腕を前に突き出す。
そこから、不可視の衝撃波が放たれたが祐一はそれをやすやすと回避した。
少女の状態は傍から見れば微笑ましいのだが、周囲の被害は甚大だった。
壁には亀裂が入り、窓ガラスが割れていく。
(う〜む、ここまで暴走するとはなぁ……。さすがに危険になってきたな、止めるか……)
そう考えると、祐一は舞と同じように止めることにした。
「冗談だよ。ほら、こんどは大丈夫だから」
出来るだけ優しい声色で祐一が言うと、少女は衝撃波を放つのをやめる。
涙目のまま牛丼を見やった後、少女は牛丼を口にする。
牛丼を咀嚼する少女の表情を見て、自然と祐一の頬が緩む。それほど美味しそうに牛丼を食べている。
微笑ましい空気が、寒々しかった校内の空気を払拭していくが、それを許せないものが一人……。
ヒュゴッ!!
「チッ!!」 「きゃ!」
ガチィィィィィン!!!
突如として振り下ろされた白銀の刃から、祐一が少女を抱えながらかわした。
目標を失った刃は、床に叩きつけられ耳障りな音を立てる。
「うおっ!? 何するんだ舞!! 確実に殺す気だっただろ!!」
「……まものは殺す。……祐一は、何だかムカつくから殴る」
何て勝手な言い草だ……、そう思わずにはいられない。
思わず渋面を作ってしまう祐一。正直、こういう人間は大嫌いなのだ、祐一という男は……。
「おい。本気で言っているのか………」
感情を消した声。そして、能面のように無表情な顔で舞を見つめる。
舞は、初めて見る祐一の表情に、思わず怯む。
「だ……って、そうし………ないとあの人が……帰って……来ない」
祐一の視線で舌がまわらず、途切れ途切れに舞はそう言った。
祐一にはそう言った時の舞の姿が、迷子の子供のように見えた………。
舞はその目に一杯の涙を溜めて………いや、大粒の涙を零し始めた。
溢れ出る美しい涙、その姿に祐一は舞を喰らいたいと思う。
本能が、この至高の宝石を欲している。そんな自分を感じ、自らを化け物と罵った……。
「あの人………?」
今にも決壊しそうな本能を、無理やり押し込み祐一は舞に問う。
「………もう……顔も思い出すことは出来ない。
………でも、私にはあの人しか居ない……。あの人じゃないと、ダメ……」
不確かな記憶………だが、舞にはそれだけが真実であるかのように語った。
そんな舞の様子に、祐一はため息をついた。
(どうして俺という奴は、誰かの支えになりやすいんだ?)
誰に聞かせるわけでもなく、祐一は心の中で愚痴る。
祐一には、少し考えただけで舞のような奴が何人も浮かんだ。
だが、このコメントは祐一が自身を理解していないというのを、表している。
祐一は自分が世間一般から見て、かなりの美形に分類されることぐらい知っている。
しかし、それでは足りないのだ。祐一という男の魅力には……。
何が違うかといえば、彼独特の雰囲気が違うのだろう。
言葉にするのは難しいが、長い年月によって人の心を開かせる雰囲気があるのだ。
そして、祐一の言葉は時に優しく、時に厳しくあり、絶妙の話術と言える。
だからこそ、出会ったばかりの美汐や香里などと親友のように振舞えるのだろう。
端的に言えば、祐一と居ると心地良いのだ。辛い時、嬉しい時、哀しい時、どんなときでも祐一が居ると楽しくなる。
不思議と心が軽くなる、周りは無意識にそれを知り、いつの間にか祐一の周りには人が集まっている。
だが、この魅力を祐一は自覚していない。
つまり、全くの無自覚と言うわけでは無いのだが、過小評価しているのだ。
よって、これからも犠牲者は増えていくだろう。…………………………作者の都合上でも(ニヤソ)
「はぁ、この子を殺しても何も得られないぞ。全てを失うだけだ」
「そんな………こと、無い」
不安げな声………舞自身、確信が無いのだろう。
「そんなこと在るんだよ! こいつはおまえ自身なんだからな!!」
目を見開き、愕然とした表情で少女を見る舞。
(やはり…………、忘れているのか……)
祐一は舞を見やりながらそう思う。
少女は祐一の影に隠れながら、舞の方をじっと見ている。
「う……そ………」
「嘘じゃないさ。そうでなければ、この姿をどう説明する?」
少女の頭に手を置きながら、祐一が舞に問いかける。
少女は祐一に撫でられて、気持ち良さそうに目を細めている。
「この子の姿は、紛れも無くお前の子供の頃の姿だろう?」
「ア……あぁ…」
カチャーン………
真実の衝撃に舞は打ちのめされ、握っていた剣を落とした。
そんな舞を祐一は冷静に、少女は悲しげに見ていた…。
「さぁ、舞の所へ行ってやれ。……そして、舞と別たれた日から想い続けてきた想いを、舞に伝えるんだ」
そう言って、祐一は少女の背を押す。不安げに一度だけ振り返るが、少女はそのまま舞の前まで行く。
舞と少女の視線が交錯する……。一瞬の沈黙の後、少女の方から口を開いた……。
「あのね………、私はもう戦わなくてもいいんだよね?
ずっと……………あの日からずっと待っていた人は、帰ってきてくれたから………。
私と舞は、もう戦わないでいいんだよね? だから………」
そこで少女は一息つき、その小さな顔に溢れ出すほどの笑顔で、もう一度口を開いた。
「私は舞の中に還っていいんだよね? 舞の『
泣き出しそうな震える声で、少女は一生懸命に自分の心を口にした。
舞は目から零れ出る涙を、必死に押し留めながら、少女を抱きしめる。
「ごめ……ごめんなさい……………ごめんなさい」
泣いているかのような声で、舞は心から謝罪をする。
そしてきつく少女を抱きしめる。
少女はポロポロと涙を零して、ワンワンと泣き出す。
舞も、それにつられる様に泣き出す。互いに抱きしめあい、大粒の涙を流す二人を祐一が優しく見守っていた……。
「ずっと一緒だよ舞。もう離れないよ……」
そう言うと同時に、少女の体が光の粒子に変わっていく………。
光の粒子は、舞の体に吸い込まれていった。
「!!」
「大丈夫だよ舞。私は舞の中に還るだけ、消えるわけじゃないから……じゃあ、またね」
少女は完全に舞の中に消えた、だが少女の言い分が正しいのなら、舞の中で生き続けているのだろう。
舞は涙でグシャグシャになった顔で、祐一の方へ向く。
あっと言う間に舞は祐一に抱きつき、祐一の胸に顔を埋めて嗚咽する。
「ヒック……ぐしゅ………グスッ………」
嗚咽する舞を、優しく抱きしめる祐一。
「祐一さん……祐一さん!!」
「違うだろう、舞。今の俺とお前は………」
嘗て呼ばれた名を懐かしく思いながら、祐一は優しく咎める。
舞はクシャクシャになった顔を上げて、唇が触れ合いそうなくらいの距離で今の名を呼ぶ。
「祐一……」
「正解」
きつく抱きしめてやる祐一。
舞らしい香水ではなく、石鹸のいい香りがする。
「祐一ぃ!」
犬のように、舞は祐一の首元に鼻を擦り付ける。
ある意味微笑ましく、ある意味羨ましい状態は、長続きしなかった……。
「そこまでぇ!」
「ゲホォ!!」
小さな少女が、祐一と舞の間から突然現れて祐一を突き飛ばした……。
「ゲホッ、ゲホッ…………『まい』?」
そこには先程消えた舞の片割れ………まいの姿があった。
「ずるいよ!! まいだって祐一さんとらぶらぶしたいよ!!」
「らぶらぶって………何時の人間だよ?」
幼いまいの発言に、祐一が呆れながら返答すると、二人の間に舞が立つ。
「ダメ………、祐一とらぶらぶするのは私。お子様は寝る」
きっぱりとした舞の声。とてもさっきまで泣いていた人物とは思えない。
「ずるいよ! まいだってらぶらぶする!!」
「お子様は寝てればいい」
「やだ!! それにまいと舞は同じ歳!!」
ギャーギャーと、二人が言い合いを始める。
そんな二人を、祐一は呆れた目で見ていた。
そんなこんなで、三人の話は冒頭へと移っていくのだった…………。
◆ ◇ ◆
「おい、いい加減にしろって。五月蝿くて敵わん」
疲れた声で祐一は二人に言う。
二人はムッとした顔で、祐一に向き直る。
「祐一からも何とか言って………」
「祐一さんからも舞に何とか言ってよ!!」
これも一種の近親憎悪なのだろうか? と、埒も無いこと考えてしまう祐一。
とはいえ、この二人の言い合いを見続けて、さすがの祐一の精神も磨り減ったようだ。
「あ〜………その、なんだ……………そうだ! まいに名前を付けないか? 今のままだと分かりにくいだろう」
かなり苦しいが、祐一は話題を変えようとした。
「私の………私だけの名前!?」
「………確かに分かりにくい」
祐一の試みは成功したようだ、まいは喜色満面に、舞はぶすっとした表情のままそう答えた。
「だろ? どんな名前がいいかな………」
「殺村凶子…………」
どんな名前がいいか考える祐一に、舞が余計な一言を漏らす。
「酷いよ!!」
「おいおい、それは別のキャラだろ……」
まいの憤慨した声と祐一のツッコミが入る。
「………」
「う〜」
ポムッ
「ほら、そんなに唸るなよ。俺がいい名前付けてやるから」
唸るまいを撫でながら、祐一は頭を捻った。
「そうだな………
「愛するの『愛』?」
「いや、舞の付けているリボンの色である藍色の『藍』だ」
「川澄藍………えへへ、私の名前かぁ」
嬉しそうにまいは……いや、藍は自分の名を何度も口にしている。
そんな藍に舞がゆっくりと近づいていくと、藍は警戒したように身構えるが、舞はその手を藍の頭に置く。
「藍は………今日から私の妹でもあり、親友」
相変わらず短い言葉でそう告げると、藍は数瞬目を瞬かせた後、にっこりと笑って答えた。
「うん! よろしくね、舞!! ………あっ、それと私と舞は
「藍には負けない」
続く藍の言葉に、舞は拳を握りながら答えた。
舞の言葉に、藍がまた答えるのだが再び言い合いが始まってしまう。
だがそれは先程までとは違い、本当に仲の良い姉妹がじゃれあっている様だった…………。
◆ ◇ ◆
「教えて下さい、栞は………栞は一体どんな魔物に取り憑かれているのですか!?」
悲痛な声で栞の母……志野は、目の前の二人に叫ぶように尋ねた。
そんな志野の言葉を真っ向から聞き、二人のうちの一人……秋子が口を開いた。
「私たちもまだ判ってはいません。ですからこれから調べようと思います」
そう言うと秋子は、視線を志野から栞に移す。
「栞さん、少し横になって貰えないでしょうか?」
秋子の言葉に栞は小さく頷くと、ソファに寝そべる。
秋子は栞の額と臍に手をあてがうと、精神を集中させる。
「ウォー・イェタギ・ツェニイ・イア……
『
主に、医者などが診察に使ったりする魔術で、解析系の魔術の中では最高位に位置する魔術。
ただ、これは完全に実践には使えない。何故なら、対象の脳と生命エネルギーの基点に触れながらでないと使えないのだ。
人間の場合は、頭と丹田(臍のやや下辺り)に手を置かなければならない。
そんなことを戦闘中に行なうなんて事は不可能だ、よって医者ぐらいしか使うものが居ないのである。
しかもこの魔術は、使い手の魔力によっても効果が変動するので、非常に使い勝手の悪い魔術といえよう。
ちなみに、これの簡易版で『
これは対象に手を翳すだけで調べることが可能。しかし、効果は今一つである。
「そんな……見えない?」
呆然とした声で秋子が呟いた。
秋子ほどの術者が使った『
しかし、栞に憑いている魔物については全く判らなかった。
不可解すぎる…。秋子にはこの魔物の正体が判らない。つまり、人間には栞に憑いている魔物の正体を暴くことは不可能とも言える。
秋子の能力は、人類の中でも最高クラスと言っても過言では無い。
にも拘らず、秋子には栞の中に居る魔物の正体は暴けなかった。
「………本当は魔物なんて憑いていないんじゃあ……」
秋子の実力を知らない志野は、疑惑と一縷の希望を込めてそう言った。
「それは無いわ。間違いなく、この子からは魔物の気配がする。……これは絶対よ」
「し、しかし現に……「やめないか、志野」……あなた」
静華が志野の言葉を否定して、志野はそれに反論しようとするが、それまで黙っていた勇人に止められる。
「魔物であれ何であれ、このままではどうしようもない。せめて原因ぐらい判れば良いだろう。
例えそれが、最悪の真実だとしても…………」
へぇ……と、静華は心の中で感心した。尻に敷かれている弱い夫かと思いきや、中々のいい男だったらしい。
今の言葉がそうそう言えるような言葉では無いことを知っているからこそ、静華は勇人のことを見直した。
「それで、どうなんですか? 水瀬さん」
「残念ながら、私には憑いているものが何なのかまでは………」
申し訳なさそうに秋子が言うと、勇人は首を振った。
「そんなことはありませんよ。少なくとも、貴女方は栞を助けようとしてくれた……。
お恥ずかしいですが、私はそのことが嬉しいのです」
頬を掻きながら勇人は、秋子の言葉に答えた。
「多くの人が、私たちを騙しました。その度に私たちは財産を奪われ、人というものに絶望してきました……」
ゆっくりと、そして淡々と勇人は語る。
「私は嘗ての仕事柄、人の汚い所ばかりを見てきました。
その所為でしょうか? 何の見返りも無く栞を助けようとしてくれる貴女方が、私には眩しく見えるのです」
僅かに口元を歪めて、勇人は苦笑しながらそう言った。
そんな勇人を志野は優しげに、栞と秋子と静華は不思議そうに見ていた。
「いや、急にこんな話をして申し訳ない」
勇人は全員の視線を浴びていることに、今更ながら気づいて恥ずかしそうにそう言った。
「いいえ、大変だったのですね………」
「そう……だったのかな? 私には苦にもなりませんよ。大切な娘のためですから……」
微笑みながら勇人は言う。その気持ちは、二人にもよく分かった。
自分たちにも娘がいるからこそ、勇人の気持ちが分かったのだろう。
「その気持ち………、私にもよく分かります」
「……なるほど、貴女方も親なのですね」
秋子の言葉を聞いて、勇人が納得したように頷いた。
「あなた………今はそんなことよりも、栞のことを……」
「分かっているさ……。しかし、どうするか……」
先程までの笑顔から一変して、勇人は苦悩に満ちた顔になる。
「あ……」
「ん? どうかしたのか栞?」
全員が考えている時、栞が突然声を発した。
「もしかしたら……何となるかもしれない」
「本当なの!?」
「う、うん。確証もないし、あの人が見つかるかも分からないんだけど……」
栞は自信がなさそうに言うが、志野はまさに希望を見い出したと、いった顔になる。
「栞! その人の名前は!? ううん、その人の特徴だけでもいいわ!」
「え、えぅ〜、お母さんが興奮しすぎです〜」
栞の言うとおり、志野はかなり興奮した顔で栞に詰め寄った。
「何言ってるのよ、お母さんは冷静よ。
だから今すぐ言いなさい、さぁ言いなさい、即刻言いなさい、とっとと言いなさい!!」
「えぅ、えぅ〜」
まったくもって冷静ではない志野の形相に、栞はたじたじだ。
「どこが冷静なんだ? ……まったく、もう少し落ちついたらどうだ?」
志野を勇人が諌めようとするが、志野は物凄い形相で勇人を睨みつける。
「あなたまで何を言っているのよ!? 私は冷静だって言ってるでしょう!? だから……うっ!!」
勇人を捲くし立てていた志野が、突然呻いたかと思うと床に倒れ伏す。
志野の後ろには、何時の間にか静華が立っていた。
「……五月蝿い。それに話が進まないでしょう」
早い話、静華が志野を気絶させたのだ。
やったことは褒められる事ではないが、実際問題としてこうしなければ話を進めることは難しかっただろう。
「さて、栞さん。あなたの思い当たる節とは何なのですか?」
何事もなかったかのように、秋子は微笑みながら栞に尋ねた。
横に転がっている自分の母親の姿を見て、ちょっと怯えながら栞は話し始めた。
「実はこの間商店街に行ったとき……魔物に襲われたんです」
「商店街での魔物騒動のことですね。未だに商店街にモンスターが居た原因は不明らしいですけど………」
「は、はい。実はその時助けてくれた人がいたんですけど、その人がこう言ってたんです。
『もう少し生きたくなったら俺を探してみろ、気が向けば助けてやる』って……」
「なるほど………」
一瞬だけ思案するような顔になった後、再び秋子の方から口を開いた。
「その人とは面識は?」
「無いです。その時初めて会いました」
「じゃあ、その人の名前……いえ、特徴だけでもいいです。何か教えてくれませんか?」
「あ……私、その人の名前知ってます。その人の名は………」
続く栞の言葉を聞いて、秋子のみならず静華まで驚愕の声を上げるのだった……。
◆ ◇ ◆
「いや、助かりましたよ美坂さん」
「幾ら学年主席だからって、生徒会の仕事を手伝わせるなんて酷いんじゃないの……」
一見すると冷たさを感じる男からの感謝の言葉に、皮肉を含めた言葉を返したのはウェーブ髪の女……美坂香里だ。
男……つまり久瀬将隆がフッと苦笑しながら、備え付けのコーヒーメーカーからコーヒーを用意すると、それを香里に渡す。
香里は軽く微笑み、ありがとと、言ってそれを受け取り口につける。
二人が居るのは生徒会のためにある校舎の一室だ。
この校舎は、高等部の校舎からは少し離れた場所にあり、小、中、高、大の生徒会が揃っている。
「ここまで手伝わせておいてなんですが……。本当にお家族の方へ、連絡しないでよろしかったのですか?」
堅っ苦しい言い方なのは、彼自身の癖みたいなものだ。
馬鹿丁寧とも言える言い方に、香里も苦笑してそれに答える。
「本当に今更って感じね。……でもいいのよ、ちょっと
「ほぅ……」
僅かに興味を持ったようだが、久瀬はこれ以上は何も言わなかった。
彼なりの気遣いというものだろう、そんな久瀬に香里は感謝した。
「そうだ……話は変わるんですが、確か相沢君と仲がいいそうですね」
「え? え、えぇまぁ……」
突然変わった話題………それも最近仲がよくなった祐一のことだったので、困惑しながら香里は答えた。
「彼はどんな人物ですか? ……もちろん貴女の意見で構いません」
「ど、どんな人物って……」
久瀬の言葉に、香里はますます困惑した。
祐一のことを説明するのは難しいが、別に自分の意見だけなら問題は無い。
分からないのは、久瀬が祐一のことを知りたがる理由だ。
確かに祐一は、このガーデンで最強の生徒であるし、同時に色々な秘密を持っている。
これだけ変わった生徒ならば、気になるのは当然だと言われるかもしれないが、久瀬に限っては違う。
久瀬という男は、そんなことでは動かないし、知りたがらない。
では、どんなことなら動くのかといえば、それは香里には分からなかった。
久瀬の価値観は他人は理解できず、その考えはもっと分からないからだ。
少なくとも、久瀬は上記のことでは動かない。……つまり、何かしらの理由が存在するのだ。香里も知らない何かが……。
「そうね………変わった人って言うのが第一印象かしら、今はちょっと違うけど……」
香里はその先のコメントは控えておいた、幾らなんでも恥ずかしいのだろう……。
「一つ聞いて良いかしら?」
「どうぞ」
「どうして貴方は祐一のことを知りたがるの?」
一番の疑問を、ストレートに久瀬に尋ねた。
疑問に思ったことは、そのままにしておかない香里らしい質問だろう。
香里からの質問に、久瀬は思案する様な表情になる……と、彼は思っていた。
だが、その表情にはありありと喜悦が浮かんでいた。
「そうですね………危険分子として見ているのと、私個人が興味を持っているのと半々ですね」
「危険…分子……?」
久瀬の口から出た言葉に、擦れた声で香里は復唱する。
「えぇ、明らかに危険だとは思いませんか? ……と言っても、私が握っている情報が確かならと、いう前提がありますが……」
「久瀬君が握っている情報……?」
再び復唱した香里の言葉に、僅かだが久瀬はしまった……と、いう顔になる。
「悪いですがこれ以上は………」
「気になるわね………」
獲物を前にした猫のような目で、久瀬を見据える香里。
「悪いですがこれ以上は……。どうしてもと言うのであれば、何か情報を提供してもらえませんか」
「……その様子じゃ何聞いても答えてくれなさそうね。
いいわ、今回は私が引き下がるわよ。………でも、次は無いわよ」
「覚えておきましょう」
苦笑しながら久瀬は、香里の言葉に答えた。
「じゃ、私はそろそろ帰るわ」
「えぇ、長々とありがとうございました」
久瀬の感謝の言葉に、香里は軽く手を振って答えると、部屋の扉に手をかけた。
そして香里が部屋を出る直前に、思い出すように久瀬が声をかけた。
「あぁ、そういえば……。一年の美坂栞は貴女の妹でしょう?
病気なのは聞いていますが、これ以上欠席が増えると進級できませんが………」
そこで久瀬は言葉を打ち切った。香里の変化に気づいたからだ。
先程までの雰囲気とは違い、感情の全てを押し殺したような雰囲気と声で、香里は久瀬の言葉に返答した。
「私に………私に妹なんていないわ」
能面のように無表情な顔で、寒々しく言い放った。
To Be Continued......
あとがき
どうも、放たれし獣です。
今回で、舞の一件は解決です。実にあっさりしてましたが、彼女のイベントはまだ他にもあるんで………。
次話で栞を救おうと思っています………多分。
『鍵』については、七話から再開の予定………すいません、私が阿呆なんです。
あぁ、話が壮大すぎて中々上手く纏まらなくて読者様には迷惑をかけております。
あぁ……誰か私に文才を下さい……。
管理人の感想
放たれし獣さんから投稿SSをいただきました。感謝。
展開が早くて羨ましい限りで……。
説明の多い拙作はなんだかなぁ、と。
舞が補完されましたね。
ヒロインが1人堕ちたと。(違う
この調子でどんどん祐一君には堕としてもらいましょう。
次のターゲットは栞ですな。
感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思います。
感想はBBSかメール(isi-131620@blue.ocn.ne.jp)で。(ウイルス対策につき、@全角)